止まり木ユーザーBLOG

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5 | ネームレス | 2019年11月10日(日)20時30分

「……」
「……」
「あなたー。掃除終わったー?」
「おーう。準備完了だぜー」

 二人が奇妙な睨み合いをしている中、大人二人は何時もの調子で開店準備をしていた。
 今日の天気は雨で窓からは薄暗い景色とザーザーと降り注ぐ雨のが見えていた。

「お前らも、いつまでも睨み合ってないで動いてくれ」

 ランドは動かない二人に対してそう訴える。
 しかし、二人は動かない。先ほどからこの調子なのだ。
 何かあったわけでもなく、顔を合わせた途端睨み合い、そのままだ。

「おい」
「あなた」

 ランドは再び声をかけようとし、フレイはそれを止める。

「……はぁ。俺とお前の時はもっと簡単だったと思うんだったが」
「そうだったかしら。これはロックスたちに確かめてみなきゃならないわね」
「やめてくれ……」
「今は言葉が見つかってないだけだろうから、そっとしておきましょう」
「……世話焼ける息子と居候だ」
「魔王に対してそういう態度でいれるあなたも凄いわね」
「ま、マオちゃんだからな」
「それもそうね」

 二人に聞こえないようにヒソヒソと話し、互いに持ち場へと戻る。
 しかし、二人とも直感していた。
 この関係は長くは続かない。終わるにしろ、続くにしろ__。



 朝一番で目を合わせるものの、睨まれたから睨み返すがかける言葉もなくなんとなくでそのままだ。
 いや、睨んだのはこっちからかもしれない。どっちからかはわからない。
 喉の奥まで出かけてる言葉は幾度も形を成しかけ、霧散する。
 居心地の悪い状況が続く。

「…………ふん」
「……ぁ」

 しばらくして、魔王は自分から目を逸らし、作業へと戻った。
 やはり魔王には自分なりの結論が出ているのだろうか。
 だとしたら……悩んでいるのは、自分だけか。


 ◯


「アル坊酒だー!」
「つまみー!」
「飯ー!」
「撫でさせろー!」
「絡ませろー!」
「絡みつくなああああああああああああああああ!!!」

 アルの悩みなどいず知らず、店が始まってしまえば考える時間が消えていく。というか無い。
 どれだけ崇高な悩みを持っていようと、酔っ払いの前では全てが無に還る。そのことを痛感するアルであった。
 そんな風に揉みくちゃにされるアルを傍目に、マオはカウンターに座り優雅に昼休憩である。

「彼奴はいつもあんななのか?」
「そんなに不思議かしら」
「不思議じゃの。聞けば彼奴は冒険者でも無いのじゃろう? 我が知る冒険者とは、周りが思う以上に排他的なところがあったはずじゃが」

 冒険者は依頼の内容にもよるが危険な仕事が多い。上に行けば行くほど危険度は増す。しかし、低ければ死なない、ということは残念ながら無いのだ。
 中級冒険者が魔物の中でも最低レベルに当たるラビット(兎型の小型魔物)に対し、不運が重なって殺されてしまうということも過去に何度かあったぐらいだ。
 そのため、明るく振舞い豪快なイメージが強い冒険者だが本当に大切な部分に他者を招き入れることはしない。自分の奥の手は仲間であっても明かさない場合が多い。
 が、アルと触れ合う冒険者の姿はまるで息子に構う父親のようだった。

「そうねー……私もわからないのよ。アルって諦めが早いし自分の世界を広げようとしないところがあるから。明るく見えて外だと冒険者以外に知り合い一人いないのよ? 学校にも行かないから同年代にも知り合いがいない……そんな社会不適合者がどうやってロックスたちと仲良くなったのかしら」
「お主……自分の息子に対して言い過ぎではないか?」

