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ヒナギクと呼びなさい

初出 2014年08月17日@止まり木「第1回ハヤヒナ合同本」
サイト転載 2017年01月02日
written by 双剣士 (WebSite)
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※ この物語は、拙作「伝説の始まり」「暇つぶしの始まり」で記した伏線と、ほんの少しだけ繋がっています。


 上流階級子弟の通う超名門校として名高い白皇学院。
 次代の日本を背負う超エリートたちが集うその学び舎は、校舎や内装のみならず立地も広さも超一流。通う生徒たちは文武両道、質実剛健を旨として費用に糸目をつけぬ帝王教育を施され、そこの出身というだけで社交界から一目をおかれるほど。
 そんな白皇学院のもっとも高い場所は、通称ガーデンゲートと呼ばれる時計塔。そしてその最上階にあるのは、超エリートたちの中でも選りすぐられた才子才媛にのみ入室の許される生徒会室。そこの主たる生徒会長ともなれば、まさしく現人神と呼ばれるにふさわしい能力と風格と威厳を兼ね備えた存在と言えよう。
 そして今、若干十五歳の身にして至高の地位へと登りつめた一人の女生徒がいる。栄光ある白皇学院の歴史においても二人しかいない高校一年での会長職、しかも知性・美貌・支持率そして戦闘力の全てにおいて当代最強をうたわれた無敵の生徒会長である。
 しかして、その実態は……。


「……理不尽だわ」
 冬休みが明けたばかりの一月上旬、早朝の生徒会室。山のように積み上がった書類の整理と署名をしながら、無敵の生徒会長・桂ヒナギクは一人虚しく愚痴をこぼしていた。
 がらんと寒々しい生徒会室には彼女のほかに誰もいない。早朝ランニングと剣道部の一人朝練をこなした彼女が前日までに処理しきれなかった執務を授業前にこなしているのに対し、他の生徒会役員は誰一人として手伝いに来ようとしないのだ。彼女の名誉のために述べておくが桂ヒナギクは権限を手放さない独裁者では決してない……仕事を割り振ろうとする前に役員の半分は逃げ出してしまうし、残りの二人もバイトだ所用だといって気がつくと居なくなってしまうのである。書類の裁可が終わった頃には、まるで見計らっていたかのように元気に戻ってくるくせに。
「(ばきっ)……ん、もうっ!」
 砕けたボールペンを取り替えながら署名を続けるヒナギク。名門だエリートだと世間から言われていても実態はこんなものだった。父兄がそのまま学園理事を兼ねるようなお金持ちの子弟が、小中高一貫校というぬるま湯に浸かったまま同質性の高い環境で暮らせばどうなるか。努力や向上心とはまるで無縁な世間知らず、コネと要領の使い方ばかりに長けた“お公家さま”が大多数を占めるようになる、その点は世間のお坊ちゃま校・お嬢さま校と大差はない。白皇学院が突出した存在に見られているのは教育体制のせいではなく、時折現れる天才や秀才を飛び級や特待生と言った目立つ形で処遇しているからに過ぎないのである。
 それでも、肩書きだけとはいえ名門校を名乗っている以上、政財界や姉妹校からの視察や交流依頼は毎日のように舞い込む。やる気はないくせに文句の声だけは大きい学内からの要望も数限りなく積み上がってゆく。そればかりか今期になって急に学内行事に口出しをするようになった理事長代理からの横槍までヒナギクの肩にのし掛かるようになって来た。泣き言の嫌いな彼女でも、愚痴の一つくらいはこぼしたくなるというもの。
「誰も彼も、私をなんだと思っているのよ……おだてれば済むと思ってるんじゃないでしょうね」
 そもそも、なりたくてなった会長職ではなかった。愛歌と美希たちにハメられて生徒会長へと祭り上げられ、気がつくと学内外の厄介ごと全てを押しつけられる日々。生徒たちから羨望の目で見られる時計塔の頂上も、高所恐怖症のヒナギクにとっては天空の牢獄に等しい。せめて仲のいい友達と一緒にやれるならと思っていたらこの体たらくだし……。
 花の乙女の青春が、こんなことの繰り返しでいいのだろうか。友人も姉も自堕落でお気楽な生活を満喫する中、自分だけが何でこんな損な役回りを務めなきゃならないのか。頼りにされるのは悪い気はしないけれど、せめて一人、一人だけでもいいから、自分に手を貸してくれる人はいないものだろうか……。
「(ばきっ)ああん、もうもうっ! 最近のボールペンは安物ねっ!!」
 本日九本目のボールペンを握りつぶしながら、それでも生真面目なヒナギクは一人で執務を続けるのだった。のちに「握力オバケ」と称される女性離れした拳の筋力は、こうして当人すら知らぬうちに熟成されていくのである……。


