タイトル | : 私のAngel |
投稿日 | : 2008/11/21(Fri) 18:50 |
投稿者 | : 黒獅子 |
こちらには初投稿となります、黒獅子です。
よろしくお願いします。
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秒針が時を刻む音がやたらと大きく聞こえる。
いつもより3時間は早く目が覚めてから、この時点まで時計に視線を注いだ回数は優に100回を超えているだろう。
何をやっても落ち着かず、わけもなく家の中をうろうろとし、妻は明らかに迷惑がっているがそれどころではない。
これほど時が経つのが待ち遠しいのはいつ以来のことだろうか。
その原因は、先日尋ねてきた私の元教え子の発言である。
正確に言えばあれは尋ねてきたというより、乗り込んできたという方が正しい。
久方ぶりの再開に感激の抱擁でもあるかと思ったら「約束どおり来たわよ。とりあえず私たちを助けなさい! 」ときたものだ。
まあ、やってきた理由はほかの教え子だったやつが最近そのことで相談に来ていたし、大体予測は付いていたのだが、あいかわらず身も蓋もないやつだ。
しかし、こちらとしてもあのときの約束を守らない気はないし、妻も子供を欲しがっていたから、あいつの提案を拒むことはなかった。
そして今日、あいつの言うことが正しければ私はあいつの妹と会うことになる。
だが気になるのはあいつの態度だ。
妹の話に及んだときは、“世界一可愛い”だの“優しくて誰にも愛される”だの散々褒め称えていたのに、私が会うことを切り出したとたんたった今まで喜色に富んでいた顔が曇り始めた。
私は今すぐにでもといっているのに、何かと理由をつけて先延ばしにしたりしようとするのだ。
そんな自慢の妹なら、あいつの性格からしてすぐにでも見せびらかしたいだろうに。
まあ、あいつのハチャメチャな言動は昔からのことだから深く考えるのはよそう。
いやぁ、しかし待ち遠しい。いったいどんな子が―
そこで鳴り響く、来客を告げるインターホンの音。
押した相手は間違いなくあいつだろう。
その音を聞くや否や、私は玄関へと妻を伴い飛び出した。
「やっほー、お邪魔するわよー 」
こちらが玄関の戸をあけるまでもなく、勝手知ったるといった風にあいつはうちへとずかずかと乗り込む。
そのことをいちいち咎めるつもりはない。
どうせ注意したところで暖簾に腕押しだろうし、そんなことよりもっと重要なことがある。
あいつの後ろにいる小さな桃色の髪の少女、そう今回の主役であるあいつの妹だ。
といっても、いきなりその子に話しかけるのもマナーがなっていない。
はやる気持ちを抑えてまずは元教え子の方に言葉をかける。
「おお、雪路。待ってたぞ 」
「まあ、別に先生には待ってもらってなくてもよかったんだけどね 」
ぶっきらぼうに返す元教え子であり、私の娘になる予定の雪路。
まったく、昔はもっと素直で可愛かったというのに、時の流れとは残酷なものだ。
しかし、ここでいちいち悲観にくれている暇はない。
目的は後ろにいる妹の方なのだから。
早速私は紹介するように促す。
「で、お前の後ろ居る子がそうなんだな 」
「そうよ。ほら、挨拶して 」
「は、はじめまして。ヒナギクです…… 」
“ズキューン”
このときの私の衝撃を擬音に表すとしたら、これほど似つかわしいものはない。
初対面の人相手に緊張しているのか、姉の服の端を摘みながらおそるおそる私たちを覗き込み、震える声で搾り出すように挨拶するその仕草は、何者にも勝る愛らしさがあった。
それはもう、どっかの金融機関のCMで話題になった某チワワなど圧倒するものであると断言する。
なに? その譬えは時間軸がおかしいだと?
そんな苦情は私ではなく、後で批評のときに作者にでも言ってくれ。
逸れた話を戻そう。
なんと言ったらいいのだろう。
その可愛らしさ、愛くるしさは決して語彙が豊富とは自慢できない私であっても、400字詰めの原稿用紙が宇宙規模の量で目の前にあったとしても書き足らないだろう。
そこでなるべく完結に伝わるように極力短く一言にまとめたい。
「天使」…… そう「天使」だ!
これ以上彼女を形容する言葉に似合うものはない。
生きててよかったと、人生で心のそこから思えたのは初めてではないだろうか。
しかし気になるのはそんな私を見る雪路だ。
いったいなんだというのだ、その殺し屋のような鋭い視線は?
仮にも元担任である私に、今すぐにでも隠し持っている銃で頭を打ち抜こうとするような目をするもんじゃないぞ。
まさかとは思うが、私がいかがわしい考えをしているなどと思っているのではないだろうな。
全く、聖職者であった私が如何に天使が目の前に現れたかといってこんな小さな子に……
と、そんなふうにせわしなく思考をめぐらしていると(その間1秒を満たしているかどうか)、妻が微笑みながら天使を褒め称える。
「ちゃんと挨拶できてえらいわね。ヒナギクちゃん♪ 」
「あ、ありごとうございます 」
“チュドーン”
やばいやばいやばいやばい……
妻に褒められ、笑顔を見せる天使。
これほど美しく清らかなものがこの世にあるか? いや、絶対にない!
嗚呼、これから私は毎日この笑顔を見ることができるというのか。
そして“パパ”と呼ばれて、大きくなったお嫁さんになってあげるとかいわれたり、もちろん親子なわけであるからそりゃもう当然に一緒にベッドで眠ったり、お風呂に入ったりするわけで……
女の子はすぐにそういうのを父親とするのは嫌がるっていうと聞いている。
これはもう、一刻も早く親子としても絆を深めるためにもすぐに実行しなくてはならん!
ん? 妻よ、どうしてそんな汚いものを見るような目で私を見ているのだ?
ははは、まさか私が天使に夢中になりそうなので嫉妬しているのかい?
やだなぁ、「生涯僕は君だけを愛し続ける」とあの時給料三ヶ月分の指輪とともに誓ったではないか。
これは“親子愛”(大切なところなので強調)であるのだから全く別物なのであって……
いやいや、どうして小さな声で「やっぱり」などと呟いているのかね?
全く雪路といい、君といい、私を何だと思っているのやら。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではないな。
とりあえず、ここはいい印象を与えて私と天使との距離を少しでも縮めないと。
ふふふ、ここは元小学生教師の腕の見せ所だ。
まずは軽いスキンシップとして天使を抱きかかえて私が茶の間へと……
おいおい妻よ、どうして君が天使を抱きかかええるのだね?
しかもそんなふうに私に背を向けては天使が見えなくなってしまうではないか。
そして雪路、何故今お前は私の耳を引っ張って外へ連れ出そうとするのだね?
しかも「あそこなら誰にも見つからない」などと物騒なことを言って。
私は今おまえの相手をする気は…… ってこ、こら! そんなに強く引っ張るな!
そして妻よ! 頼むから今すぐ私と変わってくれ!
抱っこは我慢するから! ちょっと頭をなでるだけでもいいからぁぁぁぁぁぁぁぁ!
それが私の天使との出会いだった。
ー完ー