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キュートな会社の作り方

幸せの広め方編(第48〜51話)

初出 2003.02.22〜2003.02.25
written by 双剣士 (WebSite)
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登場人物紹介入社初出勤小さな魔法美少年の事情才女の憂鬱せつない想い天誅の行方悪魔の計略幸せの広め方巻末クイズ


【48】 2003.02.22

 会社が終わった後、美紗と紫亜の部屋で催されるいつもの夕食。てひひ商事の5人に幽霊少女を加えた6人で囲む食卓。それは社員全員の憩いの場であり、身体と心に栄養を補給する楽しい語らいの場であった。
 だがそんな食卓風景に、ここ1週間ほど異変が生じていた。居るべき人が欠けているがゆえの不自然な沈黙……とうとう辛抱できなくなった美紗は、伏せられたままのお茶碗を恨めしそうに見つめながら彼女の姉に食ってかかった。
「さっちゅん! ねぇ、コタロー君こんな時間までどこに行ってるっスか?」
「さぁね」
 空席の主の行方を問いただす美紗にとって、青年の上司たる姉の反応は冷淡このうえないものに映った。そこで美紗の矛先は、青年と寝食を共にしてるはずの同僚に向けられた。
「テンちゃん、コタロー君のこと何か知ってるっスか?」
「それが、オレにもよく分からないんですよ。湖太郎のやつ、いつもオレが寝た後でマンションに戻ってきてるみたいで。近頃は外回りする先も別ですしね」
「真夜中まで帰って来ないっスか?!」
「今頃どうしたのよ美紗。先週あなたも聞いてたでしょ、コタロー君の言葉」
「すみません紫亜さん、僕、しばらく夕食は要りませんから」
「あ、はい……」
「うにゃ? コタロー君どうしたっスか?」
「すみません、今はちょっと……いずれ、きちんとお話ししますから」
「いいじゃない、子供じゃあるまいし。彼にだって色々と事情があるんでしょうよ」
 淡々とそう言いながら早紗は御飯を口に運んだ。早紗からみれば湖太郎は部下の1人でしかないし、必要以上に干渉しないことも彼女自身の性格に合致していたのだが……美紗の方は、当然そんな風に割り切れるわけもなかった。
「はぅ〜、心配っス〜。コタロー君いったいどうしちゃったっスかね〜」
「はい……」
「おにいちゃんぅ〜、大好きぅ〜……ぐすっ」
 美紗の溜め息に、紫亜と紫乃が相づちを打った。寂しい気持ちは彼女たちも同じである。
「私のお料理、樋口さんのお口に合わなくなったんでしょうか……?」
「そ、そんなはずないですよ、紫亜さん。湖太郎のやつ、ちゃんと朝御飯は食べに来てるじゃないですか」
 表情を曇らせる紫亜をあわてて慰める天。そして矛先を紫亜からそらすため、ある可能性を口の端に乗せた。
「ほら、紫亜さんの料理がどうこうじゃなくて……湖太郎のやつ、外で食べてるんじゃないですかね? 美味しい店とか見つけて、俺たちに内緒で」
「それで1週間も通い詰め? ありえないわ。食べ歩きツアーでもやってるならまだしも」
「そ、それじゃ料理が目的じゃなくて、誰かと一緒なんじゃないですか? 毎晩その人に会うのが目的だったりして。綺麗なウェイトレスさんを見つけたとか、恋人が出来たとか……」
「恋人……」
 呆けたような美紗の呟きを耳にして、綾小路天は自分の失態を悟った。晩餐の空気は一気に氷点下にまで下がってしまった。

                 **

「てひひー、コタロー君っス、コタロー君っス〜♪」
「うわっ、わわっ!!」
 その日の夜遅く。とある街道沿いのファミリーレストランで遅い夕食を取っていた樋口湖太郎は、いきなり背後から抱きつかれて驚きの声を上げた。振り返らなくても抱きつかれた感触だけで、誰が現れたのかは分かる。
「コタロー君、探したっス〜、会いたかったっス、寂しかったっス〜」
「み、美紗さん? どうしてここへ……」
 湖太郎の前に並べられた料理皿の脇には、便箋に似た紙が何枚か並べられていた。テンちゃんや美紗さんたちに嗅ぎつけられたくなかったから、わざわざ外のレストランを選んだのに……心の中でそう舌打ちをする湖太郎のことを尻目に、彼の雇い主はすりすりと頬をすり合わせた。
「コタロー君、夜遅いって聞いて心配してたっスよ〜。でも安心したっス、元気そうで」
「そ、そうですか……」
「あれ、コタロー君それ何っスか?」
 こっそりと片付けようとしていた机の上の紙に美紗の興味が向く。その途端、湖太郎はあわててそれを片付けると、美紗に向かって作り笑いを浮かべた。
「な、なんでもないですよ……」
「ほえ? 気になるっス、コタロー君のことなら私、何でも知りたいっス〜」
「いい加減にしてください!」
 湖太郎は突然立ち上がって声を荒らげた。そして脅えたように彼のことを見上げる美紗に向かって、はっきりした口調で言い放った。
「美紗さん、お願いですから僕のことは、しばらくそっとしておいてくれませんか」
「だって、コタローく……」
「それと、あれこれ詮索するのも、もうやめてください……迷惑なんです」




