タイトル | : change of season |
投稿日 | : 2008/06/29(Sun) 13:17 |
投稿者 | : 絶対自由 |
季節と時は移り変わる。それを止めることは出来ない。
昨日の事は過去に、今日の事も、明日には過去になる。
季節も同じだ。移り変わればそれはまた別の季節。その年だけの、特別な季節が来る。それを識る、若しくは信じる者は少ない。また同じ春、夏、秋、冬……それを繰り返すと誤認している。
巡る季節は、どれも劇的に変化していると云うのに――
change of season
梅雨と云う、心沈む時期が近付き、素晴らしい陽気であった春が過ぎ去ろうとする頃合――この移り変わりの時期に、決まって人はとある行事を行なう。
衣更え
春物の服を仕舞い、夏物の服に、衣を更える行事である。
古来では『衣更え』と云う、季節の移り代わりに、服を一新させる『更』の文字が使われていたが、最近では『衣替え』の方が一般的である。
が、この東京の何処かに存在する、三千院家の屋敷では、『衣替え』と云うよりは、『衣更え』の方が相応しい。
莫大な富を手にしている三千院家にとって、衣更えとは服を処分し、新しい服に替えると云う事なのである。まさに一新である。
「本当にこれも処分するんですか?」
衣更えと云う事もあり、三千院家の時期頭首である少女、三千院ナギの執事をしている綾崎ハヤテは、ナギの服を処分する手伝いをしていた。
「ええ、まぁ。勿体無いとは思うんですけど……」
その隣で、ナギの下着を処分しているのが、この屋敷の有能メイドであるマリアである。
昨年までなら、マリア一人でも事足りるほどの服の量しか無かったのであるが、去年の暮れ、ハヤテがこの屋敷に来てからはナギの洋服と下着が増えた。……無論、容易に予想できる理由であるが……
故に、今年はハヤテも駆り出されているのである。
「あのー、マリアさん? 大変な様でしたら量の多い其方も手伝いましょうか?」
処分すると云うのに、一つずつ丁寧に服をたたむハヤテは、一向に量が減らない下着を眺めて、問うた。
「いえ、大丈夫です。ハヤテ君は其方の方を……」
「でも減っていませんよね? 量」
「……」
確かにその通りであるのだが、
「ハヤテ君は一応男の子なんですから、女の子の下着を触ることはいけません」
そう理由をつけて断る。確かにその通りである。
只でさえ、ナギの服を処分するのにハヤテが駆り出される際、ナギが猛反対したと云うのに、下着までハヤテがやってしまった場合、ナギがどう文句を言うかが想像つく。加えて、マリア自身の理由もあり、ハヤテには下着を処分させるわけには行かない。
「ハヤテ君にはこの後にお買い物を頼みたいので、取り敢えず、其方が終ったら呼んで下さい」
「はぁ……」
納得したのか、若しくは諦めたのか……ハヤテは自らの作業に没頭し始めた。
■
「なんや、衣替えか?」
同じく東京のある地域に立つ日本屋敷、鷺ノ宮家。和の景色を残したその家でもまた、夏へ移り変わると云う事で衣替えが行なわれていた。
「ええ」
「ふぅん……これ、なんや?」
大阪弁を話す少女、愛沢咲夜は、一つ、不自然な違和感を放つ着物を指差す。
「それは『天の羽衣』。強力な霊力があるから触っちゃ駄目よ。それも仕舞わなくてはならないから」
「さ、さよか……」
その着物から離れる咲夜。危うく触るところであった。
「因みに、触るとどうなるんや?」
聞くと、和服を着た少女、鷺ノ宮伊澄は、
「取り付かれると、空を飛んで月まで飛んで行ったりするわ」
「……さよか」
触らなくて良かった、と咲夜は胸を撫で下ろす。
尚、此処、鷺ノ宮家では、三千院家と違い、服はまた何時か着る時の為に取っておく。
服には時に、作り主の魂が宿ると云う。それが欲望の魂か、それとも精神を懸けて作り出した一品なのかは不明であるが、兎にも角にも、服に作り主の魂が宿った場合、着た者に何らかの影響を与える可能性もある。
「そう言う事」
本日数回目の「さよか」を言った咲夜は、別の着物を手に取る。
「これは……まさか呪いがあるとかいわへんよな?」
手に取った着物は、小さい着物で、とても伊澄が着られる様な代物ではないのだが、処分する箱では無く、取っておく箱に入っていた。