「ねぇ、あの子……」
「あらら、巣から落ちちゃってるね。まだ飛べないから戻れないみたいね」
「あのままじゃ、猫とか熊とかタヌキとかが来たら食べられちゃうよね」
 午前の授業中。優等生らしく黒板を注視していたヒナギクの耳に、窓の外を見ていたクラスメートのひそひそ声が飛び込んできた。幼少時の喫茶店での経験もあり、授業に関係ない雑談は聞き流すことにしていたヒナギクだったが……とあるキーワードが不意に激しく彼女の鼓膜を打った。
「お父さんやお母さん、いないのかなぁ? 早くあの子を助けてあげないと」
「無理じゃない? ヒナをつれて木の上まで飛べるほど大きな鳥じゃなさそうだし……これも自然の厳しさだよ。誰か、親切なスーパーヒーローでも現れない限りは」
「すみません、鳥の仔を拾いに行ってきます!!」
 子供を助けない鳥の両親にも、それを見ていながら助けようとしないクラスメートたちにも腹が立つ。窓の外を一瞥したヒナギクは急に立ち上がると、堂々と理由を述べてから無い胸を張って授業中の教室を後にしたのだった。教師や生徒たちはポカンとしながら彼女を見送った……小学生ならいざ知らず名門校の女子高生が告げるにはワイルドすぎる離席理由を、瞬時には理解しかねた故に。


 ……そして。
「……しまったわ、どうしよう……」
 巣から落ちた鳥の仔(チャー坊と名付けた)を拾い上げて木の上の巣に戻してあげたのはいいものの、気がつくと自分まで木の上に登ってしまっていた桂ヒナギクは途方に暮れていた。高所恐怖症のヒナギクにとっては、下までの距離が三メートルだろうが三百メートルだろうが同じことである。飛び降りるなんて論外、かといって下を見ないまま木の幹をゆっくり降りる自信などない。助けを呼ぶにも今は授業中だし……。
「えぇ、落ち着くのよヒナギク。どの道このままじゃ居られないんだから、どうにかして降りるしかないの。やるの、やれるわ、やるしかないのよ……」
 理性と知性はそう言っている。しかし肉体だけは完全に彼女を裏切っていた。距離を測ろうにも目がくらむ。姿勢を変えようにも脚が震える。飛び降りたり滑り降りている最中にバランスを崩し、脳天杭打ちパイルドライバーを食らってしまう自分の未来図が鮮明に脳裏に浮かび上がってしまった。一度そうなってしまっては能力も物理法則も関係ない、思い描いたとおりの未来になるしかないのだ。これまで良くも悪くも、自分はずっとそうしてきたのだから!


《ああ、もうダメ、助けて誰か……》
 彼女らしくもない弱音が頭の片隅に浮かんだ、ちょうどそのとき。
「……ていうか、そもそも逃げ回る必要なんかないんですよ……堂々としていればいいんです、堂々と! だって僕は三千院家の執事なんですから!!」
 ふと木の下から、耳慣れない少年の声がヒナギクの耳に飛び込んできた。三千院家の執事、という単語に凍りつきかけた脳細胞が素早く反応する。たしかあの気難し屋のナギが、嬉しそうに話していた名前。車で跳ねてもトラと戦ってもヤクザに囲まれても死なないと言う、ガン○ムの生まれ変わりと称される新任の執事……。
《こ、これは天の助けなのかも!》
 だがここで情けなく救いを求めたのでは白皇学院の威厳に関わる。相手は部外者で、自分は生徒会長なのだ。ヒナギクは内心の嬉しさを押し隠して、せいぜい冷静かつ余裕のある口調を装いながら木の下の少年に声をかけた。
「まったく……三千院家の執事君が……こんなところで何をしているのかしら?」


