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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年05月23日
written by 双剣士 (WebSite)
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有紀寧1

「ごちそうさん」
「お粗末様でした」
 土曜日の放課後、旧校舎の資料室で手作りのオムライスを掻き込んだ岡崎朋也は、ようやく人心地ついたように大きな息を吐いた。
 誰も来ない資料室で手作りの昼食を食べる、聞いただけだとミスマッチな組み合わせとも思えそうだが、朋也はいつしか慣れてしまっていた。言うまでもなくそれは、目の前で食器を洗っている下級生の少女の存在が大きい。彼女の周りだけは時間がゆっくりと流れているというか、落ち着いた気分にさせられてしまう不思議な居心地の良さがあって、多少のことは許せてしまう気になるからだろう。
 もちろん、彼女のそばにいると予想外のことがいろいろと起こるというのも、退屈しない原因ではあるわけだが……。
「……なぁ、宮沢」
「はいっ?」
「今日はその……お友達は、くるのか?」
「たくさん来てくれると思いますよっ」
 濡れた手をタオルで拭きながら、宮沢有紀寧みやざわ ゆきね  は笑顔で振り返った。
「今夜は日の出大暴走っていうのがあるそうで、わたしも誘われているんです」
「だ、大暴走?」
「なんでも、真夜中に山奥からスタートして、日が昇るまでに海岸に着くようにバイクで突っ走る集会だそうで……ときどき定期的にやってるそうですよ。警察に見つからないようにコースは毎回変えるみたいですけど」
 ……仮にも進学校の生徒である有紀寧の口から、暴走族のイベントの話が出るというのも一種異様な光景には違いなかった。
「あ、でもですね、わたしは後ろに乗せてもらうだけなんです。バイクとか持ってないので」
「……そりゃ、そうだろ」
「ですからお礼に、走り終わった後で皆さんにお食事を召しあがってもらおうと思いまして……今日の午後は、そのための買い出しをするんですよ」
 ……生粋の暴走族には絶対できない発想だろう。朋也は改めて、慈母神の化身のような目の前の少女を見直した。
「あ、でもまだ時間はありますから。朋也さん、おまじないでもやります?」
 朋也の疎外感を察知したのか、こぼれるような笑顔はそのままに話題を変えてくれる有紀寧。そんな彼女を見ているとなんだか自分が矮小な存在になったような気がして、朋也は返す言葉に困った。
「……あの、顔色が悪いですよ?」
「あ、あぁいや、なんでもないんだ、なんでも……」
「……へんな朋也さん」
 有紀寧は納得いかない表情で向かいの椅子に座ると、おまじないの本をぱらぱらとめくり始めた。そんな有紀寧を朋也はぼんやりと眺めていた。
(……こいつを慕う不良たちが『お友達』以上に踏み込めなくなる気持ち、ちょっとだけわかったような気がする……)
 悪魔との契約にも似た的中率を誇る、宮沢有紀寧のおまじない。これさえ味方に付ければ、どんな厄災だって裸足で逃げ出す、藤林の占いだって覆せる……そう期待してここに来たつもりだった。だが有紀寧と一緒にいると、それさえも随分ちっぽけな悩みのように思えてくる。悩みや苦しみを浄化してくれる存在に対して、邪心や企みを持ち込むのは似合わない。
 ……と、そんなことを朋也が考えていると。あるページで手を止めた有紀寧は不意に立ち上がり、駆け寄ってきて朋也の腕を引っ張った。
「朋也さん、ちょっと立ってください」
「こ、こうか?」
「まっすぐ立って……そのまま、動かないでいてくださいね」
 何をする気だろう。不承不承ながら朋也は言われたとおりに直立した。有紀寧のほうは朋也の正面に向かい合わせに立つと、いきなり両足をガニ股に広げて腰を落とし、大きく深呼吸をした。そしてかすかに頬を赤らめると、両手を朋也の胸に押し当てて大きな声で叫んだ。
「ゲンキ玉注入! ゲンキ玉注入! ゲンキ玉注入!」
 慌てて朋也から飛び離れて脚を閉じると、顔を真っ赤に染めた有紀寧は恥ずかしそうに立ちすくんだ。そして少しだけ沈黙した後、そっと上目遣いに朋也の方を見上げた。
「あの……元気、出ました?」
 この状況で、元気が出なかった、と答えられる者など地球上に存在しない。もちろん朋也も例外ではなかった。


筆者コメント
 ゆきねぇについては佐祐理さん2世くらいの感覚で書き始めたんですが、筆が進むうちにどんどん神格化されていきました。これも悪魔の呪いか……?


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