「それは駄目」
「なんや? やっぱし呪いがあるとか……」
首を振って否定をする伊澄。
「それは……ナギのお母さんが着ていた服だから」
「ゆっきゅんが?」
「ええ。そう聞いてるけど……」
「どないするんや? これ」
「見つけたのが昨日だから、今日の内にナギの家に持っていこうかと思ってたんだけど……」
「ほな、とっとと行こか」
伊澄の手を引っ張り、強引に連れて行こうとする咲夜。……退屈していたのであろう、面白い事のある三千院家の方が良いと思ったのであろう。片付けの途中である伊澄を引きずる。
「え、でもまだ……」
「んなもん、帰ってきてからやればエエんや」
笑顔でそう言い、咲夜と伊澄はそのままナギの居る三千院家へと歩を進める。
■
作業を終らせたハヤテを、マリアは買い物へと促し、屋敷にはマリアとナギしか居ない。無論執事だけなら他にも執事長のクラウスが居るのであるが、出張等が多いために本日も居ない。
マリアは処分する洋服、そして下着を持ち、次に整理する部屋へと入る。
「ふぅ、この部屋で最後ですわね」
三千院家の一番奥の部屋である。
ナギが本家の方から此方の屋敷に引越しして来る際、本家の荷物を置いただけの、ほぼ物置に近い部屋であるが、毎日掃除はしている為に、埃は無い。
先ほどまでの荷物を手近なテーブルに置き、部屋の横にあるクローゼットを開く。と、去年買ったものは良いものの、使わなかった服が大量に置いてあった。
――これも処分ですかね……
幾ら見てくれは成長していなくとも、育ち盛りであるナギも少しは体格に変化があるであろう。一年も前の服を着られる訳も無い。
溜息を吐きつつも、マリアは服を処分する箱にまわす。
と、
「あら」
小さな声をあげて、マリアは、一つのボックスに気付く。
今までこの部屋には何回も衣更えの際に訪れて服を処分しに来ていたが、こんなボックスがあったとは知らなかった――それが運命の悪戯か、それとも偶々マリアが気付いていなかったのかは謎であるが……兎に角、マリアはそのボックスも開いて見ることにした。
中には、様々な女性用の服があり、どれも、ナギには大きい。辛うじて、マリアが着られるか着られないかの瀬戸際である。
誰のものか最初は解らなかったが、直ぐに、
「これは……」
ナギの母親である、三千院紫子の服であった。
「衣替えをしてみた」
買い物終了後の帰り道、突然現れた自縛霊、元神父、リィン・レジオスターはハヤテに、親指を立てながらそう言った。
「……だから何なんですか? と云うより幽霊も衣替えするんですか!?」
無論だ、と答える幽霊神父リィン。
そして胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
「これを見たまえ」
「いえ、僕一応まだ生きているんでそっちの世界の写真はつかめませんね……」
リィンの差し出した写真を通り抜けるハヤテの手を視て、
「ふむ、ならば仕方が無い。私が持っているから見たまえ」
と写真をハヤテの目の前に持ってくる。
と、そこには何等変わりの無いリィンの姿がメイドと共に写っていた。
「何も変わってないじゃ無いですか。以前に、誰ですか、この人」
「彼女の件に関してはいずれ話そう。それより、君はこの変化が解らないのか?」
全く、と言うハヤテに、リィンは溜息を吐いて見せた。
「良く視たまえ……ほら」
が、ハヤテが幾ら眺めようと全く変化した様子は無い。
「……降参です、僕には変化が解りません」
そう言うと、ふむ、とリィンは頷き。
「タネ明かしだ。
見たまえ、今の私とこの写真の私、色が違うだろう!?」
そう言われて見れば、と、言われて初めて気付くものもあると云うわけである。確かに、今現在、ハヤテの横に居るリィンと、写真の中に居るリィンは、色が違っていた。
「……って色が薄くなっただけじゃ無いですか!?」
「何を言うか! これでどれだけ違うと思っている! 違いは、アレだ、某ゲームのヒロインがアンリ・○ユに汚染された姿並みに違うだろう!?」
「そんなに変わってませんよ!」
口論をする二人であるが、一般人から見れば独り言を言っている様なものであり奇怪な目で視られる。
「兎に角、その話は後で」
「そうするか。道端でやっても意味が無い。
