止まり木ユーザーBLOG

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2 | ネームレス | 2019年11月10日(日)20時27分

「契約、じゃと?」
「ああ」

 __正気か?
 先ほどの口ぶりからして、魔王はすでに自分のことはある程度調べがついていることがわかっていた。
 つまり、目の前の少年はその上で魔王たる自分と契約しようとしている。
 この少年がどんな意図を持って自分と契約したいというのか、少なからず興味はそそられるものの呆れの感情の方が大きかった。
 いや、それだけではない。
 少年は魔王にとって聞き逃すことのできない情報を言っていた。
 “千年前の魔王”。
 再生してすぐは気にしなかったものの、自分はどれだけの期間死に続けていたのか。魔王に若干の焦りが生まれる。
 __どうする。
 まず何から聞き出すべきか。今の自分のコンディションでは下手に騒げば殺されてしまい、再生も出来ないようあらゆる手段をとられるだろう。
 そもそもなぜ自分を生かし、契約などとふざけた事を抜かすのか。あらゆる面で謎ばかりの状況である。魔王は知らず知らずのうちに混乱していた。

「……キサマ。契約というのが魔族にとってどういうものを示すのか、わかった上で言っているのか?」

 まずは目前の問題からと結論出し、なるべく高圧的に返す。
 しかし、残念ながらというべきか当然ながらというべきか、今の自分では大した効果は得られなかった。

「いや全く」

 そして、特に考えることもなくそう答える少年。
 それどころか「なおさら都合がいい」とでも言うような表情をするのだから手に負えない。思わず天を仰いでしまった。

「……キサマがどういう考えを持って契約などと抜かすかは知らぬが、魔族にとって契約とは崇高なものよ。話を聞く気にもなれんな」
「そう言うなよ。場合によっちゃあお前を逃がしてやってもいい」
「……正気か小僧」

 何か考えがあってのことか。それともただのバカか__。
 目に見えるのはただただふてぶてしい態度の少年だけ。

「そう気張るなよ。聞くだけタダなんだから」
「わからんな。我を魔王と知ってなお、なぜ生かす?」
「死ぬ間際の奴だから危険だってこともある。再生の魔王なら生命力も高そうだしな」

 特段おかしいところは無い。
 だが、どうしてもわからないのはなぜ「ただ逃がす」のか。
 契約さえすれば逃がす。なら契約の内容が特殊なのか? 魔王たる自分にしか出来ないような、そんな……。

「……ただでは契約出来んな。こちらからも条件がある」
「どうぞ」
「こちらの知りたいことを教えろ。契約は聞いてから判断する」
「いいぜ。別に困りゃしない」

 余裕だった。
 なら本当に簡単な内容なのか? 自分を逃がすにはあまりにもリスキー過ぎないか? それともただ過小評価しているだけ?
 しばらく考えるが答えは出ない。なら考えるだけ無駄だと口を動かす。

「今は何年じゃ」
「二八九◯年」
「な……」

 魔王がいた時代はおよそ一八◯◯年ほど。
 魔王が魔王として存在していた頃からすでに千年以上もの時が経っていた。

「……魔王はいるのか」
「目の前に」
「そういう意味ではない」
「わかってるよ。もちろんいる」

 魔族は契約に乗っとり強さに関わらず現在魔王である魔族に忠誠を誓う。目の前の少年は知らずとも、魔王は理解していた。
 だからこそ、歴代最強という肩書きはあれど、すでに別に魔王がいるのであれば自分に帰る場所はない。魔族の一員として加わればいいのだが、そこからはプライドの問題だ。
 そして残念ながら、プライドはとても高かった。

「……最後じゃ。この街はなんと言う」
「ホロウシティ」
「ホロウ……」

 どこかで聞いた覚えがあるような、そんな感じがした。
 しかし、例え知っていたとしても人と魔族ではところどころ同じものでも呼称が違う場合がある。
 一瞬、なにかがよぎったような気がしたが尻尾を掴む前に逃げられ、それ以上思い出せそうに無かった。

