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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月12日
written by 双剣士 (WebSite)
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草サッカー編6

「最悪です。せっかく相手チームの人たちと追いかけっこしてたのに、全然違うところに隔離されてしまいました」
 伊吹風子は不満そうに頬を膨らませながら、自分の右前方に背中向きに立っている青年に向かってぴしっと指を突き立てた。
「こうなったのも、みんなユウスケさんのせいです。女には任せられないとか言いながらボコボコ点取られて、格好悪いったら無かったです。思い出のために頑張るとか言っといて口先ばっかりです。こんな人と結婚するおねぇちゃんの気が知れないです」
 背後から投げかけられる罵詈雑言に、ひたすら耐える芳野祐介。彼の額を流れる汗はグランドに照りつける日差しのせいばかりではなさそうだった。彼のすぐ傍にいた藤林椋が、見るに見かねて声を掛けた。
「あの……気にしないで、くださいね。失敗は誰にでもありますし」
「前半に6失点したのは事実だ。今はなにを言われても仕方ない」
 自己弁護のために子供じみた反論をすることは、芳野祐介のプライドが許さないのであった。不甲斐なさでは人後に落ちないと自覚している椋は、苦笑いを浮かべながら言葉を継いだのだが……返ってきたのは意外な答えであった。
「そ、そうですか……あの、ところで後ろの子とは、どういうお知り合いなんですか?」
「俺にもよく分からん。たしかに俺の婚約者には妹が居るが、そいつはサッカーなんかしてられる境遇じゃないはずなんだ。後ろにいるあいつは一体何者なのか……」
「……ごめんなさい、余計なこと聞いて……」
「いや、いいんだ。今は俺たちに出来ることに、ただ全力を尽くすのみだ」
「来たっ!」
 文化系のバンド出身でありながら体育会系じみた祐介の発言を、左サイドの美佐枝の声がかき消した。見ると相手のフォワード陣は中央の朋也のところで左右2つに分岐し、ボールを持っている1人が祐介の前に迫ってきている。長身の祐介は腰を低くして構えた。椋の方は朋也と祐介の方を交互に見ながら、おそるおそる敵フォワードに近づいてシュートコースを狭める。
「…………」
 敵フォワードはしきりに目を左右に振っていた。前半までのパターンなら、祐介に衝突する前に横パスを出して守備陣を翻弄するところ。しかし今回はどうも勝手が違う。どことなく迷いの残した表情のままペナルティエリアに侵入してくる敵の選手。
「そこだっ!」
 祐介は長い脚を伸ばして、敵の足下からボールを蹴り出した。こぼれたボールは中央の渚の元へと転がり、そこから3メートル前にいる朋也の元へと渡される。敵のフォワードはわざとらしく転倒してみせたが当然ファールにはならない。
「やるじゃない、あんた!」
「……すごいです……」
「ふっ、あまり無様ばかりを晒しては居られないからな」
 美佐枝と椋の賞賛の声を、髪を揺らしながら斜に構えて受け止める芳野祐介。電信柱のうえで培ってきた平衡感覚と長身を生かした彼のプレイは、たしかにスイーパー向きといえた。そんな彼の姿を眺めていた1人の少女が、意外そうにつぶやいた。
「思わず見とれてしまいました……ヘンな人だったけど、それほど悪い人でもないような気がします」

                 **

 そして。渚からボールを受け取った岡崎朋也は、ピッチの後方から全体を見渡した。このへんで古河ベイカーズの後半の布陣を確認しておこう。

+----------+ ____________| |____________ | | | | | | | | | | | | | +------------------------+ | | 陽平 杏 | | ことみ | |----------------------------------| | 智代 芽衣 | | ○ | | 朋也 | | +------------------------+ | | | 美佐枝 渚 椋 祐介 | | | | | | |____|_______ 風子 _______|____| | | +----------+ 後半1分 古河 鬼畜 ベイカーズ VS サッカー部 2 − 6 1分 秋生 2分 部員A 11分 ことみ 7分 部員B(PK) 12分 部員C 14分 部員B 17分 部員C 19分 部員D

