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| 2019年11月10日(日)20時28分
「……頭が痛え」
昨日……いや、店をたたんだ後だから今朝か? まあいいか。
魔王の奴に魔力当てられたせいで気絶してしまったようだ。……なんか軽くトラウマなりそうな勢いで死ぬかと思った。
「うーん……ん?」
ベッドの上で伸びをしたところで、気づく。
__朝?
「……生き残れたのか」
別に魔王が嘘をついていたとは思わない。その上で判断した。後悔のないように。
しかし生きれてる。心変わりか?
まあ、助かったか。良かった良かった。
……ああ、でも。
「あいつは、帰ったか」
いや、この場合は「帰った」は変か? あいつに帰る場所はねえし。
……弁当の一つぐらい持たせてやるべきだったか。
「……なんで魔族に入れ込んでるんだが」
昨日は少しおかしかった。うん。そういうことにしとこう。
女の影が無かったからつい見た目美少女にくらってきただけ。そういうことにしよう。
いつもの服に着替えて下へと降りる。
「おはよ」
「きゃー! あなたこの子可愛い!」
「おお! 娘ができたみたいだ!」
「ええーい! 離せキサマらー!」
「う……」
……。
「なんだ夢か。もう一眠り」
「助けんかキサマー! 殺すぞ!」
これ現実なの? どういうことなの?
「……えっと、母さん。そろそろ店の準備」
「あらそうね。じゃあ今日はこれまでね」
「ちっ。邪魔すんなよバカ息子」
「殺すぞテメエ」
息子に唾かける親が人としていいのだろうか。
……さて。
「で、なんでいるんだお前」
「……うるさいわボケ」
……。
「出てけ」
「アールー。ダメよー。魔王ちゃんとは“契約”したんだからー」
「は? け、契約?」
えっと、つまり、俺が昨日こいつにやられた後に母さんが……?
「フレイの奴に丸め込まれたのじゃ。今では死ぬほど後悔しておる」
思い切り苦々しい表情で魔王は言った。
……なにがあったんだ。というか母よ。自己紹介してたのか。
「……案外ちょろいのなお前」
「闇よ。塗りつぶせ。《ブラックポイント》」
「そぉおい!?」
寒気が体に走った瞬間、全力で前に飛ぶ。
先ほどまで俺の顔があった場所がそこだけ光をくり抜かれたかのように真っ黒になっていた。
……空間が歪んだように見えたのは気のせいだろうか。
「ちっ」
「……」
なにこいつ怖い。
「今は契約に従い店の不利益になるようなことはなるべくせん。しかしな小僧。あまり我を怒らせぬ方がいいぞ?」
……魔王め。
◯
ランド・ノワール。
フレイ・ノワール。
そう自己紹介された。
魔族は名を持たぬゆえ、こちらからは“深淵より出でし者”と返したが、そもそもなぜこうなったのか。
気の迷い。そうとしか例えれない。
「……なぜこんなものを」
でなければ、こんなフリフリしたものなど着ない。
「売り子としてあるべき姿よ!」
「絶対に違うであろう!?」
「なにが違うの! メイド服は給仕する者としての正装よ!」
「めいどふくとは何かは知らぬが少なくともこの店で着るものでは無い!」
「需要があるのよ!」
「知らぬわ!」
我が了承した契約はあくまでこの店で働くというもの。
着せ替え人形になるためではない。
「しょうがないわね。あなた!」
「合点!」
「っ! 闇よ。塗りつ」
闇属性の中でも基本中の基本。《ブラックポイント》。効果は簡単に言えば空間の上書きである。本来は少し視界を暗くするぐらいだが我ぐらいになると頭ぐらい簡単に潰せる。
のだが、やはり体は鈍っていた。
とっさの反応が遅れ、ランドの行動を許してしまう。
まずいっ!
