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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月02日
written by 双剣士 (WebSite)
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草サッカー編4

+----------+ ____________| |____________ | | | | | | | | | 芽衣 風子 | | +------------------------+ | | 陽平 | | | |----------------------------------| | | | 渚 椋 ことみ | | | | +--------智代------------+ | | | 美佐枝 朋也 杏 | | | | | | |____|_______ 祐介 _______|____| | | +----------+ 前半5分 古河 鬼畜 ベイカーズ VS サッカー部 1 − 1 1分 秋生 2分 部員A

 オフサイドをとって自軍ボールにはしたものの、前線に送ったところでまたボールを奪われて総攻撃を食らうのは目に見えている。かといってパスを回して徐々に敵陣に迫っていけるような人材がいるわけでもない。朋也は局面を打開できそうな唯一の人物を呼び寄せた。
「なんだ、朋也」
「悪い。オッサンの言葉じゃないけど、ゴールに向かって力いっぱい蹴飛ばしてくれないか」
「嫌だ」
 即座に首を横に振る空中コンボの名手に向かって、朋也は顔の前で手を合わせてみせた。
「頼むよ。春原1人じゃ囲まれて役に立たないんだ。確実にパスを回せるヤツもいない今、相手の度肝を抜くプレイが必要なんだよ」
「断る。私は女の子らしい、小さくて綺麗なプレイがしたいんだ」
「気持ちは分かるけどな……」
「こないだの野球でみんなが打ってたような、相手の隙間をスッと抜いていくボールがいい。パッシングショットっていうのか、あれ?」
 そりゃテニス用語だ、と突っ込みそうになるのを危うくこらえる朋也。精度のよいスルーパス、それが出せる敵陣前までパスやドリブルでボールを持ち込む技術、そしてスルーパスを受けられる俊足フォワード……智代の理想と古河ベイカーズの現実との間には、悲しいまでに深くて広い断層が横たわっていた。いくら一癖も二癖もある連中ばかりとはいえ、この試合の間にその溝を埋められるとは思えない。
 だが、そんな説明をしている時間はなかった。朋也は前方で手を上げている芽衣を指差しながら、祐介から受け取ったボールを智代の前に転がした。
「わかった。じゃゴールを狙わなくてもいい。ほら、あそこに芽衣ちゃんがいるだろ? 相手の選手の向こうにいるあの子にパスを通すんだ、これだって立派なパッシングショットだぜ」
「……ずいぶん遠くの子に渡すんだな。あそこにいる先輩にパスしても良いんじゃないか?」
 智代に指差された古河渚は、泣きそうな顔をしながら扇風機のように首を横に振っていた。こっちにだけは来ないで、と無言のまま全身で叫んでいる。椋もことみも、その表情には大差がない。
「……だそうだ、見ての通り」
「わかった。でもあんなところまで届くように蹴るなんて嫌だ。もう少し近くまで、自分で持って行ってからにする。それならいいだろ」
 あくまで頑固な智代は軽くボールを蹴ると、下手くそなドリブルをしながらフラフラと前進を始めた。だが身体とボールが3メートルも離れるような隙の多いプレイをサッカー部員が見逃すはずもない。薄ら笑いを浮かべながらボールを奪いに来る相手選手。
「もらったっ!」
「くっ!」
 ボールに迫る相手選手を視界に捉えた智代は、反射的にボールに向かってダッシュした。ここであっさり奪われては朋也に顔向けできない、せめて前に繋がないと……それだけの思いで地を蹴る。手加減抜きの瞬時ダッシュでボールに追いついた智代に慎ましさを繕う余裕などない。彼女は駆けてきた勢いそのままに脚を振りぬいた。
「ぎゃっ!」
「あれ?」
 がっちゃぁあぁーーん!
「…………」
「……お、おい……」
 智代の足から放たれたボールは、陽平の頭をかすめ、相手ゴールを飛び越し、向かい側の校舎の2階の窓に命中した。ガラスの割れる音が響き渡り、蹴った本人が申し訳なさそうに表情を曇らせる中、智代以外の敵味方全員は100メートルをはるかに越える弾丸ライナーの飛距離と破壊力に言葉を失ってしまった。

