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漆黒の原野 白銀の騎士編(3月4日更新)一時更新停止
日時: 2012/11/22 17:00
名前: 絶影

こんにちは、絶影と申します。
何だかんだでデータが全て飛んでしまったみたいなので、
新しく投稿させていただきます。

注意)この小説は戦争物であるため、フェードアウトしてしまう人物が少々…いやそこそこ…結構います。まぁ原作キャラは最後までフェードアウトしないのですが(笑)
また設定上、オリキャラ多数です(大半は覚える必要すらない(笑)。



概要

倉臼家当主と天王州家当主が創ったとされるイヴァリース国(通称畏国)。
ある時まで、国は一つにまとまり平和に暮らしていた。

しかし19年前、一人の野心溢れる領主が京都に現れ、畏国に叛旗を翻した。
彼は自らを、滅亡したといわれていた天王州家の末裔であると名乗り、
京都を首都とした、オルダリーア国(通称鴎国)を建国。
彼は、軍の総帥であり、親友でもあった宇佐美天竜に畏国の制圧を命じ、畏国に取って代わろうとした。

命を受けた宇佐美天竜はわずか十年で京都以西を全て制圧し、
さらに三年後には福井、岐阜、愛知以西まで制圧した。
畏国も、決して何もしていなかったわけではない。
何度も攻撃を仕掛けてはいたのだが、平和な時代に浸りすぎ、そもそも戦の経験すらない将軍、
大して訓練もされていない兵士しかいなかったため、宇佐美天竜率いる精強な鴎国軍に連戦連敗をしていたのである。

6年前、宇佐美天竜率いる鴎軍十万が、畏国の首都である東京練馬に向かって進軍を始めた。
畏国の防衛線を次々と抜き、鴎国軍は東京八王子まで迫り、四万の畏国軍と対峙した。
これに乗じ、石川領を治めていた東宮家当主も畏国に叛旗を翻し、富山領を占領。
金沢を首都とし、ロマンダ国(通称呂国)を建国し、鴎国と結んで畏国に進撃する構えを取った。
誰が見ても畏国の劣勢は明らかで、滅亡は最早避けられぬものに思えた。
だが、この八王子の決戦で、宇佐美天竜が討たれ、鴎軍はまさかの敗北を喫してしまう。
それから6年、小競り合いはあるものの、両国はそれぞれ力を蓄えていた……。

そして、いずれ『二十年戦争』と呼ばれることになる戦いの最後の一年を迎える。
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新しいキャラが出てくるごとに名前と解説をしていきたいと思います。


畏国(イヴァリース)

東京練馬を首都とした新潟、長野、静岡以東の国。
呂国とは新潟、長野を鴎国とは長野、静岡を境界とする。

・神崎黒影(漆黒竜)

畏国静岡領の領主
神崎軍1万5千の総指揮官

・三千院ナギ(鳳雛)

神崎軍軍師

・マリア(臥竜)

神崎軍軍師

・倉敷壮馬(神医)

神崎軍歩兵指揮官

・佐々木絢奈(双剣鬼)

神崎軍歩兵指揮官

・片桐陸斗

神崎軍騎兵指揮官

・越前琉海

神崎軍黒影の副官


・日野吾郎

畏国山梨領の領主
日野軍1万の総指揮官


鴎国(オルダリーア)

京都を首都とした福井、岐阜、愛知以西の国。
呂国とは福井、岐阜を畏国とは岐阜、愛知を境界とする。

・宇佐美天竜(軍神)

軍神と称された鴎国の名将。
6年前、八王子の決戦で神崎黒影に討たれる。

・矢幡海斗

鴎国将軍


呂国(ロマンダ)

金沢を首都とした石川、富山からなる小さな国。
畏国と鴎国をうまく戦わせることによって生き延びている。


その他


かーむ教

昔、絶望した神が世界を滅ぼしたという言い伝えがある。
その神がかーむである。
ギルバードはこの話を悪用し、畏国の支配を狙っている。

・ギルバード

信仰宗教かーむ教の教祖
目的は畏国の支配

・老婆(ネギ婆さん)←ナギ命名

ナギのことをネギと呼ぶ老婆
意外と重要人物…?

・佐野修一郎

畏帝倉臼平八郎の元側近




それでは、プロローグ(?)に。
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 後悔する者


追い詰めた。彼は思った。
あとは全軍で押し包み、牙狼を討つだけだ。

その時、地形が目に入り、全身の毛が逆立った。
間違いはなかった。
自分達はここに誘い込まれたのだと。

崖の上からは弓手が現れ、一斉に矢を放つ。
滝のように矢が降ってくる。

「て、撤退!撤退してください!」

彼は叫んだ。
しかし、背後からの攻撃。
完全に囲まれた。
今まで追い詰めていた敵も、ここぞとばかりに反撃してくる。

次々と味方は突かれ、斬られ、射られていく。
もう逃げ場はなかった。

彼は剣で射られてくる矢を払いのけたが、何本かは腕や脚に刺さった。
アドレナリンが出ているのか、痛みなどは感じない。
彼は周りを見渡した。
黒備えの麾下もわずか三百ほどしかいなくなっている。

彼は、死を覚悟した。


突然、地響きが起こり、背後の敵の陣が動揺した。
赤い塊が一直線に彼に向かって来る。

彼の眼に、先頭を駆けている女性の姿が映った。
女性はただひたすら、こちらに向かってくる。
来るな、と思った。
死ぬのは自分だけで十分なのだ。


どうしてこうなったのだろう。
彼は自問する。
自分は大切な人を守りたかっただけだったのに。

再び自問する。
どうしてこんな……死に満ちた世界で
どこの誰かも分からない相手と殺し合いなどしているのだろう。

遠い記憶だったように思い出した。
そうだ、こんなことを終わらせるために自分はここにいるのだ。

だが、今の自分の状態は?
終わらせるどころか、新たな死を生んでいるのではないか?
繰り返し悔悟が体の中を駆け巡る。


女性が叫んでいるのが見える。
次の瞬間、彼は何かが体に覆いかぶさるのを感じた。

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第一話 「始まり」とは常に些細なことをきっかけに起こるものである。たとえそれが偶然の発見だとしてもだ。 >>1

第一回レス返し >>5

第二話 漆黒竜 >>6

第三話 館 >>7

第四話 黒の思惑 >>8

第五話 答えを見つけだすこと以外に「旅」から得られるものが他にあるだろうか >>9

第六話 今回の主役は三千院ネギ! >>10

第七話 襲撃 >>11

第八話 神医 >>12

第九話 任務を放棄することが最善策だとしよう、ただし「覚悟」という言葉の意味が、解っていればの話だ >>13

第十話 旧知 >>14

第十一話 『世界』についての構想 >>15

第十二話 農作業と猪狩り >>16

第十三話 盗賊、再び >>17

第十四話 援軍 >>18

第十五話 双剣鬼 >>19

第十六話 正義 >>20

第十七話 決意と覚悟 >>21

第十八話 人の死ぬ戦場で生きる覚悟を >>22

第十九話 ただいま訓練中……Bパートに続きます >>23

第二十話 女湯は死刑場なんですね。わかります。 
第二十話外伝 プロジェクト陸斗〜挑戦者たち〜「今夜は男の夢を懸けた物語です」 >>24

第二十一話 臥竜と鳳雛 >>25


補足 以前よりも兵力が減っているところがあります。
























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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.1 )
日時: 2012/11/22 17:17
名前: 絶影

どうも、絶影です。
言い忘れていましたが、不定期更新になります。
良い意味でも悪い意味でも・・・。

それでは本編に。
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 第一話 「始まり」とは常に些細なことをきっかけに起こるものである。たとえそれが偶然の発見だとしてもだ。


「なあハヤテ、タイムマシンって知ってるか?」

このナギの言葉がなければおそらくこの惨事は起こらなかったであろう。
いや、この時にはすでに自分達には逃げ道というものがなく、
蜘蛛が糸で小さな虫を捕らえるように、運命という名の糸に捕らえられていたのかもしれない。

「タイムマシンですか?あの某タヌキ型ロボットのアニメとかで出てくるアレですよね?」

「いや、ネコ型だろ。それよりも過去に戻ってみたいとか、未来に行ってみたいとか思わないか?」

ナギの瞳がハヤテのそれをじっと見つめてくる。
ハヤテは過去の忌々しい記憶を思い起こし、頷いた。

「何故いきなりそんなことを?」

「私は過去に戻って母に……」

そこまで言い、ナギの表情は翳りを帯びた。
会いたいのだろう、とハヤテは推測する。
普段は強気であるが、彼女もまた小さな少女だ。
母が恋しくないはずがない。
以前は指芸で流した話だったが、今回はそうはいかないだろう。

どうすればいいのか、とハヤテが悩んでいるとナギは吹っ切ったように言う。

「まぁ別にいいのだ!今の私にはハヤテやマリアがいるからな!」

少女の精一杯の空元気だった。
去っていくナギの後ろ姿を見て、ハヤテは俯き、溜め息をついた。

「どうかしましたかハヤテ君?」

大人の女性の声。マリアだった。
ハヤテが溜め息をついているのを見て、疑問に思ったようだ。

「ナギがまた何か言っていましたか?」

ナギがまた無理難題をハヤテに押し付けたのかとマリアは若干呆れ気味に尋ねた。

「いえ。ただ、タイムマシンがあったらいいのになぁ〜って思っていました」

「はい?」

いきなりこんなことを言われたら誰だって「何言ってんのこいつ?」みたいな反応をするだろう。
ましてマリアはこういうことの対応には厳しい人だ。
こんな春先の危ない人のような発言をするハヤテに引き気味になるマリアは

「そうですね。神様はきっといますよ」

あくまで大人の対応をしようとしているのか、にっこりと微笑む。
ただ、目は笑っていない。
マリアは突然、鉛筆と紙を取り出すと、さらさらと何かを書いてハヤテに渡してきた。

「とりあえずハヤテ君。ここに病院の場所を書きましたから後で行っておいて下さいね」

ハヤテがその紙を見ると、練馬精神病院への詳細な地図が描かれていた。
再びマリアはにっこりと微笑むとそのまま颯爽と去って行った。

「ちょっ!マリアさーん!」

こうしてマリアに精神病患者の烙印を押されたハヤテはまた大きな溜め息をつく。


「どうしたのハヤテ君?」

今度は凛とした声が聞こえた。
ハヤテが振り向くと、白皇学院生徒会長の桂ヒナギクが立っていた。
彼女は、ハヤテの少し落ち込んでいる顔を覗き込んで、首を傾げた。

思いかけず近くなった少女の顔に気付き、ハヤテは赤面する。

「いえ、別に!何でもないですよ!」

「ふ〜ん、私に言えないようなことなんだ〜」

と、ヒナギクはハヤテをからかう。

「い、いえ!そんな訳では!」

ハヤテは手を前に出してパタパタさせる。
なんとか動揺を抑えたハヤテはさっきナギに聞かれた質問をしてみた。

「ヒナギクさんは過去に戻ってみたいとか考えたことはありますか?」

「え?」

突然のハヤテの質問により、ヒナギクの表情が固まった。
ハヤテもまた首を傾げ、ヒナギクの顔を覗き込む。

「どうかしましたか?」

ヒナギクは無言だった。
また地雷を踏んだのか、と思いハヤテは慌て始める。

「そうじゃなくて!」

ヒナギクはオロオロしているハヤテを見兼ねて言った。

「私は……どうして本当の両親がいなくなってしまったのかを知りたい。
 もちろん、過去に戻れるならね」

ヒナギクはその場を去った。
おそらく両親のことを思い出しながら。


ヒナギクが去った後、ハヤテはタイムマシンについての思考の渦に囚われた。
考えれば考えるほどそれが魅力的に思えてきた。
まず、アテネとの衝突をなくすこと。
次に、あの両親の行動の先回りをして犯罪行為をやめさせること。
そして、思うのだ。タイムマシンがあれば、と。



それから一週間後。東京都某区とある研究所にて。
ここでは日々科学者達が怪しげな研究を重ねている。
彼らの資金はどこから出ているのか?
それはMHE(ミカド・ハイパー・エナジー)という名前から想像はできるであろう。
その中でも一番変人(巷ではマッドサイエンティストという)の女性が一人
自作のロボットを前にある物を披露していた。

「牧村サン、これは?」

ロボットに牧村サンと呼ばれた女性は嬉しそうに答えた。

「これはなんとごみで動いてさらにタイムトラベルもできるという夢のような車だよ♪」

某映画に出てきそうな車だったが、ロボはそれを知らないのか
それともあえて無視したのか分からないが

「さすが主任〜!」

と、女性を誉めそやす。

「ですが、何故これを?」

女性はにこりと笑って、答えた。

「三千院さんに頼まれたから♪」



現在の時刻、午前五時ムラサキノヤカタ玄関先で、
一人の少女がランニングシャツに短パンという軽装で、
軽く準備体操をし、そのまま駆け出そうとする。
そんな少女を見かけたハヤテは声をかける。

「おはようございますヒナギクさん」

少女もハヤテに気付き、明るく挨拶を返す。

「おはようハヤテ君。今日も早いわね」

いつもならばこのままヒナギクは駆け去り、
残ったハヤテは掃除に洗濯と、執事の業務をこなすのであるが、
今日はいつもと違い、怒気を含んだ声も聞こえてきた。

「お前達……いつからそんな密会をしていたのだぁ!」

ナギである。

「み、密会!?」

ヒナギクはその言葉をアレな方向に想像し、顔を真っ赤にするが、
ハヤテは普通に朝に会っていることと捉え、

「え?ヒナギクさんがここに住むようになってからは毎日ですけど?」

何か問題でも?というように、普通に答える。
ナギは怒り狂い、普段では想像できないほどの俊敏な動きでハヤテを地に沈めた。

ナギもおそらく分かってはいるのであろう。
だが、ハヤテの鈍感ぶりに苛立つのは抑えきれないのだ。

「ど、どうして……?」

普通ならばどうして殴るのかということを聞くべきなのであろうが、
ハヤテにとってそんなことは日常茶飯事と言っていいほどであり、
むしろ……。

「こんな朝早くにお嬢さまが?」

ナギが自分やヒナギク並みに早く起きているという異常事態の方が気になった。
ナギはそっちかよ!とがくっと膝を地面につけている。
普段の行動を思い返してください、と心の中で呟く。

ヒナギクはそんな二人を呆れたように見ていたが、
本来の目的を思い出したのか、顔を上げ、門の外を見て
びっくりしたような声を上げる。


「牧村先生?」

「おはよ〜♪桂さんに、三千院さんに綾崎君」

ハヤテはマッドサイエンティストこと牧村志織がムラサキノヤカタに
訪れているという事態に、少なからず驚いた。
だが、ナギは志織を見るなり叫ぶように言った。

「おお!待っていたぞ!」

どうやらナギがこんな朝早く起きていたのは志織に会う為だったようだ。
しかし、何故志織がここに来ているのだろうか?
そんな疑問を打ち消すかのようにナギは口を開く。

「それで、アレは出来たのか?」

「もっちろん♪」

志織はそう言うと一台の車を見せる。
車の種類は……デロリアンだった。

「これってデロリアンですよね?
 あの映画『バッ○・○ゥ・○・フュー○ャー』で有名な。
 随分と古い車のはずですけど……。
 あ、もしかしてタイムトラベルでも出来たりするんですか?」

ハヤテはあくまで冗談のつもりで言った。
確かにタイムトラベルは映画の中だけのものであって実際に
デロリアンを見せられたからといってタイムトラベルが出来るなどと
思う者はいないであろう。

しかし、ハヤテの冗談に反して志織は感心したように答えた。

「良く分かったね!これはタイムマシンなんだよ」

一瞬水を打ったように静まり返った。

「えぇ!?これタイムマシンなんですか!?」

「そんな……映画の話でしょ!?」

ハヤテとヒナギクは驚きの声を上げる。
そんな二人を尻目にナギは志織を褒める。

「さすが天才と言われるだけはあるな」

「えへへ〜それほどでも」

ナギが志織にタイムマシンを作らせたということはわかったが、
何をするつもりなのか、ハヤテにはわからなかった。
隣にいるヒナギクも同じはずだ。
ハヤテは説明してもらおうと口を開きかけたが、ある一人の女性によって中断を余儀なくされる。

「牧村さん?どうしてここに?」

「あ〜マリぽん久しぶり〜♪」

「その呼び方はやめていただけます?」

マリアであった。
おそらく彼女はハヤテやナギがアパートの中にいないのを確認し、
所在を確かめるために外に出てきたのだろう。

「何をしにいらしたんですか?」

マリアはある意味天敵の志織が現れたのを見て少し警戒する。
志織はマリアに警戒されているのも関わらず、気にした様子はなく

「三千院さんにタイムマシンを渡しに来たんだ♪」

と、答える。
マリアは驚いた表情をしてナギを見る。
ナギは少し不貞腐れた顔をしていた。

「いつの間にそんなことを頼んだんですか?」

「一週間位前だよ」

ナギの言葉にハヤテは驚く。
あの時の時点でナギは志織に頼んでいたのだろうか?
それとも自分が同意したからなのか。

「まったく、タイムマシンなんか作らせて……
 どうするつもりなんですか?」

「ていうか、本当にこれ、タイムトラベルが出来るんですか?」

ヒナギクはデロリアンに軽く触れながら尋ねる。
某映画に似たような物を作っても結局は映画の中でのことであって
現実に出来るとは思わないだろう。
そんな至極まともな質問に対し、志織は答える。

「できるよ♪この車の時速88マイル(時速140キロ)を出した時点で設定された年代にいくように出来ているんだよ」

「ほんとに某映画みたいですね……」

「うん♪作者がウィキで調べたからね♪」

軽く裏事情を暴露しながら志織は答える。
だが、ヒナギクはまだ疑っているようだ。
彼女は腕を組み、怪しいところがないか調べている。
そんな彼女に志織は提案した。

「そんなに疑うんだったら、乗ってみる?」

「へ?……で、でも!!」

突然尋ねられ、ヒナギクは困惑する。
そんな彼女にナギは言った。
今日の放課後また集合しよう、と。




いつも通り授業が終わり、
彼らは再び、ムラサキノヤカタの門のところに集結していた。

「準備はいいか?」

ナギの神妙な声。
その言葉に頷く一同。

「ていうかデロリアンって五人も乗れそうに無いんですけど……」

確かにデロリアンには四人が限界で(勝手に決めました)
一人を置いていかざるを終えないだろう。

まず、第一に志織は降りることはできない。
彼女はデロリアンの操作をしなければならないからだ。
次に、ナギ。彼女はこの計画の発案者であり、
降りることなど絶対に承知しないであろう。

この二人を外せないとして残った枠はあと二つ。
さあ、誰が残るのか?
三人の血肉滾る争いが……




起こらなかった。
マリアの一言によって。

「ナギは小さいですからハヤテ君の膝の上ということで♪」

その言葉によって二人の少女の顔が変わった。
一人は悔しいような嬉しいような何とも言えぬ表情になり、
もう一人は軽い嫉妬のような表情を浮かべる。

「まぁ僕は構わないですけど?」

ハヤテはその鈍感スキルを発動した。
二人の顔が変化したことには全く気がついていない。

「ハヤテがそう言うなら……私は……」

ナギは顔を真っ赤にさせて承知したが、

「そんなのダメよ!ハヤテ君!」

ヒナギクは反対の声を上げる。

「え?どうしてですか?」

ハヤテはさも不思議そうにヒナギクに尋ねた。
ヒナギクは口をパクパクさせた。
咄嗟に言い訳を思いつくことが出来なかったのだ。

そして、しどろもどろになりながら叫んだ。

「そんなの……危ないじゃない!」

「大丈夫ですよ、お嬢さまは僕がしっかり掴みますから」

ハヤテは笑顔でヒナギクにそう告げると、ナギは少し勝ち誇ったような笑みをヒナギクに見せる。

「まぁ、そういうことだ!」

ヒナギクはハヤテとナギを交互に睨み付けるとそのまま乱暴に後部座席のドアを開けて乗り込んだ。
そんなヒナギクの様子を見て、ハヤテは頭に疑問符を浮かべ、
ナギは声を出さずに笑っていた。

ハヤテは車に乗り込みながらヒナギクに言う。

「あのヒナギクさん?そんなに乱暴に扱うと壊れてしまいますよ?」

「うるっさい!」

ヒナギクだったら本当に壊しかねない。
ヒナギクの力を肌で知っているハヤテは、
年代物であるデロリアンの耐久はギリギリだろうと推測していたのだ。

ハヤテはナギを自分の膝の上に招き、座らせた。
その様子をヒナギクは忌々しそうに見つめている。
気がつくとマリアは助手席に乗り込み、志織は運転席に乗り込んでいた。
ハヤテはふとある疑問を思いつき、尋ねた。

「そういえばマリアさんって、車の免許はもう取ったんですか?」

「……」

凍る空気。
マリアは重々しくドスの効いた低い声でハヤテに尋ねる。

「ハヤテ君、何歳から車の運転免許を取れるか知っていますか……?」

ハヤテはいきなり変わった空気に戸惑いながら、自分の知っている範囲で答える。

「たしか十八歳の誕生日の二ヶ月くらい前でしたっけ?」

「それでは私の年齢と誕生日を知っていますか……?」

「もちろんですよ、マリアさんは十七さ……あ!」

そこまで言ってようやく気がついたようである。
しかし、時既に遅い。

「ハヤテ君……どうして私が免許を取っていると思ったんですか……!」

マリアの周囲には巨大な絶○が構築されている。

「ま、マリアさん!すみませんでしたぁあ!!」

……結局デロリアンには四人と一つの死体が乗ることとなった。

「いやいや!ぎりぎり死んでませんよ!クラウスさんが三途の川の向こうで手を振っていたのは見えましたけど!」

注意)クラウスさんは死んでいません。出番がないだけです。

「てかクラウスって誰だ?」

「ちょっとナギ。そんな酷いこと言っちゃダメよ。
 クラウスさんは……。
 あら?どんな人だったかしら?」

注意)クラウスさんは三千院家の執事長で白髪のナイスミドルらしいです。
  しかし、その実態はただの変態です。

「おお、解説ご苦労だな作者」

いえいえ♪
クラウスさんが泣いているようですが気にせず先に進めます。


「というか……どこで時速140キロなんてスピードを出すんですか?道路交通法に違反するのでは?」

と、自転車で違反できそうなハヤテが志織に尋ねる。
もう三千院家の私有地は使えないはずであるし、どこでそんなスピードを出すのか。

「いや、普通に高速道路でいいだろ?」

ハヤテの疑問に答えたのはナギだった。

「え?どうしてですか?」

「どうしてって……普通に私達はこの時代からいなくなるんだから道交法なんて関係ないし」

「……あ」




そんな訳で夜の高速道路
ここでは数々のドライバーが生き、そして倒れた場所である。(違うだろ)
パッシングと呼ばれる夜の挑戦状を叩きつけられたレイサーは
その熱き魂をかけて戦わなければならないのである。(違うって)
そんな中、ハヤテ達の乗るデロリアンは……


「キャァァァアアアア!!!」

「牧村せんせぇぇえええええ!!」

「や・め・ろーーー!!!」

「あれれ?人が多すぎる所為か、スピードがでないね〜」

「いや十分出てますからぁぁああああ!!」

現在のスピード約時速130キロ。
景色が凄まじい速度で後ろに飛んでいく。
が、タイムトラベルできるのは時速140キロからなのだ。
それ故延々と走り続けているのである。

「仕方ないここはエイトを解体してつけたロケットブースターを使って……」

「え?あのロボ解体したんですか!?」

ハヤテの疑問に志織は答えず、明らかに怪しいドクロマークのついたボタンをポチッと押した。
すると、デロリアンの排気口部分が変形し、
ロケットの噴射口のような形になった。

「さあみんな!しっかり捕まっててね!」

何かが爆発したような音がした。

「……あれ?」

志織はどこかおかしいと気がついた。
しかしそれを指摘する間もなく、
デロリアンはさらに速度が上がる。

「ぬぁぁああああ!!」

ハヤテ達は悲鳴を上げることしかできなかった。

デロリアンは淡い光を放つ。そして……消えた。
後には、タイヤ後に淡い炎が残っているだけだった。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.2 )
日時: 2012/11/23 18:38
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=23

どうも、RIDEです。


絶影さんもこのサイトにたどりついたんですね。
よかったです。


この小説もまた再開されて安心しました。
楽しみにしていたものですから。


不定期更新だとしても応援しています。


お互い頑張っていきましょう。
それでは。



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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.3 )
日時: 2012/11/24 06:01
名前: サタン

お久しぶりです、絶影さん。

今日サイトを見つけて、書き込みしているユウさたんのことサタンです。

絶影さんも最近戻って来たみたいで良かったです。

この作品のファンでしたので、こうしてまた読めるのは嬉しい限りです。

私はこれからも応援していますよ。

それでは、また。

この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.4 )
日時: 2012/11/25 20:40
名前: 氷結アイスブリザード

こんばんわ!
氷結です!
絶影さんおかえりなさい!復活してよかったです!
また連載再開してひと安心です
無料通話があまりないので以前より来れませんが、楽しみにしてます
それでは
[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください
Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.5 )
日時: 2013/03/04 17:00
名前: 絶影

どうも、絶影です。
何だかんだあって、何だかんだありますが(意味わからん…)
とりあえずレス返しを!

<<RIDEさん>>

>どうも、RIDEです。

お久しぶりです!
忘れないでお声をかけていただき、ありがとうございます。


>絶影さんもこのサイトにたどりついたんですね。
 よかったです。

ご心配(?)おかけしました(汗
6月まではちょっと忙しいのですが、暇を見つけて何とかやっていきたいと思っています。


>この小説もまた再開されて安心しました。
 楽しみにしていたものですから。

そうですかぁ(涙
私自身としても、この作品は今まで一番設定に凝っているので
簡単にはお蔵入りしたくはなかったのです。


>不定期更新だとしても応援しています。


 お互い頑張っていきましょう。
 それでは。

ふぁい!RIDEさんもお忙しいみたいですが、どうか健康に気をつけて 
小説の更新も待ってます!
RIDEさん感想(?)ありがとうございました!


<<サタンさん>>

>お久しぶりです、絶影さん。

お久しぶり、というか茶会では本当にお世話になりました!
忘れないでお声をかけていただき、ありがとうございます。

>今日サイトを見つけて、書き込みしているユウさたんのことサタンです。

 絶影さんも最近戻って来たみたいで良かったです。

なかなか忙しいものでして(汗
誰だよ、大学生暇だって言ったのは!

>この作品のファンでしたので、こうしてまた読めるのは嬉しい限りです。

 私はこれからも応援していますよ。

 それでは、また。

ユウさたんさん改め、サタンさん感想(?)ありがとうございました!!


<<氷結アイスブリザードさん>>

>こんばんわ!
 氷結です!
 絶影さんおかえりなさい!復活してよかったです!

お久しぶりです!
生存を気にしていただきありがとうございます。


>また連載再開してひと安心です
 無料通話があまりないので以前より来れませんが、楽しみにしてます
 それでは

私も何かと忙しくあまりこちらに来れませんが、
氷結さんの小説はしっかり読みに行きますので!
氷結アイスブリザードさん感想(?)ありがとうございました!

