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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月20日
written by 双剣士 (WebSite)
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智代4

「……やっぱり似合わないか、こういうの」
 しばしの沈黙の後、ぽつりと漏らした智代のつぶやき。俺なんかじゃ智代には釣り合わないと思っていた本心を見透かされたような気がして、ドキッとした朋也は顔を上げた。だが彼女の口から紡ぎ出されたのは別の言葉だった。
「朋也には分かるんだな……女の子らしく看病しようとしたって、地はごまかせないか……去年までの私は、相手を病院送りにする側だったわけだし」
「ち、ちょっと待て!」
 なんでこいつが自分をおとしめなきゃならないんだ。朋也はあわてて少女の台詞を遮った。自分の不甲斐なさを嘆くより何より、智代を励ます方が先決だった。こいつは年下だが、何をやらせても完璧で……そう、俺のことなんかで心を痛める必要なんか、ないんだから。
「誰もそんなこと言ってないだろ! お前はよくやってくれてる、似合わなくなんかないって」
「励ましてくれなくていい。口だけなら何とでも……」
「お世辞じゃないって。お前は料理うまいし、頭もいいし、それに夢だって持ってる。自信もっていいんだよ。なんにも落ち込むことなんて無いんだって」
 喧嘩も強いし、という言葉は慎重に省いて朋也は少女の美点を並べ立てた。しかし智代は俯いた顔を上げようとはしなかった。
「誉め言葉に聞こえない」
「えっ?」
「どうだっていいんだ、そんなことは……みんな上っ面だ。みんな私のそう言うところしか見ないで、親しげに近づいたり遠ざかったりする。前の学校でも、ここでも」
「…………」
「朋也だけは、そうじゃないと思っていたのに」
 ハンマーで頭を殴られたような衝撃を朋也は感じた。智代は『完璧な女生徒』だが、そのことを鼻に掛けたりしたことは一度もない。むしろこちらが驚くほど無防備に、上級生の教室に乗り込んできたり俺の家に押し掛けてきたりする。今日だってあいつは、俺のことだけを心配してこんな夜更けまで付き合ってくれてるんじゃないか。
「……ごめん」
「謝るな」
 顔を伏せたまま、智代は少年の言葉を強い口調で遮った。膝の上で拳を固く握りしめながら繰り出される彼女の言葉は、次第に嗚咽混じりになっていった。
「朋也が風邪を移さないように気遣ってくれて、嬉しかった……私の作ったお粥を食べてくれて、嬉しかった……私の家のことを心配してくれたときも、こうして2人きりで夜中に喋っていられることも、本当は飛び上がるくらい嬉しかった。でも朋也はそのたんびに、悲しそうな顔をしてばかりだ」
「…………」
「そんなに私のことが迷惑か?」
「ちがう!」
「優しいんだな。でもいい、もう十分……」
 顔を手で覆ったまま立ち上がる智代。そのまま部屋を出ていこうとする彼女を、朋也はあわてて引き留めた。こんな気持ちに智代をさせた自分が許せなかった。こいつを立ち直らせるためだったら自分は何でもしてやろう、柄にもなく本気でそう思った。
「……離してくれ」
「お前は悪くない、みんな俺のせいなんだ。お前が出ていく必要なんてないんだ!」
「口先なら何とでも言える。いい加減に離してくれ。その気になれば朋也、お前を投げ飛ばすことだって出来るんだぞ」
 背後からしがみつかれた智代は、顔を背けたままで脅しをかけた。もちろん朋也としては、そうですかと離すわけには行かない。
「ごめん。俺のせいなんだ、俺がつまらないことで悩んだりしてたから」
「…………」
「お前が看病してくれるのが、なんだか夢みたいで……俺なんかがこんなにラッキーで良いんだろうかって、無性に不安になったんだ」
「……良かったな。これからアンラッキーな結末を迎えるところだ」
「そんなの要らないっ! 俺だって嬉しかったんだよ智代。ほら、うち母さんがいないからさ、風邪の時に玉子酒やお粥を作ってもらえるのって経験なくて……年下のお前にそうやって世話を焼かれたとき、どんな顔して良いのか分からなくて。それでなんだか、微妙な気持ちになったんだよ」
「……それだけか?」
「それだけ、それだけ。お前が迷惑とかじゃない、あんまりしっくりと家に溶け込んでたから、却って不安になったんだ。本当だ!」
「…………」
 智代に劣等感を感じていた部分は慎重に隠して、朋也は自分の心情を説明した。喋っているうちに気持ちが高じて、本気でそう違和感を感じていたかのような気分になってくる……それが功を奏したのか、智代はもう逃げようとはしなくなった。だが朋也の腕の中で頑なに背を向ける姿勢は相変わらずだった。
「智代?」
「…………」
「なぁ智代、機嫌直してくれよ。いくらでも謝るからさ」
「……口先だけじゃ信用できない、そう言ったろう」
「じゃ、どうすれば……」
「馬鹿」
 顔を背けたままの智代は身体の力を抜くと、すっと朋也の方に体重を預けながら言葉を継いだ。
「こういうとき、女の涙を止める方法は1つしかないだろ」
「……あ、あぁ」
「こんなことまで言わせるな」
 朋也は智代の顎に指をかけると、真っ赤に染まっているであろう彼女の顔を強引に振り向かせた。

                 **

 翌朝。朋也の部屋に運び込まれた朝食は、夕食もかくやと思わせるくらいにボリュームとバラエティに富んでいた。
「病み上がりは体力をつけないとな。しっかり食べてもらうぞ、朋也」
「……あ、あぁ」
 坂上智代は満足そうに微笑んだ。昨晩の一件以来、拒否権を失ってしまった朋也はわずかに肩を落としながら恋人の愛情料理に箸を付けた。栄養と情熱がたっぷり詰まった朝御飯は、それでもしっかりと美味かった。

Fin.

筆者コメント
 たいへん長らくお待たせしました、智代ルートの完結です。彼女が生徒会長になる前の1ヶ月が舞台なだけに、ちょっと消化不良な感じは否めませんがハッピーエンドになんとか到達できました。めでたしめでたし。


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