ハヤテのごとく! SideStory(花菱美希のお誕生日記念SS)  RSS2.0

伝説の始まり

初出 2007年09月09日
written by 双剣士 (WebSite)
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「えへへ、ヒナちゃんのウインナーも〜らいっ!」
「あっ、泉、それ楽しみに残してた分なのにっ!」
「安心しろ。ヒナの好物のハンバーグだけは、残しておいてやるから(もぐもぐ)」
「玉子焼き横取りしながら言っても有難くないわよ、理沙!」
「ちょっと理沙、勝手に私の行動に制限かけないでくれる?」
「もー、美希まで!」
 それはいつもどおりのお昼休み。ヒナのクラスに押しかけた私たち3人は、普段どおりにじゃれあいながら和気あいあいとお弁当を交換し合っていた。脂っこい食べ物は次々と私たち3人の胃袋に消え、ヒナのお弁当箱には野菜とかお豆とかが次々と放り込まれていく。当然よね、ヒナはいつだって格好よくなきゃいけないんだから。
「もー、みんなで寄ってたかって……」
 半分涙目になりながら口をとがらせるヒナ。白皇剣道部のホープと称される凛とした美少女が、私たちの前では年頃の女の子らしく頬を膨らませている。長い付き合いの私たちだけが知っているその表情をみると、胸の奥になんだか暖かいものが湧き上がってくるのだった。だが次の瞬間、そんな幸福なひと時は呆気なく破られた。
「あの……桂、ヒナギクさん?」
「えっ?……あ、はい」
「お昼休みにごめんなさい。実は折り入って、お願いがあって」
 きれいな人、というのが第一印象だった。ヒナを太陽とすればその人は月。すらりとした長身と長い黒髪、優しそうな表情と穏やかな物腰。上級生か保健の先生かと思わせるような落ち着いた雰囲気を持つ女性が、私たちと同じ1年生用のリボンを締めた制服を着てヒナの背後に立っている。
「あなたは?」
「1年○組の霞愛歌です」
 かすみ、あいか。それを聞いた私は、急いで机の下でメモを繰った。去年の入学順位主席、次期生徒会長は確実と嘱望されながらも病欠が響いて今春から2度目の1年生。私たちの目の前に立っているのは、生きた伝説になり損ねた年上の同級生だった。生え抜きの白皇学院生ではあるが、すべからくバカな私たちとは格が違いすぎる相手。
「実は桂さん、あなたに生徒会に入って欲しいの」
「……生徒会?」
「ええぇえーーっ!!」
「な、なんだってぇーー!」
 あらかじめ情報を仕入れておいてよかった。そのおかげで泉や理沙のように、大声を上げずに済んだのだから。


 次期生徒会役員選挙に、自分は生徒会長候補として立候補する。ついては副会長候補として一緒に立って欲しい。愛歌さんは簡潔かつ分かりやすく用件を述べた。
「で、でも私、まだ入学して数ヶ月の新入生ですよ? 生徒会役員なんて、そんな、とてもとても……」
「ほら、私って華がないでしょ?」
 聞くもの全てが肯定も否定もできず、うぐっと口ごもる。愛歌さんは場の空気をつかむ天才だった。
「先生に勧められて断りきれなくなったわけだけど、私って地味だし、周りからは年上に見られがちだしね。だから若々しいフレッシュな人に入ってもらって、みんなを元気付けてもらいたいの」
「で、でも、なんで面識もない私に?」
「あなたのことは有名よ、桂ヒナギクさん。ダメ姉の遺伝子を完全浄化した熾天使、剣道部に舞い降りた白い若鮎、新入生ブロマイド売り上げ第1位……あなただったら、誰もが納得するの」
 なんだろう、愛歌さんには自分と同じ臭いがする。まず外堀を埋めて逃げ場をなくし、求められてる役割を見せ付けてヒナの責任感を揺さぶる。それができるのは世界中で私だけのはずなのに!
「ほえ〜、ヒナちゃんすっごーい!」
「いいじゃないか、小学校でも中学でもヒナは生徒会やってたわけだし、予定より1年早まるだけだろう」
「う〜ん、でもバイトとかあるし……」
 泉と理沙は早くも洗脳されている。ヒナも褒められてまんざらではない様子。まずい、このまま愛歌さんのペースに乗せられるわけにはいかないっ! 私は席を立つと、ヒナと愛歌さんの間に小さな身体を滑り込ませた。
「……お引き取りください」
「美希?」
「あら……」
 いきなり眼前に立ちはだかった私をみて、あなた誰、と言わんばかりの表情をする愛歌さん。ここでひるんだら負ける。
「ヒナは大切な友達です。周りの評判なんか関係ありません、ヒナのことを知りもしない人たちから何を言われたって従う義務なんかないはずです……考えさせてください」
「……そうね、即答しろって方が無理ね。今日はこれで失礼します」
 愛歌さんは案外あっさりと引き下がり、背を向けてクラスから去っていった。あんな言い方しなくても、とオロオロする3人を置いて、私はすぐに愛歌さんの後を追いかけたのだった。