「メイド服で「お帰りなさいませご主人様♡」ってやってください!!!」
両膝を折り、正座。背筋を伸ばし、その状態のまま上半身を折り両手は地面に置きで額の位置で綺麗に重ねる。
上から光でも当てられそうなその姿。そう、土下座。
……。
「死ねぇ!」
「ありがとうございます!」
顔面を全力で蹴る。
しかし、全盛期の頃と比べ身体能力は著しく低下している。魔法も大分勘を取り戻したが、まだ魔法極意マスタリースキルが戻っていない。
……千年のブランクは痛いか。
「はぁ、はぁ」
「しょうがないわねえ。じゃあ、はいこれ」
今度渡されたのはシンプルな給仕服。
……。
「まあ先ほどのものよるなら」
働くと契約した以上、あまり店の不利益にならぬよう行動しなければならない。
制服があるにであればなるべく着た方がよかろう。……先ほどのは絶対に着ないが。
というわけでその場で服を脱ぎ始める。
「ひゃっh」
「火よ。爆ばぜよ。《ボム》」
「目がああああああああーーーーーーーー!」
火の基本中の基本である《ボム》。その名の通り小さな爆発を起こす魔法。
それがランドへ向けて放たれた。
「もうダメじゃない。女の子が野郎の前で着替えるなんて」
「別に気にせん」
「なぜメイド服はダメなのかしら……」
その言葉を無視し着替える。
……微妙にサイズが。まあいいか。
「きゃー! あなたこの子可愛い!」
ぬおっ!?
「おお! 娘ができたみたいだ!」
もう起きたのか!?
そう思っているとフレイが我に抱きついてくる。
くっ、契約さえ、契約さえ無ければ……!
「ええーい! 離せキサマらー!」
そこで、今目覚めたのか小僧の姿を見つける。
「なんだ夢か。もう一眠り」
「助けんかキサマー! 殺すぞ!」
あっさりと現実逃避した小僧に一括。
その後は小僧のおかげで場は収まる。た、助かった。
もう疲れた。やめたい。契約破棄したい。しかし魔族としてそれは出来ぬ。
……朝からこんな調子で大丈夫だろうか、我。
◯
「ぬわぁっ!?」
がっしゃーん
「ぬぉっ!?」
ぱりーん
「ちょわぁ!?」
ばっしゃーん
「ちょっと来いやお前ぇえええええええええ!!!」
開店十分。
家兼酒場【翼の休憩所】から、食器が激減した。
「なぁ。なぁお前わざとなの? 恨みでもあるの? なあ」
「恨みなんぞいくらでもある。魔王たる我をこんな契約で縛りおってからに」
「了承したのはお前だろ!」
「むぅ」
開店直後。
いつものようにクエスト前の景気づけ、もしくはクエスト帰りの冒険者たちが一斉に【翼の休憩所】に流れ込んだところ、魔王は一躍人気者となった。
もちろん魔王であることは教えてないが、最近拾っては給仕として働くようになったと適当に説明。細かいことは気にしない冒険者はすぐに受け入れた。
しかし、そこで問題が出てきた、
魔王が本当に魔王なのか疑うレベルで失敗しまくったのだ。
すかさずアルがフォローに入り、今は倉庫で事情聴取中である。
「……出来ないなら最初からそう言ってくれ」
「べ、別に出来ないわけではない。まだ慣れておらぬだけだ」
魔王は気まずげに顔を逸らす。アルはしばらく睨み、ため息をついた。
「……とりあえず今日は父さんの仕事を見学だ。これ以上失敗されでもしたら敵わない」
「つ、次は出来る!」
「その不確かな次をやらせてまた失敗でもされたらたまんねーつってんだよ!」
「なんだと!?」
「契約したんだってな。この店で働くって。だけど今のお前が働くと店の不利益にしかならねえ。今日は黙って父さんの仕事ぶりを見てろ!」
「っ!」
魔王は耐えれなくなり、アルの髪を掴み力任せに壁に叩きつけた。
どん、と強い衝撃が背中に走る。