[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください
Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.6 )
日時: 2013/03/04 17:38
名前: 絶影

どうも、絶影です。
とりあえず前のところまで追いつき、追い越したいので
一気に溜め込んでいた分を放出します(というか以前連載したのが大部分ですが…

それではー
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 第二話 漆黒竜


三度の閃光とソニックブーム音を経て、窓の外に草原のようなものが目に入った。
デロリアンはしばらく動いていたが、
やがてプスプスと音を立てて止まってしまった。

「ここはどこなんでしょう?」

「八年前の東京のはず……だけど?」

マリアの疑問に志織は自信無さそうに答える。
しかし、辺りには車はおろか道さえもない。
「何もない」があるだけだ。
どこぞのハムスターの田舎と同じである。

「とりあえず元の時代に戻ったほうがいいんじゃない?」

ヒナギクが提案した。
タイムトラベルをしたという実感はないが、
今居るここがとても現代には思えなかったので、少しは認めたようだ。

志織は頷き、車に乗り込んだ。
が、すぐに首を振って出てきた。
訳を聞くと、どうやらロケットブースターを使った際に部品が壊れてしまったらしい。
修理をしなければならないが道具がない、と志織はハヤテ達に告げた。



どうしようか、と一同が悩み始めた時、野太く大きな声が漆黒の原野に響き渡った。
それから地から湧き出したように複数の男が現れた。

「……?」

訳も分からず戸惑うハヤテ達はぼんやりとした目で彼らの服装を眺めた。
服装は薄汚れていてみずぼらしく、ゲームで見かける盗賊のような格好をしている。

男達はこちらの姿を認めると近寄ってきた。
目が血走っている。

「な、何ですかあなた達は……?」

男の一人がナギを掴もうとしたので思わずハヤテはその男を蹴り飛ばした。

男は痛そうに顔を歪める。
仲間の一人がハヤテを束の間凝視し、大きく口を開けて叫んだ。

「殺せ!」

数人ぐらいならば、とは思ったが、その声に呼応するかのように声が上がった。
どうやら近くに仲間がいるようだ。
ハヤテは咄嗟にナギを抱え、他の人々にも逃げるよう声をかけた。
三人はハヤテの言葉に従って走り出した。

横から複数の足音が聞こえた。
現れたのは後ろの集団と同じような服装をしている男達だった。

「見つけたぞ!」

ハヤテ達は一心不乱に逃げ続けた。
後ろからは捕まえろだとか殺せだとか、物騒な言葉が聞こえる。

どうすればいいのだろうか。
ハヤテが見ているのは自分の活路ではなかった。
ナギやマリア、ヒナギクや志織の活路である。
彼女達を救うためならば自分の命だって犠牲にするつもりでいた。

「!!」

思わず舌打ちした。
前が袋小路だったのだ。
ナギの、そして他の人の不安そうな顔が見える。

どうすればいいのだろうか。再び考えた。
このままでは全員殺されてしまうだろう。
殺されないとしても、もっと酷い目に遭うに違いない。

「ハヤテ君」

冷静さを欠いているハヤテの耳に、ヒナギクの落ち着いた声が届いた。
後ろを振り返ると木刀正宗を差し出された。
自身は白桜を持っている。

「何もしないで死ぬよりはましでしょ?」

そう言うヒナギクの声は微かに震えていた。
気丈に振舞っているこそいるが、彼女も恐いはずだ。
ハヤテはヒナギクに向かって微笑んだ。

「全員倒してやりましょう」

「ええ」

ヒナギクも少し笑った。
当然無理だということは分かっている。
後ろを見ると、敵は百は越えている。
とても二人で倒せる数ではない。
しかし戦わなくては生きる可能性はゼロだ。

ハヤテとヒナギクはそれぞれ剣を構えた。



「奴らか?」

「おそらく」

黒影は小さな丘の上に立っていた。
彼は所領地の村が賊に襲われたため、急遽従えていた兵達を連れて、
村にいた賊を百人ほど斬り、さらに逃げた賊が通ったと思われる道を辿って来たのである。
賊は多くて二百程度だろう。
皆殺しにする、と決めていた。

彼が今率いているのは半分の百だが、二百の賊を殲滅させる自信が彼にはあった。

「動いているな」

「はい」

その賊の動きがおかしい。
慌ただしく動いている感じなのだ。
好都合であったが、何故動いているのか気になった。

「もしかしたら誰かが襲われているのかも知れません」

配下の一人が言った。
黒影は鼻で笑う。

「それではそいつに感謝しなきゃな」

守りを固めている相手を攻撃するのには犠牲が大きくなるが、
今のように全く守りを気にしていない状態ならばこちらの犠牲を少なく倒すことが出来るのだ。

黒影は剣を振り上げ、振り下ろした。
漆黒に染まる原野を一気に駆け抜ける。
突然の攻撃に、賊が動揺しているのがはっきり見えた。


ハヤテは何十人という盗賊と向き合っていた。
幸い、道は細くなっていたため一度に斬りかかって来る敵は三人が限度だが、
次々に襲ってくるため休む暇がなく、息が苦しくなってきている。
ヒナギクも同じようなものだろう。
さらに、たとえ五十人を倒したとしても、次の五十人の相手をしている間に
気絶していた五十人が息を吹き返してしまう。
つまり無限に相手が襲ってくるのと同じなのだ。
だが、諦めるわけにはいかなかった。命がある限り。
ハヤテは大声を上げて、斬りかかって来る敵二人を吹き飛ばした。
しばらくの間、ハヤテの気に呑まれたように敵が攻撃してくるのを中断した。
が、再び斬りかかって来る。
呼吸は既に限界だった。眼も眩み始めてくる。
これまでか。諦めかけたその時。
地響きが聞こえ、盗賊に衝撃が走った。
ハヤテは地響きが聞こえたほうに目を向けた。
黒い塊が土煙を上げ、物凄い速度でこちらに向かってきていた。

「漆黒竜だ!逃げろ!」

盗賊の一人が現れた黒の塊を見て、叫んでいる。
彼らは散らばって逃げようとしたが、散らばりきる前に黒い塊が盗賊の群れを打ち砕いた。
そこでハヤテは黒い塊は人が乗っている馬群だということに気がついた。
先頭の、一際大きな馬に乗っている男。
彼に触れた者は何か触れてはいけない物に触れたかのように飛ぶ。
触れていない者も男の後ろにいた者に斬られている。
はっと思い立ち、ハヤテはナギに駆け寄り、手で目を覆い隠した。

「何なのだ、いったい!?」

ナギが叫んでいたがハヤテは気にしなかった。
こんな殺戮にも近い行為をナギに見せるわけにはいかない。
他の人も目の前の戦闘から目を背けているのが見えた。

十五分程して物音がしなくなった。
どうやら終わったようだ。
ハヤテが顔を上げてみるとさっき先頭にいた男が馬から飛び下り、近寄ってきた。

「無事か?」

大丈夫です、と答えようとしたがヒナギクに止められた。
彼女は警戒して白桜を構えなおしている。
男は苦笑した。

「一応助けたはず、なんだけどな」

「あなたは……人殺しよ」

ヒナギクは低い声で答えた。
確かにその通りであった。
彼は盗賊とはいえ、人を何のためらいも無く殺している。
それだけで警戒するには十分だった。
ハヤテも正宗を構え直す。

男は心外だ、という態度をとっている。

「私が奴らを倒していなければ死んでいたのはお前達だぞ?」

「獲物の横取りかもしれないじゃない」

ヒナギクからすればさっきの男達も今自分達の前に立っているこの男も同じに見えるようだ。

「だったら……私と戦うのか?」

男はにやりと笑い、ヒナギクを見据えた。
少し面白がっているようにも見える。
腕に自信があるのだろう。
確かにさっきの手並みを見る限り、ただ者ではないことは確かだ。

「ヒナギクさ――「ハヤテ君は黙ってて」

ハヤテの言葉をヒナギクは遮り、それから笑いかけた。

「私、間違ってるかな?」

「いえ、ヒナギクさんが戦うのなら僕も加勢しますよ」

ハヤテとヒナギクはそれぞれ剣を構えた。
男は再びにやりと笑う。
事態に気付き、彼の手下だと思われる人たちが出てきたが、
男はそれを手で制して前に出てきた。

「この漆黒竜を知らんのか。面白い奴らだな」

「漆黒竜?」

そういえばさっきの賊徒も同じようなことを言っていたな、と束の間考えたが
すぐにそんなことは考えられなくなった。
背筋が凍るような殺気を感じる。
男はただ立っているだけだった。
だが、それだけでハヤテは自分の体が動けなくなるのを感じていた。

ヒナギクも同じらしい。
なんとか白桜を構えているものの動かすことは出来ていない。
尋常ではないほど、強い。二人で戦っても勝率はほとんど無い、と分かる。


弱い二人ではなかった。
むしろ手練れと言っていいほどの腕だった。
黒影は武器を構えて向かい合っただけで、相手の腕はほぼ読める。
この二人はさっきの賊徒などとは比べ物にならぬほどの闘気を放っていた。
だが、それだけだった。彼らの気に殺気は感じられない。
何故こんな奴らがこんなところに。
疑問に思ったが、今はそれどころではない。
油断すればこちらがやられかねない。

二人の気が体を打ち、それに呼応するかのように黒影の体からも気が引き出される。
鍛えれば壮馬や絢奈に匹敵するか、それ以上の遣い手になるかもしれない。
今の状態でも二人ががりでこられると『剣で』勝つのは難しい。
無理に戦えば怪我をすることにもさせることにもなりかねない。

配下の一人に短く、槍と言った。
配下は驚いたような表情をしたが、黙って槍を差し出す。
鬼天槍。黒影の専用の武器で重さは約十五キロの槍である。
穂先は鎧の上からでも容易く貫通させることができ、
いくら突いたり斬ったりしても斬れ味が鈍ることはない。
静岡で一番いい腕だと言われる鍛冶師に作らせたのだ。

最近では剣を使うことが多いが、長く親しんできた武器は槍である。
黒影が本格的に武術を始めたのは十歳の時であり、
子供が大人と対等に戦うためには、武器のある程度の長さが必要だったからだ。
同じ長さの武器だと、リーチの差で不利になってしまうのだ。


黒影は鬼天槍を頭上に掲げるようにして構えた。
彼らに与える威圧はさらに強くなったはずだ。
それでも彼らは耐え続けている。大したものだった。
普通の人間ならばすくみあがり、武器を構えることさえ難しいはずだ。

黒影は潮合が満ちてくるのを感じた。



相手の殺気がさらに強まった。
男が剣を槍に持ち替え、構えた後である。
ヒナギクは体が震えていることに気がついた。
だが、それを押さえつけることに意識すると、なんとか体が動くようになった。
ヒナギクはハヤテに目で合図する。ハヤテは黙って頷いた。

二人は同時に動いた。
ハヤテの正宗が男の顔面を、自分の白桜が男の腹部を捉えた、と思った。
男がその重そうな槍を竹でも振り回すかのように一振りしたのが見えたと思ったら
白桜に衝撃が走った。
ハヤテの持っていた正宗も吹き飛んでいる。
負けた。ハヤテと二人がかりでかかったのに為すすべもなく負けた。
唖然とするヒナギクとハヤテに対し、男は特に何をするというわけでもなく尋ねた。

「何故こんな賊徒の巣に居た?」

「……え〜と色々ありまして」

ハヤテが返した。
男はしばらく考え込んでいたが、

「行くあてがないならついて来い」

とだけ言った。
薄っすらと分かっていたが男には自分達を殺すつもりはないらしい。
かといって別に強制的に連れてこさせようとはせず、ついて来ないならばそのまま置いていくつもりなのだろう。

ヒナギクはハヤテと顔を見合わせた。

「どうしましょう?」

ナギがハヤテを呼ぶ声が聞こえた。

「一体なんだったのだ、あいつは?」

「ついて来い、と言われました」

ハヤテが答えている。
ナギは黙り込んだ。
男について行っていいのか迷っているのだろう。
マリアや志織も近づいてきた。

「大丈夫ですか?ハヤテ君、ヒナギクさん」

ヒナギクは大丈夫です、とマリアに告げ、男について来いと言われた事を話した。
マリアはとりあえずついて行った方がいいと言い、志織も賛成した。
こんなところで野宿などはしたくはないからだろうし、行くあてもないからだろう。

五人は男が向かった方向へ歩き始めた。

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プロフィール

名前 神崎 黒影(カンザキクロカゲ)
年齢 19歳
誕生日 さあ?
血液型 知らん
家族構成 義父
     義弟
身長 182cm
体重 68kg
好き・得意 騎馬隊の指揮・槍
嫌い・苦手 廷臣・近衛軍の将軍
所属 神崎軍
役割 総指揮官
 
母は彼を産んだ際に死去。
父は黒影が二歳の時、謀反を起こして打ち首に。
その際、謀反人の息子として殺されそうになるが
帝でもあり現在の義父である倉臼平八郎に
『何も知らない子供にどんな罪があろうか?』
との言葉を受け、なんとか助命される。

十歳の時に五百の兵を預かって精鋭を育て上げ、
十三歳の時に初陣を飾り、軍神宇佐美天竜を討ちとり勇名を馳せる。
その際、自身や配下の兵馬が黒の軍装をしていたために
『漆黒竜』と呼ばれるようになった。
特に騎馬隊の指揮に優れ、野戦で彼に勝る者はいない。
鬼天槍を持てば天下無双。

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はい、以前とほとんど変わっておりません(笑)
それではまた後ほど。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.7 )
日時: 2013/03/04 17:44
名前: 絶影

どうも、またまた絶影です。

それでは第三話です。

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 第三話 館


この世界は一体何の時代なのだろうか?
漆黒竜と名乗る男に付いていくハヤテはそれを考えていた。
まず、車などの電気製品はないらしい。だから現代ではないのだろう。
移動手段は徒歩か馬であるらしい。
それを考えると織田信長などがいた戦国時代に似ているような気もした。

男についていくとちらほらと農民らしい姿が見え始めた。
農民は男を見かけると挨拶をしてくる。
どうやら男はこの一帯で地位の高い人物らしい。

男はある屋敷の前で止まった。
ナギの以前の屋敷ほど大きくはないが、軽く二十人は不自由なく
暮らせそうな屋敷だった。
屋敷の門の前には少年と少女が一人ずつ立っていた。
どうやら男を待っていたらしく、駆け寄ってくる。

「黒影殿。遅かったですね」

少年のほうが黒影という名であるらしい男に話しかけた。

「壮馬に絢奈か、何故外で待っていた?」

「あんたを待っていたのよ。……それより彼らは?」

そう言って、絢奈と呼ばれた女性はハヤテ達に目を向ける。
女性の目つきは鋭く、思わずハヤテは怯んだ。

「賊討伐のときに拾った」

黒影という名の男はぶっきらぼうに答える。

「じゃあ彼らも絢奈殿と同じですね」

壮馬という名の少年は興味津々といった様子でハヤテ達を見つめ、にこりと笑いかけた。
人懐っこい性格のようだ。言動に邪気は感じない。
それに三人ともであるが、あまり年が離れているようには思えない。
おそらく同じくらいの年齢だろう。

「壮馬、こいつらを客間に案内してやれ」

「分かりました」

壮馬が答えている。
彼らは壮馬に先導され、屋敷の中を歩いた。
壮馬は、名前は?とか、どこの出身?とか
あれこれハヤテ達に尋ねた。

絢奈の方も黙ってついてきていたが、壮馬の質問を煩わしく思ったのか

「少し黙りなさい、壮馬」

と一言。
その言葉で、壮馬は体をびくっと震わせ、黙り込んだ。
それきり壮馬は喋らなくなった。

「ここが客間です」

五分ほど黙り込んだ後、壮馬が口を開いた。
中に入ると、そこは旅館の和室のような部屋であった。

「男の方は別にした方がいいでしょ?」

絢奈は言った。
壮馬は頷き、ハヤテについてくるように手で合図をした。

「おい、ハヤテは……」

ナギが抗議の声を上げ、ハヤテについてこようとしたが、
部屋に連れ戻されてしまった。
心配するハヤテだったが、壮馬に後で会えますからと言われたので安心する。
ところで、と壮馬は口を開いた。

「俺と相部屋になってしまうんですがよろしいですか?」

「相部屋、ですか?」

「はい、客間はあの部屋しかないですし、
 男の部屋って四部屋しかなくてですね、
 他の方に相部屋して頂くのもちょっと気まずいでしょうし」

よくは分からないが、空き部屋はあの客間以外にはない、というところなのだろう。

「僕はそんなことは気にしませんので。
 壮馬さんが気にしないのであれば」

壮馬がはっとしたような顔をする。
変なことを言ってしまったのかとハヤテは思ったが、
何でもないと、笑いながら答えられた。

「そういえば自己紹介してませんでしたね。
 俺は倉敷壮馬っていいます。よろしく」

壮馬はそう言って手を差し出した。
ハヤテはその手を握った。

「よろしくお願いします」


「黒影がこの屋敷を広くしないからこの客間には三人が限界なのよ。
 もう一つ私の部屋があるから……」

絢奈はぶつぶつと呟いている。
言いたいことを汲み取ったヒナギクは絢奈に問いかけた。

「つまり二人と三人に分けるってことですか?」

絢奈は頷いた。

「わ、私はできればマリアと……」

ナギが少し落ち着きを失った声で呟いた。
得体の知れない人間と一緒の部屋になるのは嫌なのだろう。
ヒナギクはナギを見て、微笑んだ。

「じゃあ絢奈さんを三人部屋にするのは気が引けるし、私と絢奈さんが同じ部屋でいいかしら?」

「私は構わないよ〜」

志織が言うとマリアも同意する。
それで決まりという感じになった。

「私は三人部屋でも気にしないけどね。
 じゃ、大広間に行くわよ」

「え?」

「今日は月に一度の……まぁ宴会みたいな日なのよ」

「私達も行っていいのかしら?」

「当たり前でしょ?黒影が連れてきた以上あなた達は客人なんだし」

こうして彼女らは大広間と呼ばれているところに向かった。
屋敷の中は装飾品などはほとんどなく、所々に火のついた蝋燭が置いてあるだけだった。
ヒナギク達は絢奈に先導され、重そうな扉の前に着いた。
その扉には『大広間』と書かれた表札が掛けてあった。

「じゃ、行きましょうか」





「あ、宴会忘れてた」

壮馬が何かを思い出したらしい。

「あの宴会って?」

宴会とはあの皆で食べたり飲んだりするものなのだろうか。

「皆で食べたり飲んだりするだけですけど
 一ヶ月に一度豪勢な料理が出るってことでみんな結構楽しみにしているんですよ」

現代の宴会との相違点はほぼないらしい。

「そうなんですか」

「早速行きましょう」


ハヤテと壮馬は宴会に参加するため、大広間に向かった。
そこで見たものは……。

「はれ?お〜ひ、ひゃやて〜」

「お嬢さま?」

呂律の回っていないナギだった。
若干顔が赤いような気がしたので、ハヤテはナギの額に手を当てる。
熱があるようではない。
ハヤテがどうしたのかと困惑していると
後ろから誰かに抱きつかれる感触がした。

「は〜やて君♪」

赤い髪が少し見えた。

「え?もしかして後ろにいるのは……」

ヒナギクだった。
理由はよく分からないが……

「はやて君も飲む〜?」

前言撤回、全て分かったような気がした。
少し赤くなりながらハヤテは抱きつくヒナギクを引き剥がして叫んだ。

「一体誰がお酒なんか飲ませたんですか!?」

「え?これってジュースじゃないんですか?」

平然としていたマリアが驚いて立ち上がった。
酔っているようにはまったく見えない。

「悪いね〜♪」

その横では志織が召使いらしい男に飲み物を注がれている。

「マリアさん、お酒平気なんですか!?」

ハヤテが驚きと共に尋ねると

「え?結構おいしいですけど?」

マリアは未成年らしからぬ反応をする。(ていうか未成年だっ……何でもないです……)

「二十歳、越えてるからじゃね?」

ナギは酔っている所為なのか作者が言えなかった事を言ってしまった!
当然これはマリアの逆鱗に触れ……

「〜!ちょっとナギ!そこに座りなさぁぁぁああい!!」

それからマリアは、私はまだピチピチだとか十七歳だとかいう、信じ難いことを言い募り、
最終的にはようやく酔いが回ってきたのか泣き出してしまった。

「どうして……いつも私は……こんな役回りに……」

「あ……あのマリアさん落ち着いて……」

何とか宥めようとしたが、効果は無いようだ。

「若いものは元気ですな」

男が笑いながらやってきた。

「あ、琉海殿」

琉海という名前らしい。
年は四十を越えているぐらいだろうか。
体格のよい初老の男という風に見え、
なんとなく落ち着いた気が漂っている。

「黒影様が連れてきた方々ですな。歓迎いたしますぞ。
 名はなんと申される?」

「ありがとうございます。
 僕は綾崎ハヤテと言います」

「綾崎ハヤテ殿ですな。
 私は越前琉海と申す。
 何か不都合がありましたら私に聞いてくだされ」

それならば、とハヤテは口を開いた。

「では早速お尋ねしたいんですが……
 誰がお嬢さま達にお酒を?」

「む?彼女らに酒を勧めたのは……
 あの男ですな」

琉海がそう言って指差したのは体長190cmはあろうかという大男だった。
その男は召使いらしき人に大杯に酒を注がせると一息で飲み干した。

「……陸斗か」

傍にいた壮馬が吐き捨てるように呟いた。
その声はその男に対する嫌悪に満ちていた。
人の良さそうな壮馬が嫌うほどその男は嫌な男なのだろうかと考えたが、
その男はこちらを見てハヤテに気付き、近づいてくると親し気に話しかけてきた。

「お前、黒影殿が連れてきた奴だろう?
 こっちに来て一緒に飲もうぜ」

「いえ、僕は未成年なんでお酒は飲みませんよ」

幾分警戒しながらハヤテは答える。

「なんだよ。あの嬢ちゃん達だって最初は嫌がってたけど
 一度飲ませたら気分が良くなってきたって言ってたぜ?」

楽しげに笑いながら答える陸斗に呆れながらも

「……とにかく!僕達未成年はまだお酒に対する耐性が出来ていないので
 体に毒なんですよ?ですからそういうことはやめていただけませんか?」

ハヤテは執事としてナギ達の健康を守らなければならない、と思い必死に説得した。

「まぁいいけどよ。でもそんなに堅いとそっちの壮馬みたいな奴になるから気をつけな」

「壮馬と呼ぶな、陸斗」

壮馬の敵意にも似た感情が感じられる言葉を無視し、陸斗はハヤテに顔を近づけて囁いた。

「で、どれがお前のこれなわけ?」

陸斗は小指を立てながら尋ねてきた。
この世界にもそういう習慣(?)があるのだろうか?

「ええ!?いやいや僕らはそんな関係では……!」

突然の言葉にハヤテは慌てて否定する。
陸斗はにやりと笑う。

「なら俺が手を出しても文句はないんだな?」

「ちょ!何考えてんですか!?」

「決まってるだろう?口説くんだよ」

陸斗はさも当然のように言った。
どうやら彼はナギ達にとって危険な存在になりかねない存在らしい。
警戒しておこう、とハヤテは思う。

それから彼は好みの女性について語り出した。
断りきれないハヤテはその陸斗の言葉をしばらく聞かされる羽目になってしまった。

「ところで倉敷殿?黒影様はどこに行ったのだ?」

「え?まだ来ていないんですか?では俺が探してきますよ」

陸斗の自慢話を聞かされながら、ハヤテは壮馬が出て行く気配を感じた。






扉が開く音がした。

「また……ですか?」

壮馬だった。
彼はこちらをじっと見つめてくる。

「ああ」

「琉海殿が探していましたよ。
 後片付けは俺がやっときますから早く行ってあげてください」

「すまない」

黒影は部屋から大広間に続く道を歩いた。
途中体がふらついたが何とか耐える。

「ここ数日あまり寝てなかったしな」

黒影は自嘲気味に呟き、大広間の扉を開けた。





「でよ〜。俺はこういったのよ」

「はぁ……」

ハヤテはもう一時間以上陸斗の話を聞き続けていた。
しかも全て女性に関することである。
ちなみにナギやマリア、ヒナギクや志織はうたた寝をしていた。

何とか陸斗の話を終わらせたいと思っていたハヤテであったが、その時助けが現れた。

「陸斗……あんたいつまでそんな話をしてんの?」

「げ……。絢奈か」

絢奈である。
彼女は陸斗を睨み付けるとハヤテに向かって言った。

「こいつの言うことは大抵、嘘だから」

「え?嘘?」

あの家が火事で燃えてしまった少女との話や
やばい人たちに金を借りた女性との話、
突然現れた美少女の話、etc.etc...
それは全部嘘だったのか?
ふと陸斗の方を見ると、もうその姿はなかった。
絢奈は溜め息をついて言った。

「他の人も寝てるみたいだし、寝たら?」

「いえ、まだ黒影さんに助けていただいたお礼を言っていないので」

「ふ〜ん。律儀なのね」

微笑みかけられた。
普段はいかつい顔をしてるためか良く分からなかったが
意外にも可憐な顔をしていた。
少し顔が赤くなるのを感じる。

「いえ。それで黒影さんは……」

「私を呼んだか?」

振り向くと黒影が立っていた。
彼は黒い衣装を身に纏っていた。
そういえばさっきの鎧も黒だったなと思い出した。
黒が好きなのだろうか?

「それで?何か用か?」

「さっきは助けてくださってありがとうございました」

黒影の瞳がハヤテをじっと見つめてくる。

「別に気にすることはない。お前達が襲われていようといまいと
 私は奴らを殺すつもりだったからな。
 まさか武器まで向けられるとは思っていなかったが」

黒影はそう言って軽く笑った。
その時の行動を思い出し、反省する。

「そ、それは……すみません」

「気にするな。それより今暇か?
 暇ならついて来い」

ハヤテは束の間迷った。
が、ナギ達は寝ているから心配ないか、と思い黒影についていった。

屋敷の中は大広間以外の明かりは消えていた。
つまり真っ暗な状態だった。
しかし黒影は特に気にした様子もなく黙々と歩き続けている。
ハヤテは何かに躓くのではないかと恐れながらも歩き続けた。

不意に夜風がハヤテを包み、外に出たのだと認識した。
風が頬を撫でる。それが少し心地よかった。
黒影はさらに歩き続け、屋敷の門の外に出ると、衛兵が二人立っていた。
衛兵達は黒影の姿を認めると直立する。
黒影はそれを制して尋ねた。

「お前達は宴会を愉しんだのか?」

「いえ、我らは任務中なので」

「そうか。屋敷の中にまだ食い物があったはずだ。
 ここには私がいるからお前達は食って来い」

衛兵達は狂喜の表情を浮かべ、黒影に一礼すると屋敷の中に駆けて行った。
黒影はハヤテの方に向き直り、静かに口を開いた。

「お前と話がしたかったのだ」

「僕と……ですか?」

「そうだ」

黒影はそう言ったが、続くであろう言葉はハヤテの耳には届かなかった。

「何を……話したかったんですか?」

ハヤテが尋ねると、黒影はしばらく黙っていたが、冷ややかな笑みを浮かべて言った。

「お前、私の麾下に加わらないか?」

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第三話終了です。
あ、変わった部分としては壮馬の身長が縮んでます。

「ええ!?何それ!」

それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.8 )
日時: 2013/03/04 17:50
名前: 絶影

どうも、またまたまた絶影です。

それでは第四話です。

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 第四話 黒の思惑


「麾下?」

聞き慣れない言葉にハヤテは疑問符を頭に浮かべた。
黒影は苦笑しながら説明する。

「麾下というのは私の直属の兵のことだ。
 さっきお前が話していた絢奈、それに壮馬や陸斗、琉海も私の麾下と言えるな」

頭が混乱した。
話の流れが全く読めない、そう思った。

「ちょっと待ってください。状況が全く読めないんですけど。
 ここは一体どこなんですか?それにあなたはどういう方何ですか?」

ハヤテの続けざまの質問に今度は黒影の方が頭に疑問符を浮かべることになった。

「何を言っている?
 ここは倉臼平八郎様治める畏国だ。
 そして私は静岡の領主、名を神崎黒影と言う」

「……?」

「我らの役目は治安維持や敵対する鴎国の侵攻を抑え、
 さらに鴎国の首都である京都を陥落させることだ」

「??」

ますます訳がわからなくなった。
静岡だとか京都だとかは聞いたことがあるが、畏国?鴎国?
何だそれは?

