ぴたテン SideStory
キュートな会社の作り方
せつない想い編(第24〜32話)
SSの広場へ
登場人物紹介/入社/初出勤/小さな魔法/美少年の事情/才女の憂鬱/せつない想い/天誅の行方/悪魔の計略/幸せの広め方/巻末クイズ
【24】 2003.01.19
「まもなく、開演となります」
都内の公会堂にアナウンスの声が響き渡り、ブーッと言うブザーの音と共に入り口の扉が閉じる。それを契機に、客席を埋め尽くした観客たちのざわめきは徐々に小さくなっていった。客席はすべて予約で満席。彼らが待ち望んでいたコンサートがいよいよ始まる。はち切れそうな期待と熱気が公会堂を包み込み、客席の照明が落とされると共に暗い静寂の中に塗り込められていく。
そして、静寂の中で一条の光が舞台を照らした。するすると上がる舞台の幕。その奥には1台のピアノ。スポットライトに照らされた黒光りのするピアノは、観客たちの視線を一身に浴びながら堂々と舞台の中央にたたずんでいた。荘厳な雰囲気さえ漂わせる黒い芸術品は観客たちの目を釘付けにしたまま、主人の到着を静かに待っていた。
どのくらいの時間が経っただろうか。
ふいにもう一条のスポットライトが舞台の袖を照らした。観客たちの目を引きつけたその先には、純白のドレスを着た丸顔の女性が立っていた。光を浴びた女性はゆっくりと舞台中央のピアノに歩み寄ると、立ち止まって鍵盤の蓋を開けた。そしてそのままの姿勢で鍵盤を凝視すると……右の人差し指を1本だけ伸ばして、そっとキーに触れた。
ポーン♪
たった1音。その音を聞いた瞬間、客席を包んでいた呪縛が解けた。ほぅっと息を突いて肩を落とす観客たちに合わせるように、ピアノの前の椅子に腰掛ける純白の聖女。そして長い金髪を後ろへとなびかせると、鍵盤へと白い指を滑らせた。
海外のピアノコンクールを総なめにした新鋭女性ピアニストの凱旋帰国コンサートが、こうして始まった。
**
コンサート終了後。裏口から車に乗り込もうとする女性ピアニストを取り囲んだのは、サインや握手を求める観客たちと取材陣の山だった。
「植松さん、ご帰国の感想を一言!」
「日本のファンに一言お願いします!」
「植松さ〜ん、サインしてください」
「きゃーっ、小星さ〜ん♪」
そんな群衆の中を、マネージャーやスタッフに守られながら歩く女性ピアニスト。全精力を演奏に注ぎ込んだ今の彼女に、笑顔を見せる余裕はない。疲れ切った身体を車のシートに沈める。
「お疲れさま、小星さん」
「明日もコンサートあるからね、ゆっくり休んでちょうだい」
「……ええ」
女性マネージャーと専属コーチに労られたピアニストは、曖昧な返事を返した。マネージャーたちはすぐに彼女から視線を外すと、翌日以降のスケジュールについて確認を始めた。そっとシートに首を持たせかけた女性ピアニストは、数年ぶりに帰ってきた日本の風景をぼんやりと眺めながら、ふと昔の思い出へと気持ちをさかのぼらせていた。
《いつからだろう……ピアノを弾いたあと、お疲れさま、だなんて言われるようになったのって》
【25】 2003.01.20
《もともと私、ピアノが好きだったわけでもないし、誰かに誉められたかったわけでもなかったよね……》
新鋭女性ピアニストの意識は、小学生の頃の自分へと戻っていた。その頃の自分は皆に騒がれるような有名人ではなかった。どこにでもいる無邪気で明るい女の子、男の子と平気で喧嘩してしまうような元気者の女の子。それが植松小星という少女の全てであった。
《……あのころが、一番楽しかったな……》
彼女には仲の良い男の子がいた。幼稚園のころからいつも2人は一緒だった。母親を事故で亡くした男の子を慰めるように彼女は元気さをアピールし、内気な少年を引きずり回しながら夜遅くまで遊んでいた。少年を笑う者には制裁の鉄拳を繰り出したし、少年の喜ぶ顔が見たくて町内相撲大会で優勝までして見せたこともあった。
……そんな彼女も、小学校高学年になって“恋”というものを意識する。
《……気に入ってもらいたくて、いろいろやったっけ……》
表面上は幼馴染として普段通りの関係を続けていた2人。だが少女の方の意識は少しずつ変わっていった。女の子として見て欲しくてダイエットをしたり、アップルパイを作って少年にあげたりした。女の子らしくなりたくてバレエやピアノ教室に通ったりもした。少年の反応は芳しいものではなかったが、それでも彼女は十分に幸せだった。
だが、そんな楽しい日々も小学校までの話だった。
