まもって守護月天! SideStory  RSS2.0

わたしの Sweet Lady

初出 1999年10月04日
written by 双剣士 (WebSite)
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第3幕・夏色の鳥肌(上)

 リボンや花束で飾り立てられた食堂の壁。
 豪華なケーキと美味しいお料理が並べられた食卓のテーブル。
 高々と積み上げられたプレゼントの山。
 それらに囲まれ、さらに屋敷の使用人たちからの拍手を浴びる8歳の少女。だがその少女の表情は曇り、心の中は荒涼としていた。その日はその子の誕生日だった。仕事が忙しくてめったに戻ってこないパパとママに、絶対に来てねとおねだりしたのに、その子の願いはかなえられなかった。今年も、去年も、その前も‥。
「お嬢様、お誕生日、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
 少女の気持を知ってか知らずか、笑顔を浮かべながら一斉にクラッカーを鳴らす屋敷の使用人たち。だがそんな彼女らに愛想笑いを向けられるほど少女は“いい子”ではなかった。むっつりと下を向きつづける少女に、年配の女性が声を掛ける。
「お嬢様、どうぞお食べになってくださいまし、私たち一生懸命に作りましたのよ!」
「‥パパ‥ママ‥約束したのに‥」
 少女の気持を慮って絶句する年配女性。しかし少女と一緒に嘆いていても始まらない。年配女性は自分の責務を果たすべく気力を振り絞った。
「‥ほ、ほぅら、ご覧くださいこのプレゼントの山! お父様とお母様がいらっしゃらないのは残念ですけれど、その代わりこんなに沢山のプレゼントを贈ってくださいましたのよ! 素晴らしいですわ、ほらもっと嬉しそうなお顔をなさってくださいまし!」
 少女が欲しかったのは、両親の笑顔と共に渡されるプレゼントだった。肝心のものが欠けている以上、いくら数があっても慰めにはならなかった。小さい頃は誕生日が来るのが楽しみだったのに‥だが思い出に逃げ込もうにも、少女の中の記憶は既にかすれて擦り切れてしまっていた。
 底抜けにはしゃいでいる使用人たちの言葉が、すきま風のように女の子の心を吹き抜けていった。誕生日。クリスマス。毎年のように巡ってくるこの時期が、たまらなく苦痛に感じられた。小さい頃の記憶と引き換えに、年々強くなっていくある思いを、少女は心の中で反芻した。

《うちの親は、居て欲しいときには居てくれない》

 夏。友達とプールに行く約束をしていた少女は、出発する直前に母親の来襲を受けた。再会を喜び合う間もなく、少女の顔中をべとべとに濡らすキスの嵐。そのあと母親は、ごめんね時間が無いの、と言って少女の手を引き奥の部屋に連れ込んだ。そこには3ヶ月前の誕生日に貰ったプレゼントが、箱のままで積み上げられていた。
「ねぇねぇ、どれが気に入ったの?」
「‥‥‥」
 沈黙を続ける少女を尻目に、母親は自分が贈ったプレゼント12箱を選り分けて、次々と封を切っていった。中身は少女の思っていたとおりだった‥色とりどりの、フリフリのドレス。靴。髪飾り。
「あぁん、もう1時間もないわぁ‥ね、あなたにはきっと似合うと思うのよぅ、ほらこれも、これなんかも‥」
 立ち尽くす少女の身体に、次から次へとドレスをあてがう母親。だが少女の趣味に合うのは1着も無かった。そのうえ救いがたいことに、母親が贈ってくるプレゼントは毎年このパターンであった。少女はとうの昔にプレゼントに対する期待を捨てていた。
 もしもこのとき、会うことの少ない母親のために愛想を振りまく、という芸当ができれば、少女の未来は変わっていたかもしれない。だが‥。
「‥‥‥」
「ほらぁ、そんなつまんなそうな顔をしないで‥あなたはママの子なんだから、絶対に素敵なレディになれるはずなの。このくらい着こなせなくてどうするの‥」
「‥‥‥」
「ほぅら、ぴったり‥早く大きくなってね、わたしの小さなレディ」
 ‥そして。嵐のような1時間が去った後、部屋には脱ぎ捨てられた11着のドレスと、1体の生きた着せ替え人形が残された。少女が友達と約束した時間はとっくに過ぎていた。緊張を解いた着せ替え人形は、大きな溜め息をついた後、身に纏った真紅のドレスを乱暴に脱ぎ捨てた。

