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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月01日
written by 双剣士 (WebSite)
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草サッカー編3

 応援席に残っていた藤林椋を引きずり込んで、とりあえず欠員を埋めた古河ベイカーズ。しかしカリスマ的センターフォワードだった秋生の代わりが椋につとまるはずもない。協議の末、いまや唯一となったサッカー経験者の意見が渋々ながら採用された。

+----------+ ____________| |____________ | | | | | | | | | 芽衣 風子 | | +------------------------+ | | 陽平 | | | |---------------智代---------------| | | | 渚 椋 ことみ | | | | +------------------------+ | | | 美佐枝 朋也 杏 | | | | | | |____|_______ 祐介 _______|____| | | +----------+ 前半2分 古河 鬼畜 ベイカーズ VS サッカー部 1 − 0 1分 秋生

「僕にまかせな! オッサンが居なくても、華麗なゴールを量産してみせるからねっ」
「……まぁ、頑張んなさいよね。とりあえずあたしたちは、この1点を死守してみるから」
 冷ややかな美佐枝のつぶやきが陽平を除く全員の心境を代弁していた。陽平がセンターフォワードに上がったために朋也が守備に下がらざるを得なくなり、中盤は実質的に智代1人。渚・椋・ことみの3ボケトリオは守備にも攻撃にも期待できなさそうなので、ただでさえ薄かった中盤は真空地帯になったと言っても良かった。こんな状況で前線の陽平までパスが届く可能性は、きわめて低いと言わざるを得ない。
「パス回しなんて要らないさっ! 前線に向かってロングボールを入れてくれれば、僕のボンバヘッが炸裂するからね」
「頑張りましょう、風子さん。こうなったら私たちでやるしかないです」
「分かりました。風子、大人びた活躍を見せてあげます」
 芽衣、風子の両ウイングからも見放されている哀れな陽平。こうなっては実績で信頼を引き寄せるしかない。しかし相変わらず空気の読めない陽平は、相手キックオフから再開されたボールに目もくれず前線に飛びだしてしまい、みすみす中盤に大穴をあけてしまったのだった。
「……きゃっ……」
「……ずびばぜん」
 ただ立ちすくむだけの椋と渚の脇を、楽々とすり抜けていく敵の選手。既に先制点を奪われているためか、さっきまでのように余裕の表情を浮かべてはいない。サッカー経験のない新米ディフェンス陣3人に、怒濤の攻撃が押し寄せる。
「ね、ねぇ朋也、どうすればいいの?」
「と、とにかく焦るな。真正面に立たずに、半身になって相手のシュートコースを絞るんだ。あとは芳野さんがなんとか……」
「来た!」
 美佐枝の悲鳴で朋也は正面を振り返った。敵フォワードは小細工なしに、朋也に向かって突っ込んでくる。ディフェンスの堅さを計るために、あえて男の朋也に真っ向勝負を挑んだのだろう。朋也は腰を落とし、両手を広げて相手を見据えた。大丈夫、バスケ部だった頃にこういう経験はある。相手の動きをよく見て、右か左かを読んで反応すれば……。
 ばしっ!!
 正面からのショルダータックルを受けて朋也は軽々と吹き飛ばされた。敵フォワードはがら空きになったゴール正面から、そのまま余裕のシュートを決めた。これで1-1の同点。
「朋也!」
「岡崎さん!」
 駆け寄る藤林姉妹を手で制しながら、朋也は立ち上がって服の埃を払った。そうだった、これはバスケじゃなかったんだ、と心の中で舌打ちをしながら。