彼女らが通っていたのはミッション系の学校で、初等部(小学校)は共学だが中等部より上へは女子しか進めない。男の子たちは別の私立中学を受験するか、公立の中学校に転校しなければならなかった。植松小星の幼馴染もその例に漏れず、別の中学校を受験して進学していった。少女はその少年の受験を全力で応援したが、合格が決まった日には少年を祝福したあと、自分の部屋で朝まで泣き続けた。
『学校が替わっても、また一緒に遊ぼうね』
涙を隠して少年と指切りをした卒業式の午後。だがそれまで毎日のように顔を合わせていた2人にとって、その断絶は小さなものではなかった。2人の仲は次第に疎遠になり、会う回数も週1回から月1回へ、さらに不定期へと変わっていった。少女は寂しさを紛らわすように、また少年に会ったときに素敵なレディーとして見てもらえるために、より一層お稽古ごとに精を出すようになった。その努力がピアノ教室の先生に認められ、小さなコンクールへの出場を勧められたのが中学3年の時だった。
《……あのとき、優勝なんてしなかったとしたら、今ごろ私どうなってたんだろう……》
あれから5年。少女は海外留学を経て腕を磨き、有名なピアノコンクールで優勝を総なめにするピアノ界の期待の星へと成長した。
少年との連絡は途絶えていた。休日をピアノの練習に割くようになってからも文通だけは続けていた2人だったが、少女の海外留学を機にそれも無くなった。少女としては少年の居ないところで活躍している自分の姿など自慢げに話す気にはなれず……そして少女からの手紙が来ない以上、海外へ移った彼女に少年から手紙を出せるわけもない。
だが少女の思いが色褪せたわけではなかった。自分のことを待っていて欲しいだなんて厚かましいことは言えない。でも小学校の頃の楽しかった日々は、今でも彼女の大切な宝物だった。辛いときや寂しいとき、いつも彼女は少年のことを思いだして元気を再注入するのだった。
……そして、そのころの写真が今も彼女の手元にある。かしこまった表情の少年と、その背後からのしかかるようにVサインをしている幼い日の少女。帰国最初のコンサートが終わった女性ピアニストの手の中で、7年前の自分が笑っている。何処に行くときも手放さなかった、楽しかった日々の写し絵。
その写真を見るたびに彼女の胸には涙が出るほどの懐かしさが込み上げてきた。だが同時に、突き刺すような寂寥感もまた心の片隅で小さな悲鳴を上げるのだった。
「……湖太郎ちゃん……」
【26】 2003.01.22
「……湖太郎ちゃん……」
コンサートを終えたばかりの植松小星は、都内を失踪する車の後部座席で熱い溜め息をついた。窓の外を流れるのは、子供の頃から見慣れている都心の街並み。4年ぶりに帰ってきた生まれ故郷の景色。だが懐かしさとともに込み上げるのは、小さい頃の楽しい想い出と、それを失った胸の痛み。
「湖太郎ちゃん、どうしてるかな……」
私のことを待っていてくれてるとは思わない。今の湖太郎ちゃんには、きっと素敵な恋人が居るに決まってる。連絡をしなくなったのは私の方からだし、よりを戻して欲しいって言えるような仲でもなかったし。
「……初恋は実らないって言うもんね……」
何度考えてもマイナスのイメージしか浮かばなかった。帰国した今なら、会おうと思えば会える。しかし7年のブランクはあまりにも高い障壁だった。自分の知らない7年間を過ごしてきた幼馴染に対して、以前のように無邪気な想いをぶつけて受け容れられる自信が小星には無かった。それならいっそ会わないほうが……綺麗な想い出を抱いたままのほうが……。
「…………!!! 止めて、止めてくださいっ!!!」
ぼんやりと窓の外を眺めていた小星の視線が、ある一点に釘付けになった。思わず叫んだ彼女の声にコーチとマネージャーが振り返ると、小星は車の窓を開け、食い入るように外を見つめていた。
「うそ……でも、あれ……まさか……」
「あっ、小星さんっ?!」
「どこへ行くのっ?」
制止の声を振り切って小星は夜の街に飛び出した。彼女の目には、女子学生の抱いている男の子の形をしたぬいぐるみだけが映っていた。だが近づくにつれて、それと同じぬいぐるみを抱いた別の女性が、女子学生が出てきたのと同じ店から出てくる様子が目に入ってきた。植松小星は女子学生の脇をすり抜けると、一直線にその店……華やかな電飾に彩られた『ゲーマーズ』という看板の店に走り込んだ。