 そんな魔王の言葉を軽く流し、フレイはランドに目を向けた。

「ほんと〜に、何があったのかしら。ねえ?」
「なぜ俺を見るマイスイートハニー」
「さあ何故かしら」
「俺は何も知らんぞ」
「何も言ってないのだけれど」
「……」

 ランドは逃げるように冒険者の輪に加わった。

「いろいろあるのじゃな」
「本当にね」

 クスッと笑い、視線を魔王に合わせる。

「あなたと一緒」
「……」

 そして、魔王もまた逃げるように接客に向かった。

「誰も彼も秘密主義ね〜……」

 ただ一人、残ったフレイがポツリと呟き、笑いながら作業へと戻った。



 誰にでも秘密がある。抱えているものがある。
 そして、それを誰かに打ち明けるということはできない。
 打ち明けるということは、心を開くということ。
 開いた心は無防備だ。あまりにも弱く、脆い。
 故に、生き物は自身の全てを誰かに打ち明けるということは本能的に避けることだ。
 そしてまた、我も隠している。
 複雑な感情。
 魔王とマオの感情。
 千年前抱いていた感情。
 今に芽生えた感情。
 胸の内に秘める数々の感情。
 それを誰かに打ち明けることなど、絶対にありえない。
 なぜか__恐らくそれが、自身の存在の否定になってしまうから。そんな気がする。
 わかっている。
 千年前の栄光に縋っているだけだということは。
 此奴らが本気で受け入れようとしていることは。
 しかし、それを受け入れると、昔の自分が否定されてしまう気がして……それが恐ろしく怖い。
 だから、吐けず、溜まって行く。

「……ォ。マオ!」
「ん、んぅ? なんじゃ」
「なんじゃ、じゃねえ! 仕事だボケ!」

 溜まる。

「ぼ、ボケとはなんじゃキサマ!」
「ボケはボケだ! 運べ!」

 溜まる。

「なっ……! ビール十個などどう運べと」
「クソ親父なら五十はいける」
「なん……だと……」
「こらぁ! バカ息子! 嘘ついてんじゃねえ!」

 溜まる。

「ランドー。ビール五十追加だー!」
「失敗したらお前持ち、成功したら倍払うぜ!」
「ほれ。試されてんぜ」
「や、やってやんよぉ!」

 溜まる。

「お、おい。無理せん方が……」
「ビール五十よ〜」
「早いの!?」
「やってやるぜー!」
「クソ親父が失敗しますように」
「テメエ!」

 溜まる。

「うぎゃああああああ!?」
「「「「「知ってた」」」」」
「しばらく給料無しね」
「はは、ざまぁ」
「ば、バカ息子ぉぉおおおおお!」

 溜まる。

「おいおい。またやってるぜ」
「放っとけ。いつものことだから」
「翼の休憩所名物、親子喧嘩だ」
「あれ、名物かよ」
「じゃれあいだから心配ねえだろ」
「どうせ最後はフレイさんに__」
「ボム」
「「あぎゃあああああああ!!?」」
「__止められるしな」
「たしかにな」

 笑いが満ちる。
 溜まる。
 __楽しい。
 溜まる。
 __こんなの、知らない。
 溜まる。
 __ずっとここにいられたら。
 溜まる。
 __こんなもの、知らない。

 溜まる。



 がらん、と音が鳴った。

「……マオ?」

 焦げた髪を整えながら、音の発生源であるマオを見る。
 足元にはマオの手から零れたのであろうおぼん。
 だが、そんなことは意識の外だった。

「マオ。どうした」

 マオは、魂が抜けてしまったかのように棒立ちしていた。
 体からは力が抜け、だらんと腕が下がっている。顔は俯き、長い髪が表情を隠す。
 先ほどまでの騒ぎもなりを潜め、皆が心配そうにマオを見つめていた。

「おい、マ__」

 __オ。
 言葉は続かない。

「アル! 伏せろ!」

 ドォオオオオオオオン!!!

 途方もない光と音が辺りを蹂躙する。
 日常が、一変した。


 ◯


 その街は嵐に包まれていた。
 それも自然的なものではない。あくまで人為的な……いや、“魔為的”な魔法によって作り出されたものだ。
 街中は混乱に包まれ、人々の悲鳴が響いていた。

「おらぁ! てめえら出番だ!」

 その中で大きく声を上げる存在がいる。
 恐怖を慎重さに、怒りを原動力に変え、理不尽なまでの力に抗わんとする人間__冒険者だ。
 その声に続くように、次々と自身の獲物を抜いて行く冒険者たち。
 そして__

