セイバーマリオネットJ SideStory  RSS2.0

胎動

初出 1999年07月20日/最終更新 1999年09月09日
written by 双剣士 (WebSite)
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第1幕.喧騒

 ジャポネスの英雄・三島兵助の大逆転優勝に、ジャポネス男児一同が狂喜乱舞した決勝戦の翌朝。昨夜の興奮覚めやらぬ喧騒の中で、いつものように寺小屋の授業が始まっていた。
「昨日の三島兵助、凄かったよなぁ」
「うん、あそこから奇跡の大逆転だもんな。かぁっこ良かったなぁ」
「みてろよ、今に俺だって!」
「何を! 三島兵助の無敗伝説を終わらせるのは、この俺だ!」
 授業そっちのけで、わいわいがやがやと騒ぎまくる子供たち。まぁ5〜6歳の腕白盛りの子供たちにおとなしくしろと言う方が無理がある‥三島兵助の未来のライバルの座を巡り、取っ組み合いを始める少年たち。
「え〜い、この、この、この!」
「うわぁぁ〜」
 毬のように投げ飛ばされて転がされる少年。ここまでは何百年も前から続いている、お馴染みの光景であった‥だが彼らの世代には、ちょっと変わった事情があった。
「ひゃっ!(ぺたん)‥う‥うわああぁぁ〜ん!!!」
「いてて‥あっ?」
「ああ〜ん、痛いよぉ〜(ぐすぐす)」
 転がってきた少年に突き飛ばされて、泣きじゃくる女の子。その脇で座り込む困り顔の少年の周りに、ぞろぞろと周囲の子供たちが集まってきた。
「ねぇ、大丈夫、志乃ちゃん‥ちょっとあんた! なんてことすんのよ!」
「あ、あのぉ‥」
「わああぁぁ〜ん!」
「ふ‥ふん、そんなことに突っ立ってる志乃ちゃんが悪いんだ‥お、俺は悪くないぞぉ‥」
「謝りなさいよ!」
「な、なんだと! 泣けばいいってもんじゃないぞ!」
「うるさい! 乱暴者!」
 泣いている女の子を巡り、睨み合う男の子と女の子‥寺小屋の覇権を賭けた、戦いの第1ラウンドが始まろうとしていた。だがそのゴングが鳴る寸前、一人の青年が睨み合いの中に割って入り、泣いている女の子を優しく抱き上げた。この寺小屋で教えている、金髪の青年である。
「こらこら‥喧嘩しちゃ駄目だろ。さ、ほらこれで涙を拭きなさい‥勇太なにしてる、志乃ちゃんに謝りなさい」
「で、でも、花形センセ‥」
「“でも”もへちまもないっ! 女の子は守ってあげるものなんだ、いつも教えてるだろ‥潔くするんだ、男らしくないぞ」
 口調は厳しいが、花形の瞳は優しかった。人生の喜びと哀しみを知っている青年の眼‥その奥に有る何かを敏感に感じ取って、志乃にぶつかった少年はすまなそうに肩を竦めた。
「いいかい、君たち‥男の子と女の子はね、いつも仲良く、手を取り合って暮らして行くものなんだよ‥今はまだ、女の子の数は少ないんだ。いたわってあげなきゃ駄目だろ」
「ふ‥ふん、知らねぇよ! こんな泣き虫な女なんか、居なくたって生きて行けらぁ!」
「何ですって!」
 投げ飛ばした悪童と気の強い少女との口喧嘩が再燃。
「何よ、偉そうに! あたしたちは、あのローレライお姉ちゃんから生まれたクローンなんだからね! あんたたち乱暴者とは、生まれが違うのよ、生まれが!」
「何を! ぽっと出のくせに威張りやがって! 俺たちはもう、このテラツーに300年以上も住んでんだぜ!」
「よさないか、ふたりとも‥」
 やれやれ、と言った表情で、花形美剣は喧嘩の第2ラウンドのゴングを没収した。
「早苗ちゃんも、そんな事を言うんじゃないよ‥女の子は別に、特別なわけでも偉いわけでもないんだ。今はまだクローンで子供を作ってるけどね、もう少ししたら、男の子も女の子も、おんなじように生まれて同じ家で暮らすようになるんだから」
「ええ〜っ、嘘だろ花形センセ、男からは男のクローンが、女からは女のクローンが生まれるんだって、こないだ教えてくれたじゃんか」
「そーだよ。こんな乱暴な男の子と一緒に生まれるなんて、あたし、やだ!」
 不満そうに文句を言う二人の頭を、花形美剣はいとおしそうに両手で撫でた。
「そうじゃない‥そうじゃないんだ。これは当たり前のことだし、幸せなことなんだよ‥いずれ君たちにも分かる日が来る。未来を作るのは、君たち二人なんだから」
「え〜っ、やだよ先生、こんなのと一緒に暮らすなんてぇ!」
「俺だってまっぴら御免だぜ! でも花形センセ、さっきの本当? 男と女が、おんなじように生まれてくるって」
「ああ、そうさ‥今に分かるよ。もうすぐ、その最初の子供が生まれる‥あと、一月もすればね」
「一月? そんなにすぐ?」
「うわぁ、楽しみだなぁ」
 再びわいわいと騒ぎ始めた子供たちの輪の中で、花形美剣はゆっくりと微笑んだ。そう、もうすぐ‥自分の愛する間宮小樽の娘たちの生みの親が、本当の母親になる日が、すぐそこまで来ていたのだから。