「っ。……なんだ。また魔力でも当てるか。それとも殺すか。気に入らなければ力で脅すか」
「矮小なだけの人間か。力も無いくせに吠えるか」
「力が無いならなんだ。力があれば偉いのか。ただお前は力で解決する以外の方法を知らねえだけだろうが」
「……どちらが上かわからせてやろうか」
「殺すなら殺せ。あーあ、お前を助けた俺がバカだったよこのクソ魔族!」
「なら自分を呪いながら死ね!」
「やめなさい!」
魔王が魔法を放つ__その瞬間。
扉の方向から声が響く。
「……母さん」
「フレイか」
「二人とも。帰りが遅いからなにかと思えば……」
フレイは頭が痛いとでも言うようにこめかみを抑えた。そして。いつになく厳しい口調で話す。
「アル。魔王ちゃんを必要以上に煽るのはやめなさい」
「うぐっ」
「魔王ちゃん。アルは一応店の厨房担当だから、殺すのは店の不利益__つまり契約違反よ。魔族って言うのは契約を簡単に破るのかしら」
「ぬぅ」
まさに一刀両断。
魔王も腕から力を抜きアルを解放した。二人は互いに苦々しい顔つきになっている。
「アル。最初はこんなこともあるわ。だから大目に見なさい。先輩でしょう」
「だから見学してろと」
「本人にやる気があるならやらせます」
「……はい」
「幸いこのぐらいで怒るような器の小さい人もいないし、失敗から試行錯誤した方が成長するわ」
「それが成功に繋がるとは限らないだろ」
「アル」
強い口調で言葉を遮られる。普段の柔らかい雰囲気とはまるで違うフレイの雰囲気に呑まれ、アルは黙った。
フレイは次に魔王を見る。
「魔王ちゃん。なんだか流れでこうなっちゃったから、不本意なのはわかるわ。やめたいならいつでもやめていいのよ。でも、やってくれるならなるべく失敗しないよう気を付けてね」
「……ここまで失敗しておいて、中途半端な形で契約を反故するような真似はせん」
「そう……。はい! じゃあ終わり。さあ二人とも。店に戻って」
『……はい』
最後にいつもの笑顔を見せ、フレイは戻って行った。
後には微妙な空気を残した二人だけが残る。
「……先行けよ」
「なんでじゃ」
「やることがあるんだよ」
「なんじゃ」
「絶対教えねえ」
「……勝手にしろ」
そう言ってアルは立ち去る。
「……くそが」
「うぎゃあ!」
「大丈夫かぁっ!?」
今日だけですでに両手じゃ足りないほどの失敗を繰り返した魔王。
人手は増えたはずなのに、ランドはいつも以上に忙しなく動いている。
さすがの冒険者たちも、少し引き気味だ。
「うぐぐ……なぜ出来ぬ」
周囲からしたら「それはこっちが聞きたい!」なのだが、本人にもわからないのならどうしようもない。
そこにアルが来た。
「またやってんのか」
「今までサボってた奴になにか言われる筋合いは無い!」
「はいはい。いいからすっこんでろ」
「うぐぐ」
失敗している以上、大きなことを言えないのは魔王も同じ。
仕方なく下がり、アルたちのやり取りを見守る。
「……いな…………で」
「…………に……いうことも…………」
「まあ……分俺らの……はただただ………………だが」
「ああ。…………てる。それでちょっと…………なんだが」
「なんだいアル坊」
「しばらくは………………だから、出来ればこのまま………………頼んでくんねーかな」
「……はぁ?」
「アル坊。幾ら………………ねが」
「…………ある」
「……おい。こりゃあ」
「…………それも……に」
「ずっと前から…………は……てきた。まあ少しは……でも使う…………な。俺ルールで毎月…………は……でこんだけ」
「……まあ……しなけりゃ」
「でも…………一週間だぜ。俺らだって飲みてえし」