「さ、誰が一番人間を殺すか勝負な」
「えー、俺腹減ってんだけど」
「一番殺した奴が肉総取りな」
「肉は山分けだろ!」

 __まるで遊びに来たような調子でこの状況を作り出した四体の魔族。
 背中から生えた漆黒の翼を使いこの嵐の中を悠然と空を飛ぶ。冒険者たちは忌々しげにその光景を睨んだ。

「魔法班、やれぇー!」

 掛け声とともに火が、水が、風が、岩が、氷が、雷が、致死の威力を持って魔族へ奔る。
 魔族はそれに対し、避ける素振りすら見せず、直撃。

「やったか!?」

 誰かが叫ぶ。
 攻撃の余波による煙で視界が遮られる。
 終わったのか。
 そうでないのか。
 静寂が場を支配する。
 そして、その場にいる全員の緊張が高まり、限界まで張り詰めた__瞬間。

「いっちばんのりー!」
「ぐぁあ!?」

 高速で突進してくる魔族に誰も反応出来ず、冒険者が一人攫われる。

「ドルド!」
「ぅ……ぐ、あ……」
「あはは! 人間弱いよ!」

 魔族は先ほどの攻撃などまるで無かったかのように騒ぐ。
 煙も晴れ、残りの魔族も姿を表した。
 __全員無傷で。

「いてて。全く、無駄な力使わせんなよな」
「避ければよかったろう」
「冗談。あの程度避けるわけないでしょ」
「おい、先こされてんぞ」

 友人との会話に花を咲かせるように、こちらを歯牙にも掛けないその態度は人々に恐怖を与える。
 絶対的な存在。
 圧倒的な力。
 恐怖が心を縛る。

「ねえ、もういいよね」
「な、なにを」
「決まってるだろ。“食うのさ”」
「っ!?」

 魔族はその口を大きく開ける。
 __本気で食うつもりだ。
 そう理解した時、脳がそれ以上の思考を止める。
 これから起こる悲劇も、痛みも、全てないものとし、この現実から逃れるために、身体の機能を全て止める。

「いっただっきまー」

 巨大に開けられた口。尖った牙。強靭な顎は人の骨すら容易に砕く。
 そして__

「《フレイムランス》」

 __その顔面に寸分違わず焔の槍が突き刺さる。

「あっづぁあああああああ!!?」
「のわぁ!?」

 絶叫する魔族。その腕から半ば投げ出されるように放り出されたドルドという名の冒険者は上空から落下して行く。
 飛ぶすべのない人間が上空から落ちた場合、それは死を意味していた。
 しかし、この場合においては状況が違っていた。

「魔法班! 水柱!」
「《カラムオブウォーター》」

 複数人で制御、作り上げられた魔法は柱のように地から空へ伸び、落ちてくるドルドをキャッチする。
 顔を焼かれた魔族は憎々しげに睨み、他の魔族も楽し気に笑う。

「ほう。人間たちにも少しは骨のある奴が」
「大地よ。天地を揺るがす神の一撃」
「いっ!?」
「ちょっ」
「はぁっ!?」
「《ガイアインパクト》ォオオオオオオオオ!!!」

 ドゴォオオオオオオン!!!

 文字通り、天地を揺るがす一撃が三体の魔族を襲う。
 その魔族に混じるように落ちてくる一人の人間。

「マイスィイイイイイトハーーーーーーーニィイイイあづぁあ!?」

 ランドだ。
 ただ、直後に炎に包まれてしまったが。
 空中に赤い軌道を残しながら墜落して行くランドを尻目に、魔族に《フレイムランス》を放った女性、フレイが皆を指揮していた冒険者ロックスに歩み寄る。

「ロックス。手伝いなさい。二人で片付けるわよ」
「い、いいんですか? ランドさん」
「ロックス。訂正よ。二人と一つで片付けるわ」
「あ、物同然なんすね」
「ロックスぅううう!」
「……なんで俺が怒られる」

 物凄い音を立てて着地(墜落)したはずなのにところどころ火傷で済んでるだけのランドの耐久力に周囲が驚くものの、フレイだけが動じずにいた。
 もう前線から退いて長いはずなのだが、衰えを感じさせない夫婦に昔一緒に活動していたロックスは感動にも似た驚きを抱いていた。

