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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月21日
written by 双剣士 (WebSite)
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渚2

 翌日の日曜日。古河家から程近い小さな公園に、朋也は渚を連れてきていた。テクニックや題材の良し悪し以前に、とにかく渚のあがり性をどうにかしなければ話にならない。舞台に登った途端に予定外のことを口走るようでは困るのだ。
「ほら渚、ここで練習だ。幻想物語とやら、ここで大声で演じてみ」
「こ、ここでですか……緊張します」
 小さな公園とはいえ、くつろいでる家族連れや走り回ってる子供たちは少なくない。朋也が距離を置いた途端に公園中の視線が自分に集まってるような気がして、渚は身震いした。あんぱんジャムぱんメロンパン、と小さく口の中でつぶやいてから、渚は固く目をつぶって声を張り上げた。
「ふ、古河渚です。漢字ひとつで渚です。良かったら、お友達になってくれると嬉しいです!」
「誰が自己紹介しろと言ったかあっ!」
 予定外な上にパクリネタから離れられない渚の醜態に、思わず大声を上げてしまう朋也。
「だ、だって朋也くん、あの子にはこう自己紹介しろって……」
「ネタバレ禁止! しかも別シナリオ! いいかげんその癖、やめとけって」
「……いじめっ子?」
「だあぁっ!」
 天然な表情を浮かべながら某シナリオ読者限定向けのボケをかます渚。さすがに連載の最後を務めるメインヒロイン、他のキャラの性格が微妙に混じってきてる……と作者に向かって突っ込む余裕は朋也には無い。
「真剣にやれよ! お前が言い出したことだろ! できたら演劇部をやりたいって、そのために頑張るんじゃなかったのか?」
「……朋也くん、あの……」
 渚は上目遣いに彼氏のことを見つめると、ささやかなお願いを口にした。
「……あの、慣れるまで……手を握ってて、もらえますか……」
「断る。俺は部員じゃないからな。舞台に上がるつもりはない」
「お願いします……1人だと足がすくんで、どうしようもないんです……落ち着いたら離していいですから、手を」
 毅然として突き放そうとする朋也に少女は肉薄した。そして、こういう状況では深く惚れてる方が負ける……古今東西かわらぬ法則だった。

                 **

 それからしばらくして。公園の中央で、背中合わせで手を繋いだまま立ち尽くす1組のカップルは周囲からの注目の的となっていた。はっきり言って手を繋ぐ前の視線の比ではない強烈なプレッシャーに肩をすくめる渚。繋いだ手を握る力がぎゅっと強くなる。
「朋也くん……恥ずかしいです」
「お、お前が言い出したことだろ……ほら、始めろよ」
「ごめんなさい、もう少し……もう少しだけ、落ち着いてから……」
 目を固くつぶって顔を赤らめる渚。朋也の表情も真っ赤になっていた。なんで俺までこんな目に合わなきゃならないんだ、と心の中でこぼす彼であったが……まもなくある疑問に行き当たった。なんでこいつ、こんなにまでして演劇部に執着するんだろうって。
「なぁ……」
「はい?」
「やめるか、もう」
「えっ?」
 手をつないだまま、背中越しに首を回す渚。朋也は振り返らないまま言葉をつないだ。
「向いてないよ、お前……才能とかルックス以前に、性格的にさ。こんな無理してまで頑張ることないって」
「でも……」
「幸か不幸か部員も居ないし、顧問の先生だって空きがないみたいだしさ。このまま放り出したって誰もお前を責めやしない。別に演劇部でなくたって、お前なら他にも……」
「……できることなんてないんです、他には」
 絞り出すようにつぶやくと、渚は半分泣き出しそうな声で胸の内を吐露し始めた。

 わたし、小さい頃から身体が弱くて……幼稚園のころから今まで、学校とかも半分近くお休みしてたし、遠足とか運動会とか言った行事にもほとんど参加できなかったんです。性格もこんなだったから、お友達とかとも話が噛み合わなくって……仲のいいお友達とかが全然出来ませんでした。
 だから子供の頃から、お友達とお喋りしたり一緒に何かしたりするのはわたしの憧れでした。進学したりクラス替えになるたんびに、今度こそは、次こそはって楽しみにして……だけどいつも同じでした。どんどん新しいお友達を増やしていくみんなの中で、わたしはずっと独りで……せっかくお話しできるようになった人も、病気でお休みした後にはもう別のクラスになってしまっていたんです。
 そんなわたしを支えてくれたのは、お父さんやお母さん、それに伊吹先生でした。お父さんは寝てるわたしに面白い話を一杯してくれましたし、お母さんも近所の子供たちに私を紹介して、仲良くできるようにしてくれました。そして伊吹先生は何度もお見舞いに来てくれて、学校でこんなことがあったとか身体が直ったらこんなことをしようねとか、一生懸命に励ましてくれたんです。
 わたしはみんなのおかげで、心の中だけでも学校生活を楽しむことが出来ました。望んでも手に入らない夢物語を聞くのが辛いと思ったこともありました。でも今はみんなに感謝しています。みんなのおかげでわたしは、早く身体を治そう、学校に行こうって思うことが出来たんですから。

 渚の独白を朋也は黙ったまま聞いていた。ときどき力を強めてくる彼女の手を握り返してやるのが、今の彼にできる唯一のことだった。

 今年の新学期だって、本当はすごく楽しみにしてたんです。やっと学校に通える、お友達とお喋りできるんだって……でも校門の前で知らない子ばかりに囲まれていると、また弱虫になってしまったんです。学校にはわたしの知ってる子は誰もいない、伊吹先生ももう居ない。わたしのことを待っててくれる人、迎えてくれる人は誰もいないんだって。みんなみんな、わたしを置いて変わっていってしまうんだって。
 そんなとき、背中を押してくれたのが朋也くんでした。
「見つければいいだけだろ。次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ」
「あんたの楽しいことや、うれしいことはひとつだけなのか? ちがうだろ」
「ほら、いこうぜ」
 そのとき思ったんです、待ってるだけじゃダメなんだって。お父さんや伊吹先生がくれるのを待ってるんじゃなくて、自分で探しに行かなきゃいけないんだって。


筆者コメント
 2ヶ月続いた連載もいよいよラスト、アンタッチャブル古河渚の登場です。これといった取り柄のない娘だけに短編にまとめるのが難しく、ここで公開しているのはプロット第3案だったりします。それにしても流れに乗ってしまうと話がどんどん長くなる……不思議な子だなぁ渚って。


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