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タンケンジャー魔境潜入記(上)

初出 2006年03月22日
written by 双剣士 (WebSite)
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 このSSは、本日発売のハヤテ第70話『轟轟生徒会タンケンジャー』の後日談として書かれています。しかし70話を読んでいなくても一応意味は通じるはずです。
 なお生徒会タンケンジャーの3人については登場回数が少ないため、言葉づかいや互いの呼称に関して不明確な点があります。想像で補っている部分がありますのでご注意ください。

************* 上編 *************

Chapter1.レッドの報告


 こんにちは、瀬川泉だよ。今日はハヤ太君と一緒に遊べて、すっごく楽しかったんだ♪
 ハヤ太君は今年の初めに編入してきたクラスメイトさんなんだけど、ナギちゃんの執事さんって言う立場のせいか、いままであんまりお話とかする機会なかったんだよね。でも今日はナギちゃんが病気でお休みで、ナギちゃんの分のプリントを届けてもらおうとハヤ太君に声をかけたの。それでその後、いいんちょさんのクラス報告書を書くのを手伝ってもらったり、私の代わりに桂ちゃんにお仕置きしてもらったり、一緒にいろんな体験をしたんだ。ハヤ太君はヒナちゃんのお気に入りだから只者じゃなさそうだとは思ってたけど、こんなに気さくで楽しい男の子だとは知らなかったよ。


 それでね、せっかくの楽しい時間が終わっちゃうのが寂しくて、学校からの帰りしなにこんな話をしたの。
「ねぇハヤ太君。せっかくお友達になれたんだしさ、これから一緒にカラオケにでも行かない?」
「すみません瀬川さん、お嬢さまの病気が心配なんで、今日はこれで」
 ……うっかりしてた、ハヤ太君はナギちゃんの執事さんなんだよね。勉強ができたって必殺技が使えたって、最後はナギちゃんのことを優先しなきゃいけないんだよね。
「そっかぁ……」
「すみません、せっかく誘っていただいたのに」
「あ、いいのいいの気にしないで」
 無理に笑顔を作って取り繕う私。いけないいけない、ワガママ言っちゃダメだよね。ハヤ太君のは仕事なんだもん、私といるのが楽しくないとか、そんなんじゃないんだもん。ここはクラスのいいんちょさんらしく、おおらかにハヤ太君を見送って……あ、いいんちょさんと言えば。
「ねぇ、ハヤ太君?」
「はい、なんでしょう瀬川さん」
「あのさ、これからナギちゃんのお見舞いに行ってもいいかな?」
「えっ……お嬢さまのお見舞いですか?」
「うん♪ だって泉はいいんちょさんなんだもん、心配だもんね、クラスメイトのことは」
 ハヤ太君と一緒にいられれば、もっともっとドキドキできる。そう思った私は、絶好の口実を思いついたと有頂天になってたんだ……振り返ってみれば、このときは。




Chapter2.ブルーの報告


 クラスの副委員長、隊員ブルーこと花菱美希。いまの私は親友の泉の車の後部座席で、理沙とハヤ太君に挟まれる形でこの報告書を書いている。これからハヤ太君にくっついて、カゼで学校を休んだクラスメイト・三千院ナギのお見舞いに行くのだ。どうしてこんなことになったのかというと……それは学校を出る直前にさかのぼる。