「……お前、大丈夫か?」

こちらからしたらお前こそ大丈夫かよ、と思うハヤテであったが
自分達の現状を思い出し理解する。
ここは自分達の住む現代でもなければ、ナギが来ることを望んだ八年前でもないのだと。
だから一部わかったことを自分の知っている言葉に置き換えて尋ねた。

「つまりあなたは軍人、というところですか?」

「まあそうだな」

「そして僕にも軍人になれと?」

「その通りだ」

「どうして僕に……?」

「さぁ?何となく……だな。
 お前が麾下に加わるというならばお前の連れの面倒も見るが?」

ある意味、魅力的な申し出のように思えた。
ここにいればナギ達の身を危険に晒すこともないだろう。
黒影が味方であること、さらにデロリアンが直った時に解放してくれること、の条件つきだが。
それにもう一つ。

「軍人ということは……」

当然命を懸けて戦わなくてはならない、ということだ。
ハヤテの言いたいことを汲み取った黒影は頷いた。

「もちろん死ぬ可能性もある。
 さっきのように相手を殺さずに戦っていたら死ぬのは間違いなくお前だな」

そこまで言って黒影は黙った。
返答を待っているのだろう。

「……お嬢さまに相談してからでいいですか?」

自分はあくまで執事である。
主の意見も聞かずに独断で決める訳にはいかない。
黒影はハヤテの言葉に首を少し傾げた。

「お嬢さまって誰だ?」

まぁ当然の疑問だろう。

「あの金髪の子です」

この時代にはツインテールという概念は多分ないと思ったので髪の色だけを伝えた。
黒影は記憶を探っているかのような顔をし、それから頷いた。

「あいつか。別に構わないが、とりあえずお前個人の意見を私は聞いておきたい」

彼なりの気遣いなのだろう、とハヤテは推測する。

「僕は……僕個人としては加わりたくありません」

「ほう、何故だ?」

黒影がまたハヤテの眼をじっと見つめてきた。
ハヤテは目を逸らさず、はっきりと答えた。

「僕は人を殺したくなんてありませんから」

ナギを守るためならば別に死ぬことを恐れるつもりはなかったが、進んで死ぬ気はないし、
何より人を殺すというのはいただけない。

「そうか」

黒影は俯いた。
悲しそうな顔をした気がした。
少しの罪悪感がハヤテを包む。
だが……

「ではお前の主がお前に麾下に入れと言うのを期待しているよ」

顔を上げて黒影は笑った。
前言撤回して良いですかね?
言いたいことは言ったらしく、もう行っていいぞ、とばかりに手を振った。

「また明日な」

「あ、はい。お休みなさい」





ハヤテはその場を後にし、ナギ達の元へ帰った。
大広間に着くとナギが目を覚ましていた。

「おおハヤテ。どこにいたのだ?
 私はあの大男に変なものを飲まされて……」

「大丈夫ですか、お嬢様?」

問題ない、とナギは言うと、気遣わしげにハヤテの方を見た。

「どうかしたのか、ハヤテ?」

「いえ、特に何も。それよりお嬢さまは元の時代に帰るまではここに居たいですか?」

「え?」

困惑するナギに対し、ハヤテは言葉を続ける。

「お嬢さまはこのお屋敷が好きですか?」

少し焦っているようなハヤテの口調に対し、ナギはにっこりと笑いかけた。

「まぁ他の変なところにいるよりもここにいれれば良いとは思うが。
 言っただろ?お前が傍にいてくれるなら……
 お前が守ってくれるなら、私は何もいらないと」

「お嬢さま」

「それで?何を言われたのだ?」

ハヤテは黒影に言われた、麾下になればナギ達の身の安全を保障する
ということを説明した。
ナギは少し考え、言った。

「それならば私だけではなく他の者の意見も聞かなくてはな。
 まぁ何も好き好んでハヤテにそんなことをさせようとする者はいないと思うが」


実際その通りで、続けて起きたマリアやヒナギク、志織に事情を説明すると
そんなことをする必要はないと言い張った。
ハヤテが感激の余り涙を流したのは別の話である。



翌日



再び大広間に集結したハヤテ達は黒影に麾下に加わらない、ということを告げた。
黒影は予期していたのか、落ち着いた声で答える。

「そうか。ならばお前達をここに置いておくわけにはいかないが
 追い出す前に一つ頼まれてくれないか?」

「何をですか?」

「ある手紙を山梨の領主に届けて欲しい」

それくらいならばと思った。ナギ達の方を見る。
そんなハヤテを見越したかのように黒影は言った。

「お前が帰ってくるまで、連れの安全は私が保証しよう」

さらに黒影はヒナギクの方に眼をやった。

「それと赤毛を連れて行け」

「えぇ!?」

ヒナギクはいきなり自分が話題に出てきたことに驚いていた。

「どうしてヒナギクさんを?」

「道中盗賊がいるかもしれないからな。
 一人よりは二人で行ったほうが安全だ。
 それに我々にはそれぞれ軍務があるから付いていくことはできない。
 となると戦力になるのは彼女くらいだろう?」

ヒナギクを危険な目に遭わせる事になるのではないか、と思った。
だが、昨日のことを思い出し、彼女がいなければ助けが来る前に自分は殺されていただろうと思い直す。

「おい、ちょっと待て」

今まで黙っていたナギが声を上げる。

「ヒナギクが行くなら私も行くぞ!」

「やめておけ。お前では危険だ」

「そうですよ、ナギ。昨日のような人たちに襲われたらどうするんです?」

マリアも止めたが、ナギは一向に引く気配がない。
押問答の末、最終的に黒影は告げた。

「お前が足手まといにならないという自信があるのなら行けば良い」

この言葉にナギは口を噤んだ。
邪魔になるのは目に見えているからである。

悔しそうに顔を歪めるナギに、ハヤテは言った。

「すぐに帰ってきますから心配しないでください」

その言葉でナギは少し安心したようだ。
それから黒影は何かが入った包みをハヤテに渡した。
ずしりと重い。何が入っているのだろうか。

「あの、これは?」

「路銀(旅の費用)だ。全て使ってもかまわない」

「でもこんなにたくさん……」

「大して入ってはいないさ」

陸斗は興味なさそうな顔を、絢奈は普通の顔をしていたが、壮馬は顔色を変えていた。
余程の大金が入っているのだろうか?

「あとこれを渡しておく」

黒影が差し出したのは一本の剣だった。

「これは……?」

「賊徒は剣を持っている奴より持っていない奴の方をよく狙うからな。
 それにいざという時は遣え」

「……」

「お前は剣を持っていたな?」

黒影はヒナギクの方を向いて言った。

「あ、はい」

ヒナギクは白桜を取り出し、黒影に見せた。

「ほう、相当な業物だな。
 ならばお前はこれを遣え」

「あのお言葉ですが、僕達には戦うつもりは……」

ハヤテの言葉に黒影は苦笑する。

「いざ、という時はだ。お前達だって死にたくはないだろう?
 お前達が帰ってくるまで三人は我が命に代えても守ると約束する。
 だから心配せず気をつけて行って来い」

「……分かりました。では行ってきます」



ハヤテ達が大広間から出て行った後、ナギ達もハヤテ達についていった。
見送るのだろう、と推測する。

壮馬は黒影に詰め寄った。
黒影がハヤテ達に何をさせようとしているのかが分かったのである。

「黒影殿。あなたは綾崎殿と桂殿を……死なせるつもりですか?」

「俺が見立てた通りなら奴らは生き延びてくるさ。
 それにもし彼らが死んだ時には俺が全ての罪を負う」

「……見殺しは承知致しかねます」

納得できないという表情をしている壮馬に向かって黒影は頷いた。

「そうだな。だからお前も行って来い。絢奈を連れてな」

「な、何でそこで絢奈殿が!?」

壮馬は思わず顔が熱くなるのを感じた。

「何だ?嫌なのか?」

黒影が軽く笑みを浮かべて尋ねてくる。

「そ、そうではなくて……」

「お前が行かないのならば陸斗にでも一緒に行かせるが?」

「!!……俺が行きますよ!全く……絢奈殿の気も知らないでよくそんなことが言えますね」

「何の話だ?」

「絢奈殿を誘ってきます!」

遊ばれているな、と思った壮馬は強引に話を断ち切った。
大広間の扉に向かって歩いていく。

「壮馬」

黒影が自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
壮馬は今度は何だよ、と思いながらも振り向く。

「何ですか?」

「ぎりぎりまで手を出すなよ」

「……分かりました」

壮馬は一礼し、退出した。


それから……

「あ、絢奈殿!」

壮馬は絢奈を探し出して駆け寄った。

「何?」

絢奈は驚きもせず、ただその一言だけを返した。

壮馬はオロオロと説明を始める。

「えっと……あの……そう!黒影殿に綾崎殿達をつけるように命令されました!
 その……俺たち二人で!」

再び絢奈は一言で返す。

「何で?」

「あぅ……。し、知らないですけど命令です!」

壮馬は「命令」の部分を物凄く強調した。

「ま、いいけど」

こうして二組の男女は旅に出る。

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第四話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.9 )
日時: 2013/03/04 17:53
名前: 絶影

どうも、またまたまたまた絶影です(くどいわ!

それでは第五話です。
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 第五話 答えを見つけだすこと以外に「旅」から得られるものが他にあるだろうか


「まったく……どうして私なのよ!」

ヒナギクは苛立っていた。(若干照れもあったが)
何故自分がハヤテと共に旅に出されたのかが分かっていたからである。

「理由が『戦えるから』だなんて
 私だってか弱い女の子なのに……」

「はは、でも僕はヒナギクさんと来ることが出来て嬉しいですよ」

「なっ!!」

ヒナギクは頬を真っ赤に染めた。

今二人が歩いているのは黒影が治めているという静岡の城郭(街のようなもの)の中である。
執事服に制服というこの時代では異色の服装をしている彼らは
図らずとも周囲の注目を集めてしまっている。

その上ヒナギクは美少女であり、ハヤテはそこらへんにいる男達に殺意のこもった目で見られているのであるが
二人は全く気がついていない。

「ちっ俺よりも貧相な顔の野郎が……」

「あんな可愛い子と一緒に歩きやがって……」

モブキャラは放っておいて先に進みます。



「で、どこに行くのかしら?」

「えっと黒影さんがくれた地図によると……」

言いながらハヤテは地図を取り出す。

「随分詳細な地図ね」

今ハヤテ達がいるところは静岡領の静岡と書かれている。
ちなみに目的地は山梨領の甲府である。

「この地図によれば清水ってところを抜ければ山梨領ね。
 それから南部、身延、市川三郷を抜ければ甲府に着くみたい。
 私達なら三日で着くんじゃないかしら?
 だからハヤテ君、早く行きましょう」

「はい!」

注意)私は地理は得意ではないので……間違いがあればご指摘お願いします。(一応日本地図を見たんですが……)




二人は順調に歩を進めた。
その日の夕方ごろには街道の関所に辿り着いた。
それぞれの領には関所があり、衛兵がいるらしい。
(不審者を領に入れないための配慮だが、賄賂なども横行しやすくなっている)

「ここを越えれば山梨領みたいね」

「そうですね」

二人は通り過ぎる時、衛兵らしき人に止められた。

「何用でここを通る?」

「山梨領の領主、日野吾郎さんに黒影さんからの手紙を渡しに来ました」

ハヤテが黒影の手紙を見せながら答えると衛兵は驚愕の表情を浮かべる。

「し、漆黒の!?……分かった。通っていいぞ」

ハヤテ達は何も要求されなかったが
他の旅人は何がしかの通行料金を払っているようだ。
通行料金を払えない旅人は追い返されているのも見えた。

「そんなに尊敬されている人なんですね、黒影さんって?」

「尊敬されているって言うより、恐がっているように見えたけど?」






ハヤテ達は南部と呼ばれている地域の小さな村の近くで脚を止めた。
さすがに一日中歩き続けたので疲労が溜まっていた。

村に入って行くと他の家より大きな家がある。
おそらく村長の家なのだろう。

ハヤテはその家を訪ね、一晩泊めてくれないかと頼んだ。

「いいですよ」

その家の主人は快くハヤテ達を引き入れてくれた。

「大したものは出せませんが、ゆっくりしてくだされ」

「いえそんな。泊めてくださってありがとうございます」

食事を終え、主人が布団を持ってきた。

「何から何まですみません」

「いえいえ、私にもあなた達と同じくらいの息子がいましてな。
 なんとなく息子が嫁を連れて帰ってきたような感じなのですよ」

「「よ、嫁!?」」

顔が熱くなるのを感じた。
ヒナギクも顔を真っ赤にしている。
主人は首を傾げた。

「おや?そういう関係ではなかったのかな?」

「は、はい!!ですよね!?ヒナギクさん!」

「え、あ……そうね」

ハヤテはヒナギクの迷惑にならぬよう必死に否定し、同意を求めると
ヒナギクは心なしか言葉を詰まらせているような気がした。

いかん。この流れは怒っているよな……。と判断した
ハヤテはこの気まずい空気を変えようと

「息子さんはどうなされたんですか?」

と尋ねる。
主人は溜め息をついて答えた。

「息子は……八年前に死にました」

「……」

さらに空気が気まずくなってしまったな、と反省した。

「賊に襲われてしまいましてな」

「そうだったんですか……」

「あなた達も旅を続けるのなら本当に気をつけてくだされ。
 この辺にはまだ賊徒も多いと聞きますので」

「……分かりました。お休みなさい」

運が良いのか悪いのかは分からないが部屋は三部屋あり
ハヤテとヒナギクはそれぞれの場所で寝ることができたという。







翌日



ハヤテ達は世話になった主人と別れ、再び旅を続けた。
二人は出来るだけ急いで歩いてはいたが、市川三郷という地域に入った頃には夕方になっていた。

ハヤテは近くに街や村がないか探したが、それらしきものは見当たらない。

ヒナギクもいるし、できれば宿などを取りたい(変な意味ではないですよ)と
思っていたハヤテだったが、さすがに諦めた。

「すみませんヒナギクさん。今日は野宿をしましょう」

この時代の季節は分からないが、冬ほど寒くはない。
だから野宿するのは問題ないだろう。

「まぁしょうがないわよ。小さい頃野宿した時に比べれば格段にましな状態だし」

前に野宿した時には危うく凍死しかけた、とヒナギクは笑った。別に笑うところではないのだが。
ハヤテ自身も野宿したことが多く、薪を集め、手馴れた手つきで火を熾した。

「ところで食べ物はどうしましょうか?」

こういうときのために黒影から路銀を貰っていたわけなのだが使う気にはなれなかった。


















……ヒナギクのお腹が鳴るまでは。

「べ、別に何でもないんだから!!」

顔を真っ赤にしているヒナギクを見て、ハヤテは微笑んだ。

「僕がどこかで食料を調達してきますよ」

「わ、私も行くわよ!」

まだ少し顔が赤いヒナギクと共にハヤテは近くを歩き回った。
しかし何も見つからず、やはり何もないのか、と諦めかけた時(ヒナギクは泣きそうな顔をしていた)
人影のようなものが見えた。

ハヤテ達が近寄っていくと、どうやら行商(旅商い)の人だったようだ。
ほっと一息ついて彼に食べ物を売ってくれるよう頼んだ。

彼はハヤテ達の服装を見て怪訝な顔をしたがハヤテは取り出した銀貨を見て
驚愕の表情を浮かべる。

「あの、これでどのくらい買えるんですか?」

ハヤテが問いかけると、

「こ、こんな大金崩せないよ!」

と、取り乱しながら答えてきた。
彼は抱えていた荷物を放り出して

「それをくれるなら好きなだけ持っていってくれ!」

と言うとハヤテの顔を遠慮がちに見てきた。
ハヤテは苦笑いした。

「ではこれだけ頂いていきますね」

一抱えの食料を取り、銀貨を渡した。
その様子をヒナギクは訝しげな表情で見ていた。
どれほどの大金を渡されたのか疑問に思ったのだろう。
ハヤテは、黒影にもナギやマリアと
同じようなところがあるのだろうという程度にしか考えなかった。

行商人に丁寧な挨拶をされて、ハヤテ達はさっき火を熾した場所に戻った。

いや、正確には戻ろうとした。

「待ちな」

この言葉を聞き、振り向くと物騒な武器を持った盗賊が十数人程いたのだ。

「金の入った袋を置いていけ。そうすれば命だけは助けてやる。」

その中のリーダーらしき人が言う。
言葉から察するに彼らは先程の会話を見ていたのだろう。

「……断ったら?」

ハヤテが静かに問いかけると、
男は下卑た笑みを浮かべながら叫んだ。

「殺すだけだ!」

十数人の盗賊に囲まれたハヤテ達であったが、ヒナギクは白桜を取り出し、
ハヤテは鞘のまま、黒影から貰った剣で敵を次々に打ち倒した。

数分後、立っている者はハヤテとヒナギク以外にはいなかった。
ハヤテはリーダーらしき人に近づく。

「こ、殺さないでくれ!」

情けない声を上げて怯える男にハヤテは問いかけた。

「殺したりなんてしませんよ。
 ただ、聞きたいことがあります」

「……な、何でしょうか……?」

男は震えた声で聞き返す。

「どうしてこんなことをするんですか?
 真面目に働けばいいじゃないですか!」

若干声を荒げていることを自覚していた。
だが、働かざる者食うべからずの信念を持つハヤテにとって
このような盗賊行為は許されるものではない。

「働いてもどうにもならないからだよ!」

ハヤテが問いかけた男とは別の男が叫んだ。
その男に目を向けると、男は倒れていた体をなんとか起こした。

「俺たちが働いても国が収穫のほとんどを持って行っちまう!
 そんな生活なんかしていられるか?
 だから俺たちはお前達のような金持ちから俺たちが貰うべき分を貰ってるだけなんだよ!
 これは当然の権利なんだよ!」

言葉に詰まった。
実際ハヤテはこの国の税制度が適正なのかは知らないし、
彼らの言っていることが正しいのかは分からない。

男はさらに続ける。

「お前達は俺たちが飢えに苦しんでいることを知らないだろう!
 俺たちが盗賊して得た物を心待ちにしている家族がいることを知らないだろう!」

「それでも……こんなことをしていては何の解決にもなりませんよ!」

言い返したが、ナギに拾われる前の自分の状態を思い出す。
彼らも自分と同じではないか、と。

「じゃあどうすればいいんだよ!」

声を荒げて言い返す男にハヤテは言った。

「ここにお金があります」

盗賊達の前に銀貨が入った袋を置く。
額はよく分からないが、さっきの行商人の態度を見ると相当な大金であることは分かっている。
彼らが生活するには十分な金額のはずだ。

「このお金で何とかあなた達の生計を立て直してください。
 そしてこれからは真面目に働いてください。いいですね?」

男達は困惑した瞳でハヤテを見つめた。

「こ……こんな大金を……俺たちに?」

「ええ」

ハヤテはにこりと笑った。
男達は泣きながら何度もハヤテに平伏して礼を言った。

「あ、ありがとうございます!……ところであなたのお名前は?」

「僕は綾崎ハヤテと言います。それでは」

ハヤテ達は彼らに見送られながらその場を去った。









「まったくハヤテ君は本当にお人好しなんだから……」

盗賊たちと別れて歩いている最中
ハヤテはヒナギクに文句を言われながら苦笑いしていた。

「しかもあれは黒影さんから貰ったお金でしょ?
 全部あげちゃったなんて、何て説明するのよ!」

「でもあの人たち困ってましたし……」

「まぁ……しょうがない、か」

結局許してしまう辺り、ヒナギクも相当なお人好しである。



彼らは火を熾したところに戻り、消えかけていた火に薪を入れた。
再び燃え盛った火をじっと見つめながらハヤテは口を開いた。

「僕には……あの人たちが好きで盗賊行為を働いているとは思えません」

ヒナギクはしばらく黙っていたが、頷いた。

「そうね」

「この世界で僕達に何か出来る事は無いんでしょうか?」

ヒナギクは黙り込んだ。
考え込んでいるようだ。

五分程経ってヒナギクはようやく口を開いた。

「ハヤテ君は黒影さんの麾下に入れって言われたのよね?」

「?……ええ、断りましたけど」

突然別の話題になりハヤテは困惑する。

「もしかして私達が旅に出されたのって、この国の現状を見せるためなのかもしれないわね」

「え?ということは……?」

「ハヤテ君がこういうことを考える人だと見抜いて、麾下に加えようとしているのかも」

ハヤテには困っている人を放ってはおけず、そのために自分を犠牲にしてしまうという
人間としては素晴らしいが、ある意味困った性格の持ち主である。
黒影はそんなハヤテの性格を利用して麾下に加えるつもりなのではないか、ということをヒナギクは言っていた。

ハヤテは笑って答えた。

「もしそうだとしても僕は絶対に彼の麾下に加わりませんよ」

この時、彼らが黒影の本当の意図に気付いていたとしたら
彼らは一目散にこの任務を放棄していただろう。

黒影が求めた『答え』とはもっと単純かつシビアなものだったのだ。

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第五話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.10 )
日時: 2013/03/04 17:57
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは第六話です。
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 第六話 今回の主役は三千院ネギ!


ハヤテ達が出かけてしまった後、ナギは不機嫌そうに屋敷を探索していた。

「ゲームもない、パソコンもない、しかもハヤテもいない!
こんなところで私はどう暇を潰せばいいのだ!」

相当めちゃくちゃな言葉に思えるが、ナギは真剣である。

「あ、三千院さん」

マッドサイエンティストこと志織だった。
彼女もまたいつも扱っている機械がないせいか
つまらなそうな顔をしていた。

「なあ先生。早く元の時代に帰りたいのだが?」

そんな志織に早速ナギは愚痴をこぼす。
志織は頭を掻きながら、申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね、部品が壊れちゃってて。
 もう一個似たような奴があればニコイチで直せるかもしれないんだけど」

「いやいや、あれに似たものがこの世界にあるわけがないだろ?」

「でもあれを直さないと帰れない……って、あ!」

志織が突然何かを思い出したようで、声を上げる。
ナギはその訳を尋ねると、今まで大切なはずなのに忘れていたものを告げられた。

「デロリアン」

「あ……」


という訳で……

「何?忘れてきたものがあるから取りに行きたいが、賊徒に襲われたくはないから護衛を頼むだと?」

黒影が何て図々しい奴だ、とばかりにナギを見つめた。
ナギは言い返す。

「だいたいハヤテがいれば何の問題もないのだ!
 それをお前が使いに出したからこんなことになったのではないか!」

黒影は面倒だな、という顔をしている。

「それならば奴が帰って来てからにすれば良いだろう?」

「早くしないと無くなってしまうかも知れないではないではないか!」

ナギの剣幕に黒影は閉口した。
話を断ち切るかのように告げられる。

「今、暇な奴はいない。だからあいつらが帰ってくるまで大人しく待っていろ」

黒影はもう話は終わりだ、とばかりに手を振って追い払おうとしたが、
誰かの声がナギの背後で響いた。

「なあ黒影殿。俺が行ってくるよ」

ナギが振り返るとそこには長身の陸斗が立っていた。
陸斗はナギに笑いかけた。

「可愛いお嬢さんの申し出には従って差し上げないとな」

「待て陸斗。お前には兵の訓練をしておけ、と言ったはずだが?」

黒影は不機嫌そうな声を上げ、陸斗を見据えたが
陸斗の方はどこ吹く風とでも言うようだ。

「硬いこと言うなよ。壮馬や絢奈には自由にさせておいて
 俺を自由にはしてくれないのかい?
 それに訓練の指揮なら琉海の爺さんでも出来ますよね?」

別に自由にさせたわけでは、と言いかけ、
黒影は露骨に舌打ちした。
溜め息をつく。

「わかった。危険な目には遭わせるなよ?
 俺はあの銀髪にこいつらの安全を約束したのだからな」

「はいはい、分かってますよ」

「あと絶対に手を出すなよ?」

「う……了解……」

釘を刺された陸斗は心なしかさっきよりやる気を失ったようだ。
こいつ大丈夫か?と少し心配になる。

「とにかく、頼むぞ?」

「おう、任しとけ。三千院殿」

マリアにも声をかけたら一緒に行くという返事が返ってきた。
ちなみに志織は何か使える物を探すということで来ていない。

一緒に来てくれるのは陸斗の指揮下の兵の一部だという百の兵だった。
ちなみに神崎軍総兵力は約1万5千で、陸斗はその中の4千を従えているらしい。

「俺の配下は全部騎兵なんだよ」

「騎兵?」

「そう。文字通り馬に乗っている兵。
 俺は騎兵の指揮をしているんだ」

「そういえばあの壮馬と絢奈というのは?」

どこかに行ってしまった二人を思い出しながら尋ねた。

「ああ、あいつらは歩兵の指揮官。
 それぞれ5千ずつの歩兵を指揮してる」

「じゃあ琉海さんは何なんですか?」

傍で話を聞いていたマリアが会話に加わった。

「あの人は黒影殿の副官。ありえませんが黒影殿が死んだ時に変わりになる役目の人ですよ」

黒影は不死身なのか?と尋ねたくなったがあえてそこは気にしないことにした。

ナギは数を数えて気がついた。

「では、あの黒影の率いている兵はわずか千ではないか?」

総兵力1万5千でそのうちの1万4千は陸斗、壮馬、絢奈が指揮をしているということは
総指揮官であるはずの黒影は千しか率いてないことになる。

「ああ。だがあの千の騎兵隊は別格で、五千にも一万にも匹敵する精鋭と言われているんだよ。
 それに大抵は俺たちのうちの誰か、もしくは全員があの人の指揮下に入るしな」

「ふ〜ん」

話を聞く限り、1万5のうち5千が騎兵で他の1万は歩兵ということらしい。
ナギは話を聞いていて少し面白くなった。
以前にやった『三国○』とか『信○の野望』とかいうゲームを思い出したからかもしれない。


「そんじゃ行きますか!」

「ああ」

ナギ達の前に馬が引かれてきた。

「ほら、乗りな」

「ああ。……ってこれに?」

「そうだが?」

心なしか、引き出されてきたこの馬は目つきが悪い。
馬がナギの姿を認め、近寄ってきた。

「な、何なのだこいつは……痛た!」

以前ジャ○プで連載していた卓球漫画の馬のようにナギの頭に噛み付いた。

「お前はロシ○ンテなのかぁぁああ!?
 ……って私の頭はたまねぎではなぁぁぁあああああい!!」

ネギ・スプリン○フィールドだからね♪

「そっちでもなぁぁぁぁああああい!!」


解説)以前ジャン○で連載していた卓球漫画でたまねぎが大好物の馬がいたのです♪



数分後



ナギはその馬の首にしがみついていた。
陸斗によると背筋を伸ばすことがうまく馬に乗るためのコツなのだそうが
それがナギには出来ない。
その上、放っておくと勝手な方向に行ってしまうため、陸斗が前で轡(馬につけている紐)を掴んでいる状態だった。

「いや〜さすがはマリア殿。
 本当に初めて馬に乗ったんですか?」

前方で陸斗がマリアを褒める声が聞こえる。
何だか比べられている気がして忌々しい。

「それに比べて三千院殿は……」

思った通り陸斗の声がこちらに向いてきた。
ナギは陸斗を睨み付けた。

「うるさい、黙れ!何でこんなものに乗らなければならないのだ!」

文句を言うナギに陸斗は笑いながら答える。

「馬は乗り手の心をよく掴むんだよ。
 三千院殿が馬をそんな風に想っている限り、従ってくれないぜ?」

「ぬぬぬ……」

「三千院殿は……馬に馬鹿にされているな」

陸斗はナギの乗っている馬をしげしげと眺めて呟いた。
馬はナギの顔……というか頭の辺りを見ている。
また食いつくつもりなのだろうか?

「貴様、馬の分際でこの三千院ナギを馬鹿にしているのか!?」

「ちょっと、落ち着きなさいナギ」

「だがマリア……!?」

マリアの乗っている馬を見ると、ナギでさえ分かるほど、怯えていた。
ナギはそれに少し恐怖を覚えたので口を噤んだ。
陸斗も気付いた素振りは見せていたが、何も言っていない。

「?どうしたんですか、ナギ?」

自分の威圧感に全く気がついていない様子のマリアは
ナギが突然黙り込んだのを見て首を傾げている。

「い、いや!なんでもない!」




「そんで?探し物って何なんだ?」

「ああ、私達が探しているのは丁度あんな感じの奴で……」

ナギが指を指した方向にはデロリアンと農民が十数人。
そして彼らはデロリアンを縄で縛ってどこかに持ち去ろうとしていた。

「なんじゃろうか、これは?」

「知らねぇよ。でもなんか高く売れそうだぜ?」

「見たこともないからのう」


「……あれか?」

「うん。そう、あれ……って、うぉい!待てぇ!待つのだぁぁあああ!!」

ナギが必死に叫ぶと農民達は訝しげに見てきた。

「何ですかな?」

「それは私達のものなのだ!返せ!」

ナギの剣幕に怯みつつも、農民達は不満の声を上げる。

「それは横暴ですぞ!これはわしらが見つけたのですじゃ」

後ろからは、そうだぁ、横暴だぁ!と、声が聞こえる。
ナギは怒鳴り散らした。

「うるさいうるさーい!!とにかく返すのだ!
 おい陸斗、早く取り返せ!」

ナギの剣幕に怯みながらも陸斗はとりなすように言った。

「待てよ三千院殿。その爺共が見つけたなら必然的に
 そいつらの物になるんだぜ?」

それが世界のお約束だろ、と陸斗は付け加えたが、
ナギにとってそんなことは知ったことではない。

「それは元々私達のものだ!それがないと元の世界に戻れないではないか!」

農民達も譲らない。

「これはわしらが見つけたもの。渡すことは出来ませんぞ!」

押し問答である。
だがデロリアンが農民達の手にある以上、ナギの方が幾分、分が悪い。





「なら買ってやる!」

ナギの次なる一手、それは買うことだった。

「何?金か……」

「元々売るつもりだったしな……」

言葉に動揺し始めた農民達を見て、ナギはあと一押しだ、とばかりに叫んだ。

「いくらでも払ってやろうではないか!いくらだ!」

農民達は目を見開いた。
そして、こそこそと集まって話し始めた。

「おい、いくらでも払うって言ってるぜ?」

「そんな値打ち物だったのか?」

「それならふんだくってやろう」


農民達は急に愛想が良くなってナギを見つめた。

「それならばお譲りしましょう。一万ギルで(某ゲームのマネー単位ですが他に思いつかなかったので悪しからず)」

ちなみにこの農民一人が一日を過ごすのに使う金はだいたい十ギルであり、
つまり彼らが百人いたとしても百日は過ごせるという大金なのだ。

「いいだろう、マリア!金を出すのだ!」

「ちょっと、ナギ?」

マリアがナギに顔を近づけてきた。

「どうしたのだ?」

「今の私達にはお金なんてないんですよ?」

「……あ」

うっかり金がないことを忘れていたナギだった。
マリアは呆れたように溜め息をつく。

「仕方がないですわね。ここは私が何とかしましょう」

さすがこういうときには頼もしいな、と思うナギ。

マリアのした行動とは!?



















