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タンケンジャー魔境潜入記(下)

初出 2007年09月12日
written by 双剣士 (WebSite)
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 このSSは、ハヤテ第70話『轟轟生徒会タンケンジャー』の後日談として書かれています。しかし70話を読んでいなくても一応意味は通じるはずです。
 ながいことお待たせして申し訳ありませんでした。

************* 下編 *************

Chapter7.レッドの報告


「……ん……あれ、ここどこ?」
 気がつくと、私は真新しいシーツの敷かれたベッドの上にいた。見慣れない天井、広々とした室内、窓から差し込む夕日……落ち着いた雰囲気だけど、私のほかには誰も居ない空間。半身を起こしながら私は小さくくしゃみをした。
「えっと……なにしてたんだっけ、私?」
 風邪を引いたナギちゃんのお見舞いに来て、ぐるぐる巻きに縛られてたナギちゃんを助けてあげようとしたとこまでは覚えてる。だけどどうしてこの部屋で寝てるのか、それだけが思い出せない。身体中は寝汗でびっしょり。なんか、とんでもないことがあったような気がするんだけど……おかしいな。ほんの数十分前くらいのことなのに、なんだか1年半くらいも眠り続けてたみたいな気がするよ。
「美希ちゃんたち、どこに行ったんだろ?」
 美希ちゃんも理沙ちんも側にいない。メイドさんもナギちゃんも、もちろんハヤ太君も……ベッドから降りて靴をはきながら私は小さく身震いした。誰かいないのかな、独りぼっちだと心細いな……そんな気持ちを込めて周囲を見渡した私の視線が、机の上のあるものに縫いとめられた。
「あれ?」
 きれいに整頓された調度品ばかりの室内で、そこだけ雑然とした、ある意味で人間くささを感じさせてくれる場所。吸い寄せられるようにその机に向かった私は、そこに置かれたノートを手にとってパラパラとめくった。


 そのとき。
「うわわわ、ななな何をしているのだ、お前はぁっ!」
「きゃっ!」
 一陣のつむじ風が吹いてきて、私の手からノートを奪い取った。真っ赤な顔をした金髪の女の子が目に涙を溜めながらノートを胸に抱いて睨み付けてくるのを、尻餅をついた私は呆然として見上げた。
「……な、ナギちゃん?」
「かかかか勝手に、人のものを見るんじゃない!」
「あの、興奮するとまた熱が上がっちゃうよ?」
 ものすごい剣幕でまくし立てるナギちゃん。たしか病気で寝込んでたはずなのに、と思って心配の声をかけると、ナギちゃんは赤い顔をますます赤くした。気まずい思いをさせちゃったかなと思った私はちょっと反省して……だけどようやく話し相手が出来たのが嬉しくて、立ち上がりながら笑顔を作った。
「それ、ナギちゃんの……」
「うるさい! お前には関係ない!」
「そんなに隠さなくたって平気だよ。とっても上手だったよね、その絵……」
「な……本当か! 本当にそう思うか?」
「うん♪」
 ミミズのノタクったような字と、いかにも素人っぽいぐちゃぐちゃの線で描かれた絵日記。きっとナギちゃんの弟か妹さんの描いた分だろうなと思った私は、ちょっと大げさかなと思いながらもナギちゃんとお話しするために絵日記を褒めまくることにした。いや実際、5歳かそこらにしてはしっかりした線使いだったし人物の顔だってちゃんとしてたと思うよ。私が5歳のころに描いた絵なんて、まるで福笑いみたいだったし。
「そうかそうか、ぱっと見ただけで達人と分かるか!」
「うん、本当本当。泉は素人だけど、なんていうか、大器の片鱗を感じさせてもらったよ。とても5歳……」
「そうか! すごいなお前、あんなチラ見しただけで、ヒロインが三途の川センパイの後妻ごさいの座を狙ってるのを見抜くとは!」
 ナギちゃんは心底嬉しそうな顔をしながら、私の両手を持って上下にぶんぶんと振り回した。それを見てると私のほうもなんだか心の中があったかくなってきた。弟さんのことを褒められてこんなに嬉しそうな顔するなんて、ナギちゃんきっとその子をすごく大事にしてるんだよね。羨ましいな、私には年下の兄弟がいないから。
「ありがとう、こんな身近に理解者がいたとは! お前とはもっと早く友達になってれば良かった!」
「ううん、ナギちゃんと私はとっくに友達だよ♪」
「そうか、そう言ってくれるか! ありがとう、大歓迎するぞ!」
「ところで、どこかな? その、ナギちゃんのおと……」
「おトイレか? 任せろ、私が案内してやる! なぁに遠慮するな、風邪なんて一発で吹き飛んだから!」
 ものすごいハイテンションのままで私の手を引っ張るナギちゃん。いや、私はナギちゃんの弟さんを紹介して欲しかったんだけど……ま、いっか。せっかくお友達になれたばっかりなのに、あんまり欲張っちゃいけないよね。