 ところが。ヒナギクが声色に込めたはずの威厳の薄皮は、少年執事が顔を上げた途端に木っ端微塵に弾け飛んだ。
「えっと……あなたこそ、そんな所で何を……?」
「さ……さすがは三千院家の執事。いきなり核心を突いてくるわね」
 木の枝に登って見下ろしている女子高生。確かにあまり格好のいい構図ではない。
「こ……これは要するに……えーと、えーと……木って意外と滑りにくいし枝もあるからスルスル登れちゃうんだけど、上ばかり見ていると下がおろそかになるというか……」
「平たく言うと、猫が高いところに登ったはいいけど怖くなって下りられなくなったみたいなもんですね」
「ひ!! 平たく言わないでよ!! なんか私、バカみたいじゃない!!」
 どうも調子が狂う。核心的なことは何も話していないはずなのに、いつのまにか自分が劣勢に追いやられる。交渉術も何もあったものではなかった。普段のヒナギクであれば考えられない屈辱であった。
 これはあれだ、自分が弱みを抱えているからに違いない。さっさと対等の場所に立たないと……こんなときにまで負けず嫌いの血をたぎらせたヒナギクは不利な会話を早々に打ち切って本題に入った。
「と……ところであなた、最近ナギの所に来た噂の執事君よね? ものすごく丈夫でガン○ムの生まれ変わりと噂の……」
「ガ……えーと、まぁ噂がどうかは知りませんけど……」
「ならその……ちょっとお願いがあるのですけど……」
「はい? え、なんでしょうか?」
「だからその……えっと……う……受け止めてね」
「え?」


「ダメじゃない。ちゃんと受け止めないと危ないわよ」
「危ないと思うなら最初から飛ばないでください!!」
「ム……ご……ごめんなさい。でもそんな怒鳴らなくたって……すごく怖くて、一秒でも早く下に下りたかったんだもん……」
 大地に降り立った桂ヒナギクはなけなしの威厳をかき集めようとしたのだが、飛び降りる過程を目の当たりにした少年執事からのツッコミを受けて瞬時に劣勢に引き戻される。受け止めてと言った手前「私の降りるところに居る方が悪いんでしょ」とは言えない立場のヒナギクは、とりあえず素直に謝ることにした。
「ま……まぁいいですけど、でもはしたないですよ? 女の子がスカートであんな高いところ登って……」
 嵩に掛かってお説教を始める少年執事。手の掛かる子供扱いされてると感じたヒナギクは瞬時にカチンときた。いかん、このままでは私、負けっぱなしだわ!! 何に負けたのかは知らないけど、このまま負けてていいわけはないのよ!!
「別に平気よ? 下、スパッツだし」
「――――!! な、な、何考えてるんですか!! お、女の子はもう少し恥じらいってものを……!!」
「え〜? 何その純情ぶり。もしかして三千院家の執事は、情緒が小学生並みなんですか〜♪」
 ようやく訪れた反撃のチャンス。桂ヒナギクは鼻高々に赤面する少年執事を見下ろしたのだが、同時にちょっぴり申し訳なさを感じる余裕も出来ていた。高所の恐怖と恥ずかしさが脳裏から消え、くだらない勝ち負け意識もようやく解きほぐせた今、自分はちゃんとお礼を言わなきゃいけないんじゃないかしら……そんなことを考えた刹那。
「だいたい高所恐怖症ならそう言ってください。別にいきなり飛ばなくても……言ってくれれば助けに行きますよ」
 …………きゅんっ!!
「……!! へ〜、そう……言ってくれれば、助けに来てくれるんだ……」
 心臓の鼓動が瞬時にトップギアに切り替わる。思わず顔を背けたヒナギクは内心の動揺を押し隠しながら、少年執事の言葉をオウムのように繰り返した。これまで助けてと頼られたことはあっても、助けてくれると言ってくれた人は居なかった。敬愛する姉が自堕落な性格をむき出しにした今、自分は常に助ける側の人間でないといけないんだと思ってた……そんな心の透き間に冷たい楔を打ち込まれた気分。
 まったくもう……な、ナマイキ言ってくれるじゃないの!!