「陸斗さ〜ん♪」

「……え?話はまとまりましたか、マリア殿?」

「ええ、もう少しで♪
 あの人たち、一万ギルを出せって言うんですよ♪
 出してくださいません?」

マリアは見た人が『恐怖』を覚えるような『微笑み』を投げかけた。
陸斗も例外ではない。

「へ?いや、ちょっと待て……」

「可愛いお嬢さんの申し出には従うんじゃありませんでしたっけ?」

さらににっこりと『優しく』微笑みかける。

「えぇ!?……てかあの時、あんたいなかったはずじゃ?」

「メイドに不可能はありませんわ♪」

「ぬぁぁあああああああ!!」

……こうして尊い陸斗の犠牲によりデロリアンを回収することが出来たナギとマリア。






「……燃え尽きた、真っ白にな……」

「ん?何だお前、そのネタ知っているのか?」

「何の話だ?」

デロリアンを馬に引かせ、黒影の屋敷に帰る途中。
髪が真っ白であり、眼が狂気に満ちている一人の老婆が、ナギ一行の前に立ちはだかった。

「わたしはせかいのおわりをみたぁぁああああ!!」

「ぬおっ!!な、何なのだお前は!?」

いきなり現れ、叫ぶ老婆にナギは飛び上がった。
老婆はさらに訳の分からないことを叫んでいる。

「だ、大丈夫ですか、ナギ?」

マリアが心配してナギに駆け寄った。
老婆はマリアの声を聞き、何かを確認するかのような目でナギを見る。

「……ギ?」

「え?」

老婆が見た目からはとても想像できない俊敏な動きでナギに迫った。

「ネギィイ!!」

「ぬぁぁあああああ!!」

老婆はナギの首を締め付けている。
マリアは引き離そうとしたが想像以上に力が強く、離すことができない。

「ネギ!ネギ!ネギ!」

老婆は口々にネギという言葉を叫んでいた。
その姿に驚いていた陸斗だったが、老婆を力ずくで引き離し、
ようやくナギを老婆から解放させた。

「な、何なのだこいつは!それに……私はネギではなぁあい!!」

陸斗はまだナギに掴みかかろうとする老婆を取り押さえながら答えた。

「こいつはこの辺に住んでいる老婆だよ。
 多分精神が病んでいるのさ」

「そんなこと聞かなくても分かるわ!」

その後、陸斗は老婆を落ち着かせ、家に……というか老婆が住んでいるという洞穴に連れて行った。



「はぁ……何か色々疲れたな……」

「ですわね……」

溜め息をつくナギとマリアだったが
今度は金髪の外人のような男が地から湧き出したように現れた。

「ハァイ!ワタシの名前は……ゴフッ!!」

男は馬上のナギの踵落としによって瞬殺された。

「……は、話を聞きなサーイ!」

「いきなり何なのだ……ってお前、ギルバート!?」

そう、その男はまるでギルバートそっくりの男だったのだ。
男は驚いたようにナギを見つめると言った。

「ワタシをご存知なのデスカ?
 それなら話は早いデス!かーむ教に入りマセンカ?」

「かーむ教?」

「その通りデス!我らが神、かーむ様はいつも我々を見ていマース!
 我らが罪深き行為をした時に我らの世界を滅ぼすおつもりなのデショウ!」

「はぁ?」

さらっと現れ、意味不明な宗教のようなものに入ることを勧めるギルバートという名の男。
もう何が何だか訳が分からない。

「どうしたんだ、三千院殿?――ってお前ギルバート!?」

老婆を送り届けた陸斗が合流してきたらしい。

「オオ……陸斗さん……こんなところで会うとは……」

ギルバートは陸斗を見て、明らかに怯んでいた。

「俺の連れに変なことを吹き込まないでくれるか?」

陸斗は威圧するような声を出す。
元々大男なので、相当な迫力があった。
ギルバートは俯き、大人しく引き下がる。

「分かりマシタ。今回は引きマショウ……。
 ですが覚えておいてくだサイ!あなた達にはいずれ天罰が下るデショウ!」

そう言うと、ギルバートは去って行った。

「……」

この短時間で二人の異常者に会ってしまったナギ達は深い溜め息をついた。



「なぁ陸斗。かーむ教って何なのだ?」

何だかんだで気になったので、かーむ教について尋ねてみた、ナギ。

「あ?興味あるのか?」

陸斗が睨み付けてきた。

「いや別に入ろうって言うんじゃなくて、どんなものなのかなと」

陸斗は溜め息をつき、かーむ教について説明しだした。
話によると、かーむ教というのはギルバートが教祖の信仰宗教なのだそうだ。
ギルバート曰く、神の洗礼を受け、教祖になるようにお告げを受けたらしい。

「今よりずっと昔、この世界に絶望した神が世界を滅ぼしたそうなんだ」

「世界を滅ぼした?」

「ああ。ギルバートの言い分では神に選ばれた者達だけが生き残ったんだと」

そんなのありえないだろ?とばかりの笑みを浮かべながら陸斗は言う。

「ノアの箱舟……みたいな感じなのでしょうか?」

マリアが呟くと、

「?何だそれ?」

陸斗が聞き返してきた。
どうやらキリスト教……というか聖書を知らないらしい。
そういう時代なのだろう。

「まぁ気にするな。それで、どうやって世界を滅ぼしたと言われているのだ?」

「ああ。確か空から来た厄災、とかだったかな?」

「ジェ○バかよ……」

「何だよ、それ?
 まぁとにかくあいつは信徒を増やして軍事勢力にするんじゃないかって
 噂されている奴なんだが、今のところ何もしていないしな。
 信徒も相当な数いるから、無闇に討伐する訳にもいかないんだよ」

ギルバートを討伐したり追い出したりしたら信徒が黙っていないということだろう。
確かに中国で三国時代への幕開けとなったのは太平○という宗教を信じた
教徒達が引き起こした黄○の乱と言われているし、
実際日本でも本○寺などの宗教勢力が権力者に反抗することがあった。

「確かに厄介だな」

「まあな。じゃ、帰りますか!」


その時、一陣の風がナギの頬を撫でた。

どこか胸が騒いだ。
ナギの脳裏にハヤテの姿が突然浮かび上がる。

「ハヤテ……?」

「おい、いくぞ?」

「……ああ」

ぼんやりとだが、何故かハヤテの姿が消えなかった。
何事も無ければいいが……。
ナギは嫌な予感を振り払い、ロシ○ンテ(もう名付けた)にしがみついた。

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第六話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.11 )
日時: 2013/03/04 18:06
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは第七話です。
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 第七話 襲撃


ハヤテ達はその後、特に何事も無く山梨の領主がいるという甲府に辿り着いた。

地図を見て、日野吾郎の館を訪ねた。
黒影の館よりもずっと豪奢な館だった。
おそらく五十人は何一つ不自由なく暮らせるだろう。

屋敷の前には明らかに強そうな衛兵が五人程立っている。
ハヤテは彼らに話しかけた。

「黒影さんから日野吾郎さんへの手紙を届けに来ました」

衛兵達は怪訝な顔をしたが、手紙を見せると
そのうちの一人が先導して歩き始めた。

衛兵は一番奥の部屋の前で止まった。

「神崎殿からの使者が現れました」

「そうか。入らせろ」

年は三十ぐらいだろうか。
長身で頬には刃傷があり、いかめしい顔をした、いかにも軍人らしい男が立っていた。
第一印象は恐いという感じであったが、話してみると意外とそうでもないということが分かった。
彼は優しい笑みを浮かべて尋ねてきた。

「見ない顔だな。名はなんと言う?」

「綾崎ハヤテと言います」

「桂ヒナギクです」

「私は山梨の領主、日野吾郎だ。
 漆黒竜殿はお変わりないかな?」

「ない、と思います」

「それはなによりだ。なんせ彼がいなければこの国は戦もできん。
 もっと近衛軍を強化しなければと私は常々言っているのだが
 近衛軍の将軍共は全く訓練を厳しくしようとしないからな。
 その時に踏ん張らせられるのが我々地方軍だから困ったものだ」

そう言って彼は笑った。
ちなみに近衛軍とは帝直属の軍ことらしい。

話によると、この国には首都である東京に近衛軍十五万がいて、
鴎国などへの遠征や大規模に侵略された際などに使われる軍なのだそうだ。

東京以外には黒影や日野吾郎などが率いる地方軍と呼ばれる軍がいて、
小規模の侵略を防ぎ、任地の治安を守ることが彼らの仕事で、
また、近衛軍に従って動くことも多いらしい。

つまり近衛軍が遠征軍で、地方軍が治安維持みたいな感じである。

必然的に近衛軍の方が強力でなければならないのだが、
実際は、実戦をよく重ねている地方軍の方が強く、
近衛軍は惰弱なのだそうだ。

「それで?黒影殿からの用件とは何なのかな?」

ハヤテは手紙を吾郎に差し出した。
吾郎は手紙を受け取り、頷いた。

「……戦は近し、油断するな、か。分かった。
 この日野吾郎、常に戦の心構えは出来ている。
 とりあえず我が軍の主力一万は早川の辺りに置いておく、と伝えてくれ」

注意)早川とは山梨領の中でも一番戦場に近いところです。
  つまりすぐに対応できるということです。

「分かりました」

再び衛兵に先導されハヤテ達は館を出た。
任務を終えることができたのでほっと一息つく。

「帰りましょうか」

「そうね」

予期していたとはいえ、三日もかかってしまった。
ナギやマリアが心配しているだろう、と思ったが
ハヤテにとってそれはそれで嬉しいことだった。







もう四日目だろうか。
壮馬は絢奈と共にハヤテ達に気付かれないように尾行していた。

現在彼らがいる場所は市川三郷の太平山と呼ばれる山の中である。
ハヤテ達は野営(野宿のこと)の準備をしているのを遠目で確認したので
自分達もそうすることに決め、薪を集めた。

ぱちぱちと音を立てて燃える薪を見つめながら壮馬は
何とか絢奈に話しかけようとしていた。

「あ、あの!」

彼女はこちらに目を向け一言。

「何?」

「いえ!……特に何も」

「用がないなら話しかけないでよ」

「……すみません」

確かに絢奈と共にいることは嬉しかったが、話す話題がない。
今まで喋ったことと言えば……

『ここで野営するわよ』

『了解』


『薪、集めてきて』

『了解』

……あれ?俺から話しかけたことって無くね?
自己嫌悪に陥った。
自分から話しかけようとするとさっきのような会話になってしまう。

壮馬は溜め息をついた。
絢奈はそれにすら反応してくれない。
自分に興味がないからだろうと思うとさらに落ち込む。


壮馬は自分が絢奈のことを好きになった時のことをぼんやりと思い出した。


二年前、神奈川で討伐軍を何度も追い返しているという賊徒の知らせが入った。
三年ほど前からその近辺の村を荒らしまわっていたらしい。
数は五百ほどだが、道が狭く、見通しも悪く、曲がりくねっている上に、
方々に岩が突き出している山に拠っていた。
つまり大軍では攻めづらい場所に本拠地を置いていたのだ。

黒影はその賊徒を討伐することを決めた。
彼には気まぐれに管轄外の賊徒でも討伐することがあった。

壮馬は百の兵を率いて黒影に従った。
総勢で三百の兵である。
明らかに今までの討伐軍よりは規模が小さかったのだが黒影には気にした様子はなかった。

数が少ないために移動は迅速だった。
賊徒はおそらくその存在にすら気付かなかったはずだ。

山の麓に着くと、黒影は躊躇せず山を駆け上った。
罠は仕掛けてあったようだが全く引っかからなかった。

「どうして分かるんですか?」

「鼻で見分ける」

あんたは犬かよ、とは思ったが、当然口には出さない。

山頂近辺まで行くと、声が上がっていた。
何だ、と思って見上げると一人の少女が何十人もの賊徒を相手取って戦っているところが見えた。
少女の年齢は自分と同じくらいだろうか。
両手には剣。それを巧みに扱い、賊徒を次々と倒している。
だが、もうすぐ体力が尽きるのは目に見えていた。

黒影が馬腹を蹴り、疾駆(馬で速く走らせること)し始めた。
遮る者を蹴散らし、一番奥に居た男、
賊徒の首領を槍で突き上げた。
それを呆然と少女や賊徒達は見ていた。

生き残っていた賊徒に縄が打たれる。
少女は魂が抜けたような顔をしていた。
壮馬が気になって見ていると、腕に怪我を負っているのがわかった。
戦っている間に負ったのだろう。

近づいて声をかけた。

「腕の怪我、治療しますよ」

「……いらない」

「……」

それから菌が入ったら酷くなるとか色々なことを言って、治療を受けさせた。
おそらく彼女も諦めたのだろう。相当しつこく言った気がするし……。

治療が終わった後だった。

「あなた、名前は?」

彼女が問いかけてきたのだ。

「え?……俺は倉敷って言います」

名前は言いたくなかった。
あの親がつけた名前だ、と思うと苛立ちと罪悪感のようなものがこみ上げてくるからだ。

「だから名前は?」

彼女はそんなことには構わずまた名を尋ねてきた。

「……言いたくないんですよ」

「よっぽど酷い名前なのね。悪魔、とか?」

そこまで言われて黙っているわけにはいかなかった。

「違います。……俺の名前は壮馬です。
 ですが名前で呼ばれたくはないので倉敷と呼んで下さい」

「何で?」

「……親がつけた名前、だからです」

「ふ〜ん。分かった」

彼女に笑いかけられた。
思っていた以上に可愛らしい顔だった。
心が揺さぶられた。
その笑顔に見とれていた自分にはっとする。

「私は佐々木絢奈。
 怪我の治療、ありがと壮馬♪」

「……」

分かって無いじゃん……。
それでも……彼女になら名前で呼ばれてもいいか、と思った。

それから……

「壮馬、今日はお前が巡回して来い」

「おう、壮馬じゃねえか」
 
何故か他の人まで名前で呼ぶようになったのだが……。


壮馬は何かの気配を感じたため思考を中断させられた。
獣か、と思ったが違う。
隣を見ると、絢奈も顔をしかめていた。
強い殺気を感じる。
しかしその殺気はこちらには向いていなかった。

何かが影のようにハヤテ達に近づいていった。



ハヤテは火の傍で休んでいた。
あと二日でナギ達の元へ帰れる。
そう思うとどこか嬉しくなった。

ハヤテはヒナギクの方に顔を向けた。
ヒナギクは穏やかな顔で寝ていた。
疲れていたのだろう。
決して寝心地が良いとは言えない枯れ葉を集めた即席の布団でも
今の彼女には十分なようだ。

ハヤテもまた眠くなってきた。
少しだけ、と思い目を閉じた。



何かが五感に触れてきた。
ハヤテは元々気配に気付きやすい性質(?)を持っている。
しかし疲れていたためかそれが少し鈍くなっていたのだろう。

近い、と思い、目を開いた時には一つの影が何かを振り上げていた。
避けなければ、思ったがうまく体が動かない。
腹に衝撃を感じた。

「っ!!」

激痛が走る。声が出せない。

起き上がろうとしたが起き上がれない。
ヒナギクに注意するよう呼びかけたかったが
口から出るのは呻き声だけだ。

「お前はそこで俺たちがこの女を殺るところを黙って見てろ」

ハヤテはヒナギクの方に目を向けた。
彼女は複数の男に取り押さえられていた。
その眼は当然であるが、彼女にしては珍しく、怯えている。

「よぉ、久しぶりだな綾崎ハヤテ」

この声は!とハヤテはその男を見つめた。
その男は最初に会った時と同じ下卑た笑みを浮かべていた。

そう、甲府に行く途中で襲ってきた、
そしてハヤテが黒影から渡された金を与えた男だったのだ。

「俺はお前みたいに綺麗事を言う奴が大嫌いなんだよ」

怒りが湧き上がるのを感じていた。
騙し討ちしてきたこの男にだろうか。それとも騙された自分自身になのか。
とにかく許せない。だが体は動かない。

このまま死ぬのかだろうか。
ナギの顔が浮かぶ。
マリアやヒナギク、歩やアテネの顔も。
今までお世話になってきた人々の顔が次々と浮かんでは消えていく。
自分は走馬灯を見ているのだろうか。

そんなわけにはいかない。
目の前の女の子を助けずに死にたくない。
死んではならない、と体が言っている。

立ち上がろうとした。
でも出来ない。

ハヤテは自分の意識が意志に反して遠のいていくのを感じた。

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第七話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.12 )
日時: 2013/03/04 18:33
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、第八話です。
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 第八話 神医


「どうして止めるんですか!?」

ハヤテが賊徒に刺された。
壮馬はその時点で助けに入ろうとしたが絢奈に肩を掴まれ、引き寄せられた。
絢奈は壮馬の眼をじっと見つめてくる。
不謹慎にも自分の顔が赤くなるのを感じ、眼を逸らした。

「落ち着きなさい、壮馬」

「で、でも!」

「まだ綾崎の気が消えてないでしょ?」

確かにハヤテの気は消えていない。
むしろ……強くなっていた。

「まさかあの状態に……?」

賊徒の叫ぶ声が聞こえた。



ヒナギクは四人の男に押さえつけられていて身動きが出来ない状態だった。
口も押さえられているため声を出すことも出来ない。
何が起きているのかさっぱり理解できないが、自分の身が危険であることは分かった。
ハヤテはどうしたのだろうか。
まさか、もう。嫌な予感が頭を過ぎったときハヤテの姿が見えた。
安心しかけたが、ハヤテの腹部から血を流れているのが見える。

「うわ!こいつ、すげぇ馬鹿力だぜ!?」

普段ならば、馬鹿力で悪かったわね、などと皮肉の一つでも返すかもしれないが
この時のヒナギクにはそんな言葉も思い浮かばなかった。
また大切な人がいなくなってしまう。
その想いが恐怖の波となって押し寄せてきた。
だが、四人の男に抑えられていてはさすがのヒナギクでも動けなかった。
しばらく抵抗を続けたが、男の一人に腹に拳を叩き込まれた。
その衝撃で口を押さえていた手は外れたが
息が詰まり、意識が飛びかけた。
もう一発、と男が拳を振り上げているのが見えた。

これは、まずい。
おぼろげだが面影を覚えている両親、姉の雪路、養父母、
生徒会、学校の皆、親友の歩、そしてハヤテの顔が思い浮かぶ。
死にたくない。まだ想いも伝えてないのに。


『言ってくれれば助けに行きますよ』

記憶の中のハヤテが笑いかけてくるのが浮かんだ。

「ハヤテ君!」

ヒナギクは、微かに聞こえる程度の声だったが、
それでも出せる限り精一杯の力を振り絞って声を上げた。
助けを期待した訳ではない。
でも、呼ばずにはいられなかった。
その声と共に男達にどよめきが走る。




ハヤテが立ち上がっていた。

「おいおい、しっかり殺しとけって言っただろ?」

「絶望感を与えてから殺したかったんだよ」

ハヤテは無言で剣を鞘から抜き放った。
刀身の見えた剣が束の間光を放つ。
暫く唖然としていた男だったが、
相手が瀕死状態であることを確認し、再び下卑た笑みを見せて、槍を手に取った。
そして動くことが精一杯であるはずのハヤテに向ける。
だが、ハヤテの動きは瀕死状態の人間のそれではなかった。
突きかかってきた槍をかわし、稲妻のような速さで男に近づき剣を一閃。
男はどさりと音を立てて倒れた。

呼吸にして約二拍。呆然としていた男達が、何とか気を取り直したようだ。
ヒナギクを押さえつけていた男のうち二人が叫び声を上げながらハヤテに向かっていく。
だが、彼らは瞬時に斬り倒された。

「ば、化け物だ!!」

ヒナギクを押さえつけていた二人の男が逃げ始める。
ハヤテがその後を追い、一人斬り倒した。
もう一人は何とか逃げ延びたようだ。

「は……ハヤテ君?」

ヒナギクは何とか起き上がりハヤテに声をかける。
ハヤテは虚ろな目をしてヒナギクを見つめていた。

「怪我の治療を……!?」

みしっ、という鈍い音が聞こえた。
それからハヤテは、ゆっくり崩れ落ちるようにして倒れてしまう。
後ろには人影があった。

「ハヤテ君!」

ヒナギクは後ろの人影に警戒しながら、ハヤテに声をかけた。
さっきの奴らの仲間か、と思った。
ヒナギクは白桜を構える。

「落ち着いてください、桂殿」

「……え?」

ハヤテの後ろにいたのは

「壮馬さん?」

「私もいるけどね」

「絢奈さん!?どうして?」

壮馬、絢奈の二人であった。
壮馬は細くて長い丸太のようなものを持っている。
おそらくそれでハヤテを殴ったのだろう。

「どうしてハヤテ君を殴ったの!」

ヒナギクは怒りの声を上げたが、
壮馬の声は落ち着いていた。

「あのままだと綾崎殿が死んでしまいますので」

若干の矛盾を感じつつもヒナギクはハヤテの状態を思い出す。

「そうよ!早く病院に連れて行かないと……!」

「問題ないわよ」

「え?」

「医者ならもういるから。でしょ、壮馬?」

壮馬はにこりと笑った。

「任せてください。神医壮馬に任せれば死人でも蘇ると言われていますからね」

「神医?」

「壮馬のあだ名よ。
 馬鹿だけど、そこら辺の医者よりもずっと腕は良いわよ?」

「馬鹿は余計ですよ」

とにかく任せる他なかった。




壮馬はハヤテの傷を見つめた。
傷は短刀による刺し傷。幸い臓器には達してないが出血は多い。

あの時のことを思い出すな、と思った。
自分が『神医』と呼ばれ始めた時のことである。


壮馬は元々群馬領前橋の医者の家の生まれである。
幼き頃より親に医術を叩き込まれ、医師になるように育てられた。
しかし、壮馬は何か満ち足りないものを感じていた。

十二歳の時、わずか十三歳の少年が、軍神とまで称された宇佐美天竜を討ち取ったという
知らせが各地に届いた。
十三歳と言えば、自分とほとんど変わらない。
壮馬の心は奮えた。

その時から壮馬は武術を習い始めた。
幸い生活は裕福だったため、武術の師匠を雇ってもらうのは容易いことだった。
才能はあったらしく、様々な武器を遣うことが出来るようになったが、その中でも得意なのは剣だった。
十四歳の時には雇われた師匠を倒すほどの腕になっていた。

自分は強くなった。そう思った時から親と対立した。
軍に入りたい、と言ったのだ。当然親からは反対された。
一昼夜口論を続け、両親を説得することを諦めた壮馬は家を飛び出した。

それから一年間流れ歩き、東京に辿り着いた。
壮馬が十五歳の時である。
近衛軍に入隊を志願した。
剣の腕を見せるとすぐに百名を率いる将校に任じられた。

近衛軍は惰弱だった。
訓練が甘すぎるのだ。
少なくとも自分の配下だけはと思い、訓練をさせたが
鬱々としたものが溜まっていた。

黒影が現れたのはそんな時である。
彼は各地で数々の武功を挙げ、帝に鴎国との最前線である静岡領を任されることになっていた。
その任命の式のために東京に訪れていたのだ。

一方、壮馬は近衛軍の合同訓練をしていた。
兵五千で二隊に分かれ、いかに隊形を崩されず相手の隊形を崩すかという訓練である。
その時、壮馬は配下の百を率いて先頭で相手に突っ込んだ。
相手の隊形は崩れ、壮馬はそのまま先頭で相手の大将だった男を叩き落した。

その訓練の後に黒影に呼ばれたのだ。
自分の麾下にならないか、と言われた。
願っても無いことだった。
壮馬にとって軍神宇佐美天竜を討ち取った漆黒竜黒影は憧れでもあったからだ。

その後、壮馬は黒影に従い各地で転戦した。
黒影にも認められ、一万を率いる部将になったのだ。



一年前、鴎軍二万が攻めてきた時だった。
壮馬は三千の兵を率いて黒影に従い、総勢一万二千の軍で敵に殲滅に近い犠牲を与えた。

戦の後、配下の一人が泣いているのを見て、声をかけた。

「どうしたんですか?」

兵は泣きながら答えた。

「今までずっと一緒に戦ってきた仲間が矢を受けて死にそうなんです」

戦自体は圧勝だったので流れ矢に当たったのだろう。

「その人は生きているんですね?だったら見せてください」

彼は驚いたような表情を見せたが、すぐに頷き、怪我を負った兵のところへ案内した。
矢が腹に突き立っていた。兵は呻き声を上げるだけで何の反応も見せない。
様子を見て取った壮馬は兵に告げた。

「まずは矢を抜きます。血が大量に出ると思いますけど
 それをうまく止めることが出来れば、きっと助かりますよ」

泣いていた兵は弾かれたように俯いていた顔を上げた。

「ほ、本当ですか!?」

「絶対、とは言えませんが、全力は尽くします」

なんとか血止めはうまくいき、その兵は助かった。
それからだった。『神医』壮馬に任せれば死人でさえ蘇ると言われ始めたのは。
もちろん死人でも生き返せるはずはないのだが。

そこで余計な思考を切り、壮馬は目の前の患者に集中した。




壮馬の手が尋常ではないほど素早く動いている。
現代の外科医でもそうはいない、というほどである。
ヒナギクは唖然とした表情でそれを見ていた。

「すごいでしょ?」

何故か絢奈が自慢気に言っている。
壮馬も同じことを思ったようだ。

「何で絢奈殿が得意そうなんですか?」

喋っている間でも壮馬の手は動き続けていた。
絢奈は途端に仏頂面になる。

「別に。壮馬は元々医者の家系でね。
 医術の才能はあるのに軍なんかに入った間抜けよ」

「間抜けとは何ですか、間抜けとは……」

「ほら、グダグダ言ってないでさっさと治療しなさい!」

何だか緊張感ないわね、と思いながらヒナギクは自分も
安堵してきていることに気がついた。
二人は気を使ってくれたのかもしれない。

三十分ほど経った後、壮馬の手の動きが止まった。

「終わったの?」

「ええ、無事に」

ヒナギクはほっとして崩れ落ちた。

「良かった……」

「まぁしばらく安静にしてもらわなければいけませんが」

「そうね」

ヒナギクがハヤテの顔を覗き込むと、
ハヤテは穏やかな表情をしていた。

「ありがとう、壮馬さん」

「いえ!大したことはしてないんで!」

顔が赤くなっているような気がしたがどうしたのだろうか?
壮馬は慌ててヒナギクから離れていった。
そんな壮馬の様子を絢奈はじっと見つめていたが、ふと何かを思いついたように立ち上がり、
先程壮馬がハヤテを殴り倒した際に使用していた丸太を手に取って、後ろに回りこんだ。

