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by 雪月 |
小説投稿 | 2016年 3月14日(月)23時 4分 |
この小説は『オーディンスフィア』及び『オーディンスフィア レイヴスラシル』の二次創作小説です。 原作に関する多大なネタバレ、並びに設定捏造が含まれております。ご了承ください。
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ラグナネイブルとタイタニアの国境に広がるイルリットの深い森。そんな辺境の地に、一つ古ぼけた城が建てられている。 かつてはラグナネイブルの王、オーダインの妻がこの地で晩年を過ごした城だが、今この地は彼の手を離れ、別の者が所有している。
黒い剣士 オズワルド。
二匹の竜を切り伏せた「魔剣使い」 死の影を纏い戦場に死を撒き散らす「死神」 彼を畏れる呼び名は数多くあれど、今はこの城にて、その名と剣を置いた慎ましい生活をしている。 一人の愛する妻と、一人の使用人と、一人の後見人と共に。 これは、そんな古城での穏やかな一幕。
「ねぇ、ミリス」
書庫。 グウェンドリンは本を読み進めていた手を止め、すぐ傍で繕い物をしていた使用人に声をかける。 本来であれば主人の目の前で繕い物などもってのほかだが、4人しか住んでいないこの城において唯一の使用人である彼女がすることは非常に多い。 主であるグウェンドリンの傍から離れすぎて、彼女に手を煩わせることがあってはならないし、繕いや料理などの本来の仕事を疎かにするわけにはいかない。 幸い、主人は目の前で仕事をしていることを一々咎めるようなことをする人ではなく、そんなに畏まらないでほしいと、城の主からも許しを得ている。 大義名分を得た、というわけではないが、使用人一人ということを考えればこれぐらいのことは妥協しなければならない、と思う。 そんな内心を知ってか知らずか、グウェンドリンは読んでいた本を使用人に近づけ、こう続ける。
「この、バレンタインデイ、というのは何かしら?」
グウェンドリンが興味を持ったのは、本に書かれていた一つの言葉。 バレンタインという言葉で一番に思いつくのは、かつて祖国と戦争をし、そしてすでに亡びた魔法王国の名前。 その王国は極めて優れた魔法技術を持ち、その力で大きく発展してきた歴史があり、文化的にも優れていたと言われている。 その国の名を冠する日、と考えると、その日は特に何か大きな催しがあったのではないか、と想像するに難くない。それだけでグウェンドリンにとっては興味深い。 ああ、とその言葉を懐かしいかの様に簡単を漏らし答える。
「バレンタインデイ、というのは、かつてバレンタイン王国で行われていた……お祭り? ではないですね……まぁ、催し物、とでも言いましょうか」
と、少し歯切れの悪い言葉で。
「催し物?」
「はい。いわゆる、国家行事として行われていたことではなく、バレンタインの庶民の間で広まったことです」
そう言うと、ミリスは小さな声で「懐かしいですね」と零した。 彼女自身、祖国の習慣を今になって聞くとは思っていなかったのだろう。
「元々はバレンタイン国王の結婚式が行われた日なんです」
結婚式というその言葉に、グウェンドリンに少しだけ肩を揺らす。 ラグナネイブルにおいて、というより戦場を翔るワルキューレにとって結婚というのは不名誉なことでしかない。 今現在結婚している身であるのに、その価値観を持ち続けているのはおかしなことではあるが、昔からの価値観というのは簡単には抜けてくれないものらしい。 その様子を見て「まぁ、一般的には結婚というのはめでたいことですから」と、苦笑しながら話を続ける。
結婚式は大変な祭りとなったこと。 その結婚式に触発されて、その日に愛の告白を行うものが増えたこと。 それが転じて、恋しい人に向けて贈り物を行うという行為が増えていったこと。 そして、いつしかその日のことを誰ともなく、バレンタインデイ、と呼ぶようになったこと。
「バレンタインデイが生まれたのは、そういった経緯があってのことです」
恋しい人に贈り物を送る。 グウェンドリンはその言葉を、頭の中でぐるぐる回す。 なんて素敵な習慣だろう。 大切な人にその思いを伝える日。誰の目もはばかることなく、そんな日が存在していることにグウェンドリンは驚きを隠せない。 そして同時に思い出す。
“私、まだ何も送っていない”
バレンタインデイのことは置いておくとしても、自分は夫に何もしてあげられていないことに気付く。 薬指に輝く指輪。大罪を犯したがために、二度と手にすることはないだろうと思っていた、姉から譲り受け、絶えず己を守り続けてくれた槍。 そもそも今この城で不自由ない暮らしが出来ていること。 そして何よりも自分が求めて止まなかった、自分をこれ以上なく満たしてくれる愛。 どれもこれも、彼から与えられたかけがえのないものだった。