《ママは、あたしのことなんか何も知らない》

 翌年の秋。運動会でクラス対抗バトンリレーのアンカーに選ばれた少女は、運動会の前日も遅くまで練習していた。手応えはばっちりだった。
 温かい家庭と縁遠かった少女は、それを振り払うかのように友達との交流を盛んにし、今ではクラスの人気者になっていた。アンカーに名乗りをあげたのも、クラスのみんなの笑顔が見たい一心からだった。もともと運動神経の良かった少女は、天分の上に努力を積み重ね、今やクラスの期待を担える存在となっていた。
「明日のために、早く寝なくっちゃ」
 夕食とシャワーを終えた少女は、夜8時に就寝した。
 ‥‥そして少女が目覚めたとき、外はまだ暗闇だった。ばりばりというローター音と、秋の夜特有の肌寒い空気とが少女の耳と肌を刺した。寝ぼけまなこの少女の眼に、いつもの寝室とは全く違う夜景が映った。
「あらぁ、起こしちゃったぁ?」
 脳天気な声が少女の頭上から降りかかった。ここには居るはずの無い人物の声が‥少女は飛び起きた。
「か、母さん?!」
「あらぁ、起きちゃったのねぇ‥明日の朝、びっくりさせようと思ってたのに」
 ヘリコプターの後部座席で、少女に膝枕をしていた母親は残念そうにそう言った。
「あのねぇ、明日の体育の日、やっと1日だけお休みがいただけてね。せっかくだから、あなたと別荘で一日中ゆっくりと過ごそうと思って‥」
「体育の日‥こ、困るよ、明日はうちの学校の運動会なんだから!」
 少女は絶叫したが、母親は柳のように受け流した。
「大丈夫、先生には明日お許しをいただいておくから」
「運動会‥リレー‥」
「あぁ、楽しみねぇ母子水いらずの一日! ずいぶん長いこと、こんな機会なかったものねぇ。ごめんね、今日と明日は思いっきり甘えていいからね」
 ‥そして。先に到着していた少女の屋敷の使用人たちが、ヘリコプターから降りてくる母子を出迎える様子を見て、少女の心は深く傷ついた。母親はともかく、使用人たちは知っているはずだった‥少女が運動会をどんなに楽しみにしていたかを。裏切られたと思った。自分の味方だと思っていた使用人たちがしょせん母親の言いなりであることを、これほど思い知らされたことは無かった。

《母さんはあたしを可愛がってくれる、でもあたしの話は聞いてくれない》
《あたしの気持ちを分かってくれる人は、一人も居ない》

 運動会で最下位となったクラスの空気は、少女にとって針のむしろに等しかった。アンカー直前までは2位だったのに、少女の代理のアンカーがゴボウ抜きにあった、という顛末を少女は別のクラスの友人から聞いた。なまじ少女への期待が大きかっただけに、クラスメートの恨みは代理アンカーではなく運動会の日に欠席した少女に向けられた。
 一緒に給食を食べていた友人は、少女が近寄ると席を立つようになった。
 昼にドッジボールをしていた仲間は、わざと少女を狙わず‥残ったのが少女一人になると、さっさと引き上げてしまうようになった。
 そんな仕打ちに、少女はじっと耐えつづけた。母親のせいだ、と言い訳をするほど少女の矜持は低くなかった。少女は頑なに孤高を保ちつづけた。その姿勢が幸いしてか、少女は無視され遠ざけられることはあっても、いじめられたり陰口を叩かれることは無かった。
 そして、冬のある日。
 その日は授業参観日だった。多くの父兄や母親が教室の後ろで見守る中、少女はぼんやりと黒板を眺めていた。少女は何ひとつ期待してはいなかった。父親や母親が来られないのは分かっていた。参観日を知らせるプリントは少女の部屋の引き出しに隠してある。期待しなければ裏切られることもない‥少女は、そんな皮肉な気分になっていた。
 教科書を朗読する順番が、少女の前の席に回ってきた。少女はその個所に関する先生の質問に答える番であった。先生の指名を受けた少女は、顔を伏せたまま立ち上がり、事前に暗記していた模範解答をすらすらと口に出した。首肯する先生の顔を一瞥して着席する。
 そのときだった。
「まぁ! お見事ですわ、お嬢様!」
 どどどど‥という足音と共に一人の中年女性が少女に歩み寄り、少女を抱き上げてその場で一回転してみせた。
「素晴らしいですわ、さすがは社長の血を引くお嬢様! 私、感激いたしましたわ。社長もさぞお喜びになってくださるでしょうね!」
 それが、少女と三船和津絵の出会いであった。