【49】 2003.02.23

 翌朝。朝食を取って営業に出かけて行った湖太郎を見送ってから、てひひ商事では緊急社内会議が開かれた。もちろん営業に出たふりをして舞い戻った天と早紗も一緒である。
「私……コタロー君に嫌われちゃったのかなぁって……」
 悲しそうな表情をした社長の報告から会議は始まった。湖太郎が食堂に居る間ずっと頭から布団をかぶっていた敏腕社長の目は真っ赤に腫れていてウサギパジャマ姿と絶妙なコーディネートを見せていたが、そのことを笑うものは誰一人としていなかった。
「泣かないでください、美紗さん……樋口さんはきっと、たまたまご機嫌が悪かったんですよ」
「そうですよ! 美紗さんはぜんぜん悪くないじゃないですか!」
「…………」
 不気味な沈黙を続ける早紗にかまわず、紫亜と天は一生懸命に美紗のことを励ました。日頃から湖太郎に対する美紗の偏愛を苦々しく思っている早紗には異論もあろうが、少なくとも昨夜の出来事については、湖太郎の反応が明らかにいつもと違う。美紗はいつもどおりの彼女らしい行動を取ったに過ぎないのだから。
「コタロー君、私のこと迷惑だって言ってたっス……」
「そんなふうに考えないでください……」
「……とにかく、どうして不思議少年がそんなことを言い出したのかよね、問題は」
「そ、そうですよ。きっとなにか理由があるはずです」
 ようやく口を開いた早紗の言葉によって、延々と続く美紗のマイナス思考とそれをなだめる紫亜たちの応酬は一応のピリオドが打たれた。急いで天がその後を引き継ぐ。
「とにかく、彼が食べ歩きをしてたって線はもう捨てて良さそうね」
「そうですね。行き先がファミレスじゃあ」
「やっぱり他に好きな子が出来たってのが、順当な線かな……」
「部長!」
 それを言っちゃ……と天はあわてて上司の言葉をさえぎったが、早紗は悪びれる様子もなく話を続けた。
「美紗には可哀そうだけど、ありそうな話よ……なにか書き物をしてたんでしょ? しかもそれをあなたから隠そうとしてた……実はラブレターだったとか」
「早紗さん、もうやめてください……」
「どうする美紗? うじうじしてたらコタロー君、誰かに取られちゃうかもよ」
 早紗の言葉は厳しかったが、同時に温かくもあった。少なくとも悪い想像ばかりに陥っている妹を元気付けるきっかけにはなるように天たちには思えた……だが全員の視線を受けた美紗はうつむいたままで、また大粒の涙を膝に落とした。
「私は……コタロー君が幸せになれるんだったら、それでもいいっス……」
「……そう、それじゃ諦めるしかないわね」
「美紗さん! 何を言い出すんですか、まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」
「そうですよ、こんな大切なこと、ちゃんと樋口さんに確かめてからでないと……」
 そう紫亜は口にして、はっと手を口にあてた。他の3人も紫亜のほうを向いて静かにうなずいた……確かにこんな役をこなせるのは、彼女の他には居なかった。

