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「いぶの夜」

初出 1999年01月10日
written by 双剣士 (WebSite)
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第5幕・とおして万難地天

 遅れて七梨家に現れた翔子に、花織はこれまでの経緯を説明した。その説明は延々20分にも及んだため、冬の夜風に凍えた二人はいつしか七梨家の玄関に上がり込んで話すようになっていた。
「‥要するにだ、こういう事か。愛原が家を出る前に七梨から電話があった。『シャオたちが何か勘違いして、自分は家から出られなくなった。助けてくれ』って」
「そうです。『愛原、いや花織、おまえだけが頼りなんだ。イブの夜に花織に逢えないなんて、俺には耐えられない。おまえの愛と勇気で、俺たちの恋路を邪魔するやつらを出し抜いてやろう。おまえなら、いや、おまえにしかできない。花織が俺のために駆けつけてくれるなら、俺は何でもしてあげよう‥』」
「ああ、ああ、そこの描写はもういいよ‥それで愛原がここに来てみると、塀がこんな高さになってて、どういうわけかシャオの星神たちとルーアン先生の陽天心巨人とが戦っていた、と」
「はい。野村先輩と遠藤先輩も両方に分かれて、二人を応援してたんです。どうなってるんですかって先輩に聞くと、七梨先輩を賭けた戦いなんだ、って言って‥当の七梨先輩は勝者への景品として、部屋に閉じ込めてあるんですって」
「んで、戦いはルーアン先生の勝利に終わり、シャオは空の彼方へと投げ飛ばされた。そしてルーアン先生が得意満面で七梨の部屋に向かおうとすると、今度はキリュウが立ちはだかった‥ここんとこが良くわかんないんだが。ルーアン先生は勝ったんだろ? キリュウがなんで邪魔するんだ?」
「あたしに聞かれても‥とにかく今度はルーアン先生とキリュウさんの戦いになったんです。それで家の中はキリュウさんのトラップでいっぱいになって‥」
「ルーアン先生と遠藤は外から七梨の部屋に入ろうとして、キリュウの包丁爆撃の前に殲滅された、と」
「山野辺先輩お願いです、力を貸してください。あたしひとりじゃキリュウさんに対抗なんて出来っこありません。早く七梨先輩を助け出して、シャオ先輩を探しにいかないと」
 花織の名演技の見せ所であった。
 自分とシャオリンが戦ったことは絶対に感付かれてはならない。山野辺翔子は花織にとって恋のライバルではないが、シャオリンに友情を感じて七梨太助との仲を取り持ってやろうとする世話焼きキューピッド役として振る舞うことが多く、決して花織の味方とはいえない存在である。シャオリンがここに居ないと分かれば、花織と太助を会わせることよりも、シャオリンを探し出して連れて帰ることを選ぶだろう。助力を請うには、シャオリン救出の鍵を太助が握っていると思わせるしかない‥。
「まぁ、シャオのことだ。ルーアン先生との喧嘩なんてしょっちゅうだし、いざとなったら軒轅に乗ればすぐに帰ってこられるだろ」
「でもでも、すごい勢いで飛ばされていったんですよ。怪我をしてたり、支天輪を落としたりしてたら大変じゃないですか。それよりは七梨先輩に会って、そばに居るはずの離珠から行き先を聞いた方が‥現に、こうして話している間にも、シャオ先輩が帰ってきておかしくないのに」
 シャオリンの意識を断ち切ったのが自分だとは、花織は夢にも考えていない。
「‥だったら、電話か何かでもいいんじゃないか?‥そっか、離珠はしゃべれないんだっけ」
「でしょう? ねぇ山野辺先輩、ここは遠回りのようでも、七梨先輩に直接会って話すしかないと思うんです」
 花織は翔子の手を握り、うるうるとした瞳で翔子を見つめた。野村たかしを篭絡した“お願いっ”のポーズである。山野辺翔子は敵に回せば厄介だが、味方に付ければ頼もしいことこの上ない。彼女は普段は悪ぶっているが、あらゆることに人並みならざる実力を示す万能の天才なのだ。
「しかし、おっかしいよなぁ‥さっき来る時に、野村に会ったんだけどさ」
 びくっ。花織の背中に大量の冷や汗が流れ落ちた。
「‥ま、いいか。シャオの星神が野村を襲うなんて、そんなことある訳ないもんな」
「‥そ、そそ、そうですよ山野辺先輩」
 花織は引きつった表情に気づかれぬよう、翔子の胸に顔を埋めた。

