CLANNAD SideStory
気になるあの娘と、晴れた日に
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渚1
土曜日の放課後。出来立てほやほやのカップルである岡崎朋也と古河渚(は、中庭にちょこんと2人で座って昼食をとっていた。
「朋也くんとおつきあいすると、お昼にカツサンドが食べられるんですね。夢みたいです」
どんくさくて購買のパン争奪戦にいつも負け続けていた渚は、朋也の買ってきたカツサンドを嬉しそうに頬張っていた。
「ずいぶん安あがりな彼女だな。でもお前、以前はあんパンが好きだって言ってなかったか」
「いえ、あんパンも好きですけど……これは朋也くんが買ってきてくれた、カツサンドですから……ああっ、わたし恥ずかしいことを言ってますっ」
自分のボケに自分でツッコミながら渚は恥ずかしそうに顔をしかめた。朋也は照れたようにポリポリと頬を掻き……そんな仕草を隠すかのように話題を変えた。
「それで……演劇部の方、どうするんだ? 部員はいない、顧問もいない、宣伝も禁止……前途は限りなく多難だぞ」
「そうなんです……困りました」
途方に暮れる渚。演劇部を作ろうと意気込んで復学してはみたものの、すでに演劇部は廃部になっていて慕っていた伊吹先生も退職、周りは1学年下の知らない子ばかり。しかも新人勧誘の時期はとうに過ぎていて、部員を募ろうとすると生徒会から注意される始末。
「とにかくさ、部員がいないんだったら、普通の奴に興味をもたせるしかねぇだろ」
「朋也くんは、入ってくれないんですか?」
「柄じゃないし、足を引っ張るだけだと思う」
「……残念です……」
沈む渚をフォローするように、朋也はわざと明るく言い放った。
「それでさ、ここは渚の名演技で、道行く生徒を引き付けたらどうかと思うんだ。俺たちが初めて出会った場所、あの校門前の坂道の脇でさ」
「生徒会の人に怒られないでしょうか?」
「勧誘はだめでも練習ならいいだろ? それに演劇部なんてもんはまだ存在しないんだ、文句を言われる筋合いなんてないさ」
「で、でもでも、皆のみてる前で練習なんて、恥ずかしくて出来ないです」
「おいおい……」
呆れたように朋也は頭をなでたが、渚は激しく首を振るだけだった。
「本当なんです。わたし身体が弱かったんで、演劇なんて見たことも演ったことも無いんです。幼稚園の学芸会でさえ参加してません」
「……ま、前向きに考えようや。実際このままじゃジリ貧なんだし。そうだろ?」
「そうですけど……いえ、やってみます」
渚はうつむいていた顔を上げると、決意したように強い口調で答えた。
「ダメですね、せっかく朋也くんが考えてくれてるのに、わたし怖がってばかりで……頑張ってみます」
「ようし、その意気だ。それじゃ次は、何の練習をやるかだな。やりたいのはある?」
口にしてから朋也は後悔した。学芸会にさえ出たことのない渚に、演劇のバリエーションなんてあるわけがない……だが予想に反して、渚はポツリポツリと話し始めた。
「ひとつだけ、あるにはあります」
「へぇ、どんなだ?」
「わたしが小さいときに聞かされたお話なんですけど……世界にたったひとり残された女の子のお話です」
食べかけのカツサンドを手にしたまま、渚は遠い目をして語り始めた。
「それは、とてもとても悲しい……冬の日の、幻想物語なんです」
**
それから少しして。生徒たちが下校する校門前の桜並木の一角に、渚と朋也の姿があった。
「……き、緊張します」
「前にいるのを人間だと思うな。あいつらは人形だ、ロボットだと思え」
「ロボット……」
渚は目の前を通り過ぎる生徒たちを眺めた後、すぐに堅く目をつぶった。
「……怖いですっ」
「ものの例えだ、本気にする奴があるか。それじゃ相手をだんごだと思え、丸いだんごが歩いてると思え」
「だんご……ですか」
再び前を向いた渚は、今度はにっこりと頬をほころばせた。
「えへへ、可愛いです」
「よし、その調子。頑張れよ」
そう言い残すと朋也は隣の木の陰に隠れた。渚は大きく深呼吸すると、しっかりと顔を上げて語り出した。
「青年は旅のひと
彼の道連れはふたつ
手をふれずとも歩き出す、古ぼけた人形
『力』を持つ者に課せられた、はるか遠い約束……」
「ちょっと待てぇっ!!」
隠れていたはずの朋也は思わず全身でツッコんだ。なんだなんだ、と下校中の生徒たちが2人の周りに集まる中、朋也は恋人の暴走を食い止めるべく荒い声を張りあげた。
「さっき聞いた話と全然ちがうぞ! だいいち主人公は、ひとりぼっちの女の子じゃなかったのか?」
「……そうでした。すみません緊張してしまって……やり直します」
いつしか渚の前には人だかりが出来ていた。あいつらしくないボケかたではあったけど、客寄せにはなったかな……そう考え直しながら朋也は再び木陰に身を隠した。
ところが。
「女の子は、夢を見るの
最初は、空の夢
夢はだんだん、昔へ遡っていく
その夢が、女の子を蝕んでいくの
最初は、だんだん身体が動かなくなる
それから、あるはずのない痛みを感じるようになる
そして、女の子は、全てを忘れていく
いちばん大切な人のことさえ、思い出せなくなる
そして、最後の夢を見終わった朝
女の子は、
死んでしまうの」
「それも違ぁ〜う!」
今度は朋也のみならず、一部の観客まで一緒になってツッコミを入れた。演劇部の練習だったはずの桜並木は、すっかり夫婦漫才の場と化していた。
「そんなディープなネタ、高校生に演じられるわけないだろ!」
「そんなことないです。ちゃんと全年齢版も発売されてます!」
なぜお前がそんなことまで知っている……朋也が思わず絶句した時。人だかりの後ろの方から、朋也も良く知る同級生の少女の声が響いた。
「甘いっ、甘いわ朋也、ツッコミどころを根本的に間違ってる!」
「……まずい、全方位ツッコミ女の登場だ。逃げるぞ、渚」
「えっ……」
朋也は渚の手を引いてその場から駆け出した。渚は引きずられるように走りだしたが……やがて、空いた方の手を口元に当てて照れたようにつぶやいた。
「朋也くんが……初めて、手を握ってくれました……」
「いまさらラブラブ路線に戻っても遅いわぁ〜っ」
藤林杏(の遠隔ツッコミが、十数メートル離れた人だかりの向こうから聞こえた。
- 筆者コメント
- ボケボケ度150%アップな渚をお届けしました。4年前の前作ネタがすんなりと理解できてしまった、鍵っ子なあなたにレインボー。
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