                 **

「樋口さん、お仕事お疲れさまです……あの、肉まんを蒸かしたんです。もしよろしかったら、お夜食にどうぞ」
「あ、紫亜さんすみません、いただきます」
 その日の夜。夜遅くに湖太郎がマンションに帰ってくるのを見計らってから、紫亜は紙袋を持って湖太郎の部屋のドアをたたいた。もちろん隣の部屋では美紗たちが聞き耳を立てて様子を伺っている。
「毎晩遅くまで、頑張ってらっしゃるんですね」
「あぁ、いえ、まぁ……」
「今日はとっても綺麗なお月さまが出てるんですよ。ほら」
 紫亜はテラスから身を乗り出して、冬の夜空を指差した。それに釣られて湖太郎も玄関からテラスへと歩み寄った。
「……ああ、本当だ」
「……他にもこうやって、あのお月さまを見上げている人が沢山居るんでしょうね……」
 紫亜は直接的なことは何も訊かなかった。遅くまで何をしているのかとも、昨日美紗と何があったのかとも訊こうとはしなかった。そのことが却って湖太郎の気分をほぐれさせた。とりとめのない話をしばらくした後、湖太郎はふと、こんなことを言い出した。
「紫亜さん……これ、美紗さんたちには内緒にしておいて欲しいんですけど」
「はい?」
「あの、仮にですね、お隣になった人が世話焼きさんで、四六時中自分にまとわりついてこられたとしたら……どう思います?」
「とっても素敵なことだと思います。誰かに好きになってもらえるなんて、すごく幸せなことですよね、樋口さん?」
「え、えぇ……」
 紫亜はなんの屈託もなくそう答えて、透き通るような笑顔を湖太郎に向けた。釣られるようにうなずいた湖太郎は、すっと紫亜から視線を外すと……夜空の月を見上げて、こんな意味深な言葉をつぶやいた。
「でも、みんながみんな、そう感じるんじゃないんじゃないかな……うるさいとか、迷惑だとか、そんな風に言う人もきっと居ると思うんですよね……」




【50】 2003.02.24

「決定的ですね」
「そうみたいね」
 その夜、湖太郎と別れた紫亜が部屋に戻ってきたとき。紫亜たちの部屋から外の様子をうかがっていたはずの美紗は部屋の真ん中でがっくりと肩を落としたまま、ブラックホールにも似たドス黒いオーラを発していた。そして部屋の片隅では、早紗と天が何やらひそひそと囁き合っていた。
「いつか乳離れする日が来るとは思ってたけど、意外と早かったみたいね」
「こうなると昨日あいつが書いてたって書類、辞表の下書きだったのかも知れません。あるいはオレたちに宛てた置き手紙とか」
「でもウチを辞めて、行くところあるの彼? 単に美紗から離れたいだけなら、このマンションの部屋から出ていけばいいだけのことでしょ。引っ越すための手続き書類か何かじゃないかしら」
「それなら美紗さんはともかく、オレに内緒にするはずないと思うけどな……」
 あれこれと想像を巡らす2人。紫亜はきょとんとしながら2人に声を掛けた。
「あの……どうしてそうなるんですか? 樋口さんが言ってたのは例え話ですよ、樋口さんと美紗さんのことじゃないんでしょう?」
「鈍感ね……」
 頭に手をやりながら紫亜の方を振り向くと、早紗は子供に諭すようにゆっくりと語りかけた。
「あんなの誰が聞いたって、美紗とコタロー君のことに決まってるでしょうが」
「でも……」
「美紗と仲良しのあなたに向かって、本当のことが言えるわけ無いでしょう?」
 早々と決めつける早紗に対し、紫亜はなんとか反論しようとした。樋口さんと美紗さんが離ればなれになるなんて信じたくないし、考えたくもない……そんな思いが胸から込み上げる。だが紫亜の口から出てきたのは、『そんな……』とか『でも……』といった理屈にならないつぶやきだけだった。
「……そうっスよね……」
 そして紫亜が口ごもる傍らで、もっともショックを受けている少女がようやく口を開いた。ドス黒いオーラはかなり薄らいでいたが、それでも彼女を包む空気は普段の伸びやかなそれとは明らかに異質のものだった。
「仕方ないっスよね、コタロー君は人間で、私は……だし。コタロー君が、私がいないほうが幸せだって言うんだったら……私は……てひひ、わ、私は……」
「ち、ちょっと美紗、しっかりしなさいっ!」
 妹が壊れかけてる。そう判断した早紗はさっきまでの台詞を放り出し、美紗の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「大丈夫よ、大丈夫だって! コタロー君が紫亜にあんな話をしたってことは、まだ迷ってるってことなんだから。世間体とかを気にして、ちょっと背伸びしたがってるだけなんだから!」
「……いいっスよ、さっちゅん。いつかは終わる夢だって、分かってたっスから」
 両目からダラダラと涙を流しながらも、美紗は姉に向かって形だけの笑顔を浮かべて見せた。
「コタロー君が自分で決めたんだったら、私は邪魔しちゃ行けないっス。コタロー君が幸せになるように応援するって決めたっスから……そ、それが、コタロー君のため……」
 後は言葉にならなかった。姉に抱きついて子供のように泣きじゃくる美紗から眼をそらして、天と紫亜はそっと部屋の外に出た。夜空にはさっきと同じ満月が煌々と輝いていた。
「幸せな時って……いつかは、終わってしまうんですね……」
「……紫亜さん」
 綾小路天は、そっと紫亜の肩に手を回した。紫亜はその腕に逆らわなかった。