「愛歌さん!」
「なにかしら、花菱美希さん」
 穏やかに振り返って、廊下を駆けてくる私を待ち受ける愛歌さん。私の名前を知っている、その事実が愛歌さんの腹黒さを如実に物語っていた。やっぱりこの人は周りの噂なんかでヒナを選んだわけじゃない。ヒナの日常をウォッチして性格や交友関係を調べつくして、そのうえでヒナに白羽の矢を立てたんだ。
「なぜです? なんでヒナなんです?」
「理由は説明したはずだけど?」
「あんな表向きの理由じゃありません!」
 なにごとかと廊下を通る人たちが私に視線を向けていく。でもそんなことにこだわってる場合じゃなかった。この人は体裁を気にして勝てる相手じゃない。
「そうねぇ……あの子を気に入ったから、じゃダメかしら?」
「2年生にも1年生にも、人材は沢山いるじゃないですか! 愛歌さんにだって親しいお友達はいるんでしょう? なにも初対面のヒナでなくても」
「仲がいいことと、一緒に仕事したい相手とは別よ」
 ただの親友に過ぎないあなたに口は出させない、愛歌さんはそう言っているのだった。私のヒナを取らないで、そう本音を吐いても愛歌さんには鼻で笑われるだけだろう。私は慎重に言葉を選んだ。
「……言い換えます。どうしてヒナと仕事したいって思ったんですか?」
「優秀で可愛いから」
「アンタはオヤジですか!」
 思わず突っ込んでしまい、愛歌さんの含み笑いを見て我に返った。まずい、手のひらに乗せられてる。
「あくまでもはぐらかすつもりなら、こちらにも考えがありますよ」
「あら、どうするつもり?」
「幼馴染をなめないでください。ヒナとの付き合いはこっちのほうが長いんです」
「花菱さんはあくまで反対なのね」
「あなたの返答しだいです」
 バチバチと絡み合う視線。本当は自信なんかない、私の言いなりになるようなヒナじゃないってことは誰より私が知っている。私は精一杯の空元気で愛歌さんの視線を跳ね返した。そしてやがて……小さなため息とともに、愛歌さんの口調が変わった。
「……あなたたちが居たからよ」
「えっ?」
「優秀な人や元気な人は他にもいたわ。でもあなたたちに囲まれてフォローさせられてるヒナギクさんを見て、私は決心したの」
「……どういうことでしょうか?」
「ああいう苦労性の頑張り屋さんを見てると、もっともっと困らせてあげたくなるのよね、私」
「……同感です!」
 こうして私は魂の同志と出会った。

                 **

 それからの1ヶ月くらいは大忙しだった。
 これから生徒会の副会長になるヒナを励ますという名目で、まずは泉たちと一緒に学級委員になることにした。当時の学級委員は別の子がやっていた訳だけど、もともと勉強のできる子に無理やり押し付けた役職だったから本人の了解を得るのは簡単だったし、加えて担任はいい加減なことで有名な雪路だ。大切なのは能力よりも意欲、と強気で押し切るのは造作もなかった。
「ねぇ美希ちゃん、でも突然どうしたの? ヒナちゃんの立候補に反対してたんじゃなかったっけ?」
「愛歌さんは同級生よ? 今年は逃げおおせたとしても来年また誘ってくるに決まってるじゃない。どうせ生徒会入りが避けられないなら、せめて私たちの手で“あの”愛歌さんの毒牙からヒナを守ってあげなきゃ」
「うん、そうだね♪」
 泉に突っ込まれたときは一瞬ひやりとしたが、単純な性格で助かった。こうして泉が委員長に、理沙が風紀委員に、そして私が副委員長に就任することになった。日頃の私たちを知るヒナは当然驚く。
「あなたたち、どういう風の吹き回し?」
「どういうとはご挨拶だなヒナ。我々が帝王学を学ぼうとするのがそんなに不思議かね」
「帝王学って……」
 ヒナに聞かれたらどう答えるか、理沙たちとはしっかり打ち合わせしてある。生徒会選挙とは何の関係もないことを装うのが肝心。
「私たちも今では高校生だしな、いつまでもグータラしてるわけにもいかないし。3人で力を合わせて自分のクラスをまとめる、最初の一歩としては適当だろ」
「千里の道も一歩から、なのだよ。ヒナちゃん」
 ヒナが信じてくれなくたって構わない。理由なんてどうだっていいのだ。やる気を見せ始めた友人たちを前にすれば、ヒナは自分だけ殻に閉じこもっていられる性格じゃない。長い付き合いで嫌というほど分かってるんだから。