《あたしには親なんかいらないっ! 親の代わりもいらないっ!》

 翌日から、少女を取り巻く空気は一変した。
 孤高の少女の弱点を眼にしたクラスの一同は、ことある毎に少女を指差して笑うようになった。仲が良かった女友達ですら、あんな叔母さんが居るなんて頼もしいよねぇ、と嫌味を言うようになった。悪い噂は千里を駆け、別のクラスの友人や担任以外の先生の耳にも入るようになった。
 少女の居場所は、もうどこにも無かった。行動の全てを悪く取られることに気づいた少女は、取り繕うことも自衛することも諦めた。

《どうせ嫌われるなら‥誰にも分かってもらえないのなら、そう見られて当然な生き方をする方が、どんなにか気が楽だよ‥》

                 **

「翔子さん?」
 日曜日、デパートに向かう途中で。急に立ち止まった親友を気づかうシャオリンに、山野辺翔子は明るく答えた。
「あ、ああ‥なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「‥なにか辛いことがあったんですか」
 シャオリンは普段ポケポケ〜っとしてるくせに、こういうときは鋭い。もちろん翔子は、自分の中の負の感情をシャオリンに聞かせるつもりはなかった。しかし‥。
「‥シャオ‥ありがとうな。声かけてくれて」
 危なっかしいくらいに純粋で、じれったいくらいに鈍感で、信じられないくらいに一途で‥そして誰もを引き寄せずにはおけないほど優しい、精霊の少女。もしシャオに出会わなかったら、あたしは今ごろ‥ふとそう思った翔子は、柄にもない感謝の言葉をつぶやいた。それに対してシャオリンは、にっこりと微笑んで答えた。
「いいえ、やっぱり翔子さんも一緒の方が楽しいですし」
 ‥なんか勘違いしてるみたいだけど。
「そうそう、キリュウさんも楽しみにしてるみたいでしたよ、来週の旅行」
「‥ふぅん」
「今年の夏は鬼になるって、今朝そう太助様に宣言したんですって。旅行までの1週間、十分に羽を伸ばすようにっておっしゃってましたから」
「‥たいへんだな、七梨も。さ、そろそろ行こうか」
 翔子は苦笑すると、夏のバーゲンに向かうシャオリンの背中を押した。

 ‥そして3時間後。デパートからの帰りに山野辺家に寄った二人は、冷たいジュースを飲みながら翔子の部屋で涼を取っていた。
「いやー、買った買った」
 今日の翔子は上機嫌だった。放っておいたら七梨太助の服ばっかり買い込んでいたであろうシャオリンに、お洒落な服をいっぱい買わせることができた。翔子自身の服も少しは買ったけれど、自分のラフな服を見ているよりシャオリンの綺麗な服を選んでいる方が百倍も楽しい。やっぱり『七梨が喜ぶ』の神通力は絶大だった。
「こんなに買って、一時はどうなるかと思ったぜ。やっぱりこういうとき瓠瓜が居てくれると助かるよなー」
 荷物を全部お腹の中に収めてくれた瓠瓜を胸に抱きながら、翔子は楽しそうにシャオリンに笑いかけた。一方のシャオリンは、微笑みながらもそわそわした様子を見せていた。
「あの‥翔子さん、昨日お会いした、和津絵さんという方は‥」
「あ、あの人ならもう行っちゃったよ。いつも忙しくしてる人だからね」
「そうですか‥昨日のお礼が言いたかったのに」
「いいって、いいって」
 ちょっと残念そうに言うシャオリンとは対照的に、山野辺翔子はすこぶる機嫌が良かった。そう、今日は山野辺家の竜巻は居ない‥その喜びが翔子の口を軽くしていた。思えば今朝、食堂に残されていた一通の置き手紙が、楽しい日曜日の始まりだったのだ。

翔子お嬢様へ
 まことに名残惜しゅうございますが、早朝のうちに仕事に行かなくてはならなくなりました。また当分はお会いできないと思います。社長への連絡と別荘の手配は済ませておきましたので、どうかご安心ください。
 朝のご挨拶もできませんで、申し訳ございません。翔子お嬢様のご健康を、心よりお祈りしております。
和津絵

