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タンケンジャー魔境潜入記(中)

初出 2006年03月22日
written by 双剣士 (WebSite)
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 このSSは、本日発売のハヤテ第70話『轟轟生徒会タンケンジャー』の後日談として書かれています。しかし70話を読んでいなくても一応意味は通じるはずです。
 なお生徒会タンケンジャーの3人については登場回数が少ないため、言葉づかいや互いの呼称に関して不明確な点があります。想像で補っている部分がありますのでご注意ください。

************* 中編 *************

Chapter4.レッドの報告


「ごめんなさい」
 応接室に通されて一息ついて、4〜5分たった頃に迎えに来たメイドさんの第1声は、ちょっと予想外の言葉だった。
「せっかくお見舞いに来ていただいて、本当に申し訳ないんですけど……あの子、病気で寝込んでる姿なんて見られたくないって言うんですよ」
「そんなに悪いんですか、ナギちゃん?」
「いいえ、ただの風邪だと思うんですけどね……あの子、言い出したら聞かないから」
 深々と頭を下げるメイドさん。隣では美希ちゃんと理沙ちんがひそひそ声で話しこんでいる。
「まぁ、たいして親しくもない私たちに突然押しかけてこられたんだものな」
「あいつの性格からしたら当然かもな。快く会ってもらえると思った私たちが甘かった」
「そんなことないもん!」
 このまま手ぶらで帰ったんじゃ、いいんちょさんは役立たずみたいに思われちゃう。きっとナギちゃんは照れくさがってるだけだと思った私は、勢いよく立ちあがった。
「美希ちゃんも理沙ちんも悲観的すぎるよ! 病気で寝込んでるナギちゃんが心細くないわけないじゃない! 心配してくれる私たちのことを迷惑がるわけないじゃない!」
「……いや、でも相手は、あの三千院……」
「ナギちゃんだって同い年の女の子だよ! ごく普通の女の子だよ!」
「あいつは飛び級だから同い年じゃないし、こんなお屋敷に住んでる時点で普通でもないと思うが……」
 もう! つまんない突っ込みする美希ちゃんなんて嫌いっ!
「……ありがとうございます、瀬川さん」
 私と美希ちゃんの友情にヒビが入りかけた正にその瞬間、扉の脇に立っていた綺麗なメイドさんはまた深々と頭を下げた。単なる使用人の立場を超えた、母のような姉のようなぬくもりを帯びたその声に、私たちは口喧嘩をやめて一斉に振り返った。
「そうですね、あの子には今まで好き放題させてあげてきましたけど……いつまでもアレ気味なまま過ごさせるわけには行かないんですものね。あなたのようなお友達が、今のあの子には必要なのかもしれません」
「あ、アレ気味って……」
「どうもありがとうございます、これからナギのところにご案内しますね……でもちょっと待ってください」
 メイドさんが自分の意思で主人の言いつけを破る。とんでもない場面に遭遇した私たちが言葉を失う中、綺麗なメイドさんは携帯電話を取り出すと素早くキーを押して耳に当てた。
「……あ、ハヤテ君ですか? これから瀬川さんたちをナギの部屋にご案内することになりましたので、そちらの準備をお願いします……えぇ、ナギに逃げられないよう気をつけてくださいね、なんでしたらベッドにくくりつけておいても結構ですから」


 その後。メイドさんに連れられた私たちはまるで迷路みたいにいろんな部屋を通り抜けて、ようやくナギちゃんの寝室の前までたどり着いた。扉の向こうからはナギちゃんとハヤ太君の声が聞こえてくる。
「やめろ、ハヤテ、放せ……私の言うことが聞けないのか!」
「すみませんお嬢さま、少しの間ですから、おとなしくしてください……ちょっと我慢するだけです、すぐ済みますから」
「うるさい、鬼、悪魔!……ハァ、ハァ、もう……やめろ、お前なんか、お前なんか……」
 ……なんかすごい状況になってるみたい。横を見ると美希ちゃんと理沙ちんはカメラを構えて、早くも臨戦態勢をとっている。私もごそごそとポケットからボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れた。
「あのぉ……皆さん?」
「あ、私たちのことはお気遣いなく。ナギちゃんは中にいるんですよね?」
「えぇ、まぁ……ナギ、入りますよ?」
 メイドさんは澄んだ声でそう話しかけると、おごそかに扉のノブを回す。わずかに開いた扉の隙間からは甲高い罵声と、扉に向かって投げつけられる枕やら時計やら何やらのぶつかる音が聞こえてきた。しかしメイドさんのほうもさるもの、片手に持った丸いお盆でそれら全てを叩き落すメイドさんの神業ぶりは達人の風格たっぷりに見えた。
 そしてやがて飛んでくるものが一段落した頃、メイドさんはにこやかに私たちのほうを振り返った。
「さて、そろそろ行きますよ。なるべく刺激しないであげてくださいね」
「(小声)……まるで猛獣並みの扱いだな」
「(小声)……いや、猛獣つかいの方が2段階ほど格上に見えるぞ、私には」
「えへへ、いいんちょさんにまかせたまえ♪」
 私たちは三人三様の返事をしながら、ナギちゃんの寝室への第1歩を踏み出したのだった。




