セイバーマリオネットJ SideStory  RSS2.0

「メソポタミア・エレジー」

初出 1998年11月23日
written by 双剣士 (WebSite)
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後半その2

(斜体部はアニメからの引用です)

 ローレライの慟哭が啜り泣きに変わり、やがて静寂が訪れた。そしてその静寂を打ち破ったのは、意外な人物であった。
「くせものっ!」
 ヒュッ!
 耳元をかすめた手裏剣に即座に反応したパンターは、すばやくファウストの背後に飛び移ってその人物との間に立ちはだかった。しかしルクスはとっさに退いた後、呆然と立ち尽くすこととなった。
「公儀御庭番、梅幸」
「同じく玉三郎」
 格納庫に現れたのは、ジャポネスでは知らぬ人とてないセイバーマリオネット、梅幸と玉三郎の二人であった。
「そんな‥お前たちは‥メソポタミア号で‥」
「そこにおる者、ガルトラント総統のゲルハルト・フォン・ファウストと見た」
「ジャポネス侵略の張本人、大人しくお縄に付け」
「‥どうやら、家安たちの心の入ったセイバーとは、別の奴らのようだな。あの家安が、ジャポネスを空にして行くのはおかしいと思っていたが‥」
 ファウストはそうつぶやくと、あろうことかパンターを押しのけて正面に立ち、膝を付いた。
「ファウスト様っ?」
「何をなさるのです、ファウスト様」
「お前たちもひざまずけ、パンター、ルクス」
 有無を言わさぬ口調で、ファウストは命じた。
「ジャポネス侵攻は失敗した。乙女回路の奪取はならなかった‥だがテラツーは滅亡の危機を逃れ、ローレライの復活は成った。もはや掛ける夢はなく、治める祖国もない。過去を清算する時が来たのだ。おとなしく縛に就こう」
「‥ファウスト?」
 涙に濡れた顔を上げ、ローレライは振り返った。
「ローレライ」
「‥ファウスト、あなたは‥」
「罪深いのは貴女だけではない、私も同じだ。私は祖国を失い、私を慕う者たちを傷つけた。友人を2度までも死に追いやった。あなたと添い遂げたいのは山々だが、払った犠牲が大きすぎた」
 ファウストを見つめたまま、涙を流しつづけるローレライ。
「‥私が、ゲルハルト・フォン・ファウストだ。このごに及んで見苦しく振る舞うつもりはない。どこへなと連れて行くがいい」
「‥ファウスト様」
「‥どこまでも、お供いたします」
 パンターとルクスも、しぶしぶながら膝を付いて両手を差し出した。
「ただし、ここにいる人は‥この女性は、丁重に扱っていただきたい。彼女はこのテラツー唯一の、本物の人間の女性だ」

                 **

 その夜。地下牢に閉じ込められたファウストの元を、一人の女性が訪れた。もっとも女性と言えば一人しか居ないのだが。
「‥ファウスト」
 ローレライはそう呼びかけ牢の中を覗いたが、ファウストは奥の壁にもたれたまま身動きをしなかった。
「ファウスト、返事をして‥酷いことをされたの?」
「‥‥何もされてはいない。何をされてもやむを得んこの身ではあるがな」
「‥よかった」
 安堵の表情を浮かべると、ローレライは牢に背を向けて座り込んだ。
「少し、話を聞いてくれるかしら」
「‥‥」
「わたし‥この星のこと、ジャポネスのことをずっと見てきたの。ライムたちの眼を通して」
「‥‥」
「乙女回路を持つマリオネットは、私の分身でもあったの‥ライムたちが成長するにつれ、彼女たちが考えていることが私にも伝わってくるようになったわ‥だから、今のあなたが置かれている立場も分かるつもり」
「‥‥」
「ライムたちの眼を通してみたテラツーは、本当に幸せな世界だった。たった3人ではあったけれど、心を持つマリオネットがいて、沢山の人たちに愛され、好きな人たちのために頑張ろうとしていたわ」
「‥‥」
「ねぇファウスト。私が乙女回路を研究したのは、人間と機械の真の共存を求めてのことだった‥だから私、とっても嬉しかったの。私が望んでいた世界がここにあるって‥だから‥だから、私を取り戻すためにそれを壊さなければならないのなら、壊さなくっていい‥今のままでいいって、そう思ったの」
「‥‥」
「だから私、砲撃を始めたメソポタミア号にこう言ったわ。


やめて、これ以上テラツーの人々を傷つけないで。
お願い、私はここから離れない、だから!