                 **

 七梨家の階段を上がると、その左側の廊下を歩いた先に太助の部屋がある。その廊下の角に立ちながら、すらりとした体型の少女が階下の様子を伺っていた。
 階段とその上の吹き抜けは巨大クモの吐いた糸で覆われ、階下を見下ろすことはできない。だが下から聞こえてくる声は、ルーアンや花織のものとは明らかに異質の声であった。
「来るか、翔子殿‥」
 この少女の名は万難地天キリュウ。七梨太助を主と仰ぐ3人目の精霊であり、その使命は主に試練を与えること。そのため彼女は「万象大乱」の呪言とともに、生物・非生物を問わず任意のものを巨大化したり縮小したりすることができる。乎一郎を襲った巨大ゴキブリも、ルーアン先生に止めを刺した巨大包丁もキリュウの仕業である。
 本来なら、それらは彼女の主である七梨太助に向けられるものなのだ。試練である以上簡単に回避されては意味が無いから、キリュウの攻撃はいつも死すれすれの線を突く。こんな試練を好んで受けようとする者は中国4千年と言えど多くはない。
 七梨太助はキリュウの使命を知った上で試練を受けようと言ってくれた数少ない主であった。しかも守護月天と慶幸日天の共通の主でもあると言う。キリュウからすれば、苛めがいのある‥いや、腕の振るいようのあるこの上ない主人と言えよう。
 だがクリスマスイブの夜、キリュウは太助に背を向けて、太助に接触しようとする者たちを排除する任に就いている。なぜか? その理由は、いまは筆者しか知らない‥。
 そういう事情で、キリュウは試練の覚悟のできていない不特定の人たちを相手にすることになった。退屈な一夜になるだろうと彼女は思っていた。いくら七梨太助に友人が多いとはいえ、キリュウの攻撃を受けてなお挑んでくるような奇特な人間が、一夜のうちにそう多く現れるとは思っていなかったから。だが‥彼女の期待は裏切られた。慶幸日天とその下僕(と呼んで差し支えなかろう)に続いて、新たな挑戦者が階下に居る。その二人は普段のキリュウを知り、今夜彼女が仕掛けたトラップの恐ろしさを知った上で、あえて挑んでくる。
 キリュウも彼女たちを知っていた。特にあの山野辺翔子は要注意であった。無邪気な表情にどこか醒めた瞳を備え、数々の虚言を駆使して自分たち精霊を右へ左へと振り回す美少女。彼女の行動だけは、何千年ものあいだ人間を見続けてきたキリュウにも読めない。確実に言えるのは、これまでのような力ずくの手段は取らないであろうと言うこと。
 キリュウの鼓動が速くなった。彼女の胸に湧き上がるのは紛れもない高揚感であった。キリュウは眼を細め、これからの戦いを思って大きく息を吸い込んだ。そして‥。
「‥‥? こほっ、こほっ‥な、なんだ?‥」
 白い煙が階下から昇ってくる。巨大クモ、巨大蟻、巨大ゴキブリたちが背を下にして倒れ、脚を震わせて痙攣している。虫たちの命が尽きると共に、その身体が本来の大きさに戻って行く。そればかりか、大蛇の眼もうつろになり、とぐろを解いて廊下に寝転がり始める。
「‥や、やるな、翔子殿‥だが、相手は虫ばかりではないぞ‥」

                 **

 階段の下で、殺虫剤とダニ取り剤を大量に噴射する山野辺翔子。そのもとに、愛原花織がとたとたと駆け寄ってきた。
「これっ、先輩の庭の倉庫から持ってきました。これだけあれば足りるでしょうか?」
「ああ、たぶんな‥ほら愛原、手伝え」
 もくもくもく。
 ぷしゅーっ、ぷしゅーっ。
 白い煙とスプレーが、クモの糸で埋まった階段の上に向けて吹き付けられ、ぱたぱたと振られる団扇がさらに追い討ちを掛ける。もちろん団扇を振る花織と翔子そして眼を回したままの瓠瓜は濡れたハンカチを口に当てている。団地でやれば近所迷惑間違いなしと思われる大量の殺虫剤が、もうもうたる勢いで七梨家の階段を登っていった。
「先輩って、すごいです。こんな手を思い付くなんて‥これで、あと空気を入れ替えればばっちりですよね。七梨先輩のところへ行くの」
「いや、まだ無理だろうな」
 喜ぶ花織の言葉を翔子はあっさりと否定した。
「虫やヘビはこれで何とかなるだろうけど、キリュウに上から石を落とされたらひとたまりもないよ。まぁ家の中だから包丁を落としては来ないだろうけど」
「でも、ここを通らないと七梨先輩の元へは行けませんよ」
「とにかくキリュウの待っている中に飛び込むのは馬鹿のすることさ。さぁ、次いこうか」