Chapter5.ブルーの報告


 メイドさんの案内で、三千院ナギの寝室に入り込んだ我々3人。そこで起こった事件……あの身の毛もよだつ出来事については、副委員長の私、花菱美希のレポートでお届けする。正直あそこで起こったことを思い出すのは気が重いのだが、泉は早々と気を失ってしまったし理沙はあの恐怖を体験してないそうだから、あそこでの状況を書けるのは私しかいないそうだ。こんな役は頼もしき我らが生徒会長の役割と昔から決まってたはずなのだけど。


 三千院家メイドのマリアさんに導かれて扉をくぐった我々3名。そこにあったのはお金持ちの寝室らしい見事な調度品の数々に囲まれた広い空間と、床に散らばった時計や羽毛の残骸、部屋の中央部を囲うように天井から吊られた白い天幕、そして天幕の脇で額の汗をぬぐいながらこちらを振り返るハヤ太君の姿だった。マリアさんが彼に問いかける。
「ハヤテ君、ナギは?」
「あぁ、あのカーテンの向こうに……やっとおとなしくなってくれたみたいですね」
 苦笑するハヤ太君。どうやら白い天幕の中に三千院ナギのベッドがあって、彼女はそこに寝ているらしい。彼女とハヤ太君がベッドの上でくんずほぐれつしてるのを期待……ごほんごほん、心配していた我々は少しだけ拍子抜けしてしまった。隣では理沙が落としたカメラをあわてて拾っている。
「お疲れさまです、ハヤテ君」
「いえいえ、このくらい別に……あ、瀬川さんたち、どうぞこちらへ」
「お邪魔しちゃいますのだ♪」
 ハヤ太君の手招きにいち早く反応したのは我らが切り込み隊長、瀬川泉だった。小動物のような敏捷さで天幕へと駆け寄った泉は、白い天幕をとんとんとノックする振りをしてから、明るい声で話しかけた。
「とんと〜ん、ナギちゃ〜ん、具合はどーお? いいんちょさんがお見舞いに来たよ〜♪」
 天幕の向こうからは返事が返ってくる様子がない。私と理沙は顔を見合わせると、なるべく足音を立てないようにしながら泉の傍へと歩み寄った。近づいてみると、なにやら苦しそうなうめき声が天幕の中から聞こえてきている。
「ナギちゃ〜ん、もう寝ちゃってるのかなぁ? 風邪大丈夫ぅ?」
「……(んんん、んんん)……」
「夢でも見てうなされてるのかな?」
「まさか、ついさっきまであれだけ暴れてたんだぞ? タヌキ寝入りだろ、どーせ」
「ありうる」
 まぁ正直、三千院ナギと会ったところで当たり障りのない見舞いの決まり文句くらいしか話す言葉などない。なまじ『ありがとう』とか言われたら逆に私たちのほうが恥ずかしくなるくらいだ。顔も見ず会話もせずに済むなら却って有難い、正直そんな気分だった私は天幕から聞こえるうめき声に特に疑問は持たなかった。しかし泉はというと、みるみるうちに情けない表情に変わったかと思うとハヤ太君のほうを振り返っていた。
「ハヤ太君、ナギちゃん苦しそうだよ、心配だよぉ」
「あはは……」
「ハヤテ君」
 この一言で空気が凍った。金縛りにあったように誰もが指先一本動かせなくなる中、背後から聞き覚えのある女性の声が、さっきまでとは正反対の重々しい空気を伴って我々の耳まで響いてきた。
「ベッドにくくりつけてでもと、確かに言いましたけど……まさか」
「あ、いえその……まずかった、ですか?」
