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反省だけならハルにもできる(上)

初出 2010年03月08日
written by 双剣士 (WebSite)
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************* 上編 *************

 ゴールデンウイークも半ばを過ぎたある日の夜。バイト先から帰って遅い夕食を取っていた私に、頬杖つきながらお母さんが話しかけてきた。
「ねぇ千桜ちゃん、千桜ちゃんはゴールデンウイーク、どこか遊びに行かないの?」
「行きませんよ。バイトが忙しくてそれどころでは」
「う〜ん、でも高校生の連休なんて何度もないのよ? せっかくなんだから、お友達と遊びに行けば良かったのに……」
 高校生ともなれば、家族と一緒に旅行に行くのもはばかられるお年頃。事実ヒナギクを始めとする生徒会のみんなは、友達同士で仲良くエーゲ海に遊びに行ったと聞いている。だがそんなのはお金持ちだけに許された道楽であって自分なんかには関係ない、そう私は割り切っていた。同じ学校に通っているからと言って高望みしちゃいけない。うちは貧乏ではないんだろうけど、湯水のようにお金を無駄遣いできるような大富豪でもないんだから。
「んー、でもエーゲ海旅行はともかく、バイト先や学校で知り合った仲のいい子がいるんだったら一緒にショッピングとか遊園地に行ったらどう? なんなら彼氏とか連れて来ちゃっても良いのよ?」
「な、なに言ってるんですか、お母さん!」
 内心の焦りを隠すように語気を強める私。ア○メイトの18禁コーナーでバイトしてるんだから出会いなんてあるわけないだろ、とはさすがに言えない。するとお母さんは脳天気な口調のまま、とんでもない爆弾を落としてきた。
「それに正直、エーゲ海旅行に行きたいなら言ってくれても良かったのよ? 一人娘の青春の思い出のためですもの、それくらいの出費は父さんだって許してくれるわ」
 ちょ、せっかく本人が金欠を理由に気持ちの整理をつけてるってのに、今になってちゃぶ台をひっくり返してくれやがりますか?!


 そして夕食後。自分の部屋に戻った私は録り溜めたアニメ番組をぼんやり眺めながら、お母さんに言われたことをつらつらと考えてみた。
 そう、分かってる。お金がないのもバイトが忙しいのも、本当はただの口実だって。私が遊びに行かないのは、単に一緒に行く相手がいないから。誘ってくれる人もいないし、自分から誰かを誘うような勇気も持ってないから。クールビューティを気取ってるふりをして誰とも親しい付き合いをしてこなかったツケが、今になって回ってきてるだけなんだって。
《モテない人って、人として魅力がないんじゃないですか? 要するに人間的につまらない人と言うことですよ。もしくは存在感がないっていうか……》
 少し前に学校の廊下で学年主任の先生が言ってた、言葉のやいばがぐさっと胸に突き刺さる。わかっていた、うすうすは……うすうすはそうじゃないかってわかっていた。昔からそうだ、見た目も頭も運動神経も特筆するほどじゃないレベル。気づいていながら認めるのが怖くて、1人でも楽しめるアニメやラノベに逃げてたんだ。他の人が友人や恋人と語らっているときにも、独りぼっちでアニメやラノベばっか……今回の連休にあえてド短期のバイトを入れたのだって、本当はお金が欲しいからじゃない、そんな情けない自分を振り返りたくなかっただけなんだ。
「えぇ〜い、考えるの止め止め! 今さら考えたってエーゲ海に行ける訳じゃないし! こんなこと忘れてさっさと寝よう!」
 自分の頭をポカポカと叩いて変な考えを追い出してから、私はアニメを消して自分のベッドに潜り込んだのだった。


 ……だが、そう都合よく睡魔は訪れてくれない。それどころか自分の中の天使が、ぐさぐさと胸の傷口を槍の穂先でえぐってくる。
 それでいいのか春風千桜? 今のお前は自分自身に満足してるのか? このまま誰にも愛されず、誰かから気に掛けられることもなく、お金さえ出せば手に入るモノだけを相手に青春を食いつぶしていて、本当にいいと思っているのか?
 自分の無力さに目を向けたのは良しとしよう。だけど反省だけなら猿にも出来るんだぞ? 忘れてどうする逃げてどうなる、反省をバネにして変わっていかなきゃダメじゃないか。ああしておけば良かった、なぜあんなふうに出来なかったんだろう……そんな反省と後悔ばかりを積み重ねて歳を取っていくつもりか? できない理由ばかり口先でこねくり回すだけの意固地なお婆さんになりたいのか? そんなことをするためにお前はこの世に生まれてきたのか? 娘がそんな人間に育っていくことが父親と母親の望みだと、本気で思っているのか?
 目をふさぐんじゃない! 戦わなきゃ、現実と!