 翔子が小躍りして喜んだのは言うまでもない。今日は最高の日曜日になる‥そう予感して家を飛び出し、七梨家に遊びに行った。その途中でシャオリンに出会った‥。
「それよりさシャオ、明日の朝は今日買った服を着て、七梨を起こしてやるんだぜ。あいつきっと大喜びするから」
「本当ですか、翔子さん」
「本当に本当。そんときはさ、寝てる七梨の顔の上に覆い被さって、優しくささやいてやるんだぜ」
「そんな小声で、太助様起きてくれるかしら‥」
 小さく小首をかしげる親友を見て、14歳の小悪魔は駄目押しをする決意をした。ベッドに横たわって眼を閉じてみせる。
「ほら、あたしを七梨だと思ってやってみな」
「え‥は、はい」
 シャオリンは慌ててベッドから立ち上がると、眼を閉じたままで横たわる翔子のそばに顔を寄せた。
「翔子さん、起きてください‥」
「‥七梨だと思ってやれって言ったろ‥」
「あ、ごめんなさい‥太助様、起きて‥」
「う、うぅ〜ん‥」
 わざと寝返りを打ってシャオリンに背を向ける翔子。それを追って、シャオリンはいっそう深く身を乗り出した。シャオリンの銀色の髪が翔子の頬を撫でる。夏の夕日が差し込む邸宅の一室で、重なり合うふたつの影‥。
「太助様‥」
「む‥あ、シャオ‥」
「早く起きて‥」
 薄目を開けた翔子の視界に、夕日に染まったシャオリンの笑顔が映った。にっこりと眼を細めた表情に影が付いて、どこか儚げな印象を醸し出している‥同性の翔子ですら、胸を高鳴らせずにはおかない光景が、そこにはあった。
《これなら行ける‥》
 そう心の中で確信した瞬間。
ぶっぶぅーーっ!
 静寂を木っ端微塵にするクラクションの音で、二人は飛び起きた。続いて門を開く音が聞こえ、ばたばたと響く使用人たちの足音、庭に滑り込むエンジン音‥その全てが、翔子の中で一本の線に繋がった。
「お客様でしょうか‥」
「‥シャオ、よく聞いてくれ」
 ベッドから起き上がった翔子は、一転して真剣な表情で親友の両肩に手を掛けた。きょとんとして見つめ返すシャオリンの眼に怖い眼をした翔子が映った‥だが逆光のために、翔子の顔色が真っ青になっている様子はシャオリンには見えなかった。
「何も言わずに、この窓から帰ってくれないか」
「え、でも私、玄関に靴を‥」
「明日学校で渡すから。ベランダから出るったって、軒轅に乗って飛んでいけば歩かなくてもすむだろ‥な、頼むよ。あたしの一生のお願いだ。何も聞かないで、今すぐ七梨のとこへ帰ってくれ」
 ‥そして、あわただしくシャオリンを追い出した後。玄関先に止まる真っ赤なフェラーリを窓から確認してから、翔子は深呼吸をして自分の部屋の扉を開けた。部屋を出て廊下を歩き、階段を降りて玄関へ‥そして、そこには彼女が予想した通りの光景が、彼女を待っていた。
「しょーこちゃぁぁ〜ん!」
 山野辺家の玄関で、一人の女性のタックルとキスの嵐を浴びながら。翔子は自分の座右の銘に、新たな一行を書き加えた。

《うちの親は、来なくていいときに会いに来る‥》

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次回予告:

「なんだい、こんなとこで終わりかよ‥え、次回予告? 冗談だろ、前回の予告で月天さまが言ってたシーンまでたどり着いてないじゃんか‥おいおい、おいらに謝ってもしょうがないだろ大家さん‥早く書いてくれよな、1周年記念作よりもこっちを期待してくれてる読者も多いみたいだからさ‥え、最優先で書く? 1周年の記念日までには何とか? そうか、頼むぜ全く‥なぁ読者のみんな、大家さんがくじけないように、応援よろしくな!」
「・・・・」
「え、次回予告になってないって? しょーがねーだろ、出演予定の無いおいらが予告読みに駆り出されたのは、ひとえに大家さんの計画ミス‥」
「・・・・(大泣き)」

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