「むしろ…………持つなら上々。…………がここで…………ならこっちも……見なきゃな」
「…………さんになんか…………たろ」
「なっ……」
「わかりやすいなー……。いいぜ。俺……冒険者。…………受けた」
「サンキューな」
「いいっていいって。その代わり、……は…………をくれや」
「あと……酒な」
「うちの…………はいつだって……えよ。んじゃ作業に戻るわ」
「おう」
話を終え、アルが戻ってくる。
「なにを話しておったのじゃ」
「教えねえよゔぁーか。さっさと仕事してこいボケ」
「っ! き〜さ〜ま〜」
「注文いいかー!」
「こっちもー!」
「ほれ仕事だ」
「ちっ! 覚えておれ!」
すぐに「忘れてやる」と決意し、厨房へと戻り、魔王も注文を受けに向かった。
「ふぅ」
「ふふ」
「……なんだよ」
「いーえー。フォローよろしくね」
「父さんの仕事だろ」
「いいじゃない。案外相性は悪くないと思うのよね」
「最悪だよ……」
思い切り脱力し肩を落とす。
アルとしてはあの魔王と相性は悪くないと言われたところで嬉しくもなんともない。
このままこれ以上の問題がでないことを祈るばかりである。
「なあ嬢ちゃん。そういや名前はなんて言うんだ?」
「ん? 我か? 我は魔王だ」
「へ? ま、魔王?」
「マオー!!!」
アルは鬼の形相でダッシュで魔王の元へと駆け寄る。必死すぎるその表情に魔王も引いた。
「な、なんじゃ? それにマオとは? 我は魔お」
「おいマオ! 雑談なんかする前にまずは注文を取ろうか! おめえらも先に注文しろ注文!」
「いやじゃから我はマオという名ではなくて魔お」
「母さんちょっと休憩だ! マオのこと連れてくぞ!」
魔王は目を白黒させ動揺し、アルはそのうちに強引に引っ張って引っ込む。
冒険者たちは突然のことに「なんのこっちゃ」という表情をしていたが、全てを察したフレイは「分かったわー」とだけ答えた。
魔王がいなくなった後、皆から注文を受けるために働くランドは客からのブーイングに少し泣いた。
「なに正直に答えてんだテメエは!!!」
「悪いか!」
「悪いわ!」
価値観の違いはここでも災いする。
「なあ。少しは考えて動けよ。お前は普段どういう風に生きてるんだ?」
「矮小な人間と一緒にするな。適当に生きてても闘争に生きる魔族は生きていける」
「……」
闘争の中、生きるか死ぬかの刹那のやり取りの中で生きる魔族は基本的に深く考えずに行動する。
だからこそ、力で差があっても人間側が全戦全勝というちょっと目を疑うような結果があるのだが。もちろん、人間側も勇者いての勝利ではあるのだが、魔族は基本的に負けから学ばないのである。
そして、魔王もまた例外ではない。
「それより先ほどの“マオ”とはなんだ」
「お前の名前だよ!」
「な__」
一瞬、驚愕に目を見開く。
直後に、烈火のごとく捲し立てた。
「__ふざけるな! 我を誰と心得る! 深淵より出でし者として恐れられ、敬われた魔王であるぞ! 人間の悪しき風習に我まで巻き込むな!!!」
「悪しき風習ってなんだ悪しき風習って」
「そうやって名をつけることじゃ! そもそもなぜ名などつける? 他に判別方法が無いからじゃろう! 魔族は違う。魔族は名など無くとも判別できる! 魔族よりなにもかも劣る人間の風習を悪しき風習と言ってなにが悪い!」
「……」
アルは顔を真っ赤にして激情に駆られ口を開き__そして閉じた。
「……なにも言い返せないか?」
「……もういい」
「なに?」
「お前がなんと言おうとお前は“マオ”だ。店の不利益はしないんだろ? だったら、下手に自分の身元バラして混乱を招くようなことはしないでくれ。お願いだから……」
それは懇願だった。