「他には?」
「……」
「なら、こっちの話も聞いてもらえるか?」
「……」

 もしかしたら嘘をついているのでは?
 そういう淡い希望もあった。ただ、今の自分には嘘かどうかを見極める力はない。いや、正確には“失われた”か。
 __ 魔法極意マスタリースキルが失われている。想像以上に弱っているか……。
 これ以上考えても仕方ないと腹を括り、せめて魔王としての矜恃を守ろうと決める。

「よかろう」
「じゃあ……誰も傷つけずにこのままどっか行ってくれ」
「……は?」

 思考が放棄される。
 自分が悩んでいたことが全てバカらしく感じてしまうほど、その要求はぶっ飛んでいた。
 頭が空白に染まって数秒間、我に返った魔王は顔色を怒りに染める。

「き……キサマ! 我を愚弄しておるのか! 我を誰だと思っている! 万の魔族の軍勢を率いて人間どもの骨の髄まで恐怖を覚えさせ、歴代最強とまで称されるほどの実力を持つ最強の魔王“深淵より出でし者”であるぞ! そ、それをただ出て行け!? ふざけておるのか!」

 そこまで言ったところで腹に痛みが走る。腹が減っているだけといえど、魔王の力を根こそぎ奪って行く。

「お、おい」
「触れるな!」

 心配し駆け寄るアルの手を払う。
 その目には、弱々しくもたしかな怒りが浮かんでいる。

「我に同情したか!? かわいそうだと思ったか!? 最強と言えどただの空腹でダメになってしまい自分たちと同じなんだとでも思ったか!? ふざけるでない! 例え恥も外聞もなくそうと、魔族として、魔王としての誇りまで捨てた覚えはない! 侮るなよ人間!!!」

 空気が張り詰める。
 アルはただ驚いたかのように目を見開く。
 魔王は残った力をかき集め、魔力を練り上げる。
 一触即発の空気。
 静寂を破ったのは__

 ぐー

「あ?」
「っ」

 __腹の虫だった。

「今のって」
「〜〜〜〜ッッッ!!!」

 魔力は一気に拡散。
 張り詰めた空気もどこかに行き、魔王は真っ赤になった顔と先ほどまでの事実を隠すように布団の中に隠れた。
 先ほどまで強く出ていた分、格好がつかない。

「……ぷっ、ははははは! こ、このタイミングで腹の虫なるかよ!」
「わ、笑うなぁ!」
「いや……くくく、悪い」

 目尻を濡らしながら笑みを隠そうともしないアルに殺意を抱くものの、今の自分では何も出来ないとさらに怒りを溜める。
 __全盛期であれば息をするに等しいレベルで瞬殺できるものを!

「はぁ……もう、そんな風に鳴かれちまったらなんか出してやらねえとな」
「こ……殺すっ!」
「はいはい。とりあえず飯でもどうだ?」
「ふざけるな! 人間の施しなど」