全く、夏に近付くにつれて私の体は薄れていくと言うのに……」
それは御盆が近いからじゃないだろうか、と思うハヤテであった。
■
Y・Sと描かれていたあたりから、紫子のものだと直ぐに気付いた。
「ナギ」
扉を開けると、ナギがテレビを見ながら麦茶を飲んでいた。
「なんだマリア? 服の処分は終ったのか?」
「その事なんですけど……これは如何しましょうか?」
ボックスごと持って来たマリアは、床にそのボックスを置き、一つ、服を取ってナギに見せた。
「なんだこれは?」
「その……ナギの、お母さんの衣服なのですが……」
その言葉を聞いた刹那、ナギの顔色が変わった。
曇った……いや、悩んでいる、と云うのも取れる。母親の物を置いて置いてもあの頃の思い出が蘇るだけ、と云って捨てるのも思い出を捨てるようで嫌……マリアにはそう見えた。
「……」
無言で悩むナギ。
「まぁ、兎に角この屋敷の主である……何より、あの人の娘であるナギが決めてください。私は此方の処分をしてくるので」
そう言って、マリアは部屋の扉を閉めた。
扉を閉め、ナギが見えなくなるまで、ナギの立ち姿勢は、変わらなかった。
さて
マリアは服を置いて来、その後、ナギの答えを聞くために一旦部屋に戻った。
「ナギー、決めましたかー?」
マリアは扉を開けて部屋を見る、と、
「あら?」
ナギは部屋から姿を消していた。
ナギが硝子の様な繊細な心の持ち主だと、マリアは知っていたのであるが、まさか此処まで悩むとは思っていなかったのである。
「あ、マリアさーん、お買い物終りましたよー」
と、廊下を歩いている途中、買い物から帰って来たハヤテがそこに居た。
「どうかしましたか?」
ハヤテはマリアの異常を察したのか、そう問うた。
「ええ、実は……」
「了解しました。では、お嬢様を捜索して来ます!」
そう言って、ハヤテは走り出す。
……と、言ったものの、ハヤテ自身、マリア程ナギの事に関して熟知している訳ではなく、ナギが向かいそうな場所などは知らない。
「お嬢様が行きそうなところは……」
一つずつ、部屋の扉を開けながらハヤテはそう呟く。
「何時もなら都合よく一コマで見つかるのにな」
後ろから聞こえる神父リィンの声を無視しつつ、ハヤテはナギを探す。
都合よく見つかるとは思っていない、が、それでも探す。
もし彼女が悲しんでいるのであれば、それを助けるのが執事――いや、綾崎ハヤテの役割である。
そして凍った心を溶かすのが、マリアの役割なのである。
「彼此一時間……あっという間に過ぎましたね」
「まぁ、それはね。この話の趣旨上は時間を少しは経過させて置かないと……」
リィンは先ほどから、実体が無いのでどの様な原理で手に取っているかは不明だが、PSPで某雪の町ゲームを楽しんでいた。
「……そういえば神父さん幽霊ですよね?」
ハヤテからの問いに、如何にも、と返すリィン。
「この間もそうでしたけど、突然モノローグに現れたり、居なくなったり、出て来たりしてますよね?」
この問いには頷きで返すリィン。
「――って云う事は、今お嬢様が何処に居るとか解ったりするんじゃ……」
「無論だ」
……暫しの沈黙が流れた。
「私が認識していないのは、あのメイドさんのお風呂の時間ぐらいなもの……」
「神父さん。
今直ぐに、お嬢様の居場所を教えてください。それと、マリアさんに変なことを一つでもしてみてください、全力で僕が貴方を消滅させます。
そうですね、試しに伊澄さんにでも……」
携帯電話をチラつかせるハヤテ。
リィンの顔色が変わる。
「冗談はよせ。彼女は重度の天然! もといオロオロキャラクター! そんな彼女が電話に出ることなど愚か、仮に電話に出れたとしても、無事に目的地に辿り着くことなど、ふかの……」
う、と言いかけた刹那。
「なんや、借金執事やないかー」
ベストなタイミングで伊澄を連れた咲夜が現れた。はかった様なタイミングである。
「咲夜さん、伊澄さん。丁度良い所に……」
一つ、後ろでリィンが咳払いをした。
「OK、解った。な、冷静に話し合おう」
ハヤテは笑顔を作って、リィンの方を向いた。
■
果たして、リィンの言った所にナギは居た。
何時だったか、マリアの花を駄目にした際に、花を取りに来た崖場所である。
「お嬢様!」