「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」
はぁっはぁっと息を吐く小星に、愛想の良さそうな店員が声を掛けてくる。あのぬいぐるみを、と言いかけて小星は口をつぐんだ。そんな言い方をしたって通じるわけがない。
「あの、さっきのお客さんが買ってた、ぬいぐるみは……」
「はい? あの、さっきと言われましても、当店には色々な商品がありまして……」
「湖太郎ちゃんのぬいぐるみですっ!!」
思わず大声で叫んだ小星は、次の瞬間に顔を真っ赤にした。ますますもって他の人に分かるわけがない。いくら幼馴染に瓜二つに見えたからって、こんなストレートな言い方をしなくても……そう気づいた小星はあわてて手を振った。
「い、いや、あの……」
「はい、ございますよ。こちらへどうぞ」
「すみませ……って、えっ?」
店員の思わぬ返答に、植松小星は目を丸くした。
そして数分後、小星はゲーマーズ秋葉原店の人気コーナーの前にいた。マグカップが、クリアシートが、コースターが、キーホルダーが、そしてぬいぐるみとフィギュアたちが彼女の方を向いて笑っていた。小星は吸い寄せられるようにコタロー君ぬいぐるみを手に取ると、万感の思いを込めて抱きしめた。
「湖太郎ちゃんっ……!!!」
「こらこら、なに勝手に浸ってるにょ。お店の売り物によだれ垂らすんじゃないにょ」
……我に返った小星が堅く閉じた瞼を開けると、奇妙な格好をした生意気そうな店員の姿が目に映った。その店員は小星の方を見あげながら、小星の身体に向かってパタパタとはたきを掛けていた。
「どうしたにょ。買うんならさっさとするにょ、もうすぐ閉店だにょ」
露骨に迷惑そうな表情をする店員。しかしそんなことに構っては居られない。
「あのっ、ここにある『コタロー君』って、有名な人なんですか? アイドルとか、スポーツ選手とか」
湖太郎ちゃんだったらあり得る……若干の贔屓目と期待を込めて、小星は人気グッズの由来について問いかけた。ひょっとしたら同名の別の人のことかも、という不安も少しはあったのだが……ところが生意気そうな店員から返ってきた答えは、3たび小星を仰天させるものだった。
「知らないにょ。本人がそこにいるから、聞いてみたらいいにょ」
あわてて振り返った小星の目と、背後で立ちすくんでいたスーツ姿の青年の目とが交錯した。そして一瞬の静寂ののち、懐かしい響きが青年の口から紡ぎ出された。こうして冬の奇跡が幕を開けた。
「あの……小星、ちゃん? ひょっとして」
【27】 2003.01.27
《うわーっ湖太郎ちゃんだ本物だどうしよう嘘でしょ信じらんない奇跡だよね運命だよねこれって久しぶりだわ湖太郎ちゃん嘘みたいすっごく格好よくなって背広似合ってて凛としてでもこんな偶然ってあるのかな夢でも見てるのかしら会いたいなと思ってたのが神様に通じたの心の準備がだけど全然出来てなくて私変な顔してないかな湖太郎ちゃんせっかく会えたのに嫌われたりしないかなだけど私のこと覚えててくれたし湖太郎ちゃんだって同じ気持ちだったってことだよねいやーん信じらんないどうしよう……》
植松小星の頭の中は軽いパニックに陥っていた。恋い焦がれていた幼馴染に似たぬいぐるみを街中で見かけるという想像外のハプニングに遭遇し、あれよあれよと言う間に本人との直接対面まで一気に進んでしまったのだから、冷静でいろと言うほうが無理な相談であろう。
小星の瞳は成長を遂げた幼馴染の顔に釘付けになり、ポーッと口を開けた間抜けな表情のままで動かなくなってしまった。会えないあいだ想像で補ってきた彼女の中の“理想の彼氏”像がみるみるうちに書き換えられていく。どきどきと胸が高鳴るたびに過去の雑多な想い出が頭の外へと追いやられ、空いた場所には幼馴染との新しい想い出の場所をキープするべく限度いっぱいまで膨らませたピンク色の風船が並べられていく。そんな作業を急ピッチで進めている彼女に、まともな受け答えが出来るわけもない。
「……ちゃん、小星ちゃん?」
「……こ、湖太郎ちゃん? あ、あれ、ここ……」
……ようやく我に返ったとき。小星は知らない喫茶店の中で、愛しの幼馴染と1対1で向かい合っていた。さっきまでぬいぐるみの店にいたはずなのに、と思い起こした小星の顔色は次の瞬間、茹でたように真っ赤に染まった。ここ、湖太郎ちゃんが連れてきてくれたの? じゃ、ひょっとして手を繋いでくれたの? それともお姫様だっこ……あーん何にも覚えてないなんて、私のバカっ!
