個人のWebサイトを開設するとき、その動機の多くは『サイト運営をやってみたい』ということだろうと思います。パソコンや携帯電話といった新しい装置への興味、HTMLやCGIなどの技術に対する好奇心、そして他の方が運営しているWebサイトの盛況ぶりや楽しそうな交流への憧れ……さまざまな要因が考えられます。しかし『それが実現できたら何が得られるのか』という冷徹な目標設定が事前に掲げられることはまずありません。ビジネスの世界では当然とされる目標設定、それがなければ上司や同僚を納得させ予算を獲得することができない『将来像と達成期限』が、個人Webサイトでは必要ないのです。
むろんそれは悪いことではありません。やってみたいからやってみる、先が見えないからこそ飛び込んでみる……そういう思い切りは大切なことですし、それを機にこれまで気づかなかった自分の才能に目覚めることはよくあります。数億もの個性的なWebサイトが世界中で輝きを放っているのも、『目的を他者に納得させる』などという面倒な手続きが不要なことと『必要な情報やツールがネットから無料かつ容易に手に入る』という幸運な環境があってこそでしょう。
しかし開設当時のそうした動機付けは、意外と早い時期に限界を迎えることになります。『7日、5週間、3ヶ月』を略して七五三と呼ばれることが多い、サイト運営幼年期の終わりが訪れるのです。誰でも始められるWebサイト、誰でも手に入るサイト作りのツールや手引きがこの場面では悪い方向に働きます……なぜなら『やってみたい』という動機は開設した途端に達成されますし、『こんなことが出来るのか!』という感動も時間が経てば他の人がやっていることの後追いでしかないことに気づくからです。そして憧れていた『活況あるWebサイト』というのが、ただ参加しさえすれば簡単に手に入るような代物ではないことを悟ってしまうためです。
やってみたい、とただ思っただけのWebサイトはこうして淘汰され、何がしかの目的意識をサイト運営者は持つようになります。それは『これをやりたい、やれるようになりたい』という積極的なものもあれば、『少ないながらも獲得した読者を逃したくない、相互リンクしてくれた相手をがっかりさせたくない』という消極的なものもあるでしょう。こうしてサイト運営の思春期が始まります。
この段階の運営者は、無力さと理不尽さ、あるいは嫉妬心に振り回されることが多くなります。自分のやりたいこと、やれると思っていたことがWebサイトでは十分に発揮できないことに気づき、矮小な自分というものに直面することになるからです。自宅の押入れでこっそりやっていたこと、身近な知り合いたちの間では『まだ未熟だし仕方ない』で済まされていたことが、Webに公開した途端に世界中の肥えた目を持つ読者たちにさらされることになります。そして自分より遥かに上手な先人たちが世の中には掃いて捨てるほどいることを、嫌がおうにも自覚させられることになります。
それだけではありません。自信を持って公開したコンテンツに対する反響が皆無であったり、逆に何気なく公開したものを曲解されたうえ執拗に攻撃されたりと言った、見知らぬ相手からの予想外の反応(あるいは無反応)がサイト運営者を待ち受けています。これは自分でサイトを持ってみなければ経験することが出来ない事柄です。大手サイト・人気サイトなどにあこがれてサイト運営を始めた方などは、期待と現実とのギャップの大きさに頭を抱えることでしょう。
重大な問題はもうひとつあります。更新頻度の問題です。自信を持って作り上げたコンテンツを掲示し読者からの高い評価を得ることが仮に出来たとしても、貪欲な読者は次なる刺激を求めて足を運び、それが得られないと分かると永遠に去ってしまうのです。歌謡曲であれば3〜4ヶ月は持つであろう新作の寿命は、Webコンテンツでは1〜2週間もありません。どんな優れたコンテンツも読者のハードディスクに保存されてしまえばもはやWebサイトへの吸引力にはなりえないのです。しかも歌謡曲であれば街頭やテレビに流れるなどの形で新作が登場したことをお客に知らせることが出来ますが、Webサイトは一度飽きられたら最後、こちらから読者にアピールする手段は皆無です。他の孫ニュースサイトなどに取り上げてもらえれば話は別ですが、そうした人気サイトに注目される存在になれないからこそ、こうして悩んでいるのではありませんか!
こうした不安を打開するためには、読者の要求にこたえられるペースでの新作追加、あるいは読者に『そろそろかな?』と思わせられるような繋ぎの技が必要になってきます。この頃はもうサイト開設直後とちがって、やりたくて出来なかったことが次から次へと頭に浮かんでくるような段階ではありません。せかされるように新しいネタを考え続けなければならない段階……底なし沼の日々が、こうして始まります。そしてときおり、こんな言葉が頭に浮かんでくるのです……自分がやりたかったことって、こういうことだったんだろうかって。
1周年・2周年総括文を公開した頃の私は、まさにこういう葛藤の中にいました。そんな私が総括文を通して当時の心境をつづった理由は、以下のようなものです。
『こうした葛藤が多くの人の通る道であるのなら、これから後に続く人たちの道しるべになるものを残しておきたい』
もともとSSをタダで読みふけるためにネットを始めた私は、多くの先輩たちが無料かつ潤沢に名作を公開してくれたおかげで現在の自分があるのだと考えています。ですからこれからネットを始めたりSSの魅力にはまる人たち、おそらく自分のことを先輩と呼んでくれる人たちに対して、こういう良い伝統を引き継いで行きたいという思いが強かったのです。総括文の執筆と公開は、まさにそうした思想と同一線上にありました。
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