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1999年06月「もうあんな思いはしたくない」
第5週

written by 双剣士 (WebSite)
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目次

01〜06日分  07〜13日分  14〜20日分  21〜27日分
28日  29日  30日  31日  32日  33日 


第28日「深夜の死闘」

シャオリン「来々‥」

 シャオリンに任せておけばチンピラの一人や二人、ものの数ではないのだが、麻美と陽一はそんなことは知らない。ナイフを構えたチンピラ二人に突進して行く二人を見て、シャオリンは星神の選択に迷う。

陽一「引っ込んでろ姉貴! 女の出る幕じゃねぇ!」
麻美「あなたこそ逃げなさい! 遊園地でやられてたじゃないの!」
陽一「あのときとは事情が違う! 本気になりゃ、俺だって‥」

 チンピラAの突き出すナイフを軽快に躱しながら、隙をうかがう陽一。いっぽう麻美は、捕まえようと低い姿勢で迫るチンピラBを迎撃すべくヌンチャクを振りまわす。しばしの膠着の後、陽一のフックがチンピラAの顔面に、麻美の攻撃がチンピラBの左上腕部にそれぞれ決まる! よろめきながら後退する二人。

たかし「す、すげぇ‥やっぱり麻美さん、猫かぶってたんだ‥」
シャオリン「‥‥来々、梗河(対人攻撃用の騎馬星神)!」

 優勢とはいえ万一を考え、麻美防衛用の星神を送り出すシャオリン。その隣でどきどきしながら戦いを見守る、いちおう主人公のはずの野村たかし(笑)。

チンピラA「こいつ、グズのくせに‥(ボディに連打を食らう)ぐうっ!」
チンピラB「こ、このアマ‥(ヌンチャクが右頬に当たる)ぐはっ」
チンピラA「お、憶えてやがれ!」

 公園に走り出すやられキャラ二人。追おうとする陽一を麻美が止める。

陽一「待てっ!」
麻美「やめなさい。それより逃げる方が先決よ」
陽一「何甘いこと言ってんだ。このままじゃ俺や姉貴だけじゃねぇ、後ろの二人もこの町に居られなくなるぞ!」

 一瞬の出遅れのうちに、チンピラたちとの距離は離れてしまう。公園から走り出そうとするチンピラ二人。だが‥突如巨大化した公園の柵がその前をふさぐ。慌てて立ち止まった二人の背後から、噴水の水が横向きになって襲いかかる!

ルーアン「ほーっほっほっほっ(陽天心噴水に腰掛けながら)あたしたちから逃げられるとでも思ってたの!」
たかし「る、ルーアン先生! それにキリュウちゃん!」
キリュウ「(柵の上に腰掛けて)こういう輩はいつの時代にも居る‥反抗する気も起こらないほど灸を据えて置こう。案ずるな、シャオ殿」
シャオリン「‥キリュウさん」

 あまりの光景に呆然とする陽一と麻美。


第29日「情熱を消さないで」

 夜の公園から、駅前の喫茶店に移動した一行。先に我に返ったのは、今夜の意味を誰よりも重く見ていた麻美であった。

麻美「ねぇ陽一、お願いだから、私と一緒に来てちょうだい。あんなことになったんだもの、もう組には帰れないでしょう?」
陽一「しつこいな、そんな単純にゃ行かねぇよ‥言ったろ、おれは組を抜ける気はないって。俺にだって、俺なりの考えってのがあるんだよ」
麻美「陽一‥」
陽一「これで逃げ出したら、あのときの親父と一緒じゃねぇか。俺は今まで、懸命に親父の穴埋めをしようと頑張ってきたんだ。これ以上お袋に苦労は掛けられねぇしな」
麻美「も、もちろん、お母さんだって一緒よ。みんなでまた一緒に暮らしましょう。お願い、お姉ちゃんの為だと思って‥」
シャオリン「‥お母様を救出するとおっしゃるなら、お手伝いします」
陽一「‥‥! あんた‥」
たかし「そ、そうだぜ麻美さん。見てたろ、おれたちには強〜い味方が付いてるんだ。やくざが相手だって負けるもんか」
陽一「素人が吠えるんじゃねぇ! なんにも知らねぇくせに」
たかし「‥ぐっ(迫力に押される)‥」
麻美「たかしくん、シャオリンさん‥今夜はどうもありがとう。でももう十分。悪いけれど、ここは弟と二人だけにしてくれないかしら」
シャオリン「‥麻美さん‥」
太助「(ルーアンたちが来た時点で同行していた)行こう、シャオ」
シャオリン「太助様、でも、私‥」
太助「シャオたちの身を案じてくれてるんだよ、この人は‥さぁ」

