止まり木ユーザーBLOG

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1 | ネームレス | 2019年11月10日(日)20時26分

【魔王の酒場】

「これで終わりだ! “再生の魔王”!」

「ぐっ」

 そこは魔王城玉座の間。そこではまさに、光と闇の決戦が行われていた。
 度重なる激戦で、壁、床、天井に縦横無尽に傷が入っている。いつ崩れてもおかしくはない。

「この負の連鎖、お前を倒して断ち切る!」

 そう叫ぶのは、シンプルではあるがたしかな腕の鍛冶屋が作ったとわかる名剣を持つ青年。歴代最強の“勇者”だ。
 その後ろには数々の戦いを共にした仲間たちが立っている。

「……無駄なことだ」

 相対するは黒い衣服を身に纏う“魔王”。体から放たれるプレッシャーは常人であればすぐさま気絶してしまうだろう。

「なんだと!?」

「魔族とは闘争の中より生まれ、闘争と共に生き、闘争の果てで死ぬ__そういうものだ。ワシを倒したところで一つの災禍が終わるのみ。そしてまた新たな災禍が生まれるだけだ」

「……例えそうだとしても。俺たちは戦わなければならない。この意味なき闘争を終わらせなければ大切なものが失われて行く。例えそれが一時の安寧だとしても、俺たちは俺たちの大切なものを守るために戦うのだ!」

「……良かろう。なら、これで決着をつけよう。我が最大の一撃を!」

「くっ、まだ!?」

 魔王は再び立ち上がる。しかし、動くたびにおびただしいほどの量の血が溢れる。
 まさに次が、死力をつくした一撃となる。
 勇者もそれを悟ったのか、避けるのは不可能とし迎え打たんとする。

「深淵よ。我が狂気より形をなせ。怒り、憎しみ、嘆き、絶望する我が魂を糧とし、断罪の剣よ。今ここに具現せよ!」
「極光よ。我が勇気より形をなせ。許し、慈しみ、喜び、希望する我が魂を糧とし、選定の剣よ。今ここに具現せよ!」

 一言発するたびに空間が歪み、魔王城が崩れて行く。
 しかし、二人の魂は揺るがない。
 最強の一撃を放つために、限界まで魔力を練る。
 そして、時は満ちた。

「《レーヴァテイン》!」
「《エクスカリバー》!」

 黒と白。
 それらが交差した瞬間、空間が爆ぜた。


 ◯


【翼の休憩所】 それがその酒場の名前だった。
 ここを経営するのはとある一家。両親は元高ランク冒険者。今は引退している。息子は幼き頃からこの酒場で育ってきた。

「掃除終わったぜー」
「おう」
「ありがとうね」

 時刻はすでに大分遅い。夜の12時を過ぎていた。店のドアには「closed」の札がかけられている。
 息子の名はアル・ノワール。母親とともに厨房で働いている。父親は接客を主に担当している。

「売り上げ伸びねーな……どうにかなんねーの」
「どうにかって言われてもね〜。あなた。なにかない?」
「看板娘でもいればいいんだがな。うちにいるのは俺と無愛想な息子。唯一の華であるマイスイートハニーは裏方だからな」
「おい」
「あら嬉しい」

 アルは諦めたようにため息をつく。
 こういったやりとりは初めてではないのだ。だから自然と慣れるというもの。
 アルも別にこの酒場を大きくしたいわけではない。しかし、彼もまた年頃の青年。少しくらい給料__もといお小遣いUPをしてもらいたい。そうするには店の売り上げを上げるしかないという考えに至るのは自明の理である。
 しかし、なにかいい考えが唐突に思い浮かぶはずもなく、ただ目の前でイチャイチャし始める自分の親を眺めるしかなかった。

「おい。明日も早いんだからもう寝ろよ」
「そうだな。お前は早く寝ろ。今から一回戦ヤッて看板娘をお母さんに宿すから」
「あらやだ。今日は獣の日なのかしら?」
「息子の前でなんつー会話してんだ!」

 そうやって今日もいつも通りに眠りにつく__はずだった。
 闇が、深くなる。

「なんっ」

 全員が異常に気づく。
 灯りはついている。しかし、部屋全体が異常なまでに「暗い」。

「くくく」
「誰だ!」

 少女のような声が響く。
 アルは叫び、父と母は素早く警戒態勢をとった。

「おいおい。うちに価値があるものはお母さんしかいないぜ」
「ふふ、ありがと」
「こんな時にまで惚気るな!」

 イマイチ緊張感が足りない夫婦に息子も気が抜けそうになるが、頑張って耐える。
 すると。変化に気づく。
 部屋全体に漂っていた「暗さ」が一点に集中し始めたのだ。
 それはやがて、一つの「闇」へと変わり、蠢くように人の形を作っていく。

