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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月10日
written by 双剣士 (WebSite)
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智代2

 病気で床に伏せっているときに、女の子が家にやってきて看病してくれる。
 その女の子は飛びきりの美人であり、そのうえ学業・運動・人望においても非の打ち所がない。次期生徒会長との呼び声も、彼女に対してなら当然だとすら思える。
 そんな女の子が、頼んだわけでもないのに向こうの方から世話を焼いてくれる。怠惰な自分を叱咤したり励ましたりしつつも、体調を崩したときには献身的に面倒を見てくれる。
 しかもこういう場合のお約束である、味音痴とかメカ嫌いとか寝坊癖とか2重人格と言った欠点も、彼女とは無縁である。
 春原が聞いたら……というより、世の男性の大半が『羨ましい!』と口を揃えるであろう、非現実的に思えるほどの至福のひとときが、いま自分の目の前で展開されている。間違いない、いま自分はそんな幸福を独り占めしている。
「…………」
 ……だが朋也は底知れぬ不安を拭うことが出来なかった。贅沢な悩みとは分かっている。頭では分かっているのだが……こうした第6感というものは、往々にして理性の外側にあるものなのだ。

                 **

「お待たせ。お粥を作ってきたぞ……起きてるのか、朋也」
 エプロン姿の智代が、陶器の鍋を乗せた盆を持ったまま朋也の部屋に入ってくる。朋也はベッドのうえで布団にくるまったまま、雑念を振り払うように首を振った。おでこに乗せられていた冷たいタオルがはね飛んで、生暖かい空気が肌をなでる。智代の持ってきたお粥から、なんとも良い匂いが立ちのぼってくる。
「ごめん、起こしてしまったか……気分はどうだ、朋也」
「おかげさんで」
 もともと風邪など引いてはいない。智代に押し切られて寝かしつけられているだけなので、気分が悪かろうはずはなかった。もっとも心の中の方は、自責と不安が渦巻いて目眩がしそうなほどだったのだが。
「起きられるか? 無理にとは言わないが、何か食べて体力を付けた方がいいぞ」
 智代は少年の背中に手を差し入れて起きあがるのを手伝うと、そのまま自分のおでこを少年に押し当てた。狭い部屋で男女2人きり、しかも互いの吐息が触れ合うような距離……だが智代は平然とした様子で額を離すと、ほっとしたように笑顔を見せた。
「良かった、熱が下がってる……ほら、食べさせてやるぞ、あーんしろ」
「い、いいって、それくらい自分で」
「遠慮するな、病人のくせに。たくさん食べて早く直すのが、いちばんの恩返しだ。さぁ、あ〜〜ん」
 お粥をすくった匙を顔の前に突き出してくる智代。真摯な瞳にはひとかけらの邪念もない。安心して彼女の言うとおりにしていい、そんな状況のはずなのだが……朋也の心の中では激しく警報が鳴っていた。こんな夢のようなシーンが現実であるはずがない。オチがあるはずだ、どこかにきっと……ここか? このお粥が実は火のように熱くて、触れた途端に火傷するとか。智代に限って味付けを間違えるとは思えないが、熱さだったらあり得る。
「……どうした、ひょっとして、お粥は嫌いだったか?」
 強張った表情のまま口を開けようとしない朋也の様子に、次第に落胆の色を濃くしてゆく智代。それに気づいた朋也はあわてて疑惑の堂々巡りを打ち切った。オチがどうした、火傷がなんだ。こいつにこんな顔されて、放っておけるか!
「あ……あのさ、ちょっと冷ましてから食わせてくれると、ありがたいんだが」
「……なるほど、そういえばそうだな」
 落ち込んだ表情はどこへやら。腑に落ちたように智代は顔を上げると、ふーっ、ふーっと匙に吐息を吹きかけてから、再び朋也の方に差し出した。朋也は勇気を出して口の中に入れ……適温より少し冷めたくらいのお粥の味に拍子抜けした。悪い予感は外れた。こいつのすることは、いつも完璧だ。
「どうだ?」
「……さんきゅ。美味しかった」
「良かった♪」
 本当に嬉しそうに、にっこりと微笑む智代。朋也は第6感が外れたことに安堵し、同時に智代の厚意を素直に受けられなかった自分を心の中でなじった。こいつの言うことはいつも正しい。今は素直に言うことを聞いておこう。こいつだってそれを望んでるんだし。
 ……そう、頭ではそう分かっているのだ。だが智代からお粥を食べさせてもらいながらも、朋也は頭の隅っこに根強く残る不安を消しきることができなかった……それはもはや、単に藤林の占い云々のせいではない。おそらく理由は今の状況そのもの、自分には不似合いすぎる幸福なひとときがもたらす不安に違いなかった。

                 **

 そして。お粥を食べおえた朋也がベッドに横たわると、智代はベッドのすぐ脇にしゃがみ込み、自分の顎を朋也の顔のすぐ脇に乗せてきた。朋也の顔に浮かぶわずかな苦しみも見逃さないような、真剣でまっすぐな瞳で……そう、言動がストレートすぎる智代は時折、こういうドキッとするような振る舞いを平気でするのだ。
「そんなに顔を近づけたら、風邪が移るぞ」
「それならそれでいい。朋也の苦しみを、少しでも引き受けてやれるのなら……私は、いい」
 聞きようによっては愛の告白と取れないこともない、智代の言葉。だがこういう言葉を聞けば聞くほど、朋也の中に巣くう不安は大きくなるのだった。朋也は照れたような振りをして智代から顔を背けた……こんな情けないことを考えてることを、彼女に知られたくはなかったので。
「どうした朋也。私が話しかけるの、迷惑か?」
「そうじゃない、そういうわけじゃない」
「だったらなぜ、目を逸らすんだ……」
 悲しそうに声を震わせる少女。申し訳ないと思いつつも朋也は振り向くことが出来なかった。何事にもまっすぐで、何をやっても正しくて、そして誰よりも純粋で……そんな彼女と目を合わす自信がない。
「……悪い。ちょっと寝かせてくれ」
「そうか、そうだな……お休み、朋也」
 卑怯な逃げ口上を、智代は字面通りに受け取って追求を止めてくれる。自己嫌悪に陥りながら朋也は目を閉じた。狸寝入りをし始める朋也の横で、しかし智代の気配はぴくりとも動こうとはしなかった。


筆者コメント
 今回は萌え萌え展開にする予定だったのですが、いつのまにか妙に重苦しい雰囲気になってしまいました。ひとつ嘘をつくと、その後どんどん苦しくなってくる。智代のようなタイプが相手だとそれが顕著に現れちゃうんでしょうね。


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