「でも、どうして高いところが苦手なのにあんなところに?」
「ん? しょうがないじゃない、あの子ったら……巣から落ちて泣いてたんですもの」
 そんなヒナギクの内心を知ってか知らずか、この状況に至った原因へと話題を転換する少年執事。ここに至っては誤魔化す意味もないので、ヒナギクはありのままを素直に説明した。だがそんな二人の前に、小さなピンチが訪れる。
「わ――――!! バカバカ!! なんなのよ、あのカラス!!」
「ピンチですよ!! いま、ちいさな命が風前の灯火ですよ!!」
 木から落ちたのを助けて巣に戻した小鳥のヒナの前に、獰猛そうなカラスがとまってニラミを利かせている。ヒナを助けようと戻ってきた小鳥の両親もカラスの眼光一つで追い払われる始末。すでに地上に降りてしまったヒナギクにはどうすることも出来ない。
「だ……ダメよ、ダメよそんなの!! お父さんやお母さんが子供を見捨てるようなことをしちゃ!! そんなのは……そんなのは絶対……ダメなんだから……」
 目から涙がこぼれるのも構わずにヒナギクは叫び続ける。実の両親に子供のころ捨てられたときの記憶、すぐ目の前で凶行が行われようとしているのに助けられない無力感……悲しくて辛くて悔しくて、感情ばかりがほとばしるのに身体は前に動かない。危機に際しても泣きわめくだけの「弱い女」に自分がなってしまっていることに、このときのヒナギクは気づいていなかった。


 だが救いの手は、またしても初対面の少年から差し伸べられる。
「どいてください」
「え!?」
 ゴオッ!!
「カラスさん。その辺で引いてもらえませんか? でないと次は……当てなければいけなくなるので」
 種族の壁を越えた露骨な恫喝。逆らったら殺される……そうカラスに悟らせるには十分な剛速球と、それを放った少年の不気味な笑顔だった。震えながらその場を去ってゆくカラスを見送って、ほっと安堵の息をついたヒナギクであったが……少年に笑顔で話しかけられると、つい負けず嫌いの感情が表にでてしまうのが彼女の性。
「よかったですね、ヒナが無事で」
「ていうか私には投げるなって言っておいて……自分は投げちゃうんだ」
「僕はコントロールがいいので」
「な!? それはどういう事よ!? まるで私がノーコンみたいじゃない!?」
 不毛な言い争いであることはヒナギク自身が自覚していた。自分がするべきことは口喧嘩ではなくお礼を言うこと。この少年は自分をバカにするために投げさせなかったわけではないし、そもそもヒナの危機を目の前にして泣き叫ぶことしかできなかった自分には文句を言う資格などない……そんなことくらいは分かっているのだ。
 なのにどうしてこう、この少年は自分の弱いところばかり突いてくるのだろう。どうして自分はこの少年の前だと、虚勢がことごとく崩れてしまうのだろう。そしてそのくせ、問題はすべて彼の手で解決されてゆく……木から降りる件にしてもチャー坊を守る件にしても。
 いったい……この人は、いったい何者なの?
「ハヤテです」
「……へ?」
「綾崎ハヤテです。あなたは?」
 心のつぶやきを読まれたわけでもなかろうに、あっさりと名乗ってみせる少年執事。機先を制せられた桂ヒナギクは、思わず息を呑んで口ごもってしまった。
「……わ……私は……」


