ハヤテのごとく! SideStory
反省だけならハルにもできる(下)
初出 2010年03月15日
written by
双剣士
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************* 下編 *************
だけど、人間そんな簡単には変われない。
私は1人でトボトボと、学校に向かういつもの道を歩いていた。澄み渡った朝の空では2羽の雀がチュンチュンと可愛い声をあげながら追いかけっこをしている。沢山の生徒たちがお互いに朝の挨拶を交わしながら、楽しそうに私の横を追い抜いて行く。私を取り巻く見えない空気の層の向こう側には、いつも通りの温かく活気に満ちた陽射しあふれる世界……決して手の届かない別世界が広がっていた。自分もその輪の中に入りたいと一時は考えたこともあったけど、もうとっくにそんな気持ちは失せていた。
《じたばたしたって仕方ない。ハイパーなお金持ちばかりが集う白皇学院には、最初から私の居場所なんてなかったんだ。ここで友達を作ろうなんて分不相応な望みは持つまい、どうせ長続きする訳もないんだし。卒業して新しい環境に移ったら、そこで本気出せばいいんだから……》
そう達観した私は無駄な努力をやめた。いまは辛抱の期間、無理をして傷つくなんてアホらしい……そうやって一線を引いてしまえば、誰かに邪魔されず放課後全部を好きなことに費やせる高校生活ってのもそう悪いものじゃない。所詮は繋ぎの期間なんだから、好きなことをして時間をつぶして何が悪い……それが挫折と失望を繰り返した末に私がたどり着いた結論だった。
そんな私だったから、卒業の日を迎えてもこれと言った感慨はなかった。
手順どおりに先生の話を聞き、校歌を歌い、卒業証書を受け取る。授業がない代わりに儀式ばかりの1日。3年経てば嫌でも順番の回ってくる1日……どこか他人事のように私は決められた段取りをこなして行った。帰り際にクラスメートが泣いたり抱き合ったりしてるのを見ても全然現実感が沸いてこなかった。自然発生したグループが1つまた1つと教室を後にし、最後には私1人が残った教室。ほぉら、やっぱり奇跡なんて起こらなかっただろ……そう自嘲しながら下駄箱を抜けて校舎を出た私の視界には、クラスや学年の垣根を越えて名残を惜しむ生徒たちの姿があった。その中にはかつて生徒会で一緒だったヒナギクたち仲良しグループの人たちや、一時期交流のあった三千院家のお嬢さまとその友人たちの姿も含まれていた。だがいずれも今の私にとっては会話どころか挨拶すら交わさない過去の知り合いに過ぎなかった。
私はチクチク痛む自分の胸を押さえながら、みんなの邪魔をしないようそっと校門を後にした。そして賑わいの続く母校に背を向けて1人で下校しながら、私は自分の気持ちに自分なりに整理を付けることにした。好きなアニメの台詞を借りて。
《……予定通り、世界の無関心は今この私に集まっている。後は私が消えることで、この切ない未練の連鎖を断ち切るだけだ。幸い外の世界には、ハルという伝説が残っている。咲夜さんもハルを慕っている。これで世界はクラスメートとの馴れ合いではなく、ビジネスというひとつのテーブルに着くことができる。明日を迎えることができる……》
ところが、学校を出て愛沢家に向かった私を待っていたのは、世界を崩壊させるに足る痛烈な一言だった。
「あれ、言うてへんかった? ウチが春から行く高校な、全寮制のとこやねん。そやから身の回りの世話してくれるメイドさんは要らんよおになったんや。今までおおきにな、ハルさん」
***
「……わあぁあぁっ!!」
大声を上げながら私はベッドから跳ね起きた。お気に入りのぬいぐるみたちが周囲でひっそりと見守ってくれている、まだ夜の
帳
(
とばり
)
に包まれた自宅の寝室の真ん中で。
「ゆ、夢……?!」
見れば時計は朝の5時過ぎ、カレンダーは200X年5月。昨晩お母さんの言葉に触発されて友達の作り方について悩んだ、その時の状態そのままの光景が広がっていた。なんだ夢か、びっくりした……ほっと溜め息をついた私は、直後に猛烈な寒気を感じて自分の両肩を抱きしめた。
夢なんかじゃない! あれは未来だ、今のままの自分でいたら2年後に訪れる現実だ! 咲夜さんのお屋敷でのバイトだって、遅かれ早かれ終わりは来るんだ。女子高生としての自分とハウスメイドとしての自分、曲がりなりにも他者との接触を持てる立ち位置を失なってしまう日は、いずれ間違いなくやってくるんだ。
そのとき自分には何が残る? 旧知の人たちの誰からも相手にされなくなった私は何を信じていけばいい? というか、別の環境で本気を出したからと言って劇的に変わるのか、この状況? 同年代の子たちと毎日顔を合わせられる環境に居ながら友達の1人も作れず自分の殻に閉じこもっていた私なんかに、この先いったい何ができるって言うんだ? もしかしたらずっとこのまま、胸の空虚さに耐えながら有り金を使いつぶして野垂れ死にする運命なのか、私は……。
「……え?」
頭から布団をかぶって震えていた私の耳に、小気味よい電子音が響く。こんな時間に誰からだろう……ぼんやりしながら手繰り寄せた携帯電話から聞こえてきたのは、今は地球の裏側にいる知人からのハイテンションな声だった。
「はぁ〜い、千桜さんお元気? そっちはどぉ?」
「どぉって、面白いことは何もありませんよ。病気もせずそれなりにやってます」
精一杯自制したつもりでも、つい憎まれ口が出てしまう。エーゲ海リゾートを満喫してる愛歌さんが、日本に居残った私に電話を掛けてくる……自慢するためだとしか思えなかったから。
「またまた、千桜さんたら謙遜しちゃって」
「謙遜なんかじゃありませんよ。愛歌さんこそどうなんです? 高級リゾート地で過ごす休日は?」
「う〜ん、でも陽射しが強いほかは何もないところよ? まぁヒナギクさんや綾崎君の普段見られない顔が見られて、退屈はしないけどね」
「……そうですか、それは良かったですね!」
思わず返事に険がこもる。高級リゾート地を「何もないところ」と言い切るお嬢さま方は今ごろ友人たちと思い出づくり、かたや私は独りぼっちで日本に居残り……こんな残酷な現実をわざわざ突き付けてくれなくたっていいじゃないか。何もない私のことを嘲笑うために国際電話をかけてきたっていうのか? そうまでして私をいじめて何が楽しいんだ!