「っつぁあ! くそ、なんだあの人間!」
「そこらへんのとは違うってことか!」
「殺す! 絶対殺す!」
「おら落ち着け」

 魔族が集結する。先ほどまでとは打って変わってフレイたちは鋭い視線を空に浮かぶ魔族へ向ける。

「ランド。ロックス。行けるわね」
「俺はな」
「俺もですよ」
「先手必勝よ。ロックス!」
「しくじんなよ!」
「誰に言ってるんですか! 岩石よ。固き意志、敵を砕く。《ロックキャノン》」

 ロックスは地面より岩の砲台を作り出す。それを合図にフレイとランドも動きだし、魔族は空中で散開する。

「ローックス!」
「ショット!」

 狙いを一体の魔族たちに向け、岩石を放つ。

「そんなもの当たるか!」
「かも〜ん」
「へ?」
「どっせえええええええい!!!」
「ごふぉお!?」

 ランドが魔族に拳を叩き込む。
 他の魔族も離れて過ぎたためになにが起こったか確認できずに戸惑った。ただフレイとロックスのみが状況を理解している。

(久しぶりにやったけど機能してる。後は)

 フレイは目を空中から地上へ向け、冒険者たちに向け声を出す。

「今のうちに住民の避難を再開。逃げ残ってる住民がいないかの確認も。魔族は私たちが引き付ける」
「わ、わかりました!」

 フレイの指示を受け、多くの冒険者がやるべきことへ向かう。それに魔族たちが気付いた。

「させるか!」

 一体の魔族が魔法を放つ。が、

「させません」

 その魔法をフレイの放った火が呑み込み、燃やし尽くす。いや、それだけでは終わらない。火は勢いをそのままに魔族へと伸びる。
 咄嗟に回避し、火は嵐の壁にぶつかったあともしばらく燃え続け、消えた。

「隙を少しでも見せなさい。消し炭にしてあげる」
「ちっ」

 フレイは睨みを効かせて周囲の魔族への牽制を続ける。
 ランド、ロックスの二人もまた魔族と“空中戦”を繰り広げていた。

「な、なんだこいつ!?」
「魔法を足場に!?」
「地上の男か!」
「ふはははは! 日々の鬱憤を晴らさせてもらうぜ!」
「これじゃあどっちが悪者なんだか……」

 ロックスはランドの放つ《ロックキャノン》を足場に空中で魔族をひたすらに殴り続けていた。
 しかも、ただ動くだけでなくロックスがフェイクを撃ったり、ランド自身も不意を付く動きで翻弄するため魔族も対応出来ずにいた。

「ちぃっ!」

 魔族は苦し紛れに魔法を放つ。しかし、そんな魔法はランドに擦りもしない。

「これでっ」

 魔法を放った魔族相手にトドメの一撃をお見舞い__しようとした、その時。

「うわぁ!」

 どこか遠くの方で聞き慣れた声が悲鳴となって上がった。
 一瞬思考停止になり、ランドはその声に該当する人物を頭に浮かべた。

「アル!」

 フレイとロックスが目を見開くのがわかった。同時に、自分が犯したミスも。
 悲鳴の方向にあったのは「翼の休憩所」だった。だが、かろうじてそれがわかる距離であり、アルの様子は伺えない。そして、その時だけは魔族はランドの意識の外にいた。いてしまった。
 強烈な死の予感。
 自分の犯したミスに歯噛みする間も無く攻撃は行われる。


 ◯


 __店を守らなきゃ。
 ただその一念で動いていた。
 周囲の人の流れに逆らい、避難命令を無視し、店にとどまり続けた。
 店の窓から外での激戦の様子を眺め、不安で震えそうになる足を必死になだめる。

「あれが、魔族」

 魔王以外だと初になる魔族。肌が浅黒く、全体的に鋭いフォルムちなっている。背中からは翼が生え、自由自在に空を飛んでいた。

「ま、お前からしたらあの魔族がこの店を壊してくれれば万々歳なんだろうがな」

 何でもない風を装ってこの場にとどまっているもう一人の存在である魔王に話しかける。
 しかし、表情は以前として魂が抜けたような表情だった。

「マオ。お前、さっきからどうしたんだ」
「……知らぬのじゃ」
「知らないって……何を」

 マオの目は焦点があっていなかった。まるで、ここではないどこかをみるように。その目は、千年前を見ているのだろうか?