 前半4分。1人で敵陣を走り回っていた陽平を取り囲んでボールを奪ったサッカー部は、2度目の攻撃を開始した。タックルを知らない智代と渚を簡単に置き去りにし、相手選手は左サイドから美佐枝に迫る。朋也は大きな声で叫んだ。
「杏、一緒にこい! 美佐枝さんを守るぞ」
「え、で、でも……」
「いいから!」
 さきほどの屈辱の味から、朋也は覚悟を決めていた。個人の力量では絶対にかなわない。だが止められないと思いこんでしまったら、ディフェンスが3人いても何の意味もない……だから3人掛かりで止める。中央や逆サイドを犠牲にしてでも、とにかく仲間が来てくれれば止められるというイメージを作っておく。好き勝手にさせないと言う意気込みを相手に見せてやる。舐められたままで終わってたまるか。
「分かった、あんたを信じる」
 先に駆けだした朋也の背中から、小気味のいい駆け足の音がついてきた。心地よい興奮を覚えながら朋也は相手フォワードを見つめた。美佐枝さんはおそらく抜かれるだろう。そのときは俺だ。俺が抜かれても、まだ後ろにはあいつが居る。いくらサッカー部だって、そう簡単にゴールはさせない!
 ……ところが朋也が追いつくまでもなく。敵フォワードは美佐枝の手前で、ボールを持ったまま立ち止まっていた。両手を斜め下に広げて立ちはだかる美佐枝に睨まれたサッカー部員は、金縛りにあったかのように前進を止めていた。数メートル手前で走るのをやめた朋也の背中から、誰何の声が投げられる。
「……どうなってるの?」
「たぶん、貫禄の差だ」
 信じがたいことだが認めざるを得ない。美佐枝は視線と気迫だけで、サッカー部の突進を抑えていた。そういえば彼女は学生寮の寮母、怪力自慢のラグビー部の奴らを相手にして毎日のようにゴミ集めをしたり食べ残しを叱り飛ばしたりしている身である。俊足自慢のサッカー部員など、モヤシ同然に見えても不思議ではない。
「ふふふ、どうしたのよ、かかっておいで。とって食べたりはしないから」
「ひいっ!!」
 美佐枝の挑発の言葉に、顔を引きつらせるサッカー部員。するとその陰から、もう1人のサッカー部員が飛び出して美佐枝の脇を駆け抜けていった。立ちすくんでいたサッカー部員は安堵したように先行する選手の方へ視線を向けた……その瞬間、朋也は杏の手をつかんだ。
「こっちだ!」
「えっ、えっ??!!」
 朋也に引きずられて杏が前に出る。その一瞬後に、サッカー部員が前方にパスを送った。ボールは美佐枝の足下をすり抜け、美佐枝の背後に走り込んでいた選手に渡る……その瞬間、線審の旗が上がった。
「オフサイド!」
「くっ!」
「しまった……えっ?」
「えっ、えっ?」
 悔しがる敵側の選手と、何が起こったか理解できない女性陣。朋也の頭脳プレイであった。横に並んだ3人のラインを統率することなどはできないが、今回のように美佐枝の援護のために近くまで来ていれば、相手パスの直前に美佐枝より前に踏み出すくらいのことはできる。親指を立てて祝福するキーパーの祐介に向かって、ガッツポーズを見せる朋也。
「……あの、手、放してくれない?」
「あっ、悪い!!」
 遠慮がちにつぶやく少女の声で、有頂天になりかけた朋也の心は現実に引き戻された。痛そうに手をさする藤林杏は、なぜか赤い顔をしたまま、うつむきがちに朋也に問いかけてきた。
「よく分からないけど……あたしたちのボールになったのよね」
「ああ」
「朋也があたしの……手を引いてくれたから、うまくいったのよね、きっと」
「…………?」
 微妙な空気に声を失う朋也。そんな中、杏は顔色を隠すように髪をなびかせながら、一言だけ言い残して右サイドへと駆け戻っていった。
「……また、やってくれていいから」


筆者コメント
 草サッカー編、書くのがすごく楽しいです。しばらくはヒロイン編をお休みしてでも、このままサッカー編完結まで脇目を振らずに突っ走ろうかと思っています。それにしてもこのペースだと、全6話どころか9話くらいまで延びそうな……いいのかな?


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