「……千桜さん?」
「どうぞ、愛歌さんは大富豪のご令嬢らしく、輝かしい青春の日々を満喫なさってください! 面白くもない日常を送ってる私のことなんか気になさらずに!」
「ちょっと、どうしたのよ千桜さん? いったい何があったの?」
「なんでもありませんよ、何も起こるわけないでしょう? 誰かと旅行に行くこともできない私なんかに!!」
***
頭がどうかしていたとしか思えない。気がつくと私は、昨夜から感じていた不安や悩みを携帯電話に向かって吐き出していた。こんなこと愛歌さんに話したって仕方ない、そう思って何度も話を打ち切ろうとしたのだけれど愛歌さんは逃がしてくれなかった。あるときはトボけて見せ、あるときは無茶苦茶な決め付けをしたりして私の反発心をあおりながら、愛歌さんは言葉巧みに私の独白を引きずり出してしまった。
そして私が恥ずかしさと自己嫌悪で顔を上げられなくなったころ……愛歌さんは落ち着いた口調で、海の向こうから私の心を溶かし始めた。
「友達を作れない……それっていけないことかしら?」
「い、いけないかどうかじゃなくて、普通はできて当然のことが私にはできないって言うか……」
「普通って何? まさか千桜さん、うちの学校の人たちがやってること、普通だなんて思ってないわよね?」
肯定も否定もできない反問。精神的に半歩後ずさりした私の心に、愛歌さんは遠慮なく踏み込んでくる。
「友達は多ければいいってものじゃないし、長く一緒にいる分だけ仲良くなるってものでもないわよ。千桜さんには千桜さんなりのやり方があるんじゃないかしら」
「で、ですけど、1人もできないってのは性格的に問題があるとしか」
「そこがそもそも不思議なんだけど……私は千桜さんのお友達にカウントされてないの?」
「……そ、それはたまたま生徒会で一緒だってだけで……」
「今あなたに電話してるのは、生徒会の用事があるからじゃないんだけどな」
一瞬ぐっと口ごもった私は 『リゾート自慢するためでしょ』 と言い返そうとしたのだが、愛歌さんの踏み込みの方が早かった。
「咲夜さんだってそう、三千院さんだってそうでしょう? メイドや書記として優秀だから利用するためにあなたに近づいたとでも思うの? 決定的だったのはゲームセンターでの出会いだったって2人からは聞いてるわよ」
「え、ちょ、なんで愛歌さんがそんなことまで知ってるんですか?!」
「別に身辺調査してるつもりはないんだけどね。千桜さんスキだらけの日常送ってるから、嫌でも耳に飛び込んでくるっていうか」
なんか、心中を吐きだしたときとは別の意味で顔を上げられなくなってしまった私。そんな私に向かって、愛歌さんは口調を穏やかに変えてきた。
「私に言わせれば、千桜さん今でも十分充実してるように見えるんだけど……そんなに自分を変えたいんだったら、一緒にやらない?」
「それってイヤミですか? 愛歌さんは今だって……」
「ここに来たのはお爺さまのお使いであって、泉さんたちに誘われたからじゃないわ。それに一緒にいると言ったって傍観してるに過ぎないし」
……言われてみれば、愛歌さんが皆と一緒にリゾート地でわいわい楽しくやってる姿なんて想像できない。そう思い至ったとき私は愕然とした。愛歌さんがリゾート自慢なんかのために電話してくるわけがない! 最初のうち電話の声がハイテンションだったのは、ひょっとして1人で残った私を気遣って……?!
「友達との思い出がないって意味では、病弱だった私も似たようなものだしね。千桜さんと一緒に思い出づくり出来るなら、私も心強いわ」
「……すみません、色々気を遣わせちゃって」
「いいのよ、私の方がお荷物になるかもしれないんだし……それにスキだらけの千桜さんを隣で見ていられるだけでも、私は楽しいしね」
「……もう、愛歌さんたら」
愛歌さんのからかい口調も今の私には心地よかった。世の中はそんなに捨てたもんじゃない、手に入らないものを悔いるより持ってるものを楽しもう。いつのまにかカーテンから漏れてきていた朝の陽射しが、沈んでいた私の気持ちをすっかり軽くしてくれていた。
……だがここで電話を終わりにしなかったことを、私は深く深く後悔することになる。
「ところで千桜さん、本題に戻ってもいいかしら? スキだらけの千桜さんの日常について、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「はいはい、なんですか? 別にこれといって面白いことなんかありませんよ」
どうせからかい口調の一環だろうと思って軽く返事をした私。だがそんな私の耳に、女神の皮をかぶったメフィストフェレスは電話の向こうから楽しげに毒液を注ぎ込んできたのだった。
「ねぇ、パルテノン神殿には誰と行ったの? 散策に行ったのはなんていうお店かしら? あのブログ楽しみにしてるんだけど」
Fin.
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