                 **

 舞台は変わってジャポネス城。
 花形の言っていた、“惑星テラツー最初の母親”の周囲は‥とても子供には見せられない、惨澹たる様相を呈していた。それを演出していたのは、いやしくも公儀御庭番を勤めるセイバーマリオネットの2体であった。
「ほら桜花3号、そこは砂場だ! 砂が湿っているぞ、ちゃんと乾かせてから持ってこい!」
 梅幸の指示に従い、乾いた砂をジャポネス城内の大広間に運び込んでくる戦闘用量産セイバーたち。その砂の色は、白・茶・黒・赤とさまざまで、それらを並べて敷き詰めた大広間の一角はステンドグラスのような色彩を呈していた。
「桜花14号、草を踏み潰すんじゃない! 16号は泥をべたべた散らかさない! こら小川が止まっているぞ!」
 そして、逆側の一角では。もう一人の御庭番、玉三郎が河縁を形どった箱庭を作ろうとしていた。わざわざ堀の水を引いてきて、清浄器に通して溜めて‥箱庭の小川に流す。こちらも作業は急ピッチで進められ、ジャポネス中で最高クラスの箱庭を築き上げるべく不眠の奮闘が続けられていた。
「‥ご苦労なことだ」
 ジャポネス城の大広間には、砂場と箱庭のほかにも岩肌や木の切り株、草を集めて作った巨大な鳥の巣など、自然界にあるありとあらゆる光景が雑然と詰め込まれていた。その中を横切る唯一の細い道を歩きながら、溜め息をつく者がいた。ティーゲルである。
「もう出産も近いと言うのに‥この騒々しさ。落着いて話も出来やしない」
「あら、私はけっこう好きよ。退屈しないですむし」
 そのティーゲルの独白を受けて、大広間中央に敷かれた布団に座る女性は優しく微笑んだ。彼女のお腹は大きく膨れて、一見すると食べ過ぎで動けなくなったかのような様相を呈していたが、そうでないことは誰もが知っていた。
「ローレライ、起きていて大丈夫なのか」
「大丈夫、別に病気じゃないんだから‥ありがとう、ティーゲル」
 身重のローレライは礼を言うと、彼女の元に歩いてきたティーゲルの手から昼食の盆を受け取った。その昼食の盆には、大食漢の男性向けに作られた、山盛りの料理が積み上げられていた。
「いや‥ファウスト様に、あなたのことを頼まれているからな。それよりいいのか、こんなに沢山‥」
「いいの。二人分食べなきゃいけないしね」
 数年前までテラツー唯一の女性だったローレライ。一人分の食事を半分近くも残す姿を見て、梅幸や玉三郎は当初心配したものだった‥女性が男性よりも食が細いことを、マリオネットである彼女らは知る術もなかったから。そのうちに女性の振る舞いと生理に慣れ、体力が存外に弱いこと、つまらないことでいつまでも思い悩むこと‥などの扱い方をある程度まで心得てから、ローレライの女児クローンたちは世に放たれた。すくすくと育つ女の子たちに、女らしい一人称と言葉づかいを学ばせることが出来たのも、ローレライの振る舞いから学習した成果であった。
 それから5年‥今、ティーゲルたちは新しい情報をインプットせざるを得なくなっていた。妊娠中の女性に、これまでの常識は通用しない、ということを。
「‥それにしても、本当にいいのか、これで‥こんな風の通らない場所に砂だの岩だのを詰め込んで。ローレライがばい菌を吸い込んだら大変だぞ」
「心配御無用」
 ぱくぱくと昼食を口に運ぶローレライを見ないようにしながら、ティーゲルが漏らしたつぶやき。それを耳ざとく聞きつけて、梅幸と玉三郎は一瞬にして中央の布団の脇に飛んできた。