                 **

「済まなかった。ホームランでは点にならないんだったな……やはりこれからは、小さくて可愛いパスを狙うことにする」
《可愛くなくていい! あんなシュート、他の誰に打てるってんだ!》
 すっかり神妙になってしまった智代と、心の中で小さく突っ込みを入れる朋也ほか古河ベイカーズの面々。しかし相手に与えた心理的効果は絶大だった。あんなシュートが枠にきたら絶対取れっこない。というか、ブロックしたヤツが吹き飛ばされるんじゃないか……たった1本の弾丸シュートに肝を冷やしたサッカー部員たちは巧みに智代を迂回しながら、右サイドの藤林杏の前に迫ってきた。
「え、えっとぉ……」
「今行く、待ってろ!」
 初めての攻勢に戸惑い気味の杏と、それを援護するために駆け寄る朋也。相手フォワードと杏とが接触する前に横合いからスライディングタックルを仕掛ける。しかし朋也の脚はボールではなく相手の脚に当たってしまい、相手選手の転倒を誘ってしまった。PK(ペナルティキック)の判定。
「しまった、ごめん、みんな!」
「ドンマイ。気にすることないわよ、岡崎」
「そうとも。お前はお前の役割を果たした。今度は俺が、愛の力を見せる番だ」
 美佐枝と祐介に慰められる朋也。これでキーパーの祐介がPKを止めてくれれば感動の名場面にもなりえたであろう。しかし現実はそんなに甘くなく、PKを決められて局面は1−2とリードされることに。
 ……だが、このプレイが1人の少女を本気にさせたのだった。
《なによ、あたしらしくもない。朋也に守ってもらってるだけなんて……いいわよ、やってやろうじゃない》

                 **

 サッカー部の猛攻はその後も続き、守勢に立たされる朋也たち。美佐枝の仁王立ちがよほど骨身に堪えたのか、サッカー部の攻撃はもっぱら朋也と杏のいる右サイドに集中した。だがそこを守っているのは、さっきまでの素人少女ではなかった。
「えい、この、このぉっ! そら、こっち、おっとぉ!」
「こいつ、よこせ、どけぇっ!」
「甘ぁい! おっと、ほらほら!」
 さっきまでとは見違えるようなステップでボールを操る藤林杏。サッカー部員のフェイントをものともせず、一度奪ったら巧みなボール捌きで選手たちを翻弄する。加勢に行こうとした朋也が見とれてしまうその動きは、到底サッカーの素人とは思えなかった。
「嘘だろ、何だよその動きは……」
「……たぶん、ボタンです……」
 唖然とする朋也の疑問に答えたのは、中盤でぽつんと孤立していた妹の椋であった。彼女が挙げたのは杏が可愛がっているウリボウの名であった。
「……お姉ちゃんの動き、たぶん、足元にまとわりついてくるボタンと遊んでるときの、それです……」
「じ、冗談だろ藤林? 確かにあいつはサッカーボールくらいの大きさだけど、それだけで、こんな……」
「お姉ちゃん、何させても器用ですから……お料理も、スポーツも……私とちがって」
 最後は消え入りそうな声でつぶやく椋。だが感心してばかりは居られない。実は藤林杏のボール捌きには、とんでもない弱点があるのだから。
「よぉーし、行っくわよぉ!」
「だーっ、ちょっと待て俺が行くまで!」
「それっ……あれ? また……あ、あははは……」
 まとわりつく敵を完全に振り払った杏が、中盤の味方にパスを送る……しかし肝心なのはそのときであった。彼女の脚から放たれたボールは狙いとは違い、いつも丸っきり見当違いの方向に飛んでいく。最初はサイドラインを割ってしまったし、2度目と3度目は相手選手にパスを拾われてしまう。そして再び、相手の猛攻を呼び込む羽目になる。
 これが見た目テクニシャンな藤林杏の弱点であった。狙った方向にパスが行かないこと……これも椋に言わせれば『お姉ちゃん、ボタンを蹴飛ばしたりはしませんから』となるらしいのだが。
「あ、あらら」
「げっ」
 そして、4度目となる杏のキックの行き先は、3ボケトリオの一角である一ノ瀬ことみの前であった。眠そうな瞳で、足元に転がってくるボールを見つめることみ。こいつなら楽勝、とばかりに駆け寄ってくるサッカー部の部員。美佐枝と朋也が頭を抱えるなか、スローな少女と容赦を知らない男子選手とが交錯し……。
 ……そして、そこから斜め上方に跳ね上がったボールは、大きな弧を描いて相手側ゴールの左隅に突き刺さったのだった。

「あのね、上のほうに追い風が吹いてるの。そこに仰角18.3度で蹴り上げれば、そのまま50.3メートル先のゴールまで届いて、高さ2メートル16センチのところを通過するはずなの。うまくいって良かったの」
 恐るべし、理論物理学者の娘。
 古河ベイカーズ、伏兵の活躍により2−2の同点に追いつく。


筆者コメント
 だんだん各人の持ち味が出てまいりました。
 今夜はU23代表のマリ戦とA代表のイングランド戦を見るため、ちょっと執筆時間が変則になっております。0時〜2時頃に見に来てくださった方、お待たせしてごめんなさい。


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