「良かったよ、小星ちゃんが元気そうで……中学生のころ以来だよね?」
「う、うん……ご、ごめんね湖太郎ちゃん。私……」
「いいんだよ。また、こうして会えたんだし」
長いあいだ連絡ひとつしなかったことを責めもせず、小星の大切な幼馴染は優しい笑顔を見せてくれた。
《湖太郎ちゃんって優しい……》
ますます顔を赤らめてうつむきながら、小さな幸せを噛みしめる小星。そこへ喫茶店の店員が現れ、てきぱきと湖太郎から注文を取って去っていった。その間じっと黙っていた小星は、自分の好きなコーヒーの銘柄を湖太郎が覚えてくれていたのに気づいて、改めて目の前の素敵な青年に憧憬の瞳を向けた。
「あ、そうそうこれ」
「えっ……?」
「これを探しに、あのお店に来てくれたんでしょ? お店もう閉まっちゃうって言うから、代わりに僕が買っといた。こんなので再会の記念になれば良いんだけど」
湖太郎から差し出された彼そっくりのぬいぐるみ。震える手でそれを受け取ると、そのぬいぐるみを小星は愛おしそうに抱きしめた。湖太郎ちゃんに買ってもらった湖太郎ちゃんのぬいぐるみ。小星の宝物ランキングを一夜にして塗り替えることは確実。
「……ありがとう湖太郎ちゃん、大切にするね」
「い、いやぁ……」
青年の照れる様子すら今の彼女には輝いて見えた。今日の湖太郎ちゃん、すごく優しい……子供の頃は鈍感な人だったけど、やっぱり大人になると変わるのかな。
ところが、そんな小星の幸せ気分に冷や水を浴びせかける質問が、直後に彼の口から飛び出した。
「ねぇ小星ちゃん、今は何してるの? 大学生とか?」
「…………」
い、言えないっ! 今の私が、世界中を飛び回るピアニストになってるだなんて!
湖太郎にしてみれば何気ない、当然の質問だったのだろう。だがつかの間の恋人気分を味わっていた小星にとっては、彼との距離を改めて思い起こさせる残酷な質問に他ならなかった。いずれは話すにしても今夜くらいは思い出したくない……そう思った小星は、ずるい手で話の矛先を逸らしに掛かった。
「……う、うん、そんなところ」
「ふぅん……」
「そ、それより! このぬいぐるみ、湖太郎ちゃんにそっくりだよね! どうして?」
愛しの青年はちょっと顔をしかめたが、爛々と輝く小星の眼に押されてしぶしぶ語りだした。
「それ、うちの会社の商品なんだ……こないだ入ったばかりの、小さな会社なんだけどね。そこの社長が変な人で……」
「社長さんが決めたの? すごい、すごいよっ!」
いかにも嫌そうな様子で説明する湖太郎に対し、小星は両手で万歳をして見せた。湖太郎ちゃんの魅力を分かってくれる人が居るなんて! センスあるよ、その人! 私、100個でも200個でも買うもん!
憧れ続けてきた青年との、天に昇るような楽しいひととき。だがその終わりは唐突に訪れた。
「小星さんっ! 何をやっているの、早くホテルへ戻らないと!」
「えっ、ホテルって……?」
「あ、あのすみません、お願いですからもう少しだけ……」
「ダメです! 舞台衣装のままで歩き回るなんて! 自覚が足りませんよ!」
どうやって嗅ぎつけたのか。喫茶店に飛び込んできた鬼マネージャーによって、小星は無理矢理に語らいの場から引きずり出された。あっという間の出来事に呆然として立ちつくす湖太郎に、小星は思わず手を伸ばした。
「湖太郎ちゃあんっ!」
だが青年は追いかけて来てはくれなかった。夢をうち破る理不尽な現実によって車に引き戻された女性ピアニストは、がっくりと首をうなだれて……そして直後に絶望の声を上げた。
「あぁっ! 湖太郎ちゃんの連絡先、まだ聞いてなかったのにっ!」
【28】 2003.01.28
そして翌日。丸一晩思い悩んだ植松小星は、突然その日のマスコミ取材を全てキャンセルした。マネージャーには怒られるし取材陣からは愛想無しと思われただろうけど、もうそんなこと構ってはいられない。神様がくれた昨日の偶然を無駄にしちゃったら、もう湖太郎ちゃんとは会えない気がする……そんな切羽詰まった想いが彼女を動かしていた。『恋をして人生を豊かにするのも大切なことです』と留学時代からのコーチが後押ししてくれたのが、せめてもの救いであった。
「……ここだよね……」
秋葉原ゲーマーズで教わった『てひひ商事』の所在地。それがこの、何の変哲もないマンションの一室である。扉の前で深呼吸した植松小星はインターホンのボタンに指を伸ばし、もう一度息を吸い込んでから思い切って押し込んだ。
「はい?」
「あ、あの、さっき電話しました、植松と言いますが……」
「あぁ、お待ちしておりました」
愛想の良さそうな返事ののち扉が開く。そこから出てきた黒髪の女性を見て、小星は思わず息を呑んだ。
《すごく綺麗な人……》