「うわ――――!! すごい景色ですね――――!!」
「ふ……どう? 素晴らしいでしょ? この時計塔からの眺めはまさに絶景……あまりの美しさに瞬きすら忘れてしまいそうになるでしょ?」
 ここは時計塔最上階の生徒会室。お礼ついでに時計塔からの景色を見せてあげる、と少年執事を自分のホームグラウンドに連れ込んだ桂ヒナギクは、ようやく会長らしい偉ぶった言葉をかける余裕を取り戻していた。お礼というのはあくまで建前。さっきから格好悪いところばかり見られている少年に対して、ひとつくらい良いところを見せてあげないと生徒会長の沽券に関わる。そうよ、あのまま白皇の会長はバカだと思われてるわけには行かないんだから……そんな子供っぽい対抗心を押し隠した初対面の少年への大サービス。しかし……。
「そんな奥からでは見えませんよ?」
「私はいいの。心の目で見てるから」
「……でもここからだと、構内の様子がよく見えますね〜」
「でしょ? ここに生徒会室があるのは、生徒の様子をしっかりと見つめるためなんだから」
「桂さんはここから見たことあるんですか?」
「私はいいの。目ではなく心の声を聞くことにしてるから」
 さっきから情けない言い訳ばかりしている気がする。なんでこの人の前だとこうなっちゃうんだろう、これじゃ何の自慢にもならないじゃない……そんな負けず嫌いの気持ちが再び鎌首をもたげた、ちょうどそのとき。
「でも……本当に……学校、楽しそうだな……」
 背中越しに聞こえてきた少年のつぶやきにヒナギクはハッとなった。あなたは学校に行っていないの、という無遠慮な質問を喉の奥にのみ込む。そう言えばこの人、三千院家の執事だって言ってたっけ。つい詰まらない意地を張ってしまったけど、この人はこの学校に通う訳じゃないんだ……ここで別れたら、次にいつ会えるか分からない人なんだ。
 ちくん。
 胸の奥にかすかに刺さる鈍痛。ヒナギクはそれを彼女らしい解釈で受け止めた。その真偽をまったく疑うことなく。
《だったら、この借りをいつ返せばいいわけ? こんな情けないところばかり見られたままでお別れしろと言うの? ありえないわ、どうにかしてこの人に、頼れる生徒会長としての格好いい私を見せつけてあげなくちゃ!! そう簡単にバイバイするわけには行かないわよね!!》
「でも今、授業中みたいですけど……いいんですか? 桂さんは出なくて」
「…………」
「桂さん?」
「……あーもぉ、うるさいうるさい、だまれ――――!!」


 そして。最後まで反撃の機会を得られないまま、彼女と彼に別れの時がやってくる。
「さて……そろそろお嬢さまに、お弁当を届けに行きますかね。でもありがとうございます桂さん。桂さんのおかげで一生忘れられない景色を見ることが出来ました」
 冗談じゃないわ、これっきりにされてたまるもんですか……内心の複雑なさざ波を憤怒の気持ちで覆い隠して、桂ヒナギクはエレベーターに向かおうとする少年執事をにらみつけた。
「あら? もう二度と生徒会室には来ないみたいな言い方ね」
「はは……そりゃもう来れないでしょ?」
「どうかしら? そのうち……マメにここに出入りするようになるかもよ?」
 予感ではなく予測と願望を込めて、桂ヒナギクは少年執事の瞳を見上げた。ナギの執事だというなら白皇との縁が完全に切れる訳じゃない。生徒会どころか授業にすらまともに出てこないあの子だけれど……それでも可能性はゼロじゃない。ていうかゼロじゃないようにしてみせる。この桂ヒナギクをここまでコケにして、勝ち逃げしようなんて許さないんだから!!
「またまた……桂さんったら……」
「ヒナギクと呼びなさい」
「へ?」
 そして可能性がわずかでもある以上、学院に来る機会があったときに自分のことを素通りさせるわけには行かない。ヒナギクは少年の心に自分の存在をマーキングするように、大胆に一歩を踏み出した。
「同じ名前で私より目立つ人がいるから、みんな下の名前で呼ぶの。だから私のことはヒナギクって呼びなさい」
 大嘘がすらすら出てくる。女子ならまだしも、男子生徒に名前呼びを強要するのはこれが初めてだった。だがそのタブーを破るのに、この少年ほどふさわしい存在はいないと思った。なにせ無敵の生徒会長たる私を一敗地にまみれさせ、再戦を心に誓わせたのは彼が初めてなのだから。
「いいわね? 綾崎……ハヤテ君」
 そしてヒナギクはにっこりと笑って、出会って間もない少年執事に宣戦布告を叩きつけたのだった。


 このときの彼への執着が対抗心ではなく恋心であることに気づくまでに、桂ヒナギクはその後二ヶ月弱を要することになる。
 そしてその間に……『ヒナギクさんには迷惑の掛け通しで、顔を合わせると怒られてばっかりですよ』と想い人に思いこませるだけの不名誉な実績を、彼女はガーデンゲートよりも高々と積み上げてしまうことになるのであった。


Fin.

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