 太助に手を引かれて、何度も何度も振りかえりながら喫茶店から出るシャオリン。麻美と、陽一と、そして傍を離れようとしないたかしの方を見ながら。

陽一「‥‥???」
麻美「たかしくん‥ごめんね、あなたには本当に感謝しているわ‥お願い、ちょっと席を外しててちょうだい」
たかし「行くさ、行くけど‥行く前に、言っときたいことがあるんだ」
陽一「‥‥???」
たかし「おい陽一、この10年間に何があったか知らないけどな、苦労してんのがお前だけだと思うなよ‥麻美さんだって苦労してきたんだ。あの元気者だった麻美さんが、やくざに追われて隠れまくって‥性格まで変わっちまうくらいに。それに今回のことだって、おれたちには何にも相談せずに、みんな一人で抱え込んで‥何度も危ない橋を渡って、お前に会うためだけに、ここまできたんだ。少しは分かってやれよ、麻美さんの気持ち」
陽一「‥‥」
たかし「言っとくけどな、さっき言ったことは嘘じゃないぞ。おれたちは強いんだ、その気になりゃあな‥もう子供の頃のおれとは違うんだぜ。麻美さんのためだったら何だって出来る。事情を聞いたらなおさら放っておけなくなった。よっく憶えとけよ、陽一」
麻美「たかしくん‥」
たかし「ごめん麻美さん。でもここまで来て、後悔して欲しくないんだ。俺たちはいつだって麻美さんの味方だから‥じゃ、外で待ってる」

 そういって背を向ける野村たかし。決まったぁ〜って胸の中で喝采を叫びながら‥その背に投げかけられる、陽一の声。

陽一「‥誰だ、お前」

 ど派手に喫茶店の床にキスをする野村たかし。


第30日「はじまりの終わり」

 そしてまもなく。喫茶店の前で待つたかしの前に、麻美が姿を見せる。

麻美「!!(少し驚いて)‥待っててくれたの‥」
たかし「麻美さん! どうだった?」
麻美「ありがとう‥分かってもらえたわ」
たかし「(ぱっと顔を輝かせる)」
麻美「組を抜けてくるって‥帰ってきてくれるって、言ってくれたわ、陽一。渋々だけどね。たかしくんありがとう、あなたたちのお陰よ」
たかし「そ、そうか、よかった‥よかったね麻美さん。でも、よくあの陽一が承知したね」
麻美「たかしくんが最後に言ってくれた、あの言葉が利いたみたい‥言ってたわ。『あいつらを巻き込むのは気の毒だけど、あいつらに巻き込まれるのはもっと迷惑だ』って。(微笑を浮かべる)」
たかし「(鼻を掻きながら)そ、そう‥とにかく、よかった。(首を振って)あれ、陽一は?」
麻美「別の出口から帰ったわ」
たかし「えっ?!」
麻美「あんまり遅くなると、あの組の人たちに不審に思われるでしょう?」
たかし「えっ、えっ? で、でも、たった今‥」
麻美「組から抜けるっていったって、今夜すぐ、ってわけには行かないわ。お母さんのこともあるし、今夜のことも言い繕わなきゃいけないしね。あの子なりに筋を通してから、きちっと足を洗ってみせるって‥陽一がそう言うんだもの、信じることにしたの」
たかし「信じるって‥本気かよ麻美さん! 相手は陽一たちを攫ったやくざなんだぜ、頼んで抜けさせてくれるわけないじゃんか!」
麻美「‥ううん、いいのよ。今日話してすぐに、ってわけに行かないことくらい、覚悟してたわ。それに陽一たちを迎えるとなったら、私だって今の叔父さんの家には居られないし。居場所作りをする時間が要るのよ」
たかし「えっ、えっ、えっ!(呆然)」
麻美「たかしくん、あなたには本当に感謝してる‥陽一に会えたのも、説得できたのも、あなたとシャオリンさんのお陰。だけどね、もう山場は過ぎたのよ。ここからは私たち家族の問題」
たかし「そ、そんな‥いまさら後に引けるかよ。遠慮なんか要らないぜ、シャオちゃんに頼めば‥」
麻美「ううん、大丈夫。今日までは私一人だったけど、これからは陽一と一緒だし‥それに、こうなることを夢見てきたんですもの。陽一さえその気になってくれれば、後の段取りは決まってるわ‥今日まで本当にありがとう、たかしくん」


