まもって守護月天! SideStory
「いぶの夜」
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第1幕・まもって野村先輩
「たー様ぁ、どうしても今夜でなきゃいけないのぉ?」
「ごめんルーアン、今夜が正念場なんだ」
「まぁ‥たくましいたー様(ぽっ)」
「本当によいのだな、主殿」
「ああ、よろしく頼むぜキリュウ」
「うむ、安んじて精進されよ」
「太助様、私が必ずお守りいたします」
「ありがとうシャオ、こんな日にごめんな」
「いいえ‥ご武運を」
「‥‥(離珠まで置いてけぼりなんて、ひどいでし〜!)‥‥」
「ひとりでやらなきゃ意味が無いんだよ離珠。シャオに付いていてやってくれ」
「‥‥(分かったでし)‥‥」
**
12月24日。
それは、迎える人たちにとってさまざまな意味を持つ日である。
家族の居る者にとっては、クリスマス・イブ。
母親はケーキと七面鳥を焼き、父親は‥もとい、サンタさんはプレゼントを買って帰る。そして子供たちは、この日のためにとって置いた特大の靴下を取り出して、楽しい今夜と明日の朝に思いを寄せるのである。
学生諸君にとっては、2学期の終業式。
冬休みの予定を友達と確認しながら、授業の無い日々の到来を待ちわびる。
その日に渡される頭痛の種2つ‥宿題と通信簿については、なるべく考えないようにして1日を過ごす。大半の生徒は、来年の初めまで思い出すことはないであろう。
そして恋人たちにとっては‥。
**
上記3者の立場を一身に背負う少女が夕暮れの道を歩いていた。
愛原花織13歳。中学1年生の冬。
上機嫌である。何てったって、初恋の人と一緒のクリスマスイブである。
憧れの人は、一つ年上の先輩。
あたしの運命の人。とぉっても優しくて凛々しい七梨先輩。
しかも今夜はクリスマスイブ。特別な日。
「花織ぃ、ねぇ、今夜行くんでしょ、彼氏のところ」
「えっ‥うん、七梨先輩のところで、みんな集まってパーティやるの」
「パーティ? クリスマスパーティを、みんなで?」
「うん」
「‥はぁぁ‥(嘆息)」
「‥なによぉ、そのため息は」
「‥花織、あんた、今夜が何の日か、分かってんの?」
「分かってるわよ、今日はみんなでクリスマスパーティをする日でしょ?」
「‥あんたねぇ‥イブよイブ! 彼氏の居る女の子が、恋敵と一緒にパーティやってどうすんのよ!」
「こ、恋敵って‥でも、シャオ先輩は七梨先輩の家に住んでるわけだし‥それに七梨先輩は‥」
「あぁもう! 花織、あんたそうやって一生、彼氏の顔を眺めるだけで済ませるつもり?」
耳年増な親友に吹き込まれて、花織のハートは燃えあがった。
「ここで点数稼がなくてどうすんのよ!」
たしかにそうだ。固い決意を内に秘めた恋する乙女は、終了のベルと同時にすっ飛んで学校から帰ると、ケーキの作り方を教えてくれるよう、母親に頼みこんだ。
「作り方って‥お母さんがいま作ってるじゃない、持って行くの? 作ってあげましょうか?」
花織は首を横に振った。お母さんの作ったケーキじゃ意味が無い。七梨先輩のハートをとろけさせる、花織の真心を込めたケーキでなくちゃ!
‥かくして、七梨家集合の時刻を1時間半もオーバーしてしまった花織であったが、心はうきうき、羽が生えたような気分だった。冬の夜風の冷たさも今の彼女には届かなかった。
「七梨先輩‥どんな顔してくれるかなぁ‥きっと喜んでくれるよね‥」
彼女の手には、苦心惨澹して作り上げたケーキが乗せられている。彼女がケーキを持ってくることは予定に入っていない。いつもシャオの料理を食べ慣れている七梨先輩にとって、突然ケーキを持って現れた自分はどう映るだろう?