「……やっとかじゃ」

 少女のような幼さい声だ。同時に、幾つもの修羅場をくぐり抜けた歴戦の戦士のような、そんな響きもある声だ。

「やっとか復活できた」

 その声は歓喜に満ちていた。
 なにに対してかはわからない。
 少女は月のように輝く金色の髪を払い、髪の隙間から見える金色の双眸を覗かせる。
 プレッシャーがアルたちを襲う。

「やっとかこの身になれた。この時を何百年待ったか。ここはどこじゃ? まあ関係ない。……滅ぼすことに変わりはない」

 無茶苦茶だった。
 __なにを言ってるんだこいつは。滅ぼすって、なにを滅ぼすんだ。
 疑問が頭の中で渦巻く。

「アル! 下がって」
「おい! どこのどいつだが知らねえが、人の店で滅ぼすだのなんだの物騒なこと言ってんじゃねえ!」
「……口の聞き方も分からぬ人間が。我が誰かもわからぬか」

 その目を見た。
 その目は絶対的強者の目。否応無く力の差を理解させられる。
 アルの頭に「死」のイメージが浮かび上がる。

「よかろう。ならばこの“深淵より出でし者”が、手始めにキサマらを始末してくれる!」

 魔力が溢れる。
 その濃密な魔力にあてられ、アルは足から力が抜ける。

「アル!」
「か、母さん」
「ちぃっ!」
「弱い! 弱いぞ人間! その程度ならどちらにせよ戦乱の時代を生きられぬ! ならば一思いに……ここで死ねぇえええ!」

 __死ぬ。
 そう覚悟し、強く目をつぶる。
 視界は黒に覆い尽くされた。


「……?」

 なにも起こらない。
 むしろ体が軽くなっている。先ほどまでのプレッシャーが消えた。
 どういうことだと、目を恐る恐る開ける。

「……は?」

 そこに見えた光景は、先ほどまで恐ろしいほどの力を感じさせていた少女が倒れている姿だった。
 どういうことだと混乱する頭をなんとかクールダウンさせようと努力する。__しかし、次の瞬間にはその努力も徒労に終わる。

 ぐー。

「……なんだ今の」
「腹の音?」

 ぐー。

「もしかして……あの娘こから?」

 ぐー。

 三度音が鳴り、一家の視線が少女に集まる。

 ぐー。

「は」
『は?』
「腹が……減った」

 こうして、「謎の少女【翼の休憩所】襲撃事件」は幕が下りた。


 ◯


 〈本当にやる気なの?〉
 声が聞こえる。
 〈ああ。こいつは可能性だ〉
 〈魔王を殺さず生かしておいても、百害あって一利無しだと思うがな〉
 〈そうかもしれない。けど、いつかは変えなきゃいけないんだ〉
 どこかで聞いた声だった。
 奇妙な感覚だ。
 “覚えているだけ”の感覚。
 自分が今、この時、どんな風にこの光景を見ているのか。そして聞いているのか。
 そもそもこれは自分が見て、聞いた光景なのか。
 意識はふわふわとして考えはまとまらないままに彼らの会話は続いて行く。
 〈それでももっと弱い奴でも良かっただろう〉
 〈ただの魔族じゃ数百年後の魔王についてしまう。同格の魔王の存在が必要なんだ。魔族は契約を大事にするから〉
 〈自身が契約した魔王に従うから元魔王には従わない。元魔王も同じ魔王なのに相手側に従うようなこともしない。だから魔族の元には戻れない。だろ。もう何度も聞いた〉
 〈……そうだ〉
 〈でも、仲間の元に帰れないのは流石にかわいそうなんじゃ。ここで殺してあげた方が〉
 〈それじゃなにも変わらない〉
 〈でも……〉
 〈もういいでしょ。どうせこいつは私たちの言うこと聞きやしないんだから。どうせ私たちも死んでるし〉
 〈む、無責任過ぎます〉
 〈死んだ後にまで責任押し付けないでほしいわね〉
 〈そりゃそうだ〉
 〈それにこの方法はこの魔族が“再生の魔王”であることが前提なんだ。他の魔族じゃ生き返れない〉
 〈まあな。……未来まで視野に入れた勇者様に、勇者様のお眼鏡にかかった魔族の王。この二人が出会った偶然が未来にどういう影響を及ぼすか〉
 〈私たちはどうせ見れないんだから気にするだけ無駄よ〉
 〈……いいのかなー〉
 〈俺のわがままに付き合ってもらって済まない。じゃあ、種を蒔こう。この忘れられた土地__“ホロウシティ”に〉


