「支天輪の彼方で」を開設した当初、私はメールの文頭で
SS[注1]創作&収集家の卵の双剣士です
と自称していました。1999年春ごろからは『雛鳥』に改称したりもしました。
しかし現在はその名乗りを使っておりません。初めての方には
『支天輪の彼方で』を運営している双剣士です
と書いていますし、以前からメール交換をしている方にはその都度、近況報告を込めた名乗り方を考えて書き分けております。
これは多忙につきWeb更新やSS収集が滞りがちになった反省という意味合いもありますが、インターネットを介して展開されている世界(以後は単に『ネット界』と略称します)に対する私の取り組み方が変わったためでもあります。まずはその辺りをお話ししましょう。
私がネット界に入ったのは1998年5月。当初そこは、中身は見えないけれど手を突っ込めば面白いものがいくらでも手に入る、わくわくする宝箱のようなものでした。
きっかけはToHeart[注2]系の同人誌に載っていた、ToHeartキャラの登場する爆笑ギャグ小説でした。それまで銀河英雄伝説[注3]などの割と硬派な同人小説しか知らなかった私はそれを読んでカルチャーショックを起こし、その同人誌に載ってたURL[注4]をさっそく職場のパソコンに打ち込んだのです。そこのページはタダで読める小説を掲示してはいなかったけれど、そこのリンク集を経由することで面白い小説が、ふんだんに、しかも無料で手に入る! あっという間にのめりこんだ私は職場のパソコンでは埒があかない[注5]と思い、すぐに自宅のパソコンからプロバイダ契約をしました。
ここで注意して欲しいことは。私には『インターネットではこんなことができるよ〜』と教えてくれる師匠はいなかったし、ネット界で友達を作ろうとか買い物をしようという意思はまったく無かったということです。『なんだか面白そうだから』という初心者特有の純真さを持たないまま、ひたすらSS集めに走っていました。明確な目的があるわけですからプロバイダの選定に迷うこともなかったです。
慣れるにしたがって馴染みのSSページは増えてゆき、痕、Pia2など対象作品も広がっていきました。こうなれば元々アニメファンだった私が『アニメ作品にもSSってあるのか?』と探しにかかるのは自然の成り行き。こうしてセイバー系、エヴァ系[注6]、月天系と探索の網が広がり、アニメ紹介のつもりで作った『支天輪の彼方で』にいつのまにか自作のSSなどを載せてしまうまでに至りました。
この頃には集めたSSは各分野あわせて600本を超えてた[注7]と思います。そしてあちこちのWeb運営者に感想メールを送る機会も増えました。そうなったとき自己紹介する言葉としては『SS収集家』が最もふさわしいと思ったのです。むろん半年そこらで名乗りをあげるのには勇気が要りましたので『〜の卵』と語調をゆるめましたけど、志は高いほうが良いと思って。
ところが去年の暮れあたりから。たまにしか行ってなかったチャットが楽しくなってきました。ネットニュースの面白さにもはまりました。トラウマのあった掲示板[注8]巡回も抵抗が少なくなってきました。そして何よりメールにおける相手との会話が、初対面同士の薄くて無難な内容から濃い内容へと変わってきたのです(口論も辞さないまでに)。つまりSS集めや執筆以外にも、やることが増えてきた訳です。
これは多分いい方向への変化なのでしょう。ですがその反面、SSを集めたり読んだりする時間がどうしても削られることになりました。仕方ないので、
1.このシリーズ(あるいは作家さん)は、新作が出たら即読む
2.新作が出たら即ダウンロードするけれど、読むのは空いた時間に回す
3.週1回の定期巡回にて新作があればダウンロードする
4.ブックマークには入れるけれど、この作家さんの作品はマークしない
という風に分類せざるを得なくなりました。でもこうして読まない口実を作ってしまえば……あとはお分かりですね。第1分類の作品が固定化され、第2分類以降が大量に溜まり、そのうち眼を通すのはほんの一部、となる姿が。
そんな折り、ある方からこうメールで指摘されました。
「○○小説の収集家を自称するなら、ここの企画に注目ですよ! 知らなきゃモグリですよ!」
……確かに凄い作品でしたよ、それは。教えてくれたその人には感謝しています。ですけどその作品による感銘と共に、このとき私はある焦燥感を抱いたのです。
「肩書きが目標でなく重荷になりつつある」
そのころからです、SS収集家を自称するのを止めたのは。もちろん今でもSS集めは続けていますけど、自分が読みこなせる量を超えてがむしゃらにSSを集めることはしていません。その反面『新作に鈍感になった』『視野が狭くなった』[注9]という面はあるかも知れませんけれどね。
そういうわけで。Web開設2周年(ネット界に入って2年5ヶ月)を迎えるに際して過去の自分を振り返ったとき、ネット界に対する取り組み方が確実に変わってるな、と思うわけです。もはやネット界は『中身の見えない宝箱』ではありません。もちろんネット界全体を把握することは今でも出来ないんですけど、名作SSを継続的に送り出してくれるページ、非凡な論者が集まっているネットニュース、私にも分かる話題で盛り上がってくれる掲示板やチャットルーム、そして継続的な会話や意見交換を期待できるメール交換相手……など、『そこに行けば見つかる』スポットの何ヶ所かを回るのが日課になりました。
そしてその影響で、ネット界で出会う話し相手や不特定読者にたいする考え方も、1年前とは明らかに変化しています。
『読者が何を考えてるかなど分からないんだから、好きなことを好きなようにやる。それを気に入ってくれる人とだけ付き合えば良い』
『見えない箱の中からごくまれに接触を図ってくる相手、貴重な出会いなんだから気が合うかどうかは二の次!』
こういった姿勢を昔の私は取っていましたが、今はそうではありません[注10]。その辺りを次の章以降で説明します。