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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月22日
written by 双剣士 (WebSite)
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渚3

 背中合わせの渚の独白は続いていた。朋也は彼女の言葉を聞き逃さないよう、全身の神経を彼女に向けていた。そのため公園中の歓声が消え、息をのむ視線が自分たちに集まっていることに気づかなかった。

「それで思ったんです。ただ学校に通うだけじゃなくて、自分から何かしなきゃ行けないって。伊吹先生みたいに誰かを元気づけてあげたいって」
「…………」
「春原さんも言ってましたよね? ハンデがあるからって言い訳にはならないって……その通りなんです。わたし取り柄なんて何にもない女の子ですけど、だからって待ってるだけじゃ何も変わらないんです」
「それは……そうかもな。でもそれじゃ、なんで演劇部を……」
「誰かを幸せにするような、そんなお話をしてあげたかったから」
 渚の泣き声は止んでいた。不安げながらも芯の通った口調が、背中越しに伝わってきた。
「お父さんや先生みたいになりたかったんです。わたし誰かの役に立つ事なんて出来ないけど、誰かの話をすることで別の人を勇気づけてあげられるんだったら……わたしみたいに迷ってる子に気持ちを届けてあげられたらって、そう思ったんです」
「……そっか」
「わたしなんかには、やっぱり無理なんでしょうか……」
「そんなことないだろ」
 即答した。その気持ちがあるなら才能も経験も関係ないと思った。成功できるかどうかすら、この際どうでもいいことだった。肝心なのは、信じて前に進むことなのだ。
「練習しよう。俺、いつまででも付き合うから」
「朋也くん」
「さっ」
 うつむいていた渚は背中から伝わる朋也のぬくもりに勇気づけられ、顔を上げて目を開いた。その途端に自分たちを凝視する公園中の視線に気づき、反射的に目をつぶる渚……だが散発的に湧き起こった拍手の渦が、彼女のまぶたを少しずつ少しずつこじ開けていったのだった。

                 **

「は、恥ずかしかったです……」
「でも良かったじゃないか、お前の気持ち、みんなに伝わったんだから」
 公園が日常の姿に戻った後。顔を真っ赤にする渚に朋也は優しく語りかけた。見知らぬ人たちから拍手を浴びるなんて彼にとっても初めての体験だった。目の前の少女は、ついさっきそれをやってのけたのだ。
「なぁ、いっそ変に筋書きとか考えるの止めにして、さっきの話をしたらどうだ? 学校のみんなの前でさ」
「恥ずかしいです、それだけは……聞いてくれてるのが朋也くんだけだと思ったから話せたんです。みんなの前でなんて、とても」
「そう言うところを直そうって、さっき言ってただろ」
「ですけど……」
 もとの引っ込み思案な少女に戻ってしまった渚。しかしもう朋也は溜め息をついたりはしなかった。ほんの少し、ほんの薄皮一枚でこいつは変われる。自信があるから何かをやれるんじゃない、何かをやり遂げて初めて自信が付いてくるんだ。いまの渚は、そのちょっと手前にいるだけ。必要なのは、ほんのちょっとのきっかけに過ぎない。
「あっ……」
「なぁ渚、こうなったらさ……」
 朋也が新しい提案を口にしかけた瞬間。渚は朋也の手を離すと、一目散に公園の隅へと駆けていった。駆けていった先には小学生くらいの男の子が目をこすりながら立ちつくしていた。渚は男の子の前にしゃがみ込んで言葉を交わすと、すぐに朋也の元に戻ってきた。
「渚、いったい何が……」
「朋也くん、手伝ってください!」
 そこにいたのは自信なさげにうつむく少女でも、恥ずかしそうに頬を染める少女でもなかった。息せき切って駆け寄ってきた渚は、逃げ出した子犬を見つけて男の子に返してあげたいんです、と真剣な表情で朋也に協力を求めてきた。
「子犬……?」
「そうです、まだ遠くには行ってないと思います! お願いです、手を貸してください!」
 さっきまでが嘘のような積極性を見せる渚。そうか、こいつは他人のことになると一生懸命になれるやつだっけ、と朋也は彼女との短い付き合いの中から記憶を引っ張り出した。授業も部活も補修ですらもサボリまくっている朋也ではあったが、今回ばかりは不真面目の看板を降ろさざるを得ないようだった。

                 **

「はぁ、はぁ……この子で合ってますかっ!」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 やがて、子犬が渚の胸から男の子へと渡された頃には、陽はとっくに暮れて薄闇が迫ってきていた。走り去っていく男の子に笑顔で手を振った後、渚は先に戻ってきてベンチに座っていた朋也の方へ嬉しそうに向き直った。
「あの子の子犬が見つかって、本当に良かったです」
「……ああ、そうだな」
 朋也と同じくらい、ひょっとしたらそれ以上の時間を走り回っていたというのに元気そうに微笑む渚。朋也は感心しながらも少し心配になった。こいつは自分のことはからっきしな癖に、他人のことになると頑張りすぎるところがある。身体が弱いのに走り回ったりして大丈夫なんだろうか。
 ……と、ふらりと渚の身体が揺らめいた。
「渚!」
「えへへ……ちょっと、疲れちゃいました」
 薄暗がりのおかげで気づかなかったが、抱き支えた渚の表情は青白く肩もかすかに熱を帯びている。あわてて駆け寄った朋也は、そのまま渚を負ぶって帰ることにした。渚は最初こそ恥ずかしがったが、やがて素直に朋也の背中に身を預けた。
「ごめんなさい朋也くん。劇、ぜんぜん練習できなくて」
「いいんだ、気にするな。俺も今日は楽しかったし」
「……はい」
 首筋に掛かる渚の吐息が、徐々にリズムを整えていく。疲れたら寝てもいいんだぞ、との言葉に渚は腕をより深く絡めることで応えた。薄闇が夜に変わり、家々の明かりが夜道を照らし始める中、それぞれに不器用な1組のカップルはゆっくりと歩きながら古河パンへの家路を進んでいた。
「渚……もう寝たか?」
「…………」
「明日はまた、一緒に学校行こうな……一緒に昼を食べて、一緒に練習しような」
「……はい……」
 朋也のつぶやきに少女は小さな声で答えた。それが渚のみならず、自分にとっても一番うれしいことだということを今の朋也は知っていた。やがて2人は古河パンのある路地へと差し掛かった……そして店の前では、やわらかく微笑む女性とイライラしたように歩き回る背の高い男性とが、対照的な表情を浮かべながら2人の帰りを待っていた。

Fin.

筆者コメント
 さすがはメインヒロイン、最後は美しく締めてくれました。だんご大家族でもう1つ落ちを付けるつもりでしたがその必要もなくなりました。渚は一緒にいてドキドキするタイプではないけれど、逆境のときには傍にいて欲しいというか、一緒にいることで強くなろうって思える娘のような気がします。Afterやら汐ルートのSSを最初に書いてたら案外こういう魅力に気づかなかったかもしれません。


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