 ◯


「……ん」

 目が覚める。目に入るのは木造の天井。
 なにか柔らかいものに包まれており、すぐに布団だということがわかる。

「……ここは」

 体を起こし辺りを見回す。
 しかし、見覚えがない。
 ここがどこなのかわけもわからずいると不意に声がかかる。

「お目覚めか」
「人間っ!」

 すぐに魔法を放とうと魔力を練り詠唱しよう__としたところで、お腹から「ぐー」と情けない音が鳴り体から力が抜ける。

「は、腹が……」

 極限の飢餓状態であることを思い出した。魔族は人間と違い長期間飲まず食わずでも生きれるのだが、それと空腹はまた別問題である。
 まるで腹が「なにか食わせろ」と訴えるようにきりりと痛む。

「とりあえずそこに寝とけ。いろいろ話すことがある」
「話す、こと? そんなもの、ワシには無い」
「こっちにはあるんだよ。“千年前の魔王”」
「……キサマ。今なんと言った?」

 その言葉を聞き、扉の前にいたアルは魔王に向かい言葉を紡ぐ。

「魔王。俺と契約しろ」


 ◯


「この子。魔族……よねぇ」
「殺しとくか?」

 魔族と人間。それは遥か太古より血塗られた歴史を共に背中合わせで歩み続けた種族。
 ぶっちゃけて言えば、世界規模の“犬猿の仲”なのである。
 生きる意味を闘争の中に見出す魔族はいつしか同種属である魔族相手では満足出来なくなり、契約の元に魔王を選定し人間に戦争を挑むようになった。
 人間も対抗しなければ殺られるため、勇者を選定し魔王を倒さなければ被害が出る。
 どちらが悪いのか、と言われれば明らかに「魔族が悪い」のだが、魔族にその意識はない。ただ戦いたいだけというはた迷惑な思想の元殺しに来るため、人間側も魔族相手に容赦しなくなり始めた。
 魔族の死体を蹴ったり、石を投げたりする子どもも珍しくない。

「でも下手に強い魔族なら中途半端はやばい、よな」
「じゃあギルドに突き出す?」
「それが確実じゃねえかな」
「そうねぇ……あら? アルは?」

 目の前の魔族の処遇について夫婦が考えていると、アルの姿が見当たらなくなっていた。
 耳を済ませると、何かを作る音が聞こえる。

「アルー! なにやってる!」
「そいつ腹減ってんだろ! 飯作ってんだよ!」
「はぁ!?」

 その言葉に言葉をなくす。
 先ほどまで腰を抜かしていた息子が急に魔族に食事を作っているんだからしょうがない。

「バカか! こいつは魔族だぞ!」
「ここは酒場でそいつは腹を空かしてる。なら食わせてやるのが礼儀だ」
「いや、なんでわざわざ人類の怨敵に飯を食わせんだよ」
「なんとなく」
「アホか!」

 そんな風に口論していると、視界の端でそわそわしている人物を発見する。

「……一応聞こう。なんだ」
「あなた。この子とっても可愛いのよ。髪もサラサラ。私、娘が欲しかったのよ」
「お前までなに言ってるんだ! なあ!? そいつ、魔族、敵!」
『起きるまでとりあえず眠らせておこう(おきましょう)』
「おーーーーい!」

 先ほど、魔族と人間は犬猿の仲だと言ったが、個人で魔族の被害を受けていない者はそこまで危機感というものを感じない者もいる。
 その後、父がどうにかして息子と妻を説得しようとするも、失敗。
 妥協案としてねじ込んだのが、「こいつの“名”からこいつの正体を掴むこと。安全が確保されるまで絶対に飯は食わせないこと。危険だと判断したらすぐにギルドに縛って押し付けること」の三つの約束だった。


 その後、魔族は目を覚まさず二階の空き部屋で眠っている。
 本当は今のうちにでもあの魔族について調べておきたいのだが

「アル坊! 酒だ酒!」
「アル坊言うな! 父さんさっさと酒持ってってやれ!」
「あー? 誰に向かって口聞いて」
「あなたー? 今忙しいから急いでねー」
「イエス、マム」

