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「いぶの夜」

初出 1999年01月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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第6幕・おしえて七梨先輩

「ええええぇぇ〜っ!」
 感動の再会の後、七梨太助から今回の騒動の原因を聞いた愛原花織は、家中に響き渡るほどの大声を上げた。
「お、おい愛原、あまりでかい声を出すなよ」
「‥あ、ごめんなさい七梨先輩‥でも、どーして先輩が追試だなんて‥」
「前の日に立てたヤマが外れまくったんだよ‥俺自身にも信じられないけど、あの日はどうにかしてたんだ‥もともと数学は得意じゃなかったけど、あんな点数を取るなんてなぁ‥那奈姉が聞いたらなんていうか‥」
「失礼ですけど‥何点だったんです?」
「いまさら隠しても仕方ないよな‥28点」
「なぁんだ、あたしの31点とそんなに変わらないじゃないですか」
 残酷なことを口にする花織。たった3点でも、30点以上か未満かの差は大きいのだ。太助はこめかみを引きつらせながら、それでも優しい口調で話を続けた。
「それで、明日の朝に追試をやるって先生に言われてるんだ」
「え、明日、ですか?」
「ああ。今夜一晩だけ辛抱すればいつも通りの冬休みが待っている、と言われると断れなくってな」
「それで、ですか‥」
 楽しみにしていたクリスマスパーティを中止にし、やってくる友人たちを訳も言わずに追い返す理由‥拍子抜けしながらも、自分も七梨先輩の立場だったら同じ事をするのかなぁ、と花織はぼんやりと考えた。
「でも、それならそうと‥」
「主殿の気持ちを察してくれ、花織殿」
 太助の部屋の壁にもたれながら、万難地天キリュウが助け船を出した。
「私には試験のことなど分からぬが‥男の沽券に関わる、そう主殿が言うのだ。パーティ中止の理由はおろか、こうして徹夜で勉強していることすら、誰にも知られたくはない、とな」
「そりゃ、あたしだって知られたいとは思いませんけど‥」
「私たちも主殿の心意気を察してな。真剣に自分の試練に立ち向かおうとする主殿を、全力でお守りしようと誓ったのだ。ところがたかし殿や乎一郎殿を始めとして、来客が次々と来るものでな‥」
「そーいうことだったのかよ、七梨」
 いつしか2階に上がった山野辺翔子が、怒ったような口振りで部屋に入ってきた。
「や、山野辺‥おまえも、来てたのか‥」
「全部聞かせてもらったぜ。ま、あたしも人の成績をどうこう言える立場じゃないが‥ということは、七梨を賭けてシャオとルーアン先生が戦ったっていうのは嘘なんだな、愛原」
 きゃん、と花織は飛び上がって、太助の背中に隠れた。
「ま、七梨が愛原の家に助けを求めて電話するなんて、おかしいとは思ってたけどさ‥それで、シャオは本当はどこに居るんだ、愛原」
「ごめんなさい、ごめんなさい山野辺先輩。あたし七梨先輩に会いたくて、会いたくて、どーしても先輩の協力が欲しかったんです‥で、でも、シャオ先輩がルーアン先生に吹き飛ばされたのは、本当です‥」
「何だって! どうして‥いやそんなことはいい、どこへ飛ばされたんだ?」
「‥シャオ! そうだ、そういやさっき、出雲からシャオと一緒に居るって電話が掛かってきたんだ」
 恥ずかしそうに座り込んでいた太助が、我に返ったように顔を上げた。花織から太助に視線を移した翔子は、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡した。
「‥おい七梨、離珠は? 一緒じゃないのか?」
「そうだ、離珠が居れば‥しまったっ! 今日は独りで徹夜するつもりで、シャオに返しておいたんだった」
「居ないのかっ! 七梨、おにーさんからの電話はどこからだった?」
「分からない‥何てことだ。出雲のやつ、シャオとふたりっきりだって言ってたから‥」
 頭を抱える太助。見かねた花織が、慰めるように言った。
「せんぱぁい、きっと大丈夫ですよ。シャオ先輩、知ってる人に会えたんですから‥」
「愛原!」「出雲だから、危ないんだよ!」
 ほとんど同時に二人から怒声を浴びせられて、花織はしゅんと小さくなった。
(山野辺先輩に怒られるのは分かるけど、七梨先輩は何を心配してるんだろう‥)
 君はまだ知らなくていいんだよ、花織ちゃん。
「こーしちゃ居られない! キリュウ、短天扇を広げてくれ!」
「心得た、主殿」
 太助の表情を見て取ったキリュウは、余計な文句を言わずに短天扇を部屋の中央に広げ、呪言をとなえた。
「万象大乱」
 短天扇は見る見る大きくなり、人が4人乗れる大きさまで広がると共に、魔法の絨毯のように宙に浮かんだ。そう、短天扇はこうすることで、空を飛ぶことができるのだ。
「あたしも行く! 愛原、シャオが飛ばされた方向に案内しろ!」
 翔子はそう口にして短天扇に一番乗りし、花織の首根っこを掴んで引きずり上げた。続いてキリュウ、太助が乗ってから、巨大化した短天扇は太助の部屋を出て冬の夜空へと滑り出した。
「たー様‥どこへ、行くのよぉ‥」
 か細い声で、庭の家具の隙間から空を見上げた人が居たとか居ないとか。