「知らぬのじゃ。こんな感情。こんな浮つくような感情。ふわふわするような感情。熱くなるような感情。全く知らぬのじゃ。なんなのじゃこれは。溜まって行く。どんどん溜まって行く。でも、その感情を知ってしまったら我は」

 __我でなくなってしまようで、怖い。
 空気に溶けるように囁かれた言葉は、たしかにアルの耳へと届いた。
 マオはいったいどんな景色を見ているのだろうか。
 マオはいったいどんなことを考えているのだろうか。
 アルにそれを知る術はない。しかし、このままではダメだと思った。
 何かを言わなくては。何か行動しなくては。でも、アルの中には言うべき言葉も、やるべきことも思いつかない。
 ただ気持ちだけが先行する。

「……っ。マオ」

 その名を呼んだ。
 今、なにを言おうとしたのか、自分でもわからない。
 ただ、わかることがあるとすればそれは。

 それは、魔族の放った魔法が近くに着弾したということ。

「うわぁ!」

 その余波で、店内は大きく揺れ、窓にヒビが入る。棚に入っていた調理器具や調味料も幾つか落ちた。
 アルも思わず叫んでしまった。ただ、マオだけは微動だにしなかった。

「ってぇー……なんだよ今のは」
「逃げろ」
「は?」
「逃げろ。今ので気づかれた。ここを攻撃されるぞ」
「はっ!?」

 その時、アルの頭に過ったのは、自分の命やこの店のことでなく、目の前のマオのことだった。
 この店が破壊されたら、マオはどうするのだろう。契約が終わり、本当にこの世界を滅ぼすのだろうか。それとも、自分たちの前から忽然と姿を消すのだろうか。
 __嫌だ。
 その思いだけがアルの中に浮かんだ。

「……逃げねえ」
「は?」
「逃げねえ。この店を護る。お前こそ逃げろよ」
「な、なにを言っている。我は魔王だぞ。逃げなくとも死にはせん。しかしお前は」
「元々この店を護るために残ったんだこんなところで逃げれるかってんだ」
「正気か!? お主、本気で死ぬのだぞ! 意味がわかっているのか!? 死ぬというのは自身の思いが全て消えるということだぞ!? 何も残せない、未来も消える、周りの者も置いて行ってしまう……そういうことだぞ!? それでもいいのか!?」
「俺は死なねえから関係無えな」
「たかが人間風情が不死身にでもなったつもりか! 逃げろ!」
「逃げねえ! この店は護る! でねえとお前が__」

 言葉は届かない。
 先ほどのものとは比べものにならない衝撃が体を襲った。
 魔法が、直撃した。


 ◯


「ハハハッ! 脆弱な人間どもが! 魔族に逆らうからそうなるんだ!」
「その割りにはかなりダメージを食らってるようだが」
「うるせえ! テメエもだろ!」

 空中に浮かび続ける魔族。その表情には披露の様子が伺えるが、それでも傷跡はほとんど無い。その強靭な肉体の硬さを伺える。

「くそっ。本調子だったらこんな傷……」

 その言葉を聞いた時、幾人かの冒険者は愕然とした。
 これで本調子でない。なら、本来の実力であればどれだけのものなのか。できるなら、お目にかかる機会は欲しくない。

「くっそがー……。あいつら」
「ランド。動かないで。今下手に動いたら死ぬわ」
「相変わらず強いなー……。ランドさん、老けました?」
「うっせえ! げほっ、げほっ」
「動かないの」

 人間側の主戦力である三人は現在戦える状態ではない。
 全体に漂う悪い空気は加速的に充満していく。
 フレイが回復魔法をランドにかけるが、本来フレイは回復術師ヒーラーではない。効果は薄く、前線から離れていたこともあってランドの傷は一行に治らない。口では平静を保ちながらも、焦りは胸に溜まって行く。
 そもそもアルがいるかもしれない方向に攻撃が放たれている。本当なら、今すぐにでも安否を確かめに行きたいところなのだ。声が聞こえた、ということは恐らく大丈夫だ。魔族の魔法を食らい悲鳴などあげられない。あげる前に消し炭だ。
 しかし、そうだとしても不安は消えない。

