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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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草サッカー編7

 杏が倒されてファールを取ったのは敵陣の左隅深く。ほとんどコーナーキックと言っても良い位置からのフリーキックを託されたのは、風を操る超音波怪獣・ことみであった。
「へんな呼び方しないでほしいの」
 意味不明なつぶやきを漏らしつつ、ことみはボールをセットした。フリーキックなので彼女にタックルやプレッシャーを掛けてくる敵の選手は周囲にいない。ことみは大きく深呼吸して、これから蹴る方向を見つめた。ゴール前には陽平や杏、芽衣といった新攻撃陣が勢揃いし、彼女が上げてくるボールを待っている。反撃ののろしを上げる後半最初のチャンスである。
「でも、朋也くんや渚ちゃんは来てくれないの……」
「早く蹴るんだ、僕のボンバヘッに任せろ!」
「……仕方ないの」
 すこし寂しそうに瞼を伏せながら、無造作にボールを蹴り出すことみ。ボールは相手チームの壁を軽々と越え、意外にも春原の……口先ばかりで誰1人マークしていなかった春原陽平のいるファーサイドへと、絶妙のコントロールで舞い降りてきた。
「えっ……」
「嘘でしょ?!」
 この距離でことみがコントロールを間違えることなど有り得ない。予想外の狙い場所に芽衣と杏は絶句して固まってしまった。味方が驚くくらいだからサッカー部の側の驚愕はその比ではない。相手キーパーも含めてだれ1人反応できないまま、春原陽平は高々とジャンプし、飛んでくるボールの軌道に合わせて頭を突き出した。
「ボンバー〜〜〜!!」
「……ここ曲がる〜♪」
 ところが、陽平の絶叫よりもことみの小さなつぶやきの方に、天空を舞うボールは忠実に反応した。ゴール前に上がったボールは陽平に届く30センチ手前で直角に右折し、そのままゴール右隅に突き刺さった。
「……バ、バナナシュートだと……」
「嘘だろ、あんなの初めてみた……」
 度肝を抜かれた敵ディフェンス陣と、歓喜の声をあげてことみに駆け寄る芽衣と杏。そんななか、ヘディングシュートを豪快に空振りした春原陽平は、そのままの勢いで転落し地面に熱いキスをしたのだった。

                 **

+----------+ ____________|| |____________ | | \____________○ | | | 陽平 芽衣 ことみ| | | 杏 | | | +------------------------+ | | | | 智代 | |----------------------------------| | 朋也 | | | | | | +------------------------+ | | | 美佐枝 渚 椋 祐介 | | | | | | |____|_______ 風子 _______|____| | | +----------+ 後半4分 古河 鬼畜 ベイカーズ VS サッカー部 3 − 6 1分 秋生 2分 部員A 11分 ことみ 7分 部員B(PK) 24分 ことみ(FK) 12分 部員C 14分 部員B 17分 部員C 19分 部員D

 後半4分に一ノ瀬ことみがあげた芸術的フリーキックは、サッカー部員たちに恐慌をもたらした。単に1点取り返されたから、というのではない。誰であれどの場所であれ今後ファールを取られたら、あのフリーキックが飛んでくる……それは即失点を意味するといっても過言ではない。怪獣の怒りに震えあがったサッカー部の守備陣は、もはや容易には芽衣や杏にタックルを仕掛けられなくなり、深く引いて芽衣たちの突破を阻止することだけに専念するようになってしまった。
 そしてそれはサッカー部側の中盤が薄くなることを意味し、芽衣や智代がある程度フリーでボールを持てることに繋がる。
「智代〜」
「ああ」
 朋也からのパスを智代が受け取る。サッカー部員たちに新たな緊張が走った。点こそ入らなかったものの、前半の弾丸ライナーは鮮烈に脳裏に焼き付いている。なまじ近づいたら殺されるとばかりに中盤の選手たちは遠巻きに智代を囲み、守備の選手たちは股間を手で覆いながらゴール前に壁を作った。そんな彼らを見て智代はほくそ笑んだ。
《敵に周囲を囲まれる……願ってもない。小さくて綺麗なパスを出す絶好のチャンスじゃないか!》
 恐れおののくサッカー部員たちの思いとは裏腹に、智代はロングシュートを打つ気などさらさら無かったりするのだった。周囲を見渡してパスコースを探した智代は、覚悟を決めて小さく脚を振り上げ……。
「朋也!」
「えっ、俺?」
 智代が選択したのは、なんとボールを送ってくれたばかりの朋也であった。返されてきたバックパスをひとまず芽衣の方に回した朋也は、呆れたように頑固者の下級生の傍に駆け寄った。
「なにやってんだよ! 前に蹴ればいいんだよ、俺に戻してどうすんだ!」
「しかし、前にいるやつは全員マークされてたし……」
「だったら打てよ! ゴールに向かってさ!」
「嫌だと言ってるだろう。私は決めたんだ、あの子を見習って女の子らしいプレイを目指す!」
 智代が指さした先では、小さな中学生が敵ディフェンス陣の裏に抜けるキラーパスを通し、彼女の兄がそれを豪快に空振りしていた。確かに見習うに値するプレイを春原芽衣は随所に見せてくれていたが……よりによってお前が真似したがることはないだろ、と朋也は痛烈に思った。古河ベイカーズ随一の長距離砲は、いまだ眠りから覚めないままであった。