                 **

 シャオリンがどっちに飛ばされたかは知ってても、どこに落ちたかまでは見ていない。短天扇の上でそう花織が答えると、太助はがっくりと肩を落とした。花織の両肩に手を置いたまま顔を落とすその姿は、花織に同情と‥もうひとつの感情を呼び覚ました。
「七梨先輩‥」
「仕方ないさ七梨。宮内神社の方角でないと分かっただけでも、儲けもんだよ」
 だが太助の耳に届いたのは花織の声ではなく、あまり落ち込んでいなさそうな不良少女の慰めの声だった。
「でも、山野辺、シャオは‥」
「元気だしなって。それより聞くけどさ、おにーさんからの電話の時、声の向こうで音楽とか、車の音とかはしてたか?」
「‥いや、たぶん‥鳴ってなかったと思う」
「やっぱり思った通りだ」
 自信有りげなその言葉に、七梨太助は一縷の望みにすがる思いで後ろを振り向いた。
「おにーさんは、どこかの店の中か街頭から電話してきたんじゃない。個室の中から掛けてきたんだ。それもシャオとふたりっきりになれる所といったら‥あのおにーさんのことだ、ラ○ホテルかどっかの一室、てところだろうな」
「じゃあシャオは!」
「この街でラ○ホテルが有る所と言ったら‥あっち側かな。キリュウ、あっちに向かってくれ」
「承知した」
 ‥妙に詳しいな、翔子ちゃん。女子高生ならともかく、あんたまだ中学生だろ?
「どうしよう‥俺のせいで、シャオが‥」
「落ち着けよ七梨。ここで心配したって始まらないだろ。それに電話が掛かってからまだ数分だ。きっと間に合うさ」
「でも山野辺、もしも、もし別の街のホテルかどこかに行ってたら‥」
「それは、ない。おにーさんがなんでわざわざ電話をしてきたと思う? 心配だったら取り返してごらんなさい、って言ってんだよ。だから絶対、おにーさんは近くに居る」
「‥‥」
「そんなことより」
 翔子は太助の顎を掴むと、自分の顔の傍に引き寄せた。
「もし万一のことがあったとしても、そんな顔をシャオに見せるんじゃないぞ。シャオはシャオなんだからな。もし冷たくしたり哀れんだりしたら、シャオはすごく傷つくぞ。いいか」
「‥‥そうだな、山野辺‥」
 ‥そんなやりとりを、愛原花織は一歩引いて座り込みながら見つめていた。彼女の気持ちは複雑だった。
 七梨先輩も山野辺先輩も、あんなに一生懸命になってる。
 シャオ先輩のために。
 シャオ先輩のことを心配して、七梨先輩は落ち込んでるし、山野辺先輩は元気付けてる。
 あんなに頑張ったあたしのことなんか、二人ともちっとも気に掛けてくれない。
 あたしじゃ駄目なの?
 もし‥もし居なくなったのがあたしだったら、七梨先輩、そんな風に心配してくれる?
 ねぇ、おしえて七梨先輩!
「所詮あたしは‥かりそめのヒロインだったと言うの‥」
 花織の小さな独白は、冬の夜風に流され太助たちの耳には届かなかった。その声が聞こえているはずの筆者は、彼女に何も答えてくれなかった‥。
 いや。彼女の声を聞いた人物が一人だけ居た。
 花織の背中に当たる別の背中の感触と、静かな声が花織の意識を引き戻した。
「寒いな、花織殿」
「キリュウさん‥」
「‥辛そうだな」
 花織は振り向かず、うつむいたままで小さく首肯した。それは見ずとも背中の感触でキリュウには伝わった。
「‥私もな、ときおり思うのだ。シャオ殿のように振る舞えたら、と」
「‥‥!」
「しかし私は所詮、シャオ殿にはなれぬ。精霊の使命を抜きにしてもな‥私は私でしかない。シャオ殿の真似をしてもシャオ殿の代わりはできぬのだ」
「‥‥‥」
「だから私は、私にできることをすることにした。あくまで私のやり方で、私らしくな。花織殿だって、きっとそうだろう」
「‥‥‥」
 花織は脇に置いたリュックからハンカチを取り出すと、ごしごしと涙を拭いた。そしてハンカチをリュックに戻すと、キリュウにだけ聞こえる声で話し掛けた。
「チョコレート、食べます?」
「‥頂こうか」