                 **

 このままでは虫ばかりでなく自分の命にも関わる。キリュウは、太助の部屋を除く全ての2階の部屋の扉を開け、窓を全開にして風を通した。
 1階から登ってくる白い煙はもくもくと部屋の外に出て行き、数分後に止まった。煙が晴れた後に彼女が見たものは、屍をさらす小動物たちと、鼻水を垂らす自分自身だった。
「さ、寒い‥これも、翔子殿の狙いか‥」
 キリュウは寒がりである。秋を過ぎるとどてらを着こみ、ストーブを全開にして、めったに家から出てこなくなる。そんな彼女にとって、年末の冷たい夜風が応えないはずはなかった。吸毒死の危機を回避した直後に彼女を襲ったのは、凍死の危機であった。
「う、うううぅぅ‥」
 凍える手で窓に飛びつき、すぐに全ての部屋の窓を閉め、ほっと息を付く。だが振り返ったキリュウの眼に、鳥肌の立つ光景が広がっていた。階段から再び立ち昇る白い煙。2次攻撃の開始である。キリュウは反射的に叫んだ。
「万象大乱!」
 掛け声とともに丸い石が直径1メートルほどに膨らみ、階段の上から転がり始めた。階段に張り巡らせた巨大クモの巣を引き千切り、元の大きさに戻った虫たちの死骸を押しつぶしながら、ごろごろと転がり落ちる巨大石!
 どお〜ん。ばきばきばき、ごろごろごろ。
 巨大石は階段を転げ落ちた後、勢い余って玄関の扉を突き破り、庭へと転がっていった。人間が下敷きになれば無論かすり傷では済まない。だが不思議なことに、翔子たちの悲鳴やうめき声はまるっきり聞こえてこなかった。
「???」
 おそるおそる階段に近づき、ひょいと首を出して階下を伺うキリュウ。段が押しつぶされ無残な姿をさらす階段、丸い穴の開いた玄関、そして明々と光のともった応接間‥だがどこにも翔子たちの姿は見えなかった。異様なまでの静けさが、そこに広がっていた。
(諦めて帰ったか? いや、そんなはずはない)
 首をひねりつつ、注意深く様子を伺うキリュウ。玄関から吹き抜けてくる冷たい風が彼女の髪をなぶった。顔が冷え、鼻水が出そうになる。しかし今度は玄関を閉めにいく訳には行かなかった。階下に降りた途端、何が待ち受けているか分かったものではないからだ。
 キリュウの警戒心を嘲笑うかのように、沈黙を守る七梨家の1階。
 いや。
 応接間の奥から、しゅーっという低い音が聞こえてくる。殺虫剤のスプレーかと思って一瞬身構えたキリュウだが、白い煙も臭いも届いてこなかった。音の元は彼女の方からは見えない‥だがどこか、聞き慣れた音のような気もする。
 キリュウは眼を凝らして気配を探った。シャオリンの星神やルーアンの陽天心と違い、キリュウは自分の意のままに動かせるしもべを持たない。自分の眼と耳と勘だけが頼りである。だが精霊だからと言って視覚や聴覚が優れている訳でもない。
 階段を降りて、左側は応接間、その奥が台所。右側は風呂場とシャオリンの部屋。もっともシャオリンの部屋の入り口はキリュウの位置からは見えない。もし翔子たちが自分と同様にこちらの様子を伺っているのなら、もっとも疑わしいのはやはり応接間である。
 ぴぃ〜〜〜っ。
「ひぃっ!」
 甲高い笛の音が響き、キリュウは肝をつぶしてひっくり返った。
 ぴぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
 なおも鳴り続ける笛の音。しかし階下からの攻撃や声は届いてこない。気を取り直したキリュウは、ようやく音の発生源に思い当たった。普段の暮らしで、毎日のように聞いている音であったから。
「やかんの音、か‥?」
 そう、湯沸かしのやかんの水が沸騰したことを知らせる笛の音。ということは発生源は台所の、ガスコンロの上である。いつもならシャオリンが飛んでいってコンロの火を止め、笛の音は程なく止まる‥しかし今回は止まらない。火を止める人を呼び求めるかのように、やかんの笛は甲高く鳴りつづけている。
「シャオ殿ぉ〜」
 呼びかけてみたがシャオリンからの返事はない。当然である。キリュウはシャオリンの行き先を知らないが、翔子たちが階下まで来ている以上、家の中に居ないことは間違いない。シャオリンは自分と同様、七梨家に来るものを排除するよう太助に命じられているのだから。
「翔子殿ぉ〜、火を付けたままだと危ないぞ〜」
 コンロの火を付けたのは翔子たちに間違いない。翔子はおそらく応接間に居るのだから、彼女が火を止めに行くのが当然である。そう思って声を掛けたのだが、1階からの返事はなかった。
「止めに来いというのか‥私に?」
 あきらかに罠である。自分を太助の部屋の前から釣り出す作戦に違いない。だが今のままでは部屋の中に居る太助の耳にも届き、太助の試練の邪魔になる。それに放置すればやかんの水が無くなり、火事になるおそれも‥。
「行くべきか、行かざるべきか‥それが問題か‥」
 根が真面目なキリュウは、ハムレットばりの言葉をつぶやきながら途方に暮れた。