立っているナギを視るなり、ハヤテは自らの主に駆け寄る。
「何処へ行っていたのですか? マリアさん、心配していましたよ」
その言葉に、ん、とだけ返すナギ。依然、視線は遠くを向いており、ハヤテを視ようとはしない。
「ハヤテはさ……誰か大事な人をなくした≠アとはあるか?」
そのなくした≠ヘ、失くした≠ネのか亡くした≠ネのかは解らない。只唐突に、ナギはハヤテにそんな質問を投げ掛けた。
ナギは続ける。
「私にはあるぞ。いろんな人をなくした=v
それが誰なのか……ハヤテには覚えがあった。
ナギの母親――三千院紫子。
そして、ナギを『守る』と言って、その後に姿を消した元執事……
どうして突然、その様な質問を投げ掛けたのか……
「母の服を見ると……いや、母の持っていた物全てを視ると、私、やっぱり寂しいんだ」
それは、何時だったか、咲夜の誕生日の時に垣間見せた、ナギの心――
こんどこそ、とハヤテは思った。
あの時は掛けられなかった言葉。今だから言える……と云う訳でも無い。自らの主の心の繊細さ、そして傷の深さを知っている訳でも無く、況して、自分自身の手で大切なモノを失くしてしまったハヤテに、ナギの心を果たして癒すことが出来るのか……
無論、ナギにとっては、ハヤテが居る事が何よりの幸せである。ハヤテの言葉はナギの幸せに通じる。
「僕にも居ますよ」
返したのは、そんな言葉だった。
「随分前の事ですけど。記憶ももう忘却しかけていて、この間夢で少しみちゃいました。自分のせいで人を不幸にしたり、怒らせたり……そんな毎日から救ってくれた人でした」
その顔は、誰が視ても辛い過去を思い出す顔だった。
「返って@ないのは解っています。それでも、自分に初めて優しくしてくれた人だった……」
言葉を続ける。
「……それでも、それはもう過去の事です。決して返っては来ません――」
そう、返ってはこない。それは過ぎたこと。過去の事実。
「お嬢様は、今の生活が、嫌いですか?」
その最後の言葉に、ナギは振り向いた。
「僕は好きです。
お嬢様が居て、マリアさんが居て、咲夜さんも、伊澄さんも、ヒナギクさんも、皆、皆が居ます」
少し前では考えられない生活。友人に囲まれて、笑い、泣き、暮らし……そんな当り前を経験してこなかったハヤテにとってその生活は夢なのである。
「昔の事を思って、一人≠ノなりたい事は僕にもあります。けど、独り≠ナ悲しまないでください。僕はお嬢様の気持ちを完全に知っている訳では在りませんし、マリアさん程お嬢様の事を知っている訳ではありません。お嬢様の気持ちを理解してあげることは僕には出来ません。僕はお嬢様ではありませんから。
それでも、少なくとも僕は、受け止める事は出来ます」
その言葉に、はっ、となる。
「そうか、そうだよな。あの時、私から『私の傍に置いていてやる』って言ったんだ。『ハヤテは家族だ』って言ったんだ。なのに、私自分だけで抱え込んで……
ハヤテ、私……」
ナギの顔が上がる。
ナギの視線の先には、笑顔のハヤテ。
手を差し出し、
「さぁ、お嬢様。
衣替えをしましょう。
心の衣替えを……」
頷いた。
「これも私のお陰だな。私が彼女を見つけ出さなければこの結末は無かった。ふむ、これはかなりの戦果だ。アク○ズの落下を防いだ並だ」
ははは、と高らかに笑う神父リィン。
その横で、
「最後の最後で台無しにしよって……お前のようなヤツが居るから、戦争がおわらへんのやぁ―――ッ!!」
ハリセン片手に飛びかかる咲夜。
「私達の出番は? これだけですか?」
伊澄がそう呟きながらナギとハヤテを眺め。
「……あれ、私忘れられていません?」
有能メイドさんは完全に空気と化していた。
――心と身体を着替えましょう
ボロボロになったシャツを脱いで
去っていく季節と共に変わって行きましょう
未来はきっと……明るいから――
/了
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再びこの場に、絶対自由です。
今回は衣替えと云う事で、心と身体の移り変わりをテーマにしようと考えていました。
が、矢張り自分は未熟なのか、ちょいと無理矢理の部分があります。
それでも、この小説を読んだ時間が、無駄では無かったことを切に祈っております。