CLANNAD SideStory
気になるあの娘と、晴れた日に
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草サッカー編10
後半のロスタイム。サッカー部の面々は8人を攻撃に回して相手ゴールを半包囲し、執拗に横パスを回しながらシュートの機会を窺っていた。一方の古河ベイカーズは朋也に加えて春原・芽衣・杏たちをも自陣ゴール前に呼び戻して徹底防戦の布陣を敷いていた。
「……くそっ」
サッカー部はなかなかシュートを打ってこない。素人相手に同点引き分けでは恥になるサッカー部としては、2分しかないロスタイムに全員攻撃を仕掛けて1点を奪い、あとは全員が守備に回って逃げ切り体制をとるに違いない……敵の手をそう読んで防御を固めた朋也たちであったのだが、その予想は半分しか当たらなかった。敵はぎりぎりまでシュートを打たずに、短いパスを回しながら組織力のない素人守備陣のほころびを誘う作戦に出てきたのである。
もちろんサッカー部にも言い分はある。なにせ彼らは、智代の超ロングシュートを目の当たりにしたばかりであった。もし攻撃を失敗し、奪われたボールが智代やことみの元に渡ったら……そのときは何人で守っていようが失点は免れない。早い時間に点を入れたとしても、その後で相手ボールのキックオフから再開するのであれば巨砲の脅威にさらされるのは疑いようもない。そう簡単に相手ボールにさせるわけには行かなかったのである。
《バスケみたいに、30秒ルールとかが有ればな……》
「朋也!!」
攻撃が来ないことにじれた朋也がふと別のことを頭に浮かべた瞬間。杏の声で現実に引き戻された朋也のすぐ脇を、敵フォワードの選手がすり抜けていった。同時に別の選手から朋也の背後にキラーパスが通される。突っ込んでくるフォワードとボールの交点の位置にいたのは、脅えたように目をつぶるスイーパーの渚。
「やべっ!」
考える前に身体が動いた。とっさに伸ばした脚は敵フォワードの足に引っかかり、相手は派手に転倒。彼に繋がるはずだったパスは勢いよく渚にぶつかり、むなしくころころとゴール前を転がる。審判の笛とPK(ペナルティ・キック)の指示。
「しまった……ごめん、みんな」
「と、朋也くん……すみません、わたしのために」
取り返しの付かないことをしてしまった。朋也と渚は悔しさに唇を噛みながら一緒に耐えてくれていた守備陣のみんなに謝った。しかし掛けられたのは意外に優しい言葉だった。
「気にするな。あれは仕方ない」
「あたしでもああしたと思うわよ」
「……ま、まだ1点取られたわけじゃないです。今は落ち込んでる場合じゃ……」
「椋、あんた良いこというじゃない」
「このPKを止めたら、すぐに反撃開始です。信じて前のほうで待ってますから」
祐介と美佐枝が慰めの言葉をかける。藤林姉妹もまだ試合を捨ててはいない。芽衣にいたっては膠着状態を破るチャンスとまで言ってくれる。いつのまにか頼もしくなった味方選手たちに目頭を熱くする2人であった。
「ち、ちょっと、納得いかないです! なんで岡崎さんがミスした責任を、風子が取らなきゃならないんですか! ぷち最悪ですっ!」
……いや約1名、納得できない者がいた。
「ごめん、あとで埋め合わせは必ずするから、今はこのシュート止めてくれ、頼む」
「無茶です! ユウスケさんも誰も助けてくれないのに! 風子、どちらかといえばキュートで可愛い普通の女の子なんです!」
キーパー風子は半狂乱に陥っていた。自分のミスでもないのに急に重いプレッシャーを背負わされたのだから無理もない。ぽかぽかと朋也の胸を叩きながら涙目で訴える風子が普段以上に小さく儚い存在に見えた。
「分かった、虫のいい話だよな……仕方ない、俺が代わりにキーパーを……」
自分の失態は自分で償う。そう覚悟した朋也がキーパー交替を申し出ようとした、そのとき。
「いや待て、よく見ろ風子!」
「なんですか、ユウスケさん」
「ヒトデだ! ヒトデがいっぱいいるぞ、ボールをよく見てみろ!」
「えっ……♪」
祐介の言葉にすばやく反応した風子は、一瞬で涙を引っ込めてボールを凝視し……数秒後に歓喜の叫びを上げた。
「本当です! なんで今まで気づかなかったんでしょう! 手は短いけど五角形のヒトデが、ボールにいっぱい張り付いてます! 可愛いですっ♥」
「……そ、そうか……?」
「そうだ風子、お前の大好きなヒトデだ! いまからこいつが、お前に向かって飛んでくるぞ、どうする?」
「捕まえますっ!!」
ファイナルヒトデ使い風子は、らんらんと眼を輝かせながら断言した。
「ぜったい捕まえますっ、捕まえて頬擦りしてあげます! 風子とヒトデのランデブーを邪魔する人は、誰であろうと容赦しません!」
「その意気だ、いけっ」
「はいっ!」
さきほどの泣き顔はどこへやら、闘志満々になった伊吹風子はゴールマウスの前に歩み出ると、刺し殺すような視線で正面にセットされたサッカーボールを睨みつけた。その異様な雰囲気に、相手チームのキッカーがじりじりと後ずさる。美佐枝が朋也に耳打ちをした。
「これであの子がもし止めたら、芳野のやつも風子マスター認定ね」
「……なんのこと、それ?」
意味不明な呟きを問い返している暇は無かった。サッカー部の最後のキッカーが助走をつけてボールに近づいてくる。そしてボールを蹴る鈍い音がした瞬間、キーパー風子はゴール右隅に元気よく身体を投げ出した。
**
落胆する選手、あわてて自陣に駆け戻る選手。そんなサッカー部の混乱を横目で見ながら、祐介は奪ったボールを朋也のほうに送った。
殊勲のスーパーセーブを上げた風子は、ボールを抱いた姿勢のままゴール右隅に横たわり、幸せそうに別世界に旅立っている。ゴールキーパーが呆けるという異常事態ではあったが、祐介も美佐枝も誰一人としてそれをとがめようとはしなかった。彼女はそれだけの働きをしてくれた。残り少ないロスタイム、幸せを思う存分満喫させてやろう。
「さぁ岡崎、最後の攻撃だ」
「しっかりやんなさい」
ボールを受け取った朋也は、満ち足りた気分で前を見渡した。
「朋也」
無敵のシュート力を誇る『歩く核弾頭』坂上智代。
「朋也くん」
キックの精度なら誰にも負けない『天駆ける怪獣』一ノ瀬ことみ。
「岡崎さ〜ん♪」
ヘディングとロングシュート以外なら何でもこなす『オールラウンドプレイヤー』春原芽衣。
「こっちよ、朋也〜♥」
ボールを持たせれば天下無敵『不沈戦艦』藤林杏。
「早くしろ、岡崎〜」
そして、ゴール前に捧げられた『金髪の生贄』春原陽平。
誰もがみな、前線で朋也からのパスを待っていた。1点とって勝つことを誰も疑っていない、澄み切った5組の瞳が一斉に朋也を見つめていた。こんな凄いやつらと一緒にプレイすることはもう2度と無いかもしれない、そんな感慨に浸りながら朋也は……。
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