                 **

 それから1週間の時が過ぎ……ついに運命の日がやってきた。
「美紗さん……ご心配をおかけしました。大切な話があるんですけど」
「……了解っス。じゃ後で、会社の応接間で聞くっス……」
 2週間ぶりに夕食の席に帰ってきた湖太郎。そして切り出されたのがこの言葉だった。一同が息を呑む中、美紗は意外と冷静に彼の言葉を受け止めていた。
「……どうやら、この日に備えて気持ちの整理をしてたみたいね」
「どうでしょう、そんなに簡単には……」
 2人が会社のオフィス……つまり美紗と紫亜の隣の部屋に移った後、食卓に残った者たちはひそひそ声で噂し合った。もちろん壁にコップを当てて、隣の様子に耳を潜ませることも忘れてはいない。
「あの、これ……どうでしょうか」
「いよいよ……はしてたっス……っスね」
「えっ、覚悟って……あのぉ……」
 2人はかなりの小声で話しているらしく、断片的にしか声が聞こえない。防音のしっかりしているマンションの造りを心の中で呪いながら、早紗たちは無駄話をやめて耳を澄ました……すると。

「コタロー君だぁい好きっス〜♪」

 突然、天にも届かんばかりの歓喜の声が鳴り響いた。そのお陰で隣にいた面々は、一斉に耳を押さえて転がり回ることとなった。




【51】 2003.02.25

 あるところに、小学生の男の子が住んでいました。
 男の子はこれといった取り柄のない普通の子供でしたが、幼いころにお母さんを亡くしたため、学校が終わるといつも寂しい思いをしていました。
 そんな男の子の隣に、ちょっと風変わりなお姉さんが引っ越してきました。お姉さんは男の子に会うなり、君のお母さんになってあげると言い出しました。そして何やかやと男の子にまとわりついて世話を焼いてくれるようになりました。
 いきなり騒々しくなった日常に男の子は戸惑いました。遠慮を知らずに自分のことを振り回そうとするお姉さんのことを、迷惑だと思ったこともありました。
 ですが、男の子はいつしかそんな生活に慣れていきました。お姉さんや友だちと一緒にいるようになったおかげで、寂しさを感じることもなくなりました。そして、予想もつかない毎日の移り変わりをいつしか、かけがえのない幸せな日々だと思えるようになりました。
……………………