「……あ、そうだ」

 一体の魔族が呟いた。

「さっき、人間の声がしたよな」
「ああ、そういや」

 フレイとランドが目を見開く。
 その先の言葉が想像できてしまったから。

「なーんだかんだで、俺らまだ一人も人間殺してないよなぁ」
「そういや」
「予想以上の抵抗を見せられたからな」
「意外と骨もあったし」
「だからさぁ」

 魔族がその口角を上げる。口は歪み、言葉は紡がれた。

「殺すか」

 一言。
 なんでもないように。気軽に、 あんの重みも感じさせずに、言った。

「やめなさいっ!!!」

 フレイが叫んだ。
 回復も止め、一転攻勢の構えを取る。
 アルがいる。恐らくは生きている。大馬鹿なことに店に残ったのだ。確信した。そして、魔族はアルを殺そうとしている。
 止めようとした。持ちうる限りで最強も手札を出そうとした。サポートではなく、自らが前に出て、魔族を殺すべく最大の魔法を放とうと。

「ぱぁん」

 しかし、魔族は地面の石ころを蹴るかのような軽さで、簡単に人を死に追いやる魔法を放った。
 指を向けただけだ。そこから、無詠唱で大質量の魔法を放った。 膨大にある魔力にものを言わせた魔法とも言えない魔法だった。しかし、魔族がやれば、それは容易に人を殺す。
 届かない。間に合わない。
 フレイも、ランドも、ロックスも、他の全ての冒険者も、ただ見ていることしかできなかった。

「やめろぉおおおおおおお!!!」

 フレイの叫ぶ。しかし、声は直後の爆発に呑まれ、消えた。

「ははっ。こりゃ死んだな」

 軽く、そう言った。
 一つの命を奪ったことに対する感想がそれだった。
 フレイも目の前で人が死ぬのは幾らでも経験してきた。そして全て飲み込んできた。感情がコントロールできないものは、死ぬからだ。
 だが、今死んだのは自身の息子だ。許せるはずがなかった。
 ああ、殺してやろう。同じように、軽く殺してやろう。キサマたちの命を蹂躙し、その上で同じ言葉をキサマたちの亡骸に浴びせてやろう__

「フレイ。待て」
「待たない」
「感情的になった奴から死ぬぞ」
「死んだっていい。アルを殺したあいつらを殺せるなら」
「冷静になれ!」
「あいつらは! 私たちの息子を__」

 __その時だ。

「わからぬ」

 どすん、とその場にいる全員に重い重圧がのしかかった。

「な、なんだ!?」

 魔族たちも戸惑っていた。当たり前だ。こんな人間の集まりの中で、魔族である自分たちを“威圧”できる者などいるはずがない。
 しかし、その重圧は一行に収まる気配はない。むしろ、どんどん重くなって行く。
 それはまるで、格の違いを思い知らせるかのように。

「こ、これは……」
「マオちゃん、なの?」

 ランドとフレイはすぐに正体に気付いた。初対面の頃に受けたそれに酷似していたため、すぐにわかったのだ。
 しかし、その時とはまるで様子が違う。

「わからぬ」

 呟いた。
 それだけで、場の重圧はさらに重くのしかかる。

「なぜ我は人間を護った。なぜ我はこんなにも苦しい。なぜ我は契約を破棄するチャンスをむざむざ自ら捨てた」

 __わからぬ。
 重圧が増す。

「だ、誰なんだよてめえ!」
「我、か。そうか、わからぬか。我が」

 悲しそうに、呟いた。
 声の主はその身を高く、遥か上空へと踊らした。
 まるで、全てを見下ろすように。

「我は“深淵より出でし者”。千年前、魔王としキサマ等魔族を従えた者じゃ」

 高らかに宣言した。
 フレイとランドに、ロックスに、冒険者に、魔族に、全ての存在に理解させるように。

「さあ“元”同胞よ」

 重圧の質が変化する。
 それはただの威圧ではなく、“殺気”。明確な“殺す”という意思表示。

「キサマ等を殺せばわかるのか?」

 戸惑いに満ちた殺意は、眼下の魔族へと向けられた。

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