現れたのは見るからに優しそうでおしとやかな美人だった。同性の眼から見ても憧れてしまう彼女の姿に、しばし小星は挨拶の言葉も忘れて立ちすくんでしまった。そして次の瞬間、湖太郎と同じ職場にこんな美人が居ることにかすかな嫉妬心を感じたのだが……。
「すみません、樋口さん少し遅れてるみたいで……もうすぐ戻ってくると思うんですけど」
申し訳なさそうに頭を下げる黒髪の美人。その鈴の鳴るような声を聞くうちに小星の嫉妬心は立ち消え、代わって恥ずかしい気持ちが頭をもたげた。会ったばかりの相手に、なに焼き餅なんか焼いてるんだろ、私。この人と湖太郎ちゃんがどうこうって訳じゃないのに。
「……そうなんですか……」
「あの、良かったら中に入ってお待ちになりませんか?」
紫亜、と名乗る黒髪の女性に導かれて、小星はマンションの扉をくぐった。紫亜という女性は如才ない性格らしく、小星が玄関で靴を脱ぐあいだも、本当に楽しそうに話しかけて来るのだった。
「小星さんから電話があったと連絡したら、樋口さん、すぐに帰るって言ってましたよ」
「あ、あの、すみません、お仕事中に……」
「気になさらないでください。樋口さんのお友達なら、私たちにとっても大切な人ですから」
何のてらいも屈託もなく、紫亜はそう言って笑顔を見せた。小星は胸の奥がちくちく痛むのを感じつつ、愛想笑いを浮かべながら彼女の後に続いた。
紫亜に案内されて辿り着いた応接間では……想像をはるかに超える光景が、小星を待っていた。
「あっ小星ちゃん、いらっしゃいっス〜♪」
「…………」
「あの方が、社長の美紗さんです」
「美紗っていいます、よろしくダス〜」
元気いっぱいに片手をあげる女性の周りには……昨日あの店で小星が買った、湖太郎によく似たぬいぐるみが所狭しと散らかしばらまかれていた。幾つか飾ってあるくらいなら製造元だから不思議でないとしても、応接間いっぱいに広げられているとは……だが紫亜が驚いていない様子を見ると、どうやらこれは珍しい光景でもないらしい。
「あの、初めまして。植松小星と言います」
異様な雰囲気に呑まれた小星がとりあえず行儀良く挨拶をすると、変てこりんな女性はニコニコしながら立ち上がって小星の手を引き、ぬいぐるみの雲の中央へと座らせた。
「てひひー、コタロー君のお友達っスよね? だったら私ともお友達っス、大歓迎っス〜♪」
「は、はぁ……」
「いま、明日お店に並べる品に愛情を込めてるっスよ。小星ちゃんも一緒にやるっスか?」
「あ、愛情ですか?」
「ういっス。こうやって……コタロー君大好きっス〜(ぎゅっ)、コタロー君大好きっス〜(ぎゅっ)」
テンションの高い女社長は、ぬいぐるみを持ち上げると奇妙なおまじないを唱えながら胸でぎゅっと抱きしめる作業を数回繰り返し、それを箱に詰めるとまた別のぬいぐるみで同じことをやり始めた。小星は唖然としながらその様子を眺めていたが、しばらくすると怒りがふつふつと込み上げてきた。
《なによなによ、なんなのよこの人! 売り物のぬいぐるみに愛情を込めるなんてバカじゃないの? それにこの人、湖太郎ちゃんの何なのよ!》
一度は収まったはずの焼き餅の鎌首が、再び持ち上がった。しかし目の前の女性が湖太郎の上司だという意識が、かろうじて小星の暴発にブレーキを掛けていた。
【29】 2003.01.29
「ねぇ、社長さん……」
「ういっス、何スか?」
美紗の愛情注入の儀式は、それから30分以上たった今でも続いていた。湖太郎を待つ以外にこれといってすることのない植松小星は、そんな彼女の様子をじっと眺め続けているうちに、その奇妙な光景にいつのまにか慣れてしまっていた。そして嫉妬の炎が徐々に小さくなるにつれ、複雑な感情が芽生えてきていた。ここまでやれるってある意味すごいのかも、と。
「この、ぬいぐるみのことなんですけど……」
「コタロー君のお人形っスよ♪」
傍から見ればわけの分からない返答だったが、小星にとってはこれだけで十分だった。
「社長さん、ひょっとして湖太郎ちゃんのこと……」
「大好きっス!」
予想通りの即答。なんの屈託もないその答えは、小星の胸に音を立てて突き刺さった。だがこのとき小星の胸に浮かんだのは、嫉妬ではなく“羨ましい”という不思議な思いだった。
「小星ちゃんも、そうっスよね?」
「…………」
胸が詰まって答えられない。この人に負けないくらい湖太郎のことが好きなのか、と問いかけられている気がして小星は言葉に詰まってしまった。中学以来の断絶の時間が彼女に重くのしかかっていた……そして自分の気持ちを素直に言葉に出来なかった昨夜の喫茶店での記憶も。
「ねぇ小星ちゃん、コタロー君とはどういうお知り合いっスか?」
「…………」
「てひひー、コタロー君のことだったら、私なんでも知りたいっス」