                 **

 太助たちが窓から乗り込んできた時、宮内出雲は電話台のメモを使って離珠と会話している最中だった。出雲は文字どおり飛び上がった。
 七梨太助は出雲を一瞥すると、すぐにベッドに横たわるシャオリンの傍に駆け寄った。続いて出雲の前に立った山野辺翔子は、怖い形相で胸に抱いた瓠瓜を突きつけた。
「正直に白状しな、おにーさん‥あんた、まさか‥」
「い‥いや、そのぉ‥」
 しどろもどろになる出雲。こんなに早くこの場所が見つかるとは思わなかったのだ。腰の抜けた出雲に向かって、眼を覚ました瓠瓜の口が開いた‥。
(‥待つでし!‥)
 出雲の危機を救ったのは、意外な人物だった。出雲の頭に飛び乗った離珠は大きく両手を広げて、翔子に負けない強い視線で瓠瓜を睨み付けた。ぐえ、と鳴いて瓠瓜が口を閉じる。
(‥違うんでし! 出雲しゃんは、シャオしゃまを助けてくれたんでし!‥)
「離珠‥」
 もちろん翔子には離珠の声は聞こえない。しかし離珠の言いたいことは明白であったから、少しだけ表情を緩めて瓠瓜を胸に戻した。そこへ太助の声が掛かる。
「山野辺、シャオは無事だ‥よかった‥まだ、眠ったままだけど‥」
「そうか‥ん? まさか、おにーさん、シャオに何か盛ったのか!」
「ち、違いますって‥街で見つけたんですよぉ、意識を失って倒れているシャオさんを」
「‥やっぱりそうか」
 ほっとした表情を見せる翔子に対し、宮内出雲は怪訝な表情を浮かべた。彼は正直に告白したのだが、まさかこんなにあっさり受け入れられるとは思わなかったのだ。普通は信じないだろう、シャオが街で倒れていたなんて‥。
 続いて入ってきた花織とキリュウも、出雲に一瞥を送ってからシャオの元に歩み寄った。終盤になってはらはらさせた真のヒロインは、落ち着いた表情ですやすやと眠っていた。
「良かったな、主殿」
「ああ」
「それじゃあ、みなさん!」
 唐突に元気な声を上げる花織。一同の視線を集めた彼女は、ベッドの脇に座り込むとリュックの中に手を突っ込んだ。
「シャオ先輩は無事だったんですし、みんな集まったことですし‥クリスマスのゲーム大会をやりましょう! 今、ここで」
「はぁ〜?」
 こいつ阿呆か、と呆れた視線を向ける翔子たちをものともせず、花織はトランプを箱から取り出すとシャッフルを始めた。あまりにも場違いな乙女の提案‥しかし、応じる人が居た。
「‥混ぜてもらおうか」
「キリュウ?」
「寒いのは嫌いだ。シャオ殿が起きて、羽林軍に家の穴をふさいでもらうまで、私はここを動かないぞ」
(離珠も、やるでし〜)
 花織の前に座り込むキリュウと離珠。それを見て、これ幸いと同調する人間が現れた。
「そ、そうですよね、クリスマスですもんね。いいでしょう、やりましょう花織さん」
 嬉々として輪の中に加わる出雲。これで4対2。
 どうしよう、と顔を向ける太助に対し、翔子は肩を竦めた。二人は顔を見合わせ、『ま、いいか』という表情をすると、座り込んで花織からカードを受け取り始めた。

                 **

 シャオリンが眼を覚ましたのは、それから間もなくのことだった。シャオリンは花織と太助が一緒に居ることに少し驚いたが、その場に居る全員の笑顔を見ると、頬をほころばせて輪の中に加わった。
 こうしてイブの夜のゲーム大会は、1時間半後にルーアン先生の乗ったモミの木が部屋に突っ込んでくるまで、大盛況のまま続けられた。

Fin.

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