まもって守護月天! SideStory
「いぶの夜」
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第2幕・とどいて愛の糸
情熱いっぱい、想像力いっぱい、実行力いっぱい、作戦立案能力なし。
今の愛原花織の能力は、眼前の鳥居を突破するのに十分とは言えなかった。何十度目かの顔面衝突を経て、花織自身もそれを認識せざるを得なかった。
「しぶとい壁ですねぇ‥えぇーいっ!」
道幅いっぱいの助走をつけ、なおも見えない壁に体当たりするが結果は同じ。
花織ちゃんの熱意は買うけど、人間の体当たりで破れるような結界とも思えんが‥。
「花織ちゃぁん、いくらやっても無駄だと思うぜ‥」
道端に座り込んだ野村たかしが忠告するが、花織は耳を貸さなかった。何せ今の野村先輩は、情熱も実行力も枯れきっているのだから。
「痛いよお〜。もう、どうして通してくれないの?」
「無理だよ花織ちゃん。身体が壊れちゃうって」
「そっかぁ‥そうかもしれませんね。通り抜ける前に死んじゃったら、元も子もないですもんね‥あっ、そうだ」
花織は小悪魔スマイルを浮かべると、急に愛想よくたかしに話し掛けてきた。
「野村先輩、あたしに協力してくれるんですよね?」
「‥いや、あの、花織ちゃん。俺は早く帰りたいだけで‥」
「まだそんなことを言ってるんですか! さっき交わした、二人の固い誓いはどこへ行ったんです?」
「誓っとらん誓っとらん! 幕の間にはさまってるからって都合よく話を作るなぁ!」
「‥なぁんだ、まだ元気じゃないですか。それじゃ頑張ってくださいね!」
花織はたかしの腕を取ると、乙女パワーを全開にして年上の少年を振り回し、見えない壁に叩きつけた!
「ぐはっ‥か、花織ちゃん、何を‥」
「もう一回!」
「や、やめ‥ふぎゃっ!」
「成せば成るっ!」
体当たりする人が替わればいいってものじゃない。3度目の体当たりも跳ね返され、たかしは鳥居の前に崩れ落ちた。
「‥何てことをするんだよぉ、花織ちゃん」
「だってあたし、七梨先輩に会う前に死にたくないですもん」
「俺の身体はいいんかい!」
「熱意も知恵も出ないんだったら、野村先輩、あたしの楯として役に立ってください。それに根気よく続ければ、遠藤先輩みたいに通してもらえるかもしれないじゃないですか」
「こ‥乎一郎みたいに連れ込まれるのは、まっぴらだぁ!」
「まぁまぁ、照れないで」
「照れとるかぁ! だいいち初めから言ってるだろうが、この鳥居は俺たちの手に負える相手じゃないって!」
「じゃ、他に手があるっていうんですか‥ないなら文句言わないでください。前向きなだけ、あたしの方がましです」
たかしは必死で知恵を振り絞った。いつも好都合な理屈を積み重ねて作戦を立案し自爆している彼ではあったが、今回の作戦失敗は命に関わる。
「と‥とにかく、体当たり作戦はだめだよ。俺たち何回も挑戦して、失敗してるんだから」
「諦めたら可能性はゼロです!」
「そ‥そ、そうだ、鳥居をくぐるのは諦めて、塀を乗り越えるってのはどう? ち、ちょーっと疲れるかもしれないけど、体当たりを繰り返すよりはましだと思うなぁ」
「‥さっすが野村先輩、それだったら、いいのがありますよ」
花織は体当たり作戦をあっさり撤回すると、背負ったリュックを下ろして中をかき回し始めた。そして太いロープを取り出すと、するすると手繰り出し始めた。
「か、花織ちゃん、なんでそんなの持ってるの‥」
「綱渡りの隠し芸をするつもりだったんです。えーっと‥あれ、もう終わり?」
確かに、綱渡り用のロープは3メートルもあれば十分。塀を乗り越えるのに使うには長さが足りない。
「しょーがないなぁ‥あとは、これと、これと‥」
独楽回しの紐、凧糸、プレゼントの梱包用リボン‥とにかく紐に使えそうなものを、花織のリュックは次々と吐き出した。唖然としてその光景を眺めるたかし。
「これだけあれば足りるかしら」
どうにかこうにかして紐を結びつけた花織は、再び小悪魔の笑みを浮かべてたかしに向き直った。
「さ、野村先輩、投げてください」
「な、投げるって、俺が?」
「‥決まってるじゃないですか。あたし、あんな高いところまで物を投げたことないです」
「‥本当にやるの?」
「やるんです」
花織の眼に映る炎を見て取ったたかしは反論を諦め、自分の靴の片方を紐の先に縛り付けた。そして投げ縄の要領で振り回して勢いを付けると、思いきって塀の向こうへ投じ‥届かず、跳ね返されて戻ってきた。
「野村先輩、カッコ悪〜い」
「く、くそ、今度こそ‥」
ここで諦めたら再び体当たり作戦に戻ってしまう。そんな強迫観念に駆られながら、たかしは靴投げを繰り返した。10回を超えるころに靴は塀を越え、塀の向こうにぶら下がった。しかし紐を引くと、あっさりとこちらに戻ってきてしまう。
「‥引っかかるものがなきゃ駄目だよ。花織ちゃん、薄手のタオルか何かない?」
「タオルですか? ありますけど‥」
「貸して」
たかしはタオルを受け取ると、紐の先に結びつけ、排水溝の水で湿らせた。そして手近の塀に叩き付け、貼り付くことを確認すると振り回し始める。
「‥しぶきが飛んで汚いですぅ‥」
「我慢しろ花織ちゃん。他に方法はないんだ」
力いっぱい放り投げたが、靴とタオルの重みのためか、紐は塀に届かず戻ってくる。その濡れタオルの落下点にあったケーキを、花織は間一髪でどかした。
「危ないじゃないですか、野村先輩」
「下がってろ花織ちゃん。それとも、他に方法でも?」
「‥いいえ‥」
こうして何度かの挑戦と悲鳴のすえに、タオルは塀の向こう壁に貼り付いた。狂喜する花織を残して、たかしは紐を伝って塀を登り始める。俺って何てカッコいいんだ‥とたかしが登りながら自己陶酔しかけたころ、
「しつこい人たちですね」
鈴のような、それでいて冷たい声が塀の頂上から降り注いだ。それと同時に紐の手応えが無くなり、2メートルほど登っていた野村たかしは地上に背中からダイブすることになった。
「いたたた‥」
「大丈夫ですか、野村先輩」
「たかしさん、またあなた‥お帰りくださいって、あれほど言ったのに」
空を見上げる二人の眼に映った三日月の光。そしてシルエットとして映し出された、小さな龍とその背中に乗る少女。
「シャオ先輩!」
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次回予告:
花織とたかしの前に立ちはだかるは、守護月天シャオリン!
月夜のクリスマスイブに、恋する乙女と恋を知らぬ精霊が激突する!
平和な時代で溜まったストレスをついに解放するか、守護月天!
次々と繰り出される攻撃性星神の前に、現代の中学生になすすべはあるのか?
次回、第3幕「こないで守護月天」
女の子には、ケーキより大事なものがある!
12月11日加筆:
セリフの色分けに対応しました。
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