ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

ラブ師匠VS恋愛コーディネーター

初出 2011年04月04日
written by 双剣士 (WebSite)
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************* 地下迷宮編 第2話『消えたハヤテ』(Side−L) *************

 春風千桜との会話から数日後。霞愛歌はクラスメートたちの後を追うように、自家用ジェットでエーゲ海へと向かっていた。初めて行く土地でもなければ仲のいい同伴者がいるわけでもない退屈な旅路。しかも三千院帝から託された封書がお世辞にも相手を喜ばせる類のものではないということも、勘のいい愛歌は薄々察していた……これじゃまるで不幸を届ける死神よね、と誰もいない虚空に向けて自嘲する。どうしてこんな役回りばかり回ってくるのかしら? 私こんなに大人しく慎ましく暮らしているというのに……そう愛歌がエア相方に向かって軽いボケをかましていた、ちょうどそのとき。

 ♪〜Wonder Wind〜追い風を 追いかけて 果てしなく 過去から未来まで〜♪

「あら?」
 愛歌の携帯が軽やかな着信音を鳴らす。誰だろう、さっき空港で別れた千桜さんかしら……首をかしげながら通話ボタンを押す。
「はい……?」
「ラブ師匠! どうしよう、ハヤテがいなくなった!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、三千院ナギさん」
 電話をかけてきた相手は先にミコノス島に着いているはずの、金髪ツインテールの愛弟子だった。


 3人で島に降りた途端、帽子を探してくると言って姿を消した綾崎ハヤテ。きっと空港で会ったクラスの女どものところに行ってしまったに違いない、と電話の向こうのナギは息せき切って愛歌に訴えかけてきた。まだ現地に着いてもいないのに綾崎君の行き先を聞かれたって困るわ、と愛歌は内心思ったが、退屈極まりない旅の途中で年下の少女に頼りにされるというのは決して悪い気分ではない。直接的なアドバイスは出来ないけれど、せめて話し相手くらいにはなってあげようかしら。
「綾崎君と喧嘩でもしたの?」
「そんなことしてない! 私とハヤテはいつだってラブラブなのだ!」
 三千院家の令嬢が少年執事のことをどう思っているか、日頃から相談を受けている愛歌は手に取るように知っている。そしてナギが思っているほど、綾崎ハヤテの側が熱を上げているわけではないことも……したがって断言する少女の言葉も、額面どおり受け取ることはできない。
「不器用なあなたのことだから、彼を困らせること言ったんじゃない? 旅行に来たのに外に出たくないとか、遊びに行きたければ1人で行けとか」
「な、なんで分かるのだラブ師匠!! マリアも言ってた、ハヤテは私といるより他の女と一緒のほうが楽しいかもって!」
 ナギの声に驚きと涙声が混じる。自分が恋人として扱われてないことに薄々気づいてはいるみたいね、と愛歌は思ったが、さすがにそれ以上踏み込むのは抵抗があった。下手ないじり方をすると負けず嫌いの三千院ナギは、本心とは正反対の決断をしかねない。以前にも破局寸前のことがあったと咲夜や伊澄から聞かされているし。
「そうね……綾崎君がいるかどうかはともかく、瀬川さんたちの別荘なら知ってるわよ、私」
 せめてもの罪滅ぼしのつもりで、愛歌はジャプニカ弱点帳を開くとクラスメートの別荘の住所を読みあげたのだった。


「……だめだった」
「……そう」
 しばらくの後。2度目の電話をかけてきたナギの声は、哀れなほどに落ち込んでいた。愛歌としても他に心当たりがあるわけではない。小さな少女を元気づけるべく、愛歌はわざと偽悪的にふるまってみることにした。
「ひょっとしたら……もう2度と戻ってこないかもしれないわね、綾崎君」
「そんなこと……」
「普段から口先で何を言ってたって、別れるとなったら薄情なものよ、男なんて。綾崎君は真面目な子だからケジメをつけずに居なくなるなんて考えにくいけど……もし言いづらい理由があるんだとしたら、変に言い逃れや正当化なんてしないで黙って姿を消すかもしれない……」
「それじゃまるっきり同じじゃないか、あいつと!!」
 あいつ? あいつって誰のことだろう……愛歌は脳裏にクエスチョンマークを浮かべたが、今にも泣き出しそうなナギの声を聞いてそれ以上の詮索は控えることにした。誰にだって思い出したくない過去の1つや2つはあるものだから。
「ナギさん。私は気休めは言えないけれど……ここまで来たら、肝心なのは信じる気持ちだと思うわよ」
「信じる気持ち?」
「そう。今のあなたは、綾崎君と一緒にいたい、ずっと離れず傍にいて欲しいって思ってるだけ。だから少し離れただけで、捨てられたとか裏切られたって思ってしまうんだわ。それって綾崎君本人の気持ちを信じてないってことにならないかしら?」
「ハヤテ本人の気持ち……?」
 我ながら柄にも無いこと言ってるわね。そう愛歌は苦笑しながらも、精一杯に恋愛の達人らしい言葉を紡ぎだすのだった。
「綾崎君はペットじゃないわ。四六時中、あなたの傍にいることなんて出来ないの。世界一大事な人だって言ってくれたのなら、その言葉を信じて待ってみたらどう?」
「で、でも私は、いまハヤテに傍にいて欲しいんだ! いますぐここで! この場所で!」
 13歳の女の子では無理もない。そう感じつつも、愛歌は少女が思い詰めすぎないように優しく誘導するのだった。
「1人で待てなんて言っていないわ。あなたにはマリアさんもいるし、クラスの友達も近くにいるんでしょう? その人たちと一緒に待てばいいのよ」
「でも……」
「覚えてる? お屋敷に引きこもりがちなあなたの手を、綾崎君は何度も引いて学校に連れてきてくれたわよね。きっと綾崎君、あなたに強くなって欲しいんだと思う。自分で居場所を見つけられるような子になって欲しいんだと思うのよ。そんな彼の気持ちに応えてあげるのも、恋人の務めじゃないかしら」
 年上らしくナギに教え諭す愛歌。早くに両親を亡くした少女にはいささか酷な要求かもしれないけど、頭のいいナギなら理屈だけでも飲み込むことは出来るだろうと期待しての言葉だった。ところが電話の向こうの少女の頭の中は、理屈よりも感情が圧倒的であった。
「それじゃハヤテは……」
「うん?」
「ハヤテはこうやって旅先で浮気しまくるつもりで、日頃から自立しろしろって私に言ってたのかぁっ!!!」
「え、ちょ、ナギさん待って……」
 激高の声とともにガチャ切りされた携帯電話の音に、思わず愛歌は顔をしかめたのだった。


 その夜。ミコノス島の別荘に着いた愛歌のもとに、この日3度目の電話がかかってきた。
「……ハヤテが帰ってきた」
「そう、良かったじゃない」
 不機嫌そうに状況を伝えてくるナギにひとまずお祝いを述べる愛歌。だが何が癪にさわったか、またしても電話口からは金切り声が鳴り響いたのだった。
「良くない! せっかく2人きりになれると思ったらハムスターは来るわヒナギクは来るわ、例の3人まで別荘に押し掛けてくるし! しかもハヤテはせっせとあいつらの世話を焼いてるし! ムカつくから全力でテレビゲームに没頭してやるのだ!」
「あ、あ、そう……」
 不肖の愛弟子の暴走振りに、苦笑するしかない愛歌であった。

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