セイバーマリオネットJ SideStory  RSS2.0

「メソポタミア・エレジー」

初出 1998年11月23日
written by 双剣士 (WebSite)
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前半

(場面は Program25 の中盤から始まります。斜体部はアニメからの引用です)

 植民惑星テラツーは男性だけの星だった。地球から来た女性唯一の生き残りは、故障した宇宙移民船メソポタミア号のメインコンピュータに抱かれたまま、300年の時をテラツーの衛星軌道上で眠りつづけてきた。
 彼女を奪還するには、代わりの恋人をメソポタミア号に捧げなくてはならない。そのために初代徳川家安と初代ファウストは、それぞれ機械仕掛けの3人の乙女を作り出した。だが彼女たちが人間の乙女に近い心を得るためには、彼女たちを機械扱いしない男性‥間宮小樽の登場を待たなければならなかった。
 3人のセイバーマリオネット‥ライム、チェリー、ブラッドベリーの成長を感じ取ったメソポタミア号は船内の女性を奪われることを恐れ、衛星軌道上からテラツーに攻撃を仕掛ける。いまや女性復活はテラツーの悲願であるだけでなく、テラツー滅亡を防ぐ唯一の手段となっていた。しかし事情を聞いた間宮小樽は、自分の育てた3人のマリオネットを手放すのを潔しとせず、彼女らを地上に残したままメソポタミア号を破壊するためにジャポネスガーで衛星軌道へと飛び立った。
 だが、運命は非情であった。マスターであり恋人である小樽と惑星テラツーを守るため、ライムたちは小樽の命令に背いてジャポネスガーに乗船、小樽をテラツーに送り返す。そしてメソポタミア号に侵入、数々の妨害を突破してコンピュータルームに到達し、自らのこころの源である乙女回路を差し出すのだった。
 そして、解放された女性‥ローレライは、眠りながらもその経緯の全てを見つめていた。

                 **

 メソポタミア号の爆発は、ライムたちを飲み込んだ後も続いていた。テラツーへの砲撃が止まったかどうかは分からない。だがそれを確認する暇は無かった。

「こっちよ、急いで」

 ようやく助け出したローレライを連れて、ルクスはジャポネスガーへと走った。そして彼女らがジャポネスガーに戻った直後、それを見計らったかのように、小爆発が起きてコンピュータルームへの通路が塞がれた。
 急がなくてはならない。
 ジャポネスガーを操縦してきた梅幸と玉三郎が居なくなった今、ルクスに選択の余地は無かった。急いでコンソールに飛びつき、使用可能な脱出ポッドを検索して、ローレライの手を引いて最も近いポッドへと向かった。
 綿のように軽いローレライの体をポッドに放り込み、シートに固定する。
 そしてルクスはポッド切り離しの操作を行い、ポッドに飛び乗って扉を閉めた。やがて鈍い衝撃と共にポッドが切り離され、テラツー唯一の女性と本作戦唯一の生き残りセイバーは、惑星テラツーへの帰途に就いた。

                 **

 狭いポッドの中でもルクスは多忙だった。惑星テラツーにはメソポタミア号からの砲撃による火災の爪痕が広がっている。せっかく救出したローレライを、火災のただ中に着地させるわけには行かない。それに何より、ルクスには自分を待っているマスター‥ファウストの元に帰ると言う責務が有った。彼の待つジャポネス城の城跡に降下できるよう、帰還ルートを調整しなければならない。上昇途中で切り離された間宮小樽のようには行かないのだ。
 そのため、ルクスがローレライの表情に気づくまでには多少の時間が掛かった。ポッド制御装置とのデータリンクを終えてインターフェイスを電子眼に戻すと、ポッドの窓越しにメソポタミア号を見つめるローレライの顔が映った。その頬には光るものが走っていた。
(涙‥?)
 それはルクスには極めて異質なものに感じられた。そう言えば、ローレライはメインコンピュータから助け出して以来、ずっと涙を溜めている。ジャポネスガーに向けて走っているときも、しきりに後ろを振り返っていた。
「‥ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか。ミス・ローレライ」
「‥えっ? え、えぇ」
 話し掛けられたのが意外だったのだろう、ローレライはぎこちない様子で窓から目を離すと、照れたような表情を浮かべて涙を拭った。
「失礼ですが、その涙の訳をお教えいただけませんか。わたしたちはファウスト様の命で、貴女をお連れするためにあの船に乗り込みました。そしてその目的は果たしました。何か、お気に染まぬ点がありましたでしょうか」
 ローレライは何も答えず、目を伏せて首を横に振った。
「では、その涙は、テラツーへ帰還できることの喜びでしょうか。それとも、300年住み慣れたメソポタミア号を離れることへの郷愁と考えるべきなのでしょうか」
「‥‥!」
 ローレライは顔を上げ、きつい視線でルクスを睨んだ。だがすぐに悲しそうに表情を和らげ、もう一度うつむいて首を横に振ると、再び窓の外の宇宙船へと視線を転じた。
「‥失礼しました。貴女を困らせるつもりはなかったのです」
 これ以上の追求は無理と見て、ルクスも言葉を和らげた。
「‥ファウスト様の元にお連れいたします」
 それきり、着陸まで彼女たちが言葉を交わすことは無かった。