 常連の溜まり場のようになっている【翼の休憩所】は稼ぎこそそこそこだが毎日のように満席である。
 これで客の冒険者などがもっと財布の紐を緩めればいいのだが、彼らは稼ぎの大部分を武装の整備代やら新調するための代金に消える。彼らが湯水のように金を振る舞うのはでかいクエストでも達成した時だ。
 自身の命に関わるものだからしょうがないとも言えるが、アルにしてみれば自由時間も少なく稼ぎも少ない、こんな用事がある時にしてみれば迷惑なことこの上ないのである。

「ったく、たまにはもっと金払えよ! 店の売り上げに貢献しろ! 酒一杯で粘るな!」
「あー、アル坊が不良みたいなことを」
「おっちゃんたち悲しいぜー」
「だったらでかい仕事でも見つけて稼ぎ増やして金遣いも荒くなれ。喜んで迎えてやるよ」
「こんな辺境にでけえ仕事なんてねえよー」
「このっ」
「アル、手元注意ね」
「おっと」

 こうなったら父に頼んでみるかとも思うが、あの父は元々反対派。しかも自身の頼みを聴くはずもないとアルは選択肢から消す。
 誰かカウンターにでも座ればいいのだが「アルがうるさい」とみんなカウンターから離れたテーブルに座るのだから自業自得とも言える。
 アルの最後の望みとしては、こんな荒くれ者ばかりの酒場に時間が空けば来てくれる物好きな客の到来を待つばかりである。
 そんな考えが通じたのか、扉が開いた。

「やっほー! 元気やってるー?」
「相変わらずうるさいねーここ」
「あら。ニーナちゃん、リーナちゃんいらっしゃい」
「いらっしゃい」

 物好きな客、ニーナとリーナ。アルの待ち人である。
 思わず笑いそうになるのを堪え、聞こえるように少し大きめの声で挨拶。
 彼女らは一般の女性でありながらここに来る変わった人たちだった。同時に最後の良心とも言えるが。
 彼女たちは野太い歓声に軽く応えながらカウンターに座る。

「アールーくーん。元気足りないぞー?」
「お姉さんたちが来たんだからもっと喜びなよー」
「じゃああの掃き溜めに行ってこいよ。喜ぶぜ」
『それはごめん被る』
「ひでえぜ二人ともー!」
「そうだそうだー!」

 そんな声にも軽く手を振って返すニーナとリーナ。
 男臭い【翼の休憩所】ではアイドル的存在である。二人が人気なのは容姿が優れるというよりは圧倒的なコミュ力の存在のおかげだろう。

「注文は?」
『お酒ー!』
「まだ昼時だぞ」
「酒飲まなきゃやってらんないわよー。おばさん酒ちょーだい」
「はいはい」
「アルくん適当に見繕ってー」
「そういう注文が一番面倒なんだよ」

 と言いながらも適当に見繕って出してやる。
 お酒も出され早速飲み始める二人を見て若干の呆れの色を出すアル。

「いいのかよいい年の女が」
「いいのいいのー」
「ここでぐらい自由にさせてよー」
「男の一人でも捕まえたらどうだ」
「はっ」

 その言葉が引き金となり、ニーナは表情に影を落とす。

「私の小さな網じゃどんな男も捕まえられないわよ」
「もうこんな餌わたしじゃ誰も釣られないし」
「甲斐性がなさ過ぎんのよ」
「草食系多過ぎー。冒険者じゃ収入不安定だし条件のいい男とか選んでるともう誰も彼も捕まってるし」
「最近は恋愛が軽いのよ。私の両親がいったいどんだけ時間かけて付き合って結婚したと思ってるのよ」
「お試しで恋愛とかふざけんなっての」
「あー、もーうーやーだー」

 触発されたようにリーナまでも騒ぎ立てる。
 まだ酔っ払ってないはずなのだが今にも泣き出しそうである。
 アルも地雷を踏んだと気づき話題転換も兼ねて本来聞きたかったことを聞くことにした。

「あー、そういやさ。二人は“深淵より出でし者”って知ってるか?」

 その言葉に延々と愚痴りあっていた二人は言葉をピタッと止め、アルに向き直る。
 その目には僅かな驚きが見えた。

「あれー? アルくんって英雄譚とか興味あったっけ?」
「いや。特に」
「そーなのよー。この子ったらやっとか男の子になってねー。昔なんか「冒険なんて危険な真似できるか!」なんて言ってたのに成長したわー」