「じゃ、壮馬」

「はい?」

壮馬は絢奈に呼びかけられ振り向いた。
そこには丸太を振り上げた絢奈がいる。
絢奈は軽く笑みを浮かべ……それを一気に振り下ろした。

「げぶほっ!」

壮馬は頭を打たれ、棒のように倒れてしまった……。

「……な、何殴ってるのよ!?」

あまりにも酷すぎる暴挙にヒナギクは困惑する。

「え?だって危険じゃない。襲われたらどうするの?」

さも当然のように答える絢奈。

「……」

「さ、寝るわよ?」

「……」

絶対楽しんでましたよね?とは言えないヒナギクだった。

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プロフィール

名前 倉敷 壮馬(クラシキソウマ)
年齢 18歳
誕生日 7月23日
血液型 この世界ではないんじゃないですか?
家族構成 父
     母
身長 157cm(以前は174cmありました)
体重 45kg
好き・得意 絢奈・医術
嫌い・苦手 虫・陸斗
所属 神崎軍
役割 歩兵指揮官

元近衛軍所属。実家は医者で、幼い時から医術を習い、『神医』と称されるほど腕が良い。
医術自体は本人も嫌いではないのだが、医師にしようとする両親をうるさがり軍に入った。
言動や顔からは想像もできないが、剣では彼に勝る者はなく(絢奈を除く。本人曰く本気を出せないらしい)
現在、黒影の片腕。武器は斬魔刀という名の刀を遣う。

賊討伐戦の時に絢奈に一目ぼれ。
それ以来、本人は隠しているつもりだが、
他の者にはバレバレで、よくからかわれる。(特に陸斗)
童顔で身長が低いため、実際の年齢より下に見られることが多く、結構気にしている。
陸斗とは犬猿の仲であり、彼曰く『軽薄そうな所が許せない』らしい。

壮馬の身長は縮みました♪

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それではまた。

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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.13 )
日時: 2013/03/04 18:37
名前: 絶影

どうも、絶影です。
それでは第九話です。
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 第九話 任務を放棄することが最善策だとしよう、ただし「覚悟」という言葉の意味が、解っていればの話だ


夜が明け、陽の光がヒナギク達を照らし出す。
ヒナギクは伸びをし、それからハヤテを見つめた。
まだ起きてはいないようだ。

周りを見渡すと壮馬は殴られて崩れ落ちたままの状態で倒れており、
絢奈はもうすでに起きていた。

「起きたの?おはよう」

「お、おはよう、ございます」

絢奈が声をかけてきたので、ヒナギクはどもりながらも挨拶を返した。

「壮馬の馬鹿も起こさないとね」

転がっている壮馬に近づき、軽く笑うと、
絢奈は壮馬の頬をびしびし引っ叩いた。

「ほら起きなさい、壮馬!」

「痛っ!痛いですって絢奈殿!」

壮馬がよろよろと起き上がった。
顔が赤く膨れ上がっている。

「いつも起こしてもらってしまってすみません。
 ここ三日四日いつの間にか寝ちゃっているんですよね〜」

壮馬はさも不思議そうに首を傾げている。
言葉から察するに、この四日間あのような感じで寝かしつけられていたようだ。
本当に覚えていないのだろうか。

「ふ〜ん。疲れてるんじゃない?」

絢奈は事も無げに言う。

「それに頭も痛くて……って、うわ!何か腫れ上がってるし!」

壮馬は腫れ上がっている頭に触れ、飛び上がった。
うん、本当に覚えていないのだろう、ヒナギクは確信した。

「寝てる時にどっかに頭ぶつけたんじゃない?」

「そうですか?そんなに寝相は悪くないはずなのになぁ〜」

頭をさすりながら壮馬は納得したようだ。
ちなみに周りには頭をぶつけて腫れ上がるものなど何一つとして、ない。

「……」

ヒナギクはただひたすら黙っていた。




「う……?」

「ハヤテ君!」

ハヤテが起き上がりかけた。
 
「あれ?ヒナギクさん?ここは……?」

「ハヤテ君!」

「うわ!痛たたた……」

ヒナギクはそんなハヤテに飛びつき、抱きしめる。
壮馬が慌てて間に入ってヒナギクをハヤテから引き離した。

「怪我に響きますから!」

「ごめんなさい……」

ヒナギクはしゅん、となってしまう。
ハヤテは困惑していたが、思い出したように問いかけた。

「どうしてお二人はここに?
 それに僕は刺されて……」

「そう。あんたは一回死んだのよ」

絢奈が落ち着いた口調でハヤテに告げた。

「死んだ?」

ハヤテは、いやいや僕生きてますよね?とばかりに自分の体を見ている。

「まぁ死んだっていうのは言いすぎですよ、絢奈殿。
 ほら、火事場の馬鹿力っていうのがあるじゃないですか」

ヒナギクはハヤテと共に壮馬の説明に耳を傾けた。

「綾崎殿はあいつらに刺されてその状態になったんですよ」

壮馬はその状態を死域と言った。
その域に入ると、どれほど激しく動いても、苦しくなく、思った通りに体が動き、
一時間位で動くのをやめれば、普通の状態のままだが、
二時間以上動き続けると間違いなく死んでしまうという状態なのだという。

「じゃああの時ハヤテ君を殴り倒したのは……?」

「あのままの状態で放っておいたら綾崎殿は死んでしまいましたから。
 あの状態は死んではいませんが死んでいる状態とも言えますからね」

訳の分からないことを言われているような気がした。
死にかければ分かるものなのだろうか?

だが、壮馬はその状態になることこそが武術の極みの一つでもあると言った。
その状態になるには強固な意志の力が必要ならしい。

「ところで……あの人たちはお二人が倒してくれたんですか?」

言葉から察するにハヤテにはその死域という状態の時の記憶がないようだ。

ヒナギクは言うべきか迷った。
だが絢奈はお構いなしに口を開く。

「何言ってんの?あんたが殺したのよ」

「……え?……僕……が?」

ハヤテの顔は衝撃で歪んでいる。
壮馬がとりなすように絢奈に向かって言った。

「絢奈殿。何と言うか、もう少し柔らかい表現を……」

「うるさいわね。黒影だって元々そのつもりで送り出したんだし、
 今更何言っているのよ」

「「え?」」

絢奈が次に言ったのは驚くべき言葉だった。

「黒影はあんた達に盗賊を殺させるためにこんな旅なんてさせたのよ」






「だいたい多すぎるとは思わなかった?あの路銀」

「で、でも……」

戸惑うハヤテに絢奈は黒影の真の目的を淡々と告げる。

「あれだけの金を持っていたら、たとえ武器を持っていたとしても盗賊の馬鹿共は襲ってくるわよ。
 私達に与えられた任務はあんた達がしっかり殺してくるかどうかの見届け、
 もしくは本当に殺されそうになった時に助けに入ること。そうでしょ、壮馬?」

「……ええ、まぁ……」

壮馬の方は言い難そうに答えていた。
ヒナギクはハヤテの方を見る。
ハヤテの顔はショックと自分の犯してしまった罪によってなのか歪んでいた。
同時にヒナギクの中では激しく、抑えようのない怒りが湧き上がった。

許さない。今のヒナギクの中にあるのはそれだけだった。


四人は二日後、静岡に着いた。
ナギ達が出迎えてきたがヒナギクは軽く挨拶しただけで黒影がいるという大広間に向かった。
ハヤテ達がついてくる気配がする。
だが、ヒナギクは足を止めなかった。

黒影。居た。琉海と話している。
こちらの姿を認めると立ち上がり、近寄ってきた。

「ご苦労だったな」

冷たい笑みを浮かべている。
ヒナギクは白桜を取り出し、突きつけた。
琉海が慌てて黒影の前に出てくる。

「下がってろ」

黒影が琉海を制して前に出てきた。
ヒナギクは黒影に向かって剣を振り上げた。

「ヒナギクさん!」

ハヤテの叫ぶ声。
ナギ達の息を飲む気配を感じた。

ヒナギクは剣を……




振り下ろせなかった。

「どうして……?」

「何がだ?」

黒影の声は落ち着いていた。

「どうして避けようともしないのよ!」

そう、黒影はヒナギクが今にも剣を振り下ろそうとしているにも関わらず
腕一本、いや表情一つ動かそうとしなかった。

気がつくとヒナギクの眼からは涙が溢れていた。
それを見て、黒影は苦笑する。

「もう既に無かったはずの命だから、とも言えるが……
 お前が私を殺すことはない、と分かっていたからだな」

涙を流したままヒナギクは殺気を込めた眼で黒影を睨んだ。

「あなたのせいでハヤテ君が死にかけた。
 そして人を……。
 私はあなたを絶対に許さない!」

もう一度ヒナギクは剣を振り上げた。
だが、黒影はまたしても表情一つ変えない。

しばらくするとヒナギクの手からガランと音を立て、白桜は床に落ちた。

「どんなに激情に駆られようとも、今のお前には覚悟がない」

黒影はヒナギクにそう告げ、ハヤテをちらっと見た。

「銀髪にはその覚悟があった。
 誰かを守るためなら自分の命ですら厭わないという覚悟が。
 死ぬ覚悟があるから相手も殺せるんだ。……少なくとも私達はそうだ」

ヒナギクは俯いた。
確かに自分には死ぬ覚悟も殺す覚悟もない。が、納得できないものがある。

「どうして私達にこんなことをさせたの?」

「お前達がどんな平和なところにいたのかは知らないが、ここで生きていく以上
 やらなければやられるということをわからせただけさ。
 それにお前は銀髪のしたことを気にしているがそれがなんだというのだ?」

「人を殺すなんて絶対にしてはいけないことよ!」

ヒナギクは顔を上げ、再び黒影を睨み付けて言い返した。
黒影は溜め息をついて、頷くだけだった。

「だがそれによって銀髪が穢れたと思うか?」

「え……?」

予想外の言葉にヒナギクは黙り込んだ。
確かにハヤテは以前のままの優しいハヤテだった。
精神が崩壊した訳でも、殺人鬼のようになってしまった訳でもない。
自分のしたことを悔やんでこそいるがハヤテ自体は何も変わっていない。
自分が好きなハヤテのままだ。

ヒナギクが何も言わなくなったのを見て、黒影は今度はハヤテに向かって問いかけた。

「それで?麾下に入る気にはなったか?」

ハヤテは無表情だった。
ハヤテにだって黒影に対する怒りはあるはずだ、とヒナギクは思った。

「すみませんが、お断りします」

黒影はまた苦笑する。

「それは残念だな。今日は泊めてやるが、明日には全員出て行ってもらう。いいな?」

黒影はそう言うと大広間から出て行った。
後に残ったのは静寂と自分の心の奥にある訳の分からない感情だけだった。





夜、ハヤテは起き出した。
何となく眠れなかったのだ。
すると、隣で寝ているはずの壮馬の声が聞こえた。

「う……首は……絞めないで……ください……絢奈ど……の」

「……」

寝言のようだ。
一体何の夢を見ているのだろうか?
壮馬はさらに、ああ……腕が……。と苦しそうに呻いていた。
何にしてもこれ以上壮馬の寝言を聞いているのはどこか、辛い。

外に出てみようか、と思った。
ずっと闇の中にいたせいか、辺りがよく見える。

外に通じる扉を開けようとした時、いきなり誰かに声をかけられた。

「どうしたんだ、こんな夜更けに?」

「!?」

後ろに立っていたのは黒影だった。
全く、と言っていいほど気配を感じなかった。

「ちょっと、眠れなくて」

「ならば少し話さないか?」

断る理由は特になかった。

館の門までは行かず、木が何本かまばらにあるだけの庭で黒影は立ち止まった。
彼はまたあの冷たい笑みを浮かべる。

「人を殺した気分はどうだ?」

無神経なのだろうか。
それともあえて神経を逆撫でしているのだろうか。
ハヤテは思ったことだけを言った。

「特に覚えていないんですよ」

自分は人を殺めてしまったらしい。が、記憶にないため実感は沸いていなかった。
そんなハヤテの眼を黒影はじっと見つめてきた。

「私を恨んでいるか?」

「ええ」

同意すると黒影は苦笑しだした。

「まぁいい。私はお前に好かれるために生きているのではないしな」

ハヤテはその言葉の中に自嘲にも似た響きがあるのを感じ取った。

「一つ、聞いて良いですか?」

「何だ?」

実はハヤテは黒影に対して一点でしか怨んでいなかった。

それは……

「どうしてあなたはヒナギクさんと一緒に行かせたんですか?」

そう、ヒナギクを連れて行かせた、その一点だけだった。
命を危険に晒されたことなどは、もう過ぎてしまっていることであるし、
人を殺めたことは記憶に残っていないので怨みようがない。

しかし、自分はともかく何故ヒナギクを一緒に行かせたのか。
黒影が実際に用があったのは自分だけだったはずなのに、だ。

「お前だけが行ったら帰って来ない気がしたから、かな」

黒影は自分がナギ達を見捨てて一人で逃げるとでも思っていたのだろうか。
ハヤテは若干の怒気を含ませた声で答えた。

「僕は帰ってきましたよ」

「そういう意味ではない。あの赤毛がいなかったらお前はたぶん死んでいただろう、ということだ」

「……?」

ハヤテはぼんやりとあの状態(壮馬曰く死域)になったときのことを思い出した。
確かあの状態になるには強固な意志の力が必要だと言っていた。
そしてあの時の自分の想いは?
ヒナギクを助けたい。それではなかったか?

「どうしてそう思うんですか?」

「一回死を覚悟すると再び追い詰められた時に自分のために生きようとは思わなくなる、と言えばわかるか?」

それは衝動的な自殺願望ではないものだ、と黒影は付け加える。

ハヤテには何となくわかった。
自分はナギに拾ってもらわなければ死んでいた身であるからだ。
実際死を覚悟したし、もう失くした命だと思って、ナギのために命をかけることができる。

それより何故黒影は自分が死にかけたことがあると分かるのだろうか。
それを聞くと、何となくだ、と一蹴されてしまった。

「あなたも死にかけたことがあるんですか?」

ハヤテは先程ヒナギクが斬りかかった時に黒影が言った言葉を思い出しながら言った。

「そうらしい。私は覚えていないが」

一度言葉を切り、黒影は同意を求めるような口調で言った。

「それにしても、お前と私は似ているとは思わないか?」

「……どこがですか?」

ハヤテにはさっぱり分からなかった。
自分は彼のように冷酷でも超然としているつもりもない。

「いや、正確には『執事』という仕事と『軍人』という仕事が、かな」

ナギ達に自分が執事であることを聞いたのだろう。

「そうですか?」

執事は主を守る仕事であり、軍人は敵を殺す仕事。
そうハヤテは思っていた。

「互いに主のために命を懸ける。違うか?」

ハヤテは妙に納得させられた。
それでも、と口を開く。

「僕は軍人にはなりませんよ?」

黒影はまた苦笑する。

「分かっている。だから勿体無いと思っているのだ。
 お前ならば有能な軍人になれるのにな」

そう言って黒影はまた笑った。
今までの冷たい笑みとは違い、少しの温かさが感じられる笑みだった。
思わず、言っていた。

「普段からそうやって笑ったらどうですか?」

「何……だと?」

黒影の表情に戸惑いが浮ぶ。

「だから、何でいつもそんな冷たい笑い方をするんですか?
 今みたいに笑った方が相手も安心――」

不意に黒影の体から殺気が放たれてくるのを感じた。
その威圧感にハヤテの足は竦んだ。
ハヤテの様子を見て、黒影は苦笑する。

「すまない」

「い、いえ。僕はその、提案を……」

「ああ。だが、もう……遅い」

消え入りそうな声だった。
何が遅いのかは気になったが、
容易く触れてはいけないような気がしたので聞くことは出来なかった。

黒影は暫く黙っていたが、ハヤテを見つめると軽く笑った。

「私のようになりたくなければ、あの赤毛を離すなよ?」

「え?」

「私がお前に言いたいことはそれだけだ。
 じゃあな、私はもう寝る」

「あ、お休みなさい……」

ハヤテは黒影が言った言葉の意味を考えたが、よく分からなかった。



翌朝


「おはようございます、ヒナギクさん」

「ハヤテ君?どうしたのこんな朝から?」


ヒナギクが起床し、顔を洗いに行くため、部屋から出るとそこにはハヤテの姿が。
ハヤテはヒナギクに笑いかけるとその手を掴んだ。

「い、いきなり何!?」

ヒナギクの顔はもう完熟トマトのように真っ赤だ。

「いえ、一晩考えたんですが……。これしか思いつかなくて」

「何の話よぉぉおおお!」




「そういう意味ではないのだがな」

陰で見ていた黒影は密かに呟いた。


その後、ナギに見つかり、こっぴどく怒られたらしい。

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第九話終了です。

それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.14 )
日時: 2013/03/04 18:40
名前: 絶影

どうも、絶影です。

疲れてきたぜ…!

それでは第十話です。
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 第十話 旧知


ハヤテ達は黒影に静岡の御前崎という地域の村に連れてこられた。
先日泊まった小さな村と同じくらいの規模の村で
黒影の古い知り合いが村長なのだという。

元々知らせが入っていたらしく、村長と思われる男性は家の前で立っていた。

「久しぶりだな、黒影」

「お久しぶりです、修一郎殿」

五十歳くらいの男性で、佐野修一郎という名前らしい。
修一郎はこちらに目を向けてきた。

「それで、この者達は?」

「この村で預かって貰おうと思っている者達です」

「ほう、何故だ?」

「行き場がないのですよ」

ハヤテは少し不思議な心持ちでその会話を聞いていた。
あの黒影が丁寧な言葉遣いをしている、という点からくるようだ。
何となく彼は相手がどんな人間であっても
あの冷たい笑みを浮かべて話すものだと思い込んでいた。

「そなた達の名は?」

それぞれに自己紹介をしたが、ヒナギクだけは何も言わなかった。
修一郎は首を傾げ、ヒナギクに声をかけた。

「そなたの名前は?」

ヒナギクはしばらくの間黙っていたが、ぶっきらぼうな声で答える。
一体どうしたのだろうか。
ハヤテがヒナギクの方を見ると、ヒナギクは束の間黒影の方を睨んだ様な気がした

修一郎もその視線に気付いたようで、黒影を呼び寄せた。
短い説明を受けた後、妙に納得したような顔をし、いきなり黒影の頭を拳で叩き付けた。

「!?」

困惑する一同を無視し、修一郎は言う。

「二人に謝れ」

「分かりました」

黒影はハヤテとヒナギクの方に向かって頭を下げる。

「すまなかった」

「え?あ、はい」

ハヤテは反応したが、ヒナギクはただ黒影を睨み付けるだけだった。

「私からも謝る。綾崎殿、桂殿。本当に申し訳ない」

修一郎も頭を下げながら謝ってきた。



謝られたところでどうしようもない。
ヒナギクはそう思う。
あの時は激しい炎となっていた怒りが、今は冷たい石のように固まり、
体の奥に積み重なっていくのを感じていた。

だが、あの修一郎が何かをしたわけではない、と思い直す。
だから修一郎に対してだけ、

「もう過ぎたことですから、気にしないでください」

と言った。

修一郎はほっとしたような顔をし、
この村についての説明を始めた。

村の外れには畑があり、そこでは今十数人の若者が土を耕していた。
自分達の仕事はそれを手伝うことらしい。
力のないナギなどは大変だろう。

説明を受け終わった後だった。

「それでは修一郎殿。私は帰ります」

「あ!黒影さん」

「何だ?」

ハヤテが黒影の前に行き、持っていた剣を差し出した。

「僕には必要の無いものですから」

「そうか」

黒影はハヤテから剣を受け取ると、修一郎に一礼し、馬に飛び乗った。
そのまま駆け去って行く。
ヒナギクはその様子を束の間睨み、目を背けた。

その様子をハヤテが見ていたような気がしたが気にしなかった。
だいたいハヤテは優しすぎるのだ、と思う。
あんなことをされたにも関わらず、
黒影に対して怒っているような気があまりしない。
一人だけ怒っている自分が馬鹿みたいではないか。

「今日はそなた達の歓迎するための宴を開こう」

この村の農民を全て集めるらしい。
ヒナギクは大して嬉しくもなく、自分の部屋だと言われたところに向かった。


部屋には簡素な服があった。
着替えろということなのだろう。

確かにこの数日、服を着替えていない。
風呂にも入っておらず、濡れた布で体を拭いただけだった。

制服を脱ぎ、その服に着替えようとしたまさにその時……

「あの、ヒナギクさ……」

ハヤテがヒナギクの部屋に入ってきた。

「……」

「……」

そのままの状態で固まる二人。
ヒナギクの今の状態って何でしたっけ……?



少女の悲鳴。そして凄まじい爆音(?)。
ハヤテは部屋から吹っ飛びそのまま昇天した。



「まったくハヤテ君は……!」

着替えが終わり、ヒナギクはハヤテを部屋に招き入れた。

「いい加減ノックというものを覚えなさい!」

「すみません……」

ハヤテは早くも土下座状態である。


「それで?どうかしたの?」

「いえ、ヒナギクさんの様子がおかしかったので……」

ヒナギクはその言葉を受け、顔を曇らせる。
しばらく経った後、ヒナギクは問いかけた。

「どうして?」

「何がですか?」

ハヤテはさも不思議そうに尋ね返す。

「どうしてあの人と普通に話せるのよ!」

気がついたら怒鳴っていた。
だが、いくら御人好しだからといっても、殺されかけたのだ。
それに対する怒りはあっていいはずだ、と思った。

ハヤテはヒナギクの剣幕に戸惑いながらも答える。

「今さらしょうがないじゃないですか。
 もう過ぎてしまったことですし」

「でもハヤテ君は人を……」

殺してしまった、とは言えなかった。
ハヤテは頭を掻きながら苦笑する。

「実を言うとよく覚えていないんですよね。
 それに僕、嬉しかったんですよ?」

「え?」

「ヒナギクさんは僕がその……人を殺めてしまうところを見ていた訳ですよね?
 それなのに僕に普通に接してくれて、心配してくれて。
 本当にヒナギクさんには感謝しています」

そんなことを考えたこともなかった。
だが、自覚した今でも自分のハヤテに対する接し方も好意も変わらない、と思った。

「当たり前じゃない」

「え?」

「ハヤテ君はハヤテ君なんだから」



見つめ合う二人の耳にナギの声が聞こえた。
どうやら自分達を呼んでいるようだ。

「行きましょうか、ヒナギクさん」

「そうね」

ハヤテ達が駆けつけるとナギが腕を組みながら立っていた。

「おお、ハヤテにヒナギク。一体どこにいたのだ?」

「ちょっとね」

ヒナギクはそう答え、少し微笑む。
ナギは少し不機嫌そうな顔になったが特に何も言わなかった。


気がつくと修一郎が傍にいて、ハヤテ達の紹介を集まった人々にしていた。


それから宴が始まった。
暫く経って、ハヤテの元に志織が現れた。

「この後、私の部屋に集まってくれる?」

「え?あ、はい。分かりました」

一体何の話をされるのだろう。
疑問に思ったが、修一郎が話しかけてきたので考え込むことは出来なかった。

「綾崎殿、それに桂殿。少し話があるのだが」

「何ですか?」

修一郎はハヤテの傍にいたナギの方を見て、言った。

「すまないが三千院殿。少しあちらに行っていてくれないか?」

ナギはあからさまに嫌そうな顔をした。
眉間に皺が寄っているのがはっきりと分かる。

「何でだ?」

「聞かれたくない話だからだ」

修一郎の有無を言わさぬ口調にナギは暫く黙っていたが、俯いた。

「わかったよ」

「すまないな」

ナギはマリアの方に向かって歩いていった。


「それで?一体何なんですか?」

ハヤテは問いかけた。
ナギに聞かれたくない話とは一体何なのか。
いや、だいたいの予想はついていたのだが。

「黒影のことだ」

思ったとおりだ、と思う。

「それがどうかしたんですか?」

「私はあいつを小さい頃から知っている。
 決して悪い奴ではないのだ」

「ええそうでしょうね。私たちに現実を教えるために人殺しをさせるような人ですもの。
 そりゃいい人でしょうね」

横からヒナギクの皮肉めいた声が発せられた。
さらにそれが続けられる。

「別に私は気にしてないですよ。
 もう会うことなんてないですから」

あからさまに敵意を見せるヒナギクを見て、
修一郎は戸惑ったようだ。

「そうだな。すまない」

修一郎は頭を垂れ、ふらふらとその場を去って行った。

「ヒナギクさ――「ハヤテ君」え?」

ハヤテの言葉を遮り、ヒナギクは告げる。

「私は誰が何と言おうとあの人だけは許すつもりはないから。
 それだけは覚えておいて」

ヒナギクが去った後、ハヤテはポツリと呟いた。

「……僕のせい、なのかな?」

おそらく100人中100人が黒影が悪いと答える中ハヤテは悩んだ。
自分がもっと強ければ、油断していなければ
黒影の思惑通り人を殺してしまうことなどなかっただろう。
こう考えてしまうハヤテにはヒナギクが純粋に黒影だけを憎んでいる
状況に戸惑いを覚えてしまっていた。






「どうしたんですか、ナギ?」

マリアの少し気遣うような声が聞こえた。
ナギはそれには返事をせず、ただ考え込んでいた。
あの二人はおかしい。
きっと何かあったに違いない。

ヒナギクは何故帰ってきたときに黒影に剣を突きつけたのか。
それにさっき何故黒影は二人に謝ったのか。

あのただ手紙を渡すというだけの旅で二人に何があったのか。
もしや良からぬことを……

『ひ、ヒナギクさん。僕はもう……』

『ハヤテ君、あなたにはナギという恋人が……』

いや、ハヤテならば逆かもしれない。

『待ってください、ヒナギクさん。僕はお嬢さまを裏切ることなんて……』

『うふふハヤテ君♪に・が・さ・な・い・わ・よ♪』

ナギの頭からは湯気が立ち上っていた。
マリアが驚いたような声を上げていたがそんなこと、何の関係があろうか。
とにかくハヤテに問いたださなくては。
ナギはそう思い、駆け出そうとした――。




あれ、体が思ったように動かない?
何だここは、無重力か?

気がつくとナギは倒れていた。

「ナギ!」

場が騒然としていた。
皆、倒れた自分を見ている。

ハヤテが駆け寄ってくるような気がした。

「大丈夫ですか!お嬢さま!?」

体が浮くのを感じた。
ハヤテに抱き抱えられているのだ、と思ったとき、ナギは目を閉じた。




「えっと?原因は何だったんですか?」

「おそらく疲れじゃないかと。理由は良く分かりませんが急激に体温が上がったためでしょうね。
 心配は要りませんよ。では俺はこれで」

「ありがとうございます、壮馬さん」

丁度巡回中だった壮馬にナギを診てもらったのだ。
特に何でもなかったようなのでハヤテはホッと息をついた。

額に濡れた布を変えるとナギが少し動いたような気がした。
どうやら目が覚めたらしい。

「大丈夫ですか?お嬢さま?」

ハヤテが声をかけるとナギは頷いた。

「ああ。他の者たちは?」

ハヤテが答えようとすると、声が聞こえた。

「ここにいるよ〜♪」

「大丈夫ですか、ナギ?」

「まったく。疲れてるならそう言いなさいよ?」

志織、マリア、ヒナギクの三人である。
ナギの部屋の前にいたらしい。

「本当は私の部屋で話そうかと思ったんだけど
 三千院さんが倒れてしまったからね」

「そういえば何の話をするつもりだったんですか?」

ハヤテの問いに、志織は普段見せたことがないような真剣な顔になった。

「うん。この世界についての話だよ」

一同は頷き、それぞれの場所に座った。

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第十話終了です。
それでは、また。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.15 )
日時: 2013/03/04 19:13
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、十一話です。
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 第十一話 『世界』についての構想


「まだ仮定に過ぎないんだけど、私が想像するにこの世界は
 どんな世界なのか、三つの可能性があると思うんだよ」

「三つの可能性?」

「そう。まず第一に『過去』という可能性。
 この時代の生活状況、そして武器を見る限り
 ここは鎌倉時代から室町時代にかけての時代に思えるよね?」

家もちゃんと作られているので結構進んでいる文明と言えるが、
まだ鉄砲などは作られていない。
こういう点から見ると、織田信長の鉄砲隊、もっと詳しく言えば
1543年で種子島に鉄砲が渡って来る前ということだろう。

「でもそれならおかしな点がありますよ?」

ヒナギクが口を挟んだ。
ハヤテも同意する。

「そうですよ。僕達が手紙を渡しに言った時に黒影さんから貰った地図が
 現代の地図と同じ地名でしたから」

「え?あれって昔の地名を調べるのが面倒だとかいう作者の怠慢じゃないのか?」

「ちょっとナギ。今は作者なんて言ってる場合じゃないでしょう?」

「う……。すまない」

マリアの冷静な突っ込みにナギは申し訳無さそうな顔になった。

注)ちなみにこれは怠慢などではありません!ちゃんとした理由があるのです!