 ヒナが立候補を了承したと愛歌さんから連絡をもらった私は、続いて対立候補の蹴落としに移った。誰が相手だって負けるようなヒナじゃないけど、信任投票という形にしておかないと今後に差し支える。愛歌さんからその理由を聞いた私は全面的な協力を誓ったのだ。
「春風千桜は私ですが……?」
「こんにちは、私は瀬川泉、よろしく♪ ちーちゃんって呼んでいい?」
 もう1人の副会長候補の子に3人そろって突撃し、泉の天然パワーを駆使してカラオケルームに連れ出す。華やかな雰囲気が好きじゃないのは百も承知で私たちのホームグラウンドに引っ張り込んで、そこでヒナと対面させる。もちろんこの時点では、2人はお互いが対立候補であることを知らない。でも2時間ほど顔を合わせていれば、どちらがリーダータイプでどちらが参謀向きかは嫌でも分かってしまう。
 そして案の定、翌日になって愛歌さんから前日会った相手の事を聞いた千桜さんは、空席になっていた生徒会書記候補へとあっさりと鞍替えしてくれたのだった。
「私は愛歌さんみたいな凄い人のサポートをするのが好きなんですよ。凄い人がもう1人いるんだったら、喜んで3番手をお引き受けします」
 そのときの千桜さんの言葉を愛歌さんから聞いた私は、愛歌さんを敵に回さなくて良かったと心の底から安堵したのだった。


 そして1週間ほど経った日。白皇学院高等部の次期生徒会立候補者の名前が、学内掲示板に貼りだされた。
┌――――――――――――――――――――――――――――┐
│┌―――――┐生徒会長候補 :霞愛歌                    │
││ヒ ナ の│副生徒会長候補:桂ヒナギク                │
││顔 写 真│生徒会書記候補:春風千桜                  │
│└―――――┘                                          │
│ みんなで力をあわせて、元気な生徒会を作りましょう!    │
└――――――――――――――――――――――――――――┘
 ……どこからどーみてもヒナがメインになってる候補者掲示文書。頭から湯気を上げながら選挙管理委員会に抗議に行ったヒナを待っていたのは、製作責任者の照れたような言い訳だった。
「いやぁ、次期執行部の華になるのは桂さんだからって、霞さんから強く言われてるもので」
「それでも! こんな特定の候補者だけ顔写真つきで載せるなんて、非常識じゃないですか?!」
「特定の候補もなにも、今回は信任投票だからねぇ……」
 結局しぶしぶながらも掲示文書から写真を取り除く約束を取りつけたヒナの行動力はさすがだが、既に手遅れだった。ヒナが選挙管理委員会から出てくるころ、既に彼女の写真は学内ネットや有志ビラという形で学内全域にばら撒かれてしまっていたのだから。おかげでヒナを見かけると『霞さん』と声をかけてくる生徒がひっきりなしになり、正義感の強いヒナはその度に『私は桂ヒナギクです!』と訂正させられる羽目に陥った。そうやって名前を連呼して回ることが最大の選挙運動になっていることに、ヒナ自身も気づかないうちに。


