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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月08日
written by 双剣士 (WebSite)
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有紀寧2

 気持ちよい晴天に恵まれた、日曜日の昼下がり。ピクニックにでも出かけたくなりそうな、ぽかぽかとした陽気に包まれた絶好のお昼寝日和。そんな柔らかい日差しに包まれた公園のベンチに、1組の少年と少女の姿があった。
 仲睦まじい恋人、と言うのとは少し違った雰囲気を彼らは持っていた。ベンチに腰掛けた少年の膝を枕にして、少女の方は気持ちよさそうに寝息を立てていたのである。すーっ、すーっとあどけない寝顔を見せる少女の姿は、すべてを信じ切った無防備な幼女のよう。一方の少年は優しい慈愛にあふれている……とはお世辞にも言えない、好物を前にしてお預けを食らっているような複雑な表情。
「…………」
 優等生には程遠い性格であることを自負している少年……岡崎朋也にしてみれば、この状況は想定外のものではあった。可愛い下級生に慕われるのはむろん悪い気分ではない。よこしまな意図をもって膝を貸したわけでもない。しかしこうまで無防備な姿を目の前にさらされては、持ち前の悪戯心がむくむくと頭をもたげてくる。顔に落書きするとまでは言わないが、ほつれ毛を直したり頬っぺたをつついたり、役得めいた楽しみ方があってしかるべきではないか。
 じゃらっ。
 だがこの場にいるのは、少年と少女の2人だけではなかった。朋也の首と両手首には細い鎖が絡められており、その鎖の先はベンチの背後の草むらへと……草むらにしゃがみ込んだモヒカン軍団たちの手元へとつながっていた。朋也が前傾姿勢をとろうとしたり少女に手で触れようとでもしようものなら、モヒカン不良学生たちは敏感にそれを察知して鎖を引く。それと同時にナイフと釘付きバットを抱えたリーゼント少年たちが、のけぞった朋也の喉元にナイフを突きつけ頭上にバットを振りかざす。しーっと口元に人差し指をたてながら……これは朋也の妄想でもなんでもない、既に30分間に3回も披露された不良たちの連係プレイの賜物であった。物理的にも精神的にもがんじがらめにされた岡崎朋也は、少女を慕う不良学生たちの背後からの監視の中、おとなしく膝枕を差し出し続けるしかないのだった。
「……ぅん……」
 かすかに身じろぎをするお昼寝少女。まだあどけなさの残る少女の寝顔を家族以外で目に出来る者は、実はそれほど多くはない。羨望に値する栄誉に浴しながらも有難みにひたる暇を与えられない朋也は、少女に吐息が掛からないようそっと息をつきながら、嬉しいような恐ろしいような奇妙な現状に至るまでの経緯を頭の中で振り返ってみるのだった。

                 **

 そもそもの発端は2時間ほど前。あてもなくぶらついていた岡崎朋也が海岸にさしかかったとき、砂浜で黙々と働く少女の姿を目にした瞬間であった。
「宮沢、何してるんだ?」
「あっ、朋也さん、おはようございますっ」
 少女……宮沢有紀寧が言うには、ついさきほどまで日の出大暴走の打ち上げバーベキュー大会を、この砂浜でやっていたらしい。大暴走を終えて晴れやかな顔をした不良たちは有紀寧が用意した肉や野菜を1枚も残さずに平らげてくれ、口々に礼を言いながら帰途についていった。そして今はその後片付けをしているのだそうだ。
「そいつら、片付けを手伝ってはくれなかったのか?」
「みなさん不良さんですし……それに、わたしが好きでやっていることですから」
 自分だって彼らにつきあって徹夜しただろうに、恨み言のひとつも言わずに楽しそうに片付け作業を続ける有紀寧。こんな光景をみて素通りするわけには行かなかった。柄にもない、と小さな声で自嘲しながら朋也は砂浜に降りてくると、手近にあったテーブルを持ち上げて運び始めた。
「あっあの、朋也さん、いいですよ、それはわたしが……」
「腹ごなしの運動だ。俺は夕べ、ゆっくり寝てたからな」
 理屈になってない返事。だが有紀寧はそれ以上反論しようとはせず、ぼんやりと朋也の方を眺めてから、ぺこりと頭を下げた。
「……ありがとうございます」


 1時間前。片付けを終えた2人は帰途についていた。送ってくれなくていいです、と有紀寧は照れたように固辞したが、むろん言うことを聞く朋也ではない。
「…………」
「…………」
 別に何を話すでもない2人きりの帰り道。だが朋也は無理に話題を探そうとはしなかった。なんというか、柔らかい笑みを浮かべながら隣で歩く有紀寧の姿を見ているとそれだけで満たされるような……背伸びをする必要なんて何ひとつないような、そんな気分にさせられる。たかだか十数分の帰り道なのに、このままずっと続いていても飽きないような不思議な気持ちになってくる。
「あの、朋也さん。ちょっとだけ……寄り道しても、いいですか?」
 ふいに投げかけられた有紀寧の言葉に、朋也だって異存のあろうはずがなかった。


 そして、30分前。
「すみません……ちょっとだけ、わがままさせてください……」
 とろんとした目でお願いをしてきた有紀寧は、そのまま朋也の膝枕へと倒れ込むと、すぐに気持ちよさそうな寝息を立て始めた。暴走族につきあって徹夜し今まで働きづめだった彼女のことを朋也は今更のように思いだした。両手に持ったアイスクリームを交互に振り返りながら小さく息をつく。
「ま、いっか」
 うとうとしたくなるのも無理のない、穏やかな日差しに包まれた日曜の午後。2人分のアイスクリームを舐めおえた朋也はコーンを近くのゴミ箱に放り込むと、無防備な姿を見せる膝の上の少女へと向き直った。疲れてるんだろうな、こんな小さな身体で……よく寝てるな、寝てるんだよな。こりゃ少しくらいの悪戯をしたって、目を覚ましたりしないよな……そう思って上体をかがめかけた、その瞬間。
 じゃきっ!!
 頭がいきなり強い力で後ろに引かれ、朋也はベンチにのけぞった。何者かの手に口をふさがれ、両手は別の手に取り押さえられる。喉元には冷たくて硬い何かの感触が伝わってきた……そして上を向かせられた朋也の視界には、いつの間に現れたか、モヒカンルックに顔面ペイントを施した不良学生が口に人差し指を当てていた。
『おまえら、どこから……』
『しっ』
 モヒカン不良はアーミーナイフをきらめかせながら、必要最小限の言葉で朋也に脅しをかけた。
『ゆきねぇの安眠を邪魔しやがったら、殺す』

                 **

 かくして冒頭のシーンに戻る。
 有紀寧は気持ちよさそうに眠っていた。朋也の膝を借りながら、たくさんの不良たちに見守られながら、幸せそうに眠っていた。柔らかな午後の日差しも静かな公園の雰囲気も、なにもかもが有紀寧の味方だった。周囲に愛を振りまく小さな少女は、その優しさに報いるにふさわしい穏やかなひとときを、いま満喫していた。


筆者コメント
 タイトル画面で眠る少女のイメージが多分に入ってます。こんなゆきねぇも、たまにはいいでしょ。


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