初対面なのに臆面もなく聞いてくる女社長。その笑顔がまぶしすぎて小星は顔を伏せた。勝てない、という苦い思いが彼女の胸に込みあげてきた……そしてそれにシンクロするように、ゆうべの湖太郎の優しい振る舞いが思い起こされてきた。
《そっか、こういう人の傍にいたから、湖太郎ちゃんあんなに……》
湖太郎と毎日のように顔をあわせていて、ずっとずっとストレートに愛情を表現できる目の前の女性。彼女の影響を受けて明るくなっていったに違いない昨夜の湖太郎の姿。そして彼女の愛情をいっぱいに受けて、幼馴染の自分の眼すら釘付けにした湖太郎ちゃんのぬいぐるみ。
「小さいころ、近所に住んでた……幼馴染です……」
「そうっスか? 羨ましいっス〜、小さい頃のコタロー君のことを知ってるっスね?」
キラキラした眼で覗きこむ美紗の無邪気さが、今の小星には辛すぎた。幼馴染以上でも以下でもない自分が、絶望的なまでにちっぽけな存在に思えてきていた。
**
「お帰りなさい、樋口さん」
「ただいま……」
まもなく玄関のドアが開いて。帰ってきた湖太郎のあまりに自然な受け答えに、小星の胸はちくりと痛んだ。そして弾かれたようにダッシュして湖太郎の首にしがみつく女社長の姿が、小星の孤独感に拍車をかけた。
「コタロー君っス、コタロー君っス、てひひー」
「み、美紗さん離れてくださいってば……あの、紫亜さん、僕のお客さんは……」
「はい、奥でお待ちになってらっしゃいますよ♪」
小星はソファから立ち上がった。湖太郎に会ったら話そうと思っていた疑問や昔話を、綺麗さっぱり頭から追いやった。私は湖太郎ちゃんの幼馴染、ただの古い友だち……そう自分に言い聞かせる。
「おかえりなさい、湖太郎ちゃん」
「ただいま。ごめんね小星ちゃん、待たせちゃったみたいで」
「ううんいいの。ちょっと近くを通ったんで顔を見たくなっただけだし……それに私もさっき来たところだから」
小星の言葉に顔を見合わせる紫亜と美紗。彼女らに口を挟まれる前に、小星は用意していた台詞を口にした。
「湖太郎ちゃんの仕事場を、一度でいいから見てみたかったの。素敵なところよね」
「ああ、うん、まぁ……」
「それじゃ私、用事があるから帰るね……またね、湖太郎ちゃん」
「えっ? 小星ちゃん……」
「お邪魔しましたっ!」
反駁の暇を与えず、小星は湖太郎たちの脇をすり抜けて玄関を飛び出すとエレベータに駆け込んだ。そして扉が閉まりケージが下降を始めると同時に、小星はその場にしゃがみこんだ……笑顔の裏で我慢し続けてきた涙の大津波が、独りになった途端に堰を切って溢れ出してきていた。
《かなわない……私なんかじゃ、絶対かなわないよっ!!》
【30】 2003.01.30
「……なんだったんでしょう?」
「さあ?」
脱兎のように小星がマンションから飛び出して行った直後。マンションの部屋に残された湖太郎と紫亜は、肩をすくめながら顔を見合わせた。あれだけ待っていながら急に逃げ出すように帰って行った理由が紫亜には理解できなかったし、湖太郎に至っては小星が会いに来た理由そのものを知らないのだから釈然とするはずもなかった。2人は答えを求めるようにもう1人の方に視線を向けて……滝のような涙を両目から流している美紗を見つけて驚きの声を上げた。
「み、美紗さん?」
「いったい……」
「はうぅ〜、大変っス〜、小星ちゃんを不幸にしちゃったっス〜、コタローく〜ん」
「何があったんですか?」
直前まで小星としゃべっていたはずの美紗が、湖太郎の首にしがみついたまま泣いている。ハンカチを差し出しながら紫亜は事情を聞きだそうとした……ところが。
「小星ちゃん泣いてたっス。作り笑いしてたけど、今にも泣きそうな顔してたっス……私のせいっスか、コタロー君? 私なにか悪いこと言っちゃったっスか?」
「美紗さん、美紗さん、とにかく落ち着いてください」
泣きじゃくって説明どころでない美紗を、あわてて宥めようとする2人。美紗の口からは疑問と後悔とが繰り返し流れてきており、2人ともそれに対する答えは持っていなかった。マンションの玄関口はちょっとした修羅場になりかけていた……だがちょうどそこへ、息せき切った4人目の社員が駆け込んできたのだった。
「ちょっとちょっと、ニュースよニュース! いまマンションの入り口でね、有名人とすれ違って……あれ、美紗どうしたの?」
「さっちゅーん、私どうしたらいいっスか? 小星ちゃんを泣かせちゃったっス、私のせいっス〜」
「小星って? じゃ、さっきの子、やっぱり植松小星なの?」
「えっ?」
意外な人物から出てきた珍客のフルネーム。3人はきょとんとして魔法少女の顔を見上げた。すすり泣きながら救いを求める美紗に代わって問い返したのは紫亜だった。
