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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月06日
written by 双剣士 (WebSite)
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椋3

「お待たせ〜〜、って……あれ? 椋? 朋也?」
 両手一杯の荷物を抱えた藤林杏が上機嫌で戻ってくると、荷物の山のそばには見知らぬおばさんが手持ちぶさたに立っているだけだった。不審に思ってきょろきょろと連れを探している杏に向かって、そのおばさんが安堵の表情とともに話しかけてくる。
「ねぇ、この荷物、あんたの?」
「え、ええ、そうですけど?」
「良かった、実はここにいた男の子に、あんたが来るまで荷物を見ててくれって頼まれたのよ。来ればすぐ分かるって言われただけで心配してたんだけど、本当にそっくりねぇ、あんた、あの女の子と」
「はぁ……あの、その男の子と、連れの子は?」
 内心ドキドキするのを押し隠しながら、杏はそのときの状況を聞き出そうとした。だが、
「さぁ? あたしに頼むだけ頼んで、2人でどっか行っちゃったわよ。それじゃ、あとお願いね」
「は、はぁ……あの、どうも、あり……」
 杏がお礼を言う間もなく、親切なおばさんはそそくさと別の店へと駆け込んでいった。荷物の山に買ったばかりの商品を積み上げると、杏は大きな溜め息をつきながら比較的頑丈そうな箱のうえに軽く腰を下ろした。
「置いてけぼり、か……」
 子供の頃からずっと自分の後ろを追いかけてきていた、妹の椋。自分が妹を置き去りにしたことはあっても、その逆は初めてかもしれない。ちょっとした疎外感を噛みしめながら、藤林杏は商店街のうえに広がる青い空を見上げた。
「……まぁ、朋也のこと放っといて一緒に買い物をするようだったら、譲ってあげる気はなかったんだけどね」
 好きになった彼氏のために、姉の自分に逆らう妹……そんな図式を期待していなかったと言えば嘘になる。椋には荷の重い試練かもしれないが、それぐらいの気骨を見せてもらわないと杏の方も踏ん切りがつかないのであった。だから2人がすんなりと自分を待っていないことくらいは薄々覚悟していたのだが……2人で逃げ出すというのは、正直いって杏の想像を超えていた。
《椋が自分から言い出したのかしら? それとも音を上げた朋也に仕方なくつきあってるだけ?》
 こうなるとその点が気になる。さっきのおばさんはその辺りを教えてはくれなかった。いっそ前者であってくれればと願いつつも、妹の性格からすれば後者かなとも思う。単に朋也が逃げ出しただけというのであれば椋には何の成長もなかったことになるし、月曜日からは自分も凶暴女を演じ続けなければならないことになる。
 そんなことをつらつらと考えているとき。腰掛けていた箱の表面をなでる左指に、かすかな違和感が走った。反射的に目をやったその先には、女の子らしい丸い筆体で短いメッセージが記されていた。
『お姉ちゃん、ごめんなさい』
 ルージュで書かれた妹からの伝言を、藤林杏は優しい瞳で見下ろした。これを書いたときの妹の心境は手に取るように分かる。こうなったらもう、どっちが先に言い出したかなんて関係ない。
《そっか、あの子は決心したんだ……だったらあたしも、自分のことは自分でしなきゃね》
 妙にすがすがしい気分に駆られた杏は、両手をあげて大きく深呼吸をした。そして携帯電話を取り出すと、自宅への短縮番号をプッシュした。
「あ、もしもし、お母さん? あの悪いんだけど、お父さんに迎えに来てもらえないかな、車で……えっ?」

                 **

 そのころ。商店街から近所の公園まで駆けだしてきた椋と朋也は、ベンチに腰を下ろして荒い息を静めていた。バスケ部出身である朋也はともかく、体力的にも精神的にも大冒険をやらかした椋の興奮はなかなか収まる気配を見せなかった。
「なにか冷たいもん、買ってくる」
「……はぁ、はぁ……す、すみません……」
 ベンチを立って自動販売機へと向かう朋也。そんな彼の背を見ながら、椋は自分のやったことを思い返した。なんて大胆なことを言っちゃったんだろう、なんて冷たいことをお姉ちゃんにしちゃったんだろう! 自分が自分でなくなったみたい。
『お姉ちゃんのことは放っといて、私と一緒に』
 ああぁっ! 椋の顔はトマトのように真っ赤に染まった。あんな言葉を自分がいうなんて! よく考えてみれば、あれは朋也に自分か姉かを選べと迫ったに等しい。何様のつもりだったんだろう、なんて思い上がっていたんだろう。自分がお姉ちゃんにかなうはずなんてないのに。
《……でも、岡崎くんは……私についてきてくれたし……》
 ふと沸き上がるズルイ考え。しかし椋は大きく首を振ってそれをうち消した。対等な勝負なんかじゃない、岡崎くんはお姉ちゃんの荷物を運ぶのがいやになっただけ。そう、きっとそれだけ。別に私でなくても……。
「藤林?」
「……は、はいっ?!」
 ふいに声を掛けられて、思索の迷宮をグルグルと周回していた藤林椋は文字通り飛び上がった。顔を上げた先には2本の缶ジュースを握った少年が、椋を直射日光から守るように立ちつくしていた。
「大丈夫か?」
「……あ、はい……あの、ありがとうございます。お金……」
「気にすんなよ。ほら」
 不器用に差し出される缶ジュースの冷たさが椋にはありがたかった。おずおずと付けた口から流れ込む甘い液体が、心の中に巣くった黒い汚物を洗い流してくれるような、そんな気がした。急速に落ち着きを取り戻した椋であったが……少年が自分の隣に腰を下ろしたときのベンチの揺れを感じたとたん、またしても心臓の温度が沸騰寸前に跳ね上がった。
《お、岡崎くんと、公園で、ふたりっきり……これって、デデ、デート?》
 ひとりでに大きくなる胸の高鳴りを抑えられない。だが一方で、頭の隅っこに残る『本来ここにいるのは自分じゃないのに』という冷めた意識が椋の胸をちくちくと刺していた。しかも間の悪いことに、そんなアンバランスな椋のハートに外部からも横槍が入った。
「さて、それでどうする? 杏のことを放り出して、藤林とここまで来たわけだが……」
「あのっ」
 身体全体が急降下していくような妙な感覚。強張る身体とは裏腹に、口だけが勝手に言葉を紡いでゆく。自分が自分でなくなったような不思議な感覚をおぼえながらも、藤林椋はほとばしる言葉を自分でとめることが出来なかった。
「どうして……お姉ちゃんは名前で、私のことは名字で呼ぶんですか?」


筆者コメント
 あれ、全3話のはずだったのに……委員長みたいな脳内熱暴走キャラって、意外と私の筆致に合ってるのかなぁ。ということで、もう少し続きます。


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