「え〜と……。次の可能性について話していいかな?」

志織が気遣わしげに尋ねた。
ハヤテ達は頷く。

「次に『未来』という可能性だよ」

「でもそれだと……」

「うん。それだと文明が退化している、ということになるよね?」

電気製品もないという世界。ありえなくはないが、未来だとはとても思えない。

「それで、三つ目の可能性。君達は今の科学者達が
 未来でタイムマシンが造られていないとする根拠を知ってる?」

「?」

この牧村志織という天才科学者は実際にタイムマシンを造ったはずなのに何故こんなことを言うのか、
それが四人には分からなかった。

「そもそも未来からの時間旅行者がいないのが、
 現在から過去に向かうタイムマシンが存在できない証拠、ということだよ」

理論上は分かる。アニメや漫画のようにあのタヌキ型ロボットが未来から来て、
ヤッホーとかやっているのを、いまだかつて見たことはない。
だから未来でもタイムマシンは作られていない、と分かる。
(ハヤテ自身は過去に行ってナギを助けたりしているがそこはスルーで)

「でも先生は造っちゃいましたよね?」

「確かに造ったよ。でも、「未来人が旅行している世界」と、
 現在の「未来人が旅行していない世界」が別々の宇宙に存在していると考えれば、
 矛盾は起きないんじゃないかな?」

この宇宙にはいくつもの世界(パラレルワールドのようなもの)があり、
ハヤテ達が存在していた世界をAとしてみよう。
そして志織の造ったタイムマシンによってハヤテ達はAの世界の過去に行くつもりだったのだが
故障のせいなのか、それとも違う理由なのか、それは分からないが
Bの世界のどこかの時代に行ってしまったというところらしい。

「まるで『JIN-○』だな」

「えっとお嬢さま?何気なく伏字にする気ありませんよね?」

「文句なら作者に言ってくれ。あの戦国時代に行ってしまった現代の医師の話(ちなみにドラマ版)だよ」

「えっと。つまり私達はパラレルワールドに来てしまったということなのかしら?」

ハヤテやナギの作者云々の話に呆れたヒナギクがこれまでの志織の話をまとめるように言った。

「そうなんじゃないかと」

志織は自信の無さそうな声で呟く。
まぁそうだろう。時間旅行をするつもりが
どこかのリアルな鬼ごっこ(こっちは映画版)みたいなことになっているのだ。
まぁ完全な同一人物は出てないけど。

「どっちにしろタイムマシンを直さなきゃ動きようがないってことだろ?」

ナギがまとめるように言うと志織は頷いた。

どちらにしろタイムマシンを直さないといけないことには
変わりないという結論に達したハヤテ達だった。




巡回していた壮馬が帰ってきた。
壮馬は黒影の部屋の前で一礼し、入ってきた。

「異常はありませんでしたよ」

「奴らはどうしていた?」

壮馬が答えてこない。
黒影は顔を上げた。

「どうした、壮馬?」

「そんなに綾崎殿が気になるんですか?」

不満、というより疑問に満ちた顔をしていた。
黒影は軽く鼻で笑った。

「お前なら、わかるだろ?俺にはもっと力が必要だ。
 この乱世を終わらせるために」

この国は鴎国に占領されていたはずだった。
そうすれば、いやそうなっていた方が民にとっては幸せだったのかもしれない。
いつまでも戦が続くことはなく、たとえ鴎国の支配下にあっても民は平和に暮らせたはずなのだ。
だが、それを止めたのは間違いなく自分だった。
だから自分は鴎国を倒す。戦をこの国から無くすために。
そのためには今の力だけでは足りない。
ハヤテを引き入れるのもその一環である、と思っていた。
心の奥にあるもう一つ別の感情については敢えて無視をすることにして。

「もういい。俺は奴を引き入れるのは諦めた。
 どこか一つを吹っ切らせればこちら側に来る気がしたが、
 俺はその一つを間違えたようだ」

「なら良いんですが」

壮馬は再び一礼し、退出した。

その後、黒影は地図を見つめた。
鴎国の動きが活発化している。
一年前、鴎軍三万を壊滅させてからほとんど動きがなかったが、
どうやら力を取り戻してきたらしい。

今は二、三千の兵が国境を侵してくるぐらいだが、
そのうち大軍が来るだろう。

分かっていることは自分の軍が先鋒であること。
そしてまともに戦えるのは日野吾郎の軍、そして埼玉の領主明智英敏ぐらいだということ。
近衛軍は数だけである。
鴎軍五万に近衛軍十万を当ててようやく互角というところなのだ。
まして『奴』の軍がその五万の中にいるなら、到底勝ちは望めない。

そこで黒影は誰かが部屋の前に立っているのを感じ取った。

「誰だ?」

絢奈だった。
何かの報告に来たのだろう、と推測する。

「中継所から報告がきたわ」

領土の各地に通信の中継所を築き、そこに兵を置いていた。
そうすることにより情報が速く伝達できるようになるからだ。
昼間は光を、夜間は火を使い通信できるようにしていた。

「それで?」

「鴎軍一万が国境付近に現れたって」

「旗は?」

旗はその部隊の指揮をしている将軍を表すものである。
例えば、黒影ならば『黒』の旗を、絢奈ならば『絢』の旗を掲げるということである。

戦において敵を知ることは大事だった。
『相手を知り、己を知れば、百戦危うからず』というのは孫子(中国の兵法家)の有名な言葉である。

「『海』とかいう旗らしいわ」

「陸斗に向かわせろ。どうせ様子見だ。無理をするな、とだけ伝えておけ」

『海』の旗ならば矢幡海斗という将軍だろう。
大した武将ではない。一万ほどの指揮をそつなくこなす程度だ。

だが、一万という数は意外に多い軍勢だった。こちらを警戒してのことだろう。
長野辺りの国境を侵してくる鴎軍は二、三千ほどなのだ。
黒影が見たところ、まだ戦機というものが満ちていなかった。
満ちていないと完全に決着はつかない。一方には守る、という意識しか働かないからだ。
だから敵を殲滅させるためではなく、追い返すという感じで良いだろう。



出動の命が降った。
久しぶりの戦である。
一年前、二万の鴎軍を殲滅に近い犠牲を出させてからは
賊の討伐だけで、まともに戦らしいことをやっていなかったのだ。

出動するのは自分の軍の四千だけらしい。
しかもあまり犠牲を出さぬようにと釘を刺された。

犠牲なんか出さねえよ、と思った。
敵は一万。率いているのは矢幡海斗とかいう
聞いたこともないような名前だった。

陸斗は四千を連れ、敵がいるという湖西という地域に向かった。
馬を降りて、丘の上で腹ばいになり敵を見た。

「へぇ」

思わず声を上げた。見事な陣を敷いている。
攻撃にも防御にも即応できるという構えである。
まともにぶつかったら犠牲が出るだろう。
だが、こちらを警戒しすぎているのためなのかもしれないが
どこか堅いな、と思った。撹乱に弱いだろう。


陸斗は四千の部隊を二つに分けた。
副官に任せた二千と自分が率いる二千の部隊である。
副官の部隊を丘から駆け下りさせ、敵に姿を晒した。

敵が警戒して陣を堅め始める。
半数以下の兵力で、まともに陣形を組んでいる相手に真正面からぶつかって勝つことは
出来るかもしれないが、犠牲が多すぎる。
だから、副官の役目は敵の陣形を動かすということにあった。
敵が陣形を動かせば自分が攻め込んで、勝てる。
動かなければ、牽制して撤退を待つつもりだった。

二千が駆け始めた。二手に別れ、一万の両側面に向かう。
さらに百ずつに散らばり、攻め込むと見せかけては、引く。
敵にとっては群がる虫のようなものだ。虫は払いたくなる。
思ったとおり敵の側面が追い払うような仕草で前に出てきた。
左右に注意が向き、中央への警戒が甘くなり、ぽっかりと穴が開いたようになった。
陸斗はそこに向かって駆けた。

さすがに敵の前衛の歩兵が気付き、槍を突き出してきたが、陸斗は構わず突っ込んだ。
槍を払いのけ、先頭で冷艶鋸(陸斗専用の薙刀状の武器)を振り回す。
真っ直ぐに本陣(大将がいる位置)に向かって進んだ。
『海』の旗が揺れていた。こちらの圧力に耐え切れず、退がり始めているようだ。

散らばっていた副官の二千も突っ込んできた。
元々本陣が退がっているのである。
敵はそれほど踏ん張れず、逃げ始めた。
それを追い討ちに討った。

敵が全て鴎国領に退がったとき、陸斗は追撃をやめた。
犠牲は二百ほど。敵はおそらく二千は失ったはずだ。
完勝と言っていいだろう。
大した敵ではなかったが、畏国の近衛軍よりはずっと強かった。
将軍の質も良い。あの将軍ももっと経験を積んでいれば、
今のような感じで勝つことは難しかったはずだ。

「帰還する」

配下の将校達にそう告げた。

兵達を幕舎(テントのようなもの)に帰し、
夜は更け、辺りは真っ暗であったが、陸斗は数名の供回りとともに黒影の屋敷に向かって駆け続けた。
だいたい六時間ほどの行程である。
着いたのは朝日が東の空に現れ、薄明るくなっている頃だった。

屋敷についた陸斗は早速黒影に報告に行った。
一礼し、黒影の部屋に入る。
黒影は起きていた。
というか陸斗は黒影が寝ているところを見たことがなかった。
一日中起きているのではないか、と思うほどである。

「我が領を侵していた鴎軍は打ち払いました。
 敵の損害は二千ほど、我が軍の損害は二百ほどです」

「そうか。失った兵の補充はしておけ。
 陛下へのご報告は俺からしておく」

「わかりました」

陸斗は再び一礼し、退出した。
寝るか。そう思い、自室に向かった。

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十一話…終了です…。
そ、それでは、また…。

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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.16 )
日時: 2013/03/04 19:22
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、第十二話…です。
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 第十二話 農作業と猪狩り


「こんな感じですか、マリアさん?」

「そうですわね。こんな感じで良いと思いますよ♪」

修一郎は目を丸くしていた。
この土地の材質はとても良いとは言えない。
むしろ粘土状の土ばかりで石も多く、耕しにくい農地なのだ。

それをこんな若者達が。
今までにどんな生活をしていたのか、と疑問になるほどだった。

縦十メートル、横五メートルの畑が作られていた。
荒れ果てた耕地が、耕され、さらにどこからともなく良質の土を運んできたようで
立派な畑になっているのだ。
しかもわずか半日で。

「……うむ。ご苦労だったな」

その畑が作られている光景を見ていた男達はあんぐり口を開けていた。
逆に女達はハヤテ達を褒め称えていた。

さらに料理。
どこで学んだのかは知らないが、マリア、ハヤテ、ヒナギクの料理の腕前はただ者ではなかった。
ただ一人、ナギだけが「私にも手伝わせろ!」とか叫んでいたが、
ハヤテが「お嬢さまは今日、いっぱい働きましたから、ここは僕らに任せてください」と
笑顔で言うと、顔を赤くしながらしぶしぶ去って行った。
後で三人がほっとしたように溜め息をついていたのはどうしてなのだろうか。
正直言って、志織は何をしているのかさっぱり分からない。
奇妙なものを見つめて、難しい顔をしているばかりだ。

だが、彼らを村に迎え入れることができて良かった、と思っていた。
一般の男達が耕せる三倍以上の耕地をハヤテは耕すし、
料理についても、ハヤテ、マリア、ヒナギクの三人は村の料理自慢の女が負けを認めて、聞きに来るほどの腕前だ。
しかもそれを惜しみなく教える。
今やハヤテ達は村の人気者になっていて、あちらこちらで引っ張りだこ状態である。

村は以前よりも賑やかになっていた。
それが修一郎にとって最も幸せなことだった。
民が平和に暮らせる場所。修一郎が作りたかったのはそれなのだ。




修一郎は元々帝である倉臼平八郎の側近である。
しかし五十を越えたのを境に引退を申し出た。
惜しまれながらもそれは受理され、修一郎はそれまで溜めていた金で村を作った。

場所をこの静岡の御前崎にしたのは黒影に勧められたからである。
黒影とは彼が九歳の時に宮中(宮殿の中)で出会った。
初めて出会った時、彼は怪我を負っていた。
いや、怪我を負う過程を見ていたと言った方が良い。
彼は現在近衛軍総帥である佐伯修造の息子良助とその供回りたちに殴られていたのだ。
不思議なことに、彼は一切の抵抗をしなかった。
それを見かねて修一郎は間に入ったのだ。

良助らを追い払った後、修一郎は言った。

「少しは抵抗したらどうだ?」

黒影はこちらのことなど見えてなく、自分に言い聞かせるように呟いた。

「俺は謀反人の子ですから」

そうか、この子が、と思った。
謀反人神崎彰馬の息子、黒影。
彼の謀反には不可解な点がいくつかあった。
彼は自分と同じ帝の側近だった。
気心知れた仲であり、謀反など起こす人柄には見えなかった。
だが、密告によって彰馬の家が調べられ、謀反の証拠が発見されたのだという。
黒影にも罪が及びかけたが、
帝は『何も知らない子供にどんな罪があろうか?』と言い、
処刑せよ、と進言してくる臣の意見を退けたのだ。

修一郎は黒影に笑いかけた。

「気にするな。たとえ怪我を負わせたとしても子供の喧嘩だったのだと私がとりなしてやる」

黒影は黙って頭を下げた。

それから数日後。
良助ら七人が医者に運び込まれたということを聞いて、修一郎は驚いた。
せいぜい倒すとしても良助の一人だと思っていたのだ。

佐伯修造は激昂し、黒影を処分するように帝に進言していたが、
修一郎は黒影との約束通り帝に状況を説明し、
逆に修造や良助が恥をかいた格好となった。

それからは少しずつ黒影が自分に心を開いたような気がしていた。
自分のことをぽつりぽつりとだが、話すようになったのだ。

母は知らないらしい。
生まれた時に死んでしまったのだ、と言っていた。
ある程度親しくなった時、父のことを憎んでいるか?と尋ねたことがある。
その時、憎む気はない、と答えていた。
また、憎まれるのは自分だけで十分だ、と言っていたことがある。
聞いたとき、思わず耳を疑った。
わずか九歳の子供が、である。
何でそういうことを言うのか理解できなかったが、聞くのは憚られた。
もっと大きな暗い影が黒影には纏わりついていて、
容易く聞いてはいけないことに思えたのだ。

黒影が十歳の時、黒影が異様に強いという噂を聞きつけた帝が
近衛軍の中で一番の武勇を誇っていた兵士と立ち合いをさせた。
立ち合いの前、帝はお前が勝ったら五百の兵を指揮させよう、と言った。
実際は戯れのようなもので、黒影が勝つことを考えている者はいなかっただろう。
だが、結果は黒影の圧勝だった。
相手に武器でさえ触れさせることなく相手の喉元に剣を突きつけたのだ。
約束通り、帝は黒影に五百の騎兵を与えた。

黒影の訓練は激烈なものだった。
三日に一度は死者がでてしまうほどで、
当時から配下にいた陸斗などは反発心を抱いていた。

それから三年後。
畏国は鴎国の将軍、宇佐美天竜によって滅亡の危機を迎える。
数々の防衛線が突破され、鴎軍が東京八王子まで迫ってきたのだ。
向かい合っていたのは日野吾郎の軍一万と、近衛軍三万で他の軍は壊滅状態だった。
対する鴎軍は十万。畏国の滅亡は避けられぬものに思えた。

畏軍四万と鴎軍十万はぶつかり、途端に近衛軍が崩れた。
日野吾郎の軍もあまり耐えることが出来ず、潰走をし始めた時、
一筋の土煙が舞い上がった。それは鴎軍の放つ土煙に比べると明らかに小さい。
だがそれはまったく怯むことなく真っ直ぐに敵の本陣、宇佐美天竜に向かっていた。

土煙が晴れた時、目を疑った。
風に靡く『黒』の旗。その旗に合わせるかのように黒で統一された騎兵。
一糸乱れぬ動き。それは小さな一頭の竜のようにさえ見えた。
黒い竜は敵に突っ込み、姿が見えなくなった。
暫くすると、敵の動きが止まり、それから崩れた。
黒影が宇佐美天竜を討ったのだ、と分かった。
絶対的優勢の中で大将が討たれたのである。
敵の兵の動揺は凄まじいだろう。
なんとか兵をまとめようとする将軍もいたようだが、
黒影はその将軍を狙って動いたらしく、
結局、鴎軍はまとまることが出来ず、潰走した。

信じ難いような勝利だった。
それから黒影の名は知れ渡った。
また、その時の光景を見ていた人々が『漆黒竜』と呼び始めた。

黒影はその後、各地で数々の武功を上げ、
十六歳という異例の若さで鴎国との最前線である静岡の領主に任じられたのだ。

引退を申し出た時に黒影に会ったのは偶然だった。
これからどこで暮らすのか、と尋ねられた。

「村でも作ろうかと思ってな」

「村を?」

「ああ。民が安心して暮らせるような村だ」

「それは、いいですね」

黒影は少し考え込み、そして言った。
自分の領地に村を作ってくれないか、と。

「ほう、何故だ?」

「私の領地は鴎国との前線です。
 民はいつ鴎軍が攻めてくるか気にかけながら生活しています。
 そんな所でも民が安心して暮らせるような村を作ってもらえませんか?」

断る理由はなかった。前線の地域では民の心も荒んでいるところが多いと聞いていたからだ。
黒影がそこまで考えるようになったのか、と感慨深くもなった。

だから驚いたのだ。ハヤテ達にあんな危険な旅をさせたことを。そして怒りもした。
今は少し落ち着き、何か理由が有ったのではないか、と思っている。というか思いたい。




ハヤテは村の男達とともに食料の調達に向かっていた。
近くの森で猪が取れる、というのだ。
猪と聞くと、微妙な気持ちのなったが、村の人々の話を聞くと美味しいらしい。
村の人が地面に張り付き何かを見ていた。
尋ねると、猪の足跡を探しているとのこと。
こればかりはやったことがなかったのでハヤテは黙ってついていく他ない。

男の一人が見つけたぞ、と叫んだ。
どうやら近くに猪がいるらしい。
不意に後ろでガサッという音が聞こえた気がした。
振り向くと一匹の猪が突っ込んでくるところだった。

「え?……うわ!」

突然の出来事にハヤテはうまく対応できず、吹っ飛ばされてしまった。
なんとか牙の直撃は避けていたので、怪我をしたわけではなかったが
衝撃ですぐに起き上がることが出来なかった。

ふと、森の奥を見つめた。一人の男が呆然とこちらを見つめ、立っていた。
顔に見覚えがある、と思った。
どこで見たのか。思い出す前に男は腰を抜かしたように座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

ハヤテが近寄って行くと、男は慌てて立ち上がり、そのまま逃げるように立ち去っていった。

「どこかで見たような……?」

背後からハヤテを心配する声が聞こえる。
ハヤテはその男のことをとりあえず忘れ、村の人々がいるところに向かった。

村人達の下に戻ると、数匹の猪が縛り上げられていた。

「すみません。役に立てずに」

「いいってことよ。これもお前にやられちゃ俺達のいる意味がなくなっちまうからな」

村人達は笑いながら答えた。

「じゃ、帰ろうぜ」

ハヤテは村人の男達に従って村へ続く道を歩き始めた。

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十二話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.17 )
日時: 2013/03/04 19:26
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、十三話です。
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 第十三話 盗賊、再び


何が起こっているのか、わからなかった。
黒影は靡下二百を連れて、修一郎の村に向かっていた。
壮馬からの報告があったのは十分ほど前であった。
静岡一帯に放ってある間者から報告を受けながら巡回していた壮馬は、いきなり三百もの賊徒が集まりだし、
修一郎の村に向かっていることに驚き、すぐに向かったらしい。
一体、何故なのか。黒影にはそれがわからなかった。
黒影が領主となってからの静岡は賊徒が激減している。
大抵の賊徒は警備が厳しいところで悪事は働くことはしない。
たまに現れる賊徒は鴎国軍に追われた者達が領地を通過する際に略奪を行う程度のものなのだ。
だが、今回は間違いなく畏国内部からやって来ていた。

「絢奈、お前は百を連れて村のもう一つの入り口にいろ。一人として逃がさん」

「わかったわ」

絢奈が百ほどを連れ、回り込むように動いた。






「なかなか美味いではないか」

ハヤテ達は早速捕らえた猪達を料理し、猪鍋を作った。
ナギは最初、こんなものを食べるのか、と不満気に呟いていたが、
一旦口に入れると、気に入ったようだ。

久しぶりにのどかな日々だな、と思った。
この世界にやってきて、だいたい十日ぐらい経ったような気がする。
初日はこの世界にやってきて賊徒に襲われ、それから黒影に旅をさせられて――。


自分は人を殺してしまったらしい。
未だにその記憶は思い出せていない。
だが、ヒナギクの話を聞く限り間違いの無いことらしい。
そうだとしたら許されない罪である。
あのどうしようもない両親でさえ、人を殺したことはないだろう。

考え込んでいるハヤテに背後から近づく者があった。

「どうしたのだ?」

ナギである。
彼女はハヤテを見つめるとにっこりと笑った。
ナギは、自分が人殺しだと分かったら、今のように笑みを見せてくれるのだろうか。

「いえ。何でもありませんよ、お嬢さま」

「なら、いいのだが」

ナギに嫌われたくはなかった。
言いかけたこともあるが、言ってしまった後のことを想像すると口が止まってしまっていた。
きっと軽蔑される。恐れられる。ナギはハヤテの人生の中で数少ない、
自分に好意を見せてくれる人間であり、また大切な人だ。
出来れば、それは避けたかった。

ヒナギクはどうなのだろうか。
彼女は自分のしたことを間近で見ていたはずだ。
彼女の自分に対する応対に変わった様子はない、が、
もしかしたら彼女もまた陰ながら軽蔑しているのかもしれない。
いけない。思考がマイナスになってきた。
自分は今自分に出来ることをしなければならないのだ、と思い直す。

「なぁハヤテ。聞いているのか?」

「え?何ですか、お嬢さま」

ナギがまた話しかけていたらしい。

「まったくハヤテは。しょうがない奴だ」

「すみません……」

主を無視するなんて執事としても失格だ、と再び自己嫌悪に陥りそうになった。

「それでなハヤテ。もし戻れたら、私はこの体験を漫画にしてみようかと思うのだが」

「……え?」

「実体験に基づいた漫画だよ。面白いとは思わないか?」

正直あまり面白いとは思えなかったが、適当に相槌を打っておくだけに留めておいた。
喋るだけ喋ったナギはマリアに呼びかけられ、そちらに向かったようだ。

もしかしたらナギも今のどうにもならない現状を
自分の好きなことを考えることによって
少しでも打破しようとしているのかもしれない。
今度話しかけられたときは真剣に返そうと、後ろめたい想いを抱えながらも決意した。
そしてその後ろめたい想いと共に何故か、先程見かけた顔を思い出した。
どこで見たのだろうか。
思い出そうとすると、何かが頭で妨害しているような感じがある。


皆、食事も終わったらしく、がやがやと立ち上がり始めた。
女達は片づけを始めている。
手伝おうと思い、近寄ったが、そのうちの一人に首を振られた。
自分達がやるから休んでいていい、と言う。

働いていないと生きていくことができない生活をしていたためか、
何となく落ち着かない気持ちになったが、
無理やり手伝うのもどうかと思ったので、何か言われたら手伝おうと
村の中を歩き回った。

「ハヤテ君」

突然聞こえた声によってハヤテは足を止めた。
呼び止めたのはヒナギクである。
彼女はハヤテを心配そうに見つめると、言った。

「怪我はもう大丈夫なの?」

ハヤテはつい先日のことだが、何故か相当前の出来事のようなことを思い出した。
傷自体はほとんど治りかけている。これが自分の回復力のためなのか、
それとも壮馬の腕が良いためなのかはわからないが。

「もう大丈夫ですよ」

「そう、なら良いんだけど」

ヒナギクは安心したように微笑を浮かべる。
ハヤテもまた笑みを浮かべ、ヒナギクを見つめた。
暫くすると、見つめられることに耐えられなくなったのか、ヒナギクは顔を背け、
また後で、と言い残し、行ってしまった。
嫌われているようでも恐れられている様でもない、とハヤテは思った。
ヒナギクからは何の敵意も軽蔑も感じられない。
それは黒影に対する怒りで自分への警戒がなくなっているだけのためなのか。
それともナギも同じように受け入れてくれるのだろうか。
思考がぐるぐると頭の中を駆け巡っているのを感じていた。

突然だった。思考を遮るかのように、怒鳴り声が響き渡った。それから、悲鳴。
村の入り口のほうだ。ハヤテは立ち上がり、その方向に足を向けた。
心臓が早鐘のように鳴っている。
何か危険なものが来た。自分の警戒信号のようなものが反応している。
いつぞやの親に捨てられたときに感じたものと同じである。

目を向けるとそこにはガラの悪そうな男達が大勢いて、
その先頭に立っていた男は、どこか嫌悪を感じさせるような声で言った。

「ここに綾崎ハヤテという奴がいるよな?」

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十三話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.18 )
日時: 2013/03/04 19:43
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは十四話です。
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 第十四話 援軍


ようやく、壮馬の眼に村が映った。
大勢の賊徒が村の入り口近辺に溜まっているのが見える。
壮馬は冷静に状況を分析した。
自分が率いているのはわずか十名。
その十名には村人の守護に当たらせる。
村にはハヤテやヒナギクがいる。
自分と二人が共に戦えば多少の時間は稼げるはず。
黒影が来るまで約十分程だろう。それまで村人を守り抜かなければならない。

賊徒の一部が駆け寄ってくる壮馬に気がつき、顔をこちらに向けた。
馬上の敵にも対応できるように訓練されているらしく、
三人の賊徒が槍をこちらに向けてくる。
壮馬はその槍をあえてかわさず、そのまま馬で突っ込み、自身は跳んだ。
地面に降り立った時には、すでに背負った斬魔刀を抜いていた。
背後で賊徒が血を吹いて倒れる。

村に目を向けた壮馬の眼に映ったのは、水晶の出来ているような剣を構えたハヤテと
座り込み、怯えた表情をしているヒナギクだった。



「賊が、私の村に何の用かな?」

修一郎の落ち着いた声。
それと同時に村人の一人がハヤテに近づいて来て、言った。

「こっちです」

身を隠せ、ということなのだろう。
ハヤテはこの場を彼らに任せることにし、ナギ達に声をかけた。
指示された家に入った時、あることに気がついた。

「ヒナギクさんは?」

「奥にはいないぞ」

ナギが奥から戻ってきて言った。
慌てて外を見ると、ヒナギクが動こうともせず立ち尽くしていた。
このままでは見つかってしまう。
ハヤテは急いでヒナギクのところに向かった。

「ヒナギクさん、早くこちらに」

そう言った瞬間にわかった。
ヒナギクは動こうとしなかったのではない。
動けなかったのだと。
足は小刻みに震え、顔は恐怖のためか、強張っていた。
ハヤテは引き摺るようにヒナギクを引っ張った。
あと五メートル。それで――。

「あ、お前!」

見つかった。ハヤテは咄嗟に腰に手をかけたが、
目当てのものは黒影に返してしまったことを思い出した。
盗賊が修一郎や村人を押しのけ、ハヤテ達に近づいてくる。

「よぉ。いつぞやはやってくれたよなぁ?」

森にいた男だった。
以前自分を殺そうとした盗賊たちの仲間だったようだ。
自分を見つけ、復讐しようと仲間を引き連れてきたのだろう。
戦わなければ、と思った。その時、ヒナギクの腰にある剣が目に入る。

「これ、借ります」

ハヤテはヒナギクから剣を取り上げ、構えた。

「気をつけろ。こいつは腕が立つ」

盗賊もそれに呼応するかのように武器を持ち上げる。
一斉に盗賊が襲い掛かってくる。
幸い後ろは家のため、背後から攻撃してくる敵はない。
自分でもおや、と思うほど、敵の動きが見える。
ハヤテは近づいた順に敵の武器だけを斬った。
さすがにヒナギクの持つ剣は業物で、刃こぼれ一つない。
盗賊たちは驚きの声を上げる。だが、それも長くは続かず、打ちかかってきた。
第二撃。ハヤテは全ての攻撃をかわし、再び武器だけを斬った。

その時、一人の男が馬に乗って駆けて来た。
盗賊が三人程、槍を向けて遮ろうとしたが、男はそのまま突っ込んだ。
槍が男の体を貫く。そう思った時、男の体は宙に浮いた。
浮いたまま背負った刀を引き抜いている。
男の腕がほとんど見えないような速度で動いた。
着地した時、槍を構えていた三人の首から血が噴き出す。
男は刀を背にしまい、軽く笑みを浮かべ、言った。

「神医壮馬。ただいま着到」

壮馬は打ちかかってくる敵の中、何事もないかのように歩いてくる。
何気ない動作で、敵の攻撃をかわしているのだ。

「お待たせしました。黒影殿の本隊が来るまで耐えなければなりませんが――」

ハヤテに語りかけてきた壮馬の背後を盗賊の一人が襲い掛かる。
壮馬は刀を引き抜こうと背に手をやり……。

「あれ?あれ、あれ!?」

壮馬の刀は彼の身長ほどの長さもある。
さっきのように飛び上がった状態でないと抜くことは出来ないのだ!(笑)

「笑ってんじゃねー!!」

後ろからの斬撃をかわし、その場で飛び上がって刀を抜き、それをそのまま相手に叩きつける。

「ま、まぁ我々なら余裕でしょう……!」

若干顔を青くしつつ、壮馬は言い放つ。
本当に大丈夫なのかと心配になった……。

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壮馬「前のにしてください」

えー…だって前のだとつまんないじゃん!

