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ラブ師匠VS恋愛コーディネーター

初出 2010年01月10日/再公開 2011年03月28日
written by 双剣士 (WebSite)
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************* ラスベガス編 第1話『可愛い子には旅をさせよ』(Side−L) *************

「ヤック・デカルチャー!!」
 時間と場所は大幅に変わって。レンタルビデオ屋の若き主人・橘ワタルは、アリゾナ州グランドキャニオンの一角で意味不明の雄叫びを上げていた。
「なに叫んでんねん、アホ」
「うふふ。しかしこの風景はさすがアメリカって感じですね」
 冷ややかに突っ込む愛沢咲夜と、久しぶりの海外旅行を主人以上に満喫しまくってる貴嶋サキ。3人はゴールデンウイークを利用して、アメリカへと観光に来ているのである。広大なアメリカともなれば大から小まで常識外れ。2.5キロもある渓谷の高さに度肝を抜かれたかと思えば、そこに住む可愛らしい野生のリスが実は狂犬病ウイルスの持ち主だったりもする。咲夜からそのことを聞かされて、危うく手を差し伸べかけたワタルとサキは大あわて。
「けど滅多に出くわさんはずの野生のリスにこないに簡単に出くわすとは、自分らの運のなさも相当やな」
「うるせーよ。どっかの執事よりはマシだっつーの」
 からかう咲夜に対して、原作の主人公を引き合いに出して反論するワタル。最底辺と自分を比較してる時点で負け組には違いないのだが。
「けど、その運のなさを考えると、このアメリカでもっと危険なものに出くわすかも知れへんな〜」
「けっ、なんだよそりゃ!! 今度はガラガラヘビやトラにでも出くわすのかっつーの」
 咲夜にしてみれば作為でも伏線でもなく、短い観光旅行をスリルで盛り上げてやるために意図的に悪態をついてるに過ぎない。なのでその不吉な予言がすぐ現実のものになったことに、咲夜自身も驚いた。
「まぁひどい。人のことをそんな猛獣扱いして……せめて女豹とアホウドリくらいに言って欲しいわ」
「ん? あれってもしかして……」
「一条さんに!」
「母ちゃん?」


 ここで少し時間を遡る。ワタルたちがアメリカに向かって出発する数日前、愛沢家長女から少年の行き先を聞いた霞愛歌は、アメリカの知人に向けて国際電話を掛けていた。
「もしもし、ご無沙汰しております愛歌です。美琴さんはいらっしゃいますか?」
「あ、これはこれは愛歌お嬢さま、一条です。申し訳ございません、美琴さまはちょっと手が離せなくて……」
「ああ、一条さん。だったらいいの、ちょっとお伝えしておきたいことがあるだけだから」
 電話に出たのは橘美琴の執事、一条二郎三郎。愛歌とも何度か顔を合わせている仲だった。
「実は……ワタル君たちが咲夜さんと一緒に、もうすぐラスベガスに行くらしいのね」
「こちらへ、ですか? 何をしに?」
「ただの観光よ。たぶんワタル君、そっちにあなたたちがいることケロッと忘れてるんじゃないかしら」
「……安心しました。美琴さまはどうも、ワタル坊ちゃんと接するのが苦手なようですので」
 若すぎるワタルの母親は一人息子を日本に残したまま、外国を渡り歩いている。息子のことを嫌ってはいないものの扱い方が分からない、そんな美琴の心境を賢い愛歌は子供の頃からうすうす察していた。むろん愛歌は他家の母子の事情に立ち入る気などなかったが……高尾山ハイキングでのワタルとの再会が、少しだけ愛歌をお節介な気分にさせていた。
「ええ。それは分かっているのだけど……ちょっとワタル君、危なっかしいところがあってね」
「どういうことでしょう?」
「ワタル君、そっちに行くための旅費の手持ちが無くて……足りない分をラスベガスのカジノで稼ぐつもりらしいのよ」


 舞台は戻って。グランドキャニオンで久々に再会した母子は、とげとげしい会話を交わしていた。
「ていうか、なんでアメリカにいんだよ!! あと親父はどーした、親父は!!」
「陽一君ならレイちゃんと一緒にグアムよグアム。グアムでモツ鍋のチェーン店を開くって息巻いてたわ」
「は? グアムでモツ鍋? そんなの流行るのかよ?」
「さぁ? けど流行らないんじゃない? ワタル君と同じで……商才がないのよ、橘の男は」


「……それはまずいですね。初めてきた素人が稼いで帰れるほど甘いところではありませんよ、あそこは」
 一条の声が真剣さを帯びてくる。『ラスベガスの魔女』の執事である彼は、運つたなく破産して地獄に堕ちていく者たちの姿を幾度も見ていた。主人の息子がその列に加わろうとしていると聞いては、黙って見ているわけにもいかない。
「わかりました。美琴さまと相談して、ワタル坊ちゃんの旅費を工面しておきましょう。たかだか5千ドル程度のものでしょうし」
「待って。ワタル君はそんなお金受け取らないでしょうし、あの子自身のためにもならないと思うの」
 プライドが高く思いやりもあるのに、才能や振舞いが凡人の枠を越えられない。高尾山で話したのはわずかな時間だったが、愛歌が橘ワタルの本質を見抜くにはそれだけで十分だった。せっかく異境に旅に出るのだから、一皮むけて帰ってきてもらわないと困る。その思いが愛歌に国際電話を掛けさせているのだ。
「そこでお願いがあるんだけど……どうせ負けるんだったら赤の他人に根こそぎ奪われるより、美琴さんに叩きのめしてもらった方がいいんじゃないかと思って」


「橘のダメな男と違って……私の眼力は本物よ」
 コツコツ手堅く稼ぐことを主張する息子に向かって、土地を資本に株売買をして巨万の富を稼ぐ計画を口ずさむ美琴。信じられない顔をするワタルに美琴は白々しく愛の手を差し伸べた。
「なら信じさせてあげましょうか? ワタル君、お母さんと一緒にアメリカで暮らしなさい」
「はぁ?! なに言ってんだよ母ちゃん」
「あら、お母さん本気よ?」
「ばっ!! 店はどーすんだよ店は!!」
「子供の遊びは終わりよ。そんなものサキちゃんにあげちゃえばいいじゃない、退職金代わりに」
 口をパクパクさせる息子を楽しそうに眺めつつ、美琴は一条の方にちらりと視線を送った。そして頷く執事の仕草を合図に、彼女は台本通りの言葉を吐き出した。
「けどまぁ、どうしても納得できないならしょうがないわね。ワタル君が来たのはギャンブルの街ラスベガス……意見が割れたら、勝負の時よ」

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