怒りを抑え込もうと無理やりに耐えていた。その上で、魔王に懇願した。
そして魔王も予想外だったのか、それ以上言葉を紡げずにいた。
「……ぁ」
「先戻る」
力なくそう呟くと、アルはそのまま厨房へと戻った。
「……なんなのじゃ!」
価値観が違う。
その言葉を上辺だけで理解した気になっていた。
俺はなにもわかっていなかった。
話が全く通じない。
こちらのルールを教えても、魔王には理解できないのだ。
あちらのルールがこちらには理解できないように。
魔王をマオと呼び、とりあえずは収まるかと思ったが魔王はこれを強く拒んだ。
悪しき風習。名前をつけることが、だ。
他にも違うところはあるだろう。
なら、あいつらと分かりあうことは無理。絶対無理。
これ以上まともに関わったらこっちが疲れるだけ。
……もう諦めるか。
「マオちゃーん! こっちビール追加ー!」
「……」
むすっとした表情で給仕としての仕事を果たして行く魔王。
今だに「マオ」と呼ばれることに不快感を持っているのか、表情は不機嫌そうだ。しかし、仕事は最初と比べ「なんでもかんでも失敗する」から「食器を割らないが失敗はする」までランクアップしたので、アルたちもとくに文句は言わなかった。冒険者たちからのクレームも特にない。
アルももう、必要以上に気にすることなく料理を作っていく。
__そして、アルたちにとって長い一日が終わる。
「だぁああああああ! めんっっっっっっっど〜〜う、くさい! のじゃ!」
「無理に語尾つけんなよ……」
客がいなくなったテーブルに座りながら二人は話していた。
「ふん。どうしいうが我の勝手じゃ」
「そうだな。悪かったよ」
「……ちっ!」
アルは魔王に噛み付くのを諦め、魔王はそんなアルの態度にイライラしていた。
前の一触即発の空気とは違う、全く別種の重い空気が漂っていたところに、扉に「closed」の札を掛けてきたフレイが来た。
「はいお疲れ様。マオちゃん。初仕事どうだった?」
「我をその名で呼ぶではない」
「私、結構いい名前だと思うのだけれど」
「そういう問題ではない。仕事では仕方なくその名を使うが、我は魔族。人間とは混じらん。今は仕事外なのだからその名で呼ぶではない」
「頑なねー……」
「ふん。そもそも、お主らの方がおかしいのじゃ。魔王に名前をつける? そんなことをやるぐらいなら、いずれ自分たちを滅ぼすかもしれない者のご機嫌取りでもしたらどうじゃ」
「なら、せいぜい長く働いてもらうためにもこの店を守らなきゃね」
「ふん。せいぜい頑張るのじゃな」
「じゃあ晩御飯作ってくるわね」
「っ!」
一瞬。
ほんの一瞬だが、魔王は目を輝かせたところをフレイは見逃さなかった。
「価値観は違っても“美味しい”って気持ちは同じなのかしら?」
「なにか言ったか?」
「なんでもないわ」
そう言ってフレイは厨房に入り、入れ替わりでモップを持ったランドが席に着く。
「あー、掃除疲れた。マオちゃんはともかく、バカ息子は手が空いてるんだから手伝えよ」
「やだよめんどくさい」
「我をその名で呼ぶな」
「……こいつらめんどくせー」
結局、会話は終わりフレイの料理を黙って待つ三人。
時計がゆっくり時を刻んで行く。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……だぁあああああ! なんか喋ろぉ!」
「うっせえ黙れよ父さん」
「ランドよ。静かにせい」
「こんな時だけ息合うな! ああもうお前ら飯抜きにするぞ!」
「なにぃ!?」
すると、「飯抜き」という言葉に魔王が反応した。
アルとランドはキョトンとした顔で魔王を見る。
「それは困るぞ! あんだけこき使われて飯抜きじゃと!?」
