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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月11日
written by 双剣士 (WebSite)
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智代3

 どのくらい時間が経っただろう。目を覚ますと部屋の中は真っ暗になっていた。寝たふりのつもりで本当に眠ってしまったらしい。仕方ない、もう一度寝なおし……と目を瞑りかけた朋也は、自分の顔のすぐ横からもれる規則正しい寝息の存在に気づいてあわててスタンドライトを点けた。
「……ん……すーっ、すーっ」
 見間違うはずもない、隣にいたのは智代だった。制服にエプロン姿という先刻の姿のままで、朋也のベッドに腕と顔を乗せて彼女はすやすやと舟をこいでいた。ベッドの脇には空になったお粥の鉢が、そのままの姿で盆の上に置かれている。時計の針は2時30分。どうやら昼食代わりのお粥を平らげてから、1時間ほど眠ってしまっていたらしい。
「って、ちが〜う! 起きろ、智代」
 あわてて飛び起きると朋也は隣に眠る少女の身体を揺さぶった。次期生徒会長候補であるところの美少女はぼんやりと顔を起こすと、半目のままで周囲を見渡し、ゆっくりと朋也のほうに視線を向けた。
「……ああ、おはよう、朋也。よく眠れたか?」
「俺のことなんかいい! 見ろよ、もう夜の2時半だぞ」
 そう考えなければ部屋の暗さの説明がつかない。
「そうか、もうそんな時間……どうだ、熱は下がったか?」
「俺のことなんかいいんだって!」
 のっそりと額を近づけてくる智代を腕で引きとめながら、朋也は大声を張り上げた。
「夜の2時だぞ! お前、昼に学校を出てからずっと俺の部屋にいるんだぞ! 親御さんには連絡したのか?」
「……ああ、なんだそんなことか。大丈夫、転入する前までは朝帰りなんか珍しくなかったし」
 どうってことはない、と動じる風もなく智代は首を振った。家族の愛に飢え、外で暴れて伝説まで作り出すほどに荒れていた昔の智代。崩壊寸前だった彼女の家族が、弟の事故を機に絆を取り戻した話なら、朋也も以前に聞いたことがある。
「以前は以前、今は今だろ! 生徒会長を目指すんだろうが、こんな乱れた生活してていいと思ってるのか!」
「ちょっと眠ってただけじゃないか。そんなにむきになること……」
「親御さんの身になってみろよ! 転校してやっと更生したと思ってた娘が、いきなり連絡もなしに朝帰りなんかしたら! つべこべ言わずにさっさと電話しろ、女の友達と話し込んでたとか理由をつけて」
 知らぬ間に激昂する朋也を、きょとんと眺める智代。そしてやがて嬉しそうに目を細めた。
「……心配して、くれてるのか?」
「…………」
「寝坊したお前を叱るのは私の役目だと思っていたが……たまにはこういうのも、いいものだな。朋也に心配してもらえて、私は嬉しい」
 叱られたはずなのに、なんとも嬉しそうな表情を浮かべる智代。こんな顔をされると朋也としても反応に困るのであった。頭の先まで布団にもぐりこむと、彼女を追い払うように言い放つ。
「ほら、すぐに電話してこいよ! 玄関の脇にあるから」
「分かった、朋也がそういうのなら……でも、心配は要らないと思うぞ」
 立ち上がって部屋を出て行きながら、智代は仕返しとばかりに言葉の爆弾を落としていった。
「1学年上に世話の焼ける男子がいるってことなら、とっくに両親にも弟にも話してあるからなっ♪」
「……げっ!」

                 **

 そして。家への電話を済ませた智代は、そのまま夜食のうどんを作って朋也の部屋へと運んできた。こんな時間では智代に帰れとはいえないし、いまから寝なおすのはとても無理……かくして2人はうどんをすすりながら、部屋の中央に座って話し込む体勢に入る。
「なぁ、朋也……私は何か、気に障るようなことをしたのか? 今日の昼間のことだが」
「なにか、あったっけ?」
「朋也をなんだか遠くに感じた……なんだか避けられてるみたいな、嫌な距離を感じた。悲しかった」
 あまりにもストレートすぎる智代の物言いに、朋也は絶句した。別に忘れていたわけではない。ただ真夜中に同じ部屋で向かい合ってうどんをすすっていると、目の前の少女がごく身近な存在にしか見えなくて……昼間に感じていた違和感がなんだったのか、自分でもよく分からなかったりするのだった。
「考えてみれば、今日は私から無理やりに押しかけたようなものだったしな。朋也は本当に別の用事を抱えてたのかもしれないし」
「くよくよ悩むなんてお前らしくないぞ」
「私だって女の子だぞ。不安にだって、なる」
 頬を膨らませる智代が妙に子供っぽくて、思わず吹き出してしまう。我ながら現金なものだった。智代が完璧振りを発揮している間はあんなに不安になったのに、こういうところを見せられると安心してしまうのだから……さっきの電話にしてもそう。自分でも気づく程度のミスを智代がやらかすと、看病してもらった恩も忘れて大声で説教してしまう。
「朋也?」
 我ながら嫌な性格だ、朋也はそう思った。相手が自分より風下にいないと安心できないのか俺は。智代といるときの居心地の悪さはそれなのか。自分の情けなさを棚に上げて僻んでいるのか。
「朋也、朋也!!」
 顔色を変えた智代が肩を揺さぶってくる。こいつにこんな顔をさせてるのは俺だ、俺がつまらないことで悩んでるからだ……そう考えた朋也は無理に笑顔を作ってみせた。しかしそんなものに騙される智代ではなかった。


筆者コメント
 あれれ、こちらも全3話で終われない……当初の計画と全然違う流れになりつつあるし、しかも結構、智代シナリオの根幹に関わってきてますしね。第4話は少し時間を空けてから書くことにします。


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