 美佐枝・祐介の大型サイドバックを守備の要とし、壁になるしか能のない渚と椋はダブルのスイーパーとして中央部を固める。朋也は少し前寄りの位置で敵フォワード陣を左右に分断するとともに、相手の横パスを遮断して守備陣を助けることを秋生から厳命されていた。朋也・渚・椋の3人が中央を固めていれば相手は右か左かに分かれて攻めてくることになる。ここで横パスを完全に遮断しておけば、敵としては1対1で美佐枝か祐介を抜くしか手段が無くなる、という計算である。
「片側に2人以上のフォワードが来たらどうすんだよ、1対1にならないぜ?」
「だから早い段階で攻めてくるサイドを決めさせちまうんだよ。そうすりゃ逆側のサイドバックが援護に来るまでの時間を稼げるだろ」
「それじゃ、その後にロングパスで反対側にサイドチェンジされたら?」
「なんでもかんでもカバーすることなんて出来ねぇよ。心配すんな、ゴール前まで来てお前らの頭越しにロングボールを上げられるやつなんて、そうはいねぇから」
 そして秋生の予言通り、後半最初のピンチは祐介が見事に守りきったのであった。美佐枝や祐介がボールを奪ってしまえば、そのボールはこぼれ玉処理係の2人を通じて中央にいる朋也に渡る。ボランチの位置にいる朋也はそこから攻撃を組み立てていく、と言う作戦である。

                 **

 ボールを持った朋也には、攻撃ルートとして2つの選択肢があった。左にいる智代・ことみコンビに渡してロングシュートを期待するか、右側の芽衣に渡して前線の陽平・杏を使わせるか。
「まずは芽衣ちゃんだなっ」
 前半まったく活躍のなかった少女に向けて朋也はパスを送った。サッカー部のヤジに晒される最前線から比較的静かな中盤に移った春原芽衣は、リラックスした様子で周囲を見渡しながらドリブルを始めた。なかなかサマになっている。さすがは陽平と似ても似つかないと噂される出来すぎた妹、兄と同じ轍は踏みそうにない。
「甘いぜ、お嬢ちゃん」
「さっきまでのようには行きませんよっ」
「…………!」
 中学生と甘く見てボールを奪いに来る敵の選手に軽口で反撃しながら、その股間にスルーパスを通す芽衣。芽衣の縦パスは寸分違わず、前にいる藤林杏の足下に届いた。その様子を左側で見ていた智代が思わず感嘆の声を上げた。
「小さくて綺麗……私の、理想だ……」
 そしてボールをもらった杏は、水を得た魚のように敵陣を駆け回り始めた。一度ボールを持ってしまえば神懸かり的なボールキープを見せる彼女である。スライディングタックルを仕掛ける相手選手をあざ笑うようにスルスルとかわしながら、杏は敵陣の奥深くに進入していった。そうして時間を稼いでいる間に陽平や芽衣たちがゴール前に駆け込んでくる。
「こっちだ〜っ、藤林杏っ! 僕のボンバヘッに合わせるんだ、早く!」
「……やっぱ自分で行った方がよさそうかな。でも……」
 陽平に任せるのは不安、しかし自分がシュートを打つのはコントロールの面でさらに不安。杏が一瞬だけ迷ったそのとき、一度置き去りにしたはずの敵の選手が背後からタックルを仕掛けてきた。とっさにボールをコントロールして奪われるのは防いだものの、軸足に蹴りを受けて倒れ込む杏。ファールの笛が鳴り、直接フリーキックの指示が審判から下される。
「大丈夫ですか、お姉さん?」
「いたた……うん、平気よ、このくらい」
 心配そうに駆け寄る芽衣に、立ち上がりながら笑顔を見せる杏。そして芽衣の後ろから駆け寄ってくる少女に向かって、頼もしそうにエールを送った。
「さっ、フリーキックとなればあんたの出番よね。しっかり頼むわよ」
「わかったの。この距離からなら、風がなくても届きそうなの」
 頼れる助っ人・一ノ瀬ことみは力強くうなずくと、振り返ってサッカー部の面々に言葉の挑戦状をたたきつけた。
「私のお友達をいじめたこと、後悔させてあげるの!」


筆者コメント
 草サッカー編、いよいよ後半のキックオフです。キーパー風子はゴールを守りきれるか、智代の長距離砲はいつ火を噴くのか? どうぞお楽しみに。


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