 ぐー

「……」
「など、なんだ?」
「……我は契約を了承したわけではないぞ。力が戻ればすぐにでもキサマを殺す。本気だ」
「わかったわかった」
「わかってない!」

 目の前の人間はなにもわかっていないかのように魔王の言葉を流す。それが魔王をさらに苛立たせる。

「さ、一名様ご案内だ」


 ◯


 __怒らせてしまった。
 アルというのは、良く言えば潔く、悪く言えば諦めが早い人間だった。
 アルは幼き頃から荒くれ者が集まる酒場で育った。ガッハッハと大笑いしたり酒をがぶがぶ飲んだりとにかく喧嘩だなんだと暴れたり、そういう光景を目にしながら育ったのだ。
 そして、ある結論に辿り着いた。
 __冒険者、無理。
 と。
 その頃から、両親に文字や計算などという一般教養をなどを習うも、魔法や実戦訓練などの練習からは逃げるようになった。
 そのために、口こそ荒いし冒険者たちのノリにも乗っかってはいるが、“諦める”ことが驚くほど早い。
 だからこそ、今回魔王に対し「誰も傷つけずにこのままどっか行ってくれ」と言ったのも、初対面の時に鮮烈に脳裏に焼き付いた“死”のイメージを拭うことができなかったからだ。
 あの時、あの瞬間、誰よりも早く生きることを“諦めた”。だからこそ、そんな絶対的な存在に死んでほしくないと思った……かもしれない。
 そういう意味では母が言った一目惚れという言葉はあながち間違いではなかった。アルは魔王のその力に、間違いなく魅了されたのだから。
 しかし、そんな余計な気遣いが魔王を怒らせてしまいアルは後悔していた。
 流れで食事をさせることになったものの、その後はどうするか全く考えていない。
 もうなるようになれとヤケになりながら。魔王を引き連れて下へと降りて行った。

「おー。アルか。さっさと飯に……」
「あら……」

 そして降りると、当然だが両親に見られる。
 母はともかく、父はそれはもう面白いくらいに驚いていた。

「まあ、なんだ。こいつも飯食うことになったから」
「ふん」
「……っ! おいきらバカ息子! ちょっとこっちに」
「最後の晩餐になってもいいよう腕によりをかけて作るわね」
「よろしく」
「母さーん!?」
「あなた。感じるのよ」

 それだけ言って母は厨房に引っ込んだ。あまりにも動じない妻と息子に「自分がおかしいのか?」と疑問を持ち始めた父はもうなにも言わずに席についた。
 アルと魔王もそれに続く。

「とりあえず自己紹介でもするか」
「自己紹介? こんなところでやったらこんな建物壊れてしまうぞ」
「魔族の自己紹介ってどんなんだよ……」

 さらっと告げられた店破壊発言に魔族と人間の違いを再確認されながらも、アルは続けた。

「自己紹介ってのは自分の名前や好きなものとか、趣味とか、そういうのを紹介しあうもんだ」
「なんじゃそれは。聞いたこともない」
「魔族式はどんなんだよ」
「魔族は相手を強さで認識する。故に自己紹介も自分の得意魔法や戦術など、自身の実力を見せつけることにある」
「まとめると?」
「決闘じゃな。ソフトな決闘」

 若干、聞かなきゃ良かったと後悔する。

「人間じゃそんな物騒なことはやらん。最初は言葉で、だ」
「お主らのルールに従う気はない」
「弱ってるくせによく言うぜ」
「……」

 魔王は睨みつけるが効果はない。
 アルは軽くスルーしながら強引に進めた。

「俺はアル・ノワール。ここで働いてる。で、目の前に座ってるのが俺の父さん。あっちで料理作ってるのが母さんだ」

 奥の方から「よろしくねー」と声が聞こえる。
 それらの言葉を興味なさげに魔王は聞いていた。反応はなく、アルは肩を竦める。
 しばらく無言の時間が続き、そして、口を閉ざしていた父が話しかける。

「なあアルよ。父さん理解できねえぜ。なんで魔族__しかも魔王相手にそこまで普通でいられるんだ?」
「なんでって……」

 少し考え、隣に座る魔王を意識しながら答えた。

「一度死んでるから」
「……は?」
「いやな。もし、魔王が本調子なら確実にあそこで死んでたんだよ。魔王はいつだって俺らを殺せる。遅いか早いかの違いだけっつーか……だからかなー?」
「……いやいやいや。だからこそ弱ってるうちに始末しねえと危ねえだろって話だろうが!」

 アル自身、自分の気持ちをどう説明したもんかと悩んでしまうのだが、父の言葉に素直に賛成出来ない自分がいるのも確かだ。

「始末などと聞くと虫唾が走るが、そこの男の言うとおりだぞ小僧。なぜ我を生かす? 言っておくが、我は本来ならすぐにでも行動したいのだ。しないのはそれだけ絶不調であるということ。なのに飯まで食わせてその上逃がすなどと……お前は人間を滅ぼしたいのか?」

