ぴたテン SideStory
キュートな会社の作り方
初出勤編(第5〜7話)
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登場人物紹介/入社/初出勤/小さな魔法/美少年の事情/才女の憂鬱/せつない想い/天誅の行方/悪魔の計略/幸せの広め方/巻末クイズ
【05】 2002.12.14
翌朝。マンションの一室の前に、今日が初出勤となる2人の青年が立っていた。2人ともパリッとしたスーツ姿に身を固め、緊張に顔をこわばらせている。あまり服装にうるさい職場とも思えないが、何事も最初が肝心である。
「行くぞ、湖太郎」
「う、うん」
ピンボーン。
インターホンが軽快な音を立てる。新入社員としては誰よりも早く出社しておきたいところだが、まだ自分たちは鍵をもらっていない。早めに出社した先輩か、掃除をしてくれる用務員の人が扉を開けてくれるものと綾小路天は思っていた。ひょっとしたらあの秘書の人が出てきてくれるかも、という淡い期待も抱いていた……だが。
「は〜い、おはようございます〜」
寝ぼけ眼をこすりながら扉を開けたのは、仔猫の着ぐるみ型パジャマを着た、いかにも頼りなさそうな少女であった。ここ会社だろ? 奇異に思った天が、
「あの、君は……」
と少女に声を掛けた瞬間。
「あ、おはようございます紫亜さん」
「樋口さん……おはようございます(ぺこり)」
「えっ? えぇっ!!」
隣の同期生の口から明かされるパジャマ少女の正体。おしとやかな秘書嬢と子供っぽいパジャマ少女とのイメージが合わず、当惑した天は口をパクパクさせた。そして憧れの女性のことを一瞬とはいえ見間違えたことに顔を赤らめた……そして続く言葉を耳にした瞬間、天は豪快に扉に頭を突っ込ませた。
「ところで樋口さん……こちらの方は?」
**
「ごめんなさい綾小路さん、私、朝弱くて……」
「い、いやぁ……気にしてませんから」
ちくちくと痛む胸を押さえながら、大きな絆創膏を頭に貼った綾小路天はにこやかに返事をした。仔猫パジャマ姿の紫亜は申し訳なさそうに肩をすくめ、救急箱を片づけながら朝食のお味噌汁を天に差し出していた。そしてテーブルの向こう側では、同じくお味噌汁をすする湖太郎にまとわりつく白ウサギのパジャマを着た美紗の姿があった。
「コタロー君、しあちゃんに教わって作ってみたっスよ。美味しいっスか、どうっスか?」
「う……み、美紗さん、これはちょっと……」
「はにゃ〜、ダメだったっスか、申し訳ないっス〜」
雇い主と部下という立場を離れて、すっかり打ち解けてしまっている2人。夕べの歓迎会のお陰だろうか、と綾小路天は羨望を込めて湖太郎たちを見つめた。
「それにしても、びっくりしました。綾小路さんたちが訪ねてこられるなんて」
「あは、あははは……紫亜さんたちの部屋だったんですね、ここ。会社のある部屋はもうひとつ隣、と……こちらこそ間違えてすみません」
昨日の面接会場は天たちの部屋の2つ隣。1つ隣の部屋は、社長と紫亜さんの私室。分かってしまえば単純な勘違いであった。つまり天と湖太郎は会社のドアをノックしたつもりで彼女たちの私室のドアを叩いていたことになる……まぁ朝食をご馳走になれたし紫亜さんたちのパジャマ姿を見ることも出来たし、そう悪いスタートでもないかな。
しかし和やかな朝食風景は長くは続かなかった。
「ちょっとあんたたち、いつまで寝てるのよ! とっくに会社、始まってるのよ!」
「てひひー、さっちゅんごめんっス〜」
「おはようございます、早紗さん」
玄関から飛び込んできた、社会人として当たり前すぎる怒りの声。こんな常識的な言葉を吐ける人物は1人しか居ない。綾小路天はお味噌汁から口を放し、昨日の面接で自分のことを推してくれた恩人に挨拶しようと顔を玄関に向けた。
「おはよブブッ〜〜〜っ!!!」
だが玄関から入ってきた早紗の格好を見た瞬間、天は思わずお味噌汁を吹き出した。真っ白なライトドレス、てるてる坊主の髪飾り、バレリーナのように裾の開いた純白のスカート、背後に広がる純白の翼、そして右手にはハート形の紋章のついたステッキ……紫亜たちのパジャマ姿がまだまともに見えるほどのぶっ飛んだ服装を早紗は身にまとっていたのだ。日常生活ではまずお目に掛かることのない彼女の衣装を見て、天は思わず口走った。
「そ、それ、なんです? それじゃまるで、子供向けアニメの魔法少女じゃ……」
「失礼ね! 美少年、上司のあたしをなんだと思ってるの!」
早紗は照れる様子もなく即座にどなり返してきた。すみません、と慌てて平伏する天……そうして平伏したために、続く早紗の言葉を聞き逃したのは幸か不幸か。
「まったく失礼しちゃうわ、子供向けだなんて……本物の魔法少女に向かって」
【06】 2002.12.15