第31日「お別れ」

 その夜、駅の改札口にて。

麻美「シャオリンさんにお礼を言えないのが残念だわ。たかしくん、お願いね」
たかし「ひ、ひどいよ麻美さん‥これっきりなわけ? 大変なのはこれからだってのに‥麻美さんの事情を聞いて、やっと役に立てるって思ったのに」
麻美「その気持ちだけで十分よ。随分助けてもらったわ、たかしくんにもシャオリンさんにも‥本当にありがとう」
たかし「待ってよ麻美さん‥どうしてさ、どうして高校を辞めてまで‥」
麻美「そのつもりだったから‥陽一に会えて、一緒に暮らす約束が出来たんですもの。あの組の近くに毎日通う理由なんてもうないし‥これから家を出て自立しなきゃいけないしね。それに、ここに通ってたお陰で、あなたたちに会えたんですもの。これ以上を望んだら罰が当たるわ」
たかし「ずるいよ!」
麻美「‥‥」
たかし「麻美さん、いつもそうだ‥子供の頃だってそうだった。何にも言わないで、急に居なくなって‥おれずうっと待ってたんだぜ、石投げの勝負をするために、前の日に夜中まで練習して‥憶えてないだろうけど」
麻美「‥ごめんね、たかしくん」
たかし「またおれを、置いてけぼりにするのかよ‥またあんな思いをしなきゃいけないのかよ。やっとあみねぇに‥麻美さんに手が届くと思ったのに。その途端に‥」
麻美「‥何いってるの、ばかね‥今のたかしくんには、シャオリンさんが居るじゃない。大切な人が、ずっと近くに居るんじゃない」
たかし「‥気づいてるんだろ、おれとシャオちゃんが恋人に程遠いことぐらい‥おれって、何だったんだよ‥いっつもそうなんだ、さんざん騒いで駆けずり回って‥でも何の役にも立たないで、何をやっても中途半端で‥」

 麻美、膝を折って視線をたかしと同じ高さに合わせる。

麻美「たかしくん‥そんなふうに考えちゃ駄目。何の役にも立たなかっただなんて、そんなこと言っちゃ駄目‥それじゃ泣き虫だった子供の頃に逆戻りよ」
たかし「‥‥」
麻美「たかしくん、言ってたよね、私の性格が変わったって‥その通りよ。お父さんと一緒に逃げながら、目立たないように、争わないように‥引越しで友達と別れる時も辛くないように、って考えながら暮らしてたの、今までの私。だからお父さんが亡くなった後も、生き方を変えるなんてできなかった‥お母さんや陽一を取り戻せれば、そう出来さえすればって、そればっかり考えてたわ」
たかし「‥‥」
麻美「だからね、陽一が戻るのを拒むなんて予想もしてなかった‥自分なりの考えあって組に残るって陽一が言った時、ショックだったの。陽一はもう子供じゃないんだって‥泣きながら私の後を付いてきてた弟じゃないんだって。私、何て言ったらいいか分からなくなったわ‥たかしくんたちが居なかったら、どうなってたか」
たかし「‥麻美‥さん‥」
麻美「だから、ね、たかしくん。役に立たなかったなんて言わないで‥自信を持ってちょうだい。私に出来なかったことを、たかしくんはやってくれたんだから」
たかし「‥べ、別に、そんな‥」
麻美「たかしくん。私ね、たかしくんには、真っ直ぐに生きて欲しいの‥私みたいに、後ろばっかり振りかえるような日々を送って欲しくないの。だからこれ以上は陽一のことには関わらないで欲しいし、私もたかしくんたちには会わないつもり‥私たちより、シャオリンさんの方を見ていなさい。ライバルが居たっていいじゃないの。あの子だけを見て、精一杯頑張りなさい。決して後悔しないように‥今しか出来ないことよ。大丈夫、あなたなら、できるわ」


