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ラブ師匠VS恋愛コーディネーター

初出 2010年01月11日/再公開 2011年03月29日
written by 双剣士 (WebSite)
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************* ラスベガス編 第2話『彼と彼女の事情』(Side−N) *************

 成田空港からトルコのアンカラ空港に向かう国際便の機上。そこはテレビ電波も携帯も通じない、世間から隔絶された空中の城であった。だが飛行中でもインターネット接続が当たり前になったビジネスクラス以上の座席では、事情は少々異なる。
「歩君、歩君」
 エコノミーの席側に顔を出してちょいちょいと手招きをするのは花菱美希。西沢歩は身を固くして眠り続ける桂ヒナギクを座席に残すと、美希の招きに応じてエコノミー席からビジネスクラスの方へと移動してきた。
「どうかしたんですか?」
「それが傑作なんだよ。ヒマなんでTwitterを眺めてたら、ワタル君が変な相談をしてきててさ」
「ワタル君が?」
 理沙に促されてノートパソコンを覗き込む。そこには@twataruという名前で、ギャンブルの必勝法はないかとFollowerたちに聞き込みまくっている書込み者の姿があった。どうやらそれが理沙たちの知り合いである、ビデオ屋店主にして動画研部長の橘ワタルのことらしい。
「バカだよな、ギャンブルの必勝法なんて、こんな公開の場で聞いたって分かるわけないっての」
「それもラスベガスのカジノでだろ? あんなプロだらけの場所で素人が勝てるわけないじゃん」
「そうだよね〜」
 ケラケラと笑う理沙たち3人。お金持ちの彼女らにとっては海外のカジノなんて遊び場のひとつだし、人生を賭けて勝負したことなどない彼女らにはワタルの真剣さなど想像の外。むしろ普段真面目で意地っ張りの少年がネットの向こうの見知らぬ相手に身も蓋もなく助けを求めている様子がおかしくてたまらない。おおかた一攫千金の夢でも見てるんだろ、放っておけ放っておけ……理沙たちの受け止め方はそんな感じであった。
 だが初めての海外旅行に目を輝かせていたサキの様子を覚えている西沢歩としては、そんな風に軽く流すことなどできない。
「あの、理沙さん、これワタル君に話しかけることって出来ますか?」
「え? そりゃもちろん出来るけど……」
 こうして西沢歩は、飛行機の機内からラスベガスにいる橘ワタルと交信を始めたのだった。
Risatin @twataru ひょっとして橘ワタル君? 西沢歩です。友達のパソコン借りて入ってます
Risatin @twataru 何かあったのかな?
twataru @Risatin あんたの弟の名前、言ってみてくれる?
Risatin @twataru 一樹
twataru @Risatin 本物のねーちゃんだ! よかった、相談したいことがあんだよ
Risatin @twataru ギャンブルにはまってるみたいだね?
twataru @Risatin そんなんじゃねーって! 明日の夕方になったら勝負しなきゃならねーんだ
twataru @Risatin 下手したらもう日本に帰れないかも
Risatin @twataru そ、それは散財しすぎなんじゃないかな?
Risatin @twataru ワタル君はそういうとこ、しっかりしてる子だと思ってたけど
twataru @Risatin 金額の問題じゃねーんだよ
twataru @Risatin サキが母ちゃんに勝てなきゃ、一巻の終わりなんだ
Risatin @twataru サキさんが? お母さんに勝つってどういうこと、ワタル君?


 ちょうどそのころ。息子との勝負を明日に控えたラスベガスの一室で、橘美琴はベッドのうえで悶々としていた。
「美琴さま、ディナーの準備が出来ましたが」
「要らない」
 寝室の扉越しに声を掛けてくる執事の一条に、にべもなく拒絶の返事をする美琴。それは『ラスベガスの魔女』という巷間の噂とは似ても似つかぬ、意気地なしな駄々っ子の仕草と言えた。
「明日の夜にはワタル坊ちゃんとの勝負があります。何かお腹に入れておきませんと身が持たないかと」
「バカね。体調万全でなくたって、私がサキちゃんなんかに負けるわけないじゃない。それより……私が勝っちゃった後、うまく運べるかどうか」
 なんと、この期に及んでも美琴は息子と一緒に暮らす決心が出来ずにいるのだった。ならば昼間のあの言葉は何だったのかというと……そこに霞愛歌の深謀遠慮が働いている。
「その点は愛歌お嬢さまとお話しして納得したじゃないですか。ワタル坊ちゃんは無一文になることなんか恐れない、坊ちゃんに本気を出させるためには意地でも呑めない条件をペナルティとして示すべきだって」
「でも……さっき会ったワタル君、気の強そうな男の子の目をしていたわ。勝負に負けた後で『あれは勝負を盛り上げるための嘘よ』って打ち明けたとして、素直に納得してくれるかしら?」
 才能も運も実力もないくせに、気骨と行動力だけは無駄にあふれている男。嫌なとこばっかり陽一君に似てるのよね、と美琴は溜息をついた。
「負けた後で逆ギレして、情けは受けねぇ、約束通りアメリカに住んでやる……そんなこと言い出しちゃったら、どうしよう」
「……いっそ欠席しますか? そこまで気が進まないのなら」
「そうよねぇ……でも、ワタル君はどうせ旅費を稼ぐために誰かと勝負しなきゃ行けないわけだし……」
 このまま勝負の時間が来なければいい。そう思っているのはワタルたちだけではなかったのだった。


 そして……ワタル側の事情をおおよそ理解した歩たちは、先ほどとはうってかわって真剣に必勝法を討議し始めた。とはいっても唯一絶対の正解がない以上、Twitterに群がる有象無象のFollowerたちの戯言と本質的には変わらない。
Risatin @twataru こっちでもいろいろ案が出てるんだけど……運や技術で勝てないなら、気合いを込めるってのはどうかな?
twataru @Risatin 気合いって?
Risatin @twataru サキさんを本気にさせるの。サキさんだって解雇なんてされたくないだろうから
Risatin @twataru 自分はサキさんと一緒に日本に帰りたいんだって、サキさんの目の前で言ってあげるとか
twataru @Risatin そんな恥ずいこと、すんの?
Risatin @twataru でも今のワタル君にできることって、それくらいしか無くない?
 ……こうしてアドバイスを受けたワタルは宿泊先の夜、お酒を飲んで口の軽くなった貴嶋サキに向かって彼女がもっとも欲しかった言葉を伝えたのだった。
「んなもん勝っていいに決まってんだろ!! オレは……お前と暮らしたいんだよ、お前と!!」

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