「シャオ先輩の十八番は中華ばっかりだって言ってたからなぁ‥」
パーティをする以上、ケーキが作れなければ店から買ってくるだろうと言う可能性は、今の花織には全く思い浮かばなかった。
「みんな、びっくりするだろうなぁ」
「(もぐもぐ)」
「お、いけるよ花織ちゃん」
「やるじゃんか愛原、見直したぜ」
「花織さん、とってもおいしいですね」
「あーっ、もぅ、悔しいけど手が止まらないわぁ」
「‥修行の成果がうかがえるな」
口々に誉めてくれるみんな。でもあたしの眼は七梨先輩に釘付け。そう、あたしが欲しい言葉は、ひとつだけ‥。
「‥どうですか、七梨先輩」
「ちょっと水飲んでくる」
七梨先輩は答えずに、すっと席を立って台所へ。あたしは先輩を追って、パーティの喧燥を抜け出す。
台所で向き合う二人。口をきるのはいつもあたしの方。
「七梨先輩‥あの、おいしく、なかったんですか‥」
「愛原‥」
ぐいっと引かれる手。あっというまに、あたしは先輩の腕の中に‥。
「とってもうまかったよ‥俺のために頑張ってくれたんだな。ありがとうな」
「せ‥せんぱぁい‥」
なぁんて想像をはばたかせつつ、花織は通い慣れた道を歩いていた。
「きっと気に入ってくれるに決まってるわ。スポンジとシロップに、プリンと、ドロップと、マシュマロと、チーズと、チョコレートと、柿の種と、ハッカと、ナタデココと‥美味しい物ばっかり詰め込んだ、花織オリジナルケーキなんだから!」
‥おーい花織ちゃん、いくら急いでるからって、味見もせずに持ってきていいのかぁ?
**
こうしてルンルン気分で歩いてきた花織が七梨家の前に着いたのは、午後7時10分だった。とっくにみんなは家の中ではしゃいでいるだろうと思っていたのだが‥。
「あれぇ、どーしたんですか、野村先輩」
路上で座り込んで震えているのは、太助の友人の野村たかしである。ちなみに彼はシャオに恋していて、太助・シャオの仲を邪魔すると言う一点で花織と共同戦線を張ったこともある。
近づいてみると、たかしはひどい格好だった。制服はぼろぼろ、髪は荒れ放題、目は血走っている。花織が近づいても反応しない。
「野村先輩ってばぁ」
花織がたかしの肩に触れると、たかしは電撃を受けたかのように飛びすざった。そして花織を見つけてほぅっと肩を落とした。
「か、花織ちゃん‥おどろいた‥」
「何してるんですか野村先輩。早く入りましょうよぉ」
「‥! だめだ花織ちゃん! そっちは異次元魔境だぁ!」
たかしの声にびっくりした花織は、そこで初めて七梨家の方に顔を向けて‥眼を疑った。
「あれ‥ここ、七梨先輩の‥家ですよね‥ルーアン先生、また何かやったんですかぁ‥」
「花織ちゃん‥悪いことは言わない。今夜はこのまま、俺と一緒に帰ろう」
「え、何言ってるんですか?」
「今の太助は、いつもの太助じゃない‥な、帰ろう、俺と」
「嫌です! 今夜は、今日のパーティは、特別なんです! 七梨先輩、中に居るんでしょ?」
そういうと、花織は七梨家の門に立つ巨大鳥居をくぐろうとして‥。
「いったぁ〜い!」
何かに跳ね返されたように顔を押え、尻餅をついた。とっさにケーキを落とさなかったところはさすがである。
「なんですこれ、ルーアン先生の悪戯ですか?」
ケーキとリュックサックを地面に置いて、花織は3,4回ほど再挑戦し‥見えない壁に阻まれて鼻と額を痛打し、地面に倒れ伏した。
「どうして‥もう、あたしは要らないって言うの? あたしを捨てるって言うのね?」
「花織ちゃん、キャラが違うって‥」
冷静な突っ込みで、ようやく花織はそばに居る先客のことを思い出した。
「野村先輩! 説明してください。今夜はパーティじゃなかったんですか?」
「‥パーティ‥ああ、クリスマスのパーティか。あれ、中止だって。太助がそう言ってた」
「えぇっ!」
「‥説明するよ。俺にも、訳がわかんないんだけどな」
**
「‥と、言うわけだ」
「えぇっ、学校で七梨先輩が突然パーティの中止を言い出して、納得いかない野村先輩と遠藤先輩が学校の帰りにここにきたら、門に鳥居が立って、塀がすごい高さになってたんですって! そんでもって、入ろうとしたら見えない壁みたいなのに跳ね返されて、大声で七梨先輩に呼びかけると天陰(猟犬のような星神)が出てきて、町中追い回されてたんですって!」
