ハヤテのごとく! SideStory
ラブ師匠VS恋愛コーディネーター
初出 2010年01月15日/再公開 2011年04月01日
written by
双剣士
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************* ラスベガス編 第5話『魔女の敗北』(Side−L) *************
「いよいよ最終局面ね」
そこは太平洋を越えた極東の島国の一室。じわじわと追い詰められていくワタルたちの様子を液晶モニタで眺めながら、霞愛歌は身体をゾクゾクとさせていた。モニタに映っているのはラスベガスのカジノ観客席に忍び込ませた霞家使用人から送られてくる、超小型カメラによる現場の映像。本来ならイカサマの温床になりやすい映像の撮影や持ち出しはカジノでは厳禁なのだが、ここまでお膳立てをしておきながら勝負の結果は後から人伝に聞くだけだなんて、そんな辛抱など出来るわけもない。さすがは根回しの達人・霞愛歌の面目躍如といったところか。
「さぁ、どうするのワタル君。このままじゃあなたも咲夜さんも、奈落の底に一直線よ……」
つぶやくたびに全身に戦慄が走る。癖になっちゃいそう、と思いながら愛歌は自分の両肩を抱きしめた。年下の少年が自分の用意した罠をどう食い破ってくれるか。橘美琴に母子の勝負をけしかけた張本人は、崖っぷちに追い込まれた少年たちの覚醒を今か今かと待っていたのだった。
「どうしてまた……若と暮らそうと思ったんですか?」
大詰めの勝負を前にして、貴嶋サキがふと投げかけた質問。彼女にしてみれば敗北=ワタルとの別れが目前に迫ってきた状況で、落胆の瞬間が訪れる前にワタルの行く末を聞いておきたいという切ない気持ちから出てきた一言だった。ところが美琴からの回答は、とうていサキを安心させられる代物ではなかった。
「そ……そんな理由で結婚を?」
「けどグランドキャニオンで再会した時、我が子の成長を見て……なんとなく運命を感じたわ。だから思ったの、この勝負に勝って家族の絆を取り戻すのも悪くないかなぁって」
本心を押し隠してハッタリを並べ立てるのは美琴の得意技である。家族の絆などと口にする資格がないことは彼女自身よく分かっていた。刹那的ともいえる陽一との結婚で生まれた1人息子が自分になつくわけがないことも嫌というほど承知していた……しかし『商才のない息子がギャンブルで身を滅ぼすのを見過ごせないから』なんて、本当の理由をここで口にするわけにはいかない。
「ワタル君はそんなにお母さんのことが嫌い?」
「へ?」
「なんなら陽一君を入れてあげてもいいわ。家族3人……アメリカで一緒に暮らさない?」
だが……嘘の約束とはいえ、3年ぶりに顔を合わせた息子との約束である。息子の方がその気になってくれるなら、母親の自分が嫌だ嫌だと逃げ回るわけには行かないかもしれない。自分の勝利を目前にして、ギャンブル開始前とは異なる微妙な心の揺れが美琴の胸に生まれつつあった。当初の予定とは違うけど、未知の生活に飛び込むのはワタル君も自分も同じ。サキちゃんに聞かれて口八丁を並べているうちに、ちょっと自分でもその気になってきちゃってるかも……そんな淡い期待が美琴の表情をほころばせる。ところが。
「――ていうか、テレ東のない国で暮らせるかっつーの」
「……テレ東?」
ワタルからの返答は全く予想外の方向からの切り込みだった。そしてぽかんと目を見開いた美琴の耳に、彼女にとっては絶縁宣言と言っていい1人息子の言葉が飛び込んできた。
「それにだ!! 人のそういう楽しみに色々ゴチャゴチャ言ってくる家族となら……とっくの前から一緒に暮してるっつーの」
「若……」
「これ以上家族が増えたら、もうどんなフォルダ名で画像を保存していいかわかんねーしな」
「もぉ……若ったら……」
それは美琴の胸に生まれた淡い未来像を全否定するだけでなく、今後も貴嶋サキを家族から外す気は毛頭ないという少年の固い意志を示す言葉だった。それを察して頬を染めるサキの様子もますます美琴のシャクに障った。
《……み、見せつけてくれるじゃない、ワタル君? そんなにサキちゃんがいいわけ? お母さんはテレビ番組以下だって言うのね?!》
本心では望まないはずだった息子との暮らしも、ちょっと期待した後に全否定されたら腹が立つ。目の前から取り上げられた未来図を意地でも手にいれたくなる。怒りと嫉妬の炎を燃え上がらせた橘美琴は今夜初めてといっていい本気の気迫を放ちながら、勢いよくチップをルーレット台に押しやった。
「そう、だったら……ちからづくで黙らせてあげる!!」
「ちょっと!! 美琴さん本気? 台本と違うじゃない!」
モニタの前で愛歌は金切り声をあげた。愛歌の望みはワタルを窮地に追い込んで確変を起こさせることであって、破滅させることじゃない。この春にクラスメートになったばかりの少年をアメリカに追いやる気など愛歌にはなかった。あわてて一条の電話番号をプッシュするも通じない。ギャンブル本番で司会を務める一条は、どうやら携帯の電源を切っているらしいのだ。
《まずいわ、これまでのような小幅張りならともかく、美琴さんの本気の張りをひっくり返すなんて無茶よ! ワタル君!》
……ところが、ここで事態は予想外の展開を見せる。なにかを思いついたワタルは咲夜から携帯を借り受けると、どこかに電話をかけたのだ。
「単刀直入に聞く!! 赤と黒!! 賭けるならどっちだ?……赤だサキィイ!! 赤に全部賭けろ――――!!」
そして玉の転がった位置は赤。51万円の2倍付けで100万円突破。ワタル陣営は最後の最後で、大逆転勝利を収めたのだった。
「なんてことなの……」
モニタから目を離した愛歌は脱力して背もたれに身を投げ出した。期待に反し、ワタルは最後まで覚醒しなかった。貴嶋サキに頼り愛沢咲夜に支えられた少年は、最後の最後も電話越しの誰かの力を借りて窮地を乗り切ったのだ。まぁそれ自体はいい。他人の力を借りて事をなすのも財閥当主の力量だし、そういう人材を味方につけておくのはワタルの器量の賜物なのだから。
《それにしても……最後に登場してルーレットの目をピタリ、しかもラスベガスの魔女を倒すなんて……何者なの、あの電話の相手は?》
終わってみれば愛歌の計画通りなのに、満足感などかけらもない。思わぬ強敵の登場に愛歌は身震いをした。ひょっとして自分も美琴も、ワタルが最後に頼った黒幕の手のひらに乗せられてただけかもしれない。そうでなければ最後の電話だけで逆転できるわけないもの……綿密に計画や根回しをするタイプの愛歌にとっては、自分の思惑を乗り越えた相手が策略などとは無縁の借金執事であるなど、想像できるはずもないのであった。
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