 矢継ぎ早に紡がれる母の言葉は完全にアルを封殺。
 なにすんだよ! と目を向けるがそれを完全に無視して話を進める。

「ふーん。意外ねー。でも、男の子なら誰しも一度は憧れるものだもんねー」
「そうなのよねー。だから知ってるなら教えてあげて欲しいのだけれど」
「ま、いいよ。深淵より出でし者でしょ? それなら有名よ」
「有名?」
「ええ。だって、歴代最強の魔王、と謳われる最恐の魔王だもの」

 思わず手元で忙しなく動かしているフライパンを落としそうになってしまうぐらいには動揺。

「っぶねー」
「どうしたの?」
「なんでもねーよ。続き聴かせてくれ」
「? いいけど」

 笑顔で何事もない風に対応するものの、その内心は混乱している。
 昨日__というよりは今朝、かるーい気持ちで保護した魔族が、もしかしたらとても危険な奴なのでは? という自覚が今更になって出てきた。
 隣では母も笑顔が引きつっていた。

「あ、でも深淵より出でし者ってのはあくまで魔族、身内からの呼び名らしくて人間側からは“再生の魔王”って呼ばれてたわよ。こっちは知名度の高いから知ってるんじゃない?」
「あ、ああ」

 再生の魔王。
 それは人間側に知られている名前だ。
 曰く、彼の者は倒れず
 曰く、彼の者は闇である
 曰く、彼の者は最恐である
 曰く、彼の者は再生者である
 腕を斬り落とそうが、心臓を潰そうが、首を斬り落とそうが、頭蓋を踏み砕こうが、瞬時に再生する。得意とする闇魔法は膨大な魔力と高い技量により人知を超越する魔法である。
 人々は恐れおののき、彼の者をこう呼んだ。
 再生の魔王__。
 アルでさえ知ってる一般常識であり、とにかく“めちゃくちゃ強い”とイメージすればだいたい合ってると言われるような伝説である。
 そこまで思い出した時点でアルは思考を放棄しようとした。

「でも驚いたー。深淵より出でし者なんてマイナーな名前、どこで聞いたの?」
「逆になんで知ってんだよニーナとリーナは」
「その筋じゃ有名だからねー。絶対無敵と呼ばれた歴代最強、再生の魔王。それを打ち倒した同じく歴代最強と謳われる勇者パーティ。神のいたずらか、歴代最強がいろいろと更新された時代なのよね」
「様々な魔法陣を用いて戦った魔陣の勇者。最も多く闘技場で勝ち続けた滅拳の拳闘士。勇者を唯一倒したことがあると言われる烈風の狩人。多くの知識で皆を導いたとされる最賢の魔法使い。聖女の生まれ変わりである極光の僧侶」
「他にも王様とか騎士とか鍛冶屋とか、今もなお手本とされてるものの殆どがあの時代だし。凄かったらしいわよ」
「……とりあえずなんで彼氏が出来ねえのかはわかった」

 怒涛の勢いで列挙されていく言葉に必要以上の情報を覚えてしまい、なんとなしにそんな言葉を吐く。
 それが地雷とも知らずに。

「なぁあああんですってええええーーーーーー!?」
「好きなものを好きって言ってなにが悪いのよこのマザコンがぁあああああーーーーー!」
「誰がマザコンだ! あ、いや、すいません! 許してください! 店の中で魔法を使うなあああああああーーーーーーーーー!!!」


 その後も適当に会話を交わしつつ、情報を集めて行く。
 その魔王はすでに千年以上も前の存在であること。
 その魔王は小指一つで再生できるということ。
 その時代の戦争は最も長く続き、甚大な被害を残したということ。
 それを聴くたびに顔が真っ青になる思いだが、それもこれも全部あの魔族が起きてからだとアルは仕事に専念。母も顔色を変えず料理を作り続けていた。
 父は冒険者たちに混ざり酒を飲んで酔っ払っていたところをアルによって裏口から叩き出されたが。

「じゃーねアルくん」
「結婚出来なかったら私たちが貰ってあげるね。ハーレムだぞ喜べ」
「そん時は嘆いてやる」

 そして、夜遅くにニーナとリーナの二人を帰らせる。足取りは危ないが、お付きにシラフな冒険者をつれているので大丈夫だろう。
 こうやって冒険者が毎度交代で送り届けるのも毎度の風景である。
 そうして、全ての客がいなくなったところで店の扉に「closed」の札をかける。

