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「メソポタミア・エレジー」

初出 1998年11月23日
written by 双剣士 (WebSite)
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後半その3

 ローレライの慟哭が啜り泣きに変わり、やがて静寂が訪れた。そしてその静寂を打ち破ったのは、あくまで冷静なルクスの声だった。
「申し上げます、ファウスト様‥ここは敵の城内。ミス・ローレライを取り戻した以上、長居は無用と存じます。脱出の手はずを‥」
「黙っていろルクス」
「いいえ。お心を傷めておられるからこそ、あえて申し上げます。人間の女性を復活させるには、ミス・ローレライの細胞を培養する設備が不可欠です。いま我々が成すべき事は、祖国ガルトラントへの帰還、そしてクローン設備の修復と反政府ゲリラどもの粛正。時間が経つほど状況は不利になります。諸外国が干渉してくる前に‥」
「‥まだ、終わらないと言うの‥」
 地の底から響くかのような涙声に、さすがのルクスも言葉を失った。
「‥ローレライ、私は‥」
「‥私のために、たくさんの人が‥たくさんの心が、失われていった‥このうえ、さらに血を流さなければならないと言うの? ファウスト! わたし、こんなにまでして生きていたくない‥」
「何を言うんだ」
 ファウストは彼女に駆け寄ると、ティーゲルから引き剥がすように前を向かせ、肩を握り締めた。
「ローレライ、貴女は私の夢であり、全テラツーの民の希望だった。その貴女を手に入れるために私がしてきたことの報いが、いま私に降りかかっているだけのことだ。貴女が罪を感じることではない」
「でも、私がメソポタミア号に心など与えなければ‥貴方も、家安も、誰も傷つけることはなかったのに」
「そんなことは関係ない。乙女回路が有ろうが無かろうが、貴女を取り戻すのに必要だとあれば私は同じことをしただろう。私が自分の愚かさに気づくのが遅かっただけのことだ」
「そう、お顔をお上げ下さい、ファウスト様」
 二人が振り向いた先には、ティーゲルの優しい笑顔があった。

                 **

 脱出路の確保ができた、とパンターが戸口で合図を送った。
「ファウスト様、お急ぎを」
「‥あぁ」
 そうつぶやきつつ、ファウストは恋人から目を離そうとしなかった。
「‥どうしても、残ると言うのか」
「‥私が行けば、皆が追ってくる‥あなたに争う意志が無くても、私をめぐる戦いがこれからも、きっと続く‥」
「ジャポネスに残れば安全とは限らないぞ」
「‥‥」
「間宮小樽に詫びてから、死ぬつもりか。ローレライ」
 ローレライは答えなかった。
「なぜそこまで自分を責める。こうなったのはあなたのせいではない。ティーゲルたちもあなたを待っているのだ」
「‥ライムたちの眼を通して、いつも見ていたわ。小樽たちと、楽しく暮らす彼女たちの日々を‥」
 思いがけない言葉に絶句するファウスト。
「彼女たちは私の分身。乙女回路が成長するにつれ、メソポタミア号のコンピュータとリンクする率が高くなっていったの‥わたし、嬉しかった。あんな日々がいつまでも続いて欲しいって思っていた」
「‥‥」
「小樽たちの仲を引き裂いたのはわたし。ジャポネスでもっとも豊かな感受性を持った小樽を利用して、利用し尽くした後で捨て去ったのはこのわたし。わたしには、ファウスト、あなたに追いていく資格なんて無い‥」
 馬鹿なことを、とファウストには言えなかった。セイバーたちが自分に向けていた想いがどんなものであるかを、知ってしまった今のファウストには。
「‥わかった。これを使うといい」
 そう言って彼は短剣を取り出すと、ローレライに差し出した。躊躇いなくそれに手を伸ばすローレライであったが、次の一言で手を止めた。
「ローレライ、死なせるために貸すのではないぞ‥髪を切るんだ」
「えっ?」
「髪を切って残す。女性クローンの種として。次に向かう西安でも同じように髪を残す。ペテルブルグでも、ロマーナでも‥そうやって、種をまくんだ。テラツー全土に」
「‥ファウスト‥」
「貴女の背負った罪を消すためには、それが最善の、あなたに出来る唯一の贖罪だと思う。我々にその手伝いを、させてはくれぬか。ローレライ」
 テラツー唯一の女性は顔を上げ、涙に濡れた眼を恋人に向けた。そして幾ばくかの静寂の後、何かを決意したかのように涙を拭うと、短剣に手を伸ばして自分の髪に当てた。

                 **

 数時間後。炎の広がるジャポネス市街を抜けたジープは、針路を西にとって爆走中であった。
「ただいま、国境を抜けました。西安までは砂漠が続きます」
「‥そうか、ルクス」
「ファウスト様、何なりとお申しつけ下さい。我らはファウスト様の行くところ、どこまでもお供いたします」
「‥よろしく頼む、パンター」
「はっ‥身に余る、光栄ですっ」
 張り切るセイバー二人と、そのマスター。そして後部座席には、人形のごとく座りつづけるティーゲルともう一人の姿が有った。
「‥‥」
 黙って座りつづけるティーゲル。その横に座った、髪を片ちんばにした人物は、ティーゲルの髪を優しく梳いていた。
「‥いつか必ず、直してあげるわね。ティーゲル」
「はい、ありがとうございます。ファウスト様」

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