壮馬「……背は縮む(以前は174cmあったのです♪)し、リニューアルしてから良い事なしだ…(泣」

ドンマイ♪

それではまた
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.19 )
日時: 2013/03/04 20:14
名前: 絶影

どうも、絶影です。
それでは、第十五話です。
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 第十五話 双剣鬼


盗賊が来た。最初の一声で目的もわかった。
ハヤテに声をかけられた時、頭では隠れなければならないことは理解できていた。
だが、体は動かなかった。足が竦み、体は震えていた。
程なくして、ハヤテが駆け寄ってきた時も、自分では動くことすらままならなかった。
何故か、激しい恐怖が襲ってきていたのだ。

ハヤテに引き摺られるようについていき、
ようやく隠れることができる、と思ったときに盗賊に見つかった。
そして、ハヤテが自分の腰にあった白桜で戦い始めた。
自分は何もできなかった。
壮馬が現れた時も、自分の足は震えたままだった。

今、二人は息を荒げながら戦っている。
それなのに、自分は何をしているのだろう。
自分もハヤテと共に戦いたい。それなのに……。

「どうして、動かないのよ」

そう呟いたとき、体の奥で冷たい石のようになっていた怒りが
再び炎のように巻き起こった。
その怒りが、以前黒影に文句を言っていた時と
同質のものであるということに気がついたとき、
ヒナギクの体に衝撃が走った。

違ったのだ。
今まで自分は黒影の、危険に晒したり、人を殺させたりした行為に対してだけ
怨んでいるのだと思い込んでいた。
だが、今考えてみればよく分かる。悔しかったのだ。
ハヤテは血まみれになりながら自分を守ってくれた。
それなのに自分は戦えなかった。
自分には共に戦えるだけの力があったはず、なのにだ。
自分はそれが許せなかった。
それに気付かず、いや気付こうともせず、ただ黒影を憎んでいた。

「私は……」

その時、地面が揺れた。



ハヤテは何度目かになる攻撃を跳ね返した。
武器だけを斬っているので、敵の数は減っていない。
敵を倒している壮馬に悪いとは思うが、人を殺す決心がつかない。
その壮馬の剣の腕は凄まじいものだった。
ハヤテが持っているものの1,5倍程の長さの剣を無駄なく動かし、盗賊をほとんど一撃で倒している。
だが、敵の数が多すぎる。息が乱れ、時々目の前が白くなるのを感じていた。
壮馬も似たようなものだろう。激しく肩で息をしている。
ここで自分が倒されたら、ヒナギクまで殺されてしまう。
倒れるわけにはいかなかった。しかし、限界に近づいてきている。

「まだですか……」

壮馬が呟くのが聞こえた。壮馬が来た、ということは黒影にも知らせてあるということだろう。
ハヤテは黒影を思い浮かべた。あの、黒い鎧。低い声。
彼が来れば、助かるということは疑わなかった。
性格はともかく、腕は信頼できる。

「綾崎殿!」

壮馬の切迫した声。横から斬撃が迫っていた。
転がるようにかわす。まずい。転がった先に太刀を振り上げている敵がいる。
とっさに剣を前に出して防いだ。何とか防いだが、次は無理だ。
その時、地響きと共に、盗賊に凄まじい衝撃が走った。
大きな馬に乗った男。黒い鎧。そして槍。

「漆黒竜黒影、見参。我らの力、見せてやれ」

一気に形勢が変わった。
盗賊は黒影の槍によって次々と舞い上がっている。
黒影の槍を避け得た者は後続の者に突き倒されているようだ。
その姿を見た盗賊らは逃げ出す。
だが、もう一つの入り口に向かった盗賊の前に一人の女性が立ちはだかった。
盗賊が二人、瞬時に斬り倒された。
絢奈。両手に剣を持っている。
後ろに兵を連れているが、戦わせる気はないようだ。

「ふん。この私に挑むなんて、馬鹿ばっかね」

絢奈は、さらに向かってきた盗賊を一人、二人と両手の剣で次々に斬り倒していく。

「おい!あれ、双剣鬼じゃねえか!?」

絢奈の姿を見た盗賊の一人が怯えた声を上げた。
その言葉を聞いた仲間が腰を抜かしそうな勢いで後ろに後ずさり始める。

「あいつら死ぬな……」

大きく息をついた壮馬が呆れたように呟く。
一体何のことなのかと、ハヤテが尋ねると

「見れば分かりますよ」

とのこと。


絢奈の様子が少しおかしい。
今までは冷静に敵に対応していたような気がするが、
今は感情のままに剣を振っているように見える。

「誰が、鬼だって……?」

全身に悪寒が走るほどの殺気を感じた。
絢奈は向かって来ていた盗賊の一人を斬り飛ばす。
それで、最後だった。盗賊は悲鳴を上げて逃げ出す。
近くの敵を一掃した絢奈は更なる敵を求めて馬腹を蹴った。
もう既に逃げている賊徒に突っ込んでいく。
右、左と剣を振り回し次々に倒す。

「おるぁぁぁああああ!!」

はっきり言って、恐い。
やばいほど、恐い。
まるで本当の『鬼』のようだ。

盗賊は悲鳴を上げて逃げ惑うばかりである。
この時ばかりは盗賊を可哀想に思った。

横にいる壮馬が絢奈に絶対に聞こえないような小さな声でポツリと呟いた。

「絢奈殿は鬼と言われると、異常に怒るんですよ」

怒るというレベルなのだろうか?
とにかく鬼と呼ぶのは冗談でもやめよう、と思った。

その時だった。ナギの悲鳴のような声が聞こえたのは。
見ると、逃げても追いつかれると考えたらしい盗賊の一部が
もう安全だと思ったのか、逃げ込んだ家から出てきていたナギを人質に取ろうとしていたのだ。
間に合わない。黒影たちも気付き、近づいているが、距離が離れすぎている。
その時、修一郎が飛び出した。ナギを庇うように盗賊の前に立ちはだかる。

「どけっ!」

盗賊の武器が修一郎を貫く。修一郎の体が崩れ落ちていく。
盗賊はそれに留まることなく、さらにナギを追いかける。
ハヤテはとっさに剣を投げていた。
その剣は、先頭にいた盗賊に吸い込まれるように、突き刺さった。
盗賊はばたりと倒れ、数秒の痙攣を経て、動かなくなる。
その顔には、生気が無く、遠目から見ても命がないことは明白だった。

「……え?」

確かに自分のしたことだ。だが、ハヤテはその光景が信じることができなかった。
ナギもまた、目の前の光景が信じられないというように呆然としている。
まだ戦闘を続いているが、そんなものは目に入らなかった。

「お嬢さま……」

ナギが目を見開いた。
ハヤテが近づいていくと、一歩。たった一歩だったが、後ろに下がった。

「あっ」

頭の中で、避けられたという言葉が反芻する。
目の前が真っ黒になった。

「こ、これは違うのだ、ハヤテ!」

ナギの焦った声が聞こえたが、もう既にハヤテの思考は、停止していた。

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プロフィール

名前 佐々木 絢奈(ササキアヤナ)
年齢 18歳
誕生日 8月6日
血液型 知らないわよ
家族構成 なし
身長 163cm
体重 死にたいの?
好き・得意 甘いもの・料理
嫌い・苦手 盗賊・自分を『鬼』と呼ぶ者
所属 神崎軍
役割 歩兵指揮官

神奈川領の佐々木流剣術の師範の娘だったが家族を盗賊に殺されてしまい復讐を誓った。
家族を殺した賊徒の根城に一人で向かい、苦戦しているところに
黒影率いる討伐軍に助けられる。現在、黒影の片腕的存在。
『双剣鬼』と呼ばれ、陽・陰滅殺剣を巧みに遣う。
双剣鬼とか鬼とか呼ばれるとそれこそ鬼のように怒る。

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第十五話終了です。
それでは、また。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.20 )
日時: 2013/03/04 20:17
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、第十六話です。
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 第十六話 正義


夢、を見た。いや、夢というにははっきりし過ぎている。
傷を負い、倒れている自分。数人の男に押さえつけられている少女。
自分の中で何かが切れた。男達が、何かを叫んでいる。
持っていた剣を構えた。対し、槍を構える男。
まるでコマ送りされた動画のように男の動きが見える。
自分の動きも、どこか鈍い。だが、近づいてくる男よりは格段に速い。
気がつくと、男は倒れていた。
少女を放し、二人の男が向かってくる。
遅い。即座に斬り倒した。
残った二人は、逃げ出した。特に何も考えず、
二人を追い、一人斬り倒し、もう一人には逃げられた。
自分は、何という夢を見ているのだろう。
悪趣味だ。そう思ったとき、これが夢ではなく、記憶であることに気がついた。

目を開けると、盗賊の体があちこちに転がっており、
もう戦闘が終わっていることが分かる。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
周囲には誰も居らず、少し離れた場所に人々は集まっていた。
ハヤテはそこに近づいた。壮馬が誰かの手当てをしている。
その時ようやく、修一郎が刺されていたことを思い出した。

「おい、壮馬」

黒影の声。壮馬が微かに首を振った。

「ふん。神医の名が泣くぞ」

「倉敷殿を、責めるでない。これも、天運であろう」

途切れ途切れになっているが、しっかりとした口調のその言葉を聞いたとき、
不意に絶望が襲ってくるのを感じた。
親しくなった者が死ぬ。
これが、この世界での現実だった。
修一郎の眼が誰かを探すかのように、動いている。
誰を探しているのだろうか、と思ったとき自分の所で止まった。

「綾崎殿」

自分が呼ばれたことに少なからず驚いた。
壮馬を、そして黒影を見つめると、頷かれた。

「何でしょう?」

「黒影を、救ってやってくれないか?」

「え?」

「頼んだぞ」

意味が、わからなかった。黒影を?何から?
修一郎が、目を閉じた。
呼吸も感じ取れなくなっていることに気がついた。
何か理不尽なものに修一郎は連れ去られたのだということがわかる。
これが死なのだ。死んだ者は、もう帰ってくることはない。

「埋めろ」

黒影が言い、踵を返して去っていく。
特に取り乱しているようには見えない。
その黒影を追う、ヒナギクの姿が見える。
自分はこれからどうするべきなのか。
ハヤテはそれを考え始めた。


修一郎が死んでしまったというのに大した動揺も見せない黒影をヒナギクは追いかけた。
黒影にとって、修一郎は大切な人ではなかったのか。

「何の用だ?」

突然声をかけられて驚いたが、その動揺を見せず、答えた。

「少し、聞きたいことがあります」

「何をだ?」

「あなたにとって、修一郎さんは大切な人じゃなかったんですか?
 それなのに、悲しみもしないなんておかしいと私は思います」

「悲しむ?何を、悲しまなければならないのだ?」

「は?」

意味がわからなかった。
大切な人がいなくなったら悲しむ。
それは人間として当然のことではないか。

「修一郎さんはあなたにとって大切な人ですよね?」

「そうだな。だが、悲しんだところで修一郎殿は帰ってこないというのも事実だろう?」

「……」

「いいか、桂ヒナギク。死んだ者を惜しんで悲しむことは死んだ者のためではない。
 生きている者が自分を慰めるために悲しむのだ。私にはそんなものは必要ない」

言っていることは、わかる。
悲しい時に涙を流すように、感情を表に出すとすっきりすることがある。
自分の中で、決着をつけることができるのだ。
ただ、黒影の言っていることは、どこか違うという気もする。
そのどこかがわからず、俯いた。

黒影が、ふと呟くように言った。

「死ぬのが恐いか?桂ヒナギク」

震えていて、戦えなかったことをあざ笑うつもりなのか。
だが、隠すつもりは起きなかった。死ぬことが恐いというのは当たり前のことだろう。
ヒナギクは黙って頷いた。

「だが、人は誰しも死ぬ。私もお前も、例外ではない」

「……何が言いたいの?」

予想とは違う答えが返ってきて、
話の流れが見えなくなっていると思った。

「さあな。ただ俺は、見苦しく死に方はしたくないと思っている」

もし、あのまま黒影が来なかったら。
ハヤテや壮馬の体力が尽き、盗賊が自分に向かってきていたら。
自分は戦えず、黒影の言う見苦しい死に方になったのかもしれない。

「だったら、どうしろっていうのよ!」

苛立った。黒影が自分に伝えようとしていることは間違いなくある。
だが、核心をついてこない。
色々な怒りが増幅され、溢れ出しそうだった。
黒影は暫くこちらを見つめ、息を吐き、言った。

「私は、お前が今、迷っていると判断した。
 だから、迷いを取る指針として一つ教えてやろう。自らの信じる正義を貫け」

「私の信じる、正義?」
 
「もしお前が、隅で震えていることを正義だと思うであればそうすればいい。
 私を憎み、殺すことが正義だというのならば、喜んで相手をしよう。
 私が言いたいことは、それだけだ」

黒影は背を向けた。
ヒナギクは自分の信じる正義について考え始めた。
黒影を殺すこと。それは少し違う。
隅で震えることなど論外だ。
ハヤテを、自分の大切な人を守りたい。
それが自分の、桂ヒナギクの正義ではないのか。
心の奥にあった、訳の分からなかった感情が少しだけ分かったような気がした。

「あ……あの、すみませんでした」

それがヒナギクの、今までの余計な分まで怒りをぶつけたことに対する詫びだった。
突然謝ってきたヒナギクを見て黒影は驚いたような表情をした。

「何故お前が謝る?」

「あなたがハヤテ君にさせたことは許せないけれど、
 でも……とりあえず」

「まぁ……なんだ。怨まれたり憎まれたりするのは慣れているから気にするな」

黒影は少し戸惑いながら答え、それから苦笑する。
どうしてこの人はこんなに冷ややかに笑うのだろう。
ハヤテのように優しく、人を安心させるような笑みではない。
それなのに二人にはどこか同じような感じがあるのだ。

「重要なのはお前なのかもしれないな」

黒影は突然呟いた。

「え?」

「自分を救ってくれた者ならば奴にも私にもいる。
 ただ、奴にはお前がいて私にはいない。
 それが奴と私との違いなのかもしれん」

ヒナギクにその言葉の意味は分からなかった。

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第十六話終了です。
それでは、また。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.21 )
日時: 2013/03/04 20:22
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、第十七話です。
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 第十七話 決意と覚悟


予感が全くなかった、と言えば嘘になる。
最初に黒影が現れた時、何故か未来のハヤテを見たような気分になったのだ。
そして、ハヤテが軍に誘われた時にその予感は現実のものになった。
だが、ハヤテは戦いたくない、と言った。
だから自分はその意見を尊重させてやりたかった。
旅から戻ってきたヒナギクが黒影に剣を向けた時も、その理由を探ることもせず、
何も気がついていないフリをした。
それは間違っていたのだろうか。
しかし、問い詰めていたとしてどうなったとも思う。

「なあ、マリア」

「何ですか、ナギ?」

「私は、ハヤテに何を言ったら良いのだ?」

そうですね、と呟き、マリアは人差し指を唇に当て、考える仕草をした。

「ハヤテ君に伝えればならない、と思うことを伝えれば良いと思いますよ」

「私が思ったこと……?」

「例えば、嫌いになったから傍にいるな、とか」

「そんなわけないだろ!」

思わずかっとなって声を荒げると、マリアがふっと微笑んだ。
からかわれたのだ、と気がつく。

「ハヤテ君はきっとナギに嫌われたと思っているでしょうから、
 ナギがずっと傍にいて欲しいと伝えれば……」

「ずっと傍に……?」

確かに、その通りだった。
自分はハヤテに傍にいて欲しい。
だが、ハヤテはどうなのだろうか?
ハヤテは人を傷つけることを嫌う、優しい性格だ。
おそらく自分がそう言えば従ってくれるだろう。
しかし、それはハヤテの意見を、意志を無視するということに繋がるのではないだろうか?
ナギは、自分の存在がハヤテの枷になることを恐れていることに気付き、驚いた。
以前は考えもしなかったことだ、と思う。

あの日。王玉を壊して以来、自分は少し変わったと思う。
王玉を破壊することは、確かに悩んだ。
それは、三千院家の膨大な遺産の相続を放棄することに繋がっていて、
今までの気楽な生活を続けられないことを意味した。
だが、そんなものを守ることよりも、ハヤテの苦しみを取り除きたかった。
そして何より、ハヤテがずっと傍にいることを信じていた。

「わかったよ、マリア。私は、私が言いたいことを言う」

マリアが再び、微笑んだ。

暫くすると、辺りが騒がしくなった。
どうやら黒影たちが帰るらしい。
ナギはハヤテの姿を探した。
ハヤテは集まっている村人たちから少し離れた場所に、俯いて立っていた。

「ハヤテ」

呼びかけると、俯いていた顔を上げた。
その顔には戸惑いが浮かんでいる。

「お嬢さま……」

「勝手にするのだ」

「え?」

「お前が何をしていようと、私には関係ない」

ハヤテの表情に絶望の色さえ見えた。
言い方がまずかったか、と反省する。

「そういう意味ではない。ハヤテ。お前が何をしていようが、
 私のお前に対する気持ちは変わらないということだ!」

暫く間を置いて、意味を理解したハヤテの顔が綻んだ。
それと同時に涙まで流れてくる。

「ば、馬鹿!なにを泣いているのだ」

「でも……だって……」

泣いているハヤテが徐々に近づいてくる。
ふと何か嫌な予感がした。
そう思ったときには時すでに遅く。
ハヤテに抱き締められていた。

「ば、馬鹿。こんなところで……」

少し……いや、かなりまずい。
もう周囲の注目を相当に集めている。
マリアや志織が近くでにっこりと微笑んでいるのだけでも相当に恥ずかしいというのに、
いつの間にか傍にいたヒナギクは呆れているし、壮馬は顔を赤くしてそっぽを向いており、
絢奈は熱々ね、と呟いている。そして黒影は……驚きの表情を浮かべていた。

「いい加減に……するのだぁああ!!」

「あ、すみません。お嬢さま」

当のハヤテは周囲の様子など気にした様子はなく、笑みを浮かべる。
無神経にも程があるだろ、とは思ったが口には出さない。
ハヤテは周囲を見回し、黒影の姿を認めた。
こちらに頭を下げ、向かっていく。

「まだ、僕を軍に加える気はありますか?」

黒影はナギを、それからハヤテを見つめ、頷いた。

「たとえ僕が死んでも、お嬢さまたちを守ってくれると約束してくれますか?」

「約束、しよう」

「それでは……僕もあなたと共に戦うことを、約束します」

そう言ったハヤテの顔は、決意に満ちていた。

「あの、黒影さん」

ヒナギクだった。どこか、必死だった。
その次に発せられた言葉はナギを驚愕させた。

「私も、ハヤテ君と一緒に戦わせてもらえませんか?」

「何を言っているんですか!?ヒナギクさん」

ハヤテが驚きの声を上げていたが、ヒナギクは一向に気にした様子は無かった。

「ハヤテ君は黙ってて。これは、私の問題なんだから」

口調は穏やかだったが、意志の強さが感じられ、ハヤテは黙り込んだ。

「わかった。お前も靡下に加えてやる。ただし、まずやってもらうことがある」

「何を、ですか?」

「お前には死んでもらう」

言った黒影の顔は、無表情だった。

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第十七話終了です。
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.22 )
日時: 2013/03/04 20:25
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは第十八話です。
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 第十八話 人の死ぬ戦場で生きる覚悟を

その言葉を言われた時、ハヤテやナギは怪訝な顔をしたが、
ヒナギクには黒影の言いたいことが良く分かった。
つまり、さっきまでのただ震えていただけの自分との決別。
それをしない限り、自分はハヤテと共に戦うことなど出来はしないと自分でも分かっていた。

「具体的には何をするのかしら?」

「簡単なこと。絢奈と戦ってもらうだけだ」

絢奈の強さはさっき見た。
剣はほとんど見えないような速度で動き、
冷静な動きは迷わず敵の急所を捕らえる。(一部冷静じゃないところもあったが)
勝てるのだろうか。
いつもの自分ならば、勝てるのか、ではなく、勝つと言える。
だが、今の自分は、恐怖を知ってしまった。
明確な殺意。この世界で戦う者は全て、それを備えている。
しかし、同じではないか、と思い直す。
ハヤテと共に戦う以上、その殺意とも戦わずにはいられない。

「いいわよ。やってやろうじゃない」

絢奈がヒナギクの前に出てきた。
黙って二振りの剣を抜き放つ。
ヒナギクもまた、剣を構えた。

「一回だけ言っておくけど、やめた方がいいわよ?」

絢奈の体から、おぞましいとまで言えるほどの殺気が噴き出してくる。
足が竦みそうになる自分を叱咤し、耐える。
絢奈の右腕が動く。剣。凄まじい圧力。
抗えたのは一瞬だった。
剣が弾き飛ばされた。
目の前に、剣が突きつけられる。
絢奈はくすくすと笑っていた。

「ほらね」

ヒナギクは何も言わず、再び剣を取り、構える。
地を蹴り、絢奈に飛び掛った。
絢奈はひらりとかわし、そのまま剣を振ってくる。
ヒナギクもそれをかわしたがもう一本の剣が迫っていた。

「くっ!」

かわせなかった。再び剣を突きつけられる。
凄まじいスピード。冷静な対処。巧みな剣の扱い。
どれも自分を上回るものだった。

それでも剣を振り続けた。
絢奈はヒナギクの攻撃を軽く受け流し、
斬撃を寸止めで繰り出してくる。
彼女にはまだ余力があることが明白だった。

「ほら、どうしたの?」

どんなに打ち込んでも避けられたり、剣で受け止められたりしてしまう。
息が上がっていた。胸が苦しい。
ふっと視界が白くなるのを感じた。
ほんの一瞬だけだったが、絢奈が攻撃するのには十分な時間だった。
また剣を突きつけられている。

「これであんたが死んだのは何回目かしらね?」

ハヤテの力になりたかった。
あの時のように足手まといになるのは嫌だったのだ。
生徒会長だからとかそんなちっぽけな理由ではなく、
一人の人間として、桂ヒナギクとしてハヤテを助けたかった。

「人を殺したこともないあんたがこの私に勝てるはずが無いのよ」

本当にそうなのだろうか。
人を殺したら強くなる。そんなことはない。
実際、人を殺したことのある盗賊と戦っても自分は負けることはない、という気がする。
だとしたら、自分と絢奈の間にはどんな差があるのだろうか。
覚悟。相手を殺すという覚悟。そして、自分が死ぬ覚悟。おそらくそれなのではないだろうか。
しかし、と思う。

「そんなの、覚悟でも何でもない……」

「一体、何を……?」

「私は死ぬ覚悟なんてしない」

ヒナギクはゆっくりと剣を構える。

「私は『生きる』覚悟をする」

その体には、今までとは違う気が立ち昇っていた。


「ふん。それじゃ私には勝てないわよ」

絢奈の鋭い斬撃。だが、今度は何故かはっきり見えた。
かわした。そして剣を振る。
自分の動きがどこかゆっくりとしていて、じれったい。
そこまで考えて、さっきまで荒くなっていた息が楽になっていることに気がついた。
どこかおかしい。絢奈の剣も、自分の剣も速度が遅く感じる。
激しく、打ち合った。渡り合っている。
周りのもの全てがはっきりと見える。
生えている草の一本一本。
絢奈の動き。額に浮かぶ汗すらも。
疑問に思った。本当に自分は戦っているのだろうかと。
頭の中だけで戦っている。そんな気さえした。

「やめ」

黒影の声。何を言っているのか。
まだ自分は戦える。そう言おうとした。

「お前の勝ちだ。桂ヒナギク」

次の瞬間ヒナギクは自分が意識を失うのを感じた。


目が覚めたとき、ヒナギクは布団の上だった。

「私は……一体?」

「あんたは死域に入ったのよ」

ヒナギクの疑問に答えたのは絢奈だった。
どうやら小屋の中にいたらしい。
それに、死域。一度聞いたことがある。
いつぞやのハヤテがその状態になったと壮馬が言っていた。
簡単に言うと、火事場の馬鹿力。
死んではいないが、生きているとも言えない状態。
それに武術の極みとも言っていた。

「生きる覚悟、ね」

絢奈が呟いた。
たしか、その死域とかいう状態になる前にそんなことを言った気がした。

「それがどうしたんですか?」

「いや、そんな覚悟をする奴なんてめったにいないから」

「どうしてですか?」

絢奈はヒナギクをじっと見つめ、一回溜め息をついて、言った。

「戦場では、敵も味方も次々に死んでいく。
 次は自分かもしれない。そういう恐怖を抱えながら私達は戦う。
 だから、恐怖を感じないようにするために、『死ぬ』覚悟をするのよ。
 でも、あんたは違う」

戸惑うヒナギクを他所に、絢奈は言葉を続ける。

「『生きる』覚悟はどんな窮地に陥っても生き抜くという覚悟。
 でも、本当に強い想いがないとただの腰抜け」

「絢奈さんは、どうなんですか?」

「私?家族を見殺しにしたこの私が、生きる覚悟なんてする訳ないじゃない」

そう言って、絢奈は自嘲するように笑った。
笑い終わった後、そういえばと、思い出したように言った。

「綾崎があんたをこの部屋まで運んだの。呼んで来るから、お礼でも言っておきなさい」

小屋の前にでも立っていたのだろうか。
絢奈が部屋を出てすぐにハヤテを連れて来た。

「ヒナギクさん」

そう言ってハヤテは黙り込んだ。
ヒナギクもすぐに言葉が出てこなかった。
沈黙を破ったのは絢奈だった。

「えっと、私は邪魔みたいだから、出て行くわね。
 あんた達の用意が出来しだい出発よ」

それだけ言って、絢奈は出て行ってしまい、
部屋の中は気まずい空気が漂う。

先に声を上げたのはハヤテだった。

「じゃ!じゃあ僕もこれで……!」

「あ、待って!」

足早に去ろうとするハヤテを思わず引き留めてしまった。
ハヤテがじっと見つめてくる。
ヒナギクは激しく後悔した。
何か、言わなくては。その思いが支配する。

「あ、あの。……これからよろしくお願いします」

「え?あ、いや。こ、こちらこそ……」

何をだよ!
まるで新婚初夜のような挨拶。
穴があったら入りたいとはこのことだ。

「わ、私!もう大丈夫だから」

「あ、ダメですよ!」

起き上がろうとしたヒナギクをハヤテが押さえる。
慌てていたため、体がよろめいて、布団の上に倒れた。

「痛っ!」

目を開けると、前にはハヤテの顔があった。
今の状態を確認すると、ハヤテが自分を押し倒しているという状態になる訳で……。
ハヤテは慌てて離れると、叫ぶように言った。