「‥的確な説明セリフありがとう。それでだ、ようやく天陰を巻いてここへ帰ってきて、もう一回試してみようと鳥居をくぐろうとしたら、鳥居の向こうから白い手が生えてきて‥乎一郎のやつを捕まえて、鳥居の向こうに引きずり込んだんだよ。俺もうビビっちゃってさ、もうこの家には近づくまい、と思ってたところに、花織ちゃんが来たわけ」
「そんな‥」
花織は、もう一度変わり果てた七梨家を見上げた。門の向こうに見える一軒家は、いつも見慣れた七梨先輩の家。だが門のところには巨大な鳥居が立ち、鳥居の脇に広がる塀は高さが5メートルはあろうかという異常な高さになっている。
あたかも七梨家の建屋が、巨大な一升マスの底に沈んでしまったよう。
「でも‥こんなに塀を大きくできるのは、キリュウさんしかいませんよね。野村先輩、別にお化け屋敷じゃないですよ。きっとあたしたちを驚かせようって言う趣向の一つですって」
「俺たちがシャオちゃんの星神に街中追い回されるのが趣向かよ! それに花織ちゃん、今日のパーティは中止だって、太助がそう言ったんだぜ。なんで俺たちがこんなめに会わなきゃなんないんだ?」
あの愛しのシャオちゃんが、自分を拒絶している。その事実に錯乱したたかしは、パーティ中止の訳を問いただそうとする意志を既に放り出し、早く帰ろうと花織の手を引いていた。だが花織の脳裏に浮かんだ光景は別のものだった。
「‥ってことは、いま中には七梨先輩と、ルーアン先生と、キリュウさんと、シャオ先輩がいるわけですよね」
「‥乎一郎もいるけどな、生きてれば」
「許せない! あたし、帰りません。中に入って七梨先輩に会います」
めらめらと燃える花織の背後のオーラを感じて、たかしは別の恐怖を感じ冷や汗を流した。
「やめとけって、花織ちゃん。俺たちの手に負える相手じゃないよ」
「だって、イブなんですよ。クリスマスイブの夜なんですよ。七梨先輩を独占するなんて、許せません!」
「‥理由は分からないけど、太助は機嫌が悪いんだよ。会いたいのは分かるけど、明日にしようぜ、な」
「今夜でなきゃ駄目なんです!」
すっくと立ちあがった花織は、背にリュック、左手にケーキ、そして右手にたかしの左手をつかんで、そら恐ろしいほどの鬼気を放ちつつ巨大鳥居に向かって歩き始めた。
「な、なんで俺まで‥」
「野村先輩、シャオ先輩に会いたくないんですか? 遠藤先輩が心配じゃないんですか?」
「‥い、命あっての物種って言葉も‥」
「だらしない! 年下のか弱い女の子が苦難に立ち向かおうとしているのに、逃げ出すんですか、野村先輩は!」
「‥か、か弱いって、誰が‥」
完全に主導権を奪われ、ぼやくのが精一杯のたかし。
「いったいどうしたんだ花織ちゃん、何でそこまで意地になって‥」
「愛のためです!」
ハイテンションになっている花織は、普段なら口にできないセリフを吐いてたかしを絶句させた。
「野村先輩、今こそ協力しましょう。野村先輩はシャオ先輩を、あたしは七梨先輩をこの手に掴むため、この鳥居を何としても攻略しましょう。相手が相手ですから鳥居の向こうにも障害はあるでしょうが、私たちが力を合わせれば乗り切れるはずです!」
「お‥俺は‥別に‥」
「野村先輩! あたしに独りで行けって言うんですかぁ? そんな冷たい人だったんですかぁ?」
花織は大きな眼に嘘泣きの涙をいっぱい溜めると、たかしの手を握り締めた。
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次回予告:
花織とたかしの前に立ちはだかる、七梨家要塞の壁。
情熱はあるが単細胞なこの二人に、はたして精霊の壁が破れるか?
そしていま明かされる、花織のリュックの秘密とは?
次回、第2幕「とどいて愛の糸」
「七梨先輩、いま行きます!」
12月11日加筆:
セリフの色分けに対応しました。
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