 そして投票日の前日。講堂に全校生徒を集めて、立候補者の演説会が催された。謹厳実直を絵に描いたような千桜さんの演説が終わり、いよいよ副会長候補のヒナの出番……というところで、その事件は起こった。
「霞さんが血を吐いたって?!」
「大丈夫ですか、愛歌さん?」
「え、えぇ……ごほっ、ごほごほっ」
 演壇の舞台袖でうずくまる愛歌さんの口元には、真っ赤に染まったハンカチが当てられている。ヒナを励ますため一緒に舞台袖に集まっていた私たち3人も、演説を終えた千桜さんも心配そうに愛歌さんのもとに駆け寄った。もともと病弱と言われてた人だ、早く病院に行かないと、もう選挙演説どころじゃない……そう言って慌てふためく選挙管理委員会の人たち。だが彼らを止めたのは、他ならぬ愛歌さん本人だった。
「待って……病院には、行きます。でも私の演説をみんなが聞きに来てくれてるんです、一言だけでも」
「そんな、今はそれどころじゃ」
「お願い……ごほごほっ……します。中途半端はもう嫌なんです」
 愛歌さんが去年を棒に振ったことは皆が知っている。誰も強く言えないうちに、愛歌さんは足をふらつかせながら演壇へと向かった。あの写真に出てきた美貌の副会長候補の登場を期待していた聴衆から、ざわめきの声が上がる。やがて放送部のアナウンスが流れた。
「あの、事情により演説の順番を変更しまして……生徒会長候補、霞愛歌さんが急用により席を離れられることになりました。それで皆さんに一言だけ、メッセージがあるそうです。ご静聴ください」
 赤いハンカチを口に当てたままマイクの前でうつむく愛歌さん。そのただならぬ様子に周囲のざわめきも急速に収まっていった。真っ青な顔をした愛歌さんは静かにハンカチを下ろすと、申し訳なさそうにマイクの前で一礼した。
「生徒会長候補の……霞、愛歌です。ごめんなさい、ご覧のとおりの弱い身体で……とても生徒会長の勤めを果たすことはできません。皆様には申し訳ありませんが、この場で、生徒会長の立候補は取り下げさせていただきます……」
 誰も一言も発しない、ぴんと張り詰めた空気。愛歌さんは最後の力を振り絞るように、決然と顔を上げた。
「でも、ご安心ください。幸いなことに、私なんかよりずっと会長にふさわしい人がいます……皆さんも良くご存知の、文武両道に優れた学園のアイドルさんです。あの人がいれば何も心配は要りません。その人の名は……桂、ヒナギクさんです!」
「えっ、えっ、えぇっ?!」


 宣言とともに舞台袖に手を差し伸べる愛歌さん。その手を追うようにスポットライトが集中し、戸惑いの声をあげるヒナを映し出した。きらびやかな衣装に身を包み、ヘッドセットを耳と口に当てた可憐な妖精の姿をしたヒナへと。
「えっ、えっ、いつ着替えさせられたの私?!」
「あー、ぽちっとな」
 慌てるヒナを尻目に舞台袖でボタンを押す私。それを合図に講堂の明かりが落とされ、まばゆいレーザー光線が講堂全体を駆け巡る。ヒナを照らす明かりはいっそう強くなり、華やかな曲の前奏が流れ始める。その曲の名は『魂のル○ラン』!
「な、な、なんなんですか、いったい! これ選挙の演説じゃ……」
「往生際が悪いぞ、ヒナ」
「ヒナちゃん、ファイト♪」
「さあ、みんながお待ちかねよ」
 ノリのいい聴衆は既に歓声と手拍子を上げ始めている。理沙と泉に背中を押され、愛歌さんに手を引かれる形でヒナは舞台の中央へと引っ張り出された。邪魔な演壇はスタッフの手によって取り除かれている。何のことはない、愛歌さんの作戦を知ってたのは私たちだけじゃなかったんだ。
「愛歌さん、あなた最初から……」
「ほら、新会長さん。私の分まで元気なところを見せてちょうだい」
「女は度胸だぞ、ヒナ」
「美希、あなたまで!」
 前奏が終わりに近づき、曲パートがいよいよ始まる。講堂の……いや、会場のボルテージは早くも最高潮に達していた。あとはもう一押し。ヒナならきっと大丈夫。
「いやいやちょっと待ってよ! 私、歌なんて……」
「尻尾を巻いて逃げる気?」
 とっておきの切り札を出した私は、ヒナの背中を強く叩いて前へと押し出した。よろめいたヒナは目じりをきっと吊り上げると、やけくそとばかりにマイクに向かって声を出し始めた。


「さすがヒナ。空気を読める女だ」
「ヒナちゃん、格好いい!」
 舞台袖に下がった理沙と泉は熱唱するヒナに熱い視線を注いでいた。即席ライブハウスと化した講堂は手拍子と足踏みと突き上げる拳とに飲み込まれ、ヒナの歌声に合わせて右に左にと揺れていた。日頃は口うるさい先生たちも諦め顔で手を叩いていた。中でも雪路がトリップでもしたかのようにジャンプしながらヘッドシェイクを繰り返していたのが特に印象的だった。笑顔でハイタッチを求めてきた愛歌さんに私は元気よく応じた。
 前代未聞の信任率100パーセント。無敵の生徒会長が、こうして誕生した。


Fin.

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