けれど自分は? 自分は彼に何をしてあげた? 傷つけるばかりで、何もしていないではないか。 自分はまだ何もしていない。 こんなにも愛しているのに、自分は、何もしていない。
「その……贈り物というのは……」
それに気付いた時、グウェンドリンは弱々しく呟く。 自分に対する情けなさやら恥ずかしさやらが、自分にも分かるくらいに声に表れていた。
「心のこもった贈り物であれば何でも……ですが、バレンタイン王国ではチョコの実を使ったお菓子が一般的でしたね」
「お菓子……」
そういえば、バレンタインデイはもうそろそろですね。と呟くと、思い出したかのように手を叩いて告げる。
「そうだ、オズワルド様に作って差し上げたらいかがですか?」
「わ、私が!?」
「ええ、きっとお喜びになると思いますわ」
微笑みながら胸の前で手を合わせた使用人は、まさに名案だとばかりに微笑みを崩さない。 それと対比するかのように、主人は狼狽する。
「で、でも私、料理は……」
作ったことがない。 当然だ、ラグナネイブルの第2王女。戦場ではワルキューレを率いる軍団長。 そんな彼女にとって料理は料理人や使用人がすることであり、仮に戦場で野営などをする時でも、部下が用意してくれた。 彼女自身がすることなど、何もなかったのである。
「大丈夫です、私が教えますから」
しかし、それではいけないばかりにミリスは引かない。 王女であったとしても、今は結婚をした身である。 そういえば、彼女は花嫁修業のようなものも一切したことがない。 もちろん大部分は自分が担うつもりではあるが、彼女の主人からしてみれば愛妻が手料理をふるまってくれるのなら喜ぶに決まっている。 ならばそれを手助けするのが、従者である自分の役目だろう。
「そうと決まれば、さっそく準備いたしましょう」
「ちょ、ちょっとミリス」
忙しくなるとばかりに忙しなく準備を始める従者に、主は戸惑いながらもついていった。
「のう、オズワルド……」
城の庭にある果樹園をいじりながら、ブロムは共に世話をする青年に声をかける。
「別にわしの仕事を手伝わなくてもいいんじゃぞ?」
「いいんだ、何もしていないのは性に合わないし」
仮にも城の主であるにも関わらず、そんな言葉が出てくるオズワルドに対して、ブロムは長く息を吐く。 確かに、元々オズワルドは城の主に収まるような人物ではない。 彼の日常は戦いの毎日だった。今でも、自分には剣をふるう事しかできないと彼自身思っている。 戦いがなければ剣の腕を磨き、その磨いた腕で戦場に死を振り撒く。 しかし、今はそんな戦いからは大きく身を引いている。 ラグナネイブルとタイタニアは友好関係にあり、その境目にあるこの城が戦火に巻き込まれることは殆どないに等しい。 イルリットの森には魔物も多く潜むが、そんな魔物達が城を襲うことは無い。 ゴブリンを始めとしたならず者が財宝目当てに城に忍び込むことは考えられるが、仮に来た所で大陸最強の剣士敵う訳も無く。またいくらならず者だからとはいえ、ラグナネイブル王家縁の城を攻めてくる可能性はかなり低い。 ただ戦いから身を引いた、というだけでなく。今この城の立地以上に平穏なところなど無いのではないかと思える程に、ここでは穏やかな日々が送られている。 もちろんそれは良い事なのだが、殺伐とした日常を過ごしてきたオズワルドにとっては、今の日々はギャップが大きい。 はっきり言って暇なのである。 だからという訳でもないだろうが、人がアクセク働いている横で何もせずにいるというのがオズワルドにとってはたえられないらしい。
「それに……」
「ん?」
「ブロムにばかり苦労をかけさせる訳にはいかないだろう?」
その言葉にブロムは眼を見開く。 それは違う、そう答えようとして口を噤んだ。 老人にとって、今彼のもとにいるのは贖罪の為である。 自分の作った魔剣のせいでオズワルドの人生を狂わせてしまったから。 彼の不幸を雪ぐために今こうやって汗を流しているのだと。 しかし、今のこの青年の顔はどうだろう。 穏やかな微笑みをこぼし、今の生活に不満を感じているようにはとても思えない。 いや、その様子を見ればわかる。彼は遠ざかってしまったはずの幸福を自らの手で掴み取ったのだ。 その姿を見て、誰が彼を不幸な青年だと呼ぼうか。
“心の優しい子じゃ”
今思うと彼は本来戦いには向かなかった人間なのかもしれない。 ただ人並み以上の戦う力を持っていただけ。 今のこんな穏やかな生活こそが、彼に相応しい生き方なのではないか。 そう思い、老人は一言。
「そうか……」