第32日「私のしたこと」

 その日の夜、七梨家にて。

シャオリン「‥そうですか。わかりました。お休みなさい(受話器を置く)」
太助「(風呂上がり)‥シャオ、どうした?」
シャオリン「太助様‥麻美さんのことです。麻美さん、陽一さんを説得できたそうで」
太助「へぇ、良かったじゃんか」
シャオリン「えぇ‥でも、もうお別れですって」
太助「えっ?」
シャオリン「麻美さん、もうこの町には戻ってこないって‥ありがとうって言伝を、たかしさんに残して」

 舞台を屋根の上に移して。

キリュウ「いいのか、シャオ殿。このままで」
シャオリン「‥‥」
キリュウ「ま、麻美殿らしいといえば、らしいが‥あまりにも冷たい仕打ちだな。シャオ殿や野村殿が尽力したのに、用が済んだらそれっきりとは」
シャオリン「‥‥」
キリュウ「あまり深入りするのは感心しないが‥今ならまだ、間に合うと思うぞ。軒轅で飛べばすぐだろう。せめて一言、麻美殿に別れを告げに行かなくて、良いのか」

 このときシャオリンの胸には、梨扇を初めとする歴代の主人の顔が浮かんでいた。

シャオリン「‥いいんです」
キリュウ「(眉を寄せる)」
シャオリン「もともと、麻美さんの身から危険が去るまでの間だけでしたから‥無事にお帰りになったのなら、いいんです。つれなくてもいい、お別れを言えなくてもいい‥死に別れるよりは、ずっと」
キリュウ「‥シャオ殿‥」
シャオリン「麻美さんと陽一さんが、ご自分で立って行かれるなら‥私がお守りしなくてもいいと言うなら、それでいいんだと思います‥お別れを言わないうちなら、またお会いできる気がするし」
キリュウ「‥本当に、いいんだな」
シャオリン「梨扇様は‥梨扇様は、最後までお守りできないまま亡くなられてしまいました。それを思えば‥これで良かったんですよね、キリュウさん。私が何がしかのお役に立てた人たちが、これからも同じ月の下でお元気で暮らして居られるんですから。私のしたことで、仲直りできたご姉弟が‥いらっしゃるんですから」


第33日「どこか違う明日へ」

 翌日。学校にて。

たかし「(教室の扉を開けて)おっはよう!」
乎一郎「あ、たかしくん、おはよう」
たかし「おっす、乎一郎‥シャオちゃん!」
シャオリン「(笑顔で)はい?」
たかし「あのさ、明日の土曜日、また一緒に行かないか? こないだの遊園地。只券が手に入ったんだ」
太助「おい、たかし‥」
シャオリン「ごめんなさい、明日は太助様と、お買い物に行かなくちゃ‥」
たかし「太助ぇ、付き合い悪いぞ親友よぉ‥いいよ、じゃ太助も一緒に行こう。あそこへは行ったことないだろ?」
太助「へえっ?!」
シャオリン「(眼を輝かせて)太助様と一緒に行っていいんですか?」
乎一郎「ぼ、僕はぁ?」
たかし「来たきゃ来てもいいぜ‥乎一郎も。ただし太助とお前は料金自分持ちだけどな」
太助「な、なんだよそれ‥」
シャオリン「翔子さんも誘ってきます!(ぱたぱた)」
乎一郎「やった、遊園地だ遊園地だ‥ルーアン先生も呼んでこよっと(だっ)」
太助「‥おい、たかし。どういう風の吹き回しだ、シャオだけならまだしも、随分気前がいいじゃんか。俺たちも付いてこい、だなんて」
たかし「‥どうもこうもないさ。おれはもともと心の広い男なんだぜ。心配すんな、太助には花織ちゃんをあてがってやるから」
太助「大きなお世話だ!」

《ライバルが居たっていいじゃないの。あの子だけを見て、精一杯頑張りなさい。決して後悔しないように‥今しか出来ないことよ。大丈夫、あなたなら、できるわ》

Fin.


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