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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月22日
written by 双剣士 (WebSite)
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杏3

 遊園地のゲートをくぐった藤林杏は、ウリボウのボタンを抱いたまま上機嫌で同行者の方を振り返った。
「さっ、なにから回る?」
 彼女の魂胆は見え透いている。あまりに見え見えな行動なだけに素直に応じるのは癪に障る。いまさら帰るわけにも行かない朋也は、ささやかな反抗を試みた。
「なんで俺に聞く? 俺はそいつのお供に雇われたんだ。行き先はそいつに聞いてくれ」
「ボタンの飼い主はあたしよ。今のあんたは下僕の下僕。つべこべ言わないで、行き先を決めなさい」
 さして腹を立てた風もなく毒舌で切り返す藤林杏。邪険な物言いにも、普段が普段なだけに不思議と気分は悪くなかった。よぉし、こうなったら……朋也は脳裏に浮かんだ悪戯心をひた隠しにして、興味なさげに園内のアトラクションの1つを指さした。

                 **

 1時間後。へたりこむようにベンチに身体を投げ出す岡崎朋也の姿が、そこにはあった。ぬいぐるみからペットに戻ったボタンが忙しそうにベンチの周りを走り回るなか、冷たいジュースを買って戻ってきた藤林杏は人の悪そうな笑みを浮かべた。
「いやぁ、朋也ってああいうの苦手だったのねぇ。意外だわぁ」
「わ、悪いかよ。ああいうのは絶叫するためにあるんだから、そうするのが正常な人間の振る舞いってもんなんだよ」
「優等生ねぇ、期待にしっかり応えてくれちゃって。はい、お疲れさま」
「……サンキュ」
 ジェットコースター、ウォータースライダー、お化け屋敷。杏の余裕を吹き飛ばしてやろうと絶叫系アトラクションばかりを選んだ朋也だったが、結果はごらんの通りであった。悔しさと恥ずかしさのあまり、嫌みの1つも言いたくなる。
「だいたいさ、なんでお前そんなに平気なんだ? お前一応女だろ、生物学的には」
「いつもは椋が隣にいてさ。あの子の方が先に泣きだすもんだから、あたしとしては宥め役をしなきゃなんないのよ。姉ってのは大変なの」
「にしても、今日は男と2人で来てるんだろ? こういうときは普通……」
「こういうとき? 朋也、あんた何か期待してたの?」
 意地の悪そうな杏の表情を見て失策を悟った朋也は、あわてて話の矛先を逸らしに掛かった。いま自分がやっているのはボタンのお供。それ以上でも以下でも無いというのが建前になっている。『デート』であることを先に認めた方が負けなのだ。
「……別に。さぁそろそろ次に行こうか」
「気になるなぁ。あたしに叫んで欲しかったわけ? 怖がってしがみついて欲しかったとか? このヘンタイ」
「んなわけあるかよ」
 ぶっきらぼうにジュースの空きコップを投げ捨てると、朋也はベンチを立って早足で歩き始めた。彼は気づいていなかった……絶叫系の乗り物が佳境にさしかかる頃、隣の少女の手が自分の手を固く握りしめていたことに。

                 **

 続く乗り物は宇宙船シミュレーター。前方のスクリーンに宇宙船からの景色が映し出され、座席が前後左右に揺さぶられて加速感や遠心力を味わうことができるアレである。五分な戦いでは勝ち目がないことを痛感した朋也は一計を案じた。
「杏」
「なによ、いまからいいとこなのに」
 アトラクションはクライマックスに差し掛かるところ。隣の少年の突然の問いかけにたいして少女は首も曲げずに返事をした。予想通りの反応を受け取った少年は意地の悪い質問を投げかけた。
「お前、こういうとこ来るの初めてか? 俺以外の男とさ」
「お、男って……あたしよ、あたしだよ、あたしなのよ?!」
「始まるぞ」
 隣の杏が顔を赤くしているのは見なくたって分かる。中途半端に質問を打ち切って朋也は前方のスクリーンに視線を固定した。間もなくスクリーン全面に隕石が急接近し、それを回避すべく客席が大きく左右に揺さぶられた。


 そして上映が終わって。観客たちがぞろぞろと宇宙船から降り始めるなか、藤林杏は席からなかなか立ち上がろうとしなかった。さっきの仕返しとばかりに朋也は意地悪そうに声を掛けた。
「おやおや、どうしたんだボタンの飼い主殿? まさか腰を抜かしたんじゃあるまいな?」
「あ、あんたが……いきなり変なこと、いうからじゃない、の……」
 こめかみに手を当てたまま息を整えようとする藤林杏。頭に血が上った状態であの揺さぶりを食らえば、気分が悪くなるのも道理であろう。自慢の毒舌が返ってこないのを良いことに少年のいたぶりは増長する。
「おーおー、ジェットコースターでも平然としてたお前が、こんな子供向けのアトラクションで音を上げるとはね。あー意外意外」
「…………」
「だいたい何で、そんなに動揺するかね? 父親と来たことくらいあるだろ? それにお前もてるんだから、友だちと遊園地に来たことだって……」
「……ちょっと静かにして。マジで頭痛いんだから」
 杏は顔を伏せたままふらふらと左手を持ち上げた。朋也はその手を取って立ち上がらせると、肩に抱えて支えてやりながら耳元でささやいた。
「悪い、調子に乗りすぎた……静かなところへ行こうか」
「うん」
 肩に掛かる少女の重さは意外なくらいに軽かった。青い顔をしながら乗り物から降りる少女たちの後ろを、小さな影がぶひぶひと鳴きながら転がるように付いていった。


筆者コメント
 ボタンの使い方が思ったより難しいです。深刻な場面をユーモラスにしたり、心象描写を現実世界に引き戻すのがボタンの役割なんですが……今回のような話では、どうしたものか。


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