ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

ラブ師匠VS恋愛コーディネーター

初出 2010年04月18日/再公開 2011年04月03日
written by 双剣士 (WebSite)
前の回に戻る次の回へ進む一覧へ

************* 地下迷宮編 第1話『壊れアテネ』(Side−L) *************

 少し時間をさかのぼった4月の28日、ゴールデンウイーク初日のこと。
「愛歌さんはGW、海外とか行かれないんですか?」
「ん〜そうね〜、ギリシャにちょっと用事があるので行かなきゃならないんだけど……もう少し先かな?」
「へ〜、ギリシャですか。でもわざわざ海外までどんな用事なんですか?」
「ん? まぁちょっとしたお届けものみたいな……」
 休日なのになぜか白皇の制服を着た春風千桜と霞愛歌が、連休中の予定について会話を交わしていた。生徒会メンバーがそろってギリシャ旅行に行く中、日本に残ることになった2人。別件とはいえ後から同じ場所に行ける生徒会副会長は客観的には恵まれた境遇に違いない。しかし当の愛歌はそう嬉しそうな様子でもなかった。
「まぁ私は海外に行く予定もないので、みなさんからのおみやげを期待してますよ。では」
「ええ、では千桜さん、またね」
 愛歌の複雑な心中を察したか、さほど詮索するでもなく別れの言葉を口にする千桜。哀しいかな、このSSにおける千桜の出番はこれが最初で最後である。泣くなちーちゃん負けるなハルさん、別のSSのヒロインの座が君を待っている!


「おつかい……か」
 あまり気乗りしない話ではあるものの、三千院帝からの話とあっては断るわけにもいかない。自宅に戻った愛歌はとりあえず、ギリシャで会う予定の相手に向かって国際電話をかけた。
「……というわけで、5月○日にお邪魔させていただきたいのですが」
「そう。あなたも大変ね、あのおじいさまの使い走りだなんて」
 電話の相手……天王州アテネの冷たい口調に、愛歌はゾクリと背筋を震わせた。自分とそう歳の変わらない少女だというのに、アテネと三千院帝との間には親愛の情とは異なる何かが横たわっている。それは帝が愛沢咲夜や愛歌のことを「かわいいお前」と家族に準じた呼び方をするのに対し、アテネにだけは決して軽口を叩こうとしないことからも明らかだった。もっとも呼び方ひとつで腹の内が推し量れるほど、三千院帝は単純な老人ではないのだが。
「それで、何を届けてくださるのかしら」
「それは私の口からは……おじいさまは内容が漏れるのを極度に警戒してるみたいで」
「……そう、なら深くは聞きませんわ。だいたい想像はつくから」
 まさしく使い走りよね、と愛歌は心の中で自嘲した。正直言えばだいたい察しはつく。帝が自分に絆の石を渡したこと、重大な要件と言いつつ複数の封書を託されたこと、そして孫娘のナギがギリシャ旅行に行くタイミングを見計らって、帝が“共犯者”と呼ぶ少女にあえて連絡を取ろうとすること……悪だくみの匂いを感じ取れない方がおかしい。しかし既に深くかかわり過ぎている自分には、流れを変えることも止めることもできないのだった。


「ところで、そのころには白皇の他の子たちもそちらに行ってる予定ですよ。生徒会の人たちや三千院家のナギさんたちも行くそうですし、飛行機嫌いのヒナギクさんも、編入生の綾崎ハヤテ君も……」
 このまま帝とアテネの腹の探り合いに付き合っていたら息が詰まる。空気を変えるつもりで愛歌は別方向からの話題を白皇学院理事長に向かって振ってみた。それに対するアテネの反応は劇的だった。
「あの子が来るの?!」
「えっ?」
「まーやだ、あの子がここに来るだなんて! 大変だわどーしましょ、豪勢にお出迎えしてあげなくちゃ!」
「あ、あの、理事長?」
「そういうことはもっと早く言ってくれればいいのに! ドレスも新調しなきゃダメよね、あの子に着せる可愛いフリフリのドレスも用意しないと! うわー楽しみだわ、アテネ困っちゃう♪」
「…………」
 説明しよう。天王州アテネは怜悧で隙のない完璧な少女というイメージがあるが、恥ずかしいところを見られて取り繕う必要のなくなった相手に対しては、人が変わったようにデレデレな姿を見せることがあるのだ! こういう年頃の少女らしいキャピキャピぶりは普段抑圧されているだけに、堰を切ったようにあふれ出してしまうと旧知の愛歌と言えども手がつけられなくなる。
「あの子と会うのも久しぶりだわぁ、どんな風になってるかしら、私のこと覚えててくれるかしら?」
「…………」
「まだ好きでいてくれるかしら? どうしたら手に手を取って再会を喜び合えるのかしら? 思い出話も沢山あるわよね、一晩中語りあかしても足りなさそう!」
「…………」
 電話の向こうで頬を染めて身悶えするアテネの様子が目に浮かぶ。愛歌は固く沈黙を守りながら、自分にバトンが回ってくるのを辛抱強く待った。
「ねぇ、あなたはどう思う? どんな出迎え方をしたらあの子は喜んでくれるかしら? どんな色のドレスを気に入ってくれるかしら?」
「……普通が一番だと思いますけど」
「へ?」
 電話の向こうのテンションが急降下していくのが伝わってくる。聞いてるぶんには楽しいけれどさすがに食傷気味だった愛歌は、ここぞとばかりにアテネの気持ちに冷や水をぶちまけた。
「理事長、普段そんな姿は欠片も見せてなかったじゃないですか。私だからいいですけど、その人にいきなり全力アタックしちゃったら気が触れたかと思われますよ」
「そ、そうかしら……」
「むしろ普段以上に冷静に、事務的な態度を取った方がいいかも知れないですね。向こうは理事長が近くに住んでるなんて想像もしてないんですから……あくまで偶然を装って対処したほうがいいと思います。『何をしに来たのかしら?』みたいな感じで」
「そんなぁ……」
 しょんぼりとしなだれかかるアテネの金髪が目に見えるようだった。


《ちょっと言い過ぎちゃったかしら?》
 アテネとの電話を終えた後、ちょっぴり反省する霞愛歌。このときアテネに吹き込んだ数々のアドバイスは、数日後ギリシャで繰り広げられる運命の出会いの行方を左右することになる。だが彼女のもたらした影響はそれだけではなかった。
《まぁ仕方ないわよね。フリフリのドレスなんか着せられたって、ヒナギクさんはきっと喜ばないだろうし》
 常識的にして致命的な勘違い。アテネの言う“あの子”とは桂ヒナギクのことだと、愛歌は信じて疑わなかったのである。

前の回に戻る次の回へ進む一覧へ


 お時間がありましたら、感想などをお聞かせください。
 全ての項目を埋める必要はなく、お好きな枠のみ記入してくだされば結構です。
(お名前やメールアドレスを省略された場合は、返信不要と理解させていただきます)
お名前

メールアドレス

対象作品名
ラブ師匠VS恋愛コーディネーター・地下迷宮1
作者および当Webサイトに対するご意見・応援・要望・ご批判などをお書きください。

この物語の好きなところ・印象に残ったところは何ですか?

この物語の気になったところ・残念に思ったところは何ですか?