「こき使われてって、お前の今日の働きは損失の方が多いだろうが」
「う、うるさい! というかなんでお主はそんなに落ち着いてられるのじゃ!」
「俺は自分で料理作れるし」
「……」
「そう、俺の英才教育のおかげでな」
「父さんが俺がなにかやらかす度に飯抜きにするからしょうがなく自分で作らなきゃいけなくなったんじゃねーか!」
今のアルを作り上げたのはランドなのかもしれない。
「バカ息子がなにかやらかすからだろう」
「てめえが倉庫から肉を盗み食いしてるのを母さんに報告しただけだろうが」
「……うわぁ」
「マオちゃん。そんなゴミを見るような目で俺を見るな。お願いですから」
「ざまあ」
流石の所業に魔王も引いた。主にしょうもないという理由ではあるが。
ついでに、フレイがランドの「飯抜き」に付き合ったのは、アルにも料理を覚えて欲しかったからであり、真の黒幕はフレイなのかもしれない。
「あと魔王。お前は一日二日食わんでも生きてけるだろうに」
「うぐっ。……あ、あれじゃ。魔力回復のためじゃ。今は少しでも栄養のあるものを食わぬとな!」
余りにも苦しい言い訳であったが、アルは「あっそ」とだけ言い、それ以上の追求はしなかった。
その態度に先ほどまで冷めていたイライラが再点火された。
「……キサマ……文句があるなら言えばよかろう!」
「あぁ? 特に無えよ」
「ならさっきからその態度はなんじゃ!? イライラするんじゃよ!」
「だったら勝手にイライラしてろ。何言っても通じない相手に言うだけ無駄だしな」
「っ。キ〜サ〜マ〜!」
ランドが二人を止めようとするが、すでに言って聞くような状態ではない。
「もうどうにでもなれ」と匙を投げ、全てを流れに任せようとし__
「できたわよー」
__フレイが料理を持ってきた。
「ナイスタイミングだぜマイエンジェル!」
「あらあら。もっと褒めてもいいのよ?」
「これはなんじゃ?」
「いただきまーす」
「こーら。勝手に食べない」
「マオちゃん。これはピザだ」
「ぴざ? あとその名前で」
「うちってピザ釜まであるんだよなぁ……」
「いいじゃない。使わせてもらいましょ」
「とりあえず食べるか」
「う、うむ……」
「……ついでにこれ、手掴みだからな」
「そうか! あ、いや」
「それじゃ両手を合わせてー」
『いただきます』
「い、いただきます」
こうして、魔王が働き始めてから一日目の夕食が始まった。すでに夜遅くはあるが。
アルはまだ熱いのか、ゆっくりと食べている。ふと視線を前にやると、
「おっ、とっ、おっ!?」
チーズに悪戦苦闘する魔王の姿。
「お前……なにやってんの? 芸術でも作ってんのか? どうやったらそんな芸術的な絡まり方できんの?」
「うるさい! 慣れておらんのだ!」
チーズはとても長く伸びており、それがどうやったらそうなってしまうのか、魔王の体に絡みついていた。服の下やら背中やら、少し常識では考えられない巻きつき方をしている。
「母さん。チーズなんか変なの使った?」
「使ってないはずだけれど……おかしいわねー」
「これは……エロい!」
「……。焰よ。我が意思は曲がらぬ槍。形を持って敵を討つ。《フレイムラ」
「フレイさん! ストップ! ストーップ!」
横では炎と爆音が光と音の見事な共演を描いていた。
当然アルは「いつものことだ」と無視するが、魔王は呆気に取られている。
「……あやつらは夫婦、なのか?」
「そうだな。じゃれあってるだけだから気にすんな」
「……随分刺激的だな」
「魔族は結婚とかしないのか」