 もう眠ってる場合じゃない。すっかり眠気の覚めた私はベッドに胡座をかきながら、これからのことについて考えてみた。
 いきなり彼氏だなんて贅沢は言わない、まずは友達だ。登下校を一緒にしたり、お昼ご飯を一緒に食べたり、くだらないことで笑いあったり喧嘩したりできるような友達を作るんだ。ヒナギクたちみたいに『生徒会』という枠があるから繋がっていられる関係じゃなくて、もっと本質的な……学校を卒業してからでも付き合いが続くような、そんな友達を作ることから始めるんだ。
 とすると最初に思い浮かぶのは……三千院のお嬢さま、か……?
「うわあぁあぁ〜、ダメだぁ〜〜!!」
 私は頭を抱えて転げ回った。最初に浮かぶのがオタ友、それも3つも年下のやつだなんて、なに考えてるんだ私は! 他人と触れ合わずオタク趣味に生きてきた自分を変えたいと思ってるのに、自分と同じかそれ以上のオタクを相手にしてちゃ意味ないだろ! それに年下の相手を思い浮かべるってことは、自分を変えずに上から目線で接したいって無意識のうちに考えてる証拠じゃないか! あいつは確かに面白いやつだけど、ニュー・春風千桜として脱皮する最初の友人としては最悪と言っていい相手だろ!
 すると生徒会のあの3人か?……いや、それだったら既に一緒にお昼を食べてるし、放課後だって結構一緒にいるよな? それなのにエーゲ海に行くとき声も掛けられなかったってことは、友人として見なされてないって証拠だ。そういえば何度かカラオケに誘われたときも「騒がしいの苦手なんで、いいです」ってお堅いイメージであしらって来たし……今さら友達になってくれったって、受け入れてもらえる訳ないよなぁ。
 となると、お堅いイメージとのギャップをあまり驚かない相手ってことで……愛歌さん? 待て待て、論外だろ論外! いまでも精神をスリコギにかけられてる気分なのに、これ以上あの人と深い仲になったらミキサーで粉々の唐辛子にされてしまう!!


 ……情けないな、私は。なんで最初からこんなにネガティブなんだ? できない理由ばっかり並べてたら、なにも出来るわけないじゃないか。
 誰と友達になるかはひとまず措いておこう。問題は相手が誰かじゃなくて、どんな付き合い方をするかだ。お堅いイメージのまま必要最小限のことだけ喋ってたんじゃ、そりゃ誰が相手だってうまく行くわけないんだし。自分のことを明け透けに話し、相手のことにも露骨に興味を向ける。恥ずかしいとか失礼だとかは後回しにして、とにかく楽しい会話を続けていけることを最優先にして話を進める。経験がないからよく分からないけど、そうやって率直に正直にぶつかっていかないと、親友なんて出来るわけないんだろうな。
 えぇっとぉ、こんな感じかな……。
「ねぇねぇ、昨日どこ行った? えっ、マジィー、それってあり得ないぐらい激ヤバじゃん、今度アタシも連れてってよ! はい決定!!」
 ……ダメだ、1人きりの寝室で口調だけ真似たって単なるアブナイ人にしか見えない。娘が発狂したってお母さんに騒がれても面倒だし……そうだ、ブログを作ろう。今の学生はみんな携帯ブログで本音を伝え合ってるって言うじゃないか、これならお母さんに声を聞かれることもないし、ひょっとしたら白皇以外の友達も作れるかも知れない。おぉ、我ながら名案だぞ。
 だけど「バイト先と家とを往復してました、誰とも話していません」なんて正直に書いたって会話の練習にならないもんな……よし、ここは仮想旅行をする手だな。私がもし皆と一緒にエーゲ海に行ってたらと言う想定で、いかにも会話の弾みそうな文体で旅行日記を書いてみよう。こんな風に。
『今日はみんなでギリシャ旅行!! パルテノン神殿スゴーイ♥♥♥ 思わず皆で記念撮影パシャ♥(>_<)』
『今日も皆で街を散策! ケバブ超美味〜♥ 私はサルサ味をチョイス! それにしてもギリシャの日差しは暑くって(>o<)』
 ……は、恥ずい、恥ず過ぎる! 光の速さで消した。気の迷いだとか黒歴史だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。


下編に続く

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