 逃がす、という部分に父がさらに反応するが、無視。
 考えれば考えるほど頭痛がする。そもそも、考えるのはあまり得意ではない。

「っだあああああ! もう、うっぜえな! いいだろ! うちは飯屋だ。飯屋が飯を食わせてなにが悪い! そんなに死にたいなら他所で死ね!」
「なっ……キサマ! 我に死ねだと!? ふざけるな!」
「ふざけてんのはどっちだ! 誇りがなんなのって、千年前のもんだろうが! それこそ埃かぶってるだろうが!」
「我を……魔族をバカにしたな小僧。今すぐ殺してやろうか」
「同情するなとかなんとか言って、死ねって言えばすぐこれだ。わけがわかんねーよ! 死にたいのか生きたいのかどっちだよ! 間抜けな人間で良かったとかそんぐらいに捉えりゃいいのに自分の首締めてんのは他ならぬてめえだろうが!」
「それがいらぬ世話だと言うのだ! わざわざ殺せる魔族を前にして殺さず世話してさらに飯を食わすなどキサマ狂っておるのか? そもそもキサマなどに殺されたとしても、この“深淵より出でし者”はそう簡単にくたばりはせぬわ!」
「なにおう!?」
「やるか雑魚が!」
「いい加減にしろやッ!!!」

 耐えきれなくなった父が止めるが、二人の空気はまさに一触即発だった。
 まさにその時__

「出来たわよー。はいラーメン」

 __母が夕食を持ってきた。

「……おい」
「なにかしら」
「らーめん? ……これが人間で言う最後の晩餐か? 言っておくが、我は本気で殺すぞ?」
「今から手の込んだ物もめんどくさいのよね。だからこれが最後の晩餐よ」
「こんなものがか?」
「まあまあ」

 母はさらっと流してみんなを席に座らせた。
 先ほどまでの空気はどこかへ散ってしまったかのようだ。

「じゃあいただきます」
『いただきます』
「い、いただきます?」

 魔王が戸惑うように合わせる。そんな様子に先ほどまでの事を忘れ苦笑してしまうアル。
 目の前の母特性のラーメンにがっつく父に習い、自身もがっつき始める。
 しかし、その手はすぐに止まった。

「どうした魔王」
「あ、いや、その……」

 少し視線を泳がす魔王に不信感を覚えるものの、その手を見てすぐに気付いた。

「箸。使えねえのか?」
「っ!」

 羞恥のせいか顔を真っ赤にする。その手には箸が力強く握られていた。
 もちろん、動かせるはずもない。

「……ったく」
「お、おい?」

 アルは厨房へと引っ込む。
 少しして、手に物を持ちながらやってきた。

「ほれ。フォーク」
「ふぉーく?」
「これなら使えるだろ」
「……」

 残念ながら反応はよろしくない。
 アルは無言でその手からフォークを取り、ラーメンの中に入れて回す。取り出すと麺が絡まっており、アルはそれを魔王に出す。

「ほれ。あーん」
「……」
「冷めるぞ」
「あ、あーん」

 それを微笑ましく眺める母と苦々しく眺める父を背景に、魔王は恐る恐るといった感じでラーメンを食べる。
 そして__

「っ!」
「おわっ」

 __アルからフォークを奪い取っては一心不乱に食べ始める。
 あまりのことに呆然とする一家。ただ魔王が猛スピードでラーメンを平らげるのを見ていた。
 そのうち魔王は回すのも面倒になったのか、きちんと巻き取らずにすくっては口に含み、ずずずっと音を立てながら食べる。
 アルたちはそれを見て、自然と笑みが零れていた。
 自分たちを殺す魔王。もしかしたら自分たちにとって最後になるかもしれない光景。
 だというのに、ただ笑って、自分たちのラーメンを食べ始める。