「当たり前でしょう、病人相手に!」
 別人かと思うほどの語気の強さを見せたマリアさん。硬直する私たちに構わず、彼女は瞬時に駆け寄るとさあぁっと横に天幕を振り払った。白い天幕が雲のように目の前を舞い、小さくはためきながら床へと降り……その向こうに現れたのは豪勢な白いベッドとその上を芋虫のようにうごめく白い物体。それは頭から足先まで布団で簀巻きにされ身動きできなくされた三千院ナギの姿だった。もっとも彼女の身体は布団に隠れて外からは指先ひとつすら見えなかったが。
「あは、あははは……」
「……見事なものだな」
「あなどれん、女を縛る技にこれほど熟達していようとは」
 思わず苦笑を漏らす泉と、驚く前に感心してしまった理沙と私。
「あ、あの、すみません、マリアさん。違うんです、これは僕が……」
「ナギに向かってなんてことするんですか!!!」
「ひぃ〜〜!!!」
 そんな私たちの脇では、マリアさんとハヤ太君がものすごい勢いで部屋から飛び出していった。簀巻きにされた三千院ナギを前にして、部屋の中に置いてきぼりにされた私たち。理沙と私はしばし顔を見合わせて……泣き出しそうな泉の声で、ようやく我に返った。
「ねぇ、ナギちゃんを助けてあげようよ、このままじゃ可哀相だよ!」
「……おっと」
「そうだな」
 いくらなんでも簀巻きのクラスメートをそのままにしておく訳には行かない。暴れる三千院ナギを理沙が抑え、泉が耳元で安心させるよう話しかけ、私が縄を切る道具を探す、そう自然と役割分担が決まった。カッターか何かがないかと部屋を見渡してみると、装飾用の西洋甲冑と細剣が暖炉の脇に立てかけてあるのが見える。私がベッドから離れて甲冑の脇に駆け寄り、飾ってあった細剣を抜き取った、まさにその瞬間。
「ひぃっ!……」
「どうした?!」
 ベッドの方から聞こえる短い悲鳴。振り返ると一生懸命話しかけていたはずの泉が、ベッドの枕元に倒れ伏していた。駆け寄ってみると顔色は真っ青、息も荒く呼びかけても返事はない。
「なにがあったんだ?」
「さぁ……突然だったから」
 傍にいた理沙にも訳が分からないらしい。とりあえず泉を横たわらせるのは理沙に任せて、私はごそごそと動き続けている簀巻きの方へと向き直った。泉の気を失わせたのはこいつに間違いない。幸か不幸か、私の手には細剣が握られている。何が起こったかは分からないが、今なら……。
「…………」
 らしくもない、なにを熱くなってるんだか。私は細剣を振り上げた腕の力を抜くと、布団と縄のあいだに剣を挟みこんで強く引き、簀巻きを縛る縄を切った。抑え役の理沙のいないベッド上の簀巻きはもごもご動くたびに太くなり……そして、その瞬間が訪れた。
「…………☆◇#◎■$!!!!!」
 簀巻きの布団からごろりと転げだした腕。10代の女の子の腕とは明らかに違う、骨に皮がこびりついた皺だらけの腕。
 それを見た途端、私はパニックに陥った。奇声をあげて剣を放り出し、ベッドから立ち上がって扉の外に駆け出して……とにかくあの場から離れたい、その一心で走って走って走りまくった。そして私の心臓が限界を迎え、普段の1週間分くらいの運動をした全身の筋肉が引きつって動かなくなったとき……気が付くと私は、見知らぬ林の中で独りぼっちになっていた。