                 **

 一進一退の攻防が続く後半7分。サッカー部の攻撃陣は美佐枝・祐介の双璧が突破困難と見るや、中央部に高いボールを入れる作戦に切り替えてきた。スイーパーが2人いるとはいえ渚と椋にヘディングで競り合う能力など無い、と見切っての作戦である。
「それ行けっ!」
「……あ……あの、どうしよう……」
「ずびばぜん、ずびばぜん、ずびばぜん!!」
 高いセンタリングに合わせてジャンプする敵フォワードと、なす術もなく見送る藤林椋・古河渚のスイーパーコンビ。裏をとられた朋也に追いつけるわけもなく、キーパーの風子は怖がって両目をつぶっていた。事実上のノーマーク状態となった敵フォワードは無理をする必要もないと思ったか、確実に枠を狙うように若干力を緩めてゴール隅にボールを流し込もうとした。
 と、そこへ意外な方向から鋭い声が飛ぶ。
「風子、左っ!」
「はいっ!」
 目をつぶったまま左に身体を投げ出すキーパー風子。その伸ばした両手に、すっぽりとヘディングシュートのボールが収まった。信じられないと敵フォワード選手は膝をついたが、もっと信じられなかったのはキャッチした本人であった。
「わわっ、風子とってます! なぜか手の中にボールが入ってます! いいんですよね、サッカーだけど手を使っていいんでしたよね?」
「ナイスだ、風子!」
「ふぅちゃん、すごいですっ!」
「……た、助かりました……」
「本当に取ったんですかっ? 風子よく分からないです、とっさにユウスケさんの声を聞いて、思わず身体が勝手に……」
 狂喜の渦に包まれる古河ベイカーズ守備陣。一歩離れてそれを見ていた相楽美佐枝は、溜め息混じりの口調で皮肉混じりの賞賛を古い友人に贈った。
「……あんたに、猛獣つかいの才能があるなんて知らなかったわ」
「俺もだ」


筆者コメント 春原の嘆願
「神さま仏さま作者さま! 僕はなぜこんな悲惨な役ばっかりなんですか、なにか恨みでもあるんですか!」
 いや、でもお前そういうキャラだし。
「こんなの嫌っす! せっかくのサッカーなのにボケ役ばっかりなんて! 点取ってヒーローになりたいっす!」
 でも他のキャラたちは誰1人そんなことを望んでないし。読者からのリクエストも来てないし。
「僕がいます! 百回でも1万回でも土下座します、1度でいいから格好いいシーンを作ってください、お願いします!」
 ……困ったやつだなぁ。よしよし、次回に見せ場を作ってやる。ハットトリック(1試合で3点取ること。ストライカーの勲章)でも決められれば、満足するか?
「ハ、ハット決めさせてくれるっすか! ばんざ〜い、ありがとうです、頑張りますです! 肩をお揉みするっす!!」
 あぁ、お礼は先払いってことで頼むな。あとで文句言われても困るし。


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