「ずいぶんと楽しそうだな、泉のやつ」
「あなどれんなハヤ太君、ヒナに続いて泉にまでフラグを立てるとは」
 校門のすぐ手前、街路樹の陰に隠れた私と理沙は、校門に向かって歩いてくる泉とハヤ太君を観察しながら小声で言葉を交わした。クラス報告書の手伝いなどという面倒くさいことは御免こうむるが、だからといって泉を置いて先に帰ってしまうほど私たちの友情は儚いものではない。泉とハヤ太君のツーショット、こんな面白い……ごほんごほん、こんな危険な2人の行く末を一瞬たりとも見逃してなるものか。別に興味本位ではないのだぞ、泉の親友として当然のことをしているまでだ。
「ねぇハヤ太君……これから一緒に……」
「すみません瀬川さん……今日はこれで」
 2人の話し声が私たちの耳に飛び込んでくる。その危険な色合いに、私と理沙の会話も熱を帯びてきた。
「おぉっ、泉のやつ自分からアプローチか?」
「しかしハヤ太君のほうも海千山千だな、あの泉の誘いをあっさり振り切るとは」
 なよなよした女っぽいやつだと思っていたが、どうしてどうしてハヤ太君、女をじらす術を心得ているとは末恐ろしい。しょぼくれた泉になにやらフォローの言葉をかけているようだし……だが泉が無理して作り笑いをしていることくらいは、付き合いの長い私には遠目でもすぐ分かる。あとでこの件で泉をからかってやるつもりだったが、どうやらそんな悠長なことは言っていられなさそうだ。私は隣の理沙に視線を向けた。
「行くぞ、理沙」
「どこへだ?」
「知れたこと、泉を助けに行くのだ。男に振られて1人で帰るくらいなら、親友に連れ出される方があの子の傷も軽かろう」
「そういうものか?」
 首を傾げる理沙の手を引いて、私は街路樹の陰から足を踏み出した。遅かったな泉、と声をかけるだけでいい。報告書から逃げ出すなんてひどいよと泉が怒ってくれれば儲けもの、そうでなくてもハヤ太君と2人でいるよりは気が紛れるだろう。よく見ておけハヤ太君、女の友情も捨てたものじゃないんだぞ。
「やったぁ、それじゃ私の車で行こう、ナギちゃんのとこまで案内よろしくね♪」
「は、はぁ……」
「ん? 泉? ハヤ太君?」
 ところが。傷心を慰めようと私たちが2人に近づいた頃には、泉は嬉しそうな表情を浮かべてハヤ太君の腕にしがみついていた。ちょっと私たちが物思いに耽っているあいだに会話の流れが変わっていたらしい。きょとんと立ちすくむ私たちに向かって、泉はブンブンと手を振った。
「あっ、美希ちゃん理沙ちん、一緒に行かない? これからナギちゃんのお見舞いに行くんだよ〜。ねぇハヤ太君、美希ちゃんたちも一緒に行っていいよね?」
「え、えぇ、お嬢さまのお見舞いでしたら有難いことですけど……」
「……ほう」
「お見舞い、か」
 思惑を外された私たちは一瞬立ちすくんだのだが、すぐに頭を切り替えた。思えば三千院ナギとはクラスメイトとはいえ、ろくに会話したこともないしお屋敷に行った経験もない。1人で行くのは気が進まないが、3人そろって、しかもお見舞いという名目があるなら行ってみるのも面白かろう。
「いいだろう、お見舞いに行ってやる。恩に着るのだぞハヤ太君」
「嫌だといわれても付いていくぞ、ありがたく思え」
 ……それに泉がこんなに楽しそうにしているなら、それに水を差すのも野暮だろうし。




Chapter3.ブラックの報告


 三千院家の門の前で車を降りたとき、正直なところたいしたお屋敷じゃないな、と思った。私たちだって小学生の頃から白皇学院に通う身、世間的には名門でお金持ちの部類に入る。門の向こうに見える三千院家は確かに豪邸には違いないが、石油王の跡継ぎが住まうお屋敷にしては意外にこじんまりしている印象を受けた。
「……失礼だが、意外と小さなお屋敷なんだな」
「えぇ、ここは三千院家で持ってるお屋敷の中で一番小さなとこだそうで」
 苦笑しながらそう答えてくれたハヤ太君の言葉に、さもありなん、と私たち3人はうなずいた。これがとんでもない間違いだったことをすぐに私たちは知ることになる……ここから先はこの私、生徒会ブラックこと朝風理沙の実況でお送りする。