Chapter6.ブラックの報告

 いきなり美希の奇声が聞こえて、気を失った泉の世話をしていた私はあわてて顔を上げた。私たちのすぐ隣では、ベッドの向こうに転落していく簀巻きの布団と、それから逃げるように飛び出していく美希の姿が見えた。いつもシニカルに構えている美希があんな声を出すなんて尋常じゃない。
「…………?」
 泉は気を失ったままベッドに横たわっている。なにがあったか分からないが美希が飛び出していった以上、泉のことを守れるのは私しかいない。とりあえず武器が要る、と思った私は美希が放り出していった細剣を拾い上げようと手を伸ばした……するとその向こうで、転落したはずの簀巻きの布団がむっくりと起き上がり、するすると縛っていたロープが床へと落ちていくのが見えた。
「ひっ……」
 剣を拾うのも忘れて泉の身体にしがみつく私。やがて簀巻きの布団が床へとおち、中からは予想外の……少なくとも三千院ナギの華奢な身体とは明らかに異質の者が現れた。そいつは白い髪と短いヒゲを蓄えたまま、ギロリと鋭い視線で私たちのほうを振り返った。
「な……なんだ、お前は」
「なんだとは失礼な。私はお嬢さまをお守りする、一流の執事だ」
 違う。執事といってもハヤ太君やヒムロ先輩とは明らかに違う。そいつは泥棒でも見るような目で私たちのことを詰問してきた。
「お前たちの方こそ何者だ、お嬢さまをどこへやった?」
「お、おじょう、さまって……」
「隠すとためにならんぞ!」
 ひび割れた眼鏡の位置を直しながら我々の方に身を乗り出してくる自称執事。その気迫に気押されて反射的に私は身を縮こまらせた……ところが。
「お客様に何てことするんですか!」
 脅すような目つきから光が消え、ふっとベッドに向かって倒れこんでくる白髪執事。そいつが倒れこむのを合図に、ベッドの周囲から伸びてきたロボットアームが巧みに布団とロープを操ってそいつをグルグル巻きにしてしまった。あっけにとられた私が見つめる先には、いつのまに帰ってきたんだろう、白髪執事を背後からぶん殴り終えた姿勢のままで軽やかにホウキを構えるメイドさんの姿があったのだった。


 その後、部屋に戻ってきたハヤ太君とメイドさんの手によって、簀巻きにされた老人の首から上だけが布団から開放された。ハヤ太君たちによるとこの人は三千院家の執事長を勤めている人物らしい。
「いや、申し訳ない。お嬢さまのご学友の方とは存じませんで……執事長のクラウスと申します」
「簀巻きのままで自己紹介されても威厳ゼロだな」
「あ、朝風さん、いくら本当のことだからって……」
 苦笑するハヤ太君を置いといて、メイドさんはてきぱきと老執事長から事情を聞きだした。それによると……三千院ナギをベッドに寝かしつけようと苦戦しているハヤ太君のところへ私たちがやってきて、あわてたハヤ太君に対してこの老執事長がバトンタッチを申し出たそうだ。ナギを寝かしつけるのは自分がやるからハヤ太君はお客様の応対をしろと。
「……よくそんな暇があったな?」
「あ、クラウスさんはいつもお嬢さまのベッドの下に忍び込んでますので……」
「……すまん、やっぱりこいつ剣でつついていいか?」
「お気持ちは分かりますわ」
 ……で、老執事長は女の子1人を押さえつけるなど楽勝だと思っていたそうだ。ところがハヤ太君がベッドから離れた途端にナギの態度が豹変し、ベッドに備え付けられている暴漢撃退装置のスイッチを入れたらしい。哀れにも執事長、その撃退装置の餌食になったまま今に至るそうで……。
「それじゃ簀巻きにしたのはハヤテ君じゃなかったんですね?」
「ええ、てっきりクラウスさんがお嬢さまを縛ってくれたものだと思い込んでたんですが」
「バカにするな少年! 私がお嬢さまを縛り上げるなんて無礼なことをするわけ無かろう!」
「あー、はいはい、そんな格好じゃ説得力ないですよクラウスさん……それで、ナギは?」
「知らん。それなのに簀巻きからようやく這い出てみると、脇にはお嬢さまとは違う見知らぬ女の子が2人いて……つい頭に血が上ってしまったというわけだ」
「マリアさんが来てくれなかったら危ないところでしたね……」
「偉そうにいえる立場ですかハヤテ君。あなたがナギのことをしっかり押さえつけといてくれれば、こんなことにならなかったのに」
 叱り付けるメイドさんの前で、神妙に頭をたれるハヤ太君と老執事長。ひょっとすると私は今、このお屋敷の力関係の縮図を目の当たりにしているのかもしれない。
「まぁ、それじゃとにかくナギを探さないといけませんね。きっと逃げ出してどこかに隠れてるんでしょうけど……ハヤテ君お願いしますね。私は朝風さんと一緒に、瀬川さんの看病をしますので」
「わ、ワシのことは?」
「ちょっと待ってくれ。一緒に来た親友の美希が、さっき奇声を上げて飛び出していったんだ。そっちも探しに行ってやらないと」
「まぁ……」
 私の言葉を聞いて、メイドさんは困ったように美しい眉をひそめた。三千院ナギのことは心配だけれど、見知らぬお屋敷の中をさまよっている美希のことも放っては置けないというところだろう。美希探し役に手を挙げた私の提案は丁重に却下された、2重遭難の恐れがあるからということで。
「マリアさんに探してもらうわけにはいかないんですか?」
「瀬川さんが眼を覚ますまではちょっと……朝風さんにはお薬のありかなんて分かりませんしね。かといってSPの人たちには花菱さんの顔が分かりませんし……仕方ありません、ナギのことは当面放っておきましょう」
 ……こんな決断をさらりと下せるのがメイドさんだという現実。疑問が浮かばないといえば嘘になるが、よそのお屋敷のことなので私は黙っておいた。
「それじゃ瀬川さんの面倒は私が見ますので、ハヤテ君、朝風さんと一緒に花菱さんを探しに行ってくれます?」
「了解しました! それじゃ行きましょう、朝風さん」
「うむ」
 ハヤ太君と私は連れ立って部屋を後にした。敏腕メイドさんは泉を介抱すべく、SPの男たちを呼んで別室のベッドへと運んでいった。
「あの……ワシは? ワシのこと忘れとらんか?」
 簀巻きになったまま横たわる老執事長のことは、誰一人として振り返ろうともしなかった。