てひひ商事の社名を付けた小型ワゴンが、電器の街・秋葉原を目指して朝の街を疾走していた。ハンドルを握るのは営業部長の早紗、助手席に綾小路天。樋口湖太郎は積み込んだ段ボール箱の見張り役として後部トランクに待機。もちろんこの席順は早紗が部長権限で決めたものである。
「さぁて、覚悟はいいかな美少年? 今日が営業マンとしての第一歩だからねっ」
「は、はぁ……」
上機嫌でハンドルを握る早紗。だがそんな彼女が、天には危なっかしく見えて仕方なかった。なにしろ早紗はあの魔法少女ルックを着たままで運転席に座り、ハイヒールを履いたままでアクセルペダルを踏んでいるのである。いまだ今朝の衝撃が収まらない天としては、おそるおそる疑問を口にせざるを得ない。
「あ、あの、早紗さん……そのぉ……」
「こら美少年! あたしのことは部長って呼びなさい。今は仕事中なのよ」
「ぶ、部長……その格好で、仕事、行くんですか……?」
「悪い?」
「い、いえ……部長の趣味をどうこう言うつもりはないんですが……」
「失礼ね、趣味でこんな格好してる訳じゃないってば。仕事着よ仕事着」
「は、はぁ……」
ひょっとして自分はとんでもない会社に入ってしまったのかも知れない。自分の選択を後悔しかけたとき、運転席から投げかけられたのは意外にも優しい言葉だった。
「まぁ、変に思うのが当然よね。安心なさい、あなたまで真似をしろとは言わないから」
「……?」
「美少年はこんなのに染まっちゃいけないの。こういうのを変に思わなくなっちゃったらお終いだもんね……でも早く見慣れなさい。でないと仕事にならないから」
「そ、そうなんですか……?」
「そうだ、もっとびっくりさせてあげようか」
早紗は左手で助手席のダッシュボードを開けると、中から一通のノートを取りだして綾小路天に差し出した。
「これから行くのはウチの得意先。さっき積み込んでもらった段ボールを得意先に納めるのが、あなたたちの初仕事よ。その目録が書いてあるから、今のうちに頭に入れておきなさい」
天は受け取ったノートを開いて……目を大きく見開いたまま凍りついた。
**
ゲーム/アニメ関連グッズの殿堂、ゲーマーズ秋葉原店。その開店1時間前。
早紗たちの乗ったワゴンが到着したのは、その搬入口前であった。ワゴンが着くやいなや、店から出てきた店長らしいノッポの男性と、早紗はなにやら話をし始めた。その間に店員らしい男の子や女の子たちが現れ、ワゴンの後部扉を開けて段ボールを店内に運び込んでいった。それをぼんやりと見ていた綾小路天は……。
「……雰囲気に溶け込んでる……」
そう、驚いたことにゲーマーズの店員たちが居る中では、早紗の魔法少女ルックはまったく違和感がなかったりするのだった。店の女の子たちは赤いドレスとウサギ耳を付けていたり、ネコ耳を付けていたり、メイドさんに似た衣装を着ていたりといった様子で……まさしく店全体が異次元魔境にあるような雰囲気を醸し出していた。そして驚いたことに、樋口湖太郎の方はそうした子たちと一緒に運び込みをしながら、早くも気軽に談笑などをしているように見えた。これも昨夜の歓迎会の御利益なのだろうか。
「ちょっと美少……じゃない、綾小路くん、樋口くん。こっちにいらっしゃい」
トリップしかけた脳裏に突き刺さる鋭い声。天は惚けた表情を、湖太郎はゆるんだ表情をそれぞれ引き締めながら、上司の手招きに応じて駆け寄った。早紗は満足そうに頷くと、店長に向かって2人を紹介した。
「今日から配属になりました、ウチの新入社員ですの。こちらが綾小路くん、あっちが樋口くんです。可愛がってあげてくださいね♪」
「よろしくおねがいします!」
「そうですか〜。私が当店の店長です。よろしくお願いしますね〜」
ノッポの身体をくゆらせながら店長は笑顔で応じた。早紗はにこやかに微笑むと、天の袖口をつんつんと引っ張りながら店長に話しかけた。
「それでは、今朝の搬入は以上ということで……お届け物を確認させていただきます。綾小路くん」
《……はい?》
《何ぼやぼやしてんの、さっきの目録を読みあげるのよ》
《……ここでですか?》
「こほん……お届けした中身については、綾小路くんの方から報告させますので。よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
早紗と店長、そして湖太郎の視線が綾小路天に集中した。天はしばし逡巡したのち、ままよとばかりに目をつぶると、目録の中身を早口で暗唱した。
「それでは……コタロー君フィギュア20体、コタロー君キーホルダー200本、コタロー君コースター200枚、コタロー君マグカップ100個……で、よろしいでしょうか」
「はい、OKです。毎度すみませんね」
店長が頷き、早紗がウインクを送る。その横で湖太郎は……白い灰になっていた。
【07】 2002.12.16
「これが……ウチの会社の主力商品というわけですか」