「貴殿の心配は無用のこと‥この部屋に運び込む以前に、厳重なチェックを通してある。おぬしらもここに来る時に殺菌シャワーを浴びたであろうが。手抜かりは、ない」
「そもそも、ローレライの身辺警護は我らが役目。貴殿にとやかく言われる筋合いはない!」
 強烈な自信を秘めた2体の戦闘用セイバーに顔を寄せられて、さすがのティーゲルも身を引いてしまった。
「い、いやその‥文句をつけている、わけではないが‥」
「‥なんだ、まだ言いたいことがあるのか」
「以前に説明したではないか、この箱庭の意味を。我らは遊んでいるわけではないのだぞ‥ローレライの出産の環境を整えておるのだ。口出しは無用に願おうか」
「で‥でも、なんで岩肌が関係あるんだ」
「海鳥は岩肌に卵を産む」
 当然のことだ、と胸を張って梅幸が答えた。
「蛙や魚は河縁に卵を産む。ヘビやトカゲは砂の上、ポンタくんは森の中、山鳥は木の上に作った鳥の巣の中‥人間の出産に関する情報がない以上、他の動物に倣うよりないではないか」
「ローレライが産気付いてからでは遅いのだ。いかなることがあろうとも、万全の用意をしておくのが我らが勤め‥ティーゲル殿、貴殿は貴殿の役目を果たされるがよい」
「は、はは、ははは‥」
 ティーゲルは引きつった笑いを浮かべた。梅幸らのしていることは滑稽だが、的外れだと断言することは彼女にはできない。なにせ女性の出産に関する知識やデータは、惑星テラツーには何一つないのだ。300余年前に地表に降り立った男性6人から、クローン技術によって人口を増やしてきた惑星テラツー。女性の記憶は人々の脳裏から消え去り、人造アンドロイドであるマリオネットがそれに替わった‥それでなくても新天地の植民惑星で学習することは山ほど有る。使われることのない女性のデータは、とうの昔に捨て去られてしまっていた。
 望みが有るとすれば3つ。いまだ惑星軌道上を回遊する移民船メソポタミア号のメインコンピュータ、その生存者であり移民団の一員だったローレライ自身、そして彼女の分身である乙女回路を内蔵した数少ないマリオネットの深層意識。
 だが惑星軌道上に登れる乗り物であるジャポネスガーはジャポネ富士湖畔に沈んでしまった。地上からメソポタミア号にアクセスできたわずか3体のマリオネットたちは、5年前に地球を救うべく宇宙に旅だって、そのまま帰ってこなかった。残った3体のマリオネットであるティーゲルたちは、いまだメソポタミア号とのリンクに成功していなかった。
「感謝しています。梅幸、玉三郎。私と私の赤ちゃんのために頑張ってくれて」
 ローレライ自身はコールドスリープから目覚めた身の上なので、多少は300年前の記憶を持っている。しかし彼女は初産だったし、もともと研究室暮らしをしてきた女性だったためこういう知識に疎かった。はっきりしたことが言えない以上、尽力してくれるみんなの努力を無には出来ない‥テラツーの大事を目前に控えて、張り切っている梅幸たちの気持ちが彼女には分かるから。
「みんなの気持ちを無駄にはしません‥きっと、元気な赤ちゃんを産んでみせるわ」
「そうとも。そうでなくては我らが困る」
「ローレライは惑星テラツーの至宝。ローレライがなさることは、テラツーの全ての女性の手本となる。安んじて、丈夫な和子を産んでくれ。それがテラツー全ての人間の、いや、我々マリオネットたちにとっても一番の願いなのだ」
「‥そうね。頑張らなくちゃ」
 ローレライは小さくガッツポーズをしてみせた。