 ◯


「……」
「おーい」
「…………………………」
「ダメだこりゃ」
「敵である人間の手料理を一心不乱に食べちゃったから食べ終わった後で羞恥心が襲ってきちゃったのねー」
「本当に魔王か? 警戒してた俺がバカみたいじゃないか」
「我は魔王じゃ!」

 それは重々承知している。
 腹が少なからず満たされたおかげか、魔王の魔力や迫力が強くなっていることを肌で感じていた。
 しかし、絵面だけで見ると小さい女の子がお腹いっぱいラーメンを食べたという微笑ましいものでしかない。

「……お前らのとこでは料理はないのか?」
「……ない。正直な話、こんな美味しい食い物は初めてじゃ」
「どういう食生活だ……」

 呆れの色を出すアル。
 もはや強く出ることすらできないのか、トーンの下がった声で答えた。

「魔族にとって娯楽とは戦闘じゃ。食い物なぞ適当に魔物を魔法で焼いて腹に詰めておった。脆弱な人間と違って魔族はそれで十分生きられる」
「父さん。魔物を食うって」
「人間ならNGだな。死ぬ」
「魔族って凄いわねー」

 魔物とは動物が変異し生まれたものである。凶暴であり他種族を襲う。そのため一箇所に固まる人間などは
 よく標的にされる。
 体内は強力な毒素があり、処理さえすれば武器や日常品の素材になったり食べることも可能。だが、そのまま食べると人間であれば死ぬ。
 同じ毒素を体内に持つ魔物ならともかく、そういうわけでもない魔族が処理せず魔物を食べても平気というのは、それだけ生命力が高い証に他ならないのだ。

「お主らが脆弱なのじゃ」
「……その脆弱な人間の食べ物を美味しそうに食ってたくせに」
「そんなに死に急ぐならそう言え人間」

 目にも留まらぬ速さでアルの顔面を掴むと魔王は魔力を集中させていく。

『あ』

 両親が揃って声を上げる。
 それも当然だとも言える。
 なぜなら、アルは戦闘技能をびた一文上げていない。基本的には引きこもり体質で店の外にはあまり出ない。
 当然、かなり弱い。料理で鍛えた体力、器用、筋力こそあれど、魔王なんかが魔力を強く当ててしまえば結果は見えてしまうのだ。

「……ぅ」

 アルは意識を一瞬にして落とし、その場に崩れ落ちた。



「……弱過ぎではないか?」
「ま、バカ息子だからなー」

 __理由になっていない。
 しかし、彼奴の中では十分に理由になっているらしくそれ以上なにも言わない。男はアルとかいうガキを連れて上の方へ消えた。
 女の方も全く慌てていなかった。
 本当に、どうして目の前の人間は我を前にしてこうも平然としてられるのか。

「で、魔王ちゃんはどうするのかしら」
「ちゃん付けするでない。どうするとはどういうことだ」
「この街を滅ぼすのか、黙って出て行くのか」
「決まっている。滅ぼすのだ」

 これは決定事項だ。
 なのに__なぜこうも、躊躇するのか。

「じゃあ、その時まで魔王ちゃんとお話してようかしら」
「説得する気か? あとちゃん付けするな」
「説得ねー。説得と言えばそうなるのかしら。私はただ話したいだけだけれど」

 本当に、不思議な人間だ。私が知るどの人間とも違う。

「もし、私たちのことを「他の人間と違う」と考えているのなら、それは間違いよ」

 一瞬、心を読まれたのかと思った。
 だが、すぐにそんなわけは無いと改める。心を読めるとしたら特殊な魔眼か、闇の魔法極意マスタリースキルでご擬似的な読心を使うしかない。目の前の女からはそんな気配はない。
 つまり、表情から読み取った。大した洞察力だ。侮れぬか。