「せんな。人間との長い歴史において、人間の世のルールはいくつか知っているがその殆どがわけがわからぬ。結婚もその一つ。なぜ愛し合うのに証がいる? 結婚などと名前など付けなくとも、惹かれあえば一緒におればよかろう」
「随分と情熱的なんだな」
チーズを体から引き剥がし、やっとのことでピザを口に含む。
表情の変化こそ無いものの、目が輝くのは見てわかった。
「……人間は魔族のルールなんてわからねえのにな」
「はふっ、はふっ、ん?」
「人間が魔族でわかるのは、文化やルールじゃない。弱点、避けるべき状況、魔族の思想、戦闘の特徴、……そういった戦うための情報だ」
「むぐっ、ん。良いではないか」
「は?」
「魔族は強く、人間は弱い。強き者には余裕があり、余裕があれば余分な情報を集めれる。余裕が無ければ余分なものなど切り捨てなければならぬ。それが世の常よ」
アルは少なからず驚いていた。意味もなく、ただ人間を襲う魔族。闘争に生きる種族。その頂点に立っていた魔王の口から理解ある言葉が出たことに。
同時に、「そこまでわかっていながらなぜこんな無意味なことを?」と思わずにはいられない。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、こんな無意味な争いを好むんだ。殺すとか、殺されるとか、そんな」
「……決まっておる。それしか無いからじゃ」
「それしか……」
「うむ」
その言葉は、誇りと悲しみが混じる言葉だった。
「魔族には力しかない。力は振るうためにある。なら力そのものである魔族はその力を振るおう。死ぬその瞬間まで。それが、魔族だ」
「……他の種族に迷惑をかけてまでか」
「そうだ。魔族は強き者との闘争を望む。強き者を生み出すには死に物狂いで強くなろうとする者を探すしかない。しかし、闘争を楽しむ魔族に死に物狂いの者などいない。だから他種族を襲うのだ。魔族にはそれしかない」
魔族とはなにか。
それはよくおとぎ話に登場する“悪”である。
理由なき暴力を振るい、正義によって倒される。
シンプルにして単純な、“悪”。
魔族はどこまでも悪であり、悪こそが魔族なのである。
そのことをアルは悟る。
「くそ迷惑だ」
「だから死に物狂いになれるであろう?」
自分の行いに絶対の自信を持ち、魔王は断言した。
くそ。
くそ、くそ、くそっ!
どうでもいいのに、諦めようとしたはずなのに。
飯を美味しそうに食べながら、「それしか無い」ってなんだよ。
お前らは戦いが好きだから戦うのか?
それしかないから戦うのか?
じゃあ今、その母さんが作ったピザを美味しそうに食べてるお前はなんだよ。
俺は__
「……決めた」
「はぐっ、むぐっ、ん。なにを決めたのじゃ?」
「お前に戦い以外の楽しみを覚えさせる」
「……はぁ?」
アルの言葉に呆れ気味の魔王。
しかし、アルの瞳の奥には決意の意思が見えていた。
「魔族が戦いしかしらねえなら戦い以外のことを教えてやる。人間の世には腐るほど娯楽があるんだ。そん中から気に入るものが少しでもあれば、もう「人間を殺す」発言も出来ねえだろ」
「くだらぬ事を考えるもんじゃ」
取るに足らぬと切り捨て、ピザを食べ続ける。しかしアルは気にすることもない。
「少なくともこの店が続く限りはお前はここで働くんだろ? ゆっくりやってくさ」
「勝手にやっておれ」
「やらせてもらうよ。“マオ”」
「だからその名で呼ぶなと」
最後まで聞くこともなくアルは食べ終わり食器を片付け二階へと移動した。
魔王は嘆息し、残ったピザを口に入れた。
そして、そんな二人を黒焦げになったランドの横でニコニコしながら、フレイは見守っていた。
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