                 **

 そのころ。第5幕においてすっかり影の薄くなった愛原花織は、庭から太助の部屋のベランダに向けてチャレンジを開始していた。
 頼りとするのは、塀の外で野村たかしが使った混成ロープ。ルーアン先生が意識を失い壁の消失した鳥居をくぐって、七梨家の庭に持ち込んだものである。あのときはシャオリンに断ち切られてしまったが、2階のベランダに届かせるなら5メートルの長さは要らない。
 濡れたタオルをベランダに張り付かせる作業は、キリュウが巨大石を落下させている際に、どさくさに紛れて山野辺翔子がやってくれた。5メートルの塀よりも高さが低いとはいえ、たった一回の投擲できっちりと張り付かせる手腕はさすが翔子といったところか。
「んっ‥‥」
 声を漏らさぬようハンカチを口にくわえ、リュックを背負って花織は愛の糸の下で待機していた。そして台所から響く笛の音を合図に、彼女はベランダによじ登り始めた。これ全て翔子の作戦であった。
(いいか愛原‥キリュウが笛の音に気を取られている最中に、声を立てないようにして七梨の窓の外まで登るんだ。キリュウが根負けして1階に降りてくるまで、絶対に物音を立てちゃ駄目だぞ‥たとえ七梨と眼を合わせたとしても。大丈夫、気配さえ隠せば、キリュウは自分から窓を開けたりはしないよ。あたしは応接間で騒ぎを大きくして、キリュウが降りてきたら合図のクラッカーを鳴らすから、そしたら七梨の窓を叩け。そしてシャオのことを説明するんだ)
 つまりは陽動作戦である。キリュウのトラップが健在ならこんな手は通用しないが、巨大クモたちを倒し、キリュウ自身の手でトラップを壊させた後なら彼女の警戒心は他には向かないだろう。まして最大の強敵である翔子が実際に1階で待っているのだから‥。
(七梨先輩、あたし嬉しいです。山野辺先輩も、あたしたちを応援してくれてますよ)
 違うってば。
 注意深く注意深く、花織は七梨家のベランダによじ登った。窓の向こうに七梨先輩が居る。花織の胸の鼓動が速く、高く、熱くなった。叫び声を上げて窓を叩きたい衝動を堪え、ベランダの床に身を伏せる。
 普段の花織を知る者からすれば信じられない自制心である。だが彼女もこの一晩を通して成長していた。とりわけ、庭に横たわるルーアン先生と乎一郎の姿が、舞い上がろうとする花織の心を地上に縫いとめていた。屋外でキリュウを敵に回すことの愚を、彼女は目の当たりにしているのだ。
 ベランダにうつ伏せに横たわったまま、花織は太助の窓を見上げた。窓にはカーテンが掛かっていて中は見えない。おそらく暗いベランダにいる花織の姿は部屋の中からは見えていないだろう。
 それでも、花織には部屋の中が眼に見えるようだった。部屋の中には七梨先輩がいる。もうすぐ、もうすこしで逢える。どんな顔をしてくれるだろう‥。
(‥いけない、いけない‥)
 いま想像モードに没入するのは命取りだ。花織は息を潜めて、翔子からの合図を待った。夜空の寒さもベランダの冷たさも、燃える花織のハートには何程のことも無かった。
 だが。翔子からの合図が届くことは無かった。七梨家要塞の最後の扉が開くきっかけとなったのは、思わぬ人物からの電話のベルであった。