「早紗さん、さっきの方とお知り合いなんですか?」
「お知り合いって……あんたたち知らないの? 日本に戻ってきたばかりの、クラシック界のホープよホープ! 今朝の朝刊に広告出てたじゃない!」
一同はいっせいに奥の部屋に駆け込み、今朝届いたばかりの新聞を広げた。そこにはさっきまでこの部屋にいた少女の横顔が、派手なタイトルと公演日程表とともに大写しになっていた。
**
数日後。帰国記念コンサートの2回目を十数分後に控えた植松小星は、とあるコンサートホールの控え室で頬杖をついていた。
あれから調子は最悪だった。ピアノの練習にはまるで身が入らなかったし、そのことを気に病む余裕すら今の小星には欠けていた。プロの音楽家はたとえ1日でも練習を休むと、聞く人にそれを悟られると言われる。蒼白になったスタッフたちは小星を叱咤し、効果がないと分かると病気を装ってコンサートを延期しようと考えたのだが……主席コーチである外人男性だけが、それに異を唱えた。
「いつもベストの演奏をするだけなら、レコードを流せば事足ります。わざわざ日を区切ってお客さんを集めるからには、あなたの人生や経験を演奏に生かすことが求められているんです。小星さん、次回のコンサートを楽しみにしてますよ」
「……先生の意地悪」
かくして開演の日を迎える。自信など有ろうはずもなかった。そもそもピアノに向かおうという気力すらない。小さい頃からの想いを、そう簡単に整理できるはずもなかったのである。
……そこへ。
「なんですか、ここは関係者以外は立ち入り……どうぞ」
「ダメですよ、勝手に入っちゃ……どうぞ」
「はいは〜い、どうもぉ〜」
なにやら騒がしい声が控え室の外から聞こえてきた。そして控え室のドアが開き、フリフリの白いドレスを着た見知らぬ女性が顔を覗かせた。
「はじめまして〜、植松小星さん、ですよね〜?」
「……どちらさまですか?」
「うわぁ本物だ本物だ……ほら、照れてないでさっさと入る!」
突然現れた女性はミーハーな叫び声をあげると、扉を開いて中に入ってきた。ぎこちない笑顔を浮かべたその女性は、1人の青年を……いま小星が一番会いたくない青年を連れてきていた。
「……嘘……」
【31】 2003.01.31
「あははは、どーもどーも。それじゃ後は、お若い方同士で……」
湖太郎の上司だと名乗り、部屋に入るなり小星のサインと握手をねだったその女性は、目的を達すると口に手を当ててニコニコと笑いながらそそくさと部屋から退散した。その仕草は奥手な若者同士を引き合わせる世話好きの仲人おばさんを思わせた。
しかし、その比喩はまんざら外れてもいなかった。引き合わされた2人は今日が初対面というわけではない。だが最初に一度視線を交錯した後はお互いに口を利かず、女性が出て行くまでは双方ともだんまりを決め込んだままだった……そして2人きりになった後、先に行動を起こしたのは青年のほうだった。
「小星ちゃん、驚かせてごめん……これ」
「……ありがとう、湖太郎ちゃん」
青年が差し出す花束を顔を伏せたままで受け取る小星。どんな顔をしたらいいんだろう? 迷っていた小星に、青年からのぎこちない声援が降りかかる。
「小星ちゃん、あの……ごめんね、知らなかったよ。こんな凄いピアニストになってたなんて……さすが小星ちゃんだね」
「……そんなことないよ」
私は器用なんかじゃないよ、子供の頃からちっとも変わってなんかいないんだよ!
小星は心の中でそう悲鳴をあげた。思いのたけを言葉に出して、彼の胸に飛び込めたらどんなに楽だろう! そんな衝動が胸に湧きあがる。だがそれは決して実行に移されることのない、子供のころからの空想に過ぎなかった。ここに至っても気の利いた言葉1つ言えない青年の鈍感さと優柔不断さを、自分のせいだと思い込んでしまうのが小星の小星たる所以であったから。
《そうだよね、仕方ないんだよね……ただの幼馴染なんだもの。告白も出来ないままお別れしちゃった私が悪いんだもの。今頃になって……》
先日の、ぬいぐるみを抱いた女性の笑顔が胸に浮かんだ。湖太郎ちゃんの傍には彼のことをあんなに大事にしてくれる女性がいる。あんなに綺麗な人も一緒にいる……自分の居場所なんか、きっともう何処にもない。小さい頃の想いを引きずったままの幼馴染なんて今の湖太郎ちゃんには要らない。多分きっと迷惑なだけ……。
「……ありがとう湖太郎ちゃん、応援に来てくれて」
小星は顔をあげて青年に微笑みかけた。最後ぐらい笑って別れたい。それが初恋に区切りをつけるための、小星の精一杯の心遣いだった。
「湖太郎ちゃん、今日の演奏を聴きに来てくれたの?」
「う、うん、まぁ……」
「嬉しい。私、一生懸命がんばるね」