Chapter8.ブルーの報告


「はぁ、はぁ、はぁ……わ、私、もうダメ……」
 別にファンサービスをしてるわけじゃない。訳の分からないうちに知らない森で迷子になって、携帯で助けを呼ぼうとした矢先に謎のロボット集団から銃弾の雨を浴びせかけられて……私こと花菱美希は命からがら逃げまくってるところなのだ。逃げられるんならまだ余力あるじゃんなどと冷笑する輩には、乾ききった雑巾からなおも水滴をしぼりとる苦しさをお前は味わったことがあるのか、と返してやりたい……もっとも立場が逆なら、私もきっとそう突っ込むだろうけど。
「はぁ、はぁ……もう限界、一歩も動けない……」
 力尽きて大木の根元にうずくまりながら、私は藁にもすがる思いで楽観的なことを考えた。冷静に考えてみればここは日本の三千院家、人食い人種の住む秘境でもなければナ○スの秘密基地でもない。きっとあれは防犯の一環、害意がないことを示せば殺されることはないだろう。どのみちもう逃げるのは無理だし……もし追いつかれたら、今度はおとなしく手をあげてみよう。そうすればきっと……。
「さぁ、ここでいきなりク〜イズ!」
 ……と瞑想にふけりかけたところで、頭上から野太い声が降ってきた。大木の上に助けてくれる人が居るのかと思い、喜び勇んで見上げた視線の先には……木の幹に刻まれた3箇所のしわが、まるで目と口のようにもぞもぞと動いて光と声を発していた。
「見知らぬ侵入者が俺っちの足元に座り込み、大事なカキの実を踏み潰しました。さぁ、どう落とし前をつけてもらいましょうか……1番、つぶす。2番、殺す。3番、埋める」
「ひ、ひいぃっ!!」
 前言撤回。ここは日本じゃない、そもそも常識の通じる世界じゃない! 私はどうかしてるんだ、ベッドからミイラが出てきたりロボットに襲われたり、喋る大木の振り回すパンチから逃げ回らなきゃならないなんて、こんなことが現実にあってたまるもんか!


 そして今。異次元魔境に迷い込んでしまった私は白いトラに追いかけられ、もつれる脚を引きずりながらも必死の思いで逃げていた。こういうアクションシーンはヒナの担当のはずなのにどうして私が……そんな愚痴を言っても状況は変わらない。頬をつねっても膝をすりむいても悪夢は覚めない。トラなんか日本には居ないはずと否定してみても恐怖はぬぐえない……だってあいつはすぐ後ろに居るんだから。獲物が弱るのをじっと待つ狩猟者のように、じわじわと距離をつめてくるんだから。
「きゃっ(どさっ)」
 足をひねって転倒する私。振り返るとトラは私から2メートルくらいのところで立ち止まって、うなり声を上げながらじっとこちらを見つめていた。逃げなきゃと思っても身体が動かない。助けをと思っても声が出ない。瞳の光をいっそう強くしたトラは、いよいよ最後とばかりに2本足で立ち上がって私の視界全体をふさいだ。現実から切り離された私の脳裏にそのとき浮かんだのは、頼もしい親友の笑顔ではなく、このお屋敷に来たばかりのときに泣き言を言う私を軽々と抱きかかえてくれた、あの借金執事の顔だった。なぜと自分に問う余裕もなく、私は彼の名を叫んだ。
「は、ハヤ太く〜ん!!!」
 そのとき、一陣の疾風が目の前を吹きぬけた。