                 **

「主殿、電話だ」
「やぁ太助君、メリークリスマス。ご機嫌はいかがかなぁ?」
「げ、宮内出雲‥何の用だよ、今夜のパーティは中止なんだぜ」
「パーティ? ああ、仲の良いお友達との、ね‥まぁ君にはお似合いでしょうね、その辺りが」
「‥嫌味言うために掛けてきたのかよ」
「おやおや、お気に触りましたか‥まぁいいんですけどね。ぼくの方はぼくの方で、大人の付き合いを楽しんでいる最中なんですよ‥ところでシャオさん居ます?」
「‥シャオを誘おうったって、そうはいかねぇぞ」
「ほう、じゃ今、シャオさんはそこに居るんですか? 居ないんですか?」
「‥そんなの、お前には関係ないだろ」
「やれやれ、つれないご主人様ですねぇ‥よりによってイブの夜に。シャオさんが愛想を尽かすわけだ‥」
「‥なにが言いたいんだよ」
「いえいえ、恋敵として、一応報告しておこうと思いましてね‥シャオさんはいまぼくと一緒に居ますよ。ぼくの申し出に快く応じてくれました。ふたりっきりで、ね‥」
「何だとぉ!(おいキリュウ、シャオはどうしたんだ)(知らぬ。さっきから姿が見えぬが)(えっ!)おい出雲、シャオになんか有ったら、承知しないぞ!」
「おぉ怖い‥ふっ、まぁぼくの用件はこれだけです。せいぜい仲のいい友達と遊んでらっしゃい‥(がちゃ)」

                 **

「こんなことじゃないかとは予想していましたが‥やはり太助君、シャオさんのことに気づいてなかったようですね」
 電話を切った宮内出雲は、ベッドの方を振り返った。
 そこはホテルの一室。中央のダブルベッドには、額に濡れタオルを当てた美少女が横たわっている。ときおり眉を細めるものの、痙攣は治まり表情も赤みを取り戻しつつある。
 守護月天シャオリン。花織のケーキを食べて意識を失い、陽天心で吹き飛ばされたところを出雲に拾われて、今は出雲と二人きり。
「こんな幸運が、イブの夜に訪れるなんて‥感謝しますよ、神様」
 こら出雲、イブの日に神様に祈るな! 神主だろうが。
 という筆者の突っ込みをよそに、宮内出雲はシャオリンの傍に腰を掛けた。濡れタオルを外し、眼を閉じて、シャオリンの頬に唇を寄せる‥。
 ぷに。
(あれ、なんだか感触が固いな‥)
 再び、ぷに。
 不思議な感触を唇に受けた出雲は眼を開き‥ばっとのけぞった。
 シャオリンの首の脇に、頬を赤らめた離珠が立っていたのだ。
「り、離珠さん‥」
 そう、離珠。シャオリンの星神の一人で、伝心の能力を持つ身の丈10センチほどの女の子。その離珠が自分のおでこを押え、真っ赤な顔で出雲を見つめていた。出雲の唇がどこに触れたかは明らかである。
「離珠さん、居たんですか‥」
 絶句する出雲に向かって、離珠は小さな頭を振って何度もお辞儀をした。
(出雲しゃん、シャオしゃまを助けてくれて、ありがとうでし‥出雲しゃんは、やっぱりいい人でし‥)
 離珠の言葉は出雲には聞こえない。しかし感激と尊敬に満ちた離珠のうるうる瞳が、彼女の意志を如実に表していた。
「や、止めてください‥そんなつぶらな瞳で、ぼくを見ないでください‥」
 ベッドから滑り落ちてうわ言のようにつぶやく出雲を、離珠は不思議そうな表情で見つめていた。

                 **

 シャオ殿ならさっきまで外に居たはずだが、というキリュウの言葉を聞いた七梨太助は、あわててカーテンを引き窓を開けた。
 そして絶句した。
 窓の外には、信じられない光景が広がっていた。庭には1階の家具一切と、それに埋もれるようにして横たわる乎一郎とルーアン。塀の外には、軍南門を始めとする屍々累々の星神たちが無残な姿をさらし倒れている。そしてその傍に、シャオリンの姿はない。
「シャオのやつ‥」
「七梨先輩っ!」
 太助の心臓は跳ね上がった。いきなり下から、女の子が彼の首っ玉にしがみついてきたのだから。彼女がこの瞬間をどれほど待ち望んでいたか、太助は知らない。
「七梨先輩、七梨先輩、あーん、会いたかったよぉ〜」

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次回予告:

「は〜い、愛原花織で〜す。
 幾多の試練を乗り越え、ついに七梨先輩の腕の中に飛び込んだあたし。
 夢じゃないよね? あたし、甘えていいんですよね?
 七梨先輩、これが運命でなくて何だって言うんですか?
 次回、『いぶの夜』最終幕『おしえて七梨先輩』
 ああっ、あたしもう、なんにも要らないっ!」

「おーい、何か忘れてんじゃないのか?」

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