「ねぇ、まだぁ、ハヤ太君」
「……なん、だか、もう1時間近く、歩いてる、ような、気がするぞ」
 甘えるように問いかける泉、ふらふらと左右に揺れながら息絶え絶えに訴えかける美希。3人の中で一番体力のある私は文句こそ言わないものの、気持ちは彼女らと同じだった。なにせ門をくぐってお屋敷に向かって歩き始めてからというもの、一向にお屋敷に近づいてきている気がしないのだ。
「すみません、お嬢さまは何かと危険な身の上でして……防犯のため、門とお屋敷のあいだの距離をたっぷり取ってあるんですよ」
「たっぷりって……これ、度が過ぎると思うぞ……」
 涼しい顔で隣を歩くハヤ太君に、汗だくになりながら文句を言う美希。名門私立校で蝶よ花よと温室育ちしてきた私たちにとって、この距離は半端なものではない。こんなことなら門の中まで車で入ってくれば良かった、そういうとハヤ太君は首を横に振った。
「それはダメなんです。これは防犯用ですからね、お屋敷全体がマリアさんの清浄な小宇宙に包まれていまして……お屋敷に行きたい人は乗り物もテレポートも使わずに、自分の足で歩いていくしかないんです」
「サンクチュアリですか、ここは……」
 なぜそんな古いネタを知ってる、美希。
「むにゅ〜、ハヤ太く〜ん」
 気が付くと泉の方は、ハヤ太君の背中にしがみついて可愛い寝息を立てていた。歩き疲れて負ぶってもらっているらしい。フラグが立ってるとこういうとき得だな……そんな風に私は思ったのだが、もう1人の相棒の方は体裁を繕ってる余裕すらないようだった。
「ハヤ太君! 何とかしろ、私はもう一歩も歩けない!」
「は、花菱さん、そんな座り込んで駄々をこねられても……もう少しですから、頑張ってください」
「もう嫌だ! 私はヒナみたいに頑張れないんだ、こんなとこに来たのが間違いだった!」
「……仕方ないですね」
 ハヤ太君は泉をおんぶしたまま、ひょいっと美希の身体を片手で抱き上げると右肩に座らせた。こんな女顔の少年なのに、どこにそんな体力があるのやら……私が驚いて立ち止まっているとハヤ太君は、赤面しながら肩の上でジタバタする美希には目もくれずに私のほうを向き直ったのだった。
「朝風さん、あなたも僕の肩に乗っていきます?」
「……いい、頑張ってみる」
 なんで自分より背の低い男の子にしがみつかなきゃならないのか。つまらない意地だけが私を支えていた。だがその一方で、プライドを捨ててハヤ太君に寄りかかれる美希や泉たちがちょっぴり羨ましくも思えてきたのだった……変だな、こんな気持ち今まで感じたことなかったのに。


 やがて。微動だにしなかった三千院家のお屋敷は徐々に大きくなってきたと思うと、あっという間に見上げるような高さになり、いつしか私たちの前に轟然とそびえ立って見えるようになった。こじんまりとしたお屋敷だという第一印象は謹んで撤回させていただく。あれは常識外れの距離が見せるマジックだったんだ。
「ただいま、マリアさん」
「お帰りなさい、ハヤテ君。そして瀬川さんたちもようこそ」
 そして、三千院家の堂々たる威容に息を飲んだ私たちが視線を降ろしていくと、そこにはお屋敷の豪快さに似合わぬ可憐なシクラメンの花を咲かせた花壇と、その脇で微笑む綺麗なメイドさんがいた。三千院ナギの不機嫌そうな顔ともハヤ太君の貧相な顔とも似つかない、女の私ですら見とれてしまいそうになる美の化身。ひょっとして、この人が……。
「紹介します、この人がお屋敷の諸事全てを取り仕切っているメイドのマリアさんです。お嬢さまにとってはお姉さんみたいな存在なんですよ。それからこちらは、お嬢さまのクラスメイトの朝風さん、瀬川さん、花菱さんです」
「よろしく」
「初めまして〜♪」
「よろしくお願いします」
「はい、初めまして。ナギのお見舞いに来てくれて、どうもありがとう」
 聖母と同じ名を持つメイドさん……このお屋敷の守護女神はにっこりと微笑むと、重厚そうなお屋敷の扉を片手でゆっくり開きながら、私たちを優しく導いてくれた。
「皆さんお疲れでしょう。ナギの風邪が移るといけないから、まずは休憩室で汗を拭いてくださいね。すぐにお紅茶をお持ちしますから……ハヤテ君、すみませんが先にナギのところに行って、お友達が来てくれたことを伝えてくれませんか?」
 こうして私たち3名は、魔境に第1歩を踏み入れたのだった。今にして思えばもっと慎重に振舞うべきだったと思う。しかしここまでの疲労とメイドさんの笑顔とが、私たちの正常な判断力を奪っていたのだろう……このことを私たちは、この後で嫌というほど痛感することになる。


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