「い!今のはなんというかあの……!ふ!不可抗力というかその!」

「いえ!こちらこそお構いもせず……!」

「……へ?」

「あ……」

再びの沈黙。
暫く黙り込んだ後、ハヤテが立ち上がった。

「そろそろ行きましょうか……?」

「そ、そうね」

外に出た。
村の中は火を熾している為明るかったが、村の外はもう真っ暗だった。
ナギ達は出かける準備が終わっている。
暗くなったからといって、ここに留まる気はないようだ。
自分も同じだ、と思った。
この先の道は真っ暗でほとんど何も見えない中を突き進むことになる。
道案内はこの、闇に溶け込むような漆黒の男だ。

「行くぞ」

これから全てが始まる。
そう、思った。

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第十八話終了です。

それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.23 )
日時: 2013/03/04 22:09
名前: 絶影

どうも、絶影です。
それでは、第十九話です。
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 第十九話 ただいま訓練中……Bパートに続きます


ハヤテは黒影とすれ違った刹那、馬から叩き落されていた。
もうこれで五十回は落とされただろう。
遣っているのは、ハヤテが剣の長さほどの棒、黒影は槍の長さほどの棒である。

「どうした、綾崎?」


訓練と称され、初めにやったことは、息の続く限り、走ることだった。
戦ではどれだけ駆けられるかで生き残ることかどうかが決まる。
体力のない者はすぐに死んでしまうのだ。
だが、元々ハヤテもヒナギクも人並みはずれた体力を持っている。
特にこの件では問題にならなかった。

次に陸斗に教えられ、馬に乗る練習をさせられた。
黒影に訳を聞くと、将たる者、馬に乗れなくてどうする、と返された。
ただの兵隊として戦うものだと思っていたので意外なことではあったが、
ハヤテは馬に乗ることが実は得意だった。
幼い頃、父親に競馬場に連れて行かれた時に

「これはお馬さんが大好物な薬だよ♪」

と言われ、無理やり馬に怪しい薬を飲ませたり、
また乗馬クラブでバイトをしたりもしていたので
馬の扱いには自信があったのだ。

そのことを伝えると、ヒナギクからは何とも言えぬ表情をされたが、
陸斗からは、疾駆は(馬を本気で走らせること。競馬だと最後の直線コースでするあれ?)
したことはないのだろう、と笑われた。
確かにその通りだったので試しにやってみたら、見事に吹き飛び、陸斗に大笑いされた。

その後、馬に乗るコツを教えられ、疾駆しても落ちないようになった。
ちなみにヒナギクは途中から絢奈に教えられている。
壮馬が現れ、陸斗なんかに教えさせたら何をされるかわからないと騒ぎ立てたからだ。
陸斗は色々な意味で信用されていないらしい……。
少し可哀想にはなったが、以前の陸斗との会話から、擁護する気は全く起きなかった。
それからは馬上での武器の扱い方を教えられた。
馬上では剣を突いたりせず、斬った方が良いのだという。

次は戦いの訓練だった。
黒影と馬上で戦うのである。
勝つことは出来なかったが、最初に比べると少しはましになったと思っていた。
最初などは、剣を振るだけで馬から落ちそうになったのだから。

「もう一度、お願いします」

「よかろう」

再び馳せ違った時、ハヤテは腹を棒で突かれていた。
息が詰まり、気を失いそうになる。
だが、それを堪え、もう一度馳せ違うと意識が飛んだ。

水をかけられ、ハヤテは目を覚ました。
壮馬の顔がすぐ近くにあった。

「大丈夫ですか、綾崎殿?」

頷き、黒影の姿を探したが、少なくとも近くにはいないようだ。
壮馬はその様子に気がついたらしく、言った。

「黒影殿は屋敷に帰りましたよ。
 何かやることを思い出したと言っていました」

「そうなんですか」

これで訓練は終わりなのかな、と思い、立ち上がると壮馬に肩を掴まれた。
微妙な笑みを浮かべてくる。

「実は俺、黒影殿にとある訓練をするように言われたんですよ」

「とある訓練……?」

何故だろうか。物凄く嫌な予感がする。

「これです♪」

壮馬が取り出したのは弓矢だった。
鏃(矢の先端)はついてないが、代わりに重りのようなものがついている。
これが何を意味するのか、戸惑いを覚えると共に嫌な予感が拭えなかった。

「では三十歩の距離から始めましょう」

三十歩?何ですかそれは?
ハヤテが言われた通り壮馬から三十歩の距離に立つと、
突然壮馬が矢を射掛けてきた。

「!?」

ハヤテは咄嗟にそれをかわした。

「ちょっ!いきなり何を……!!」

「かわしちゃ駄目ですよ。掴まなきゃ」

「はぁ!?」

訳がわからなかった。
当たったら痛いじゃないですか!と言うと
逆に戦場で当たったら命に関わるますから、と返された。
確かにその通りである。
だが……。

「掴む必要はないじゃないですか!」

「いえいえ、掴むことができればかわすことなんて容易く出来ます。
 黒影殿は三方向から射られた矢を全て掴むことができると言われていますよ」

壮馬はにこやかに笑みを浮かべながら言い返す。

「ささ、始めましょう♪」

壮馬が恐い……と初めて思った。



「あ、そうだ。風呂入る?」

果てしなく長く感じた訓練が終わった後、絢奈が問いかけてきた。
ヒナギクは戸惑いながらも聞き返す。

「お風呂ってあったんですか?」

「そりゃあるわよ」

「でも今までそんなこと、一度も……」

「ああ、確か作者がやりたいネタがあるからその時まで風呂を出したくなかったって言ってたわ」

「物凄く嫌な予感がするんですけど」

そんな訳で風呂に辿り着いたヒナギクと絢奈。
その風呂はなかなか大きく、感心した。
話によると、絢奈が加入するまでここは男湯だったそうだ。
だが、絢奈が加わった時に黒影に掛け合い、奪い取った。
ちなみに男湯はその後、庭の隅にひっそりと作られたのだという。



ハヤテは疲労困憊の状態だった。
朝から歩兵達と共に走らされ、馬に乗る練習、それから黒影に突き倒され、壮馬に矢を射られ……。
壮馬曰く、厳しい訓練によって鍛えられた者は戦場で死ぬことが少なくなる、らしい。
だが、この訓練では戦場に出る前に死んでしまうような気がした。
実際、死んでしまう兵もいるという。

「綾崎殿。風呂に行きましょうよ」

壮馬がこんなことを言い出したのは、夕日が落ち始めた頃だった。
ようやく終わった、と倒れこんでしまいたいのを何とか抑え、
ハヤテは屋敷の中にある、風呂と書かれた表札を思い出す。

「それで、綾崎殿。風呂は庭の外に――ってあれ?」

壮馬が振り向いた時、ハヤテの姿は既に無かった。

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第十九話終了です。
それでは、また。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.24 )
日時: 2013/03/04 22:17
名前: 絶影

どうも、絶影です。

第二十話です。
ようやく追いついた…。
それでは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 第二十話 風呂場は死刑場なんですね。わかります。


「気持ちいいわね〜」

ヒナギクは久しぶりにまともに体を洗うことが出来て満足だった。
風呂に浸かっていると、絢奈がこちらをじっと見つめ、にやりと笑ってきた。

「な、何?」

「勝った」

「!」

明らかに絢奈の眼はヒナギクの体の一部分をロックオンしていた。
だが、そんなに差はない……と思う。
それに年齢のこともあった。

「だいたい絢奈さんは18歳でしょうが!私だって18になればそれくらい……」

「無理よ。だって原作者も成長しないって言ってたし」

「なっ!ていうか何でそんなこと知っているのよ!」

「ああ、この小説の作者が教えてくれたのよ」

「あの人、何無駄なこと教えてんのよ……」

何はともあれ二人は風呂に浸かりだした。

「そういえば、絢奈さんはどうして軍に?」

ずっと気になっていたことだった。
いくら強いといっても絢奈は女である。
男ばかりの軍の生活は大変だったに違いない。

「復讐のため、かな」

「復讐……?」

言っていることとは裏腹に、絢奈の表情は暗くない。
復讐というのは建前なのかもしれない。
さらに絢奈は言葉を続ける。

「私は死にたかったのよ。でもそんな時、あいつが生きる意味をくれた」

絢奈の言う『あいつ』が誰なのかはわからなかった。
でもそれを聞くには、まだ自分は絢奈のことを知らなすぎるという気がした。

「まぁ私の話はどうでもいいのよ。それより綾崎とはうまくいってるの?」

「え?……って何でそこでハヤテ君が出てくるのよ!」

「何となく。人の恋路とやらを聞いてみたいなーって思って」

「それ以前にどうして好きだと思ったのよ」

「え?だって好きなんでしょ?」

まるで確かめるかのように聞いてくる絢奈に、
ヒナギクは頷かざるをえなかった。

「どうして分かったの?」

絢奈はやれやれとばかりに首を振って言った。

「あんたを見てればわかるわよ」

というか公然の秘密だと思っていた、と付け加えられた。
そんなに自分は分かりやすいのだろうか?

「まぁ綾崎は鈍感みたいだから、頑張んなさいよ」

「絢奈さん」

「それと、絢奈でいいわよ」

「え?」

「もう私たちは仲間なんだから。わかった、ヒナ?」

「わかった。……絢奈」



その時、風呂の扉がガラッと開くのが二人の眼に入った。
そして現れた人物を見て、目を見開いた。

「ハヤテ君?」

「綾崎?」

そう、入ってきたのはハヤテだったのだ。
彼はヒナギク達には全く気がつかず、ふらふらと近づいてくる。

「綾崎って……女だった、の?」

ヒナギク自身、衝撃を受けていたため気がつかなかったが、
絢奈の声は低く、震えていた。

「いや、そんな訳は……」

「なら……殺していい?」

ヒナギクがハッと絢奈の方を見ると、絢奈が二振りの剣を取り出していた。
一体どこから取り出したのだろうか?

「ダメよ!きっと何か事情が……!」

二人の間で議論が交わされる中、ハヤテは湯船に浸かりだした。
幸い広いので気付かれてはいないが、色々とまずい状態である。

「ヒナ!見られてからじゃ遅いのよ!見られる前に斬るべきよ!」

いつもは冷静な絢奈が剣を持ちながらパニック状態になっている。
今の絢奈の頭の中の選択肢とはこんな感じなのだろう。
1斬る
2斬る
3斬る

「そんなこと言っても……!」

ヒナギクもまた、自分が取るべき行動を思い浮かべた。
1殺す
2死なす
3仕留める

「ええっ!もっと別の選択肢はないの!?」

A.あります。

「それは何っ!?」

4見せる

「できる訳無いでしょー!!!」

その時、ぱしゃっという水飛沫の音が聞こえた。
ハヤテの方を見ると、顔が水に浸かっている。
つまり今のハヤテは……。

「溺れてる!助けなきゃ!」

「待ちなさい。綾崎はそのままにしておきましょう」

そんな発言をする絢奈に、ヒナギクは怒りの視線を向ける。
だが、絢奈は肩を竦めるだけだった。

「良く考えなさい。これは助けている間に綾崎が目を覚ますっていう展開。
 助けたら見られることはお約束なのよ?」

冷静さを取り戻した絢奈の鋭い指摘にヒナギクは頷かざるを得なかった。
だが、このまま放っておけばハヤテは死んでしまう。
自分はどうするべきなのか。
ヒナギクが迷っている間に、絢奈は風呂から上がって脱衣所に向かっている。
そうだ、服を着てから助ければいいのだ!
大丈夫、ハヤテなら暫く放置していても死ぬはずがない!

決意も新たに、ヒナギクは風呂から出ようとする。
だが、そんな時……。

「いけない、いけない。うっかり寝てしまった」

ハヤテが顔を上げたのだ。
そして……。

「え?何でヒナギクさんがここに……?」

「それは……こっちの台詞よぉぉぉぉぉおおおお!!」

風呂の湯は赤く染まった……。


時間はハヤテが女湯に入った頃まで遡る。

「良い湯でしたね、黒影殿」

「ん?ああ、そうだな」

「しかし、綾崎殿はどこに行ったんでしょうか?」

ハヤテの姿は男湯の中にはなかった。
疲れて部屋で寝てしまったのだろうと思っていた壮馬に黒影は予想外のことを言う。

「そうだな。例えば、訓練で疲れきっているところに風呂を勧められて
 そういえば屋敷の中にあったなぁ〜とか思って女風呂に……」

「……え?」

「壮馬が教えなかったせいで。壮馬が教えなかったせいで!
 今頃風呂に入っているだろう絢奈や桂に消し炭されているかもしれん」

「お、俺。ちょっと見てきます!」

壮馬はその光景を連想し、駆け出した。

「女湯に行ったところで桂の叫び声が聞こえ、おもわず飛び込んだら
 絢奈がいた、なんてことがあるかもしれんから気をつけた方がいいな」

その言葉は壮馬の耳にはもちろん届いてなかった……。


ハヤテが死んでしまう!自分の失態によって!
今、壮馬の頭の中にあるのはそれだけだった。
女湯の前に駆け込み、扉に手をかける。

「ちょっと待てぇええい!!」

壮馬は突然叫び、冷静になる。
中にはハヤテがいるかはわからないが、絢奈やヒナギクがいることは間違いない。
もしハヤテがいなかったら、確実に自分は変態扱いだ。
そこまで考えるところがハヤテとの違いであり、
これで自身の血の惨劇は避けられたかもしれなかったのだが……。

「それは……こっちの台詞よぉぉぉぉぉおおおお!!」

運悪く発せられた、ヒナギクの叫び声。
これで、ハヤテがいることも確実なことになった。
その時点で、自身の危険の回避が消し飛んだ。

「大丈夫ですか、綾崎どのぉおお!!」

扉を開け、壮馬が見たもの、それは……。

「まさか正面から入ってくる奴がいるなんて思ってなかった。
 これからは正面にも犬を配置しな、きゃ……え?」

一糸纏わぬ姿の絢奈だった。
逃げなければならない。頭ではそれをわかっているが、体が動かない。

「あ……」

「……」

「あ、あの……」

「壮馬、言い残すことは?」

体を拭く布を手に取り、体に巻きつけながら絢奈は静かに言う。
壮馬が何も言えず立ち尽くしていると、
絢奈はどこからともなく剣を取り出す。

「ないの?じゃあ、打ち首と斬首。どっちがいい?」

「それって意味同じですからぁあああ!!!」

こうして、女風呂は中も脱衣所も血まみれになったとさ♪

「「何で音符!?」」

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 第二十話外伝 プロジェクト陸斗〜挑戦者たち〜「今夜は男の夢を懸けた物語です」


俺の名前は片桐陸斗。神崎軍騎兵指揮官だ。
今日は男の夢を懸けた熱い戦いについて語りたいと思う。

その夢とはもちろん……!



































覗きだ!!



……おい。待ってくれ。ていうかそんなに軽蔑した眼で見るなよ……。
今日は千載一遇の好機なんだ。
何故か、と言うと……。
女風呂の守護神である壮馬のボケナスが絢奈によって殺されたためなんだ!
(普段は陸斗が怪しい動きをする度に壮馬が止めています)
そういう訳で、行ってくるぜ!桃源郷へ!


だが、俺が部屋を出て女風呂を目指そうとすると……。

「リク、ト。ドコヘ、イク、ツモリダ……?」

ふらふらと目の前に現れたのは……壮馬だった。
どうやら地獄から舞い戻ってきたらしい……。
眼が狂気の光を放っている。正気ではない。

「やはり俺の前に立ちはだかるのか、壮馬……」

普段ならば俺は奴には勝てない。
チビで子供顔のくせに無駄に強いのだ。
だが、今日は違う。お前は立っているのがやっとのはずだ。
だから……殺るしかない!

「うぉぉぉおおおおおおおお!!」

























「う……」

やった。やったぞ俺は。
腕一本持って逝かれそうなったが、なんとか倒した。
これで俺の桃源郷への道を遮る者はいない。

さて、この満身創痍状態で正面から行っても、中に入れずただ死ぬだけだ。
ここはやはり裏から行くべきだろう。
たしか風呂場の近くに木があったはずだ。
その木に登れば中を見ることができるはず!


木に近づく俺の耳に届いたのは、凶暴そうな犬の吼え声だった。
前に現れたのは十匹近い数の犬。
犬歯を剥き出しにして唸っている。

「貴様ら、俺と殺ろうってんだな」

正直、もう辛い。だが、ここまで来て止められるか!
死んでいった綾崎や壮馬に申し訳が立たないじゃないか!

『はい……?』

『ていうか俺を倒したのはお前だろ』

聞こえない。何も聞こえない。
死した同士達よ、俺の勇士を見るが良い!

『『仲間にするなぁぁあああ!!』』




「かかってこいや、犬っころ共ぉおお!!」
























動物虐待はしちゃいけないんだぞ♪























「うぅ……」

やっ……た。俺は……やり遂げた……。
後はこの木に登って桃源郷へ……逝くだけだ……。
絢奈やヒナギクが風呂から出ているのは知っている。
いや、そうでなければ困る。
ただでさえあいつらの戦闘力は俺を凌駕している。
ましてこの状態で見つかったら逃げることも出来ず、嬲り殺しされるに違いない。
狙い目は三千院、マリア殿、牧村殿だ。

「よし!逝くぜぇぇええええ!!――ごぶっ!?」


その時、俺の顔に当たった固形物。
何なのかはわからない。だが、異様に目が染みる。

「め、め……目がぁああ!!」

天空の浮かぶ城の力を手に入れようとした男のように叫び、
俺は、力尽きた……。



「また、つまらぬものを」

「ど、どうしたのだ、マリア?」

「石鹸みたいなのを投げてたけど?」

「うぉ!何かこのお湯赤いぞ!」

「温泉なのかもしれないねー♪」

「あ、ここに血の湯って書いてありますね。
 効能は肩こり、腰痛、それに老化防止ですって」

「そうか。良かったなマリア!」

「良かったねーマリぽん」

「怒りますよ?」


こうして、男の夢を懸けた戦いは終わった。


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第二十話終了です。
次で今日はラストだぜ!
それではまた。
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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.25 )
日時: 2013/03/04 23:07
名前: 絶影

どうも、絶影です!
本日ラスト、第二十一話です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 第二十一話 臥竜と鳳雛

「どうしてダメなのだ!」

畏国静岡領の領主神崎黒影は、何度と無く拒絶しても聞き入れない
ナギのあまりのしつこさに溜め息をついた。

「だからダメだと言ったであろう?
 お前など、戦場に出しても犬死にするだけだ」

「そんなのやってみなければわからないだろう!」

一度は何も言わず、戦うことを諦めていたナギであったが、
ヒナギクが軍に入ったためか、自分も戦うと言い出したのである。

「戦場にやってみなければ、という言葉はない。生きるか死ぬか、だ。
 それにお前、剣さえもまともに扱えないのだろう?」

「そ、それが何だと言うのだ!
 執事が戦うのに主が戦わないなど、許されることではないのだ!」

そのナギの言葉に、黒影は呆れて首を振る。

「俺が奴ならば、主には安全な場所に居てほしいと思うがな。
 たとえ自分が死んでも主を守る。それが臣というものだ」

「う、うるさいうるさい!もうお前なんかに頼むものか!」

ナギはそう叫ぶと、外に飛び出していった。

「わからんな……」

「何が、でございましょう?」

琉海だった。
部屋の隅に控えていた彼だったが、呟きは聞こえたらしい。

「あいつの言葉がわからん」

「私には少し、分かるような気がします」

黒影は琉海に目を向けた。
琉海は一回咳払いをし、語り始める。

「彼らには、主と臣という繋がりだけではないように感じられませんか?」

「ふむ」

「綾崎殿が人を殺めてしまった後の三千院殿の態度。
 そして、その後の綾崎殿の行動」

「確かにあれには驚いたな」

あの時までは、ハヤテがナギを守るのは臣であるから、という理由だけだと思っていた。
だがあの光景を見たとき、自分が考えていたこととは少し違うのではないかと思ったのは事実だ。

「あの二人には君臣の交わりというだけではなく、
 一種の友情、又は愛情のようなものがあるのではないかと思います」

黒影は溜め息をつき、目を閉じた。

「やっぱりわからんな。だが少しだけ、羨ましいような気もする」




「まったく。どうしてダメなのだ!」

確かに理論的に考えて、自分が戦うというのは少々無理がある。
だが、そうですかと言って簡単に納得出来なかった。
何か出来ることがあるはずなのだ、と肩を怒らせるナギの耳に陸斗の呻き声が聞こえた。

「あー!お前、何でそれに気がつくんだよぉ……!」

「こんな簡単な罠に引っかかるわけないだろ」

見ると、陸斗と壮馬が机の上で向かい合っている。
机の上には、何かの板が乗っていた。

「お前達、何をやっているのだ?」

「おうナギちん。壮馬がいじめるんだ、助けてくれよ〜」

「ナギちん?」

「いじめるとは人聞きの悪い。だいたい勝負を仕掛けてきたのは陸斗の方だろ」

「だから、何をやっているのだ?」

板の上を覗き込むと、歩兵とか騎兵とか書いてある駒が何個も並べられていた。

「これは実際の戦場を想定し軍を動かして大将を討つという、まぁ遊びのようなものですね」

「ふーん」

「負けた方は昼飯奢れって言うんだぜ?全く卑しい奴でよ」

「だからお前が誘ったんだろ!」

さらによく見ると、陸斗の色は白。壮馬の色は黒であり、
どこと無く、チェスに似ているような気もしなくもない。
情勢は圧倒的に白の数が少なく、大将と書かれた駒の周りには大して駒はない。
対し、壮馬は大将の駒の周りをしっかりと固めていた。
陸斗の不利が手に取るようにわかったが、
黒の壮馬側にも隙がないとは言えない。

「おい、陸斗。動かしてもいいか?」

白の駒を掴み、陸斗に言った。

「いいぜ、別に……」

もう諦めたのか、陸斗は力なく答える。

「俺も構いませんけど」

勝利を確信しているのか、壮馬も笑いながら言った。

ナギは、壮馬側の大将の後方に残っている騎兵に目をつけていた。
おそらく、陸斗が何らかの攻撃を仕掛け、逆襲されたのだろう。
それを一つにまとめつつ、自軍の大将の近くに残っていた騎兵を二つに分け、片方は一つに
もう片方は小隊に分けて壮馬の方に走らせた。
大将の前には歩兵を置き、少しずつ下げ始める。

壮馬は騎兵には騎兵を、歩兵には歩兵を当ててきた。
騎兵も歩兵も、兵力には圧倒的な差があるが少しは耐えられるだろう。
歩兵は小さくまとめ、敵が兵力を生かせないようにしつつ、
騎兵は一隊以外は小さく分散した。
壮馬の騎兵は一つにまとめてある方の騎兵を囲み、
歩兵はこちらの歩兵を打ち破るために全力を注いでいる。

壮馬の苛立ちがわかるようだった。
崩れそうでなかなか崩れないナギの軍勢を見て、
壮馬が大将を守るために使っていた駒も前進させ始める。
もらった、と思った。今、壮馬側の大将はほとんど裸同然である。
歩兵にはそのまま耐えさせ、騎兵は小隊に分かれていた部隊を一つにまとめた。
そして、その部隊をそのまま敵の本陣に向かわせた。

「え!?」

自軍の大将の危機にようやく気がついた壮馬は、大将を守るために騎兵を、そして歩兵を引き返させ始める。
そこでナギは一斉に追い討ちをかけた。
隣で陸斗のおおっ!という声が聞こえる。
味方は間に合わない、と思ったのだろう。
壮馬は大将を後方に下げ始めた。
そう、ナギが一番初めに一つにまとめた騎兵の元に。

「う……嘘ぉ……」

待っていたとばかりに大将に襲い掛かる騎兵。
壮馬の大将は討ち取られ、ナギ側の勝利が確定した。

「でかしたぞ、ナギちょん!!」

「ナギちょん?」

陸斗が背中をバシバシと叩く。
痛いではないか!と言いつつも頬が緩んだ。
そうだ、戦場で戦わなくても作戦の立案ならばできるではないかと。

「ほ〜ら、壮馬君。飯食いに行こうぜ〜♪」

「卑怯だぁ〜」

とか何とか言っている二人を尻目に、ナギは再び黒影の部屋に駆け込んだ。

「おい、三千院。さっきの件ならば――」

「軍師をやる!!」

ナギは目をキラキラさせながら叫んだ。

「……は?」

黒影は訳が分からんとばかりに首を傾げる。
傍にいた琉海もポカンと口を開けていた。

「この諸葛亮ナギにかかれば、どんな敵もイチコロなのだー!!」

かの天才軍師、諸葛亮孔明にちなんだ名前を勝手に付けるナギ。
そんなナギに水を差す者があった。

「あなたが諸葛亮を名乗るとはおこがましいですよ、ナギ」

「ぬ!マリアか!!」

マリアである。

「あなたはせいぜいホウ統(漢字で出ませんでした…)が良い所ですわ♪」

「えーあいつ?あいつ簡単に死んじゃう奴じゃないかー」

「いい加減にしろ!!」

戦がどういうものかも知らないナギやマリアに
軍師などを任せることは出来ないと、思ったのであろう。
苛立ちを露にして、黒影は叫んだ。

「軍師などいらん。お前たちの遊びで我々に命をかけさせることなど許さん。
 わかったな?」

だが、黒影の剣幕にも怯まず、それどころかマリアはくすりと笑い、言った。

「では、遊びでなければよいのですね?」

「何……?」

マリアはさっきナギが壮馬と対戦した板と駒を取り出した。

「これを私と黒影さんで対戦して私が勝ったら、私とナギを軍師に。
 負けたらもう二度とこんなことは言わない、というのはどうでしょう?」

「おい、マリア。何でお前が……」

マリアは何も言わず、手でナギを制した。
顔にはにっこりと笑みを浮かべている。

「ふざけるな。何でそんなものをやらねばならん」

「あら、お逃げになるのですね?」

後ろを向いた黒影の体がピクリと反応するのが分かった。

「あの漆黒竜とまで呼ばれて、敵味方問わず恐れられている黒影さんが、
 私のような小娘に恐れを為して尻尾を巻いて逃げると仰るんですね♪」

「ざ、戯れ言を。そんな挑発に私が乗るとでも?」

言葉と裏腹に、黒影の顔はピクピクと引き攣っている。
普段あまりに表情を動かさない彼には珍しい光景で少し面白い。

「しょうがないですわね。私も弱い者いじめする趣味はないですし。
 対戦は黒影さんがもう少し強くなってからで……」

そこまで言うとマリアは言葉を切った。
黒影の様子を窺っている。

「……る」

「え?何ですか?♪」

「……やってやる」

「く、黒影様!?」

「やってやろうではないか。私は壮馬や陸斗とは違うぞ」

「お手柔らかに、ですわ♪」

その後、ナギは琉海に外に連れ出されたため、勝負の結果がどうなったのか知らない。
だが翌日、軍師として就任した。笑顔を浮かべたマリアと共に。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

少々いや、かなりめちゃくちゃでしたが、何とか先に進むことが出来ました(笑)

ちなみにマリアさんとナギにはあだ名がつきました。
マリアさんは臥竜(諸葛亮孔明の異名:雲に乗っていない竜)
ナギは鳳雛(ホウ統の異名:鳳凰の雛)です。
牧村さんには俊英辺りをあだ名にしようかと…

それではまた次回〜



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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編(3月4日更新) ( No.26 )
日時: 2013/04/07 12:03
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=23

お久しぶりです。

ここまでの更新お疲れ様です。


ナギとマリアが軍師就任。
頭がいいので適任だとこちらも思います。


陸斗は本当に馴れ馴れしい性格ですね。
親しみがあるということですかね?


続きがいつになるかわかりませんが、ナギたちの動き楽しみにしています。


それでは、がんばってください。

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Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編(3月4日更新) ( No.27 )
日時: 2013/05/11 13:44
名前: くっくっく黒マテリア

こんちは!
師匠!
お久しぶりであります!
一年以上これなくてすいませんっす
まさかひなゆめがあんなことになるなんて思っていなくて・・・

さっそく新作書いたんですね!
やっぱりあなた最高!
ギルやらジェノバやらFFネタ使ってくれていて感激!
絶影さんの初作品が一番好きだけどこれも好きだ!
復活まってますよーーー
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