‥間違っていたのかしら。私のためにこんなことになる位なら‥」
「君を連れ戻す。君を必ず、迎えに行く‥」
 それまで黙っていたファウストが、そうつぶやいた。
「えっ?」
「君を連れ戻す。私はそのために、それだけを考えてこの300年を生き続けてきた。何十年掛かっても、何世代掛かろうとも君をこの手で救い出す。そのためのガルトラントであり、セイバードールズであり、ゲルハルト・フォン・ファウストだった‥」
「ファウスト‥」
「君を救い出すためなら、他のものはどうなっても良かった。全てはその目的を果たすための手段に過ぎなかった‥だから、家安のマリオネットが目覚しく成長して行くことに焦りを覚えた。このままでは君を家安に取られてしまう、と」
 ローレライは振り返って、ファウストと視線を合わせた。
「君を救い出すために、家安のマリオネットたちを襲った。自分の王国を捨てても惜しいとは思わなかった‥だが事は成らず、最終的に君を救い出したのはあのマリオネットたちだった‥いま私の手元に残ったのは、これまで道具としてしか見てこなかった3体の機械人形だけだ」
「そんな‥」
「それがどうだ? あのマリオネットたちと君の心が繋がっていたって?‥完敗とは、まさにこのことだ。家安は自らの命を捨て、育て上げた乙女回路も捨てて、君とテラツーを救った。これで私がのうのうと生き恥をさらせば、私は冥土の家安だけでなく、全テラツーの笑い者になるだろうよ。無駄な努力の末に災厄を撒き散らした最低の男としてな」
 ははは、と乾いた笑い声を上げるファウストを、ローレライは痛ましい想いで見つめていた。
 だが笑い声が途切れた直後、ファウストは牢の手前へと駆け寄り、ローレライの正面に来た。
「ローレライ、私のことはもういい。いまさら生きたところで詮無き身だ。だが貴女には生きていて欲しい。貴女には生きる義務があるのだ」
「でも‥」
「これまでのことが正しかったかどうか、そんなことはもうどうでも良い。貴女を巡り、戦った男が二人居たことを、忘れないで居て欲しい。貴女がここにこうして生きていることが、我々の生きた証なのだ。自分を貶めないで欲しい」
「‥‥」
「テラツーに降り立った貴女には、成すべき事がたくさんある。この惑星に女性を広めること。心を持ったマリオネットを広めること。そして、家安や間宮小樽、あの3人のマリオネットの物語を後世に伝えることだ。違うか、ローレライ」

                 **

 数日後の夜。再びやってきたローレライは、何も言わずにファウストの牢の鍵を開けた。半信半疑で牢を出たファウストは、そこで思いがけない襲撃を受けることになった。
「ファウスト様!」
「お会いしとうございました、ファウスト様」
「お久しゅうございます、お優しいファウスト様」
 乙女回路を持つテラツーただ3体のマリオネット、パンター、ルクス、ティーゲルは、それぞれの言葉でマスターの傍に駆け寄った。
「‥どういうことだ、これは」
「ファウスト様、今夜は警備が手薄のようです」
「間宮小樽が帰還したそうで、城の者はみなそちらに出払っております。今が脱出の好機かと」
「さぁ、お花畑に参りましょう」
 三者三様に脱出を進めるセイバーたち。様子の掴めぬファウストは、部屋を去ろうとするローレライを呼び止めた。
「私のことはかまうなと言ったはずだが」
「‥貴方の生きる意味がそこにあるわ、ファウスト」
 そう言って振り向いたローレライの表情は少し寂しげだった。
「私なら大丈夫。一人でも‥大丈夫。今は、しなければならないことがあるから」
‥ローレライが白衣を着ていたことにファウストが気づいたのは、彼女が去ってから数瞬後であった。
「ファウスト様、お花畑に参りましょう」
「‥あぁ、そうだったな」
 ファウストはそうつぶやくと、自分に残された大切な者たちの肩を抱いて、城の外へと消えていった。

「ファウスト様、これからいかがなさいます? もっとも、どこへ行こうとも、私たちは一生ファウスト様のお側を離れませんが」
「花を植えよう。昔のように」
「はい、ファウスト様」
「この星を、銀河で一番美しい花の星にするんだ」


                 **

 そして、しばらく経った後のこと。
 奇跡の如き計らいでライム、チェリー、ブラッドベリーは小樽の元に帰り、間宮小樽は以前の快活さを取り戻した。
 ライムたちの彫像が完成し、彼女らをモデルにした映画も作られることになった。
 ローレライの細胞から培養したクローンは順調に成長し、惑星テラツー初の女の赤ちゃんが誕生するのも間近となっていた。
 そんなある日、ライムがジャポネス城にやって来た。成長するクローンたちを見て目を輝かせるライムに、ローレライは問い掛けた。

「ライムはいま、幸せ?」
「えっ、うん、とっても。大好きな小樽といつも一緒だもん」
「‥そう‥贖罪の、時ね」

 そして、ライムが去った後でローレライはつぶやいた。

「私の役目は、終わった‥罪の償いをするのは、いま‥」



(以後、Program26 - Load01「みんな幸せ」に続く)

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