 話を終えると、ローレライは昼食の残りをもりもりと食べ始めた。梅幸たちは安心して持ち場に戻った。そんなローレライを見つめながら、ティーゲルは子供の頃のファウストのことを思い出していた。
《‥子供、か‥》
 厳格な9代目ファウスト総統の元で、親の愛を知らずに育った10代目ファウスト。彼が草原に遊びに行く時、ティーゲルはいつでも供をして行った。まだ小さかった頃のファウストとティーゲルは、共に話し、共に駆け、共に笑いあった。彼が長じてガルトラント総統の座に就いてからも、ティーゲルの瞼に映るのはいつでも、あの無邪気だった頃の少年の姿だった。
 ‥その次の世代の子供が、いま眼の前の女性のお腹に居る。
《この子は、私と一緒に野山を駆けてくれるのだろうか》
 何度も去来した光景を、ティーゲルはまたしても脳裏に浮かべた。次代ファウストの姿は自然に浮かぶ‥彼女の知っているファウストに瓜ふたつな少年の姿は。ティーゲルに向かって微笑みかけ、ティーゲルの名を呼んでくれる少年。だが彼は、ティーゲルに向かって駆け寄っては来なかった。少年の背後には大人が居たから‥少年の右手を握ったローレライと、少年の左手を握った10代目ファウストの姿が。
《‥何を考えてるんだ、私は》
 ティーゲルはあわてて夢想を追い払った。自分はファウストの忠実なる僕、時を越えて歴代のファウスト閣下に仕えてきた、死ぬことも老いることもない機械人形‥それが私だ。感傷など必要ない。今のファウスト様と、次代のファウスト様がお健やかであれば、そうでありさえすれば‥私は幸せなのだ。
《それでいい。それでいいんだ。何も考えるな、ティーゲル》
 ティーゲルは自分にそう言い聞かせながら、激しくかぶりを振った。荒い息をついて、胸の奥の痛みを少しでも吐き出そうと努めた。そのため彼女は、すぐ脇でローレライが漏らした、小さなつぶやきに気づくことはなかった。
「手本、か‥そう、いい子を産まなくちゃ‥失敗は、許されない‥」

                 **

「お姉ちゃん!
 唐突に響いた黄色い声で、ティーゲルとローレライは我に返った。顔を上げると、ティーゲルが歩いてきた細い小道の向こうに、茶色い髪をした青年と色とりどりの髪をした少女3人が立っていた。
「お前たち‥」
 ローレライは惑星テラツーの至宝。女児クローンが世に殖えて唯一の女性でなくなったローレライは、ファウストと結婚して市井に居を構えた。そして沢山の友達を作った‥しかし出産を控えた今、彼女は再びジャポネス城に軟禁されている。危険人物やばい菌の混入を何よりも嫌う梅幸たちは、ローレライの友人といえども出産までは彼女の傍に近づくことを禁じた。ファウストとその家人であるティーゲルたちを除く全ての人を遮断するよう、厳重な監視システムを張り、完璧な食材搬入システムを組んだ。
 だが、その例外がこの4人。ローレライばかりでなく、梅幸たちとも深い縁を結んだ少年と、その3人の娘たち。
「姉ちゃん!」
 間宮家の長女である赤い髪の少女‥ブラッドベリーは全速力で小道を駆け抜けると、ローレライに向かってジャンプした。小さな女の子の全身を使った挨拶‥だがティーゲルに襟首を掴まれ、宙づりになったブラッドベリーは手足をばたばたと振り回した。
「放せよ、この!」
「お前も‥少しは遠慮しろ。ローレライは大切な身体なんだぞ」
 ティーゲルがそう忠告した時。やはり走ってきた間宮家の次女‥チェリーは、ローレライの前で急停止すると、紫の髪を下げて丁寧にお辞儀をした。
「こんにちは、ローレライお姉ちゃま。これ、みんなで作ったの」
 そういって差し出された、露草で作った首飾り。ありがとう、とローレライが微笑むと、ちいさなチェリーは照れたような笑みを浮かべた。
「あ、でも、一番頑張ったのはライムなのよ。自分が一番たくさん摘んであげるんだって、今朝早くから花畑に行ってたもの」
「‥? そういや、ライムは?」
 ティーゲルが首を回すと‥間宮家の末娘である青い髪のライムは、ローレライそっちのけで砂場に入って遊んでいた。梅幸がムキになって捕まえに入るのだが、小さなライムはきゃっきゃと跳ね回って梅幸の手から逃れ、周囲を穴だらけにしていく。さすがの梅幸もまさか剣を使うわけには行かず、困り果てているようすが遠目からでも分かった。
「まったく、しょーがねぇ奴だな、ライムは‥すまねぇな、ローレライ」
 そして。最後に彼女らの父親が、苦笑しながら歩いてきた。口調とは裏腹に、娘たちが可愛くて仕方がない様子が表情に浮かんでいる。そんな親馬鹿な父親に対して、テラツー最初の母親になる女性は満面の笑顔を向けた。
「いらっしゃい、小樽。良く来てくれたわね、みんな」

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次回予告:

 やっほー、ボク、ライム。
 ティーゲルとルクスの様子が、何だか変。
 久しぶりに帰ってきたパンターも元気無かったし。
 ローレライに会ったときに、何か言われたのかな?
 次回、第2幕『女優』
 父ちゃん、だ〜い好きっ!

1999年09月09日加筆:
 サブタイトルを「聖母らしく」から「喧燥」に変更。

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