そう言って、感慨深そうに微笑んだ。
庭の整理を終えた二人が城に戻ると、甘い匂いが立ち込めているのに気がつく。
「姫様がお茶をしていらっしゃるのかもしれないな」
ブロムの言葉に「ああ」と小さな返事をした後。
「ちょうどいい、俺達もお茶を貰いにいこう」
「ワシらの分の菓子はないかもしれんぞ」
「仕方ないさ」
チョコの実の甘い匂いをたどって、二人は食堂へと足を向ける。 その二人の姿はまるで祖父と孫のようにも見えた。
「ミ、ミリス、この後はどうすればいいの?」
「はい、この後は……」
食堂の隣、調理場にてグウェンドリンはミリスの指導を受け、お菓子作りに励んでいた。 料理をしたことの無い人間がいきなりお菓子を作るというのは中々難しいもので、本来お菓子作りにかかる時間よりも遥かに長い時間をかけて調理を進めていく。 幸い、不恰好ではあるものの、失敗と呼ぶほどのものではなく、味に関しても決して悪いわけではない。 案外才能があるのかもしれない。
「はい、これで一旦冷ましましょう」
その言葉に、ずっと火に向かっていたグウェンドリンは、ようやく人心地ついた気持ちになる。 火を止めて大きく息を吐くとポツリと呟く。
「料理って大変なのね……」
「慣れればなんてことはありませんよ」
その様子に使用人は、自分の主人はなんてかわいらしい人なのだろうと微笑む。 自分が少し強引にこの状況を作ったことは間違いないが、オズワルド様のためになる、と納得してからはその態度はとても真摯だ。 料理が不得手なのは理解した上で、それでも一生懸命に料理を作るその姿を見て、好意的な気持ちを持たない人はそういないだろう。 料理が上手なことに越したことはないだろうが、一番必要な愛情に関してはこれ以上ないくらいに足りていると思う。
「オズワルド様は喜んでくださるかしら……」
ええきっと、ミリスがそう答えるのと調理場の入り口から声が聞こえてきるのは、同時だった。
「グウェンドリン……?」
「オ、オズワルド様!?」
思いがけぬ人物の登場にグウェンドリンはこれ以上ないほどに狼狽する。 こんな不格好なものを作っていると知られるのは、この上なく恥ずかしい。
「これはこれは、姫様がお菓子作りとは」
「ええ、バレンタインデイが近いですからね」
「バレンタインデイ?」
聞きなれぬ言葉に疑問を漏らすオズワルドと、その言葉に「そういえば」と納得するブロム。 唯一その存在を知らないオズワルドがミリスに訊ねるが「今はまだ内緒です」と微笑みながら答える。 仲間外れにされたようで少し面白くないが、その様子を見る限り、決して悪いものではないのだろう。 ならば無理に問いただすことはすべきではないと思い、オズワルドは視線をグウェンドリンに戻す。
「君が料理を?」
「は、はい」
そう答え、グウェンドリンは少しばかり顔が赤くなった気がした。 料理を作っていたこと自体は決して恥ずかしいことではないはずなのに、どうしてか顔の熱が冷めてくれない。 そうか、と微笑む彼の顔が、瞳が、自分の全てを見透かしているような気がしてしまいどうしても恥ずかしくなってしまう。
“これでは駄目”
そうだ、何を恥ずかしがっているのだろう。 これは彼に愛を伝えるための行為なのだ。 自分に多くを与えてくれた彼のように、自分も、少しづつでも彼に与えたい。 恥ずかしいことなど一つもない。 自分は彼を愛している。 その想いに、一片の曇りもないのだから。
「あの、オズワルド様」
意を決して、彼に語り掛ける。 彼は受け入れてくれるだろうか、そんなことを大真面目に思いながら。 彼のまっすぐな瞳を、こちらもまっすぐに見つめ返して。
「その……このお菓子が出来たら……食べて頂けますか?」
「ああ、もちろん」
そして、杞憂だったといわんばかりに彼は彼女の望む言葉を応えてくれる。 それだけで、彼女は胸が苦しくなるほど嬉しくなる。 ああ、なんて幸福なのだろう。 その内心が隠せないほどの美しい笑顔がグウェンドリンに顔に点った。
その様子を見てミリスとブロムは嬉しそうに微笑む。 この若夫婦は本当に微笑ましい。見ているこちらが恥ずかしくなるほどに。 この二人はきっと何があっても引き裂くことはできないだろう。 どんなことがあろうとも、この愛を温めあっていくのだろう。
「それでは、お菓子作りも休憩中ですし、皆でお茶に致しましょうか」
自分達にできることは、この二人の愛を見守ること。 どうかこの穏やかで暖かな日が長く永く続くように。 二人の笑顔がずっと守られるように、そんな願いを込めて。
古城の中の穏やかな一幕。 チョコの香りと暖かな日の光が古城を包み込んでいく。
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