 そして今、私とハヤ太君は遊園地の観覧車に乗っている。別に美希のことを忘れて遊んでるわけじゃない。三千院のお屋敷を見渡す上で、この観覧車が一番高い場所だとハヤ太君が言うのだ。
「そっちはどうだ、ハヤ太君」
「いえ、それらしいものは何も」
 男女2人で観覧車に乗っているというのに、互いに背を向けて外の光景に眼を凝らす私たち。ムードも何もありゃしないが、そんなことに不満を漏らせる状況でないことは私だって分かってる。早く美希を探してやらないと、あいつは1人じゃ何にも出来ないんだから。
 キャーーーッ!!!
「美希の声だ!」
「いました、あそこです!」
 そして観覧車がちょうど頂点に達した頃、甲高い美希の悲鳴が私の耳にも届いた。ハヤ太君が指差した先では、林の向こうを崖へと向かって突っ走る小さな女の子と、それを追う白い塊とが見える。もう大抵のことでは驚かなくなっていた私だが、ハヤ太君の解説は私の予想を超えていた。
「なんだあれ、美希を追ってるのは? このお屋敷では昼間から幽霊が出るのか?」
「あぁ、あれはタマですね……このお屋敷で飼ってるペットの猫です」
「ね、猫? そうか……それだったら危険はないかな」
「体重300キロの猫ですけどね。しかも霜降り和牛と可愛い女の子が大の好みの」
「……冗談だろ、ハヤ太君?」
 美希の命は風前の灯。こうなると観覧車が地上につくまでの時間がもどかしい。ハヤ太君も同じことを考えたらしく、せわしそうに指を動かしながら私のほうを振り返った。なにやら言いにくそうにしている気配を感じ取った私は、もじもじしているハヤ太君を促した。
「なにか言いたそうだな、ハヤ太君」
「……あの、ここから花菱さんを助けに行く技がないことはないんですけど……それをやると、朝風さんのスカートが……」
「何をつまらん気遣いをしている! 方法があるならやってくれ、私のことなんかいいから」
「ありがとうございます!」
 その直後に起こった出来事は、まるで夢の中のようだった……観覧車の窓を突然開けて、素手のまま空中へと飛び出していったハヤ太君。観覧車内に巻き起こる凄まじい突風と揺れとに翻弄される私……そして不意に沸き起こる、胃袋が口から飛び出してきそうな浮遊感覚。外の景色が高速で上の方へと流れ、芥子粒のようだった地上の景色がみるみるうちに大きさと彩度を増していく。ハヤ太君が飛び出していったヒーロー漫画のような現実と、その反動で観覧車の吊り金具が切れたというギャグ漫画のような事故とが私の頭の中で結びつくまでには、数秒の時間を要した。
 ……そしてその数秒は、物理の苦手な私に万有引力と位置エネルギーの法則を体験学習させてくれるのに十分な時間だった。


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