もはや純粋でなくなった想いを胸の奥に押し隠して、小星は子供の頃のように笑いかけた。
「ああっもう、じれったいっ!」
そのころ、控え室の外で様子を伺っていた早紗がついに切れた。手にした魔法のステッキを一振りする彼女。そのステッキの先から、細かな星の粒が控え室の中へと吸い込まれていった。
私はいつだって、湖太郎ちゃんのファンだったんだから。
小星はそういって手を振るつもりだった。子供の頃から彼女はずっとそのつもりだったし、大人になった今でもその言葉は嘘ではなかった。初恋を思い出に昇華させるために、湖太郎の前でそれを口にすることが彼女にはどうしても必要だった。だが運命のいたずらが、彼女の口を滑らせた。
「私はいつだって、湖太郎ちゃんのことが好きだったんだから!」
「……えっ?!」
思いもかけない本心の告白。あわてて口を押さえる小星。だが時間は、もう元には戻らなかった。
【32】 2003.02.01
「小星ちゃん……?」
「あわわ、あのその、ち、ちがうのよ、湖太郎ちゃん」
仲の良かった幼馴染として気持ちよく別れたい……たとえ本心とは異なるとしても、それが小星の偽らざる望みであった。こんなはずじゃない、まったくこんなはずじゃなかった……パニックに陥ったままフォローの言葉を探す小星。だが事態はますます泥沼に入るばかりであった。
「ちがうの湖太郎ちゃん。好きってのは、その……こ、子供のころの話だからねっ! 今は全然、そんなことないんだからねっ!」
「…………」
「ああっそのっ、そうじゃなくて。湖太郎ちゃんのことを嫌いになったとか、そういうんじゃなくて……」
何がどうなってるのか分からない。でも言葉を止めるわけには行かなかった。“僕のことが好きだったって?”……“そっか、僕のこと嫌いになっちゃったんだ”……どちらも小星にとっては致命傷になりかねない。
「だからその、あの、湖太郎ちゃんは気にする必要なんかなくて……」
「…………」
湖太郎ちゃんが呆れてる。青年の沈黙をそう悪い方向に解釈した小星は必死になった。とにかく話をそらさなきゃ、そう思った彼女は言わなくていいことまで口走ってしまう。
「……あの、ほら、湖太郎ちゃん、あのぬいぐるみ、すごくよく出来てるよねっ?」
「…………」
「こないだ遊びに行ったときに、社長さんとお話ししたの。湖太郎ちゃんをモデルにして、一生懸命作ったって言ってた……あんなに大切に思ってもらえるなんて、きっと幸せなことだよね」
「……ああ、美紗さんがそんなことを」
『美紗さん』と口にしたときの青年の微妙な表情の変化を、小星は見逃さなかった。ちょっと困ったような、手のかかる駄々っ子のことを思い出したかのような……それを彼らの親密さの証と受けとった小星の胸がちくりと痛んだが、いまさら言葉を止めるわけには行かない。
「だからさ、私、湖太郎ちゃんにはああいう人が合ってるんじゃないかって思うんだぁ……」
勢いに乗って恋敵の後押しまでしてしまった小星。はっきり言ってくれなくていい、苦笑いとか照れた顔とかを湖太郎ちゃんがしてくれれば、それで私は諦められる……そんな気がして投げかけてみた言葉だった。幼馴染を幼馴染のままで終わらせる、決定的な言葉になるはずだった。
……だから、湖太郎がにべもなく否定すると言うのは全くもって予想外のことであった。
「別に、そんなことないよ」
「えっ……?」
「美紗さんたちは親切にしてくれるけど、僕たちはそんな関係じゃないよ」
「…………」
今度は小星が絶句する番。
「美紗さんたちは、一緒の会社にいるだけであって……」
「そんな、私なんかに気を使ってくれなくていいのに」
「そんなんじゃないよ」
はっきりした口調で否定する湖太郎。しっかりと眼を合わせて語りかける言葉に嘘はなさそうだった。新たな混乱の嵐が小星の頭の中を吹き荒れた……そして続く彼の言葉が、雲間から抜け出す陽光のように小星のハートを直撃した。
「……だって、女の子の中じゃ、僕は小星ちゃんが一番好きだし」
**
その日の夜。とあるコンサートホールで執り行われた女性ピアニストの演奏を聴きに来た観客たちは、生きた伝説を目の当たりにすることになった。歓喜あふれる表現力と人間離れした技術の冴え、血液が脈打つような音の強弱と聴く者の魂を揺さぶる感動の旋律は、今世紀最高の演奏の1つとして長く語り草となった。
「うああぁ、こんなことが天界にバレたらアタシは……」
……その裏で、自分のもたらした影響の大きさに頭を抱える魔法少女がいたことは、ごく少数の人々のみが知る秘密だった。
……天誅の行方編へ続く。
SSの広場へ
登場人物紹介/入社/初出勤/小さな魔法/美少年の事情/才女の憂鬱/せつない想い/天誅の行方/悪魔の計略/幸せの広め方/巻末クイズ