「間違いとはどういう意味だ」
「そのままの意味よ」
「敵である魔族を保護し飯まで食わせるのが普通だとでも?」
「……冒険者にはね。みんなに共通した思想があるの」

 雰囲気が変わる。
 それは我が今まで殺してきた、戦士の空気だ。

「“明日生きるために今を生きろ”。冒険者に豪快な人が多いのは今を全力で楽しむ人が多いからなの。私も昔は結構やんちゃしててね。そして、その考えは引退した今でも持っているわ。だから私は、したいようにした」
「それが、我を助けることか?」
「だって……あなた凄く可愛いんだもの! 言うなれば私が欲しかった娘の理想像と言っても過言じゃないわ!」
「か、可愛い? て、誰が娘じゃ! 我は一◯◯年は軽く生きておる! お主ら人間とは違うのじゃ!」

 他の魔族に比べれば一◯◯年という時はあまりにも短い。しかし、人間と比べればとても長い時だ。

「あら、そうなの。でも、気に入ったものはしょうがないじゃない。例え相手が魔族でもね」
「それでお主らの明日が消えてもか?」
「そうよ」

 即答。
 あまりにも矛盾してるような回答だ。
 此奴らはなにを考えている?

「……」
「別に難しいことじゃ無いのだけれど……。私はね、明日を生きるつもりよ?」
「ここで死ぬのにどうやって生きる」
「そうねー。そこまではっきり言われると諦めるしかないわねー」
「そんな簡単に諦められるものなのか?」
「そういうんじゃないの。なんと言えばいいのかしら……今を生きれずに明日は生きれない。だから、今を生きて明日が消えるのであれば、結果として明日が来なくなってしまうのなら、それは本望なのよ」
「……我には、主らがなにを言ってるのかわからん」
「そうね。じゃあ生きてたらいつかもっと詳しく話してあげる」
「そう言って生かしてもらう気か?」
「バレた?」

 我が本気ではないと高を括っておるのか? それとも、これが此奴らの言う「今を生きる」ということなのだろうか。
 ……馬鹿馬鹿しい。

「お主らが他と変わらぬというのなら、人間は揃いも揃って馬鹿ばかりじゃ」
「そうかもしれないわね」

 無言の時間が始まる。
 途中で男の方が帰ってくるもなにも言わずに席に着く。
 女はただただ微笑みながらこちらを見てくる。
 男は呆れたように女を眺めていた。
 __自然体。
 そう思った。
 我が見てきた死ぬとわかった人間は、泣き叫ぶか抗うかのどちらかだ。
 目の前の人間はそのどちらでもない。
 静かだった。
 そうやっていると思い出すのは、先ほど食べたらーめんとやらの味。
 素直に美味しかった。
 また食べたい、とも思う。
 __しかし、人間は敵だ。
 魔族と人間は長い間戦い続けてきた。今更和平などありえない。
 なぜなら__なぜだ?
 人間は敵だ。長年の間そうであった。しかし、別に人間に対しこれといって恨みはない。ないのだ。どんなに自分に問いかけても、ない。
 では、なぜ戦っていた? それは戦いたかったからだ。
 魔王として勇者どもと戦うのは人生で一番楽しかった。
 死がすぐそこにあるという緊張感。全力で戦える相手。罠もなにもない真っ向勝負。
 その上で負けて我は……勇者になにを思った?
 __見事。
 人の身でありながら魔王たる我に近づき、打ち倒した者への純粋な敬意。
 混乱する。
 ここまで自分の心を見つめ直すということはしないせいか、人間に対し抱いていた感情がぐらつき始める。
 おかしい。こんなのはおかしい。

「ねえ」
「な、なんじゃ」

 また表情を読まれたのか。あまりにもいいタイミングで声をかけられたために動揺が表に出てしまう。
 しかし、次に発せられた言葉は、そんなものもどこかへ吹き飛ばしてしまう。

「魔王ちゃん。うちで働いてみない?」
「……………………………………………………は?」

 女の隣で頭を抱える男の姿が妙に印象的だった。

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