「さて。母さんはどう思う? あの魔族」
「そうねー。とても強い力は感じたけれど、伝説ほどじゃないと思うわ」
「もしかしたら弱体化してるのかもしれねーな。千年間死んでたんだろ? あいつが本当に再生の魔王なら」
「それもありえるわね」

 どうにも扱いに困ってしまう代物である。

「母さんならどうする?」
「うーん。やっぱり殺した方がいいのかしら」
「……」

 アルはなんとも言えない自分に違和感を覚えながらも考える。
 これまでの情報が頭の中で浮かんでは消えていく。
 少しして、意を決したかのように話す。

「……説得するか」
「……アル。本気?」
「いや。いけるって多分。きっと。奇跡的に」
「そんな砂漠の中から一粒のなにかを見つけるような確率にかけるようなら普通に殺した方が早いと思うのだけれど」
「いや。そうなんだけど。なんつーかな」

 いまいち煮え切らないアルを見て訝し気な母だったが、不意に目を見開く。

「もしかして……一目惚れね!」
「はぁ?」
「きゃー! 一目惚れよ! 人間と魔族の愛入れぬ種族間での禁じられた恋! 再開したら敵同士! 交わすのは愛の言葉ではなく血濡れの剣! 最後まで愛と秩序を貫く悲恋物語!」
「か、母さーん?」
「行きなさいアル! お父さんは私に任せて! しっかり口説き落としなさいよ! 例え失敗して世界が滅ぶことになっても私はあなたの味方だからね!」
「無駄にプレッシャーかけるな! あと一目惚れでもねえ!」

 あと、「スケールもでけえ!」と言おうとしたが伝説通りならあながち不可能とも言い切れないため言わない。
 母のせいで自分が今、どんな無茶を犯そうとしているのか否応無く理解させられてしまう。理不尽に睨むが母は慣れたもので適当に受け流す。

「ま、適当にやりなさい。応援してるわよ」
「いいのかよ世界の命運をバカ息子に任せて」
「ノワール家の家訓は「例え世界を滅ぼそうと、面白そうな方向に全力で取り組む」だからね」
「初めて聞いたぞ」
「今考えたのよ」

 いい笑顔を見せる母にもはやなんの言葉も出ないが、幾分か緊張もほぐれる。
 魔王のことをどう口説き落とすか考え、その日を終える。


 魔王が目覚めたのは、それから三日後のことだった。


 ◯


 自分の気持ちはわからない。
 なぜ自分があそこまであの魔族を気にかけているかも。
 相手は魔族。しかも、想像以上に危険な存在だ。
 母さんも「娘が欲しかった」と言っていたが、あれは言い換えれば「奴隷が欲しかった」という意味だ。
 母さんと父さんは昔はかなり強い冒険者__本人たちが言ったものなのでどこまで正しいかはわからないが、冒険者の客との会話を聴く限りそれなりに有名であったらしい__だったらしいから、普通の魔族なら抑え込めると思ったのだろう。
 人間は魔族に容赦はしない。その逆があり得るように。だから俺の想像もだいたい合ってるはずだ。
 しかし、物事は意外と大きくなってしまうもので、魔族は魔王の可能性が出てきた。
 すぐに殺すべきだ。ラッキーなことに、相手は弱っている。
 だけど、俺の中に「殺す」という選択肢はなぜか無かった。
 もしかしたら、母さんの言うとおり一目惚れしてしまったのかもしれない。
 襲撃から三日。
 魔王を寝かしている部屋の扉を開ける。
 目が覚めていた。
 あの時はただただ恐ろしく、眠っている間は気にも留めない。だが、こうやって見ると相手が恐るべき美少女であることを否応無く理解させられる。
 白い肌を隠すのは黒い衣服。輝く金髪に神々しい金眼。黒い衣服と合わさり、夜空に浮かぶ月を彷彿とさせた。

「お目覚めか」

 そんな味気ない言葉をかける。
 即座に警戒をするも、よほど腹が減っているのか力を出せずにいる。
 最初の頃の威圧感も何処かに消え、今ではまるで猫のようだ。
 さて、本題はこれからだ。
 二、三言葉を交わし、歴史において邪法と言われる「悪魔召喚」を行った者もびっくりな提案を告げてやる。

「魔王。俺と契約しろ」

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