                 **

 ジャポネス城ではファウストとパンター、そして乙女回路が壊れたままのティーゲルが待っていた。ジャポネス城の衛士は全て城下の消火と誘導に回っており、宇宙からの客人を迎えるジャポネス側の関係者は居なかった。
 ポッドが着陸したとき、ポッドの扉はファウストたちとは逆の方向に向いていた。扉から先に出たルクスは周囲を見回した後、ファウストの前に駆け寄って膝をついた。
「ファウスト様、ただいま戻りました」
「よく戻ってきた、ルクス」
「もったいないお言葉です‥」
「メソポタミア号からの砲撃は止まった。テラツーは救われたようだ」
「恐れ入ります」
「‥で、どうなった、間宮小樽たちは」
 ルクスは一瞬、その問いの意外さに言葉を失った。真っ先にローレライのことを聞いてくると思っていたから。しかし、ライムたちがジャポネスガーに乗っていたことをファウスト様はご存知なかったのだろう、と思い直し、マスターの問いに答えた。
「間宮小樽は、メソポタミア号に向かう途中で離脱させました‥家安の計らいで乗り込んでいたライムたちがそう望んだので」
「なに‥」
「‥ファウスト‥」
 か細い声が、ファウストの顔を上げさせた。その彼の目に、300年間待ち続けていた恋人の姿が映った。映像でも絵でもない、生身の身体を持った恋人の姿が。彼女は記憶の中の姿のままだった。その顔つきも、肌の色も、服装も。
「‥ローレライ、か‥」
「ファウスト!」
 立ちすくむファウストの胸に、勢い良く飛び込むローレライ。どこか現実離れした感覚のまま、ファウストは彼女の背に手を回した。長い間待ち望んだことが現実となった。狂喜して良いはずだった。自分は、十代の時を重ねた自分は、このときのために生きてきたのだから。
「ファウスト、ファウスト‥ううっ、私、わたしぃ‥」
 彼の胸に顔を埋めたまま、子供のように泣きつづけるローレライ。そんな彼女を、ただ静かに抱きしめつづけるファウスト。
 そんな光景を奇異に思ったか、小声でパンターがルクスに問い掛けた。
「おいルクス、あの人がファウスト様の求めていらっしゃった、ミス・ローレライなのか、本当に」
「‥そうよ」
「だったら、なぜファウスト様は沈んでおられるんだ?」
「分からない‥」
「なんだって? おいルクス、何があったって言うんだ」
 思わず声を荒らげるパンターに、ローレライの背中がぴくっと痙攣した。パンターはしまった、と言う表情で口を押さえた。
「お花畑に参りましょう、ファウスト様」
 そこへ、この場には釣り合わない優しい声が響いた。
「‥ティーゲル」
「‥ほら、よくお似合いですよ。ファウスト様」
「あなた‥まさか‥」
 顔を上げたローレライに映ったティーゲルの瞳には、宇宙の深淵にも似た深い暗闇があった。一切の光を放たぬその瞳が意味するものを、ローレライは一瞬で見て取った。
「‥ああっ!」
 ファウストの胸を離れ、ティーゲルを抱きしめるローレライ。
「ごめんなさい‥わたしが、わたしのせいで‥」
「ありがとうございます、お優しいファウスト様‥」
「‥‥」
 首を横に振りながらティーゲルの肩を濡らしつづけるローレライ。
 それを静かに見つめながら、ファウストは小声でルクスに最後の問いを投げかけた。
「‥家安たちはどうした、ルクス」
「ライムたちの道を切り開くべく、奮戦いたしました。最後まで」
「‥そうか」
「これからどうなさるのですか、ファウスト様」
 堪えきれず口にしたパンターの問いに、ファウストは答えなかった。
 主を失ったジャポネス城に響くテラツー唯一の女性の慟哭を聞きながら、ガルトラントの総統は‥自分の作ったマリオネットたちを成長させられなかった男は、凍ったようにその場に立ちつづけていた。

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