「遅くなってすみません、大丈夫ですか、花菱さん」
「……大丈夫じゃない」
 飛び蹴り一発で猛獣を吹き飛ばしてくれたハヤ太君に、私はお礼を言うことができなかった。疲れた、怖かった、心細かった……命が助かると分かった途端に、いままで心の底に封じ込めてきた感情がいっぺんに噴き出してくる。涙で顔をくしゃくしゃにしながら、私は子供みたいにハヤ太君の胸をぽかぽかと叩いた。
「遅い! いままでどこに行ってた! 客人を死にそうな目に合わせるのが三千院家の家風か!」
「……すみません」
「どんなに怖かったと思ってるんだ! 私を困らせて楽しいか! いじめて泣かすのが面白いのか!!!」
「…………」
「こんなところ嫌いだ、お前だって嫌いだ! だいっ嫌いだっ!!!」
「…………」
 ハヤ太君は悪くない。こんな森の中にきてしまったのは私のほうなんだから。頭の片隅でそう分かってはいても言葉が止まらなかった。ハヤ太君はそんな私の八つ当たりを最後までじっと聞いていてくれた……そして私が泣き止むのを見計らって、彼は立ち上がると私に手を差し伸べてくれた。
「さぁ、帰りましょう、花菱さん」
「……嫌だ。お前の手なんか借りたくない。それにもう、一歩も動けない」
 口にした途端に後悔した。私は莫迦だ。つまらない意地を張って、助けてくれた恩人を追い払おうとしている。
「仕方ないですね」
 その声とともに身体がふっと軽くなり……次の瞬間、私の身体はハヤ太君の背中に背負われていた。あまりの早業に狼狽する私に、ハヤ太君は優しく微笑みかけた。
「お姫様だっこのほうが良かったですか?」
「……冗談。そんな恥ずかしい真似ができるか」
 ハヤ太君は軽快な足取りで森の中を歩き始めた。女の子みたいな顔して、どこにこんな力があるのか……広くて暖かい背中に揺られながら、私はぼんやりそんなことを考えた。恐怖と激情が抜け、勇気と意地を使い果たした私の身体に、今度は心地よい疲労と睡魔が忍び寄ってきていた。
「しばらくかかりますから、眠っててもいいですよ」
「……うん」
 多分そう返事をしたと思う。よく分からない。ようやく素直になれた私の記憶は、そこで途切れた。




Chapter9.ブラックの報告

 女が3人寄るとかしましい、世間ではよくそう言われる。だが当人たちにしてみればその字が示すとおり、3人は対等なわけじゃない。トラブルメーカーというか起爆剤とでも言うようなお調子者が1人いて、残りの2人は突っ込むなりフォローするなり冷笑するなり、そのお調子者を支える立場に回る。私たち3人の場合には、この朝風理沙こそが暴走して場を盛り上げる役割だったはずなんだ。
 だから今の状況には激しく異を唱えたい。どうした泉、何があった美希! 状況分かってるのか、目を覚ませ!