荷物の搬入が終わってから現場見学と称して早紗につれてこられたゲーマーズの店内で、店の一角に並ぶ『コタロー君グッズコーナー』を見ながら綾小路天は苦々しくつぶやいた。オタク向け商品……すなわち若手男性向けの、主として美少女キャラ関連グッズが並ぶゲーマーズ店内において異彩を放つその一角。だがそこだけは客層の違いを反映してか、女子学生たちの好む花のような香りが開店前から漂っている。
「そういうこと。あたしには何が面白いんだかさっぱり分からないんだけどね。美紗……えっと、ウチの社長が考え出して大ヒットを飛ばした、若い女の子たちに大人気の超レアグッズなんだって」
「あの社長が作ったんですか?」
「まさか。不器用なあの子に出来るわけないじゃない。あの子は企画と設備原資を出してるだけで、グッズの製作は幾つかの工房に、販売はゲーマーズ関東各店に依頼してるわ。だからウチは商事会社なわけ」
「はぁ……」
設立4ヶ月にして月商2千万円。天が入社前に入手していたてひひ商事の売上高は、まさにゲーム業界の麒麟児にふさわしいものだった。IT革命にうまく乗って頭角を現してきた振興のソフトハウスというイメージが天の頭にはあった……だがその代表的商品が、こういう意味不明な代物だったとは。
「案外バカにしたもんでもないのよ。学校帰りの女子高生たちが来る夕方になれば分かるわ、在庫が20分で無くなっちゃうそうだから」
「社長が湖太郎のことを、ずっと探してた人って言ってたのは、こういうことだったんですね」
「あ、それとこれは別」
早紗は軽く手を振って天の疑問を打ち消した。
「これのモデルになってるのは小太郎くんって言う、美紗が子供のころ仲良くしていた髪の長い病弱少年なんですってよ。マグカップに描いてある似顔絵を見てごらんなさい、あの湖太郎くんとは髪形が違うでしょ?」
そうはいっても似顔絵はデフォルメが激しすぎて、天にはさっぱり見分けがつかなかった。ちなみに同期生の湖太郎のほうは、いまだに店の外で白い灰のまま立ち尽くしている。
「そこらへんは深く考えないほうがいいわよ。そもそもゲームにもアニメにも登場しないコタロー君グッズが大ヒットしてること自体が、あたしたち一般人には想像外のことなんだから」
「お店の中で、なに失礼なことぶっこいてるにょ」
いきなり足元から女の子の声。天が視線を移した先には、メイド服を着て尻尾を生やし意味不明の白い動物の被り物をした、生意気そうな少女が立っていた。
「お店の人気No.1商品をバカにするなんて、業界人の風上にも置けないにょ」
「あ、あのぉ……部長、この方は?」
「ああ、でじこさん、おはようございます……何してるの美少年、お店でアルバイトしてる宇宙人さんよ」
「えっ、ええっ、う、宇宙……?」
「あっ、こいつ不届き者にょ! このでじこ様を知らないなんて、秋葉原のモグリにょ!」
小生意気な少女はそういって腰に手を当てた。天のほうは当惑しながら、とりあえず頭を下げるのだった……これからこんな連中と仕事をしていくのか、と胸に湧き上がる不安を必死に押さえつけながら。
「ま、美少年のあなたに免疫がないのはしょうがないけどね」
早紗は励ますように天の背中をポンポンとたたくと、まだ回る先がありますから、と逃げるようにその場を後にした。
**
早紗と天がワゴンに戻ってみると、湖太郎はいまだに白い灰になったまま立ち尽くしていた。湖太郎の抜け殻をしげしげと見つめる早紗。
「言われてみれば、確かに似てるわね……決めた、これから彼のことは不思議少年って呼ぶことにしよっと」
そういって早紗は手にしたステッキを振り、きらめく星のような光を湖太郎に向けて照射した。すると白い灰になっていた湖太郎は瞬く間に意識を取り戻し、きょろきょろと辺りを見渡した。
「えっ……部長、何のことです? 僕、どうなっちゃったんですか?」
どうやら意識を失う直前のことは記憶にないらしい。そんな湖太郎を見て、早紗はくすりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ちょうど手ごろなおもちゃを見つけたときのように。
「そうねぇ……樋口くん、あなたにチャンスをあげるわ。早く仕事を覚えるための」
「チャンス……ですか?」
「そう。今日から1週間、このお店で働かせてもらいなさい。ウチのお得意先の仕事を覚えるにはそれが一番でしょ。あたしと美少年……綾小路くんはその間、他のお得意先を回ってるから」
「このお店、ですか? でもここ……何を売ってるお店なんです?」
「行けば分かるわよん♪」
そんな2人を綾小路天は絶句しながら見つめていた。コタロー君グッズといい早紗のステッキといい、世の中にはミラクルなことが沢山あるんだなぁ……と胸の中の良識を無理やりに押し殺しながら。
……小さな魔法編へ続く。
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