「……素敵なお話ですね……」
 美紗の朗読を聴いた紫亜は、両目に大粒の涙を浮かべていた。早紗は大きく息を吐き出し、天は思わず拍手をし始めた。そして3人が注視する前には椅子に座った湖太郎と、嬉しそうに彼に抱きつきながら手に厚い便箋をかざした美紗の姿があった。
「ねっ、すごいっスよね、感動的っスよね? これ、ぬいぐるみのコタロー君を主人公にした童話なんス。みんなに内緒で、コタロー君が書いてくれたっスよ〜」
「いやぁ、その……そんなに大げさなことじゃ……」
「湖太郎、えらいっ!」
 褒めちぎる美紗と照れる湖太郎に、綾小路天は心からの賛辞を贈った。
「悪かった。お前にこんな才能があるなんて、オレちっとも知らなかった……それにしても水臭いだろ、オレたちに隠れてこんなの書いてたなんて」
「いや、だって……主人公が自分と同じ名前でしょ、照れくさくって……それでつい、テンちゃんやみんなの名前も出しちゃったんで、そしたらなんだか、かえって見せづらくなっちゃってさ……」
「なに遠慮なんかしてんだよ、いろいろ心配して損したぜ」
「なんにせよ、良かったです……」
 紫亜は両手を祈るように前で組み合わせながら、心から安堵したような呟きを漏らした。
「この間の夜、どう思うって私に訊きに来たのは……お話の中のことだったんですね。美紗さんと樋口さんのことじゃなかったんですね」
「ええ、主人公のコタロー君がお姉さんと最初から仲良くしちゃうと、お話がすぐ終わっちゃうものですから……最初はやっぱり、お姉さんのことをうるさく感じて振り払おうとするんじゃないかって思って」
「コタローく〜ん、私すごく嬉しいっス〜。私と居るの迷惑じゃなかったっスね〜、幸せだと思ってくれてたっスね〜!!」
「あ、あのその、だからそのぉ……」
 美紗は嬉し涙を浮かべながら、これまでの分を取り戻すかのように力いっぱい湖太郎にしがみつき、熱心に頬をすりよせて来た。お話の中のことですから、と返答しかけた樋口湖太郎はそんな彼女の表情を見て、言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。なんといっても、この女性はヒロインのモデルになった人なのだ。
「良かったです……本当に、良かったです……」
「すみません紫亜さん、ご心配をおかけして……」
「まったくだわ、さんざん心配させといて……美少年っ! あなたが余計なことを言い出すからよっ!」
「えっ、えっ、えっ、オレですか? 部長、オレのせいなんですかっ?」
 おどけたように驚いてみせる天。そんな彼を中心にして、軽い談笑の輪が広がった。みんなで笑い合える久しぶりの感覚に、一同のわだかまりはみるみるうちに解けていった。そして楽しげな声が収まったころ、すっかり元気を取り戻した美紗が湖太郎に抱きついたままで高らかに宣言した。
「よおっし、それじゃ頑張るっスよっ! コタロー君が書いてくれたこのお話、本にしてゲーマーズで売り出すっス! コタロー君グッズとのタイアップで大ヒット間違いなしっスよ!」
「オオーッ!!」
「……はいっ(こくり)」
「……あの、盛り上がってるところ悪いんだけど」
 美紗の突き上げた拳に唱和する面々。ところがそれに水を差したのは、ムードに唯一流されなかった敏腕営業部長の声であった。
「これ……残念だけど、あんまり売れないと思うわよ」
「どうしてっスか? これ読んだら、みぃんなコタロー君のこと大好きになると思うっスけど」
「不思議少年の努力は買うんだけどね……ぬいぐるみを買ってくれる客層って、こんな文字ばっかりの長いお話、辛抱強く読んでくれないと思うのよ。何もないところに出て行くんなら別にかまわないけど、コタロー君グッズの販売促進に使うんだったらね……童話とか小説とかって、メディア展開の1番手としては向いてないと思うんだ」
「そう言われれば確かに……軽く流すには長過ぎますね……」
「それなら大丈夫っス!」
 心配する姉に、美紗社長は自信ありげに胸を張った。実際今の彼女には、怖いものなど何一つありはしない。
「お友だちの漫画家さんに相談してみるっス! マンガにすれば誰でも読めるっス。こんな素敵なお話、みんなに教えないなんて勿体ないっス!」
「み、美紗さん……大丈夫なんですか?」
「任せるっス。コタロー君は、私が幸せにするっス!!」

                 **

 そして数日後。某女流漫画家の工房を訪れた美紗は、ニコニコと笑顔を浮かべながら漫画家の返事を待っていた。十数分後、女流漫画家は読み終えた便箋を下におろすと、ふぅっと息をついて髪をかきあげた。
「わかりました……お引き受けします。この作品をコミックにすればいいんですね」
「本当っスか? やったっス、ありがとうっス」
「お礼なんていいですよ、こちらも仕事ですから……ただ、ひとつ伺っておきたいんですけど。このタイトル、どういう意味があるんですか?」
「うにゃ? てひひー、私もよく分からないっス。コタロー君がつけてくれたっスから」
「いえ、テンちゃんという子が主人公なら分からなくもないんですが……覚えにくそうだし、響きも良くありませんしね。大ヒットを狙うんだったら、もう少しスマートな名前に変えたほうがよくありません?」
「大丈夫っス、このままで」
 心配する漫画家に、美紗は誇らしげに胸を張った。
「このマンガは絶対売れるっス。大人気になって、読んだ人みんなが幸せになって……ひょっとしたらテレビアニメになって、沢山の人たちのお茶の間に流れるようになるかもしれないっスよ!!」
「……そこまでおっしゃるなら……」
 自信満々に言い放つ美紗。その一方で女流漫画家は、どこか不安そうに新作コミックの原案となる便箋を見直した。その表紙の中央には、今にも元気があふれ出しそうな伸び伸びした書体で、わずか4文字のタイトルが燦然と輝いていた。

ぴ  た  テ  ン


Fin.

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