 遊園地の観覧車から池の中に落ちて、ずぶ濡れになったところを森の妖精とかいう着ぐるみの一団に助け出された私だが、すぐにお屋敷に戻らせてはもらえなかった。やっと身長の高い人が来てくれたとか意味不明なことを言い出した着ぐるみたちに引っ張りまわされて、濡れた服のままジェットコースターとかお化け屋敷とかウォータースライダーに付き合わされること1時間。疲労と寒さで鼻水をたらしながらお屋敷に戻った私を待っていたのは、いつも以上にニッコニッコしながら三千院ナギと喋っている泉と、メイドさんに膝の包帯を巻いてもらっている美希の姿だった。
「お帰りなさい、朝風さん……まぁ、どうなさったんですか、その格好?」
「ひどい目にあった……」
 美希の身が無事と分かった以上、少しくらい弱音を吐いてもいいだろう。震える唇でそうつぶやいた矢先、おでこに誰かの手がぴとっと押し当てられた。あわてて振り向いた先に立っていたのは、私を遊園地に置き去りにした薄情な借金執事。なぜだ、いつの間に私の制空圏に入った?!
「う〜ん、だいぶ熱があるみたいですね」
「な、な、な……」
「マリアさん、朝風さんを家まで送ってあげてきていいでしょうか?」
「そうですね。そうしてあげてください。自転車じゃ風邪が余計にひどくなるでしょうから、車を回しておきます」
「ち、ちょっと待て! 勝手に話を進めるな!」
 私はあわてて手を振った。そんな大事にされたらこっちが困る。適当に毛布でも貸してくれて服を乾かしてもらえれば、それでいいんだ。
「遠慮することはないぞ」
 尊大な態度で私の思考をさえぎったのは、こんな機嫌のいい所は今まで見たことがない、輝くような笑顔を浮かべた三千院ナギだった。
「せっかくお見舞いに来てくれた“大事な”クラスメートが、私に病気を移されて帰ったとか噂されては困るからな」
「そうだよ〜理沙ちん、一緒に車の中でハヤ太君たちとお話しながら帰ろ?」
「そういう問題じゃない!」
 ちょっと見ない間に泉と三千院ナギの間に何があったのか。有無を言わさぬタッグ攻撃を仕掛けてくる2人から目をそらし、私は救いを求める視線を美希へと向けた。年頃の娘が同級生の男子に送られて夜中に帰ってくる、そのことの意味がお前なら分かるだろ……そう視線に込めたつもりだったのだが。
「そうね……ハヤ太君が家まで送ってくれるんなら、まぁ……それでも、いいかも……」
「美希ぃぃ!!!」
 親友2人はいつのまにか陥落済み、ハヤ太君とナギとメイドさんはぜひにぜひにと親切の押し売りをしてくる。かつてない疎外感にさいなまれた私はじりじりと部屋の壁へと後退した。まずい、このまま流されたら最悪の事態を招きかねない。こんなずぶ濡れの姿でハヤ太君に家まで送られて、もしその姿を父親や兄貴に見られたら……。
「うちの娘を傷物にして……とか怒り出すタイプの人じゃないと思うけどなぁ」
「い、泉、勝手に人の思考を読むな!」
「だって口に出して言ってるんだもん。それに平気だよ、むしろ『やっとうちのお転婆を負かす男が現れたか!』って歓迎してくれるんじゃない?」
「なお悪いわ!!!」
 もーまったく、なんで揃いも揃ってお前らは脳天気でポジティブシンキングなんだ? なんで私が1人で心配性の役をやらなきゃならないんだ? それともあれか、ここではみんなのほうが正常な感覚で私のほうが異常者なのか? でも問題は朝風神社に帰った後のことで、そっちの常識は私の知る範疇だと信じたい……。
「さぁ朝風さん、車が待ってますから帰りましょう」
「大丈夫だよ理沙ちん、ハヤ太君に任しとけば」
「人の好意は受けておくものよ、理沙。意地ばっかり張ってても損することだってあるんだし」
「お、お前ら、いったいどうしたってんだぁっ!!!」
 声を限りに叫んでも多勢に無勢。ハヤ太君は嫌がる私を引きずりながら、天真爛漫な笑顔で駐車場へと向かったのだった。




Epilogue.生徒会長の感想

 時計台の頂上にある生徒会室。私はそこでいつものように、各クラスから集まってくるクラス報告書に目を通していた。珍しいことに今日は、泉のクラスからも報告書が上がって来ている。普段ならまっさらな紙に似顔絵やハートマークを書いてくるだけなのに、今回の紙はくたびれたようにヨレヨレ。よっぽど熱心に書いてくれたのねと喜んだ私は、期待を胸に報告書を机の上に広げた。

 今日はナギちゃんのお家に行って、いろんなお話をしたんだよ! やっぱりナギちゃんっていい子だよね! ハヤ太君は格好いいしメイドさんは優しいし、いいんちょさん気に入っちゃった♥ また今度遊びに行けたらいいな、次は元気になったナギちゃんと手をつないで、あのお屋敷中をハヤ太君にエスコートしてもらおうっと! by 泉

 今日はまったく、ひどい目にあった。もう少しハヤ太君が来てくれるのが遅かったらどうなってたか分からない。これはあれだな、きっちりと釘を刺しておく必要がありそうだ。次回からはこんなことが起こらないように、私の傍にしっかりと付いていてくれるようにと。 by 美希

 昨夜はまったく危ないところだった。おじいちゃんが夕べのことをけろっと忘れてくれることを祈るばかりだ。それにしても遊園地であんな嫌な思い出ができたのは初めてだ。それもこれもハヤ太君があんな無茶をするからだ、次があったらしっかり埋め合わせをしてもらおう。 by 理沙
「…………」
 私は震える手を理性で押さえつけながら、席を立ってコーヒーを一杯そそいだ。熱いコーヒーの芳醇な香りがささくれだった私の心を癒してくれるはず……なのにコーヒーの液面は気忙しく波紋を立てて、私の心の揺れと共鳴し合って苛立ちを増幅する。それが机ごしに伝わる貧乏揺すりの振動だと気づいたとき、もはや忍耐力は残っていなかった。私は揺れ続ける机に思いっきり拳をたたきつけると、自分でも良く分からない感情を生徒会室の壁へとぶつけた。

「これは報告書じゃなくて…………ノロケだ〜〜っ!!!」


Fin.

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